D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ 作:ケンゴ
2台はヘアピンを抜けて、いよいよアクセルを大胆に踏み込んでいける高速ストレート区間へ突入。
「ここで一気に突き放してやる!」
森山が一気にアクセルペダルを踏み込むと、GTOの心臓である6G72型エンジンが唸りを上げ、重たい車体をぐいぐい引っ張っていく。
(っ! いよいよ速度域が上がってきた!)
音夢も前を走るGTOが加速していくのを見ると、アクセルペダルを踏み込む足に更なる力を込めて、エボ6を加速させていく。
2台の加速力はほぼ互角。守備範囲の狭い6速トランスミッションを搭載するGTOが、エボ6よりも早いタイミングでシフトアップし、更なる加速を続ける。
「流石にキツいわね……!」
音夢の表情が少し曇る。こういったストレート区間では、車のパワー差がはっきりと出る。彼女は自身の操るエボ6の戦闘力を熟知している。それ故に相手のGTOとの加速力の差に気付く。
(こっちより向こうの方がパワーは上か……)
その事を痛感させるように、徐々に離れていくGTOのテールランプ。だが彼女は焦らず、冷静にそのテールを見据える。シフトレバーを4速へと放り込み、GTOを追走していく。
「勝敗の行方が見えた?」
クルージング走行に入ったエボ3の車内で、眞子がケンタにそう質問した。
「まぁな、大体あのGTOのドライバーのレベルも知れたし」
ケンタは相変わらず腕を後部で組み、リラックスした状態でエボ3のリアシートに身を沈めている。既にGTOとエボ6の姿は、エボ3の車内からは確認できない。
「このバトルのポイントは、“車の違い”だ」
「車の違いって……エボ6とGTOって意味? それくらい分かってるつもりだけど」
眞子が訝しげな眼でケンタを見る。それに対し、彼は苦笑した。
「あー、言葉足らずだったな」
ポリポリと頭を掻きながら、ケンタは言葉を続ける。
「オレが言いたいのは、その車の“方向性”って意味だ。同じミツビシのスポーツカーで4WDシステムを搭載し、パワーは当時の国内出力規制の目一杯である280馬力。これだけで判断すれば、両車とも同じように見えるがその実は全く違う」
「そりゃまぁ……トルクとか車重とかボディの大きさとか、色々違うのは分かるけどさ」
そんな単純な話では無いだろうと思いながらも、眞子はケンタにそう言った。
「確かにマシンのスペックを見れば、その差は一目瞭然だよな。大雑把に見てもGTOの方がエボ6よりも、排気量は大きく、車重は重く、ボディはデカい。だが、何故そうなってると思う?」
ケンタが眞子に問いを投げかける。彼女は腕を組んで唸る。それを見たケンタは言葉を続ける。
「ミツビシGTOって車は北米市場を意識した――いわばグランツーリスモな車なんだよ。北米の道路事情ってのは広大な直線道路が主体でな、その道路を余裕をもって走れるために開発されたんだ。お前、ディアマンテって車知ってるか?」
「ディアマンテ? うーん、聞いたことないわね」
腕を組んだままそう言った眞子に、ケンタは「だろうな」と言って苦笑する。
「ディアマンテっていえばミツビシの上級セダンだったな。確か今はもう生産されてなかった筈だ」
眞子の代わりに、エボ3をドライブする純一が視線を前から外さずにそう答える。
「正解だ、さすがミツビシのセダン乗りだな?」
「おいおい。ディアマンテとランエボじゃ、同じセダン車でも物が違うだろーが。一緒にすんなよな」
ケンタが純一の答えを茶化しながら肯定すると、純一がツッコミを入れる。
「悪い悪い。そんで話を戻すが、GTOはそのディアマンテのエンジンとシャーシを流用して作られた車なんだよ。もちろんエンジン自体はGTO用にアレンジされてるが、基本的には同一の物を使用しているんだ」
「まぁ3リッターのツインターボエンジンで4WDって聞くと、ポテンシャルありそうなんだけどな、如何せん車重が重たすぎる。まぁミツビシにGTOをスポーツカーとして売り出す気があったかは微妙だよな」
ケンタがGTOという車の説明を終えて、純一が自身の感想を述べる。そして少し間を置いてケンタが再び口を開いた――。
バトルはGTOが先行し、徐々にエボ6との距離が離れる。しかし、森山は思ったほどエボ6を突き放せないことに少し戸惑いを感じていた。
(思っていたより離れねぇ……。微妙なコーナーはあるが、ほぼニュートラルステアで曲がれる程度で、ほぼアクセル全開なのによ!)
