艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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第23話  政治と個人

 

 俺は座っている体勢を再び正し、一平の眼を見る。素性はぶっちゃけて言うと、そこまで分からない。『台湾第一次派遣使節団』と言い放ったことで、おそらくは国に属する組織の者ではあることは確か。ただ、この先自分らの命を預ける軍隊の指揮官に対し、そのような姿勢を取るのは如何なものだ。

自意識過剰な可能性が捨てきれないが、一方で俺の感じ取った感情も捨てきれない。この男は何か"考えている"。そう思ってしまったのだ。

 俺だけが緊張で身体を強張らせそうになる。表情に、顔に、態度に出さないように努める。下半身に力が入り、足がカタリと揺れるが、落ち着かせ、細く息を吐いた。

 

「私は横須賀鎮守府艦た」

 

「大丈夫です。存じ上げております」

 

「そうですか。……何か私にお話することでも?」

 

 新瑞がバトンタッチしたということは、直接使節団から俺に話があるのだろう。そう目論見、俺は自ら切り出した。

これには少し意表を突かれたのだろう、一平の表情は揺れなかったが、耳が少し動いたように見えた。

 

「日本皇国から台湾・高雄間の艦隊護衛の件に加え、高雄での私どもの護衛輸送の件、ありがとうございます。厚かましいとは思いますが、更に1つお願いがございまして」

 

 一平の視線が動く。俺はその視線の先を追いかけることはないが、その先にいるのは番犬艦隊だ。

番犬艦隊に何があると言うのだろうか。

 

「高雄でも横須賀の艦隊に護衛をお願い出来ないでしょうか? 幾ら同盟国とはいえ、それは"日本国"の頃の話。現在の"日本皇国"との国交は皆無である台湾です。私ら使節団に何が起こるとも考えられません。このような情勢下で深海棲艦以外に敵を作りたくはないのです」

 

 この野郎、脅しのつもりだろうか……。発言から感じ取れることは、そういうものだった。今一平は前半は俺も想定していた言葉が出てきたから良かった。確かに台湾との国交があったのは"日本国"。現在の"日本皇国"とは一切関係がない。そんな同盟国でもない国の領域に入り込むのだ。自国でも精鋭の護衛を連れて行ったとしても、どこまで対応出来るか分かったもんじゃないのだ。ならば、国内でも実戦経験の豊富な海軍横須賀鎮守府に所属する艦娘を護衛とすることで、その問題が少なからず解消されるのではないか……それが表向きの言葉だった。

 だが裏を返せば、万が一にも"そういうこと"があった場合には、日本は上手に出る(台湾に矛を向ける)ということだろう。どこの国も太刀打ち出来なかった深海棲艦との戦争を現在もしている日本皇国の使節団に何をするんだ、と云って……。人類は海を奪われたことで、政治の方策が退化してしまったのだろうか。

 一平の提案、お願いに関しては、俺の返答一つで可否が決定出来るものだ。そもそも横須賀鎮守府の指揮権は完全に俺の手の中にあるようなもの。恐らく艦娘たちは日本皇国の言う事を聞くことはないだろう。耳は貸すだろうが、なんの反論もなく抵抗もなく首を縦に振ることなど絶対にないのだ。

そしてどうして脅しであったのか……。理由は簡単だ。俺の姿勢にあった。俺は軍や政府の方策には従順を徹している。それが規律を守り、他がそうしているように行動することで、自分にこの世界の価値観を合わせようとしているのだ。そんな俺に対して軍もしくは政府、陛下が『台湾を攻撃せよ』なんて命令を下せば、たしかに俺は疑問に思い、意義を申し立て、直訴するまであるだろう。だが、結局のところ、命令を遂行しなければならない。軍規によって上官の命令には逆らえない上に、勅命であったならもっとだ。

国内に横須賀の護衛なしで海を動くことの出来る部隊はいないため、自動的に自らで攻撃する必要が出てくるのだ。

 

「それを新瑞さんを通さずに私に直接頼んできましたね……その意図は?」

 

 時間稼ぎだ。どう切り返し、本心を覗くのか……。時間が掛かる。

 

