ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー― 作:網緑 錆
あまり広いとは言えない洞窟の通路で、地面に突き刺さった一本の槍を囲んで、七人もの人間がお互いを疑り深く観察する。
汝は人狼なりや?
口には出さない問いが込められた視線が交錯する。緊張感に口が乾いた錯覚を覚え、自分の唇を舐めたとき、ぼくの隣でゴエモンが凍った空気を割るように話し始める。
「言う必要は無いのかもしれないが……あえて口にさせて貰おうかい。――誰だ。大人しく名乗れ」
最後の部分は今までの彼からは感じられないような、非常に重たいトーンだった。いつもの飄々とした雰囲気から一変し、まるで取調べをしている刑事のようなドスの聞いた声になっていて、ぼくの胃の辺りがきゅっと縮み上がる。
何人かは彼の言葉に対してぼくと同じような気持ちになったようで、誰かが喉を鳴らす音も聞こえた。
「……無いだろう。出てくるわけ。仮に、いたとして、犯人が」
リャオが返す。普段のような喧々とした威勢のいい話し方ではない。その独特のイントネーションで踏みしめるように話す。
「見ろ。頭の上。皆」
彼の言葉に促されて銘々が視線を少し上へとずらす。
そう。本来であれば犯人を探すことなど造作も無い。プレイヤーカーソルの色を見ればいいだけなのだから。
ただし、現在はプレイヤーカーソルが消滅している。それがこの洞窟内だけなのか、アインクラッド全体なのかは分からないが。
「これね……。今更このカーソルに気がつくなんて、我ながら間抜けだと言わざるを得ないよ」
皆と比べると少し低い視線のロビンが呆れるように首を左右に振りながら言い放つ。その生意気な様子の背後でエドワードがムッとしたような顔つきになるが、ゴエモンが小声で「落ち着けや」と言いながら諌めていた。
ぼくは視線を落とし、槍の下に刺さる『人狼』の二文字を見る。恐らくはこの中の誰かが人狼なのだ。であればやはり、……犯人探しをせざるを得ない。自らの安全の為にも。
「……最初にこれを発見したのは、誰ですか」
ぼくは皆に向けて問いを落とす。少し温まってきていた空気が再び温度を下げていくのが分かる。だが、これについて考える事は避けられないことなんだ。
そして、再び一瞬で静まり返る空気。その中で手を挙げたのは、この場にいる唯一の女性だった。
「はじめに見つけたのは、私」
スノウが申告する。ぼくも含めた皆は次の言葉を待って、沈黙を続ける。
第一発見者は、普通に考えれば容疑者の可能性が高い。自首でもない限り、その危険性を踏んで発言するのであればこの後に詳細な状況説明が来るはずだ。
「時刻は六時過ぎで、まだ誰も起きていなかったわ。それで地面に刺さる槍を見て、彼女を探したのだけれど」
……どこにもいなかったのであろう。
誰も起きていなくて、見つけることも出来ず……。彼女にアリバイというやつは存在しないということになる。
勿論ぼくはスノウが犯人だとは思っていない。ただ、それはぼくのエコヒイキだ。現状、論理的に彼女の無実を証明することは出来ない。
だけど、ここで彼女を失いたくは無い。彼女はとても良い人で、ぼくはデスゲーム開始直後に何度も救われてきたんだ。論理に綻びはあっても、ぼくだけでも彼女を庇うんだ。
「……恐らく、最初の犠牲者であるローザさんを殺した犯人とルイマさんを殺した犯人は同一人物だと思われます。だから逆に、ローザさんの時の状況を思い出してみてください」
ぼくは身振り手振りを交えながら続ける。
「あの時、ぼくとゴエモン、ダテジュンさんとスノウ……さんの進んだ洞窟はつながっていました。ある意味、これがアリバイになるかと思います」
「どういうことだ」
エドワードが冷たく聞き返してくる。
「単独行動をとっていた人間のほうが犯行には移りやすい、ということです」
「『共犯』でなければな」
あっさりとエドワードに見破られ、ぼくは心中で慌てる。それがバレてしまわないように、平静を保っているフリをしながら言葉を探す。
「……ええ。そうです。でも、今ある情報から確率的に導き出すとすると、単独行動を取っている人間と比べたら比較的可能性は低い」
まるで、目隠しをされたまま崖っぷちで踊っているような気分だ。
そんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、ダテジュンが話に割って入ってくる。
「現時点での犯人探しは難しそうだな……。何にしても――」
「――考えるには仮定が多すぎる、ってところか」
ゴエモンがダテジュンの言葉を引き継いで答える。周囲も大体同じような反応だ。
とりあえず、スノウが犯人だと疑われる最悪の展開は避けられそうだ。
スノウの方を見ると、一見いつもの感情の読めない表情だったが、よく見ると口の端を左右に引いている。……緊張感、恐怖、不安。それに類する心持ちが見えてくるようで、申し訳なく思ってしまう。
ごめん。ぼくの言葉では、ここまでしか出来ない。
「……どうする。これから」
リャオが腰の青竜刀に手をかけながら言った。
今気がついたのだが、彼はずっと右手を剣の柄に触れさせている。いつでも抜けるようにしているのだろう。ソロプレイヤーはそうでないプレイヤーと比べると警戒心が強い。彼の態度は当たり前といえば当たり前だ。
しかし、『これからどうするか』という問題は重要だ。犯人探しが難しいという結論に至っただけでは次のアクションは決まってこない。
「どちらにせよ進むほかは無い、でしょう。この洞窟から抜け出るために」
最初に提案したのはスノウだった。
「そりゃ、そのとおりだけどさあ……」
ロビンが呆れたとばかりに両手を挙げる。だが、ダテジュンはそれを気にも留めずに話始める。
「いや、スノウの言うとおりだ。結局ここを抜けないといつまでたっても安心は出来ない。犯人を見つけるのが難しければ、次を防ぎながら前に進む方法を考えるほうが良いかもな」
「だったらとりあえず、集団でいればええんでないの?」
そう言ったのはゴエモンだ。彼は先程の重たい口調をいくらか軽量化させて話す。
「もし滅茶苦茶強い犯人がいるんだったら、今のこの状況で襲ってきてもおかしくない。それをやらないってことはつまり、数の差が防止策になっているってことでしょうよ」
「確かに仮定の話をするよりも、『今この段階で襲われていない』という事実に基づいた考え方のほうが信憑性はありますね」
ぼくはゴエモンの言葉に乗っかる。
原因の究明が出来ないのであれば、対処療法をしていくというのは理にかなっている。彼の言葉に無理は無い。
案の定、誰も反対意見は出さない。その様子を見てダテジュンは、いつものように『ぱん』と手をたたき、自らに視線を集めた。
「……わかった。じゃあなるべく固まって動こう。第一目標はあくまでここから抜け出す事。今俺たちに出来るのはそれだけだ」
○
ローザとルイマの二人を欠いたパーティで、引き続き洞窟を進む。だがやはり進めど進めど出口は見えて来ず、気がつけば針が天辺を越えた時間だった。
相変わらずモンスターは出てこない。勿論、『人狼』の正体も同じだ。そうなると、そろそろ『次の行動』を考えねばならないだろう。
「今日は、もう休んだほうが、良いんじゃあねえの……」
ゴエモンが疲労を感じる声色で切り出す。相変わらず先頭を進んでいたダテジュンは立ち止まって振り返り、それから諦めたような表情になった。
「そうだな……。俺も結構、キツい」
それは、……そうだろう。彼は昨夜、三時間弱しか寝ていないはずだ。丸二日歩いた上に、グループに殺人鬼がいるという緊張感の中で更に一日攻略し続ける疲労感も加えられて、限界が近いのだろう。
「見張りは、どうしましょうか……」
スノウが問う。ぼくらはお互いを見渡してから、口を閉ざしてしまった。細部は違えど、考えていることはほぼ一緒だろう。即ち、『こんな状況で、信用出来る人間はいるのだろうか』。
でも、休まないことには明日の攻略に差し支えるし、このまま衰弱した状態で『人狼』と相対するのも避けたい。
「見張りは、二人一組だ」
ロビンがため息をつきながら提案する。
「見張り同士、お互いを監視しながらなら、まだマシだろう?」
片眉を釣り上げて、『そんなこともわからないのかい』とでも言いたげな表情をする。エドワードではないが、その生意気さにぼくも若干苛つきながら考える。
