ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー― 作:網緑 錆
迷宮区の比較的安全な通路で一時間ほどの休憩を取り――スノウとダテジュンは十分毎に周囲の安全確認に出ていたが――、幾ばくか元気を取り戻したパーティの面々をダテジュンとぼくが先導し、迷宮区の攻略を再開する。
この寄せ集めパーティの楔であるダテジュンはさておき、ぼくも先頭でパーティを導いているのは目立ちたいからではなく、今から攻略する場所がぼくのマッピングしきれなかったアームゴレム密集地帯だからだ。道を知っているぼくが案内役を買って出たという状況である。
「あ、ここの曲がり角で、ソードとランスが一体ずつ出ます」
「了解! みんな、いつもどおりに!」
ぼくの報告に頷いたダテジュンが、パーティに声がけする。
パーティはタイミングを合わせてアームゴレム二体の前に出ていき、布陣を組んで連携をしながらモンスターと戦闘を始める。どうやら四人パーティを二つ作って回している様で、ダテジュンの率いるパーティと、ゴエモンの率いるパーティが交互に連携したり、手分けしたりして戦っている。
ぼくはと言うと、基本的には戦闘に参加していない。
休憩を終えて準備をしている時に、ぼくは全員に対してパーティを組むことが出来ないと伝えた。抗議と不満の視線が凄まじかったが、どうしようもない。パーティを組むと幻痛で動けなくなってしまうということを伏せているだけに、ただの自分勝手に映っていることだろう。
更に言うと、これから攻略しに行く場所はぼくのマッピングの抜けに当たる部分。つまり、ぼくのせいということになる。どう思われても仕方がない。
一応、三体以上のアームゴレムが現れたときには、ぼく一人がパーティからしっかり離れて戦うという条件で敵二体を受け持つ旨を伝えてある。何とかそれで納得してもらった。
パーティの面々はぼくが戦っていた時よりも二倍ほどの速度でアームゴレムを屠っていく。上級プレイヤーでは無いのかもしれないが、充分な強さだ。特に問題なく戦闘は終わった。
ぼくは再度パーティの先頭へと出て先導を再開する。複数の視線が若干気になったが、状況が状況だ。贅沢は言っていられない。
「……例の場所は、もう少しです」
誰からも返事はない。
記憶が確かなら、この曲がり角の先にアームゴレム密集地帯が存在する。隣を歩くダテジュンがピクリと反応した。彼の索敵スキルにでも反応が引っかかったのだろう。
「そこ、か」
彼は通路の突き当りを指差す。突き当りには扉があり、しっかりと閉じているが索敵スキルを使用すれば分かる。あの奥には十体のアームゴレムが潜んでいるということが。
「そうです。かなりの、難所だと思います」
「上手く連携を取れれば何とかなるさ。……それより、君は本当に独りで二体引きつけられるのか」
「ええ。そうすればそっちは一対一の状況を作るなり何なりしてやれると思いますし、出来る出来ないというか、やりますよ」
「……わかった。任せよう」
ダテジュンが頷く。会話を聞いていた他のパーティメンバーの敵意に似た視線が少し弱まるのを感じた。上手くやれば少しは信用してもらえるだろうか。
……信用されても、パーティ組めないから意味は無いけど。
「それじゃあ、行きましょう。最初にぼくが部屋に入って、手前の二体を部屋の外の通路脇まで引きつけます。その隙に皆さんで部屋の中の残り八体を相手取ってもらえれば、ありがたいです」
ぼくは作戦の提案をする。ダテジュンは了承して、「どうかな」と言って背後を振り返った。パーティ内の合意をとるのも、集団で動く上では重要なのだろう。まどろっこしい気持ちになりながらも、すぐに決断して動けるのはソロならではの利点だと強く感じる。
パーティの反応は概ね良いものだった。実際に戦う際の負担が減るのだ。悪い話ではないはずだし、反対する理由もないと思う。
ただ、スノウとゴエモンだけは反対していた。二人に共通した反対理由としては「それで死人を出した時に罪悪感を感じたくない」といった内容のものだった。その反対理由が表面的なもので、心中では本当に心配をしてもらっているのかもしれない。でも、ぼくはそれを跳ね除けて、二体の敵を受け持つことを主張した。
