提督の墓参りに来た鬼怒。喫煙描写がありますので苦手な方はご注意ください。Pixivとのマルチ投稿です

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第1話

 ある初夏の日軽巡洋艦娘の鬼怒はとある田舎の墓地を訪れた。太陽の日差しは春のそれよりも強さを増し、額や首筋にうっすらと汗を浮かび上がらせる。帽子被ってるけど日焼けしちゃうんじゃないかな、と思いながらも墓地を歩く彼女の片手には水の入った手桶とひしゃくが、もう片方には花束をそして背中にリュック携えている。

 

 墓地へ足を踏み入れてから少し歩いた所に目当ての場所はあった。御影石製の立派な墓だった。鬼怒は荷物を下ろすと墓石の前で敬礼する。

 

 「久しぶり、西井提督。お葬式以来だね」

 

 鬼怒が声をかけた墓に眠っている人物は、かつての彼女達の司令官であった。指揮官としてはまだ若いとされる年齢の人物であったが、その手腕は見事であり、とりわけ南方方面に置いて孤軍奮闘を続けていた友軍艦隊の救出と、それの障害となっていた陸上基地型深海棲艦を拠点とする敵艦隊の撃滅を目的とした作戦では、自陣からの損害をごく僅かに抑えたこともあり勲章を授与された程だった。

 

 見たところ墓はしっかりと管理されており、墓石の周りに雑草も生えてなければ目立つような汚れも無かった。家族によって大事にされているみたいだ。そういえば提督は奥さんと仲良かったっけと鬼怒は思い出す。先日雨が降ったのであろう汚れが少しだけ見て取れたので簡単に掃除しながら独り言つ。

 

 「奥さん残して死んじゃってさ、プライベートでも仕事でもこれからだって時に。まだ早いよ、早すぎ。でも、提督らしい最期だったね」 

 

 彼は軍人であったが、死因は戦死ではなかった。短い休暇中に1人訪れた基地近隣の観光地で車両同士の事故に遭遇してしまったのだ。聞かされた話では、扉が変形し閉じ込められたドライバーを車から救助しようとした所で、気化したガソリンが何かが原因で引火し、共々焼死してしまったとのことだ。静止を無視して人命を救おうとした結果だった。

 

 「基地の皆の事は心配しなくていいよ。提督が死んじゃってから色々あったし、離れ離れになっちゃった子もいるけど、他所でもちゃんとやってるってさ。後任の黒江提督もいい人だしね。鬼怒も改二になったんだよ」

 

 掃除も済んだので花立に供えてあった少し萎れた花を除き、持ってきた花束を分けて入れ、水を注ぐ。日は高く登っており、日差しも徐々に強さを増す。静かな境内の墓地には他に誰もおらず、虫の鳴く声すらも聞こえない、どこか隔離されているかのように思える空間だった。

 

 「皆でぞろぞろ来るのは無理だからさ、鬼怒が代表。休暇を使って来たんだよ。お供えも色々持ってきたかったけど、これ皆から」

 

 彼女は背負っていたリュックから酒の瓶を取り出すと、墓石の前へと備えた。洋酒の酒瓶だ。提督は大酒飲みとして知られており、隼鷹や千歳、伊14など酒好きの艦娘たちとしばしば基地内の小料理屋で飲み明かすこともあった程だ。

 

 「それで、これは鬼怒個人から」

 

 大の酒好きでもあった故人だが、同時にヘビースモーカーでもあった。鬼怒の手には『ARK ROYAL』と書かれた白いパッケージ。提督がいつも吸っていたもので酒保や商店で買える物と思ってたが、いざ入手しようとして方々探し回ったやや珍しい煙草だった。

 

 鬼怒はビニールのラベルを取るまでは良いがが、封の明けからが分からず適当に封紙を破って一本取り出す。ブラウンの巻紙に包まれたそれを口元まで持っていくと、ガスライターを点火させ火をつけようとする。ただ煙草に火を当てても中々燃えず、勢い良く吸ってみたら火がつくのと同時に盛大にむせた。例えようのない刺激が気管と肺に流れ込んだからだ。しばらく咳き込みながら苦しんだ後、鬼怒はその煙の上る煙草を香炉へと供えた。

 

 「うえー、こんなの吸って何がいいのか分からないよ。煙いし臭いし体に悪い」

 

 腕時計へと目をやる。時間は正午を少し周っていた。鬼怒は一息付くと手桶を持ち酒瓶をしまったリュックを背負った。

 

 「じゃあそろそろ帰るよ、これだけしか居られなくゴメンね。名残惜しいけど、提督、またね」

 

 鬼怒は敬礼すると来た道を戻り墓地を後にする。変わらず墓地は静まり返っており、砂利を踏む音が耳に残る。帰りの列車に送れるわけには行かないので、寄り道する暇はなかった。

 

 

「てーきの亡ぶるそれまではー進め進め諸共にー」

 

 艦娘寮管理棟から機嫌良く歌いながら出てくるあきつ丸。夜間の宿直任務も終わり間近であり、休憩のため近くの喫煙所まで一服しにきたのだ。早朝とはいえシャツ1枚でも十分過ごせるくらいの気温。これから少しずつ暑さも強くなってくるのであろう。夏も冬も苦手なあきつ丸にとっては短くはあるが快適な季節だった。

 

