ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー― 作:網緑 錆
白い毛を持つ狼のモンスターが、足場の悪い岩場を物ともせず駆けてくる。ぼくは手に持つ片手剣を握り、タイミングを合わせて振り下ろして狼に当てる。
狼は弱った犬のような鳴き声を漏らしながら地面に転がるが、すぐさま起き上がってぼくを睨みつけてきた。しかし、狼の頭上に見える体力ゲージはもう既に赤色になっている。
「……だいぶ削れたな……次で終わりか」
狼はまた突進してくる。大きく口を開けて、その牙を光らせる。もうぼくにとっては慣れた動きだが、細心の注意を払い、片手剣を下から上に振り抜き、狼の体躯を宙に浮かせる。
そして、革製のグローブを嵌めた左手を固く握って腰に溜める。すると、ぼくの拳が光り始めた。《自動操縦》とそれに合わせたぼくの動きによって凄まじいスピードの拳打が三度、宙に浮いた狼の無防備な腹部へ入る。エクストラスキル《体術》のソードスキル《連牙》。申し分の無い威力で狼は吹き飛ぶ。が、微妙に体力ゲージが残っている。倒しきれていない。
ぼくは片手剣を左手に持ち替えると、予め背中に装備しておいた投擲用のナイフを右手に引っ掛けるように引き抜く。そのまま左手を前に掲げて右腕を思い切り引く姿勢をとった。刹那、投げナイフが光り始める。そのまま突きを放つように右手を前に押し出してナイフを飛ばすと、刃が物理法則を無視するかのごとく一直線に空気を割いて狼を穿つ。《投剣》のソードスキル《ストレイト・ピアース》だ。
体力ゲージを全損し、光の破片へと還っていった白い狼を眺め、剣を再度右手に持ち替えた。
「……ふう」
一息ついて、周囲を確認する。敵影は確認できない。ぼくのレベルの索敵スキルで確認できないのなら、多分安全だ。さっきの白い狼も再出現(リポップ)するまでに五分ほどの時間がかかるし。
ぼくは手に持つ片手剣を腰の鞘にしまい、おもむろにステータスウインドウを開く。経験値がちゃんと加算されているのを確認し、大きく伸びをした。
「ノルマは行ったし、今日はこれくらいにしておこう」
独り言ちて、ぼくはその場を去った。
ナーヴギアを開発した天才科学者、茅場晶彦。彼の宣言によって始まったデスゲームは、もう三ヶ月以上も続いている。
階層二十三。ぼくは一人で狼のモンスターを狩ってレベルを上げていた。
○
階層十一。主街区のタフトが、今のぼくの根城だ。
レンガづくりのきれいな町並みが気に入って、ぼくはここの宿屋の一つに部屋を借りている。
日々の日課であるレベル上げを終え、部屋に戻ったぼくは装備を部屋着に変えた。
茅場氏はこのゲームの空間に完全な世界でも作ろうとしていたのか、装備の中には戦闘には全く役に立たないが、部屋で過ごすのには快適……という装備が存在している。今、ぼくが着ているのはゆったりとした紺色のズボンと、スウェットのような生地の白色のパーカーだ。
とはいえ、ぼくが戦闘中に着ている装備品もそこまで固いというわけでもない。
主に伸ばしている戦闘用のスキルは《体術》。加えて《片手剣》と《投剣》であり、動きを拘束する重たい鎧兜や盾の類は装備していない。革製の防具がメインだ。
ぼくはため息をついて、ストレージから固いパンを取り出しベッドに転がった。行儀は悪いが、寝ながらパンにかじりつく。
少し疲れた。ぼくは、目を閉じてパンを咀嚼する。
デスゲーム開始から一ヶ月、一つ目の階層をクリアするまでに二千人もの人が死んだ。はじめの一週間は特にモンスターに襲われるでもなく、独り者が現実で餓死したりなど、外的要因が一番多かった。そして勿論、慣れないゲームでの失敗も。
とにかく情報がなかった。一部の勘の良いプレイヤー以外はリスク管理を失敗してどんどん光の破片になっていってしまう。
友人や知り合いとSAOを始めた人も多く居るから、現実でも知り合いだったりするのだろう。《はじまりの街》で、死んだプレイヤーの葬式まがいのことをしているところを何度か見かけた。
嗚咽と、茅場氏に対する悪態。デスゲームへの絶望。
