秘書官への言い訳を考えている時間は無い。俺はすぐに答えを出した。
「一般兵としての訓練を好成績で修め、その他技能を特務兵と同レベルで熟すのが彼女たちです。情報は戦争の肝です。これまでのこれからも広大な戦線を維持するには、こういった特殊部隊に所属していても十二分に能力を発揮する兵を連絡役として据えなければならないのです」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)
「その候補生が彼女たち、ということですね」(※以上の台詞は本来は英語で話されています)
南風に翻訳してもらい、俺はなんとか危機を乗り切った。表情には出ていないはずだ。俺みたいな駆け引きが下手くそな人間は、それこそ駆け引きに慣れた人間からしたら情報が溢れ出る噴水だろう。一度ボタンを押せば、操作しなくても水のように情報が出てくる。それを未然に防いだ。さしずめ俺は解錠しなければボタンの押せない仕組みだった噴水というところだろう。
秘書官もそれには納得したようで、これ以上艦娘たちのことを聞いてくることはなかった。
用意された部屋は小さい会議室。10人以上20人未満で会議を行うような場所だ。ここには電気ケトルのようなものと、湯呑みが幾つか部屋の隅にある台に置かれていて、その他に監視と思われる兵士2名が廊下側の出入り口に立った。
彼らが英語を話せる可能性があるが、日本語は分からない。極力こちらの素性がバレない程度の会話を日本語でする。とは言え、五十鈴たちがそのことに気付いてくれるかは分からない。俺が意識的に避けていれば分かるかもしれないが、少なくとも五十鈴や木曾以外は勘付いていると思われる。言葉を選んで話すだろうし、雪風も普段なら好奇心でキョロキョロしたりウロウロするものだが、今に限っては警戒しながらも静かにしている。艤装の主砲からは手を離しているが。
唐突に時雨が室内をウロチョロし始め、壁をしきりに気にし始めたのを変わりきりに、護衛の皆も緊張を一度解いたのか雰囲気が穏やかになる。
とは言え、格好を物騒そのものではあるが……。
「提督。一応、護衛艦隊の方に連絡を入れた方が良いと思うんだけど?」
会議室の観察を最低限に行い、近くの椅子に腰掛けた俺に夕立が話しかけてきた。艤装を身に纏い、片手には12.7cm連装砲が握られている。表情豊かな方ではあるが、一般的な夕立とはかけ離れた夕立は紅い瞳をこちらに据えている。
「あー……五十鈴が既にしてあると思うんだが」
「もうしてあるわよ。蒼龍ったら怒って『どうして来ちゃったの?! 危険かもしれないのに!!』って。あの袖をブンブン振り回しながら怒っている姿が容易に想像出来るわ」
あの図体で袖をブンブン振り回すとなると、これまでも見たことは何度もあるが……。そんなことを考えていると、夕立がある提案をしてきた。
「それと有事の際だけど、私たちの方には航空機といっても水上偵察機だけ。第二航空戦隊には近接航空支援の用意をさせて……」
と言いかけたところで、夕立は時雨の方を見る。俺も釣られて見たが、時雨は親指を立ててドヤ顔をしている。
まさかとは思うが……。
「用意をさせたから」
「なぁ、俺指揮官なんだけど」
横須賀鎮守府艦隊司令部の指揮系統は俺を頂点とした各部署に箒型構造をしているはずなんだが、どうして時雨が蒼龍と飛龍に話を付けているのだろうか。かなり疑問に思うが、ここで言及しても仕方ない。それに俺が止めたって、彼女たちは独断でもそれくらいやろうとする。というかやる。平気な顔をして。
「それに外国で近接航空支援なんてやらかしたら、それこそ国際問題に発展するんだが」
「何言ってるの? そもそも近接航空支援を要請した時点で国際問題も国際問題、戦争状態よ。貴方が台湾側の人間に撃たれたり暴行された時点で、それはもう国際問題じゃないかしら?」
夕立の言う通りなんだが、そもそも俺が怪我する前に護衛や夕立たちが対処するだろうに……。近接航空支援なんて呼ぶ事態、台湾陸軍が大群で攻めてきたとかそういうことになってないと呼ばないだろう。
備えあれば憂いなし、というのが夕立が近接航空支援準備の真相だろう。恐らく飛来することになるのは流星、彗星、零戦。航空隊の腕は鎮守府で2番手や3番手に入るような手練だ。恐らく精密爆撃や機銃掃射による面制圧の威力はどうかしているレベルだろう。ぜひともそういう事態にはならないで欲しい。というか、俺がなんとしてでも避ける。
「まぁ良い。そうそう呼ぶものでもないだろう?」
「そうね。まぁ、無いという可能性が高いから、ただただ徒労に終わればいいと思うわ。それにこれまでの関係から言っても、先ず台湾海軍からはありえないわね」
