ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー―   作:網緑 錆

12 / 16
■第五話:夕景の少女(3)

 転移の際の光がまだ残像のように残っている視界の中で、ぼくは何とか状況把握をしようと頭と気持ちを落ち着ける。パニックにだけはなってはならない。

 イレギュラーが起こった際に生き残れるのか、死んでしまうのかを決めるのは冷静さだ。パニックから判断を誤って帰らぬ人となったプレイヤーの話は枚挙に暇がない。勿論、そう簡単に冷静になれるわけではないが、無理やり心を落ち着かせるということ自体は今まで何度も行ってきている。

 ぼくは適当に首周りのストレッチを行いながら、小さく息を吐いた。少しずつ、脳に上がった血が冷えてくる。

 ……どうやら、罠は転移魔法だったようだ。どこだかわからない洞窟にパーティごと送り込まれてしまった、という状態だろう。

 どこかから「転移、五十層、アルゲード」という声が聞こえてくる。声の主はリャオ。彼は反応しない転移結晶を握りしめて悪態をつく。

 

「ふざけるな! 使えない! 転移結晶が!」

 

「やられたみたいだね……」

 

 ダテジュンは悔しそうな表情で歯ぎしりする。その後、状況に気がついた他の面々も口々に何かを言いながらも、装備と自分のコンディションを確認し始める。名前が知れるほどの上位プレイヤーでは無いとは言え、流石に最前線まで来ているプレイヤーたちだ。イレギュラーにあっても大げさなまでにパニックになるほど慌てることはない。

 各々自分の状況を確認した後、ぼくらは今いる洞窟の中央あたりに集まって、それぞれ気がついたことを共有し始めた。

 ダテジュンはその情報をストレージから取り出した紙にペンで書いてメモしていき、簡単にまとめてから読み上げる。

 

「とりあえず。今の状況だ。一つ、転移結晶が使えない。これは他の結晶アイテムも同じだ。二つ、この洞窟の場所も分からない。システムウインドウから簡易マップの項目が削除されている。……まあ要するに、歩いてここから抜けるしか無いってことだ」

 

 分かり易いといえば、分かり易い。今までにも何度か遭遇した『結晶使用不可に加えてモンスターが大量に出現する』なんて罠よりかは幾ばくかマシだ。差し迫った命の危険がないだけで充分。

 

「幸いにして準備は万端だし、さっさと踏破しようよ。こんなダンジョン」

 

 ロビンがさも面倒くさそうな感じで吐き捨てる。幼い彼でもやはり精神力が強い。イレギュラーな状況に対しての落ち着いた姿勢は一種堂に入ったものがある。

 そしてそれは、他のプレイヤーも同じ。ぼくらはロビンの言葉にそれぞれ同意を示して、この洞窟を進み始めた。

 

 洞窟は基本的に一本道で構成されており、モンスターも今のところ出てきていない。ただ、純粋に長いだけのダンジョンだ。ところどころ緩やかにカーブしているため、もしかしたら同じところをぐるぐる回らされているのではないかという疑問を持って、地面に簡単な印を付けてみたりもしたが、今のところ『印をつけた同じ場所に戻ってくる』といった漫画のような展開は無い。

 安全な道のようだが、さらなるトラップやモンスターの出現に備えて警戒しながら進んでいるため気疲れはしてくる。ぼくらは一時間歩くごとに十分間の休憩を取りながら前へ進んでいった。

 

「今、どこらへんなんだろう」

 

 七時間くらい歩き詰めたところだろうか、ローザがつぶやく。たまたま横に居たぼくは「わからないですね」とだけ返した。

 彼女の様子を見るに、かなり憔悴してきている。仮想現実なのに息が荒くなって来ている。精神的な疲労による症状だろうか。

 ぼくは先頭を歩むダテジュンの方を見る。三十分後の次の休憩まで止まる気は無さそうだ。……そろそろ、ぼくも休みたい。

 システムウインドウを開いて時刻を確認する。もう二十三時になろうとしていた。アインクラッドにおいても、普通の人は寝静まり始める時間だ。ローザの披露しきった表情と時刻表示を交互に見た後、ぼくは他のメンバーを追い抜いてダテジュンの隣についた。

