ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー―   作:網緑 錆

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■第五話:夕景の少女(4)

 なだらかなカーブを描く道。定期的に松明の赤い光。ぼくの影が伸びては掻き消え、また新しい光源によって影が伸びていく。変化の乏しい攻略対象に、一定のタイミングで響いていく足音が一つだけ。定期的に使う索敵にも何も引っかからず、幸運にも通路の入口で勢い良く抜いた剣を使うこともなく、一時間が過ぎようとしていた。

 

「不気味なダンジョンだな……」

 

 今までこの世界で攻略してきたダンジョンにはプレイヤーを飽きさせない『何か』があった。それは、トラップであったり、凶悪なモンスターであったり、目をみはるような絶景であったり。

 ……このダンジョンには今のところ、それがない。

 デスゲームであることを除けば、この《ソードアート・オンライン》というゲームは、本当に優秀なゲームだったのだ。だからこそ、何も起きずに延々と退屈な時間が過ぎていくこのダンジョンは異質だ。

 異質すぎて、不気味さを覚えるほどに。

 ぼくは、何の気なしに剣を仕舞った。これは勘だろうが、恐らくこのダンジョンにモンスターは出てこない。そんな風に思ってしまったからだ。

 

「早く、戻らないとな……」

 

 迷宮区の攻略はどうなっているだろう。

 一日が過ぎて、上位プレイヤーたちは最前線まで戻ってきただろうか。

 ぼくらが迷宮区から居なくなったことは、誰か気がついただろうか。

 ……もしかして、このダンジョンには出口などなくて、あのトラップは《監獄》のようなもので、誰かがこの《浮遊城》を攻略するまでぼくらは開放されることは無いのではないだろうか。

 仮にそうだとしたら、どうやってこれからを過ごそう。あのメンバーで、上手くやれるようには思えない。最悪、戦いにでもなってしまったら目も当てられない。

 ……閉塞感のあるつくりと足元に漂っている暗闇のせいか、湧いてきた疑念と不安が行き場をなくして膨れ上がる。もうそろそろ一時間だ。何だか、戻りたくないな……。

 

 こつ、こつと響く足音。虚のようになった体感の中で、聴覚が異変を感じ取った。

 

「あれ」

 

 ……足音がもう一つ、重なっている?

 ぼくは足を止めて耳を澄ませた。やはり、小さな足音が洞窟の向こう側から聞こえてくる。段々と大きくなっていくことから、こちらに近づいてきているのが分かる。

 ぼくはゆっくりと剣を抜いて、目を凝らした。

 モンスターか、NPCか、それとも……プレイヤー?

 なだらかな湾曲のみの一本道だ。索敵スキルを使うより、目視のほうが早い。

 

「……あら、センか?」

 

「……ゴエモン……さん?」

 

 遠くの暗闇から現れたのは、ゴエモンだった。刀をぷらぷらと揺らしたまま、気だるそうな足取りで近づいてくる。

 だが、ぼくは抜いた剣を構えた。

 

「そこで止まってください」

 

「へ?」

 

 ゴエモンが足を止める。「何を言ってんのよ」と苦笑するゴエモン。その頭上に、カーソルが見当たらない。よく見れば、ギルドタグもない。ヒットポイントを示すバーのみだ。

 

「……モンスターか? NPCか?」

 

 ぼくはゆっくり左手の拳を握り始める。とぼけたような『ゴエモンの姿をした何か』は、慌て始めた。

 

「ちょ、ちょ。落ち着きなさいよ! どうしたってんだ!」

 

「あなたの頭上にカーソルが見当たらない」

 

「え? ……あ、ホントだ。センのカーソルもねえわ」

 

「……え?」

 

 ぼくはつい、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 ぼくのカーソルもない? そんなわけ無いだろう。

 

「……適当なことを……」

 

 剣を構えたまま一歩間合いを詰めると、ゴエモンはわたわたと首と手を振り、全身で否定の態度を表した。

 

「いやいや! ホントだって! ……じゃ、じゃあ、皆のところに一度戻ろうや! 他のみんなのカーソルがなくなってたらセンも信じるでしょうよ!」

 

「……そう、ですね……」

 

 必死な態度のゴエモンを見ていたら、ほんの少しではあるが、疑いの目を向けるのが妙に馬鹿らしくなってきた。それに、無理にここで一対一で戦う必要も無い。それに、ローザの待つ広間から出発して一時間が経とうとしている。そろそろ戻り始めないと、集合に間に合わなくなる。

