ソードアート・オンライン ―ファダーズ・ストーリー―   作:網緑 錆

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■第四話:裏秘鍵(中編)

 ぼくはあの出来事から四日間、二十七層迷宮区のトラップ多発地帯でレベル上げをしていた。

 何でこんな辺鄙な場所でレベル上げをしているのか。答えは簡単だ。《匣の教団》による強襲があっても、トラップを上手く使えば逃げ切れるからだ。そもそも、結晶使用不能なトラップエリアなどが点在する危険な場所だから警戒しているのだろう、あの忌々しい緑の布をみることもない。

 経験値効率は、たしかに最前線と比べれば悪い。でも、そこまで気にもならない。トラップが多い分、美味しいモンスターも沢山いる。何らかのボーナスによる調整が入っているみたいだ。

 

「……そうだ、ここにいたって、一応、困ることも無い」

 

 そう呟いて、ぼくは自身を嘲笑った。

 

 ぼくを仕留めようという《匣の教団》の攻勢は激しくなっていく。ギルトシュタイン郊外の廃塔で戦ったのが始まりで、今ではアルゴ以外の情報屋や、依頼の仲介人から仕事をもらう度に襲撃が来ては逃げ続ける生活だ。売られているんだろう。ぼくの情報が。

 いっその事、圏内に引きこもっていようかと考えたこともある。しかし、圏内だって完全に安全かというと、そんなことはない。結晶アイテムで危険域に強制的にぶち込むポータルPKや、睡眠時に圏外まで拉致られて殺される睡眠PKなど、オレンジプレイヤーもゲームの『攻略』に余念がない。

 今年の一月一日に、《ラフィン・コフィン》というオレンジギルドが発足した。『プー』というふざけた名前に違わずふざけたギルド発足声明を出していたとかで、《ラフィン・コフィン》のことを殺人も積極的に行っていくレッドギルドだとのたまっていたらしい。

 ……らしい、と言うのは、ぼくが他の冒険者の噂話を聞いただけだからだ。

 とにかく、そんな物騒な奴らが出てきてしまうくらいには、この浮遊城は危険な状態になっている。そんな中で自らを守るのは他でも無い自分自身だ。刃を研がずに死んで後悔するくらいなら、死ぬ気で刃を研いで、ぼくは、生きたい。

 だからぼくは、圏内に引きこもらずに意地で戦い続けている。

 

「ねむ……」

 

 迷宮区のとある部屋に入り、周囲にモンスターが居ないことを確認すると、ぼくは壁に背中を付けて地べたに座り込んだ。

 この四日間、ろくに眠っていない。ずっと迷宮区にいるから熟睡は出来ないし、今のところ一人も来ては居ないが刺客が来る可能性もある。

 肉体的な疲労がない分なのか、思ったより耐えられる。だが、それでも一日に合計二時間のみの睡眠を続けていては、モンスターと戦ったりトラップを看破する注意力がかけてくる。誰だったか忘れたが、攻略初期にペース配分を考えず数日間徹夜でレベル上げをしている狂的なプレイヤーがいたらしいが……。

 少なくとも『普通』のぼくには出来ない芸当だ。

 今だってこんなに眠い……。目を閉じるだけで思考がまとまらなくなってくる。……予定より少し早いが、十分だけ眠ろう。そう、だ。その、くらい。索敵、も。ある。から――。

 

 ――次の瞬間、ぼくが目を開くと、姿勢が横になっていた。そして頬には硬い床ではなく、何か柔らかいものがある。

 

「あ、起きた」

 

 柔らかいものの逆側から声が聞こえて、ぼくは咄嗟にまろびながら跳ねるようにして立ち上がる。拳を構えながら声の方を見ると、緑色の髪の少女が足を揃えて座っていた。少女の横には枕が置いてある。ぼくがさっきまで頭の下に敷いていたのはあれだろう。

 

「ふふ。ヒザマクラじゃなくてがっかりした?」

 

 ぼくは呆れながら安堵のため息をつく。そして、わざとらしく舌を出す少女の名を呼ぶ。

 