 

「もう二十三時です。徹夜するより、ここで朝まで休んだほうが良いんじゃないですか」

 

 提案すると、ダテジュンは足を止めずに首を振った。

 

「いや、結晶が使える安全圏まで行った方が良いと思う。今日はある程度覚悟して進もう」

 

「……疲れきっている方も居ます」

 

「この洞窟を抜けてからゆっくり休んだほうが、良くないか?」

 

 やはりダテジュンは跳ね除ける。

 まあ、ぼく自身はある程度寝ずにダンジョンを進むことには慣れている。ぼくは困らないし、このままでも良いか。……などと、説得が面倒になってきて、諦めようかと思ったところでぼくの後ろからスノウが話に入ってきた。

 

「……私はセンの……彼の考えに賛成するわ。徹夜で歩いてもこの洞窟を抜けられるとは限らないし、余力を残しながら進んだほうが良いんじゃないかな」

 

「……スノウ」

 

 ダテジュンは歩みを止めぬまま、システムウインドウを開いている。時間でも見ているのだろうか。その後ため息をついて、突然立ち止まって振り返った。

 

「わかったよ。仕方ないな。マネジメントもパーティリーダーの仕事だ。……今日はここまでにしよう」

 

 それからダテジュンの号令で行軍は止まり、野営をすることになった。ローザは胸をなでおろしたような表情をしていた。

 野営とは言っても現実世界ではないのでテントを張ったり、鍋でカレーを作ったりするなんてことはない。鍋でカレーはちょっと違うか。……とにかく非常に簡素なものだ。

 それぞれが距離をおいて自分の野営スペースを決める。寝袋を持っている人はストレージから取り出してその中にすっぽりと自らの身体を納め、何も持っていない人はそのまま地面に転がったり、使っていない布系の装備を敷いたりしている。

 ぼくはというと、寝袋や布団、余っている装備の類は持っていない。つまり、硬い地面で寝ることになる。地面に身体を投げ出しても寝違えることは無いが、気持ちが休まらない。まあ、何もないのではどうしようもない。

 各々が寝る体制を整えたところで、ふとゴエモンが思い出した様に言う。

 

「そーいえば、センが入ってから、きちんとした自己紹介してねェな」

 

「確かに、そうだね」

 

 頷きながら言ったのはダテジュン。

 自己紹介をする流れになりそうで少し面倒だなと思ったが、他の人の情報が増えることに損はない。ぼくはこの機会をありがたく頂戴することにした。

 

「ある程度、皆さんの事も知っておいた方がこのダンジョンを進む上でも役立つかもしれないので、是非お願いしたいです。自己紹介」

 

「じゃあ、お前だな、最初、自己紹介。礼儀だ、それが」

 

 ぼくと同じく布団を持っていないのか、硬い地面に転がっていたリャオが言う。ぼくは一度起き上がって、周囲を見渡してから口を開いた。

 

「それじゃあ、自己紹介させていただきます。ぼくはセン。体術と片手剣を主に使ってます。ギルドには入っていません。普段はソロでクエストやマッピングなどをやっています」

 

 名乗った後に、戦闘で使うスキルと所属ギルドの有無、普段の行動を話す。こうすれば恐らく後に続く人も、同じ内容で自己紹介をするだろう。自分が知りたい情報は、自分がフォーマットを作ることで集めるのが一番効率がいい。

 それに、ぼくの情報には一部マスクを付けている。戦闘で使うスキルに関して言えば投擲と練気術については話していないし、普段依頼を受けてコルやアイテムを得ていることも言っていない。実際に使えるかどうかは置いといて、これがいざという時の隠し玉になる……かもしれない。

 

「よろしくお願いします。……次は……」

 

