第四鎮守府の背後にある街。
そこに足を踏み入れる提督。
「・・・・・・」
服装は、いつもの軍服姿だ。
そして、鉄兜。
普通に、注目を浴びるのは当然。
だが提督は気にした様子もなく街の中央をずかずかと遠慮する事もなく歩いていく。
ただこの街の中で分かる事は、あまり歓迎されてないという事。
それもそうだろう。
なんでも以前までに着任してきた提督たちは、そのほとんどが艦娘に暴行を加えていたものたちばかり。
中には、艦娘の力を利用して脅しもかけていたらしい。
最も、提督にとってはそんな事はどうでも良い。
必要なのは、食料だ。
商店街。
そこを行きかう人々が全員、提督に白い視線を向けてくる。
だが、提督はまるで気付いていないかのように中央を堂々と隠れる事もせずに、歩く。
ふと誰かがあからさまにぶつかってくる。
だが。
「いででででで!?」
「・・・・ふん」
突然、男の片手首を掴み、捻りあげる。
その手には、財布。
「返してもらおう」
「わ、分かった!分かったから離してくれ!」
「そうか」
パッと離す。
「うわぁぁあ!?」
なんでも態勢が悪かったのか、派手に転ぶ男。
「いってて・・・・」
「さあ、返してもらおう」
「チッ!誰が返すかよ!」
案の定、財布を持ったまま逃走を始める男。
「だろうな」
だが、それを逃がす程、この提督は甘くはない。
ポケットから、ゲーセンのコインを何枚か取り出す提督。
それを男の足に思いっきりにぶつける。
「ぎゃぁ!?」
中国の小銭を投げる技、
最も、これは提督のオリジナルだが。
とにかく、それでまた派手に転んだ男が足を抑えてうずくまる。
そんな男の事などお構いなしに財布を拾い、背を向けて歩いていく提督。
「こ、このや・・・」
それでも立ち上がって追いかけようとする男だったが、それよりも、男の手のすぐ近くにコインが飛んできてそれがアスファルトの地面を抉った事により、すっかり意気消沈してしまう。
それを見届けることなく、提督は去っていく。
それから、何回かスリを喰らったが、同じ方法で撃退していった。
そんなこんなで八百屋についた訳だが。
「帰りな」
「どうしても売って貰えないのか?」
いきなり門前払いである。
店長であろう女将から、険しい表情で睨み付けられる。
「ああそうさ。今までアンタら海軍が、アタシらにどんな仕打ちをしてきたか、分かってんのかい?」
「知らんな。俺はそんな事をした覚えはない」
「同じなんだろ。あのクズとさ」
「そのクズの事は知り合いでもないし、見た事も聞いた事も無い」
提督の返答に苛立ちをつのらせる女将。
そんな事を気付く様子もなく、提督は続ける。
「俺はただ、食材を提供してくれと言っているだけだ。それだけなら、互いに良い利益になるし、追い払う必要も無い」
「それをあんたは一人で食う気なんだろう?お見通しなんだよ!」
ついに声を荒げる女将。だが鉄兜の提督は頭を傾け、さぞ不思議そうに答える。
「何を言っている?俺にそんな
「な・・・・」
予想外な返答。
それに唖然とする女将だったが、そんな事どうでも良いとでもいうように話を切り替える。
「俺は客としてきている。その食材は
上から目線の口調で言う、提督。
それに、正論で図星ながらもカチンときた女将は・・・・
「何度も言うが、あんたには・・・」
「そうか、なら仕方が無い」
女将が言い終える前に、提督は財布とエコバックを取り出す。
財布から
そして―――ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなど、いくつかの食材をいくつか掴みとり、それを素早くエコバックの中に入れる。
「無理矢理買ってやろう」
「ちょ・・・!?」
そのまま立ち去っていく。
「釣りはいらん」
「ま、待ちな!まだ売ってやるとは・・・」