先ほどの初音ワインディング区間よりかはコーナーの数が遥かに少なく、また曲率も緩いこの高速区間で後方のエボ6を振り切れると思っていた森山。確かに先ほどよりもエボ6との距離は離れてるが、それは彼の思っていた距離ではなかった。悪態をつきながら乱暴にシフトレバーを5速へと叩き込み、更にGTOを加速させてゆく。
(パワーは向こうの方が上だけど、こっちだって負けてない)
徐々に離れるGTOのテール。しかし音夢は焦らない、彼女はシフトレバーをトップギアの5速へと放り込んで更なる加速をエボ6に与え続ける。
(それにこの区間の後は――)
頭にコース図を思い浮かべる音夢。地元だからこそ、この初音山のコースは頭に叩き込まれている。この初音山で比較的スピードが乗るこの区間を、2台は一気に駆け抜けてゆく。
「――来た」
音夢が呟く。この高速区間の終わりを告げる目印が見えてきたからだ。2台の前に広がるのは、右に大きく曲がる高速コーナー。前を走るGTOの車体がアウト側に寄り、ブレーキランプが光る。車体を一気にインへと寄せてコーナリングをするGTO。
GTOがコーナーを立ち上がり、そして音夢のエボ6が高速コーナーへ進入。GTOよりも車重が軽く進入スピードの低いエボ6は、軽くアクセルを抜いて軽快にタックインを決める。コーナー中腹を超えた辺りでアクセル全開、4つのタイヤが路面を蹴飛ばし、GTOよりも速いスピードでコーナーをクリア。たった1コーナーだけで、先ほどのストレートで離れたGTOとの距離を一気に詰める。
(なっ……! 一気に差を詰めてきやがった!?)
突き放そうと思っていた区間で逆に差を詰められた――、この事実に森山は焦る。この高速区間を抜ければ、次は連続でヘアピンカーブが存在する低速区間だ。それはGTOが苦手とし、逆にエボ6にとっては有利なシチュエーションである。
眼下に広がった、お世辞にも長いとは言えないストレートを駆け抜け、再びGTOとエボ6の差が若干だが開く。しかしそれは微々たる物であり、エボ6はGTOを射程圏内に捉えた。虎視眈々とオーバーテイクのチャンスを伺っている。
(この距離なら、次の4連続ヘアピンでアクションを起こすことが出来そうね)
音夢が頭の中でバトルの展開をシュミレートし、GTOに勝負を仕掛ける――。
「そんなGTOに対して、音夢の乗るランサーエボリューション6――通称“エボ6”は、ミラージュセダンという車と部品共有されたランサーをベースにして作られている。これを聞くとディアマンテを流用したGTOとそう大差ないと思うかもしれないが、GTOとエボ6じゃあその在り方は全く違う」
腕組みはそのままで、ケンタは今度は音夢の操るエボ6の説明に入る。
「いわずもがな、ランエボって車は最高峰ラリー競技であるWRCに勝つために作られた車だ。実はランエボはWRC出場資格であるFIAのホモロゲーション取得のために生産された、いわば限定車なんだよ」
「そうなの?」
眞子が少し驚いた表情をする。それを見たケンタは苦笑しながら言葉を続けていく。
「現在ランエボには1~10までのナンバリングが与えられていて、それぞれランエボ1~3が第1世代。ランエボ4~6が第2世代。ランエボ7~9が第3世代。そして現行車であるランエボ10が第4世代と呼ばれる。これはベースとなる車両が切り替わってるためだ」
「俺のエボ3は第1世代で、ランサー1800って車をベースに作られてるんだ。元々ランサー1800はFF駆動の排気量1.8Lの車なんだが、そこにギャランVR-4って車の4WDシステムとランエボ用にパワーアップさせた4G63型エンジンを移植したんだよ」
