姉弟の退屈しない夢語   作:天むす

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ばんがいへんのゆめ
本編の過去
シロウと大切なもう一人の家族のお話
 


盤外

 

 藤村大河は酔っ払っていた。足元が覚束ない程ではなく、気分のよいふわふわした気持ちで、所謂『ほろ酔い』と言うものだった。

 場所は新都の表通りで、残業終わりのサラリーマンや、彼女と同じ飲み会参加者等がぽつぽつと目につく。

 いい気分だ。鼻唄を歌って、目的のバス停を通り過ぎる。この気分ならばもう一つ向こうまで歩いて行けそうだ。

 女性の一人歩きに同僚たちは心配そうな声をかけてくれていたが、この冬木で彼女へ身の危険が及ぶことは滅多にない。それは大河の生家に関係しているのだが、それは今回割愛しよう。

 兎に角、大河は気分が良かった。飲み会へ赴いていたため、愛用のスクーターがない徒歩だし、少し肌寒い夜であったが、それでもいつもは歩かない道を歩く程度には、大いにご機嫌であった。

 だから、彼女はひっそりとした脇道の奥にある灯りに気が付く。

「あっれ~~?」

 そして、その灯りが漏れる窓の向こうに、知っている顔の男を見付けた。

「ちょっと~~あんたなにしてんの~~」

 迷惑も考えず、大河は目の前の窓を叩いた。にこにこ笑顔で、嬉しそうに。

 ぎょっと驚いたのは窓の向こうの住人だ。彼は何事かと窓を見て、一瞬固まったかと思うと、慌てて大河の側へと駆け寄ってきた。

「ちょ、何してんだ!?」

 男は大河の横にあった出入り口を開き、彼女へ直接その顔を見せた。

 傷んだ白髪、褐色の肌、逞しい隻腕。何処をとっても大河の知人に一致するものはない。しかし、それでも彼女には確信があった。

「それはこっちのセリフよ、士郎!」

 破顔した大河は男――シロウへと飛びかかった。

 

 

 

 夢

 

 

 

「えへへ~~士郎ったら隅に置けないんだから。こーんな良いお店持ってるなんて、お姉ちゃん知らなかったんだよー」

「何度も言っているが、人違いだ。貴女の言う《しろう》は私ではない」

「士郎はすごいわねー。昔よりもっと美味しいご飯作れるようになったのね」

「だから」

「あ、私ラーメン食べたい! あと熱燗!」

「うちは喫茶店だが?」

「常連メニューとかあるんでしょー? ならお姉ちゃんメニューもあっていいじゃない」

 厚さ五センチのバタートーストをペロリと平らげた大河は、カウンター席にて溶けるように項垂れる。

 やはり様子は終始ご機嫌で、言葉の合間に可笑しそうにくすくすと笑みを溢す。それを見るのは彼女のジャケットを入り口脇のハンガーラックにかけるシロウのみで、彼はやれやれと肩を竦めた。

 一体、大河は何処を見て彼を《士郎》と呼ぶのだろうか。凡そ日本人らしからぬ風貌で、初対面の男にこうも懐くには、二人の時間はあまりにも短い。不思議そうに眉を寄せるシロウへ、大河は腕組の上に落ちる頬を膨らませる。

「あーあ、お姉ちゃんは悲しいわーとっても悲しいわー。士郎がこんなふうにぐれちゃうなんて、保護者として責任感じちゃうわー」

「誰が保護者だ」

「いーやぐれてるぜ、ボーイミーツガール。私に店のことを話さないとは何事でござるのか!? 我姉ぞ? 姉ぞ?」

「話を聞いていないな。しかも酔ってるし……」

 もはや言葉がおかしなことになっている。ここまで面倒くさい出来となっているとは、楽しい時間を過ごしたのだろう。そう想像できる。

 大河の前にある皿を回収し、シロウは冷蔵庫からタッパーを取り出した。中にあるのは白色の生地で、気付いた彼女は両腕を天井へ掲げる。それはまさに歓喜を表すポーズであった。

