姉弟の退屈しない夢語   作:天むす

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ばんがいへんのあいま
本編の隙間
同一人物の別人と姉
 


盤外 2

 

 店長に熱が出た。

「まあ、毒も魔力だものね。英霊にも効くかー」

「え? ……ごめん、イリヤスフィールさん。今なんて言った?」

「シロウは気にしなくていいわ。油断していたお兄ちゃんの自業自得だもの」

 シロウの額に片手を置き、やれやれと首を振るイリヤスフィールへ、士郎は首を傾げることしか出来ない。

 午後四時前の放課後、友人の世間話でアルバイト先である聖杯喫茶の店長が熱を出したと知った士郎は、部活を休んで見舞いにやって来た。元々部活は早めに切り上げる予定であったので、友人に文句を言われたが、まあ問題ないだろう。彼とはファミリーレストランで奢ることで手を打ってある。

 さて、そうして時間を作った士郎の目の前には、噂通りの物があった。店の扉にある臨時休業の看板だ。加えて鍵もかかっていた。そこまで気を回していなかった士郎は、右手に下げるビニール袋へ目線を落とす。見舞いにと病人食の材料を買ってきたが、入れないのではどうしようもない。

 どうしたものか。考えて、一つだけカーテンの閉めが甘い窓に士郎は気が付いた。誰かしら居ないかと窓越しより店内を覗けば、イリヤスフィールがカウンターキッチンにてうんうんと唸っているではないか。となれば、寝込んでいるであろう病人はシロウの方だと予想できる。士郎には想像できない光景だが、現実とは小説より奇らしい。

 窓を三度ノックすると、イリヤスフィールは直ぐ様顔を上げて、士郎と目を合わせた。彼女は快く扉を開けて士郎を招き入れると、彼が持つビニール袋へと視線をやった。

「お粥でも作ろうと思って」

「おかゆ……ありがとう、シロウ。お兄ちゃんも喜ぶと思うわ」

 それはないな。

 にこりと微笑むイリヤスフィールに内心思う。素直に肯定できない士郎は頬を引き攣らせた。いつも小言を贈ることを忘れないあの師匠(暫定)が、そんな賞賛を口にするとは思えない。無言でも目が皮肉を語る男だ。有り得ない。

 そんなアルバイトの思いなど知らないイリヤスフィールは、カウンターキッチンへと士郎の手を引いた。普段はシロウの聖域(テリトリー)であるそこは、メインスペース以外は普段と変わらない清潔さを維持している――メインスペース以外は。

 士郎の背に冷や汗が伝う。彼の目の前、シロウがいつも陣取るそこは、一言で表すなら実験現場となっていた。

 錬金術は台所で行われた。昔何処かの国では自宅の台所で錬金術は行われていたという。そんな小さなスペースで出来るものなのかと思うが、今のような施設という物はなかったであろうと考えると、自宅で簡単に行える場は台所であると言うのは頷ける。

「前にお兄ちゃんが作ってくれたオートミールを作ってたんだけど、ちょっと目を離したら吹きこぼれちゃって」

「ふきこぼれ……」

 はて、吹きこぼれが緑色とはこれ如何に。

 士郎の前には一つの小鍋が置いてある。イリヤスフィールの言う通り、何かが吹きこぼれたのか、鍋の周りはぐちゃぐちゃになっていた。

 まだ、それはいい。ただの吹きこぼれならば掃除すればいいのだから。乾いてこびり付いたものを剥がすのは大変だが、最近は様々な便利道具が手軽に手に入る上に、主婦の知恵と言うのもシロウが知っていそうだ。