戦争も知らない、人の死に直面したこともない。そんなぼくにとっては戦慄の光景だった。
ぼくにはスノウという相棒も居たおかげで、最も過酷だった序盤戦を運良く生き延び、未だにアインクラッドであくせく戦っている。
ある事情からスノウとは別れ、現在は基本的にソロで攻略中だ。
元々、あまり人付き合いが得意な方では無いので、ソロでいる事自体は気楽なのだが、最前線や階層ボス攻略の時には命の危険がつきまとうので、結局、気を抜けないのは変わらない。
固くて不味いパンを飲み込んで、寝返りをうつ。
今は、最前線を進む人たちの手によって、二十五層の攻略が行われているところだ。このペースならばあと一年もせずにこの世界から出ることが出来るかもしれない。
侮蔑の意味を込めて《ビーター》と呼ばれているベータ版のプレイヤーの情報をもとに、攻略組と呼ばれる人間たちが最前線に立って、今頃は迷宮区を進んでいるのだろう。
本当はぼくも迷宮区に行くべきなのだと思う。一応、半分くらいは攻略組みたいなものだから。
何度も階層ボス戦には挑んでいるし、最前線を進んだり、迷宮区のマッピングも何度か行っている。ただ、最近になってソロに限界を感じることが多い。
迷宮区には危険な罠があるという噂をきいたことがある。宝箱のある部屋に、大量のモンスターが出現したり。さらに、罠の部屋では《転移結晶》と呼ばれる緊急退避用のアイテムが使えなくなるという話も聞いた。
そんなところにソロで出くわしてしまったら、確実にゲームオーバーだ。
罠だけじゃない。普段の戦闘でも敵が集団でいたりするだけでかなり苦戦を強いられるから、レベル上げも命がけだ。
しかしソロでやる以上、レベルはパーティプレイ主体の人よりも上げていかないと話にならない。故に、あの白い狼を狩っている。
あのモンスターは単体で出現する上、経験値効率は破格だが、戦闘モーションが複雑で動きの予想が難しい。しかも敏捷性が高いこともあり、パーティで挑み、隊列をかき乱されて死にかけるプレイヤーが未だに後を絶たない。実際、何人かのプレイヤーは命を落としている。
ぼくはスキルと戦術が上手く白い狼にハマっていたことと、比較的VR内での反応速度が良かったこと、そして何より、ソードスキルの後押しが使えたことで戦えている。
ソードスキルの後押し……。ソードスキル発動時の自動操縦の動きに沿って体を動かすと、動きが速くなるというだけなのだが、他の人がやっている所をあまり見たことがない。多分、ある程度の適性がないと使えないのだろう。
ただ、まあ、今回は本当に運が良かっただけ。ぼく自身は別に凄腕のプレイヤーというわけではない。
今は美味しい白い狼狩りも、ぼくのレベルがあがってきたら意味をなさなくなる。その時にまた、運良くソロプレイヤーの経験値稼ぎ向きの敵モンスターを見つけられるとは限らない。
「……ギルド……か」
一瞬、加入を考える。
今生き残っているプレイヤーは七、八千人くらい。その中でも幾つかのギルドが生まれている。《アインクラッド解放隊》や、《ドラゴンナイツ・ブリゲード》などの巨大ギルドも現れてきた。ぼくの知り合いも一人、《血盟騎士団》と呼ばれる無名のギルドに加入している。
ギルドに参加すれば、今みたいな不安定な戦い方はしなくて済む。だけど……。
アラームの音が鳴った。
「時間だ」
ぼくはため息をついてから目を開けてベッドを降り、装備を平常時のものに変えた。部屋を出て、タフトにいくつかある公園の一つに向かう。
既に日は落ちているが、比較的大通りは賑わっている。きれいな街だからか、ここを拠点とするプレイヤーも多い。
ぼくはいそいそと大通りから外れて、目的の公園のベンチに座る。手持ち無沙汰でストレージのアイテムを整理していると、人の気配がした。
「久しぶり、セン」
「スノウ」
癖のある茶髪をオサゲにした少女、スノウ。赤と白を基調とした装備に身を包んで、腰には細剣を差している。彼女はぼくの側まで来ると、隣に腰掛けた。
「ごめん、ギルドの会議が長引いてて」
「いや、ぼくもついたばっかりだから」