「そうだな。何度か補給を頼んだこともあるし、一時期基地司令のコネで間借りして物資を置いていたこともあったからな」
面識は無いが、台湾海軍高雄基地の基地司令から、基地の使われていない区画を間借りしている。とは言っても、前回の攻勢の時、勢いで頼んだものだった。先方にも無茶言ったのを覚えている。拙い英語を複数人で必死になりながらやり取りしたような記憶が蘇ってきた。
恐らくではあるが、その間借りは現在も継続中だろう。置かれている物資は手につけていないだろうし、そもそも廃墟みたいなところらしいから、誰も近づかないらしい。現在も物資が置かれていると思うが、もし盗難があったとしても俺はその件を基地司令に言うつもりも無い。
椅子に浅く座る俺に、夕立が近くの椅子を引っ張って来て腰を下ろす。背中に背負っている艤装が邪魔で、隅にお尻を乗せているだけの状態だが、それでも腰を下ろせたようだ。
膝の上に連装砲を置き、その上に両手を乗せて俺の顔を見据えた。白い肌と紅い瞳が俺の目を再び捉える。
「……今回の命令伝達の件って」
「ん?」
「提督の差し金よね?」
急に何を言ってくるのかと思えば、今回の件だった。何を聞かれるのかと思ったが、まさかそれだとは思わなかった俺は少し驚く。だがそれを表面には出さず、夕立の言葉に俺は静かに答えた。
「その通りだ」
「ふ~ん。と言うことは台湾第一次派遣使節団、外務省に借りを?」
「そう思ってもらって構わない」
これは必要があるからこその布石だった。台湾第一次派遣使節団は私情で俺たちに陸上護衛を依頼してきたことは誤算ではあるが、この一件が起こる前から予定していたこと。日本皇国政府が大本営を通じて、海域の安全が確保できた台湾への使節団派遣の際につける護衛の捻出と同行命令を予測した上で、政府及び大本営が海上護衛だけを命令してくるところまでを先読みしていたからこその予定だった。
後出しで追加命令を受領し、使節団を追いかける形で台湾に向かう。そこで陸上護衛を行い、使節団に恩を感じさせる。此処で台湾側の何かしらから襲撃があれば完璧だ。マッチポンプをする予定も無いが、襲撃がなければないで壁と番犬になったことを感じさせることは可能。
これをダシに、今後の外交に噛ませてもらう。とは言っても、そこまで介入する気は無い。せいぜい、横須賀鎮守府が不利になるような交渉事を消すことくらいのための恩の押し売りなのだ。
さっきまで部屋を歩き回っていた時雨が心底呆れた表情でこちらに戻って来て、俺と夕立の近くたった。近くにある椅子で、俺たち両方の顔を見ることの出来る位置に椅子はないので立つことにしたらしい。他国で借りた部屋なので、あまり物を動かすことはしたくなかったのだろう。片手に持っていた主砲を振り、左手で額を抑えた時雨は俺と夕立に向かって言うのだ。
「分かっているかは分からないけど、盗撮・盗聴されている可能性を考えてよね」
確かに言われてみればありえない話ではない。国防を考えるのなら、一応といって用意しているであろうことを視野に入れていなかった。
「探している最中はひやひやしたよ。結局何1つとしてなかったから良かったものの」
「すまん。俺がもっと警戒しておくべきだった」
「良いよ。提督が警戒することを忘れていたから、僕が探し始めただけだし」
左手をひらひらと振った時雨は、その手をそのまま腰に当てて表情を強張らせた。何かを俺から聞き出そうとしているのは、雰囲気からして分かる。
夕立と俺が話していた内容でないことか、もしくはそれよりももっと踏み込んだ内容を聞いてくるだろう。俺はそう予想建てた。
「今回の件、かなり手を回したみたいだけど、どうしてそこまでやるの? それなりに提督の企みには艦娘が数人関わっているとは思うけど」
「……」
時雨は知っているのだろう。赤城や金剛たちが噛んでいることを。そして、最終的な目的は俺しか知らないことを。となると、時雨は噛んだ艦娘と話しているだろうと想像が付く。
全員が全員、感の鋭い艦娘だ。的を射た内容になっているに違いない。それに、此処で俺が出し渋るのも良くないと思った。
「台湾第一次派遣使節団との会合に立ち会った人なら分かると思うが、彼らに」
「彼らは横須賀鎮守府を舐めているんです」
俺が『彼らに俺らに有利な交渉をしてもらうため』と言いかけた時、南風が話に割り込んできた。どうやら南風も俺の考えがなんとなく分かったんだろう。
「上官の前で命令違反の強要、こちらの予定を度返しした要請、軽視した艦隊運用……。鎮守府内で散々尾ひれの付いた噂話の真実です。それを」
「いいや。ただ普通にこちら側に有利な交渉をしてもらうための布石なんだが」
「あら、違うのですか?」