二人一組ならマシというのは間違いない。一人ずつ持ち回りで見張ったとして、『人狼』が見張りの番になったら全員が無防備な状態。詰みだ。でも二人なら、片方『人狼』で襲われたとしても、それに気付いたもう片方が皆を起こせばいい。だとすると……七人ってことは。
ぼくが考えている途中で、ダテジュンが「悪くないな」と言って続ける。
「二人一組なら今七人だから、一人余るが……」
同感だ。七は素数。どう組み分けても余ってしまう。
ロビンは一瞬考えてから切り返す。
「誰かが一人分肩代わりする、とか。八人分で朝までの時間を四分割できる。『誰』にするかだけど……」
ロビンは言いながら、ちらりとエドワードの方を見た。ギルド内の立場をたのんで彼に二回分の見張りをやらせる気だろうか。
視線を送られたエドワードは鼻息荒く舌打ちをする。
「言っとくが俺はやらねーぞ」
いつものようにこの二人の間に険悪な雰囲気が流れる。だが、いつもより、小競り合いに伴う空気の刺々しさが強い。
疲れていて、ゴールも見えず、死の危険もある。であれば、いがみ合うだろう。人は追い詰められると攻撃性を増す生き物だから。
「俺が起きていよう」
立候補したのはダテジュンだった。
立派だけれど、誰の目から見ても疲弊しきっている。迷宮区に入る前の彼の強気な目はまぶたの重さに抗えなくなり始め、据わってきている。
こんな状態でもし『人狼』と二人きりになったら、彼は戦えるだろうか。ぼくらを起こしてくれるだろうか。
皆、ダテジュンの立候補に対して微妙な反応をする。自分は寝たいが、安全は守りたい。……囚人のジレンマというやつだ。人の汚いところが見えてくるようで、本当に嫌なゲームだ。
そんな中、すぐに手を挙げたダテジュンは素直に凄い。例えそれが、『安全のことを考えれば、疲労困憊の自分に任せる人はいないだろう』という打算の上だったとしてもだ。
感心しているその数秒。目の端で一人の少女の右手が動いたのが見えて、ぼくはそれよりも速く手を挙げた。
「見張りは、ぼくがやります。……何せ、今日はこの中で一番の朝寝坊をしてしまいましたので」
少しでも空気の鋭角を削ろうと、笑みを浮かべながら言う。卑屈な笑みに見えているだろうか。……でも、それでいい。
すると、ダテジュンが頭を下げてくる。
「……済まない。恩に着る」
普段の彼らしくない。普段の彼ならぼくの提案を振りほどいてでも自分が見張りを二回やるとのたまうだろう。
人格に影響するほどに追い詰められているんだ。
ふと、ローザのことを思い出した。
あの八岐の広間で彼女も今のダテジュンと同じように自分が休むことを押し通した。別に関連性は何もないのだけれど、これがダテジュンの死亡フラグのように思えてしまう。
変な感傷に浸っていると、ゴエモンが「じゃあ、センにお願いしようや。な」と、その場を仕切り始めた。ダテジュンの限界を感じ取っているのはぼくだけではないということだ。
「次に決めなきゃいけねえのが……組分けだな。……見張りって意味じゃ、基本的に同じギルド同士は避けたほうが良いか」
誰も口を挟まずゴエモンの話を聞く。彼の話は筋が通っているように思えるし、この中では比較的話をしている方だから、個人的にも彼の仕切りに安心感がある。
「あ、ちなみにセンの希望はあるか。二回見張りをやってくれるんだ。聞くぜ」
「一番はじめと一番最後がいいです。少し夜更かしして、少し早起きするだけで済むので」
本音だ。仮に就寝を一時、起床を七時とするなら、一組の持ち時間は一時間半。ぼくは二組分見張るので三時間。残りの三時間を睡眠時間とした時、一時間半ずつ寝るよりかは、しっかり三時間まとめて眠れるほうがありがたい。
ぼくは恐る恐る周囲を盗み見る。結構自分勝手な要望なので、皆に不満げな視線を向けられると思ったが、特にそんなこともなくて肩透かしを食らう
「無いな。文句は。切っているし、自分の身を」
リャオが頷きながら言った。他のプレイヤーたちも遅れて肯定を示す。
こんな状況で不謹慎ながらも、人に受け入れられた気持ちになってしまう自分の呑気さが阿呆らしい。
「じゃあ……そうだな。組分けはスノウちゃんとセン、ダテジュンとロビン、リャオと俺っち、センとエドワード……で、どうだ。一組あたり一時間半見張りって感じで」
ゴエモンが即座に組分ける。
「うん。見張りという意味ではベストじゃないかな」