「エーコ! ……色々言いたいことはあるが、どうしてここに」

 

 緑色の髪の少女――エーコ――は枕を自分のストレージにしまい込むと、「ふふふ……」とニヤケ笑いながら立ち上がる。

 

「センの寝顔、ごちそうさまでしたー」

 

「お、起こせよ! みてる暇あるなら!」

 

「お、敬語じゃない」

 

「え! ……あ」

 

 つい、言葉遣いがおかしくなってしまった。落ち着け。ぼく。

 

「……えーっと」

 

 まずは状況を確認しよう。時間はさっき寝てしまった時刻から十分ほどしかたっていない。一応、予定通りの睡眠時間だ。ということは、ぼくが寝てからすぐに彼女が来たことになる。タイミングが良すぎる。

 

「……ぼくのこと、みてた?」

 

 エーコは引き続きにやにやしながら、頷いた。

 

「普通に声かけようかなって思ってたんだけど、何か、眠そうだったから。邪魔するのも良くないかなって。かわいー寝顔だったよ?」

 

「それはもういいって! ……調子狂う……」

 

 もう、敬語をつける気にもならない。今やクライアントでもないし、いいか。ぼくはくしゃくしゃと頭を掻いてから、はじめの質問に戻ることにした。

 

「それで、もう一回聞くけど、どうしてここに?」

 

「……伝言、持ってきたんだ」

 

 エーコは折りたたまれた一枚の紙を装備のポケットから取り出して渡してくる。署名は……アルゴだ。恐る恐る開く。文章の題名に当たる場所に『調査報告』と書かれていた。

 ぼくはざっと内容に目を通して、大きくため息をついた。

 

「なんて書いてあったん?」

 

 問うエーコに「まあね」と曖昧に返事をして、少し考える。

 手紙には《匣の教団》の目的とより具体的な手段、手がかりについて書かれてあった。

 

 彼らの目的は『浮遊城で一生を全うすること』。そのためには、ゲームクリアを狙う攻略組がやはり邪魔なのだという。だから、一流のプレイヤーを叩く対抗策として彼らは《GMコンソール》の使用を画策している。

 

 そして《GMコンソール》のある部屋にたどり着くためには二つのルートが有る。

 

 ひとつはまっとうな方法。《秘鍵》クエストを進めて《秘鍵》を六本集め、黒鉄宮にある隠しダンジョンを攻略すること。しかしこの方法では隠しダンジョンに門番として住まうとされている九十層クラスのボスモンスターを打ち破らなくてばならない。今動くには現実的ではないし、ゲームクリア寸前でやっと何とかできるかどうかのレベル。ゲームクリアを阻害したい彼ら教団にとって、その時点まで指を咥えて攻略されているのを待つのはリスキーだ。

 そこで、もう一つの方法。《裏秘鍵》なるキーアイテムを六個集めて、然るべき場所にそれを納める方法。納めた場所はそのままワープゾーンとなり、直接《GMコンソール》にある部屋に行ける、と言うものだ。

 

 この《裏秘鍵》はベータ時代にはなかったもので、このデスゲームが始まってから都市伝説のように囁かれ始めた要素なのだという。

 彼らにとって実現度的に《秘鍵》の方法と何が違うのかというと、すでに《裏秘鍵》を納めるべき隠しエリアを《匣の教団》が占拠していて、《裏秘鍵》も二つ教団の手元にある状態、というところだ。もう準備はかなり進んでいる。

 

 そして今、三つ目の《裏秘鍵》がどこかのプレイヤーによって発掘され、第五十層の主街区《アルゲード》の露天に出店されているとのこと。きっと《匣の教団》は必死でそれを手に入れようとしてくるだろう。

 

 ……ここまでは、まだいい。だが、この先の文章がぼくを悩ませる。情報ではなくアルゴからの提案が書かれていた。

 

 《匣の教団》と接触して、君自身の問題を解決するべきだ。《アルゲード》に向かった方がいい。

 

 そして文章の最後をこう締めくくる。

 