「売らんのだろう?悪いが俺はそんな暇ではない。だからこうした」
女将の制止を聞かず、そのまま立ち去っていく提督。
「・・・・・チッ!」
舌打ちをして、受け取った一万円を持って踵を返し、店の中に入っていく女将。
周りは唖然としたままだが、すぐに嫌悪に満ちた視線を白い軍服を着た男に向けながら、それぞれの目的の場所へと歩を進める。
提督が帰って来たのは、午後四時。
来たのは七時であるため、およそ九時間の事だ。
「今までどこに?」
そこには不知火がいた。
「買い物だ」
「食材ですか?」
「言わなくても分かるだろう?」
「無駄だと思いますが?」
「それは三日後に分かる」
提督は気にした様子もなく、不知火の脇を通り抜け、食堂へ向かう。
その後を、不知火。
ふとその途中。
「この鎮守府は、他の鎮守府で艦娘が沈んだ場合の予備を育てる為の鎮守府だったな」
突然の事でも冷静に対応する不知火。
「ええ。貴方も御存知でしょうが、大本営のある第一鎮守府は戦艦や重巡を中心した火力重視。第二鎮守府は空母を中心とした航空戦力重視。第三鎮守府は軽巡、駆逐艦を中心とし、潜水艦などの小型艦などを使って資源回収を行う事を目的とした水雷、遠征重視。そしてこの第四鎮守府は、その予備、ある程度の練度を付け、即戦力とする、あるいは、他の鎮守府で精神喪失、あるいはトラウマを抱えた艦娘を一時的に置いておく為の、いわば訓練場兼少年院の様な所です」
「そうか」
食堂につき、調理場に入り、冷蔵庫に食材を放り込む。
「次はどこへ?」
「隼鷹を探す、奴にある事を頼んでいる」
「ある事・・・・・」
執務室に戻ると、そこには朝潮と隼鷹がいた。
「お、提督、おっかえり~」
「おかえりなさい、司令官」
提督は何も言わずに隼鷹の方へ。
「それで?」
「提督に言われた事については、一応飛鷹が一番大丈夫。ただ警戒はするから気を付けてね」
「そいつだけか?」
「ああ他にも荒潮が大丈夫。それと如月・・・は大丈夫だけど睦月の奴がな・・・・下の奴らの事もあるからなぁ・・・・まあ、そんな所だ」
「そうか」
提督はそれだけ返すと、今度は朝潮に向き直る。
「朝潮、明日の朝、食堂に来い。良いな?」
「は、はい・・・・」
若干緊張した表情でうなずく朝潮。
「隼鷹、ご苦労だった」
「あいよ。じゃ、アタシはこれでお
「ああ」
そんなこんなで退室する隼鷹。
「お前も休め」
「い、いえ、私はまだここにいます。他に行くところがないので・・・」
「勝手にしろ」
素っ気ない返し。
提督はそのまま執務机に座り、置かれている資料を手に取る。
その淡々とした作業を見ながら、不知火と朝潮は、時間が経つのを待った。
(ど、どうしよう・・・・)
(三日後に戦う相手と一緒にいさせても何も思わないのでしょうか?)
若干の気まずい空気と共に。
深夜。
そろそろ提督も寝付いた頃の時間帯にて、大淀は、不知火から報告を受けていた。
「では、三日後に朝潮と演習を執り行い、それでこちらが勝った場合、あの提督を殺してもいいと?」
「はい。その通りです」
不知火の返答に、高笑いをあげる者が、一人。
「アハハハハ!今回の提督は馬鹿か!?不知火相手に朝潮をぶつけるなんて!勝ち目なんて無いっつーの!アハハハハハ!」
腹を抱えて笑い転げる。
「摩耶、うるさいわよ」
そんな彼女を、眼鏡をかけた女性が咎める。
笑い転げる女性、重巡洋艦、高雄型三番艦『摩耶』の妹艦にあたる『鳥海』だ。
「まあまあ、この艦隊で駆逐艦一の練度を誇る不知火に朝潮をぶつけるんだよ。馬鹿としか言いようが・・・ぷくく・・・・」
「鈴谷、貴方も笑いこらえきれてませんわよ?」
一方で、こちらは最上型の鈴谷と熊野だ。
他にも複数の艦娘がいる。
艦娘たちの間で執り行われる『会議』では、ここに来る提督を
前回は、肉塊にして海に捨てるだったか。