……結局、多数決を提案し、あっさりとぼくが勝利した。
「……合図で、飛び込みますね」
扉の前で剣を構えながらぼくはつぶやく。
後方で《隠密》スキルを発動させながら待機しているパーティの誰かが生唾を飲み込む音がする。ぼくは三つ数えてから、密集地帯に続くドアを勢い良く蹴破って部屋に飛び込んだ。
密集地帯入り口のすぐ近くに居たアームゴレム二体を目視し、すぐに片手剣で横薙ぎを当て、ターゲットを取る。そのまま後方に飛び、密集地帯から出た。通路の脇のスペースへ下がってから、後ろ歩きをしつつ時折投げナイフをアームゴレム二体に浴びせて連れ出していく。
そこへ続くように、三体目のアームゴレムが密集地帯のドアから顔を覗かせた。
「お願いします!」
ぼくが合図を出すやいなやダテジュンが走りながら飛び出してきて、三体目のアームゴレムを戦斧で叩きつけて、密集地帯へと押し返す。パーティの面々も隠密を解除し、続けて密集地帯へと流れ込んでいった。一先ず敵の分断作戦は成功だ。
そして……これで、ぼくを見ている人間も居なくなった。
「よし……」
ぼくは左手をグッと握りしめた状態で軽く引き、右手の剣を突き出すように構える。
目の前にはアームゴレムが並ぶように二体。向かって右の方はこの迷宮区で馴染み深いソードのタイプ。もう片方は盾と槍を持ったランスタイプ。オーソドックスながら、面倒な組み合わせだ。
ぼくに向かって相手が動きだした。それをきっかけにぼくも左手を更に引くと、白いエフェクトが現れて《波動撃》のモーションに入る。狙うは左のランスタイプ。思い切り拳を振り抜くと、圧縮空気の弾丸が一目散に空間を切り裂きながら進んでいく。
ランスタイプは素早く盾を構えると《波動撃》の弾丸を受け止めて威力を殺そうと後ずさっていく。逆に攻撃を受けなかったソードタイプは一気に滑り込むように近づいてくる。
「……落ち着け……」
自分に言い聞かせながら、ぼくは構わず、殴り抜けた勢いのまま左手で右足の太もものホルスターから『とっておき』の投げナイフを掴み、引き抜きながら投げる。光のエフェクトともに投擲スキルの《ドロー・ストレイト・ピアース》が発動して、物理法則を無視するようにまっすぐナイフが進む。
ナイフは盾の隙間をすり抜けて、ランスタイプの頭部の光珠へヒットする。そのままランスタイプは両腕をだらりとさせ、全身の青白く光るラインが消えて機能停止した。だが、光の破片となったわけではない。『とっておき』のナイフに塗られていた麻痺毒によって一時的に動けなくなっているだけだ。
「次……!」
目の前まで詰めてきているソードタイプに向き直り、もう当たる寸前まで振り下ろされてきていた青く光る石の剣を、同じく青い剣で受け止める。
激しい衝撃が走り、ぼくは一メートルほど後ろへ飛ばされ、尻もちをつく。
「ぐっ……」
ソードタイプの方はあまり衝撃を受けなかったのか、すぐに体勢を立て直して両手の剣を突き出してくるようなポーズで迫る。串刺しにされる!
「ひいっ」
悲鳴と共にぼくは右手の《ブルースフィア》を投げつける。同時に横に転がりながら立ち上がった。剣はソードタイプの右腕にあたり、その衝撃で敵の足が止まる。ぼくは《体術》の《水月》で水平蹴りを放ち、アームゴレムをふっとばす。
黒石の機体を思い切りすねで蹴った時のじん、とした鈍い痛みを感じながら、《水月》の硬直が取れた瞬間にぼくは倒れているソードタイプへ駆け寄った。
「うおお!」
右の拳を固く握り、左肩に引きつけていくと光が拳からにじみ出る。地面の反発力と自身の筋力をすべて練り上げ力に変えて、右の拳を鉄槌のごとく黒い石の塊へ打ち下ろす。
ソードスキル《打鋼発勁》。上から下へと拳を打ち下ろすそのシンプルな攻撃にソードタイプの両腕の剣は砕けた。これで弱点の頭部の光の珠へ攻撃を与えやすくなった。ぼくはすかさず右の手のひらを光珠の前へかざす。黒い《狼の掌》の色が、光を帯びて白色になっていく。
「まずは一体……!」
光をまとった手のひらが突き出され、アームゴレムの光の珠をその頭部ごと砕く。《吼》という超々近距離用のソードスキル。高威力、発動の速さと硬直の短さが群を抜いている。が、射程が射程なのでこういう状況ぐらいでしか使うことは無い。