 

「わかりました。時間もありますし、一度広間まで戻りましょう。……ぼくが来た道を戻ります。先を歩いてください」

 

 それからぼくが歩いてきた道を、ぼくとゴエモンの二人で引き返し始めた。

 疑いは弱くなってきているとは言え、何があるかわからないのでゴエモンを先に歩かせて、ぼくが剣を構えながら後ろをついていく。

 

 ……しかし、カーソルが見えなくなるなんてことはあるのだろうか。

 一応、今まで色々なトラップやクエストに挑んできたけれど、ゲームシステムのUI……ユーザーインターフェースに干渉してくるようなことはなかった。

 

「アインクラッドは、変化していく、か……」

 

 ゴエモンに聞こえないように、口の中でつぶやく。

 この浮遊城は変化――いや、進化するダンジョンだ。モンスターの行動のアルゴリズム、経験値、手に入れられるリソース。それに、突発的に作られていくクエスト。

 これがデスゲームでさえなければ、何度も何度も挑むことの出来る素晴らしいゲームなのに。

 

 時折沈黙に耐えかねたゴエモンが話しかけて来る以外は特に代わり映えのしない洞窟をゆらゆらと辿っていくと、広間が見えてきた。

 

「……何事だ?」

 

 先をゆくゴエモンが広間に入ると、いつもより真剣な口調で呟いた。

 ぼくも遅れて広間に入っていく。すると、すでに広間の中央に他メンバーが集まっていた。帰り道はゴエモンに警戒しながら歩いていた分、約束の時間に少し遅れてしまったかもしれない。

 だが、どうも様子がおかしい。ぼくらに気づかないところを見る限り、少なくとも遅刻した人間を待っているという状態には見えない。

 

「セン、ただ事じゃあ無さそうだ。俺っちへの疑いは晴れただろ? 武器をしまってくれるか?」

 

 振り向いたゴエモンが人だかりを視線で示しながら訴える。

 他のメンバーの頭上にはカーソルが存在していない。……つまり、ゴエモンの主張が正しく、全プレイヤーのカーソル……少なくともこのダンジョンに入っているプレイヤーのカーソル表示が消えてしまっていることが分かった。

 ぼくは剣を鞘に納めて「勘違いでした。すみません」とゴエモンに頭を下げる。彼は気にする素振りを見せずに右手を軽くあげて「気にすんな」と返したあと、他のメンバーのところに駆けていった。

 

「よぉ! どうしたってのよ」

 

「あ、ゴエモン……! センも……」

 

 返事を返したのはダテジュン。背を向けていた彼はぼくらを見ると、振り向く。他の面々もこちらを見る……。……あれ、おかしいな。

 

「……ローザさんは、どこへ……?」

 

 ぼくは浮かんだ疑問をそのまま口に出した。しかし、誰からも答えは返ってこない。皆、浮かばない表情で目を逸らすのみ。

 

「……そういうことかい」

 

 ゴエモンが渋いため息と共に吐き捨てるようにつぶやく。

 その独特の空気だけで、ぼくも、充分察した。

 ……彼女は、行方不明。最悪の場合、死んでしまったかもしれない。

 

「最後の瞬間を見たやつは、居ねぇのかい?」

 

 情報を集めようとゴエモンは質問を投げかける。代表してダテジュンがそれを否定してから、彼は状況の説明を始めた。

 

「はじめにこの広間まで戻ってきたのは俺とスノウだ。俺とスノウの洞窟は中でつながっていたみたいで、二人で一緒に戻ってきたんだけど、その時にはもうローザは居なくなってた。それから皆がそれぞれの洞窟探索を終えて帰ってきた。……誰も、彼女とは会っていない」

 

 つまり、ローザがどこかの洞窟へ入っていったとは考えづらいということか。いや……落ち着いて考えれば、彼女の居場所の可能性は三つある。

 一つ目は、もと来た道を戻った場合。これなら、誰もが気がつくこともなく姿をくらませることが出来る。

 二つ目の可能性は、ゴエモンが入った洞窟に、追っかけで入った場合。ぼくの入った洞窟はゴエモンの入った洞窟とつながっていて、合流してからはぼくの入った洞窟の道を引き返した。つまり、ゴエモン側から洞窟に入れば、ぼくらに会うことなく行方不明になる。

 三つ目の可能性は、ダテジュンかスノウの洞窟に入っていった場合。ダテジュンとスノウの洞窟もつながっていたことから、二つ目と同じ理由で考えられる。

 