「聞かずとも判っていらっしゃるでしょうに。大本営を通しても『それは横須賀鎮守府に直接』と言われるのが関の山ですからね。こうして相まみえるチャンスを逃す訳にはいかないのです」

 

 直接アポイントメントを取れば俺とて会うんだが……ここからしてもう臭う。

 ならば、これならどうだろうか。と、俺は俺の武器を出す。

一番に効果的であり、俺の意思を暗に伝える言葉だ。

 

「特務大尉。書類を」

 

「え、はい」

 

 わざとらしく、俺は姉貴から書類を受け取る。今回の大本営召喚の件について纏められているものだ。

そこでわざとらしく、俺は声に出して読み上げた。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部、台湾第一次派遣使節団の横須賀高雄間の使節護衛輸送を命ずる。……先程これに強襲揚陸艦(天照)と使節護衛輸送、使節護衛要員輸送が追加されましたね。これに関して、新瑞長官は正式な命令書類の作成を行い、近日中に郵送するとおっしゃいました」

 

 視線を一平に向けたまま書類を姉貴に返した俺は、そのまま話を続ける。

 

「任務で私は艦隊を動かします。そこには陸上での護衛任務は含まれていないのです」

 

 静かに聞いていた一平は口を開く。表情は一貫して変わらないものの、声色にはかなりの変化が出ていた。張りと声量が若干ながら大きくなっているのだ。

 

「そこに高雄上陸後の護衛活動を」

 

 一平は新瑞の顔を見ながらそう言うが、新瑞は何も言わない。政府から海軍への命令も恐らくそこまで、横須賀高雄間の艦隊護衛を横須賀鎮守府まで命令を伝達し、実行可能状態にすることまでだった。それ以上は一平の独断になってしまう。

 

「新瑞長官ッ!!」

 

「そのような命令を政府から請け負ってはいないですよ。無論、陛下からの勅命も」

 

 これでハッキリした。一平は独断で艦娘による陸上護衛を取り付けようとしているのだ。

 苦虫を噛み潰したような表情をする一平。これまでの様子を見ていた、使節団員の1人が口を開く。

 

「私たちは陸から、国から出るのが怖いのです。海では深海棲艦が跋扈し、各国は連絡が途絶えて連絡手段は貴方方を介した書面上、伝言でのやりとりのみ。台湾と名乗っているその国が得体の知れないモノに思えるのです」

 

 恐る恐る、といった様子で言葉を紡いでいく使節団員に、俺は耳を傾けていた。表情を戻さない一平からは完全に視線を外している訳ではないが、新瑞以外の人間に目を向けている。

 

「台湾がどのような国に変化してしまっているのか、前情報が全くない状態での上陸はいわば開拓民が新天地に上陸した時と同じ心情。知りもしない感染症や現地民との恐怖に葛藤し、言葉も通じない中で数少ない同胞と身を寄せ合って現地民と交渉する……これがどれほどの」

 

 使節団員の言葉から、はっきりと意図が分かった。確実に無傷で、痛い目を見ることなく帰ってきたいのだ。この使節団は。その最善の策が、横須賀鎮守府の艦娘に陸上でも護衛してもらうこと。艤装を纏った彼女たちの身体能力は人間のそれとは隔絶しており、特に人体の強靭さは硬さだけで言えばそれこそ戦闘艦並。機銃や大砲の砲弾を軽々と跳ね返し、それでいて陸上に向けて制圧攻撃を繰り出すことが出来る。この国、恐らくこの世界上で一番要人警護、護衛として優秀なのだ。艦娘は。

 理解出来た。どうしてそのようなことを頼んできたのかも、命令外の行動であることを重々承知で頭を下げているのかも。

ただ、確かにこの件に関しては俺に決定権がある。艦娘の指揮権は俺にあるからだ。命令を下せば、艦娘たちは護衛を務めるだろう。

 

「それがどうしたというのだ」

 

「……は? で、ですから、そのような状況で台湾に向かうのは」

 

「だから、それがどうしたというのだ。貴様は」

 