 ぼくは左を見る。ゴエモンが肘枕で布団に転がっているのと目が合った。彼は苦笑すると、気だるそうに布団の上に座り直す。

 

「へいへい、時計回り、ね……。俺っちはゴエモン。武器は刀使ってて、《聖竜連合》の一員だ。普段は適当に攻略を進めてるよ。こんなもんか? あ、彼女募集してっから、おっさんでも構わない女子の知り合いが居たら紹介してくれや」

 

 その和装の懐に手を入れながらへらへらと話す。相変わらずの不良武士といった有様だ。

 ……ただ、彼は馬鹿ではない。

 周囲のプレイヤーの疲労に気がつくくらいの洞察力は持っているし、必要なところでは折れずに粘り強く交渉をする芯がある。ロビンの方がギルド内の立場は上だとのことだが、このパーティにおける精神的支柱の一角を担っているのはゴエモンだろう。

 そして、もう一角はゴエモンの左の方で壁にもたれかかって座っていたダテジュン。茶色い癖っ毛の下の正義感の強そうな視線を少し緩めて笑みを見せている。

 

「じゃあ、次は俺だね。知っての通り、ダテジュンだ。武器は戦斧。《血盟騎士団》に所属していて、今はスノウとチームを組むことが多いかな。普段は前線で攻略してるよ、今日みたいに」

 

 迷宮区最深部の通路で合流してから例の罠の部屋までたどり着くまでの間に彼の戦いを見ていたが、その戦斧の一撃には凄まじいものがあった。恐らく、このメンバーの中でも一番レベルが高いのは彼だろう。

 ただ、戦いではあまり前線に出ずに指示を飛ばす方に集中していた。人を使うことに慣れているのかな。ゴエモンがメンバーを後ろから押していくタイプならば、彼はメンバーを引っ張っていくタイプだ。

 

 ……個人的には、スノウと彼の仲が気にはなるけど、……ぼくは関係のない他人だ。

 ……ああ、気になってしまう自分が気持ち悪いな……。

 

「じゃあ、次はスノウ、お願い」

 

 ダテジュンの言葉を受けて、その左のスノウがこくりと小さく頷く。何となく眩しくてぼくは目を細めた。

 

「スノウです。武器は細剣。所属ギルドは《血盟騎士団》。普段はギルドの団員と攻略をしていて、アタッカーの役割が多いかな」

 

 そしてスノウはぼくの方をちらりと見る。ぼくは竦んで、目をそらせない。

 彼女は無機質でミステリアスな表情を見せて、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……『ここ』から、早く抜け出せたら良いね」

 

 彼女の言う『ここ』とは、洞窟のことだけでは無いように感じた。そう、『浮遊城』からの脱出。彼女もぼくも、それが一番の目的なんだ。そのために色々な出来事を乗り越えて、色々なことをして来たはずだったのに。気がつけば同じ目標のぼくと彼女の距離は遠くなってしまった。

 ……当たり前か。『浮遊城を抜ける』ことではなく『スノウを守る』というぼくだけの目的のために、ぼくは《練気術》のことも《匣の教団》のこともパーティを組めなくなった理由も、オレンジプレイヤーになった理由も彼女には話さなかった。

 結果、色々知っているエーコと違って、スノウは《匣の教団》関係で危険な目にあったりはしていないはずだ。

 

 だから、これでいい。

 

 自分でもくだらない感傷に浸っていると、次の自己紹介が始まろうとしていた。

 青くて厳しい鎧に身を包んだ大男。大きさだけならエギルといい勝負が出来るかもしれない。

 

「エドワードだ。大剣使い。《聖竜連合》所属。これで充分だろ」

 

 態度の悪い自己紹介にぼくは苦笑する。

 そう言えばローザに回復アイテムをあげるあげないで揉める原因になったのは彼だったか。ギルドに所属しているものの、協調性は見られない。どちらかと言うとソロ(こっち)側の性格だ。

 ただ、その態度の悪さを助長しているのには別に『原因』があるのだろう。彼の左にいる『原因』と思しき金髪の少年は大げさなため息を付いて口を開いた。

 