「きゃーーありがとう、士郎! お姉ちゃん、そんな士郎が大好きよ!」

「悪いがラーメンのスープなど作っていないのでね。うどんで我慢してくれたまえ」

「いいわよー。うどんも大好きだもの」

 元々シロウは料理の試作を行っていたため――そのために喫茶店の明かりが灯っていた――サブ(バイト)の調理スペースには出汁が置いてあった。それを一人分小鍋へ移し、麺茹で用の鍋と共に火を付ける。さらに醤油、酒、みりんを適量出汁に加えて味を整え、温まるまでの間に薬味に取りかかった。

 取り出したのは定番のネギと油揚げだ。ネギは斜め薄切りにして軽く水に通しておくことで辛味を抜いておき、油揚げにはお湯をかけて油抜きをしておく。油揚げはやや大きめに短冊切りにしておくと、個人的にうどんと絡めやすく食べ応えがある。揚げへの味付けを今回は見送り、さっぱりとしたシンプルに仕上げる予定だ。

 そうしている間に熱湯の準備が出来たため、うどんを入れて麺をほぐし、茹で加減を見る。固さは芯の残らない程度の普通にし、てぼで湯切りすると器へ盛り付ける。後はつゆを入れて薬味を乗せれば完成だ。

「待たせたな」

「待ってましたー!」

 ほかほかの湯気を上げるうどんを出せば、大河の頬が盛り上がる。表情豊かな人であるが、とりわけ笑顔が似合う女性代表として彼女は十分にやっていけるだろう。何をやるかは知らないが、そう思ったシロウは、戸棚から自前の七味を取り出し、先ずはつゆを味わう大河の前に置いた。

「おいし~~わ~~……あったまるね~~」

「お好みで使うと良い。何なら柚子でも生姜でも何でもあるものなら用意するが?」

「迷うな~~どれも美味しそう」

 増える薬味を少しずつ楽しみ、一つ一つへ美味しいと笑顔を浮かべる。そうやって幸せそうにうどんを啜るものだから、ついついシロウもその食べっぷりに見惚れてしまった。

 もう店仕舞いしているためにBGMのかかっていない店内。音は大河が食事するもの程度だが、その音がとても心地好いために、シロウは片付けをせずに手を止めてしまう。

「はぁーーごちそうさま! 美味しかったーー!」

「お粗末様。口に合ったようで何よりだ」

「当たり前よー。だって士郎のご飯だもの。私の好きな味に決まってるじゃない」

 行儀よく手を合わせて破顔する大河に、ついシロウも釣られてしまう。小さな微笑みであったが、それを目にした大河は、一瞬だけ目を見張り、そしてまた笑った。

「ねえ、士郎。好きな子できた?」

「ぶっ」

 そして、脈絡もなく問いかけてきた。

 予想していなかった問いに吹き出したシロウだが、取り乱すことはせずに口元を拭って眉を下げる。あからさまに困ってますと言わんばかりの表情だが、大河はにやにやとした笑みへ切り替えて追撃する。

「だって士郎ってばこーんな男前になっちゃったんだもん。料理もできて、男前で、大人になった士郎はかっこいいわよー」

「……生憎、色めいた話はなかったよ」

「えーーうっそだーー」

「嘘ではない」

「そうなの? じゃあさ」

 カウンターを挟んだ向こう側。そこにいるシロウへ、大河は言った。

「私が貰ってあげよっか?」

「ああ、いい―――」

「うぉらあ!!!!」

 その瞬間、大河の脳天へ、妖精の振りかぶったピコピコハンマーがクリーンヒットした。

 ピコン☆ 可愛らしい音を立てて気絶した大河は、そのまま派手に額をカウンターに打ち付けて沈黙する。

 何が起きたのか瞬間的に変化した展開に置いて行かれたシロウは、ただただ呆然として瞬きをした。

「さすが師匠だぜ。油断も隙もないっすね。けど残念。お姉ちゃんはシロウを絶対に嫁がせたりなんかさせないわ。例えそれがタイガが相手でも、今は私のお兄ちゃんなんだから」

「え、……? 藤ねえ?」

「あぶねえ、あぶねえ。既に三秒ルートに差し掛かっているじゃない。寧ろ既にアウト? ゴールイン済み? 最速最強ギャグトゥルーエンドだから後々のシリアスは全てノーカン? 記憶を消せば大丈夫よ。師匠だって人間だもの。幸運EXの壁を越えるわ。弟子は師匠を越えるものよ」