スノウとぼくは、十五層の攻略時まで一緒にタッグを組んで攻略に当たっていた。だけど、方針の違いでそのタッグは解散することになったのだ。
「その様子だと、《血盟騎士団》は順調みたいだね」
ぼくはスノウに問いかける。彼女は大きく頷くと、にこやかに笑った。
「ええ。そろそろ二十五層迷宮区の攻略も終わりそう。今日の会議の内容も、ほとんどは階層ボスに挑むにあたってのギルド内攻略会議だったわ」
「そっか……」
ぼくとスノウの方針の違い。それはギルドへの参加、不参加だった。
アインクラッドにおけるギルドは普通のゲームのギルドとは違う。命がかかっている、戦うための集団だ。それはすなわち軍隊に通ずるものもある。軍に規則はつきものだし、ぼくはそれに従うのが嫌なのだ。争いも、多いし。
有名な《ドラゴンナイツ・ブリゲード》と《アインクラッド解放隊》の小競り合いの噂は勿論のこと、スノウが所属している《血盟騎士団》だって、組織内で揉め事はあるらしい。
スノウは、効率の面からギルドに加入した。ぼくとスノウはゲーム開始時から長らくパーティを組みっぱなしだったが、その時に解散した。
別に喧嘩をしたわけではないので、今もたまにこうやって会って、情報交換をしている。
「……センは、やっぱりうちのギルドには入らない?」
スノウの言葉にぼくは首を振る。会うたびにこの質問をされて、そのたびに断っているので、なんだか申し訳ない。
「どうしても、集団が苦手なんだ」
重くならないように、ぼくは笑いながら言う。
そして加えて言うのであれば、スノウには言っていない個人的な話だが、ぼくは血盟騎士団のサブリーダーのアスナというプレイヤーが苦手なのだ。
SAOには珍しい女性プレイヤーで、見た目も整っている。本人には言えないが、スノウよりも可愛いとは思う。だが、性格は非常に苛烈だ。直接個人的な会話はしたことが無いものの、何度か攻略会議やボス戦で一緒になったことはある。連携について、結構、厳しい意見をもらうことが多かった。
スノウは経験者なのか、比較的すぐに順応していたのだが、このゲームに限らずMMOのボス戦というものは連携が重要なのだとかで、スイッチを始め、タンクやらの役割分担など、集団で動くのが苦手なぼくは苦しい思いをした。
それでもボスを倒すとレアアイテムや経験値が手に入るから、プレイヤーとしてはなるべく挑みたいところであるので、何とか参加してオコボレを貰いには行っている。
考えていたら、ぼくの横でスノウがいつものように「残念」と返す。
「……また君と、パーティ組みたいな」
「それはぼくも同じだよ。ここのところ、ソロじゃきつい部分もあるし」
「じゃあ、何で……」
スノウはそこで切ったが、その後に続くであろう「ギルドに入らないの?」という言葉は容易に予想できる。
集団が苦手、の先にある理由を知りたい気持ちと、そこまで他人に踏み込んでいいのかわからない気持ちのどちらも感じ取れた。
ぼくは、スノウから視線を外して、公園の地面を見ながら答えた。
「……別に隠すつもりではないんだけどね。昔、集団でいて、ちょっとだけ嫌なことがあって。それだけ」
「嫌なこと?」
「まあ、リアルの方でね」
再び、笑いながら。重くならないように。
「いじめ、みたいな、そんな感じの。よくある話だけど」
「……ごめん、なさい」
やはり失敗だったのだろうか。スノウは一言謝ると、黙り込んでしまった。
見たところ、スノウは『やられる側』の人間では無さそうだし、少し驚いてしまったのだろう。
なんだか、逆に申し訳ない気持ちになる。
「いや、別にさ、スノウにいじめられるとか思ったわけじゃないから。それに、もう昔のことだから。気にしないで」
「……ええ」
スノウは暗い声で肯定する。滅茶苦茶気にしている。気にするなって方が、おかしいか。
ぼくはステータスウインドウを開いて、時間をみた。アインクラッドの時間ではもう十九時半になっていた。
「……そろそろ、時間限定のクエストが始まりそうだな」
ぼくは強制的にこの会話を終了させると、そのままの勢いでスノウに問いかける。