「やめてくれよエドワード。上に立つボクの立場が悪くなるだろう?」

 

 その金髪の少年は呆れたように言う。そしてエドワードが舌打ちをするのを気にも留めずに、自己紹介を始めた。

 

「ボクはロビン。片手剣と盾を使っている。《聖竜連合》でゴエモンとエドワードの上に立つものとして付き添ってる。そこまで口出しするつもりはなかったけど、ウチのが迷惑をかけていたら一言くれればボクからも言うよ」

 

 相変わらずの生意気さ加減だ。ぼくも彼の下に居たら、エドワードのような態度になってしまうかもしれない。

 それからその左にいる赤いショートマントの女性に視線が集まる。彼女はその長いまつげをゆっくり上下させた後に会釈をした。

 

「……ローザです。ルイマと一緒に《ホワイトキャット》というギルドに所属しています。武器は槍を使ってます」

 

 そして、ぼくの方を向いてぺこりと頭を下げる。

 

「センさん。回復薬の件ではご迷惑をおかけいたしました。……ちゃんと、ここから出たらお返しします」

 

「ああ、いや。まあ、そんなに気にしなくていいよ」

 

 本音だ。

 別に街で買えばそんなに大した額じゃない。あの時咄嗟に「あとで返してくれ」と言ったのも、基本的にタダでものを人にあげる習慣が無いからだ。トラブルのもとになるし。

 それに、こうでも言わないと、格好が悪い。

 ぼくの横でゴエモンが鼻を鳴らす。

 

「別嬪さんに『ケチだ』って思われんのは嫌だよなァ」

 

「茶化さないでくださいよ……」

 

 口に出さないで欲しいけど、図星だ。

 少しだけ気になってスノウの方を見る。ぼくとゴエモンのこの会話に興味はなく、その目の矛先はローザに行ったまま。

 また横から含み笑いが聞こえた。ゴエモンの方を向くと、今度は声を出さずに口の形だけで語りかけてくる。『きになるか?』と言っているのだろう。辟易していると、ローザの隣にいる、赤いマントのフードをかぶった女性が暗く、低い声で自己紹介を切り出す。

 

「……ルイマ。《ホワイトキャット》所属。槍使い」

 

 そして、それ以上のことは言わない。深くフードをかぶっているため見にくいが、覗き見ると三白眼だった。睨まれている……何かしてしまったのだろうか。……何か怪しい雰囲気の女だ。同じギルドだというローザと会話しているところもあまり見かけないし、彼女もソロ(こっち)側寄りの人間なのかもしれない。

 

「最後だな、じゃあ、俺で」

 

 赤髪が特徴的な男性プレイヤー、リャオだ。

 腕組み地面に座ったまま、少しだけ他と変わったイントネーションで彼は話し始める。

 

「リャオだ、俺は。片手剣を使う。ギルド所属は、ない。ソロだ。さっさとここを出たい。協力、だ。ここは」

 

 罠の部屋で言い争いをしていたのを見ていただけに、彼が協力の意思を見せたのがぼくには少し意外だった。もしかしたら彼は元々パーティに協力的なのかもしれない。少し言葉が強いだけで。

 リャオについて思索を巡らせていると、ぱん、と乾いた音が響いた。音の発生源を見るとダテジュンが手を合わせている。手をうった音か。

 

「……これで、自己紹介は終わったね。総勢九名。これだけ人がいれば主義主張がぶつかることもあると思うけど、皆で協力してこの洞窟から抜け出そう! セン、改めてよろしくな」

 

「あ、はい。……宜しくお願い致します……」

 

 もうすでにぶつかり合いが起きそうな火種はいくつかある。脱出までの間、上手くやっていけるのだろうか……。

 不安を感じながら、その日は床についたのだった。

 

 

 翌朝、よく眠れず時刻六時に目が冷めてしまったぼくは、妙に口渇感を覚えて一口水を飲んでから身を起こす。人のいる場所で睡眠を摂るというのが久しぶりで、無意識の内に緊張してしまったのだろうか。