光の破片となっていくソードタイプを横目に、ぼくは麻痺しているはずのランスタイプに向き直る。
「もう復帰か」
沈黙していた黒い石の塊に青白い光のラインが走っていく。ランスタイプは垂らしていた両腕を揚げ、ぼくへ狙いを定めるとあの独特の滑るような動きで槍を突き出して迫ってくる。
石の兵士だからなのか、現時点で手に入れられる最上級レベルの麻痺毒でもたった一分程度しか止められないみたいだ。
だが、お陰で一対一まで持ってこれた。ここまでこれたら大丈夫。落ち着いて対処すれば《練気術》を使わなくてもなんとかなる。……もしかしたら密集地帯に突入したダテジュンたちも戻ってくるかもしれないし、念のためここからは《練気術》を封印して戦おう。
ぼくは先程投げてしまった《ブルースフィア》を拾って、ランスタイプの突進を待ち構える。確か、距離を取った後の初撃は突進からの単純な刺突。
「よし……」
読み通りの刺突を剣で受け流すように払い除け、そのまま懐に潜る。至近距離で五回斬りつけるも盾が邪魔をして攻撃が通らない。次にぼくは左の拳を握り、《体術》のソードスキルによる拳打三連撃《連牙》を打ち込む。すると、盾にヒビが入り、そのまま光の破片となって四散した。
あの盾の耐久値が剣で五回、《連牙》一回位で削りきれるのは把握済みだ。その後のランスタイプの動きも覚えている。槍を後ろに引いて構えて一回転して薙ぎ払い、それを避けられたら距離をとって突進からの刺突。後は繰り返し。落ち着いて対処すれば大丈夫。
ランスタイプは盾を持っている時はもっとバリエーション豊かな変化があるが、槍一本になった途端にシンプルな攻撃に切り替わる。だからこいつに関しては盾を壊すのが最優先なのだ。
案の定、ランスタイプは槍を後ろへ引いて構える。
次は薙ぎ払い。しゃがんで避ければ問題ない――。
「なっ……!」
――ランスタイプは後ろに引いた槍を、そのまま大きく振りかぶって縦に打ち下ろしてきた。
「ぐ……」
しゃがんでいたぼくは咄嗟に剣を担ぐように横に構え、その一撃を受け止める。
やられた。イレギュラーだ。アインクラッドのモンスターは定期的にアルゴリズムを変更している。このタイミングで変更を効かせてきやがったんだ。
ぼくは左手の掌底で槍をかち揚げる。立ち上がりながら背中の投げナイフを抜き取り、敵頭部の光る珠目掛けて放る。ランスタイプは独特の駆動音を響かせながらそれを避けると、また滑るようにぼくから離れる。
良かった、あまりアルゴリズムは変わっていないようだ。
そう思ったのも束の間、ランズタイプは距離を取りきらない内に後退を止めて、槍を構えた。
「フェイント……!」
ランスタイプの槍が一直線に突き出される。ぼくは何とか剣を操り、受け止めるが、同時に剣を弾かれてしまう。
ランスタイプは再度槍を引いた。また突きが来る。今度はその槍に光が灯っている。シンプルな高威力の刺突を繰り出す上位のソードスキル《エクスリニアー》だ。《ブルースフィア》を拾う暇も、他の剣を取り出している暇もない。
ぼくは覚悟を決めて、しっかりと大地を踏みしめてから右の手のひらを突き出した。遅れて敵の突きが放たれる。槍の先端がぼくの手のひらに触れる瞬間、《狼の掌》が淡く光る。
普段の《練気術》スキルの逆の流れを意識する。手のひらに感じる衝撃を、手首、肘、肩、背骨、腰、膝、足首で吸収しながら、最後に地面へと放出する。足に接する地面が揺れて、何とかぼくは少しのダメージのみで耐えしのいだ。
敵の攻撃のダメージを和らげる《練気術》のソードスキル《均化勁》。受けたダメージを足元から放出するため、一応カウンタースキルに属するが、その性質を攻撃に転用したことはない。というか、タイミングがシビアすぎて出来ない。
「危ない…なっ」
ぼくは槍を掴んで引き込む。上位スキルの硬直時間は長い。未だに動きを止めているアームゴレムはぼくの眼前まで引っ張られてきた。
「はああ!」
頭部の弱点目掛けて《狼の掌》で固めた拳を振るい続ける。ソードスキルを使うと硬直が入るから、自力のラッシュだ。ヒビが入ってきたタイミングで、ぼくは《体術》のソードスキル《エンブレイサー》を発動させる。オーラをまとった手刀が光の珠に刺し込まれると、一寸の間をおいてアームゴレムは光の欠片へと成り、データの海へと還った。