ダテジュンが引き継いでそう言うと、他の皆も納得した。
ぼくも彼の了解に同じくで、バランスの良い組分けだと思う。同じギルド同士の人もいなければ、個人的なつながりがありそうな組み合わせもない。……最初の一組を除いて。
それから、就寝時間は一時から七時までであることや、あまり離れた場所に行かないことなどの当たり前のルールを確認した後、それぞれが就寝の準備を始める。
ぼくも見張りをするのにちょうどいい場所を探し、座るのに良さそうな岩を見つけて腰掛けた。
時間が来るまで、準備をしている彼らを見てみる。一昨日、昨日、そして今日になるにつれて、それぞれの就寝場所の間隔が遠くなっていることに気がついた。
初日に自己紹介をした時はすぐ隣に人がいたのに、今や歩いて五歩、六歩の距離を開けている。警戒心か……いや。
「……そっか」
……人数自体も減ってるのか。
そのままぼくはぼうっと宙を虚ろに眺めて時間が経つのを待つ。二十四時が終わろうとする頃になると会話する人の数も多くは無くなる。地面に座ってゴエモンとエドワード、壁際でダテジュンとスノウが話しているくらいか。
会話の内容は聞こえないが、ダテジュンがぼくの方を指差して何事かをスノウに言っていた。それからスノウは小さく頷いてこっちへ向かってくる。ぼくはすぐに目を逸した。
何の話をしていたのだろう。『ソロプレイヤーは危険だから近づかないほうが良い』ってところか。逆に、『頼りないからちゃんと守ってやれ』と言われているのかもしれない。
「よろしく、セン」
被害妄想と脳内で踊っていたらスノウが話しかけてきた。準備ができていないところに懐かしさで脳が揺らされて、上手く言葉が出なくなる。
「あ、えっと。そう……ですね」
複雑な表情になったスノウはぼくが腰掛けている岩の隣に転がる岩に座る。並ぶ形になるので、彼女の表情は見えなくなる。
それだけに、先程の複雑な表情の意味を考えてしまう。
「……敬語、なんだね」
「ああ、まあ、いや……」
「そうだよね……ごめんなさい。変なこと言って」
上手く言葉が出てこない。
何か、話さなくちゃ……。敬語の話? そういえば、ログインしてから最初にスノウに出会った時に敬語を咎められたっけ……。だから何だ、という話ではあるのだけれど。
話すことが無く、気まずい雰囲気が続いていく。本当に、静かに。
十数分もすると所々から寝息が聞こえてきた。皆疲れている。寝静まるまでの時間が短くなるのは仕方ない。
ぼくはステータスウインドウを開いて時間を確認した。一時十七分。何もせずとも時間はどんどん進んでいく。その現実にいつまでぼくは目を逸らすつもりだろう。
ぼんやりと取り留めのない事を考えていると、右隣のスノウの方から「んっ」という小さな咳払いが聞こえてきた。
「三日も遭難しているのに、あんまり実感が無いね」
何か、声のトーンに違和感がある。少しだけ上ずっているような……気のせいといわれればそれまで、というレベルだけど。
「あ、ええ。た、確かに……」
咄嗟に返したぼくの声のほうがよっぽど違和感まみれだった。
ハッキリ上ずっているし、ヘンにどもっている。エーコと話していた時のように普通の会話が出来ない。昔は、スノウとももっと楽しく話していたし、スノウと話すのが一番楽しかったのに。
……情けない。普通に話せばいいだろう。『練気術』と『匣の教団』のことだけ気をつければ良いんだ。
なあ、セン。
理由を作って『引きこもる』ことで、良くなったことはあったか。
……いい加減に、前に進もう。
息を飲んでから。ぼくも……咳払いをした。
「実感がないのは、慣れてるからだ」
「……慣れてる?」
「浮遊城に囚われている時点で、ぼくらはずっと遭難しているようなものだから」
ぼくはそう言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。
気障りな返しでは無かっただろうか。声の震えは隠せていただろうか。そんな不安は、スノウが小さく笑ってから「そうかも」と言ってくれたおかげでなくなった。
「……敬語じゃ、なくなったね」
「うん。……スノウに敬語は、やめるよ」
「……良かった……」