ただ、ここで一人の艦娘が水を差す。
「皆さん、忘れていないですか?もし不知火さんが負けたら、不知火さんは今の提督の側についてしまうんですよ?」
装甲空母、『大鳳』だ。
彼女は、元々いた鎮守府の事情でこの鎮守府に異動された艦娘だ。
空母の中では唯一の正規空母だ。
「そんな事、万が一にもありゃしねぇっつーの。朝潮はこの鎮守府で最低に位置する練度なんだぜ?不知火が負けるわきゃねーよ」
「しかし・・・・」
ついでに、かなりの心配性でもある。
だが、もしも不知火が負けた場合。大鳳は知っている。
翌日。
「ふぁ・・・・」
目を覚ます朝潮。
壁にもたれかかり、毛布をくるむ様な状態で寝ていた彼女は、もう既に慣れた態勢だ。
そして、もう使われなくなった道具や家具の埃まみれな場所で寝るのも、もう慣れた。
部屋を追い出され、こんな掃き溜めみたいな部屋に押し込まれて数ヶ月。
自由な行動は許されていたが、初めは外に出ようとは思わなかったものだ。
「ん・・・・・あぁ!?」
たった数秒で完全覚醒した朝潮が置時計の時刻を確認して、驚きに目を見開き、立ち上がる。
「いけない!司令官に食堂に来るように言われてたんだった!」
慌てて昨日の服装のまま扉から出て、廊下を駆け出す朝潮。
日の昇り切った七時半。
日差しが眩しくも止まらない朝潮は、どうにか食堂へ向かう。
ただその時、食堂から鼻孔をくすぐる匂いが漂ってくる。
どこか懐かしく、そして、美味しそうな匂い。
そんな匂いを感じながら、朝潮は食堂にかけこむ。
「すみません!遅れました!」
そこには誰もいない。否、調理場にて、誰かが何かをやっていた。
そこへ、未だ鉄兜を被った提督が出てくる。
「来たか」
「は、はい!」
思わず直立姿勢になる朝潮。
「そこに座れ」
「分かりました」
提督に指定された席に、座る朝潮。
しばらくして、提督が、皿を片手に出てくる。
皿からは湯気が立ち上り、美味しそうな匂いを発している。
その皿を、朝潮の前に置き、更にその脇にスプーンを置く。
茶色の液体に、一口サイズに切り分けられたジャガイモなどの野菜、細切れの豚肉、そして、真っ白なご飯。
それには、朝潮も見覚えがあった。
艦娘とは、一言で言って特殊能力を持った女性のことだ。
政府より艦娘適性検査を受け、それによって合格した者たちが、『艤装』という武器を与えられる。
そんな存在だ。
適性があり、艤装と同調した女性は、その艤装を自由に呼び出す事が出来るようになり、さらにはその艤装に宿った艦の魂の記憶を焼き付けられる。
その為、過去の大戦の記憶を元に、艤装を扱うのだ。
だから、艦娘は元は人間なのだ。
当然、艦としての記憶を呼び起こされる前の記憶を保有している。
だからこそ、朝潮はそれに魅入る。
ごくりと喉を鳴らし、スプーンを手に取り、目の前にある料理、カレーを一すくい取り、それを、恐る恐る口に運んだ。
その瞬間、かつての記憶が蘇る。
ある日、自分が誰なのか分からず、何処かを彷徨っていた時の事。
ある男性がそんなみすぼらし自分を拾い、初めて作ってくれた料理。
それが、
その人とは、自分が艦娘として軍に連れていかれてから会っていないが、それでも、初めて料理というものを食べた時の喜びは、忘れる事は無かった。
それを、戦いと質素な食事、そして、提督に殴られ罵倒される日々の中で、忘れていた。
だけど、今、その記憶が、呼び起された。
気付けば、涙が溢れ出していた。
「ぅ・・・・ぁ・・・・」
嗚咽を漏らす朝潮。
久しぶりに食べた料理が、こんなにも美味しいものだなんて、夢にも思わなかった。
ただただ、嬉しくて、美味しくて、口の中に運んでいく。
泣きながらくしゃくしゃになった顔でカレーを食べ続ける。
提督は、机に腰掛け、ただただ朝潮が食べ終わるのを待った。
食堂には、少女一人の泣き声が聞こえるだけだった。