せっかくモードレッドに憑依したんだから遠坂凛ちゃん助けちゃおうぜ! 作:主(ぬし)
‡凛ちゃんサイド‡
サーヴァントはただの使い魔。理解しているつもりだった。なのに。
「ただいま、凛。とりあえず勝ったよ」
そうして健気に笑ってみせる血だらけの女の子を前にして、私は思わず言葉を失ってしまった。ショックで空白化した思考の流れに身を委ねた私は、無意識にハンカチを取り出してアーチャーの頬を拭った。きめ細やかだった白肌が裂けて醜い裂け目がパックリと開き、真っ赤な血が流れ出ている。首元には冷えて霜と化した血が紫色に変色してこびり付いている。ハンカチにベッタリとついた鮮血の生温かく湿った感触が指先に滲んで、私の思考はぐるぐると止まりかけのコマのように淀む。この血は、私のために流れた。私のせいで流れた。この娘は、私のために戦った。私のために傷を負った。
(これが、マスターになるということの責任)
震えそうになる指先を意志の力で懸命に抑え込む。アーチャーの肉体は魔力で編まれた仮初のモノに過ぎない。この一見すると酷く見える傷だって、魔力が供給されている限り人間とは比べものにならない速度で癒えていく。彼女は、ヒトガタをしているだけで、実際は人間じゃない。戦争のために召喚された精霊。言うなれば戦争のための兵器───“消耗品”に過ぎない。
知識としてそのことを理解しているのに、聖杯戦争に参加することを決意した時に自身に言い聞かせたはずなのに、私が培ってきた良心が頑として納得を拒んだ。
フラつきそうな足に力を込めて、ぎこちない足取りになって、それでも私を心配させまいと微笑みを浮かべて強がっている同い年ほどの少女を前にして、「私は何をしているのだろう」という疑問の泡沫が心に波紋を立てる。
でも……
私は自分を叱咤して、「アーチャー、詳細を報告して」と敢えて強い口調で問う。同情なんて、してはダメ。それはきっとこの英霊に対してとてもとても非礼な想念に違いないからだ。この誇り高い騎士を侍らせている以上、私もまた胸を張って彼女に向き合わなければならない。
「よくやったわね、アーチャー。お疲れさま」
「……うん」
「さ、帰るわよ。魔力を多めに流すから回復に努めなさい。まだ倒すべき敵は多いんだから」
「うん!」
ふにゃっと頬を緩ませて応じた表情に、我知らずハムスターを連想する。さっきまでの威風堂々とした戦いっぷりが嘘のような隙だらけの仕草に、気負っていた毒気が抜かれるような軽やかな心持ちになる。敵サーヴァントとの初戦闘をくぐり抜けた緊張で激しく波立っていた感情が急激に沈静化され、私は思わずプッと吹き出す。
「アンタって、ほんとうに不思議よね。平常時は全然頼りなさそうなのに、いざとなったらとっても強いんだもの。ランサーの真名も一目で見破ったり、やるじゃない。さすが私のサーヴァントよ。褒めてあげるわ」
「いやあそんなぁ」
「モ゛ッモ゛ッモ゛ッ」と奇妙な笑い声を漏らしながら照れくさそうにはにかんでみせる。先ほどまでの雄姿とのあまりの隔絶っぷりに少し驚くも、中世以前の武人の感覚は現代人とは一線を画するのだろうと好意的に解釈することにした。思考にズレというか、自己と他者の優先順位があまりにアンバランスな人間ならすでに身近に……というかクラスメイトにいるからだ。
「ああ、そういえばさっきいたわね、衛宮くんが」
「へっ?
