せっかくモードレッドに憑依したんだから遠坂凛ちゃん助けちゃおうぜ! 作:主(ぬし)
‡憑依モードレッドサイド‡
オレは計算が好きだ。それは『本源的な唯一無二の真実』に辿り着くための『地道な努力』の結晶だからだ。
例えば、こんな興味深い計算をした学者がいる。江戸時代に刀の達人が死体を使って名刀の試し切りをしていた。ある時、その達人はなんと一度に7体を一刀両断しようと試みて、刀を全力で振るった。結果、7体の胴体は見事に真っ二つとなった。学者は、その際の衝撃力を数値として弾き出してみせた。それによると、刀の先端部はマッハに達するか否かという速度を叩き出し、瞬間衝撃力は約6トンにも達したとされる。工学と武術の粋を結集すれば、人間は己の筋力のみで6トンもの威力を生み出すことが出来るという驚異的な証左だ。これは個人による人類最高峰の攻撃力と見てもいいだろう。
それとは反対に、攻撃を『受ける側』に焦点を当ててみよう。皮膚を破られる際に人体表面に掛かるエネルギーの算出は簡単で、260ニュートン(約26キロ)となる。それではもっと攻めて、胴体を貫通するために必要なエネルギーは如何ほどだろう。答えは1200ニュートン。言い換えれば120キロの重量を瞬間的に1点に集中させるだけで大抵の人体はいとも容易く貫通可能ということだ。
6トンの攻撃力と120キロの防御力。
この対比を見れば、驚くほど人体が武器に対して不利であることがわかる。人間の皮膚や筋肉や骨格は、自分たちが造り出した武器による暴力に対してあまりに儚い抵抗力しか持たない。
だから、人類は鎧を発明したのだ。
だから、オレはランサーに負けないのだ。
(……でも、さすがはクー・フーリン!やっぱり強い!)
眼前でランサーが獰猛に朱槍を振るう。禍々しい刃先が見当違いの方向に流れたと思った矢先、大蛇が首をめぐらせるように大気をねじってこちらの急所目掛けて襲い掛かってくる。
(直撃すれば6トンどころの話じゃない!)
モードレッドの肉体は9トンに耐えられると実際に体験して理解しているとはいえ、それでも人類最高峰を遥かに超える連撃を受け止めるのは恐ろしい。ひやりとさせられた瞬間は一度や二度ではすまない。掠ってもいないのに風圧だけで硬く整地されたグラウンドが鋤きで耕された畑のように深く抉れる。幾度となく振り回しても槍の速度が落ちることはなく、回転するごとに鋭さはいや増す。凄まじい膂力……いや、数多の戦いの果てに獲得した戦闘センスによるものか。
だが、こちらには彼に勝る強力なアドバンテージがある。
「ちぃっ!」
甲高い金属音、そして舌打ち。骨身を揺らす強烈な一撃が腕部の鎧の表面を削り取って跳ねる。
「はあっ!」
「くッ!」
がら空きになった胴体に向けてクラレントを思い切り横に薙ぐも、ランサーは風になびく柳のように半身をなめらかに反らせて難なく回避した。
ランサーが犬歯を剥き出しにして如何にも悔しそうな表情を浮かべる。しかし、Fate/stay nightを知るオレはそれを信じない。彼は焦燥なんかしていない。こちらを攻めあぐねていることは事実だろうけど、きっとそれすら楽しんでいる。彼にとって戦闘とは食肉であり酒なのだ。生きる糧であり、命を懸けた
「おい!てめぇ、本当に
「アーチャーだとも」
不自然に落ち着いた声は、自分の声なのに自分以外のどこかから聴こえた気がした。平和主義者のオレは喧嘩なんて慣れているはずもないのに、命のやりとりなんてすっかり
不意に、ランサーの姿がノイズのように掻き消える。モードレッドの本来の感覚に身を委ねつつ、明確な意思を持って行動を決定する。次の瞬間、防御と攻撃を兼ねたクラレントの突き上げとゲイ・ボルクの槍先が交差して空中で火花を散らせた。一撃一撃が、躱し損ねれば致命傷確実な、棺に打ち込む最後の釘の如き恐ろしい迫力を伴っていた。
アイルランド神話における大英雄。太陽神を父に持つ、古代アルスター王国の王子にして最強無比の英雄セタンタ。幼少期に獰猛な番犬を素手で絞め殺した逸話から授けられた二つ名を
ランサーの頬骨の皮膚がピンと張り詰め、まるで常に微笑みを浮かべているように見える。常人にとっては緊張の激化、戦士にとっては戦意の高揚を示す変化だ。
(これでまだ
原作知識を有するオレは知っている。現時点でランサーはまったく本気を出していない。正確には
冗談じゃない。そうは問屋が卸さない。
(それを前提として、凛を護るという目的のオレが取るべき行動は、一つ!)
