大本営に呼ばれた一件に関して、番犬艦隊ルートで鎮守府内に噂が流れてしまった。どうやらたまたま付いてこれなかったアイオワがビスマルクか誰かに会議内容を聞いたのだろう。一応、内容は極秘と口止めしてあったのだが『番犬艦隊だから良いか』みたいなノリで話してしまったらしく、聞いたアイオワが騒いで一気に伝播。
既に鎮守府では知らない人が居ないレベルで情報が流れてしまっていた。艦娘はもちろん、警備部門兵の皆、事務棟職員、酒保の従業員までも。内容に関しては、やはり人に伝わっていく事に尾ひれが付いていったようで、最終的に俺が気付いた時には『使節団が提督に高雄での陸上護衛を強要し、罵倒雑言混じりで罵られた』というような事実無根な内容に進化してしまっていた。
大本営から帰ってきて5日が過ぎた頃、今日の秘書艦である名取は事務棟から書類を持ってきた際に余分にあったことを伝えてきた。秘書艦の経験はないはずだが、書類にどういうものがあるのか知っていることに驚きだが、俺はそれよりも書類を手に取った。
その書類が台湾外交の件の物だということは、どうやら窓口で言われたらしく、少し不安そうにこちらを見つめてくる。
「ありがとう、名取」
「い、いえ」
俺は構わず、最初にその封筒を開封した。
中には新瑞から大本営正式な命令として外交官と護衛を強襲揚陸艦に乗せて、それを護衛する形を取ることが命令された。それに関する正式な辞令が下ったのだ。大雑把に言えば、その通りである。それ以上もそれ以下も書かれていない。強襲揚陸艦自体はここに乗せた状態で寄港し、そのままこちらが派遣する護衛艦隊と合流して台湾に向かうとのこと。
了解の返事は既に直接しているので、返信は必要ない。俺は書類を脇に置いて、本来の執務を始める。
名取は俺が机の隅に置いたその書類のことが気になるらしく、秘書艦に課せられた執務に手を付けずにこちらをチラチラと見てくる。どうやら見たいみたいだ。
形と内容はどうであれ、全員が知っていることだ。俺は名取に声をかけることにした。
「それ、見ても良いぞ」
「へ? 良いんですか?」
「構わない。誰かに漏らすのは勘弁だが、見て記憶に留めておく程度ならな」
「では……」
やはり見たかったらしく、こちらに来て封筒を手に取って中身を見ていく名取。表情はいつも通りではあるが、書類を見る目は真剣そのものだ。そして目線が上から下へと移動していき、視線を書類から外した名取は俺に向いた。
「強襲揚陸艦、詳細に関してはありませんけど……天照ですか? いつか来たことがありましたよね?」
「あぁ。それを守る形で護衛艦隊を編成することになるな」
それ以上は名取は何も聞いてこなかった。
執務はつつがなく進み、書類の提出も済ませた。そうしていると、執務室に内線が掛かってきた。丁度昼も済んだ後、一息吐いていた時だった。
滅多に掛かってこない内線を掛けてきたのは警備部武下だった。内容は……
『正門から来客です。『台湾第一次派遣使節団』を名乗っていますが、どうされますか?』
「……要件は?」
『『例の件』としか言いません。こちらもアポイントがないために帰っていただこうと促しているんですが、圧力を掛けられておりまして』
圧力? どういうことだ? 圧力を掛けられるようなことはなかったはずだが……。
「丁重にお通ししろ。正門の詰所にこれから向かう」
『了解しました』
俺は立ち上がり、秘書艦の席に座っていた名取に声を掛ける。
「来客だ。行くぞ」
「は、はい!!」
ーーーーー
ーーー
ー
鎮守府正門にある門兵詰所。塀の内側に出っ張って作られており、中には数十人の兵を収容することが出来る。待機室と会議室、水場が完備されている。暮らそうと思えば暮らすことの出来る詰所だ。 名取を連れて詰所に入ると、休憩中なのかはたまた警備のためにいるのか門兵が大人数待機していた。全員がこちらを向いて敬礼しており、俺は答礼を返して手を下ろした。
