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嫌いなことわざがある。
それが仮に正しいとしたら、私は只の愛玩動物に成り下がるからだ。
いつだっただろうか。
季節の巡りを、まだ8周ほどしか経験していなかった頃だと思う。
お父さんお母さんに、名前の由来を聞いてみよう。
教壇に立つ大人の口が、そんな音を発した。
私はその解答に期待した。
三文字の平仮名を以って私を小馬鹿にする奴ら。
それに対する、反抗の手段を得られると。
私の名前にはこういう意味があって。
こういう願いが込められていて。
だから決して、変と笑われる筋合いは無いのだと。
得意気にそう言ってやれるのではないか。
嫌いな名前がある。
それに大した意味など込められていないからだ。
母親は笑って答えた。
ただ1つの形容詞のみを述べた。
それを聞いて、私は怒るべきだったのだろうか。
悲しむべきだったのだろうか。
母親と同じように、笑うべきだったのだろうか。
私は、そのどれでもなく。
ただ、表情が剥がれ落ちていくのを、どこかで感じていた。
私は愛されてなどいなかった。
私は大切になどされていなかった。
ガラスの向こうでこちらを見る、飼育された動物だった。
嫌いな形容詞がある。
それを聞く度に、私の存在価値を限定されるからだ。
私はいつか大人になる。
その形容詞が到底似つかわしくない存在に変わる時が来る。
その時になったら、私の存在価値はどうなる。
それを否定できないまま大人になってしまったら、私はどうなる。
愛玩動物ですらならなくなったら、私の価値はどこにある。
嫌いな対応がある。
そうされる度に、否定できていないと知るからだ。
認めるわけにはいかなかった。
名は体を表すなど、素直に受け入れるわけにはいかなかった。
何か他の、それではないものに成らなければならなかった。
母親の言葉を、完膚なきまでに否定しなければならなかった。
そのためには、どうなればいい。
その言葉を否定するには、私は何に成ればいい。
嫌いな家具がある。
その前に立つ度に、自分の姿を呪うからだ。
簡単な話だ。
いつか私は、その形容詞が到底似つかわしくない存在になる。
いつか私は、大人になる。
それを、いつかではない。
今、成ればいい。
今の私を可愛いと、母親が言うのなら。
今の見た目のまま、可愛くなくなってしまえばいい。
今すぐにでも、大人になってしまえばいい。
嫌いな食べ物がある。
それを美味しいと思う度に、未熟さを恥じるからだ。
大人になるにはどうしたらいいだろう。
理屈っぽくて、感情を出さず、豊富な知識を持ち合わせている。
そして、いつだって間違えない。
それが私が考える大人だった。
誕生日に何が欲しいか聞かれ、タブレットを指差した。
まずは、知識から。
嫌いな感情がある。
両親が側に居ない程度で、大人は泣いたりしないからだ。
我が儘を言わないように。
迷惑をかけないように。
私はそう在ろうと常に心がけた。
頭を撫でながら、両親は私を褒めた。
手のかからない良い子だね。
心地良いその大きな手を、理性で無理矢理剥がし取った。
撫でられて喜ぶなんて、子供のすることだ。
嫌いな表情がある。
それを見ていると、勝手に口元が緩むからだ。
両親が私を、ミュージカルに連れて行った。
物語自体は、現実で有り得るはずのない陳腐なものだった。
そのはずなのに、気付くと私は涙を流していた。
会場に響く歌声が、私に期待を植え付けた。
こんな夢みたいなことが、本当に起こるかもしれないと。
そんな私を見て、両親は優しく笑った。
歌の力を、私は知った。
嫌いな人が居る。
大人に成ろうとする私を、子供に引き戻してしまうからだ。
街中で貴方が声をかけた。
振り返る私に、小さな紙を両手で渡した。
アイドルに興味は無いのですが。
私の言葉に、貴方はそれでもいいと答えた。
歌の仕事はできますか?
そう聞くと、貴方は迷うことなく頷いた。
嫌いな人が居る。
大人の中で唯一、私が本当に嫌なことは決してしないからだ。
あの日、ミュージカルで見たような。
あの日、壇上で見たあの人のような。
あんな素敵な人に、私もなれるのなら。
私に、意味が生まれるかもしれない。
嫌いな人が居る。
全て夢なのではないかと、時々不安になるからだ。
私は貴方の手を取った。
嫌いな人が居る。
大人としては余りにも子供っぽいからだ。
「……プロデューサー。」
嫌いな人が居る。
大人に成ろうと急くことが、馬鹿馬鹿しくなるからだ。
「私の名前、ありすって言うんです。」
嫌いな人が居る。
等身大で居ることを、許してくれるからだ。
「どう、思いますか?」
嫌いな人が居る。
いつだって対等に接してくれるからだ。
貴方は真っ直ぐに私を見つめ、口を開く。
それを聴いて、私の口元が緩むのを感じる。
それでも、前ほど嫌悪感は覚えなくて。
だから私は、我慢せずに顔を綻ばせる。
嫌いな人が居る。
私の想いに、全く気付いてくれないからだ。