オレは防御重視の構えを唐突に解いてみせた。「へっ?」と凛が呆気にとられる気配を背中に感じながら、敢えて”やれやれ”とでも言いたげな大仰な身振りでクラレントを背部の固定具にマウントする。ガチンと金属の固定音が夜の校庭に冷たく響き渡り、ランサーの顔貌に疑念が浮かぶ。
「……なんの真似だ、アーチャー?」
「それはこちらのセリフだ。興冷めだぞ、ランサー。全力を出さないのはお前の意思か?それともお前のマスターの意思か?」
「……てめぇ、見抜いてやがったか」
言峰綺礼、お前の好きにはさせない。ランサーという駒を使って全ての陣営の情報を手にしようと企んでいるお前はまさに高みの見物を決め込むつもりだろう。
「見抜いているともさ。もっと見抜いて欲しいならご期待に添えると思うが」
「……はっ、いいぜ?見抜いてみせな」
「ではお望み通りに」
ギルガメッシュという最強の切り札を侍らせているお前は、持ち前の嗜虐心で聖杯戦争を掻き回すつもりだろう。
「オレは読書が趣味でね。各地の伝説もよく諳んじているつもりだ。そこで問いたいんだが、せっかく苦労して手に入れたその師匠譲りのご立派な槍の真価はいつになったら見せてくれるんだ、”アイルランドの光の御子”よ?」
「………」
こめかみの血管がビキビキと青筋を立てて浮き出て、目や口よりも雄弁に「何故」と問うてくる。
「オレの故郷は
もう一押し。内心ヒヤヒヤしながら挑発を重ねる。すまない、ランサー。お前には犠牲になってもらわないといけない。言峰綺礼に、“遠坂凛は容易に手出しできない”と思い知らせるための、犠牲に。
「真名を見抜かれた上に“偵察だから”を理由にして逃げ帰る……などというような恥を晒してくれるよな?クランの猛犬殿」
ブチッ、と。張り詰めたピアノ線のような何かが破断する明確な音が聴こえた。校庭……いや、学校全体の気温が一気に降下する。死神の手が肩に置かれたような幻覚すら感じる。ランサーが本気を出そうとしている。念のため、凛に念話で注意を促す。
(凛、ランサーが宝具を使う。少し距離を置いて)
(……なにか考えがあるんでしょ。いいわ、アンタを信じる。一蓮托生よ。好きにしなさい)
(ありがとう)
眼前からの特大の殺気を浴びせられ、本能が萎縮する。腹底に石をのみ込んだような恐怖を覚える一方で、なんとか冷静さを保つ理性が「成功だ」と拳を握る。
オレの指摘は当たらずも遠からずといった具合に的を射ている。偵察に行ったはずが、まんまと真名を看破された挙句、
「………俺の胸を借りたいと言ったな、アーチャー」
「応とも」
「今の安い挑発もそのためのものか」
「応とも」
こんな状況でも飄々と会話してみせる自分に驚いた。自分が本当にモードレッドになってしまったようだ。でも、緊張で口元が引き攣るのを自覚して、やはりオレはオレなんだなと呆れと安堵を覚える。こういう時、兜で顔が隠れているのは都合がいい、と脳の呑気な一部が呟く。
「はっ!図々しい奴だ。嫌いじゃないぜ。いいぜ、貸してやる。ただし───」
瞬間、ランサーの構えがガラリと変わる。 両足を大きく開いて踏ん張り、半身を低く構えた状態で槍を逆手に持ち、こちらに向かって真っ直ぐに突き出す。
「代償は高くつくと思え……!」
間違いなく、
オレはクラレントを手に取らない。手に握ろうとする素振りも見せない。
息を呑んで覚悟を決めたオレは、
「ゲイ・ボル───」
「煮え滾れ星の怒りよ
「んなにィィ───!!??」
クラレントを早口で解放!宝具解放直前のランサーに向けて
言峰綺礼!そしてギルガメッシュ!こんなアーチャーは見たことないだろう!度肝を抜かしてやるからな!
自分を射出武器とする=アーチャーのアイデアは、実に8年前の第一話のときから持っていました。元はといえば、Fate/Zeroにてセイバーがバイクに自分の鎧を着装させて、さらに風王結界を流用することで高速戦闘モードに変化させたシーンから着装を得たものです。
「それじゃあ、自分の鎧だって多少は変化させられるのでは?」
「もっと言えば、自分自身を飛ばすことも可能なのでは?」
という具合に想像を膨らませました。アーサー王にできて、そのクローンであるモードレッドに出来ないということはないと思いますし、エクスカリバーの付属機能である風王結界さえ補えば再現も可能だと結論づけたわけです。
というわけで、次回『ランサー、君はどこに落ちたい?』!お楽しみに!