 これまで黙っていた番犬艦隊の1人、グラーフ・ツェッペリンが突如話に割り込んできた。その声はいつもの透き通った声ではあるのだが、明らかに怒気を含んでいる。しかも言葉遣いがいつもよりもキツい。

俺が顔を向け、止めようとした時には既に遅く、ツェッペリンは使節団員の顔を睨みつけて通常の艤装、主砲等の構造物を構えて、砲門を彼らの方に向けていた。駆動音が鳴り、それが薬室に砲弾と薬嚢が装填されたことを知らせる。いつでも発射可能状態だ。

 

「新瑞。このような者が国を代表して使節団を編成しているのか」

 

「あぁ」

 

 これまで口を挟まなかった新瑞はツェッペリンの問に答えた。口を挟まないでいたが、恐らくあえてだろう。完全に今は部外者である新瑞には、この話に割って入ることは非常識というものだ。

 

「……提督、私は命令を受けたとしても拒否する。たとえ、提督の命令であっても……このような者共のために傷を負うのは無駄に等しい。修理に使う鋼材と人件費をドブに捨てるようなものだ」

 

「なっ?!」

 

「もし提督がこの"お願い"を引き受けて護衛艦隊を編成しても、顛末を説明された構成艦娘は命令を拒否するだろう。こんな馬鹿げた話、受けるくらいなら逆立ちで1ヶ月過ごす方が遥かにマシだ」

 

 相当嫌なんだろう。命令であったとしても……。その言葉を聞いた使節団員と一平は顔を真赤にしている。頼んでいる相手ではなく、その相手の護衛に言われたのだ。しかも口調はへりくだることもなく、乱暴だ。ツェッペリンの普段の口調ではあるが、こういう場では一応敬語は使うのがツェッペリンだ。それなのに、敬語すら使わないで言い放った。

初対面ではあるが、艦娘の情報はそれなりに知っているであろう国家組織に属する人間からすると、それがどういうことなのかもすぐに理解出来るはず。

 俺はツェッペリンの顔の真ん前に手の平を向けて静止させ、俺が話し始める。

 

「私は順序を踏んで話をしていない件について憤りを感じていましたが、ツェッペリンらは違うようですね。……それで、ツェッペリンが申しましたことは恐らく事実です。それを踏まえて、手順を踏んでツェッペリンら指揮下にある艦娘たちが納得する提案をお願いします」

 

 使節団員は口を噤み、これまで話していた一平に戻った。

 

「手順は追って踏みますので、まずは口頭でお願いできますでしょうか。台湾上陸後の護衛継続の件」

 

 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。俺はそれを表情に出さず、喉で押し込めて別の言葉を発する。

 

「承る前に、こちらからも1つ」

 

 そう。これは"お願い"だ。政府からの命令は海上往復のみ、陸は新瑞の起点で新瑞の計らいで護衛の部隊の輸送も正式な命令として後日大本営海軍部から送られて来るのだ。それは長官が目の前にいて、且つ交渉も調整も行ったからだ。だが一方で使節団はどうだ。国家組織の一部である使節団は、これから手早く政府に要件を通達して書類作成、認証等々を追加しなければならない。

もし陸上での艦娘たちによる護衛が必要だったならば、横須賀鎮守府に封筒が届く時には既にそういう命令を下す準備を整えているものだ。つまり現時点でそれがなされていないということは、必要ないと政府が判断しているということ。更に言えば、軍の護衛自体も必要ないと思われていたことだろう。

 そこで話は俺の提案に戻る。このような現状、政府から正式な命令を下すことが確定でない現状、使節団は政府から独断で俺に"お願い"してきているのだ。

命令でなくとも、俺は政府の方針には従うが、一部組織のために動くことは考えてなどいない。それはまるで、媚を売るようなものと感覚は似ているからだ。そんなことで一々資材を消費して動くなど、無駄もいいところだ。おまけにこちらでもし、何か作戦立案がなされていた場合はそれが延期になる。予定がズレることになるのだ。

 

「私がもし陸上でも引き続き護衛を受けたとしましょう。その場合、護衛として派遣された艦娘の指揮官である私の"命令違反"はどうするおつもりで?」

 