エボ3のオーナーである純一が補足の説明を入れる。
「そして音夢のエボ6は第2世代。ケンタの説明にもあったように、ミラージュセダンと部品共有化されたランサーをベースにして作られている。第2世代のランエボシリーズの特筆すべき点は、やっぱりAYCシステムだな。あと音夢の乗ってるエボ6
「つまりランエボはGTOと同じくベースとなる車から作られた車だが、WRCに勝つという目的で作られた――いわば“走りを追求した”スポーツカーだ。北米市場を意識して作られたグランツーリスモカーのGTOとは、考え方が全く違う。オレが言った車の方向性ってのは、つまりはそういう事なんだよ。軽量ハイパワーな2リッターターボと小柄なボディ、そして優秀な電子デバイスシステム。その全てがWRCに勝つためだけに作られている」
後ろでしていた腕組みを解いて、ケンタはリアシートに深く身を沈める。
「GTOとランエボ。2台ともミツビシを代表するスポーツカーだが、それぞれの車が生まれた経緯は全然違う。いくらチューニングしても、その車が生まれる
――車が生まれる切欠、それが消えてしまったら。その車が生まれた経緯も消えてしまうから。だから消せない――その車が持つ方向性だけは。
それに、とケンタは言葉を付け加える。
「あのGTOのドライバーが車のパワーを活かせる区間で勝負をつけられると思っているのなら、それこそ間違いだ。
微笑を浮かべ、ケンタは流れていく風景を横目で見た――。
高速区間が終了し、いよいよ連続低速ヘアピンが2台の前に現れる。まずは左へと曲がるヘアピン。エボ6がGTOの後ろから飛び出し、コーナーのイン側ラインへ移動した。
「行かせるか!」
バックミラーでエボ6の動きを確認した森山は、ステアを切ってGTOの車体をエボ6の前へと進路変更、そしてブレーキングを開始する。
(やはりブロックラインを取ってきましたね)
エボ6もブレーキングを開始、トップギアの5速からテンポよく2速へとシフトダウン。2台ともブレーキの制動音を響かせながらコーナーへ進入していく。
「ッ……」
一瞬、森山の表情が曇る。エボ6はブレーキングを終えているが、GTOのテールランプはまだ光っていた。ブレーキのリリースポイントが奥になったことにより、GTOはアクセルを踏み込んでいくタイミングが遅れる。その結果エボ6とGTOの距離は縮まり、テールトゥノーズ状態へと2台はもつれ込む。
(……いくら追いつかれても、立ち上がり加速はパワーのあるこっちが有利だ。コーナー進入の時だけ相手の動きに気を付ければ、前に出られることはねぇ!)
コーナリングを終えて、コーナー出口でアクセル全開。2台とも同じ2速ギアでのコーナー脱出だが、GTOがエボ6を立ち上がり加速で引き離す。
(コーナーを曲がる速度はこっちが上だけど、2速ギアでの立ち上がり加速で離されちゃう)
そんな事を思いながら、間髪入れずに現れる次の右ヘアピンを見据え、再びコーナーのイン側ラインへと車体を寄せる。
(またインからか!)
エボ6の動きを警戒しながら、森山は次のヘアピンへとGTOを進入させる。もちろんエボ6の走行ラインを潰すため、インベタでのコーナー進入だ。それに対し、エボ6はラインを少し変えてきた。GTOがブレーキを開始したと同時に、車体がセンターラインを跨ぐ形になるよう進路を変更、もちろん前方にGTOが居たため減速しながらだが。
(ラインを変えてきやがった!? だがその位置からじゃ抜けねぇよ!)