「はああ……」
両目を瞑り一息ついたぼくはそのまま地面にしゃがみ込みたい衝動に駆られたが、《ブルースフィア》を弾き飛ばされたままだということを思い出す。しゃがんで休むのなら回収してからだ。
剣を探そうと目を開いた瞬間、密集地帯の入り口の方から乾いた拍手の音が響いた。振り返るとダテジュンとスノウが居た。
「お見事」
拍手を止めて、ダテジュンが近づいてくる。隣にはスノウも居て、その手には《ブルースフィア》があった。
「これ、こっちまで飛んできていたよ」
スノウが剣を差し出してくる。さっき弾き飛ばされた時、とんでもないところまで行ってしまっていたようだ。
「あ、ありがとう……」
ぎこちなくお礼を言ってから、剣を受け取ろうと手をのばすと、スノウが差し出してきていた剣を引いた。
「……危なかったんじゃない?」
険のあるスノウの言葉が飛んでくる。ぼくが二体引き受けるという作戦に最後まで反対していたのに、無事に成功してしまったからだろうか。
すると横で見ていたダテジュンがスノウの腕を優しく掴み、ぼくの方へ再度押し出す。
「あまり厳しいことを言わないで……。結果的にセン君は無事だったし。ね?」
「……ええ」
スノウは小さく頷く。
何となくもやもやする気持ちになったぼくは、剣をスノウから取り返して鞘に納めると、ダテジュンの方へ視線をずらす。
「密集地帯の方は?」
「問題ないよ。お陰でやりやすかった。……ところで、君がさっき使っていたあの防御スキル、初めて見るけど、《体術》か何かかい?」
どきりとした。そうだ。途中から見ていたはず。ただ、《波動撃》や《打鋼発勁》、《吼》の話をしないところを見る限り、見られたのは《均化勁》だけのようだ。
どうにか、誤魔化しきれるだろうか。
「……ダテジュンさんも、体術を?」
「いや、俺の周りに体術使いが居ないもんだから、珍しくてさ。便利なスキルもあるもんだな、と」
「中々、戦闘で積極的に使う人、居ないですもんね」
「やっぱり、武器無しで戦うのは怖いからね」
何とか押しきれそうだ。
そう思いながら話していると、スノウが密集地帯の扉の方へと歩き始めた。
「そろそろ、行きましょうか。皆さんも、待ってるから」
「あ、ああ。わかった、スノウ。セン君も行こうか」
「ええ、そうですね」
スノウに続きダテジュンが扉へ歩いて行く。ぼくも続けてそちらへ足を運ぶ。
何とか誤魔化しきれたようだ。というより、《均化勁》自体に彼が興味をいだいていないようだった。……気にしすぎだったのだろうか。
確かに、この世界には無数のソードスキルが存在する。いちいち人の使っているスキルがどうのと言うのは気にしないのかも知れない。まあ、ぼくの《波動撃》は見た目のインパクトが大きいから見られたくは無いが。
先の戦闘で使った投げナイフを補充しながらスノウたちについていき、先刻ぼくが蹴り破った扉をくぐり抜けると、大きな広間があった。一番奥には祭壇のような施設がある。機械的なダンジョンには何となく不釣り合いだ。祭壇の上には宝箱がある。壁などと同じように、磨かれた黒地の石で出来ていて、そこに青白く光るラインが引かれたデザインをしている。まだ蓋は空いていない。
「……もたもたするな。これは誰が取る」
ぼくが部屋の中に入った瞬間、待ちわびたとでも言うような雰囲気で、一人の男が声を発した。
赤色の短髪を逆立てたその男は、全身に布と革製の装備、肘や胸、肩などの要所のみ金属の鎧で覆っている。腰には刀身から柄から全てが銀色の青龍刀を剥き身のままぶら下げている。
装備の色合いは赤と白というわけでも青色というわけでもない。少なくとも見た感じ、他のメンバーと仲良さそうにしているわけでもない。多分、こいつもぼくと同じくソロプレイヤーだ。
腕を組み、壁に寄りかかって貧乏ゆすりをしてあからさまに苛ついているその男にダテジュンが近づいていく。
「落ち着いてくれ、リャオ君。もしかしたらトラップの可能性もある。まずは各自自分の状態を確認するんだ」
ダテジュンが諌めると、リャオと呼ばれた男は舌打ちをしてからシステムウインドウを開いた。他のプレイヤーも自分の状態と、武器、アイテムの残りを確認する。