手間には武下が待っており、俺が入ってくるのを確認するとこちらに歩いてきた。
「会議室で待たせています」
「ありがとう」
武下の後ろを歩き、俺は会議室へと入った。中では落ち着いているように振る舞っているつもりではあるのだろうが、少し動揺している一平とその他数名が椅子に座っている。部屋の四隅には、何故か時雨や夕立、鬼怒、阿武隈が艤装を見に纏った状態で立っていた。彼らは艦娘たちに動揺しているのかもしれない。俺だって、そんな風に通された部屋でされたらビビる。ビビらない方がおかしいだろう、とすら思う。
一平の対面に腰を下ろそうと椅子の近くまで来ると、一平たちは一斉に立ち上がった。
「急な訪問にご対応いただき、ありがとうございます」
椅子の背もたれに手を掛けていたが、すぐに身体の横に持っていって俺は返答をする。嫌味の一つでも言いたいところだが、ここは我慢しておこうか。
「一段落していたところですから。……それで、ご用件は?」
「先日の件ですよ」
刹那、室内の空気がガラリと変わった。時雨たちが殺気を放ったのだ。それに気付いているのだろう、少し表情を歪ませた一平は続きを話し始めた。
「こちらがお願いしました、陸での一件は政府の方に話を持ち上げましたが……」
現在、俺のところにそういった命令は届いていない。通ったのなら通ったで書類を作成中なのだろう。でなければ、通らなかったとしか考えられない。俺は一平の目から視線を逸らさずに聴く。
「直接交渉してこいとのことですので、こうしてお伺いしました」
通りはしたが、政府直々で大本営に回すことはしなかったみたいだな。グレーなところを歩いているな。
やはり政府としては、陸での護衛は俺たちのところではない部隊を回すのが本意なのだろう。だが、当の本人たちはそれではまだ怖いと言っているのだ。どんな世の中でも、こういうことはあるんだな。
「なんとか、高雄上陸後の護衛もよろしくお願い出来ませんか?」
ストレートに、前回よりも潔い言葉だった。何か含みのある、脅しているような言い方はしない。純粋に頼んできている。
近くに立つ武下がどのような表情をしているかなんて分からない。後ろに立っている名取なんて最もだ。だが、ここから見える範囲にいる夕立と阿武隈の表情は見えた。
夕立はその赤い瞳の瞳孔が開き、手に力が入っているようにも見える。阿武隈は表情は変えないものの、既に砲門を使節団の背後に向けている状態だった。目で静止を訴えるが、砲門を下げようとはしない。幸いにも、使節団はそれに気付いていないようなので、このまま話を続ける。
「先日、グラーフ・ツェッペリンが申し上げたことは覚えておりますでしょうか」
「『使節団と護衛部隊の海上護衛はやるが陸上は嫌だ』ということですよね? 覚えております」
「では、私が態々命令違反を犯すメリットはお在りですか?」
「っ……」
口噤んでしまう。それはそうだろう。俺は大本営から海上護衛だけを命令されている。その正式書類も今朝届いて確認した。そこには高雄陸上後の護衛などという命令はなかったのだ。
これを犯してまで、俺が何を得られるというのだろうか。それを彼らは持ち合わせているのだろうか。そう俺は問いているのだ。
どうしてこのようなことを俺が言うのかというと、グレーではあるが陸上護衛も引き受ける手段はある。あるのだが、リスクがそれなりにあるのだ。先ずは命令違反を犯す必要があること。次に命を狙われる危険性。もし引き受けたとして、依頼内容違反を犯さざるを得ない状況に陥る可能性。俺が横須賀鎮守府に居ないことによる、台湾南方海域でのイレギュラーの対応が遅れる可能性。これ以外にも俺が思いつかないだけで、リスクというリスクは山のようになる。小さなものから大きなものまで。
果たして、それらを全て抱えて引き受けるメリット、最悪今後の戦闘行動が不可能に陥るようなことをになりかねないのだ。
「ならば……私が命令違反を犯さずに、更に日本皇国が第一に優先している事柄への影響を微塵も出さずにそれを実行する案はございますか?」