 そこまで考えておいてアレだが、俺は使節団が恐れていることが分からない訳ではないのだ。それこそ、先程話していた使節団員が云っていたようなこと……十二分に理解出来るし怖いという気持ちも伝わった。艦娘を頼りたい、というのも……。最悪、比較的寛容な艦娘を中心に編成した護衛艦隊を使えば可能ではあるが、大部分はツェッペリンの言う通り、拒否するだろう。

 

「私への命令は使節団の横須賀高雄間の使節団護衛部隊と使節団が乗艦する揚陸艦の海上護衛。それ以外の命令は下っていません。更に、私らは大本営や政府、勅命以外でも軍事行動は起こしますが、例外なく海上のみです。どこか陸地での任務は攻略を除き例外はありません」

 

 俺と大本営、政府、陛下との繋がりや、俺の指揮権や軍事行動は曖昧なもので出来ている。それを簡潔に説明した。

 

「これを考えると、今回の件は命令違反に該当します。それを犯す私にメリットはありますか?」

 

 ここまで言うと、流石に使節団はだんまりを決め込んだ。そう。もう身動きが取れないのだ。保身のために独断で行動したはいいが、どうにも思い通りに事が動かなかったからだ。

 静けさが会議室を包み込み、誰しもが気まずそうにする。この状況を作り出したのは他でもない俺自身だ。様子を見る限り、一平もその他の使節団員も目を泳がせることはなく、焦燥感に駆られているようでもない。呆然としている、というのだろうか。彼らの中で、俺がどのような人物像だったかは分からない。だが、俺が甘ちゃんだと思われていたことは揺るぎない事実だろう。それが実際に目の当たりにして、こうやって俺に云ったのだ。命令外の行動を取り、護衛を強化してほしいと。

彼らの予想は大いに外れ、俺は予測を立てていた。発言から思考して、どういう行動を取るのか……。特殊な立ち位置にあるからといって、正攻法以外の無理を使ったものが押し通るとでも思ったのかもしれない。

 

「ただ、私もお気持ちは十二分に理解できます。怖い気持ちも……」

 

 手を顔の前で組み、机に肘を突いた。

 

「……再考する必要がありますよ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 番犬艦隊の誰かが身体を揺らしたのだろう。金属の擦れる音が鳴った時、俺は組んでいた手を解いた。その瞬間、使節団らはかすかに揺れる。一体どれだけの時間が経ったのだろうか。それほど長い間、誰も話さずに時間を過ごしていたと思う。

この状況では終わるに終われない、そう思い、俺は新瑞に話を振る。

 

「新瑞さん。護衛艦隊の編成に関してですが、ある程度の指定はありますか?」

 

「……あ、あぁ。天色中将に任せる」

 

「了解しました。……要件は終わりのようですので、私はこれにて帰らせていただきます」

 

 立ち上がり、俺は番犬艦隊を連れて扉の前に来る。ビスマルクが扉に手を掛け、開けた状態で待っている。外にオイゲンとレーベが出ている。

ツェッペリンは俺よりも机に近いところで立っており、姉貴は俺の横に立っていた。

 

「失礼します」

 

 敬礼をし、俺は会議室を後にした。俺を呼び止めるような声が聞こえた気がするが、扉の閉まる音でかき消されたみたいだ。

一平が呼んだのかもしれない。

 今回の会議から察するに、大本営に呼び出しはあるかもしれないが、それよりも想像されるのは『使節団のアポ』。横須賀鎮守府に来て交渉しに来る可能性が十二分に考えられる。

身構えていく必要があると考えつつ、俺の身の振りはどのようになっていくのか……今から頭が痛い。

 

「"俺"がどのような人間か……自分だけじゃ分からないこともあるものだな」

 

 その言葉に返事を返す者は誰もいなかった。

 





 一平の言うことも最もであって、もう少し言い方や何か別の交渉方法を取ればやってくれただろうに……と書いていて思いました。
今回の交渉の件は、今回だけでなく今後も出てくる予定ですのであしからず。
 本格的に台湾外交の話に突入しますが、どれくらいで終わらせるかは未定です。

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