 だが、何故に緑色なのか。

 オートミールは麦のスープだったはずだ。言うなら麦粥。つまり本来ならば白濁した色であるはずだ。

「…………」

 火は既に消えている。士郎は鍋へと近付き、蓋を持ち上げた。そして直ぐに冷蔵庫の野菜室を開けた。

「野菜とか一杯入ってて、すっごく美味しかったんだよ!」

「…………うん……」

 とりあえず、備蓄野菜を丸ごと入れるのは止めてさしあげてください。

 取れるだけの吹きこぼれ汚れを片付け、元凶を避けた(後でパイ等にしてしまおう)士郎は、新しい土鍋を取り出した。

「店長の体調はどうなんだ?」

「んーー……まあまあ、かな? 殆ど回復してるんだけど、神経系の毒だから手足が麻痺してて、帰って来て貰った時には舌も回らなくなってたわ。だから今は大事をとって寝て貰っているの」

「え、それって大丈夫なのかよ? 病院には行ったのか?」

「大丈夫だよ。原因を叩いたから、本当にもう寝てるだけでいいの。シロウってばリンが居るからって張り切っちゃって……バカじゃないの」

 どうやらだだの風邪だとか、そういう流行り病ではないらしい。毒云々は……絶対にただの職業:喫茶店店長だけではないだろうと思っていたが……うん、深くは考えまい。士郎は遠い目をして笑った。多分笑えていた。

 その後も色々とイリヤスフィールの愚痴を聞いている間に、病人食は完成した。和風出汁をベースにした卵粥だ。

 味見をする。悪くない出来だ。イリヤスフィールへも一口食べてもらうが、彼女も笑顔を見せる味に仕上がっている。完成したのならば、役目を全うさせなくてはならない。

 一人用の土鍋を手に、士郎たちは奥の住居スペースへと足を踏み入れた。リビングを抜けた、地下に向くとは反対の、ギシギシと鳴く木製階段を上がり、すぐ左手の部屋。そこがシロウの部屋である。士郎は一度も、ここに立ち入ったことはない。

 躊躇いはあった。彼は士郎に馴れ馴れしい嫌味を口にすれど、親しみを寄越すことはなかったからだ。あれをしろこれをどうしろ、と人のことを細かく見ておきながら、その実士郎から歩み寄ろうとすると嫌味と言う壁が立ち塞がる。士郎はシロウから命令はされても、直接的指導をされたことはないのである。まあ、士郎は命令を指導として捉えているのだが、発言者の意図を読み取るならば、指導ではなかったはずだ。

 そんな彼が、この扉を潜ることを許すだろうか。それも、心配した見舞い人として訪れることを。

 答えは否だ。彼は快く思わないだろう。必要以上に弱味を見せたがらない人だというのは、この短い付き合いでもよく知っている。家族であるイリヤスフィールなら兎も角、他人の士郎が立ち入ることを善しとすることはないだろう。

 故に、士郎は躊躇する――が、姉にすれば弟のそんな葛藤など踏み越えるべき石でもないらしい。

 イリヤスフィールは躊躇いなく扉を開いた。挨拶もノックもない、士郎への気遣いもない、自然な動きでドアノブを捻り、「おバカさんのシロウは起きてるー?」なんて口にして、踏み入っていく。

「…………」

 きっと、あの人にはこれくらいの大胆さが丁度良いのだ。

 先までの葛藤がバカらしく思えて、士郎は苦笑いをした。自分の家族もあたたかいが、彼らの家族(在り方)も幸せそうだ。

「…………イリヤ……」

 シロウは、確かにベッドの住人となっていた。大人しく、きっちりと布団に収まっている。

 そんな彼は先ず姉が訪れたことに口元を震わせ、次にシロウを見て眉間に皺を寄せた。わかっていた反応に寧ろ安心してしまう慣れに再び苦笑いを溢し、士郎はイリヤスフィールに続いてシロウの傍に立つ。

 肌の色でわかりづらいが、顔色はやや悪いだろうか。見た目熱などはないようだが、気だるそうな雰囲気を窺い知れる。たしかに、この状態であれば台所に立つのが憚られるだろう。臨時休業に納得する。本人がよくても客がハラハラしてしまう。