 いきなり姿をくらましてしまったことを謝罪する。きっと、苦労しているだろう。だからというわけではないが、今回の調査報告に代金はいらない。

 どうか、君にとっていい結果になる選択をしてほしい。

 

「……アルゴ」

 

 一年に満たないくらいの付き合いであったが、本当に良くしてくれる情報屋だった。

 ……アルゴが言いたいことは分かる。今後のことを思えばこの状況をずっと続けるよりも、直接《匣の教団》と話をつけたほうがいい。リスクはもちろんあるが、暗殺に怯え続けるよりも、ずっと健全だ。

 

 ……悩むが、決断しよう。そして、すぐに行動するんだ。

 

「……ありがとう、エーコ。助かったよ」

 

 ぼくは目の前のエーコにお礼を言う。だというのに彼女は不満げに頬を膨らませた。

 

「……で! そんで! なんて書いてあったの! もしかしてラブレター? 恋文? 色文?」

 

「全部同じ意味だし、よく色文なんて言葉出てきたな」

 

 女子中学生の語彙って、みんなこんなにあるものなのだろうか

 

「おーしーえーろーよー」

 

 緑色の頭をぶんぶんと揺らしながら粘るエーコ。何度か断ったものの、最終的には疲労困憊のぼくが根負けして、手紙の内容をかいつまんで話した。すると彼女は元気に手をあげる。

 

「ついていく!」

 

「……危ないと思うぞ」

 

「いーじゃん! 《裏秘鍵》なんてワクワクするし、いざとなっても《練気術》でドーンと守ってくれるんだよね! センが! それに――」

 

 急に、エーコが真剣な面持ちになる。

 

「――この半年で、あたし強くなったよ。ずっとひとりぼっちのセンのことも、守っちゃえるくらいに」

 

「……エーコ」

 

 以前あったときは、攻略組のおじさんを誑かして装備を手に入れていたという彼女の装備の方がぼくよりも良いものだった。でも、今の彼女の装備はぼくより少し劣るくらい。――おそらく自力で手に入れたのだろう。

 

「君みたいな寂しい人間をほっとくほど、あたしはクズじゃないよ! おじさんたちからの貢物はまだまだ募集中だけどね!」

 

「……ふ。あはは」

 

 ぼくは、思わず吹き出してしまった。なんだか久しぶりにちゃんと笑った気がする。エーコはしたり顔でニヤついていた。

 

「はは。……じゃあ、頼もうかな。よろしく、エーコ」

 

「うむ! 《ぼっちのセン》を守り抜いてしんぜよう」

 

「変な二つ名つけんなって」

 

「ちなみにあたしは《姫騎士のエーコ》ね!」

 

「やめとけ、黒歴史になるぞ」

 

「えー、ひどーい! ぶーぶー」

 

 軽口をたたきあいながらぼくらは迷宮区を二十八層に向けて歩いて行く。二十八層の主街区についたら、転移門を使って五十層《アルゲード》へ向かう。そうしたらいよいよだ。《匣の教団》と決着をつける。

 

 

 昔、家族旅行で台湾に行ったことがある。台北の繁華街、路地裏へ入っていくと未整備の雑多な町並みが広がっていた。あの町並みと、レンガ造りのヨーロッパ風な家々が組み合わさり、混沌とした様相を示している。

 五十層、主街区アルゲードというのはそんな場所であった。

 

「みてみてー! アルゲードそばだって! 名物かな? 食べてみる?」

 

 エーコはひっそりと佇む店舗の一つを指差しながらはしゃいでいる。保護者のような気持ちでそれをたしなめると「ぶーぶー」言われたので、少しだけ無視して街を進み始める。

 アルゴの情報にはアルゲードの露天って書いてあったが、この街自体が広く雑多なので、まったくもって《裏秘鍵》までたどり着けるような気がしない。露天ということはNPCの運営する店ではないことは分かる。もう、片っ端から探していくしか無いのであろうか。

 

「……ん、あれは」

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

 ぼくは見覚えのある顔を見つけた。遠目だが、分かる。……キリトだ。彼は相変わらずの黒い装備を身に着けて、通りに面した店から出てきた。そこから何処かへ向かって歩き始める。