「ちなみに……」

 

 ぼくは恐る恐る声を挙げる。視線がぼくに集まった。人の目を集めた時のこの独特の感覚は、仮想世界でも嫌なものだ。

 

「ダテジュンさんとスノウ……さん、ゴエモンさんとぼくのように、洞窟がつながっていた人は他には……?」

 

 皆、首を振る。それからダテジュンが説明してくれたところによると、ロビン、ルイマ、リャオのは行き止まりの洞窟で、エドワードの洞窟は時間内に探索しきれなかった……つまり、先へ進むための道である可能性が高いとのことだ。

 

 やはり、ローザの居場所はさっきの三つでほぼ間違いない。……たったひとつの例外を除いて。それは……。

 

「ゲームオーバー、だろうな」

 

 エドワードが甲高い声で、ゆっくりと噛みしめるように呟いた。それに対して、誰も返事はしない。不謹慎と言う声もない。皆、薄々察しているのだろうし、どれだけ気をつけていたって、前線を進む以上起こり得ることだ。

 

「……皆、済まない。俺の判断ミスだ。恐らく、モンスターが居るのだと思う」

 

 ダテジュンが頭を下げる。彼女がまだ生きて何処かにいるという仮定は捨てている。それはそうだろう。……動機がない。未踏破のダンジョンで命の危機を犯してまで姿を隠す理由が無いのだ。

 であれば、ダテジュンの想定が一番現実的だ。

 

「広間の入り口の石版に『人狼窟』って書いてあったね。ということは、狼系モンスターかな……」

 

 ロビンが少年の声で言う。そこに悲壮感はなく、死者を悼むかのような表情もない。あくまでもゲームオーバーであり、そこに死の匂いを感じさせないような、ある種無邪気な言い方だった。

 

「その可能性は高いね。……今後は基本的に個人行動は避けよう。疲弊していたとは言え、ここまで戦ってきたプレイヤーであるローザが凌ぐことすらできなかったんだ。かなり強力なモンスターと見て間違いないだろう」

 

「……ふん、確かにな。賛成だ。ダテジュンに」

 

 リャオは頷くと、それから続ける。

 

「で、どうする。探すか、一応。それとも進むか、先へ」

 

 ぼくは周囲を盗み見る。皆目を逸して決定的なことは言わない。ただ、言わんとしていることは分かる。

 あえて言葉にするならば『彼女を置いて、先に進もう』というところだ。

 出口がわからない上に、強力なモンスターがいる可能性まで出てきたのだ。打算的に考えれば、早く先へ進むのが正しい。

 それでも決定的なことを言えないでいるのは、やはり人としての人間性に対する矜持だろう。だけど、だからこそ……誰かが言わなければならない。

 

 ぼくは心を殺して、ゆっくりと口を開いた。

 

「……先に進みましょう。仮にモンスターにやられていなかったら、いずれはぼくらには追いつくはずです。先に出口を見つけてから探しに行ったほうが良いと思います」

 

 誰からともなく頷く。皆、心の何処かでこの言葉を待っていたんだろう。反対は無かった。

 

 それから、やはりエドワードが探索していた洞窟が出口につながる確率が高いとして、ダテジュンを先頭にダンジョンの攻略を再開した。

 ぼくは彼らについていこうとしてから、その場に立ち止まり、振り返る。広間の中央に赤いマントの女性がいるような気がして、かぶりを振った。

 

「……麻痺、してるんだな。きっと」

 

 自分と、親しい人以外の死の重さが軽くなる。

 電車の人身事故で『迷惑なことをしやがって』と怒る人たちの中に居ても、ぼくはそう思わないような人間だった。死が身近に無いから、一つ一つが重たい。遠い親戚の葬式に参列するだけでも暫くは憂鬱になってしまう。

 それがどうだ。この世界に来て、ぼくは他の人よりも率先して『他人の死』を切り捨てることが出来てしまう。

 仮想現実ゆえに実感が無いのか、それとも数が多すぎて価値が低くなっているのか。いずれにせよ、これは死を悼む感情の麻痺という他にない。

 

「……回復薬、使ったのかな」

 

 広間中央にいる気がした幻影がぼくに手を振る。……ああ。本当にどうしようもないなあ。

 

 

 エドワードが進んだという洞窟は確かに一時間以上歩いても先が見えない。ここも緩やかなカーブを描いていて、ぼうっと歩いていると段々眠くなってくる。ぼくの前を歩いているルイマの赤いフードのせいか、手を振っていたローザの姿を思い出してしまい、余計に頭が重くなる。

