艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話   作:しゅーがく

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第25話  出立

 目前には巨大な現行艦が浮いている。そう、日本皇国陸軍が保有する強襲揚陸艦『天照(てんしょう)』。国号を日本皇国に変えた後に建造が開始された、自衛隊時代とはドクトリンの違う環境下の船。装備、兵装も国の最先端技術が使われていたが、現在では陸軍がおろか海軍でも残っている唯一の現存艦。他は大破着底している。

東京湾防衛戦では強襲揚陸艦ということもあり、湾の奥にある東京都江東区の正面で防衛決戦艦隊司令部が置かれ、海上近接航空支援を行っていた。だが、全面に展開していたイージス艦や護衛艦などの海軍の艦船や、陸軍のその他の艦船が撃沈されていく中で、艦娘の出現まで生き残っていた。

人は現代の幸運艦とも云うが、軍属は不幸艦と呼ぶ。編成された艦隊はことごとくが撃沈され、天照だけが帰ってくる。死神の艦だと……。

 そんな話を、俺は軍病院で入院している間に聞いたことがあった。意識を取り戻し、大本営から報告を受け取りながらリハビリをしていた頃の話だ。

 俺は個室、しかも厳重な警備がなされた部屋で療養していた。個室の隣には、どうやら労働災害で重症を負ってしまった兵が治療を受けていた。その兵と廊下に出た時にばったり顔を合わせ、目的地が中庭だったということもあり、一緒に話しながら歩いたのだ。

 

「天色さん」

 

「なんですか?」

 

 兵は病人服を着ているが、立ち姿からは病人であることは匂わせない。杖を付きながら歩く俺の歩く速度に合わせて隣をゆっくりと歩く。

近くを武装した兵士が何人も歩くが、特に気にすることなく外の散歩道を歩いていた。

 

「陸軍第五方面軍第三連隊第二中隊……私の所属している部隊です」

 

 田舎の中でも更に田舎。この軍病院は内陸奥の山地。周囲には軍の輸送路があるだけで、人が住んでいるところまで歩いて20分ほど掛かる。だが整備が行き届いているのと、人の往来が多いのは軍の取り計らいと周囲の人々の気遣いなのかもしれない。

散歩道には俺と兵、護衛以外には人っ子ひとりも居ない。山地特有の土と青臭い匂いの乗った風を浴びながら、俺は兵の顔を見た。

その顔に見覚えはないが、部隊には聞き覚えも見覚えもある。リランカ島に陸軍が送り込んだ占領軍先鋒。そして今も、その部隊はリランカ島にいる。

 

「瓦礫撤去作業中、足場から転落して後送されました。頭部挫傷、心肺停止、腎部裂傷……何があって後送されたのかは覚えていませんが、本土で療養する必要があると言われて帰って来たんですよ」

 

 今では快調ですけどね、と後で付け加えた兵は言葉を絶やさない。

 

「心配です。第三連隊は確かに他の部隊に比べて荒くれ者や素行が悪い兵が多く居ましたが、それでもみんな良い奴らで……上官にこっぴどく叱られるようなことも色々やってきました。自分はそんな彼らの中でも、少し違った理由で居ました。兵としての能力が低いんですよ」

 

 体躯からはそのような様子は一切感じられなかった。だが、どうも兵としては未完成だったのかもしれない。

 

「走れば隊列から遅れ、代替訓練も満足に出来ず、小銃を撃てばワンマグ使って命中弾は1発当たれば良い方で、完全装備で歩こうものなら数時間でへばってしまいます」

 

「……」

 

「そんな私でも、あの中隊、あの連隊は迎え入れてくれた。何処に行っても要らないモノ扱いされ、訓練学校をどうやって卒業したのかと叱られ続けた私が……」

 

 鼻の頭を赤くした兵は、慌てて話の軌道修正を行う。

 

「リランカに向かう際に横須賀鎮守府に行く道中、こんな話を聞いたんですよ。『天照は"母なる船"ではない。"死呼ぶ船"だ』と」

 

 石を蹴りながら、木漏れ日を浴びて道を進む。澄んだ空気を吸いながら、場違いな会話を俺たちは交わしていた。一方的に聞いているだけだった気がしなくもないが、俺はそれで良かった。兵もそれで良かったのだろう。俺に何かを伝えたかったんだと思う。

 