 以前、去年の六月半ば頃だっただろうか、その時の彼の表情は印象的だった。生気のない、無機質な表情。絶望をたたえた暗い目。てっきりそのまま死ぬのだろうと思っていたが……。

 今の彼は、片手剣使いのぼくでもみたことがない黒い片手剣を装備していた。ぼくがみたこともないということは、《グランリッパー》なんて目じゃないくらいの本当に上位の武器だ。そして、それを持っているということは、彼は攻略組として立ち直ったということ。

 別に、ほとんど話したこともないようなプレイヤーだ。ある意味どうなったところで知る由もないけど、絶望していた人間がひとり立ち直れたというのは、単純に喜ばしい話だ。

 

「……あの店、行ってみるか」

 

「え? アルゲードそば?」

 

「違う! ……あっちの、あの店」

 

 アルゲードそばにこだわるエーコにノーを突きつけながら、ぼくはキリトが出てきた店を指差す。

 ここまで生き残った攻略組……つまりは一流プレイヤーの通う店だ。何かしらの手がかりがあってもおかしくはない。

 ぼくはキリトが行ってしまったのを見計らってから店に入った。

 

「いらっしゃい」

 

 店主と思しき大男が挨拶をしてくる。あとから入ってきたエーコは「おお、びっぐ……」とぼくだけに聞こえるように呟いていた。ぼくもちょっとだけ気圧されてしまった。

 なにせ、大男とは言っても、ただの大男ではない。浅黒い肌の、少し日本人離れした濃い顔の、百九十あるんじゃないかという身長の、スキンヘッドの、髭面の、筋肉質の大男だ。

 

「……すみません。ちょっと探しているものがあって」

 

 恐る恐るぼくは彼が腕組み構えるカウンターの方へ向かう。壁には色々な武具やアイテムが飾られていて、なんでも取り扱っている雑貨屋の様相を呈している。

 

「探しものね……ん、あれ。……どこかで、会ったことあるか?」

 

「えっと、多分、下層の攻略時に」

 

 ぼくがスノウとパーティを組んで最前線に居た頃、遠目から何度か見たことはある。

 初めの頃、彼も最前線を進む者の一人だった。この凄みのあるルックスだ。ひと目見たら忘れようはずもない。いつの間に雑貨屋を営むようになっていたのだろう。

 彼もまた、死に恐怖して攻略組を降りたのだろうか。

 

「……ただ、話したことは、無いですけどね」

 

「みたいだな。しかし、よくここを見つけて入ってきたな」

 

「ああ……。さっき、攻略組の方が店から出てくるのを見て、上位プレイヤーが使ってるなら確かなのかな、と」

 

「おお、そうか。もう立派な広告塔だな、あいつも」

 

 目の前の大男がにやりと笑う。このルックスで笑われると、やはりなかなかの凄みだ。仮想世界でよかった。現実世界で会ったら即退散してただろう。

 

「うお……」

 

 背後から小さな声。ぼくの装備の裾が、ぎゅっと引っ張られる。エーコは仮想世界でも、即退散したい気持ちらしい。

 その様子を見つけた店員は、その凄みのある笑顔を続けながら、エーコの方に手を差し出した。

 

「そこまで怖がらなくても何もしないよ、お嬢さん。俺の名前はエギル。しがない故買屋さ」

 

「べ、別に、こ、怖がってはいないんだけどね……。エーコです」

 

 怖がるエーコも手を差し出して、握手。手のひらのサイズは大人と子供の差というより、最早大人と赤ん坊の差だ。続けて、ぼくもエギルと握手を交わし、自己紹介をする。

 

「セン、です。今日は、探しものがあって……もし知ってたら、《裏秘鍵》の出てる露天を知っていたりしませんか?」

 

 当初の目的を告げると、エギルの表情が一気にこわばる。笑顔も怖いが、しかめっ面のほうが怖い。でも、この表情の変化、もしかして、一軒目で『あたり』か?