かなり物騒な内容で説明していたが……若干それも心の中に秘めてはいるんだが、目的は俺が言った通りだ。有利な交渉をして欲しいというそれだけのこと。とは言え、保険とも言える。
そもそも間借りしている土地がある時点で、俺と基地司令の間、引いては俺と台湾海軍の間で契約更新することも可能だと考えていたからだ。それがもし叶わなかった場合の保険。それが今回の遠征の目的だ。
南風は『ぷぅー』と頬を膨らませているが、俺はそれを尻目に時雨に説明を開始する。
「軍と軍の口約束になっている台湾海軍高雄基地での補給等を、本格的に国家間の取り決めとしようとしているところなんだ。それを少しでも有利に運んでもらうために、使節団の彼らには少しでも俺たちに対する恩義を感じてもらう必要がある。そもそも彼らは行政府同士の会談のために来ている訳で、軍関係は今回の目的には入っていない。それをねじ込んだ俺は、さっき南風が言っていた件を利用して彼らに俺にとって有利な交渉をさせるための布石をした、と言えばいいか?」
「……うん。分かったよ。だけど結局は、例の一件も絡んでくるんだね」
それを言われるとなんとも言えないが、利用しないことには俺だけでどうにかする必要があったし、今後国際問題に発展した時のことを考えて、今のうちに動かなければならなかったので動いたに過ぎない。
俺は時雨に『結果的にはそうなる』とだけ答えた。彼らを利用したに過ぎないのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
用意された待機室で南風らや五十鈴たちと話して時間を潰していると、気づけば陽も落ちて暗くなっていた。許可を取って室内灯を点けてもらい、時々差し入れだと言って台湾の特産品や水を貰った。
外で立哨している兵も何時間か置きくらいで交代しているようだった。
話しも一区切り付き、とは言っても下らない世間話みたいなものを繰り広げた後、俺たちは入ってきた立哨に呼び出されて移動していた。
どうやらこれから晩餐会らしく、台湾政府の政治家や官僚、軍の重鎮等々が出席するらしく、日本皇国側も使節団が出席。武官は護衛から……という話をした一平たちだが、台湾側から命令書を日本皇国から届けに来た将官、つまり俺を武官として出席させたらどうかと言われ、止むに止まれず呼び出すこととなったらしい。
そういう社交の場の経験が無いので、俺としては大人しく差し入れと称して運ばれてくる夕食を楽しみにしていたんだが、日本皇国のメンツ等々を考えて出席することに。
その場には艦娘を1人と南風を連れて行くことに。ドレスコードらしく、俺はそもそも外用の格好をしていたから問題なかったが、他の2人は持っている訳もなく借りることになった。
特に用意することがなく、俺が待っていると2人は借りたドレスに着替えて化粧をした状態で出てくる。
ドレスはセミフォーマル。そういう場らしいので、用意してもらったものがそういうものだった。とは言ってもBDUを着ていた南風は仕方なく着ることとなったが、水雷戦隊の中から危険察知等々の能力から夕立が選抜されたが、その夕立が着替えの時にあちら側の人に言ったらしい。
『今着ているこの服装は軍装よ。戦闘服でもあるけれど、仕様は制服だから着替えることもないんじゃないかしら?』
と言ったらしく、強引に南風が着せたとか。少し不貞腐れた夕立が着替えと化粧から戻ってきた後で聞いた。
そんなこんなで、俺は会場入りをした。
既に結構な人数、数十人が入っており、和気藹々とまでは行かないがお互いに話しをしている様子。そろそろ始まろうという頃に入ってきた俺たちは、どうやら扉を開く時に大きな音を出してしまったらしい。
入ってみれば視線が集まっていた。
「……注目されてますね」
「されてるな」
近くに寄って来た南風が耳打ちでそんなことを言ってきた。確かに視線は俺たちに集まっている。
軍服の人間はちらほら見えるが、どう考えたって台湾軍の人間だろう。制服違うし。とりあえず、俺は台湾側の外交官リーダーであるイェンに挨拶に行く。そこから俺はフリー。と言うか、こういう晩餐会をどうすれば良いのか分からない。なにせ普通の出身で、軍人、戦争しか見てなかったからな。晩餐会は開かれていたかもしれないが、日本皇国では出席したことも無い。呼ばれたこともない。……呼ばれていたのかもしれないが、俺のあずかり知らぬところで断られていたのかも知れない。
ウェイターが酒はどうかと勧めてくるが、断ってぶどうジュースを飲んで会場を観察していると、こちらに歩いてくる人影が4つほど。使節団員ではないのは明白で、知らない顔だったからだ。となると、台湾側の人間。一気に隣にいた夕立の警戒度が高くなるのを感じつつ、南風の通訳で話し始めることに。