ある訳がない。何故なら、大本営で話した時点で俺に『陸上での護衛を引き受けて欲しい』とそれだけを言っただけだったからだ。そして今回は『政府に話を持ち上げたが、自分らでどうにかしろ』ということになっている。更に、『護衛しろ』と言って匙を投げた状態であること。そもそも、俺が今さっき言った言葉、代替案は元から用意していないということだ。
「そもそも、命令違反にならないように身振りをするのが私に求められていることでしょうけど……」
一応ではあるが、この要請は政府からのもととも言っても良いのかもしれない。だから俺は、大本営からの明記されている命令とは相反して受理しなければならないものでもある。……かもしれないのだ。そうすれば艦娘を上陸させて護衛に就かせることも出来る。だが、艦娘たちは嫌がるだろう。それは先日から今日までの横須賀鎮守府内での状況を見るに明らかだからだ。話を把握していた番犬艦隊でさえ嫌だと言い放った程だ。それは俺の命令であっても、という彼女たちにとって絶対条件でさえも意味を成さない。ならどうすれば、艦娘たちを高雄に上陸させることが出来るのか……。
この場には、先日とは違い、多くの艦娘や武下がいる。これに俺は注意しなければいけなかったのだろうか。
「お言葉ですが提督、提督が思案なさる理由が分かりません。台湾第一次派遣使節団は政府からの命令外にて、こちらに護衛要請をしています。普通に考えれば、こちらがそれに従えば命令違反になるのは明白。幾ら融通の効く立場にある提督だからとはいえ、これまでの姿勢を崩すことになるでしょう」
そらみたことか。どうしてか、俺が詰所に到着し、会議室に入った時に共に入ってきた南風だ。BDUに身を包み、階級章を見なければそれが大尉だと分からないような女性兵士は、赤黒い髪をふわりと揺らして言い放ったのだ。
「南風、慎め」
「はッ」
武下が一喝し、南風は口を閉じてしまう。
彼女の言うことは、この場に置いて俺以外の皆が思っていることなのかもしれない。俺が思案する理由が分からない、国家機関であるのならこちらの内情も理解しているはず。なのに、このようなことを頼んできている。我が身惜しさに。
何度も云うようだが、俺は彼らが頼んできている意図も本心も分かっている。ならどうして、彼らの願いを叶えないのか。理由は簡単だ。
彼らはただ頼んできているだけ。幼い子どもがおもちゃ欲しさにグズるのとそう変わらないのだ。だから俺は了承しないのだ。
「ご足労頂いたのに、申し訳ありません。これ以上、話が進展しないようでしたら私は執務に戻らせていただきます」
嘘だ。本来片付けなければならない執務はない。だが、それ以外の戦術や開発等の自発的活動から来る執務は数え切れないほどある。どのタイミングで消化しても、結局俺が承認して決済するものだから不都合があるようなことはない。せいぜい、艦娘の方で『不手際かな?』と言って俺のところに大勢で押しかけてくるようなことがある程度。
椅子を引いて、俺は立ち上がる。後ろに立っていた名取は一歩後ろに下がり、四隅に立っていた艦娘たちは艤装の砲門を下に向けた。
名取と同じく、近くに立っていた南風も背筋を伸ばして顎を引く。その横を通り過ぎようとした時、一平は俺の行動を止めるがために声を張り上げた。
「中将!!」
「……」
薄っすらと額が脂汗に塗れ、襟が少し塗れている一平の方を俺は向いた。
「政府持ちで横須賀鎮守府専用の重装甲戦闘車両……数両」
重装甲戦闘車両、戦車を横須賀鎮守府用に買うということなのだろうか。しかも政府持ちと言い放った。台湾第一次派遣使節団にそのような権限があるのかは知らないが、現状を鑑みてこれは不確定な取引だろう。
かと思えば、断りを入れた一平側の人間が携帯電話を取り出して何処かに電話を掛け始めた。小声ではあるが、怒鳴るような話し方だ。数十秒後、一平に耳打ちで電話の内容が伝えられたようで、俺の方を見て繰り返した。