「そういうわけで、スノウもどう? 今から空いてたら、久しぶりにパーティ組まないか?」
スノウはステータスウインドウを開いてものすごい勢いで操作する。すると、パーティの招待が送られてきた。
「勿論。行くわ」
彼女の声色がいくらか明るいものに戻ってきている。ぼくは胸をなでおろしつつベンチから立ち上がる。スノウも遅れて立ち上がると、きっちりしたお辞儀で頭を下げてきた。
「今まで、心無くギルドに誘ってごめんなさい」
それから、頭を上げて、ぼくに微笑みかける。
「でも、あなたのこと、知れてよかった」
スノウは優しいひとだ。
ぼくは不意に泣いてしまいそうになったのをこらえて、笑みを返した。
「こちらこそ、ありがとう」
そして、薄暗くなってきていた公園に映える彼女の姿に見蕩れぬよう、さっさと歩き始める。
「クエストは二十二層で発生してる。終わっちゃう前に片付けよう」
「ええ、頑張りましょう」
○
翌日、ぼくが目を覚ましたのは十時頃だった。前日の夜間限定クエストの疲れからこんな時間まで眠ってしまったみたいだ。スノウは今日も朝からノルマをこなすと言っていたが、無事に起きられたのだろうか。
……ぼくも、今日の分のノルマをこなさないとな。
いそいそと支度をして、いつも通りに白い狼を狩りに二十三層へと赴く。到着してから狼を十体倒し終えた頃には昼過ぎになっていた。
ぼくは空腹を感じ、白い狼が出没する岩場の側にある、ストーンヘンジのような巨石遺構の周りまで移動した。巨石の周りにはモンスターが出現しない。ここで固いパンをかじるのがここ数日の日課だった。
食事の暇つぶしにアイテムストレージを開く。大量の『白狼の毛皮』という素材アイテムが溜まっている。文字通り例の白い狼を倒した報酬で手に入るアイテムなのだが、タフトに持って帰ると結構いい値段で売れるのだ。
アイテムを整理しながら腹を満たしていると、ぼくの探索スキルに引っかかる反応があった。
「モンスターじゃない。誰だろう」
反応のあった方を見ると、人影が一つ。槍を背負った背の高い金髪の男が近づいてきていた。装備品には青みがかった金属プレートが多く使われている。現時点では中々手に入らない青錬鉱という素材を使用した装備だ。
こんなところにきているのであれば十中八九ソロプレイヤーだろうし、装備品からしても、おそらくは、かなりの手練のようである。
「ありゃ、先客」
彼はぼくに気づいて、とぼけたような声を出す。ぼくは無言で首から上を前に倒し、座ったまま最低限の会釈で返した。
金髪の男はそのまま歩いてきて、ぼくの近くで「よっこらせ」とぼやきながら座った。
「ここ、ソロプレイヤーのための狩場って聞いてたけど、あの狼はちょっと狩るのしんどいっすね。経験値美味いっすけど」
金髪の男は飄々と話しかけてくる。ぼくは男の方をみた。近くで見ると、白に近い色合いの金髪で、年は自分よりも上に見える。スポーツでもやってそうな色黒の肌。
海にいるヤンキーのような見た目だ。
ただ、このゲームを手に入れてここまでプレイしている時点で、少なくとも頭に『ゲーマーの』がつくヤンキーだろう。そう思うと、そこまで怖くない。
「白い狼のモンスターですよね。あれは、攻撃される瞬間にカウンターで空中に跳ね上げて、追撃していくのが定石ですよ」
「詳しいっすね。あれ相手に、ここ、狩場にしてるんすか?」
「まあ、そんな感じです。あなたも狩りに来たんですか?」
「ま、そんなとこっすけど、狼だるすぎるんでやめようかなーって……。あ、自分トーマっす。お兄さんは?」
トーマが朗らかに聞いてきた。喋り方自体は苦手だが、不思議と嫌な感じはしない。ぼくも自分の名前を名乗ることにした。
「セン、です。狼、結構慣れてないと、難しいですよね」
「マジでそうなんすよねー。動き速くて、やばすぎ。折角情報買ったのになー」
「情報?」
ぼくは首をかしげて聞き返す。トーマは「そうなんすよ」と相づちを打ってから話し始める。
「《鼠》って知ってます? 有名な情報屋なんすけど」
「流石に、名前くらいは」
正しくは《鼠のアルゴ》、だ。