 エギルは再度腕組みをする。

 

「少なくとも、うちにはないな」

 

 ぼくは押し黙る。多分、この人は知っている。粘って聞き出すしか無い。

 何も答えずにじっと彼のことを見ていたら、ぼくの方をひと目みて「やれやれ」と言わんばかりに大きく息を吸って、吐き出した。

 

「危ないぞ、この案件は」

 

「それは、オレンジプレイヤーに付け狙われるよりも、危ないんですか?」

 

「……生意気言うな!」

 

 エギルが強めに言い放つ。仮想現実なのに、心臓がドキッとした気がした。装備の裾が更に強くひかれる。

 返答の仕方、まずったか。でも、諦めるわけにはいかない。

 

「……どうしたら、教えてくれますか」

 

 じっと見つめるぼくを、彼も見返してくる。大人の人に説教を受けている時に似た空気が流れる。そしてしばらくしてから、エギルが目をそらした。

 

「……ふー。わかったよ。俺の負けだ。今時の子は頑固で困る」

 

 エギルがストレージから紙とペンをオブジェクト化して、何やら書き始める。じっと待っていると、ぼくのほうを向いてエギルが微笑んだ。

 

「そんな硬い顔をするな。お前らのことが心配だからわざとプレッシャーかけたんだ。……ほら」

 

 一枚の紙が差し出された。ぼくは、お礼を言いながらおずおずと受け取る。

 

「……その場所に、オレンジプレイヤーが集まる《オレンジマーケット》という場所がある。《裏秘鍵》はそこで、これから数日間は出てるらしい。危険なのは、承知済み、か?」

 

「……ええ」

 

「妹さんも連れてくのか?」

 

 妹さん……エーコのことだろう。エーコはすかさず「あたりまえじゃん! てか妹じゃないし!」と言い返す。言われたエギルの方は「すまんすまん」と苦笑しながら、ぼくに向き直った。

 

「俺は、お前らのような若者が死ぬのを望んでない。しっかり偵察をして、難しそうなら冷静に撤退しろ。そうなったら俺に言え。俺とさっきの……そうだな、キリトでサポートしてやる」

 

「……そんな、悪いです」

 

「悪いも何もないさ、勿論報酬は貰う。手持ちがないなら分割もOK。……だから、無理だけはするなよ。命あっての物種だ」

 

 そう言うと、わしゃっとその大きな手のひらをぼくの頭に乗せて来た。

 小さい頃に父親にこういう風によく撫でられて居たな、と不意に思い出して、軽いホームシックのような気持ちになる。

 ぼくはひとしきり撫でられたあと、お礼を言って、エギルの店を出た。店を出る寸前の「おう、またな」という声が力強かった。

 

「何か、怖いようで怖くない不思議なおっさんだったね……」

 

 エーコが疲れた声で呟く。ぼくは「優しい人だったね」と返した。

 いろんな情報屋や依頼主に裏切られて来たぼくとしては、エギルのような人間は珍しかったし、このデスゲームでここまで人のことを気遣える人間がまだまだ居たことに一種感動を覚えていた。

 

「……で、どこにあるって?」

 

 エーコに言われて、エギルにもらった紙を開いて読み上げる。

 

「第四十七層、主街区フローリア。北へ出て、右側に黄色と青色の花畑が見えたら左側の森にある獣道へ。道なりに進めば目的地」

 

「有名な《フラワーガーデン》じゃん! オレンジがそこに集まるって、ヘンだね」

 

「変だからこそ……じゃないかな」

 

 四十七層はエーコの言うとおり《フラワーガーデン》とも呼ばれ、フロア全体が色とりどりの花に包まれている。そんな場所でオレンジが集まっているとは誰も思うまい。そういう意味では一番ミスマッチな四十七層が安全なのだろう。

 

「そんなもんかー。……もうこのまま四十七層にいっちゃう? あたしはどっちでもいいけど、センは少し寝たほうが良いかもね」

 

「そう、だな……」

 

 それはその通りだ。これから乗り込むのは《オレンジマーケット》。時間的な猶予もあるみたいだし、万端の状態で臨みたい。だけど、どれだけ準備したってリスクの高い冒険になりそうだ。命の危険は勿論あるし、非合法の集団を相手にするには、女の子に厳しい部分もあると思う。