ぼくは使用した投げナイフを補充したばかりなので特に確認しない。さっきの戦闘で受けたダメージも《自動回復》のスキルで少しづつ回復していっている。申し訳程度でつけているだけのためスキルのレベル自体は高くは無いが、それでも時間をかければしっかり回復してくれるし、これで充分だ。
ぼーっとしていると、近くに居た背の低い少年が話しかけてきた。
「マッパーさんは、装備の確認しないのか? 最初囮になる時に使ってた投げナイフとか」
こんどは『マッパー』と来た。何か真裸(まっぱ)と呼ばれているみたいで嫌なあだ名だ。
不名誉極まる呼び方をしてきた少年は背中に剣と盾を背負っていて首から下を青い鎧で覆っている。頭にはキャップのような形のかぶるタイプの兜。どうやら重装騎士のようだ。金色の柔らかそうな前髪の間から覗く顔はかなり幼い。まだ小中学生くらいだろうか。
この歳でこんなデスゲームに関わることになるとは、同情する。
「『マッパー』はちょっと響き的に嫌ですね……。装備は、さっき戦闘終わった後に確認したので大丈夫です」
「へえ……。マッピングしかしないし、ずっと戦闘に参加しないからデキないのかと思ったんだけど、慣れてるんだね。戦闘後すぐに補充するところとか、アームゴレム二体相手にソロで勝利したりとか」
少年は声変わり前くらいの高い声で生意気なことを次々言ってくる。ナチュラルに見下されて、褒められているのか貶されているのかよくわからないような気持ちで表情を強張らせていると、彼は右手を差し出してきた。ぼくはちょっと躊躇ってからその手に応えた。
「どうも。ボクは《聖竜連合》のロビンだ。別にリーダー格とかでは無いけど、今日はゴエモンとエドワードの引率で来ている」
そう言ってロビンは親指を立てた握りこぶしで自分の背後を指し示す。相変わらずの不良武士然としたゴエモンと、その隣にごついフルプレート鎧を纏い、その背中にこれまたごつい大剣を負った大男が居た。顔までしっかり覆ってしまっていて、相貌は見えない。あれがエドワードだろう。
しかし、こんな子供に親指で指し示されながら引率がどうのと言われるというのはあまりいい気分ではないだろうな。……まあ、それでも二人を率いているだけ、このロビンという子供が優秀なプレイヤーということにはなるのだが。
「ダテジュンに誘われてこのパーティに入ったんですか?」
「そうだよ。ボクも浮遊城(こんなところ)に縛り付けられて大切な時間を失うのは耐え難いからね。早く元の世界に戻って色々遅れを取り戻さないと」
随分と現実主義者(リアリスト)な子供だ。子供ならもっとゲームしていたいと思うだろうに。
そこまで考えていてから、ぼくは自分を嘲笑った。人を見下しているのはぼくだって同じか。子供だからと侮ってはいけない。彼は命のやり取りという極限状況にあって逃げずに進むことの出来る精神力の持ち主だ。そこを見誤るべきではない。
ロビンは訝しげにぼくの顔を覗き込む。
「……何を笑ってるんだ? 不審なやつだな」
「ああ、いや。なんでもないです」
……見下しはしないが、生意気で腹立たしいことに変わりは無いな。
そうこうしている内に全員の装備チェックが終わったのか、ダテジュンが広間でもちゃんと聞こえるように声を張る。
「各自、不足物などは無いか?」
「あ、私回復薬が切れちゃって……」
手を挙げたのはローザという女プレイヤー。例のゴエモンおすすめの美人さんだ。
すると全身を青い鎧で覆ったエドワードが見た目に反した甲高い声を挙げる。
「足りないんならおんなじギルド同士でアイテムシェアしろよ!」
そう言って彼は一人の背の高い女プレイヤーを指差した。
指さされた女プレイヤーがどんな表情をしているのかは、正直よくわからない。ローザと同じ色の赤いマントのフードを深くかぶっているからだ。だが、あまりいい表情をしていないのは何となく分かる。
ぼくの横にいるロビンは舌打ちをするとエドワードの方へと足早に歩み始めた。
「やめないか、エドワード。ルイマさんが困っているだろう。《聖竜連合》として、今の発言は見過ごせない」
「ロ、ロビン……さん。ち……わかったよ。悪かったな、糞」