「日本皇国の武官は貴方ですか?」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)
「ええ」
ジロリとまでは行かないが、俺の姿立ち振舞を観察した目の前の人は、自己紹介を始めた。
「私は台湾海軍大佐です。台湾海軍
「ご丁寧にどうも。私は日本皇国海軍横須賀基地の基地司令と艦隊司令を兼任しています」
「おぉ、貴方が例の……。屈強な兵士たちと最強の武器を以ってしても叶わなかった"彼ら"と対等に戦っているという……。いやはや、お会い出来て光栄です」
「こちらこそ、口約束とはいえ基地の一部を間借りしてしまって……。ご迷惑おかけします」
そんな調子の会話をやり取りしていると、副司令だと云う将校が夕立を見て尋ねてきた。
「そちらの……えぇと、シルバーで毛先が桜色の彼女は?」
どうやらこの言葉の後に『こちらの
夕立に自己紹介させる訳にもいかないので、俺が紹介することにした。ここに入る前にも夕立には『自己紹介で自分の名前を言うな』と釘刺した上で、ある程度の応対は俺がすることを伝えていたので、ずっと口を閉じたままだ。
一方で将校ら4人は物珍しい物というか、夕立に興味を惹かれているのは一目瞭然だ。珍しい髪色、瞳の色、肌の色……肌の色は言うほどではあるかもしれないが、それでもアジア系だという前提の前では異質の白さを持っている。引きこもって青白い訳でも無い、血がちゃんと通った健康的な白さなのだ。
「彼女は付き人です」
無難にそう返すが、思いの外グイグイ来るのだ。副司令よりも、付いてきた3人が質問してくるのだ。それを副司令は止めない。俺が不快には思っていないことを分かっているようだ。
「かなりお若いみたいで……女性に年齢を尋ねるのは野暮ですね。お名前はなんと?」
「夕立よ」
アレ? 夕立さん、なんで英語を話しているんでしょうか……。と聞くわけにはいかないが、そもそも夕立は異質であるので特に気しない。恐らく、英語の勉強をしてしまったのだろう。発音は若干日本人らしく片言に近いみたいだ。ネイティヴな英語は何度も聞いているのでは、なんとなく分かるのだ。
夕立の返答に副司令は特に違和感を持つことはなかったみたいだ。
「綺麗な副官に可愛らしい付き人、羨ましい限りですな」
「ありがとうございます」
どうやら南風を副官と勘違いした様子。この場での立ち振舞的にそう捉えられてもおかしくはないのかもしれない。彼女もれっきとした護衛ではあるんだが、気にしても仕方ないだろう。訂正する事なく、会話を続けることにした。
「ところで基地司令より、伝言で少々……。以前の日本皇国大規模攻勢の際に台湾海軍左営基地の極一部を間借りされている件で」
ここでもその話が出るとは思っていたが、決着を付けるのは一将官がするべきことでは無い。それはともかくとして、最後まで副司令の言葉を聞かなければ返答は出来ない。
「司令は軍上層部にこの件を報告していないようですが、そろそろ警備の者や他国の物資が保管されていることを疑問に思った他の兵が報告しかねない状態です。書面上に残されていないやり取りではありますが、知られてしまうのも時間の問題になっています」
小声で話し始めた。内容は確かに周囲に知られてしまうと不味いことだ。俺は即座に返答を返す。
「タイミングを見計らい、基地司令と知っている少数の軍人が不利にならないように物資の廃棄をお願いします。廃棄とはいえ、使えるもので持っていても問題ないものでしたら持っていってもらっても問題ありません。こちらもそれらへの対価を要求することは無いです」
「了解しました。ありがとうございます」
そう云うと、それを節目に副司令は他愛ない内容へと話を切り替えていった。雑談に変化したので、俺はそれに応じて会話をして行く。
警戒こそしたが、想定していた最悪の事態が起きることなく晩餐会は終わりを告げた。料理も美味しかったし、飲み物も良い物だった。流石に酒は飲まなかったが……。代わる代わる話した軍人たちも、艦隊の事など答えられないこともあったが、誠実で真面目、向上心がとてもある優秀な人だとひしひしに伝わった。演技である可能性は捨てきれないが、疑うようなことは内心こそすれど、表面に出すことはしないように徹したのだった。
前回の投稿から、そこそこ間を開けての更新です。出来上がってはいたんですが、投稿作業をする気にならなかったのです(白目)
ストック等の問題もありまして、少々開けました。
秘書との話が前回との分け方を誤ったような気がしてなりませんが、気にしてもしょうがないということで……。
それと、今回の件に関する真相を出しました。要注意です。
ご意見ご感想お待ちしています。