 ぼくはおもむろに口を開く。

 

「……エーコに、頼みたいことがある。明日、手分けしてほしい。君は四十八層に行って――」

 

「――ヤだね。そういうカッコつけ、あたしからしたらダサダサ」

 

 エーコが足早にぼくの前まで来て振り返る。

 

「カッコつけんなら、しっかり守ってよ!」

 

「……悪いけど、百パーセント、守れる自信は無い。ぼく自身を守るのだって、ぎりぎりだと思ってる」

 

「じゃあ、なおさらだね。手分けなんて絶対ヤダ。心配しなくても、情けないセンのことはあたしが守ってあげるよ!」

 

 きりりと眉を上げて、自信満々に言ってのける。

 

「……どうして、そこまで……」

 

 思わず出た問だった。だったのだが、エーコは目をそらし「えーっと……」と考える様子を見せてから、思いついたように手を鳴らした。

 

「あれだ……勝手に死なれたら胸糞悪い! これだね!」

 

 今時の子は頑固で困る。エギルに言われた言葉を思い出してぼくは笑った。

 この様子では、例えばエーコを無理やり撒いて一人でいったところで、あとからオレンジマーケットの場所まで一人でついてくるだろう。だったらまだ、一緒に行ったほうが安心だ。

 

「……わかったよ。じゃあ、とりあえずどっかの宿行くぞ」

 

「あれ、かっこよすぎるあたしに抱かれたくなった?」

 

「だからやめとけって、そういうの。アインクラッドから開放されたあと、ぼく捕まっちゃうから」

 

「ぶーぶー。子供だと思って―」

 

「はいはい」

 

 それからエーコとアルゲードで適当な宿を見つけ、ちゃんと別々に二部屋取って、部屋の鍵もしっかり閉めて、久々にまとまった睡眠を摂った。

 翌日準備をして部屋を出、エーコと合流し、転移門の方向へ歩いて行く。転移門につくとぼくは、横にいるエーコにそっと耳打ちした。

 

「ぼくの後に続いて転移してきてね」

 

「……うん? りょーかい」

 

「転移、十一層、タフト」

 

「ええ? て、転移、十一層、タフト」

 

 景色が切り替わり、レンガ造りの街へ――。ぼくは隣にエーコが来たのを見てから再度唱える。

 

「転移、二十五層、ギルトシュタイン」

 

「て、転移、二十五層、ギルトシュタイン」

 

 また景色が切り替わる。同じことを他の階層でもう二、三度繰り返してから、ぼくとエーコは四十七層のフローリアに転移した。

 到着と同時にエーコが口を開く。

 

「追手が付かないように撒くなら、先に言ってくれれば良かったのに!」

 

「ごめん。どこで誰が聞いてるかわかんないし、姿がなくても記録結晶を仕掛けられてる可能性もあったから」

 

「おお……スリリングな人生送ってんね、センは」

 

 ぼくとエーコは連れ立ってフローリアを進んでいく。色とりどりの花が咲き乱れ、風が吹けば花弁が舞う。歩いている冒険者も女性比率が高い……というか、カップルが多い。女性の数が少ないこのアインクラッドではカップルの数も必然的に少ないのだけど、いるところにはいるもんだ。

 目的地は確か北から出て、青と黄の花畑を右手にした時に、左側にある森に入っていけば良いんだよな。そこに獣道があるはず。

 いつも通り黙々と進むぼくと、緊張しているのか、あまり口数の少ないエーコは何の苦もなく件の獣道を見つけた。

 森とはいっても雑木林程度のもので、そこまで鬱蒼としているわけではない。これではバレバレなのでは……と考えながら道を辿っていたら、獣道の終着地点に、一つの洞窟があった。恐らく、ここだ。この中にオレンジマーケットが広がっている。

 

「ここだ。ここに、《裏秘鍵》がある」

 

 洞窟はぼんやりとした暗闇を、ぼくらに向けて開け放っていた。

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