それからまた、無言の時間が続く。寝息とスノウの息遣いと、ぼくの鼓動が静寂の輪郭を縁取っているせいで、全くの無音よりもくっきりと静けさの形が見える。
ぼくが敬語をやめたからというわけでは無いだろうが、さっきのような息苦しさは無い。
エーコのときのことをリフレインした。
ぼくが二十七層の迷宮区で『匣の教団』から隠れながらレベル上げをしていた時、彼女がアルゴの情報を持ってぼくのもとにやってきた。その時、はずみで敬語をやめてしまったのだけど、その後のほうが彼女との会話はしやすくなったし、親しくなれたとも思う。
ぼくにとって敬語というのは、線を引く基準になっているのだろう。
「ねえ、セン」
スノウが話しかけてきた。
「話してたほうが眠気、なくなるから、少し話さない?」
「……ん。そうだね」
了解を返すと、スノウが小さく息を漏らしたのが聞こえた。顔を見なくても分かる。いつものわかりにくいミステリアスな表情で、微笑んでいる。
「……昔、第一層で野営したときのこと覚えてる?」
第一層は野営をするようなポイントが少なかった。だからその一度きりの野営は覚えている。何せ一年半も昔のことなので、細かいところまでは覚えていないけれど
「確か……トールバーナの近くの森だったっけ」
「そう。私のミスで街まで辿り着けそうになくて、クエストNPCのいる小屋に隠れた時のこと」
あれは、トールバーナ郊外にいるNPCから受注できるクエストを攻略していたときのことだ。回復薬を切らしてしまったぼくとスノウは何とかクエストを終えたものの、街に戻る途中に油断をしたスノウがモンスターに一撃を貰ってしまった。
そのモンスターはぼくが何とか倒すことは出来たが、スノウのヒットポイントゲージは赤色で、予断を許さない状態だった。
クエストNPCのいる小屋が《圏内》だというのは知っていたので、ぼくとスノウは小屋まで何とかたどり着いて隠れた。だけれど、小屋からトールバーナまではモンスターが頻出する森のフィールドが広がっていたので、当時転移結晶も無かったぼくらは身動きが取れなくなっていた。
八方塞がりのまま小屋の近くで野営をして朝になり、結局、そのクエストを受けに来た他の冒険者に薬を分けてもらってその時は事なきを得たのだけど。
「……あの時に話したこと、覚えてるかな」
あの時は、クエスト攻略に加えて、スノウが瀕死になってから小屋にたどり着くまで全てのモンスターをぼくが引き受けて戦った疲労感で、朦朧としたまま野営をしていた。
だからスノウと何かを話した記憶はあるのだけど、あんまり覚えていない。
翌日トールバーナについてからそれぞれ宿で休んで、それからスノウに野営の時のことを聞いたけど、特に何も無かったと返されたので、一応、変なことを言ったりしてはいないと思う。
「……ごめん。覚えてない。あの時、確か、疲れてたから」
「うん……。そうだね」
それから、また沈黙が生まれた。彼女は眠気覚ましに話がしたいと言っていた。ぼくも何か、話題は無いかと脳内を突っつきまわってみるものの、パッとしない話しか出てこない。
こうしている間にも、退屈して、もしかして、寝ているかも知れない……。
ぼくはゆっくり、スノウの方を覗き見る。数瞬遅れて、スノウもぼくの方を向いた。目が合って、その少し大人びた貌に息を飲む。
「セン……あのね――」
「――ふあー。そろそろかー」
ぼくの背後から子供の声が聞こえた。子供というか、ロビンの声だ。ぼくは跳ねるように振り返って、彼の方を見る。
「お、おはようございます」
目をゴシゴシとこすり、ロビンは装備を戦闘用のものに変えながらぼくに挨拶を返す。
「おはよー。後十分で交代でしょ。ボク起きてるから、センもスノウももう寝てい―よ」
「あ、ああ。ありがとうございます」
ぼくはスノウの方を振り返る。彼女は何事も無かったかのように、先に自分の寝床に戻っていった。
ダテジュンがロビンに起こされるのを見届けて、ぼくも寝る前の準備を済ませてから地面に転がった。ダテジュンとロビンが何やら会話をしているのを聞き流しながら、自分以外には聞こえないような声でつぶやいてみる。
「『あのね――』か」
君はあの時、何て言おうとしていたんだろう。
目を何度か瞑ると、一気に睡魔がやってきて、薄弱なぼくの意識をつれて行ってしまった。