「イリヤ? 何を言って……?」

「シロウもシロウよ! 今は私のなんだから、ちゃんとその自覚を持たないとダメなんだから! 次反射で答えたらお仕置きしちゃうからね!」

「りょ、了解した」

 よくわからないが、自分はイリヤスフィールの機嫌を損ねたらしい。ぷんすこ怒る姉を見て首を傾げるシロウは、とりあえず了承を伝えておく。本当によくわからないが、今後ともよく考えて返答していこう。でなければ、何時だったかに用意された新しい体とやらへぶち込まれかねない。

 それはさておき、完全に寝てしまったらしい大河を見たシロウは、ハンガーラックにかけた彼女の上着を取りに行く。それを大河へ着せてやり、ついでに投影したマフラーを首元へ巻きつければ、防寒は完璧だ。

 時刻はそろそろ深夜となる。寝てしまった彼女をここへ泊めることは出来ないため、家まで送り届けなくてはならない。

「では、少し出掛けてくるぞ、イリヤ」

「はーい。いってらっしゃい、シロウ。変なことしちゃダメよ」

「しないよ」

 姉から送られた言葉に背を向け、シロウは大河を抱えて深山町へ足を動かす。ふと顔を上げれば、空気が澄んでいる今夜は遠くの星まで輝かせていた。

 小さくて、日によっては埋もれてしまうような瞬きの星。人の肩口でぐーすかと寝こける大河を見て、再びその星を眺める。

「…………敵わないな……」

 今は一つしかない腕で、しかし落とさぬようにしっかりと抱え直し、シロウは呟く。

 良い夢を見ることができた。

 

「ふあ~~~~ん~~~~……」

 自室にて目覚めた大河は、布団の中で伸びをする。気持ちよく飲んだ翌朝は、やはり気持ちのよい目覚めだ。

 ハッキリとする意識に満足し、よいしょっと布団から抜け出した彼女は、先ず洗面所へと向かって顔を洗う。温い湯で顔を洗い、柔らかいタオルで拭うとよりさっぱりして脳が働き始めた。

「あれ? 私って何時帰ってきたっけ?」

 気持ち良く飲み会を終えたことは覚えているが、帰り道の記憶は全くない。自宅にいる、ということは帰ってきたということだが、どうやって帰った来たのやら。

「ま、いっかーー」

 記憶はないが、ちゃんとパジャマに着替えて寝ていたのだ。変なトラブルに巻き込まれてはいないだろう。

 ついでに体もさっぱりしているから風呂も済ませたらしい。下着は同じ物を着けているのは酔っ払い故のご愛嬌。冷蔵庫に魚メインの朝食もあるとは、昨夜の私は過去最強の酔っ払いだったらしい。グッジョブ!

「んーーそれにしても、いい夢見たなーー」

 藤村大河の一日は、こうしてまたいつも通りに始まった。

 




 
そんな夢も、良いのかもしれない
みんなで藤ねえの所に帰れ
ちゃんと五体満足で帰れ

エタったと思いました? 筆者も思いました。
スランプはまだ続いていますが、この一年で地味に続きを書いています。
現在の執筆状況は、F/PMは次回投稿予定のミュウツー編を地道に書いてます。まだ序盤しか書けてない上に、書き直しもしてるあれですけど、地道に進んでいます。
そしてこちらの衛宮姉弟物語の本編ですが……あともう少しで完成予定です。現在完成まで80%程といった進行度でしょうか? と言うのも、アサシン戦を書き上げるのにネタが思いつかなさ過ぎて一年間かけて書いたようなものなので(ただし面白いとは限らない)、後は書きたいところしか残ってない状況です。リアル忙しい時期とKH3を脱したらアップ予定です。もし待っていて下さっていた方がいたら、大変長らく待たせてしまいすみません。期待に添えないかもしれませんが、頑張って書き切ります。
それはそうと、映画二章が最高でしたね。藤ねえがMVPでした。本当に美人過ぎてもうネタとしてSSFとか言えない。だってマジですやん。
 

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