何故かギョッとひどく驚いた色を滲ませたアーチャーに不可思議な違和感を覚えるも、戦いが終わって一段落をしたつもりの私は帰路途中の世間話の体で話を続ける。
「そうそう。さっき、アンタたちの戦いを目撃したっぽいのよ。反射的にガンドで頭を撃って気絶させてやったわ」
「ええっ!?気絶させたんですか!?凛が!?」
「なにを大げさに驚いてるのよ。だって仕方ないじゃない。一般人に対しては魔術の存在を隠匿しないといけないんだから。あいにくと他人の頭から記憶を消すほどの腕前は持ち合わせていないしね」
精神干渉や幻術というのは意外と簡単だ。教師に対してアーチャーを生徒と誤認させて図書館に入り込ませるくらいのことは、魔術を少し齧ったド素人にも出来る。要は刷り込みで、魔術と関係のないメンタリストだって同じことが出来る。
ところが、記憶をまるっと消去するとなると話はまったく違ってくる。他者の脳神経を深く弄ることになるし、場合によっては魂の構成要素である
(そういえば、
意識は遠坂家のご先祖様に宝石魔術を授けた“宝石翁”へと至る。かの偉大な大魔法使いは『並行世界の観測及び干渉行為』、別名『第二魔法』を得意としていた。彼ほど霊子の扱いに長けていれば私にも記憶操作なんてチョチョイのチョイだったろう。
なんてことを想像していたら、「原作通りの流れになるとしたら」などと腕を組んでぶつぶつと呟いていたアーチャーがとんでもないことをのたまった。
「実はぽっくり逝ってしまっている、ということは……?」
「失礼なこと言うわねぇ!私がそんなことするわけないでしょ。他の野蛮な魔術師ならいざ知らず、私は無辜の一般人に危害を加えたりしないわ。戦闘に巻き込まれないように校庭の隅に引きずっておいた私に感謝して欲しいくらいよ。アイツ、どれだけ鍛えてるのかしら。重いったらなかったわ」
「……」
「あら、そんなに心配?騎士道精神ってやつ?ほんとうに大丈夫よ、ちゃんと手加減したから。私のガンド魔術の腕はピカイチなんだから。アイツもけっこう丈夫そうだし、今ごろ起き上がって家に帰ってるわよ。“ぜんぶ夢だった”なんて思い込んでくれれば都合がいいわね」
「いえ、そういう心配ではなくて……」
さすがに黙っていられなくなった私は足を止めるとその場でコマのようにクルリと振り返る。私の咎める目付きにアーチャーが鎧をガシャンと跳ね上げてビクついた。
「衛宮くんについて、なにかに引っ掛かってるわね」
「明確な根拠に基づいているわけではないのでなんとも明言しにくいと申しますか……」
「言いなさい、モードレッド。私はアンタの直感を信じるわ」
アーチャーはランサーの真名を見事に暴いてみせ、戦闘でも彼を圧倒せしめた。だから、私はこのサーヴァントのセンスに全面的に信頼を寄せることにした。アーチャーがなにかに引っかかったということは、私の気付いていない事実に裏打ちされた武人の直感が働いているのかもしれない。
ビシッと胸元に突きつけられた私の人差し指を前にして、アーチャーは目線を泳がせながらもたどたどしく言葉を紡ぐ。
「ええっとですね?」
「うん」
「目撃者ですよね?」
「そうね」
「他の野蛮な魔術師ならエイヤッとひと思いにやっちゃうんですよね?」
「まあね」
「凛以外の魔術師やサーヴァントに気付かれていたら大変ですよね?」
「そりゃあ、まあ……」
ここでアーチャーの伝えたいことにようやく気付いた私は、背筋に氷水を流されたような悪寒に襲われて一気に瞳孔が開いた。
「その”エミヤ”くん、今ごろ襲撃されていたりなんかして」
‡士郎くんサイド‡
「問おう。貴方が私のマスターか」
「え……マス……ター……?」
蔵の魔法陣から光の柱となって出現したのは、金髪の少女剣士だった。くっきりとした眩い月光に照らされた彼女の容貌はこれ以上ないほど美しく、命の危機の戸惑いすら遠くに追いやってしまうほどだった。そう、
夜の校庭を舞台に、全身甲冑の騎士と槍の戦士が人間離れした挙動で戦っている様子を目撃してから、俺の日常は壊れ始めた。時代錯誤の戦闘は、しかし紛れもなく本物の殺し合いだった。まるで綿密に計算された映画の
「───まったく、なんでこんなところに突っ立ってんのよ───」
どこかで聴いたことのある女の子の声がボヤく乱暴な台詞を最後に意識はぷつっと途絶え、気が付いたら俺は夜も更けた校庭の茂みに寝転がっていた。慌てて見渡すが、先ほどの騎士も戦士もいない。
「夢だったのか?それにしては痛みが具体的だな」
原因不明の痛みを訴える額を擦りながら、俺は首を傾げて一人暮らしをしている家に帰り着いた。その途端、鳴り響く鳴子。他界した親父が設置していた侵入者発見器が作動したのだと気付くや否や、先ほど目撃した槍の戦士が目の前に現れた。
「”目撃者を消せ“、って命令だ。人使いの荒いマスターだとは俺も思うが、回復にわざわざ令呪を使われた手前、無碍にすることも出来ん。ま、自分の不運を恨んでくれや」
その台詞が死刑宣告を意味すると遅まきながら察知した俺は、持てる全てを用いて無我夢中で抵抗した。けれども実力差は歴然で、あっという間に蔵に追い詰められた。「悪く思うなよ小僧」。それがこの世で耳にする最期の音になると覚悟した刹那。
「問おう。貴方が私のマスターか」
俺の命を救ってくれたのは、王者の風格を纏った美しい少女剣士だった。
「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。マスター、これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。───ここに、契約を完了した」
清廉な蒼に染められた戦装束と磨き上げた白銀色の鎧に身を包む少女剣士───セイバーは、反応に窮する俺から視線を外に転じる。そこには槍の戦士がいるはずだ。まさか、アイツと戦う気なのか。
「マスターはここで待機を。あとは私に任せてください」
その台詞を置き去りにして突風のように駆け出したセイバーの素早さと勇猛さに驚く。
だけど、そんなセイバーを見て俺よりももっと驚いた者がいた。
「ゲェーッ!?またお前かよ!?」
「いざ推して参る───はあ?」
次回、『モードレッド、土下座する』の巻。