自身をベータ版プレイヤー……《ビーター》だと公言しているプレイヤーの一人だったと思う。情報屋をやる傍ら、ベータ版時点での情報を無償で配っていて、情報版の鼠小僧みたいな存在だと聴いたことがある。腕が確かだときくが、直接何かを依頼したことは無い。
有名プレイヤーの一人だし、何度か見かけたこともある。小柄で、まさに鼠小僧といった風体だった。フードをかぶっていて顔はよく見えなかったが、顔には鼠の髭のペイントを施しているらしい。余程鼠が好きなのだろうか。
「その人から情報を買ったんですか?」
ぼくは話を促す。トーマはその金髪を弄りながら、頷く。
「そーなんすよ。ソロで美味しい狩場で、しかもレアモンスターが出るってきいたんで」
確かに、敏捷性をメインに上げているぼくとしてはこの場所は狩場として優秀だ。情報に誤りはないだろう。だが、レアモンスターの噂については初耳である。
「ぼく、この場所で狩りを始めてから大体二週間以上になるんですけど、そんなモンスターは見たことが無いですね」
「ああ、ちょっとした条件があるんすよ……。まあ、白い狼を狩れるのが前提なので、無理っすけど……」
彼はぺらぺらと話し始める。が、ぼくを見て、暫く考えたような素振りを見せた後で、こう提案してきた。
「条件、教えるんで、一緒にレアモンスター狩りません?」
成る程。悪くない話だ。レアモンスターともなれば相応の強さを持っている可能性もある。ぼくひとりで条件を満たして挑むよりは、良いかもしれない。
「……その話、乗りました」
「それじゃ、条件を教えるっす。条件は『白狼の毛皮』百枚と『白狼の牙』二つを持って、この石の遺跡に来る。それだけっす」
トーマがぽろんとよこしてきた情報を聞いてぼくは悔しくて頭を抱えた。
牙は二つ丁度持っているものの、毛皮百枚は今持っていなかった。あるのは四十枚。いつも五十枚を超えた時点でタフトの人間に売ってしまっていたのだ。
「通算だったら絶対百行ってるのに……高く売れるわけだよ……」
高く売れたのは、レアモンスターの出現に必要な、ある意味クエストアイテムだからだ。
悔しさに悲痛な声を漏らしていると、トーマが笑い始めた。
「あはは! 『こっちの噂』はガチだったんすね!」
突然笑い始めたトーマを訝って、ぼくは彼を睨む。トーマはぼくの視線に気がつくと「さーせんさーせん」と謝る。
「『こっちの噂』って、どういうことですか」
ぼくが不機嫌に聞いたら、トーマはなおも笑みを隠しきれない様子で答える。
「噂になってたんすよ、毎日大量の毛皮を仕入れてくる《狼狩り》プレイヤーが居るって。他にも何人かいるみたいっすけどね。《狼狩り》」
ぼくと同じような何も知らない間抜けなプレイヤーが、ぼくと同じくタフトで毛皮を売ってたのだろう。
「じゃあそのレアモンスターって、もう攻略されつくされてるのか。楽できそうでよかった」
ぼくは、せめてもの強がりを見せる。
間抜けなぼくら《狼狩り》の成果を購入して、レアモンスターに挑んだ人は大勢いると思われる。だったら攻略法も出回っていておかしくない。
しかし、トーマの表情は浮かばない。
「《白狼の毛皮》は市場に溢れてるんすけど、《白狼の牙》が全然出回って無くて、まだ挑んだ人は居ないって言われてるんすよ」
「確かに牙は、あんまり落ちないですからね。ぼく、運良く二つ持ってますけど」
「え! 牙持ってるんすか! しかも二つ!」
トーマは驚愕する。笑ったり浮かない顔したり驚いたり、表情筋の忙しいひとだ。
「その牙激レアで、入手確率千分の一っすよ!」
ぼくもトーマと同じく驚愕した。悔しがったり怒ったり驚いたりと、表情筋を酷使しているのはぼくも同じかもしれない。
「じゃ、じゃあ後毛皮だけで揃いますね」
「毛皮は、自分、持ってるっすよ。……買ったんで」
トーマがステータスウインドウを開いて操作する。ぼくの方に、アイテム譲渡の連絡が来ていた。ピッタリ百枚。流石に全部受け取るのも悪いので、五十枚だけ受け取る。
「ぼくも四十枚もっているので、これで後十枚です。この十枚は二人で集めましょう。……連携の練習代わりに」