「日本神話で神とされる天照大神の名を冠された船は、その名の通り乗員を母のように慈しみ海を征く……そう目には写っていたことでしょう。ですが、違いました。確かに乗員をその大きな船体で守っていた。それだけだったんです。雨が降ろうが風が吹こうが、砲弾が降り注ぎ、敵機が襲来しすると、周りを無視して己を守り、子どもたちを守り、全てが終わった後には只独り海に浮かんでいる」

 

「……そう、ですか」

 

「はい。ですから、"死神の艦"、そう呼ばれているんです。味方を全て失っても、どれだけ損傷しようが戻ってくる船だと」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 目の前に立つ陸軍佐官の顔に見覚えがある。その顔は新瑞や総督以外の鎮守府外の人間で、一番顔を合わせたことのある軍人だろう。名は的池(まといけ)、強襲揚陸艦 天照の艦長だ。

前回とは違い、今回は上陸許可を的池には事前に出してある。艦内要員の指揮官らも、一緒に俺の目の前に立っていた。その列には『台湾第一次派遣使節団』の全員も並んでいる。

 

「ご無沙汰しています、提督」

 

「久しいですね、的池さん。壮健そうでなによりです」

 

「お陰様で」

 

 形式上の会話を交わし、俺は懐から書類を引っ張り出した。今回は無許可、無理な解釈で強引に上陸してきた訳ではない的池らに、俺が今からあるものを代行して読み上げなければならないのだ。

 

「本日0900より、台湾第一次派遣使節団及び護衛部隊、2個中隊は強襲揚陸艦 天照に搭乗し、台湾高雄へ向かわれたし」

 

「はッ。無事送り届け、誰一人欠けることなく戻ってきましょう」

 

「これに伴い、横須賀鎮守府艦隊司令部は直掩艦隊を随伴させ、横須賀高雄間を護衛されたし。……こちらは12隻からなる空母機動部隊を中心とした艦隊を護衛として派遣します。艦隊編成自体は最小単位、あらゆる状況に対応出来る即応部隊です。海上に於いての指揮権は基本的に連合艦隊旗艦である第二航空戦隊 航空母艦 蒼龍に一任してありますが、戦闘時にはこちらの地下司令部を司令部(HQ)、第二航空戦隊 航空母艦 蒼龍以下、各艦隊及び強襲揚陸艦 天照を戦闘指揮所(CP)とします。指揮優先順位は上から司令部、各艦隊旗艦、天照となることをお忘れなく。もしこれに背いた場合は命令不服従、命令違反として軍法会議に掛けられますことをご注意ください。更に戦闘待機、戦闘中、警戒態勢中の非戦闘員の室外行動は禁止です。艦内放送、伝令が回って来るまでは出ないようお願いします」

 

 埠頭に並ぶ陸軍士官らや使節団の全員に聞こえる声で確認を取らせる。

 

「各艦隊旗艦には伝達済みではありますが、昨日より本鎮守府より台湾南方へ哨戒艦隊を出撃させております。現状、出撃から接敵はしておりませんのでご安心ください」

 

 俺は姿勢を正し、声を張り上げる。

 

「これより総員乗艦!! 直掩艦隊と共に台湾、高雄を目指し出撃ッ!!」

 

「「「「了解ッ!!」」」」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 それぞれが、天照へと駆け上がっていく。これから出撃だ。目的地は台湾、高雄。外交使節を送り届け、無事に戻ってくるという大任を背負っての出撃になる。

送り出しを終えた俺のところに、艦娘たちがぞろぞろと歩いてきた。彼女らも、ここで一度集合するように伝えてあったのだ。

 蒼龍らは、12人で話をしながらこちらに向かってくる。表情はいつもと変わらず、特に今回の任務に思っていることはないのだろうか。

そんなことを考えてしまうが、それはないだろうと云える。既に彼女たちへの命令は事前に伝達済み、内容が内容だったために命令拒否を受理することも伝えてあったが、全員がそれをすることはなかったからだ。

 

「提督ー、きたよー」

 

「あぁ。じゃあ、命令書は既に各自の手に回っているだろうが、内容の確認は今更良いよな?」 

 

 全員が頷く。

 

「なら良し。皆も乗艦し、隊形を組んで出撃。蒼龍、お守りは頼んだ」

 

「まっかせなさ~い」

 

 間延びした返事に少し不安を感じるが、それだけ彼女がリラックスしている証拠だろう。俺は黙って頷いた。

 

「頼んだ」

 