 小さくあくびをかましたところで、誰かに小脇をつつかれた。犯人の方を見ると、ぼくの横を歩いているゴエモンだ。

 

「随分眠そうだねぃ。前、ぶつかっちまうぜ」

 

「あ、ああ……。ごめんなさい、気をつけます」

 

 咄嗟に謝る。すると、ゴエモンは声のトーンを落として話しかけてきた。

 

「あんま、気にしたってしゃあないぜ」

 

「……そうですね」

 

 そうは言っても、自分ではあまり気にしていないつもりなんだ。悲しいわけじゃないし、涙が出る気配もない。麻痺しているとすら思っている。彼の言う「気にするな」という言葉に従うために、具体的にどうしたら良いのか教えてほしいものだ。

 そんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、ゴエモンは引き続き小声で話す。今度は本当に、小さいトーン。隣りにいるぼくが、本当にギリギリ聞こえるレベル。

 

「……ローザちゃん、本当にモンスターにやられたと思うか?」

 

「え?」

 

 ぼくは思わず聞き返す。ゴエモンは軽く頭を叩いてきた。

 

「声がでけえよ。……まあ、いいや。俺っちの勘違いだ。忘れてくれ」

 

 彼はそう言うと、何も言わなくなる。

 ……『本当にモンスターにやられたと思うか?』。どういうことだ。……意図的に彼女は姿をくらましたとでも言いたいのか? だとしたら一体何のために?

 歩きながらすることも無いので暫く考えてみたが、ぼくの回復薬を返したくない……なんてくだらない理由くらいしか思いつかなかったので、途中で止めた。

 

 結局その日も出口は見えて来ず、二十三時すぎまで歩いてから野営する運びとなった。

 

「聞いたことない。これほど、長いダンジョン。初めてだ」

 

 リャオが愚痴るとおりである。迷宮区から数えて丸二日攻略しているのに出口の気配すら見当たらない。明日で三日目。こんなダンジョン、仮に自由にログアウト出来たとしても攻略がめんどくさすぎる。

 ぼくは頷いて、それから考える。

 丸二日歩いて攻略の出来ないダンジョン。……だが普通に考えて、そんなことあるのだろうか。世間一般の学生や社会人がゲームをプレイすることを考えれば、連続接続時間は土曜日曜の二日間が最長だ。そこに食事などの休憩も挟まれることを考えると……。

 ……何かがおかしい、絶対に。

 

 そんなぼくの猜疑心を知ってか知らずか、ダテジュンが「あ」と短く声をあげた。

 

「……見張りを、立てないとな」

 

 そうだ。モンスターが潜んでいる可能性が出てきた以上、見張りは絶対に必要だ。彼が気づかなければ、みすみす同じ過ちを繰り返すことになったかもしれない。

 そこへ、エドワードが文句を言う。

 

「勘弁してくれよオイ。ずっと歩いてて寝ずの番とかしたくねえよ!」

 

 自分勝手と言えば自分勝手な発言、もとい文句だが、もっともだ。

 警戒しながら歩き詰めた疲労感が大きい中で、ロクに寝ずに見張りをするのは正直厳しいところがある……。でも、ローザの件もあったんだ。危険を少しでも回避するためには仕方ないだろう。

 文句を言われたダテジュンは冷静に切り返す。

 

「じゃあ、交代制にしようか。俺は三時間も寝れば充分だ。その三時間だけを皆に見張っててもらいたい」

 

「……ちっ。わかったよ……でも睡眠時間が短くなることに変わりはねーんだよな……。まったく……。ボスでも無いモンスターくらい仕留めろよ……」

 

 エドワードがぼやく。ダテジュンにここまで言われてしまったら、エドワードの立場は無いだろう。その証拠に、先程のボヤキは徐々に声の大きさが小さくなっていた。

 さて、とりあえず見張る時間は三時間となると、問題は誰が見張りをするかだ。残りの七人で三十分弱ずつ見張るのが妥当かな。いや、疲れている人や体力のない人の担当時間を短めにするべきか。それともいっその事、休憩時間自体を長くして、皆が無理なく寝られるようにする方がいいのか……。

 

「その三時間は、私が見張る」

 

 ぼくが何か提案をしようと考えをまとめるよりも早く、聞きなれない女性の声が、重々しく響く。

 声の方を向くと、赤いフードを深くかぶった女戦士――ルイマがいた。

 