インベタのラインのままGTOがコーナリングを開始し、コーナー中腹でアクセル全開。もちろんアンダーステアが発生し、GTOの走行ラインがアウトへと膨らむ。だがこれが森山の狙いだった。次の左ヘアピンでイン側のラインを奪うために、コーナー立ち上がり時にアウト側ラインへと車体を寄せるのが目的だった。
「よくやりますねぇ……」
これには音夢も驚く、というか半分呆れ顔だ。そんな動きをすれば、車に掛かる負担が大きくなるというのに。
(まぁそれだけ追い詰められてるっていう裏返しでもありますけど。そろそろ勝負時ですね)
インにつくのを遅らせたエボ6の前には、コーナー脱出ラインを描けるぽっかりと空いたスペース。音夢はクリッピングポイントをコーナー出口手前でとり、空いたスペースにエボ6を放り込み、コーナー脱出時にアクセル全開。立ち上がり加速で、エボ6のノーズがGTOのリアタイヤハウス付近まで並びかける。
そして左ヘアピン。GTOがイン、エボ6がアウトからの走行ラインでコーナー進入。車重が軽いエボ6はブレーキング勝負でコーナー進入時、GTOの真横へと並びかける。
(並んでコーナーへ突っ込む気か!?)
森山は隣を走るエボ6に驚愕しながらコーナリングを開始。アウトライン側のエボ6も、ワンテンポ遅れてコーナリングを開始する。
(くっ……外のエボ6のボディが邪魔で、センターラインを跨げねぇ!)
走行ラインの制約でインベタの苦しいライン取りを余儀なくされる森山。ただでさえ旋回が苦手なGTOだ、そのうえ苦しいコーナリングラインも相成りその旋回速度は、アウト側とはいえ走行ラインの自由度がGTOよりも高いエボ6より圧倒的に低い。
結果として、コーナー脱出で僅かだがエボ6がGTOの前へと出る。そして次に待ち構えるのは連続ヘアピン最後の右ヘアピンコーナー、つまり両車の走行ラインが先程までとは逆転し、エボ6はイン側でGTOはアウト側ラインからのコーナー進入となる。
(クソが! これを狙ってやがったのか!)
悪態をつきながら、森山はコーナーを見据える。重たいGTOでエボ6相手にブレーキング勝負を仕掛けたところで、精々横に並びかけるのが関の山、追い抜きには至らないだろう。
(だがコーナー立ち上がりの加速勝負で、こっちのパワーなら前に出られるはずだ!)
このヘアピンを抜ければ、コース最長のロングストレートを誇る高速区間だ。その区間までにエボ6の横に並べれば、パワー差を活かしてストレートで突き放せる――。
そう判断した森山はブレーキングを開始、それと同時に横を走るエボ6もブレーキングを開始する。エボ6がGTOの前に出たまま、コーナリング体制へと入る2台。
(流石にランエボ相手にブレーキング勝負は無理か……!)
コーナリングスピードもGTOが少し不利なようで、若干だがエボ6が前へと出る。
(けど舐めんなよ、立ち上がり加速はこっちの方が有利なんだ。2速ギアのフル加速で簡単に横に並べるんだよ!)
そしてコーナー出口が見えて、2台ともアクセル全開でコーナーを脱出しようとした――その瞬間。
「なっ!?」
GTOのリアタイヤがいきなりグリップアウト、そのまま制御不能に陥りGTOがテールスライドを起こす。森山は咄嗟にカウンターステアを当てるが、時すでに遅し。
「ぐっ!」
コーナーのアウト側ガードレールに左リアが接触し、その反動でGTOは反対側へと吹っ飛んで完全にスピンモードへ突入する。
「――ッ!」
それを横目で確認した音夢は、サイドブレーキレバーを引き起こし、意図的にリアタイヤをロックさせた後に左にステアを切る。するとエボ6のリアが右側へと流れ始め、吹っ飛んできたGTOの右リア部分との接触を避けることに成功。サイドブレーキはそのまま効かせた状態でリアタイヤはロックし、フロントタイヤのみが駆動して動力を路面に伝える。微妙なカウンターステアを当てながらアクセルワークを行い、車体を真っ直ぐに戻すと直ぐにサイドブレーキレバーを下ろしてリアタイヤのロックを解除。アクセルを全開をして全タイヤに駆動力を与え、そのまま何事もなかったかのように走り去って行く。
「……負けたな」
スピンが収まり道路を完全にふさぐ形で停車したGTOの車内で、呆然と森山が呟く。幸いスピン後は何処にもぶつかっていないようで、ガードレールに接触した左リア部以外は無傷だった。とはいえ、もうGTOと森山に残りのコースを走る気力は無かった――。
――森山GTO、スピンにて戦意喪失。勝者、朝倉 音夢&ランサーEvo.6。