「行政府持ち、予算外で海軍横須賀鎮守府艦隊司令部に新鋭戦車6両の納入……で如何ですか?」
新鋭戦車が何か分からないが、経験上恐らく、名称は違う可能性はあるが一○式戦車。全国の配備数がどれだけなのかは知らないが、三桁は到達していない可能性がある上に、個体製造費がひっくり返るほど高い。それを6両、タダでこちらに回すと言っている。そのようなものをここに置くことの意味を知っているだろうが、それでもだろう。戦車6両をベットしてきたことに変わりはない。
この話、俺的には美味しいのか美味しくないかと言われたら、どちらでもない。今の警備部に必要かはさておき、アレばそれで抑止力となることは確実だ。これまでは携帯火器と歩兵が扱えるだけの砲、爆発物くらいしかなかったのだ。地対空ミサイルもあるにはあるが、使い所は殆どない。そう考えると美味しい話であることに変わりはないのだが、一方で戦車なんて云う鈍重な鉄の塊よりも、遥かに高性能な娘が大勢いる。必要ないとも判断出来るのだ。
「……」
一方で、対空兵器や資源を大量に消費する大口径砲は、大本営に書類を提出すれば手に入れる事が出来る。とは言っても限度があり、世代も現行よりも前のものになるだろうが……。
「特権がありすぎて、切れるカードが少なすぎる……」
誰かがそんなことを呟いた。横須賀鎮守府には特権が存在する。国防の最前線や据えた人間、国として後方支援はかつてないほど手と金が掛けられている。
沿岸に設置されている要塞砲や鎮守府内に設置されている地対空ミサイルも、いわば『特権』を使って手に入れたようなものだ。そのようなものと大量に、時間を掛けずに手に入れるようなところに、新鋭戦車6両"ばかり"など、今から手に入れようと思えばすぐに手に入るものなのだ。
「政府がグレーな回答をしている以上、貴方方も私も"それ"をする事が出来ません。大本営から命令が下っている訳でもありませんし、勅命が下っていないのなら尚更」
一平の方に振り返り、俺は全員を見渡した。
「確かに国号が変わり、長い間交易のなかった国へ赴くことは恐ろしいことでしょう。ですが貴方方はこの任務、命令を受けた"だけ"ですか?」
「……?」
「国、政府が派遣される者の心情を理解していない訳がない……。それ相応の見返りがあるはずです。分かり易いものならば、お金、地位」
そのような危険だと思われる命令があるのなら、そのようなモノがあってもなんら不思議ではない。もしなかったのなら、政府は相当頭が悪い。もしくは一平たちが、こうは言っていても何処かおかしいのだろう。
全員の表情と身体の動きを観察する。やはり思った通りだ。図星をさせたみたいだ。
「その見返りは政府が決め、大本営に命令を下し、私のところまで命令書が回って来たモノへの見返りです。本来ならば、護衛を付ける事さえも書かれていませんでしたね」
再び、俺は扉の方を向いた。
「政治のカードを切る、そのようなことをしたら……確かに私の動きを強制することは出来ましょう。ですが、印象は最悪ですよね。更に、今後私ではなく、横須賀鎮守府がどう動くようになるか……想像に容易いでしょう。既に貴方方の横須賀鎮守府内の印象は、この部屋に入った時点でも分かったと思います」
何処かで金属の擦れる音がする。
「……台湾政府は分かりませんが、台湾軍、少なくとも台湾海軍は正常に機能しています。それだけは伝えておきましょう」
そう言い残し、俺は会議室から出ていった。
残された一平らがどのような表情をし、心情を持っているかは分からないが、これで黙ってくれるだろうと信じる。
生存報告です。前回から長らく投稿出来ませんでした。……色々あるんですよ(汗)
前2話から続いていた交渉も今回で終わりまして、次は……お楽しみに。
現状を鑑みると、まぁ……うん(白目)
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