謝っているとは言い難いエドワードの態度にロビンは再度舌打ちを重ねる。
「エドワード! 態度が悪すぎるぞ」
「ふん……」
「……この!」
あわや戦いでも始まるのかという空気に成りかけた瞬間、ゴエモンが間に入った。
「まーまーおふたりさん。喧嘩は俺っち疲れるから勘弁して欲しいねえ。それにホラ、回復薬の類いなら余らせてるやつが一人いるでしょ」
二人を宥めつつ、ゴエモンはぼくの方を見る。広間の視線がぼくに集まる。ゴエモンは軽くウインクをしてきていた。
協力しろってことか……仕方がない。このままの状況、ぼくだって望んでいるわけではない。
ぼくはシステムウインドウを開いて、ローザに幾つかの種類の回復薬を見繕って送る。驚いた表情の彼女に向けて言葉を投げる。
「ぼくは皆さんよりもここに来るまでの戦闘回数が少ない分、アイテムに余裕がありますから」
「あ、ありがとう。なんてお礼を言ったら良いのか……」
「迷宮区から出たあとで返してもらえれば、大丈夫です。全部市販品なので、コルでも良いですし」
言った後で、広間にいる全員から「あ、貸すだけなんだ……」という言葉が込められていそうな視線が浴びせられる。ぼくがちょっと後悔していると、ダテジュンがコホンとわざとらしい咳払いをして視線をぼくから引き剥がす。
「とにかく、セン君のお陰で全員準備は整ったみたいだね。それじゃあ、……宝箱を開けようと思うけど……」
「ちょっと待てよ」
ダテジュンは「今度は何だ?」とやや苛立ちながら振り向く。腕組みをしているリャオがつかつかとダテジュンに詰め寄っていく。
「中身、良いやつだったらお前、転移結晶で持ち逃げない保証、あるか?」
よく聞くと言葉のイントネーションに違和感を覚えた。リャオは海外の人なのだろうか。
……それにしても面倒な人の多いパーティだ。ダテジュンもここまで彼らをよくまとめて引き連れてこれたな。
ちょっと感心していると、ダテジュンの斜め後ろで静かに控えていたスノウが口を開く。
「じゃあ、誰が開けるべきだと思うのかな。……あなただって逃げるかもしれない。保証はないでしょう?」
至極真っ当な意見だ。それを言い始めてしまったらどうにも進まない。リャオはどう言い返すのだろうと思ったが、彼は大きな口で笑みを浮かべてぼくを指差した。
「アイツにしよう。アイツは逃げない。卑怯もしない。アームゴレム二体も逃げずに独りで受けた。回復薬も渡した。余裕も信用もある。この中で一番」
その切れ長の目でぼくを見る。
「それに、ギルドもない。だから《血盟騎士団》と《聖竜連合》を敵にしたら生きていけない。だから逃げられない。……だろ?」
そして大広間にいる全員に信を問うように両腕をあげてみせる。
誰からともなく頷く人々。さっきのアームゴレムとの二対一は、一応信用の要素になっていたようだ。
ぼくは再度視線を受けながらおずおずと祭壇の方へ近づいていく。宝箱の目の前まで来ると、他のメンバーを振り返った。
「じゃあ、開けますね」
……やはり集団行動というのは肩がこる。敵対集団が混ざっているのだから仕方がないとは思うが、例の幻痛がなくてもギルドなんてまっぴらゴメンだと再認識する。
ぼくはため息を付いてからゆっくりと宝箱の蓋に手をかけた。その時、小さな違和感を覚える。宝箱の型的には、施錠されているタイプだ。鍵開けのスキルが無いとどうにもならない。
だが、蓋は簡単に動く。施錠されていない。誰かがすでに開けた? いや、中身を取ったら宝箱は消えてしまう。消えていないということは――罠だ。
「まず……」
間抜けにも気がついたときには時すでに遅しだった。宝箱と祭壇から青白い光が溢れ出す。光は大広間全体をまばゆく照らし出した。ぼくはたまらず両腕で顔を隠す。光はしばらくしてから収まった。
「何だったんだ、今のは……」
ぼくは腕をおろしてから周囲を見渡す。
先程まで黒い石で作られていた壁や天井は一変して土がむき出しになっている。青白いラインによる光はどこへやら、壁にくくられた松明の赤い炎が光源になっている。壁や天井と同じくむき出しの地面には魔法陣。他の八人のメンバーはまだ腕で顔を覆っている。
「……転移魔法だ……」
ぼくはつぶやく。
ぼくらはパーティごと、謎のエリアに転移させられてしまった。