ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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016.『掌の上』【艦娘視点②】

 それは遡る事、数時間――。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 提督に海図と共に指示されたルートで海上を進む。

 そのルートは妙なものだった。

 意味があるのか、途中まで第二、第三、第四艦隊は同じルートを進む。海上を切り裂くようにジグザグに進み、最後に三方向に分かれて目的地である小島へと向かうのだ。

 そのナビゲートは、提督にくっついていたこの見慣れない妖精さん達がしてくれるらしい。

 道案内をしてくれるだろうと、提督が私達に預けてくれたのだ。

 

「で? 大淀。あの新しい提督はどうなの?」

「フフフ、あいつは出来る奴だ。何せ着任して早々、この天龍様を旗艦に据えるぐらいだからな」

「天龍には聞いてない!」

 

 川内さんの問いに、何故か天龍が満足気に答えていた。

 よっぽど嬉しかったのだろう。周りの第六駆逐隊が「天龍さん、おめでとうです!」「もっと私に頼っていいのよ!」「天龍さんが報われて良かったのです!」「ハラショー」などと持て囃している。

 私は川内さんを見て、正直な気持ちを答えたのだった。

 

「私個人としては……信頼できると思っています。しかし、この遠征の意図は、未だ読み取る事はできません……」

「そっかそっか。大淀でもわかんないんなら、誰にもわかんないね!」

「フフフ、オレにはわかるぜ。このオレの強さを存分に発揮できる戦場が……」

「だから天龍には聞いてないから! あっ、そろそろ進路を北東に変えるよ」

 

 川内さんは明るくそう答えてくれたが、実際の所はどうなのだろうか。

 意図のわからぬ戦場に送り込まれて、皆そう納得できるほど強くはない。

 やはり、提督にそこだけははっきりとして頂くべきだったか。

 

 いや、着任初日でまだわからない事も多いであろう提督が、この大淀をわざわざこの部隊に配置したのだ。

 その意図を読み取る事ができねば、あの人には置いて行かれてしまう。

 考えるのだ。

 提督の指示は、『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な判断と共に行動せよ』との事だった。

 それはひどく曖昧だが、それだけ予測のつきにくい戦場になるという事だろうか。

 逆に考えれば、それだけ予測のつきにくい戦場に私が配置されたという事は、提督の信頼の証だ。

 現在の鎮守府で提督に最も近いこの私がいち早く提督の意思をくみ取り、まだ提督との信頼関係の薄い艦娘達に伝えてほしい、と。

 

――もちろんです。提督が私に注いでくれたこの信頼、大淀、確かに受け取りました!

 

「案外、適当に考えてたりして~」

 

 龍田さんがそう言ったので私は思わず勢いよく振り向いてしまった。

 

「提督はそんな人じゃありませんっ!」

「お、大淀、落ち着いて」

「あら~、随分お熱なのね~?」

 

 夕張に宥められ、龍田さんのにやにやとした笑みを見て、私ははっと我に返る。

 謀られた……やはりこの人は少し苦手だ。

 くそう、顔が熱い。

 

「フフフ、大淀。お前もそう思うか? あの提督はそんな適当な奴じゃあない。何せこの天龍様を」

「天龍ちゃんには聞いてないわ~」

 

 龍田さんのせいでペースが乱れてしまったが、天龍の意見には私も同意だ。

 あの人が適当な采配をするはずが無い。

 今にして思えば、天龍をあえて旗艦に据えたのも悪くない采配であると思う。

 

 私の個人的な考えとして、天龍には駆逐艦を率いる特別な才能のようなものがあるように感じるのだ。

 ムードメーカーとでも言えばいいのだろうか。

 天龍はどうしても自分自身の力を誇示したがる性格上、その才能は目立たないし、指摘しても認めたがらないだろう。

 しかし過去の闘いにおいて、天龍の率いる水雷戦隊で真っ先に被弾、大破するのはいつも天龍であり、それ故に前提督からは駆逐艦以下の無能と扱われていたが。

 考え方を変えてみたらどうか。天龍が駆逐艦よりも頼りにならないのではなく、天龍が率いているからこそ、駆逐艦の戦意が高揚し、性能以上の力を発揮できるのだと。

 いわば、選手としては芽が出なかったが、監督としての才能はあったというか……いや、これは言わない方がいいかもしれない。

 

 ともかく、天龍は弱い。はっきり言って、弱い。しかし天龍の率いる水雷戦隊は、天龍以外強い。

 妙な話だが、いつも真っ先に戦闘不能になる天龍に率いられる駆逐艦達は皆、天龍を慕う。第六駆逐隊の皆もそうだ。

 もしかして、暁と響が駆逐艦で一番早く改二に目覚めたのは……それは流石に考えすぎだろうか。

 