 見ず知らずの人達だし、ダンジョンにモンスターが居ないとはいっても本来なら警戒は必要だ。……ただ、帰る方法もわからない状態で襲い掛かってくるほどの阿呆というのは流石に居ないだろう。

 仮想世界なのに、妙に重さを覚える両足を伸ばした状態で洞窟の壁により掛かる。歩き詰めのストレスが怠さとして現れている。

 遠くで横たわるスノウの寝顔を見て溜め息をつき、ぼくはシステムウインドウを開いてアイテムの整理を始めた。

 

 七時頃になると全員が目を覚まし、八時になる頃には出発の準備も整っていた。ダテジュンが号令をかけて、洞窟の攻略を再開する。皆安眠は出来なかったのか、それぞれが疲労を顔に表しながらあるいていた。特にローザは浮かない顔をしている。

 ぼくはローザに近づいていき、声をかけた。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

「あ、え、ええ……」

 

 ぼくに気が付き作り笑いを浮かべた彼女は、頼りない声でそう返した。あんまり大丈夫そうではないな。

 

「眠れませんでしたか?」

 

「そうですね……。疲れていたのですが、どうしても……」

 

「……ぼくも、同じく、です」

 

 いっその事、誰かしらは見張りとして起きていたほうが良かったのかもしれない。

 しかし、長さすら分からないこのダンジョンを一日中歩いた疲労感の中で起きているのは流石にしんどいものがあるだろうな。

 以前、ひとりで迷宮区に引きこもって居た時はほとんど眠らなかったが、あの時は力をセーブしていたから何とかなった。

 

「まあ、でも、きっと今日はぐっすり眠れますよ。……これだけ疲れてしまっていては。嫌でも」

 

「……ふふ。ええ、そうですね」

 

 ローザが儚げに笑う。直後、一番戦闘を歩くダテジュンの足音が止まった。

 

「……皆、止まれ」

 

 先頭を歩くダテジュンがそう言ったのが聞こえる。

 モンスターか?

 ぼくは反射的に剣を抜く。ゴエモンとエドワードの《聖竜連合》組もぼくの斜め前で武器を手に取っていた。

 

「……行き止まりだ」

 

 ダテジュンは通路の先を指差す。行き止まりになっていて、その突き当りの壁には文字の刻まれた板が嵌められていた。

 

「ここで行き止まり……? じゃあどうやって出るんだよ! 分かれ道なんてなかっただろ!」

 

 エドワードの恐慌じみた声が響く。誰もがそれに応えられず息を飲む。嫌な沈黙の後に、スノウが一人壁に向かって歩き始めた。

 

「落ち着いて……これ、調べてみましょう」

 

 気を取り直し、スノウについていって全員で文字板を取り囲む。

 板には《人狼窟》と示されている。ダンジョンの名前だろうか。だが、それ以外には何も書かれていない。

 

「謎解きか何かか……?」

 

 ダテジュンは眉をひそめる。そこへ、ゴエモンが何も言わずに一歩前へ出て、腰の刀に手をかけた。

 

「……とりあえず、思いついたこと全部試してみようや……ちょいと離れてな」

 

 言うやいなや、居合の体勢に入る。彼の刀が淡く光り、ソードスキルが発動する。

 刀を左越しに構えた体勢から放つ居合技。《カタナ》のソードスキル《辻風》。普段使わないぼくでも知っている《カタナ》の基本的なスキルだ。剣閃がほとばしり、数秒。文字板にぴしりと亀裂が入った。

 

「《Immortal Object》の表示が出てこない……?」

 

 ロビンが訝しげな声をあげる。破壊不能オブジェクトではないということは……壊せば何かが起こるかもしれない。すると、エドワードがその大きい身体で巨大な大剣を担ぎながらゴエモンの隣に並んだ。

 

「どけ。ほっせぇ棒切れじゃ無理だ」

 

「へいへい。じゃあ頼むよ旦那」

 