「…………何をしに来た、小僧……」

「見た通り、見舞いに来たんだよ」

「シロウが作ってくれたのよ」

 近くのテーブルに土鍋を置き、蓋を取れば心地好い香りがする。寝たままにそれを一瞥したシロウは、イリヤスフィールへ目を向けた。

「はい、どーぞ。食べないとダメよ、シロウ」

「しかし、オレには……」

「気持ちを受け取ることが大事なの。大丈夫。美味しいわ」

 イリヤスフィールがシロウの眉間を人指し指でつつくと、彼はきょろりと眼球を動かす。それから次にイリヤスフィールと数秒の間目を合わせ、二度瞬きをした。

 士郎はどうしてかその動きが目についた。特別おかしくはないだろう、気不味そうな弟と世話焼きな姉の構図であるはずだが、それが何かの合図のように思えたのだ。

 はて、と自分の感受性へ頭を捻った士郎の前で、シロウは渋々と体を起こした。動きはやはり若干しんどそうに見える。

 イリヤスフィールがサイドテーブルを動かそうとしているのを見た士郎は、彼女にお粥を渡し、代わりにシロウの傍まで移動させる。やけに重いと思えば、テーブルそこにある付属ボックスの中に分厚い本が入っていた。イリヤスフィールがテーブルへお粥を置く下で、彼はその本を取り出した。

「アーサー王物語?」

 アーサー王物語、あるいは伝説と伝えられている。イギリスにあるブリテン島が舞台であり、彼の有名な剣エクスカリバーが登場する騎士と魔法の伝承物語であったか。

 ここにあった物は日本語版と英語版、それから手書きのレポートのような紙束の三種。本も紙も、何度も捲られた跡があり、余程使い込まれていることが窺える。持ち主のこれらへ思い入れのある気持ちが手に取るようにわかる様であった。

「……何をしている」

「あ、わり―――っ!」

 勝手に人の物を引っ張り出したことを謝れば、怖い顔でシロウが睨んできていた。正に今殺さんとばかりの殺気すら感じ、背筋が凍る思いを抱くが、同時に変な対抗意識も湧いてくる。見たこちらが悪いが、そこまで怒らなくてもいいだろう――普段であれば思わない責任転嫁なような思考。そこへ疑問を持つ前に、思考を断ったのはイリヤスフィールであった。

「人のラブレター見ちゃダメよ、シロウ」

 ははーん、なるほど。ラブレターか。

 ならば、この反応も頷け…………、

「ら、ららららラブレターァ!!??」

 店長の!?

「ば、ちが……そんなわけないだろ!?」

「毎日最低一回は読んで、物語からアーサー王の気持ちを読み取ろうと自己満足な手紙なんか書いて、あーでもないこーでもないって毎日頭悩ませて、それで大事に大事に仕舞っているじゃない。あの日からは特に顕著よねぇーー? どー見てもラブレターよ。ね、シロウ」

「え、」

「なんだその目は!?」

 人の趣味にとやかく言いたくはないが、恋愛対象が昔の王様……王様かぁ……。

 士郎は手元の本を見て、それから再びシロウを見る。相変わらず殺気みなぎる眼光を宿しているが、イリヤスフィールがニコニコしている隣にあるベッドから出てくる様子はない。寧ろ出たいのに出られない、のような変な身震いをしている感じにすら見える。どうしたのかと心配になる士郎だが、あえてそこに触れはしない。つつけば本当に殺されそうだ。

「い、いいんじゃないか? 恋愛は自由にするものだろ?」

「だからそんなものではないと言っているだろう!!」

 病人とは思えない大声が、静かな喫茶店から街に響いていった。

 

 

 

 隙間

 

 

 

 士郎は休業した喫茶店から出て行った。

 無人のキッチンにキッシュを置いたまま。

 




没予定でしたが、あまりにも本編の進行が微妙なので、時間稼ぎに番外編その2をそっと置いておきます。
やばい。年内に完結できないぞ。イベントと仕事で余計に遅筆が悪化してる。
あと最近ジャンプが面白い……めっちゃ面白い……。

アンケートのご協力ありがとうございます。分けなくても大丈夫との意見を多く頂いたので、このままにしておきます。
 
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