「は~い!! みんな、いくよ!!」

 

 話ならが、笑いながら彼女たちは俺に手を振りながら自分の船へと向かっていく。その姿を見ながら、俺は呟いた。

 

「護衛、頼んだぞ……」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 天照が出港し、それに続いて蒼龍率いる護衛艦隊も埠頭から出立した。それを眺めながら、俺は横に立つ赤城に話しかける。

 

「水雷戦隊の編成はどうなっている」

 

「既に完了しています。現在、接岸中。間もなく終わりますね」

 

「待機命令、該当の水雷戦隊は艦内及び付近で待機」

 

「了解しました」

 

 埠頭から目を離し、後ろに振り返る。これからは少し別の行動を取ろうと考えているのだ。それの保険として最初に水雷戦隊を用意したのだ。

 本部棟の中を歩きながら、隣を歩く姉貴の様子を見る。特に何かある訳でも、体調や機嫌が悪いことはないみたいだ。

本来ならば、この時間は仕事で鎮守府に居ないと思ったんだが、どうしてここにいるのだろう。

 

「気になりましたので、私の独断であることを調べました」

 

「……何を?」

 

「台湾第一次派遣使節団、彼らはどうやら外務省職員で編成された外交官らです。この戦争が始まってから削減が続けられた国家機関の閑職。構成人員も100人程度で構成され、専用の庁舎も今では存在しません」

 

 情勢を鑑みるにそうだろうな。長らく必要でない情勢下にあったのだから、そのように機能と重要性が退化していてもちゃんちゃらおかしいなんてことはない。

 

「国家公務員、官僚でも生存競争から引きずり降ろされた敗者らの吹き溜まりです。向上心はあっても、場所が場所のために脱出が困難です」

 

 つまりはこうだ。閑職である外務省から脱出し、自分に貼られたレッテルをどうにかしたいのだろう。今回の任務の成功報酬、または交換条件かなにかでそれを覆すものが提示されたと考えるのが妥当だろう。帰って来れればレッテルは取れ、本来の職に応じた働きをすることが出来る。だからなんとしても帰りたい、失敗は許されない。だからだろう。俺に上陸後の護衛を頼んできたのは。

やはり、この任務にはそれ相応の対価が支払われていたのだ。

 

「……それ相応の見返りがあるんだな」

 

「そう考えるのが妥当です。それに恐らく後払い。成果の求められるものですからね」

 

「想像通りだな」

 

「えぇ」

 

 少し前を歩く赤城が歩く速度を緩めて、俺たちに並ぶ。長い髪を揺らしながら、こっちを向いた赤城は眉を吊り上げていた。

 

「官僚だったんですね、彼らは。……それで、そんな彼らに"恩"を売るんですからね」

 

「そうだな」

 

 妙に強調した単語に姉貴が反応するが、俺がその前に口に出していった。

 

「彼らに恩を感じさせ、後の俺たちの行動に伴う影響の調整、露払いをしてもらう。俺たちだけで処理出来ない事態は今後必ず起きてくるだろうから」

 

 赤城は黙って目を閉じ、対象的に姉貴は目を見開いた。だが、意味が分かったらしく、いつもの表情に戻ると『やることが出来ました』と言って立ち去ってしまった。

 この場に残ったのは、俺と赤城、今日の秘書艦である金剛。

 

「手回しは頼んだぞ、金剛」

 

「了解デース。もうそろそろ受け取っているはずネ」

 

「補佐を頼んだ。赤城」

 

 金剛に確認を取った俺は、そのまま赤城にも確認をする。

 

「情報伝達を頼んだ。帰ってきた姉貴にもよろしく頼む」

 

「判ってますよ」

 

 既にはるか遠くまで離れてしまった護衛艦隊と台湾第一次派遣使節団を眺めながら、俺は本部棟の方へと身体を振り向ける。

台湾方面には哨戒艦隊を出撃させており、そろそろ引き返す時間だろう。休憩を補給や修理を挟まなければならないので、数個哨戒艦隊を編成してある。そろそろ次の哨戒艦隊を出撃させなければならない時間帯。連絡は赤城に任せているので、俺は準備を始めることにした。

 




 今回から数回、台湾での話になります。出来るだけ早く終わらせるつもりですが……有言実行出来るかは分かりませんね(白目)
 冒頭は提督が軍病院に入院していた時の話の抜粋です。一応、回想ということに鳴っていますが、入れた理由は不明(オイ)

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