 ゴエモンが剣を鞘に納めると、代わりにエドワードが前に出てくる。そして大剣を上段に構えた。あの構え、突進からの強力な斬り下ろしを行うソードスキル、《アバランシュ》を使うつもりだ。

 だけど、このままあの文字板は壊しても良いのだろうか。また罠のたぐいかもしれない。

 ぼくは発言権のありそうなダテジュンの肩を叩く。

 

「あれ、やらせても良いんですか。罠かもしれないですよ」

 

「かもね。でも他に手もない。まあ、やらせてみようよ……不安かい?」

 

 そう言うといたずらっぽい笑みを向けてくる。

 素直に「不安だ」と言うのが少し悔しく、ぼくは「いや、そんなことは」と返してダテジュンの隣でエドワードのソードスキルの行く先を眺める。

 彼の大剣が光をまとって例の文字板にぶつかると、大きな音を立てながら文字板は粉砕されて、ポリゴン片へと成っていった。

 そして、あとに残るは先へ進む通路。文字板が塞いでいたのだ。……特に、罠なども発動していない。

 

「な。大丈夫だったろ?」

 

 隣のダテジュンがぼくに向き直りながら言う。やはり癪で、ぼくは頷きを返すだけだった。

 

 文字板の先は、今までの細い一本道の洞窟とは違って広間になっていた。

 相変わらずの土壁が広がっていて、光源も松明のみ。ただ、いま来た道を除くと八つの通路が存在している。

 

「分かれ道、か……」

 

 リャオがため息混じりに呟いた。他のメンバーもうんざりした様子だ。二択の道ならまだしも、八択ときた。一個一個まじめに進んでいったらどれだけの時間がかかるかわかったもんじゃない。

 

「……手分け、が良いんじゃねえの」

 

 ゴエモンが提案した。ダテジュンは少し考えてから「ああ、そうしよう」と返し、続ける。

 

「初回の探索時間は二時間。一時間分進んで、戻ってくる。何かあったらそこで報告会だ。……分かれ方は、どうしようか」

 

「ソロでいいだろ」

 

 エドワードが言う。九人いるから一人余る計算だ。なら……。

 酷く疲弊した様相のローザを一瞥してから、ぼくは口を開いた。

 

「じゃあ、一人はここに残って休憩する……で、どうですか?」

 

 ぼくの提案にゴエモンが頷いた。恐らく、意図は伝わっているだろう。

 

「そうだな。俺っちも賛成だ。……ローザちゃん、疲れてるだろ。君はここでちょっと休みな」

 

 言われた彼女は名前に反応してハッとしたように顔をあげてから、申し訳なさそうに俯いていく。

 

「……すみません。……お言葉に、甘えさせて頂けたら、嬉しいです……」

 

 あまり長い付き合いではないが、彼女の性格らしくない遠慮の無さだ。余程余裕がなかったのだろう。それが分かるからか、他のメンバーも遠慮の無さに対して特に文句は言わない。

 ダテジュンは誰も特に何も言わないのをみてから、ぱん、と手を叩いた。

 

「よし、それじゃ、行こうか。みんな二時間後に、ここで。何か危ないことがあったらここまで引き返して、ローザと合流するんだ」

 

 各々了解して、自分の担当の通路に散っていく。

 

 ぼくも自分が探索する通路の前まで行って、それから振り返った。

 広間の中央でローザがしゃがみこんで休んでいる。他の人たちはもう自分の通路に入っていってしまい、広間には誰もいない。

 ローザと、目が合った。

 彼女は弱々しく手を振ってくると、そっと撫でるように笑みを浮かべた。「いってらっしゃい」と口を動かしている。

 ぼくは会釈を返し、腰の剣を抜いて通路に入った。通路に響くのはぼくの足音と吐息のみ。そこでふと、一人になったことを実感する。それなのに何故か、妙に心が落ち着く。

 

「どうしようもないなあ……」

 

 ぼくは重たい息を吐いて、奥へ奥へと進んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。