「……ローザがモンスターを仕留められなかった責任は、同じギルドの私が請け負う」

 

 視線はエドワードの方に向いている。先程の発言の仕返しなのだろう。特徴的な三白眼が貫き刺すように鋭さを増している。

 重々しい声の低さも相まって、その一言だけで空気が一気に凍っていく。それを壊そうとしたのか、ゴエモンが慌てて二人の間に入った。

 

「まあまあ、落ち着けっての。お互い疲れすぎだ。そういう時はすぐに喧嘩になっちまう。俺っちがリアルで働いている会社でも仕事が大変だと喧嘩が起きやすくなる。だから、ゆっくり休もう。な? センもそう思うだろ?」

 

 うわ、こっちに飛び火してきた。

 

「そうですね、ええと……」

 

 慌てて必死で頭を働かせる。どんな発言をすればこの最悪の空気を止められるだろうか。時間をかけて考えれば丁度いい答えは出せるだろうけど、ヘンに時間をかけると違和感たっぷりである。

 見切り発車で喋るしか無い。

 

「やっぱり皆さん疲れてるんですよ。だから、ルイマさんもしっかり休みましょう!」

 

 三白眼がこちらへ向けられる。

 ぼくのノミの心臓が窮屈そうに少し跳ねる。話の着地点を探してぼくの口が空転し始める。

 

「じゃあ、ルイマさんに加えて、ぼくとゴエモンさんも見張りに入って一時間ずつはどうですか?」

 

 変わらず、睨まれる。

 今の発言でも駄目だったか。だったら……。

 

「黙ってくれないか」

 

 彼女によるトドメの一言である。ぼくがゴエモンに視線を送ると、横方向の首振りが帰ってきた。

 結局、見張りはダテジュンがメインで行い、最後の三時間だけルイマが行う事となった。

 

 多分、この時からもっと考えておくべきだったんだ。ローザが消えた原因として、モンスターがいるという可能性に安易に甘えてしまった自分。そこへの後悔のタイミングは、すぐに――その翌朝にやってきた。

 

 

 昨日は早めに目が覚めたと言うのに、この日の目覚めは外部的なものだった。

 なんだかんだ言って精神的な疲労の要素が大きかったんだろう。肉体的な疲労には一種の心地よさがあるが、精神的な疲労には不快感しか存在しない。それを拭うために、ぼくの脳が選択した手段が睡眠だ。

 ざわめき、大声、物音。――総じて異変を告げるもの。それらによって目覚めたぼくは、すぐに立ち上がる。

 他のメンバーが全員、何かを囲んで言い合いをしている。言い合いの一番外側にいるゴエモンを見つけたぼくはそっと彼に近づいた。

 

「……すみません。寝坊しました。……どうしたんですか?」

 

「ん、ああ。起きたか……。セン、大変なことになったぞ」

 

 ゴエモンが、メンバーの中心にあるモノを指差す。

 それは、一本の槍。迷宮区でルイマが使っていた武器――。

 

「――まさか」

 

 ぼくはメンバーの顔ぶれを確認する。スノウ、ダテジュン、リャオ、エドワード、ロビン、そして今話しているゴエモン。……居ない。――ルイマが居ない。

 

「ああ、そうだ。で、これだ」

 

 ゴエモンは地面に刺さる槍の先を指差した。よく見ると、文字の書かれた一枚の紙が留められている。紙に大きく書かれたその文字は漢字二文字。

 

 ――『人狼』。

 

 ぼくは即座に他のメンバーのカーソルを見る。しかし、相も変わらず表示されていない。

 その瞬間、ぼくが小学生の頃に流行ったカードゲームを思い出した。ゲームの名前は『人狼ゲーム』。

 村人と人狼の役に分かれて、村人は誰が人狼なのかを推理して処刑を行い退場させ、人狼は村人に自分が人狼であることがバレないように騙くらかして村人を食い殺すことで退場させる。最後まで残った方が勝ちというゲーム。

 

 ダンジョンの文字板にあった『人狼窟』という文字。村人なのか人狼なのか、わからないように消されたカーソル。疑いようもない。ここは人狼ゲームを模倣したダンジョンだ。

 それはつまり――。

 

 ぼくはルイマの槍を見た後に、全員の姿を見た。そして彼らも、お互いの姿を見ている。

 

 ――この中に、ルイマを殺した犯人が、存在しているということだ。

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