 寮管理棟から一番近い喫煙所は屋外にある。スタンド型の灰皿と雨には打たれないように簡単な屋根が備え付けられている程度の設備だが、艦娘や基地の兵士らが各自で持ち込んだパイプ椅子などもいつの間にか、潮風によりサビだらけであったが、設置してあった。ここの喫煙所は海の直ぐ側であり、あきつ丸のたまにの宿直任務の際はここで紫煙をくゆらせながら朝日を望むのが個人的な習慣なのだ。そしてここはいつでも人気が無いから息抜きの時間を誰にも干渉されない。

 

 しかし今回は普段とは違ったようだ。喫煙所に先客がいる。目を凝らしてみるとやや短めで特徴的な髪色からすぐに誰かわかった。しかし彼女は喫煙者ではないと記憶していたあきつ丸だったが。

 

 「鬼怒殿、でありますか?どうしてまたこんな所に」

 

 「あきつ丸、今日は宿直かー」

 

 鬼怒もあきつ丸も接点はほとんど無い。同じ隊を組むことも無ければ、煙草を吸わないはずの鬼怒とこうして灰皿を囲むこともこれまでになかった。しかし今日のその鬼怒の手には特徴的なブラウンの巻紙の煙草が収まっていた。

 

 「またまたそんなケッタイな物をいつの間に。体に悪いでありますよ」

 

 そう口では言うあきつ丸だが自然な動作で懐から『しんせい』とマッチを取り出し、慣れた手つきで火をつける。振って消化したマッチを灰皿に放り込むとそれをくわえ煙を吸い込む、煙草の先端がほんのり輝き特有の風味が口内を満たす。

 

 「うん、何かさ、いつの間にか癖になっちゃって。こうして早く目が覚め時にだけ吸うんだ」

 

 「それ、西井提督殿の煙草でありますな」

 

 西井は現在の指揮官ではなく故人の前任者のことだ。現在の司令は喫煙者ではないが、前任者が多量の煙草を吸うため、基地内の喫煙所は艦娘などの要望であちこちに設置の申請が出来た。

 

 「提督殿といえばこの間のお参りご苦労様であります。あの方もさぞ喜んだでしょう」

 

 「静かそうでいいところだったよ。足を運ぶのが面倒なくらい田舎だったけど」

 

 「それにしても誠に残念であります。去年ちょっとした賭けで勝ったからいずれすき焼きを奢ってもらう予定であったのに、パアであります。あれ程優秀な方も些細な事で亡くなってしまうなんて、いや些細と言ったら失礼であります。立派な人でしたよ」

 

人というのは儚いものでありますな、とあきつ丸は続ける。

 

 上官と部下が賭け事とは関心すべき事ではないが、それだけ部下とも対等に接し、仕事はしっかりこなし、休憩の一服で部下と共に談笑し、仕事終わりには酒を飲む。思い返すと武勲のあった軍人にしては驕ることも高飛車な態度も取らない、誰からも好かれる人だった。その親しみやすい性格から結婚する以前に一部の艦娘に「親父」とあだ名されている人だった。

 

 

 「そうだね、本当に残念。でもいなくなった人たちばかり見てられないよ。鬼怒たちはこれからも戦わなきゃ。今の提督もやり手だし、ちゃちゃっとあいつらやっつけてさ。暁の水平線に勝利を刻まなきゃ」

 

 それを聞いたあきつ丸はけらけらと笑うと、すっかり短くなった煙草を灰皿でもみ消す。周囲は明るくなり始めており、もう間もなく日の出だ。

 

 「気取った言い方であります。でも、全くもってその通りでありますなあ」

 

 光線が水平線より差し込む。眩しさに目を細めながらもその光景に見とれる2人だった。何度見ても朝日は見飽きない。深海棲艦との戦いはまだまだ続く。暗く長い夜もあるだろう。だがきっとこの状況は打破できる、そんな自信が不思議と湧き出てくる。その先には希望に満ちた明日があるはずだ。

 

 今日も水兵としての1日が始まる。砲煙と海水にまみれる1日だ。彼女らは艦娘。戦いの日々に生きる軍艦の名を冠する少女達だ。

 

 

 

 

 墓地には1人の女性。その手にはまだ幼い赤子が抱かれている。ハンカチで汗を拭いながらも歩き目的の墓石の前に立つ。

 

 「あら、これは……」

 

 香炉には1本の煙草が供えてあった。葉と巻紙は少しだをけ残して燃え尽きている。そしてその特徴的な色には見覚えがある。さらに萎れていたが、花立には以前供えた花とは別の物が差してあった。

 

 「正史さんの買ってた煙草と同じね。お友達かしら?」

 

 子を身籠ったと判明してからは家で決して喫煙をしなかった夫だが、ずっと同じ銘柄の買い続けていたのは記憶していた。 

 

 前にお参りをしたのは最近であるが、今日は特別に目的があってこの女性と赤子は再び来た。

 

夫の正史は軍人であり、本人曰く『手がかかる娘達のような部下』に囲まれ、指揮官としての頭角を現していた矢先に急逝してしまった。子もまだ生まれておらず、その顔を見ることもできないままだった。彼女にとって夫の死は言葉にし難い程悲しみに満ちた事だったが、子のためにも気丈に振る舞うことに決めた。強い女性だった。

 

 「正史さん、ちょっと前に来たばかりだけど、今日はうれしい報告があるの。広海がママって呼んでくれたのよ」

 

 墓地に柔らかな風が吹き抜ける。そこでは枝葉の揺れる音以外は聞こえず、ただ安らかに眠る人々の世界がそこに存在した。

 

 「ほら広海、ここではパパがお話聞いてくれるの。言えるかな?パパって、言ってごらん」

 

 

~Fin~


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