 私達の作成した『艦娘型録』の情報だけでは決してわからない事だ。

 そういえば提督は、よく「お前の噂はよく聞いている」とかそういう事を言う。

 明石の改修工廠の事も実際によくご存じだったし、夕張の装備開発についても理解できているようだった。

 この鎮守府に配属されるにあたり、艦娘一人一人の事をよく学んできたという事だろう。

 それも、天龍の自分自身ですらわかっていないような才能まで把握するほどまでに。

 一体、過去のどれだけの報告書に目を通せば、そのような真似ができるのだろうか。

 

 ちなみに龍田さんはまた方向性が違い、この人は単純に、性能差を覆すほど戦闘センスが凄い。

 一回殴って倒せないなら、敵の攻撃を避け続けて死ぬまで殴り続ければいい、が出来る人だ。逆にこの人が高性能だったらと考えるだけで恐ろしい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 海上を進み続けて、数時間が経過しただろうか。

 川内さんは息を整えるように大きく深呼吸をしてから、まったく息切れをしていない神通さんに尋ねた。

 

「すぅーっ……はぁーっ……、ねぇ神通。本当に、道に迷ったわけじゃないよね?」

「はい、川内姉さん。私達は妖精さんの指示通り、予定通りに進んでいます」

「な、那珂ちゃんのスケジュールにも狂いは無いよ! これくらい普段のレッスンで慣れて、ぜぇ、ぜぇ……」

「ふぅん……つまりこれも、提督の作戦通りって事なのかな。時雨、夕立、江風、調子はどう?」

「はぁ、はぁ……正直に言うと、かなり厳しいかな……」

「怪我はしてないけど、このままじゃ帰れなくなるっぽい~!」

「こ、これじゃあ夜戦どころじゃないッスよぉ、川内さん!」

 

 百戦錬磨、日々是鍛錬の川内さんや那珂さんが珍しく息を切らしてしまっている。

 私達ならば猶更だ。

 装備の重い夕張なんかは、膝に両手をついて、肩で息をしている。

 

 妖精さんの示した航路を進めば、やけに多くの敵艦隊に遭遇した。

 知性のかけらも感じない雰囲気から、敵の哨戒部隊という訳ではなく、はぐれ艦隊であろうと推測される。

 最大でも軽巡洋艦級しかおらず、提督の指揮下にあり本来の力を取り戻した私達には苦戦する相手では無かったが、とにかく戦闘回数が多かった。

 それだけでは無い。

 

「第六駆逐隊の皆~。資材の状況はどうかしら~?」

「はわわ……燃料も弾薬も、あまり余裕が無いのです」

「雷も右に同じよ。このままじゃ……」

「い、一人前のレディーはまだ少しは余裕があるけどね!」

「ハラショー」

「フフフ、駆逐共はすでに資材を半分近く消費している。オレの計算によると、このまま目的地に向かうと確実に帰れなくなるな」

「天龍ちゃんには聞いてないわ~。皆それくらいわかってるから~」

 

「ちょ、ちょっと大淀。どういう事? 大丈夫なの⁉」

 

 夕張が私の袖を引いてくる。

 私にもわからない。わからないから、疲れ切ってまだ整わない呼吸の中で、必死に考えているのだ。

 これもあの人の予測通りなのだろうか。

 

 妖精さんの示した航路には、やけに渦潮が多かった。

 深海棲艦の領海では、その禍々しい瘴気の影響なのか、海が荒れやすくなる。

 巨大な渦潮に巻き込まれては、そこを抜け出す為に無駄なエネルギーを消費してしまう。

 今まではそういったルートは避けて通るのが今までの常識であったのだが、妖精さんは身振り手振りで、突き進めと指示をしてきたのだ。

 

 当然、全員がそれを疑ったが――私はそれに従うように言った。

 

 そしてその結果が、まだ目的地に辿り着いてもいないというのに、疲弊しきった艦隊だった。

 

「大淀さん! 私達朝潮型も燃料に余裕がありません。このまま目的地へ向かえば、母港へ帰投する事ができなくなります」

 

 朝潮が報告してくる。

 駆逐艦達は燃費が良いが、その反面、資材の最大搭載量自体が少ない。

 雑魚との連戦と渦潮の強行突破で、その燃料と弾薬は半分近く消費されてしまっている事だろう。

 

「わかったわ」

「これも、あの司令官の考え通りという事なのでしょうか」

「……私にはまだ計り知れないけれど、多分、そうね」

 

 朝潮の問いに自信無く答える。

 こんな航路を指示してくる事は、予想外だった。

 はぐれ艦隊との連戦は時の運なのだから仕方が無いが、渦潮にさえ飛び込まなければ、ここまで資材を消費してはいない。

 提督は一体、何を考えているのか。

 いや、私にわからないという事は、私の考えが及ばない領域の考えという事だろう。

 

 しかし、わからない状況で進んでもいいものなのだろうか。

 駆逐艦の子たちは、半分近くの資材を消費してしまっている。

 天龍の言う通り、すでに、母港に帰投するだけでも資材は空っぽになるくらいの計算だ。

 あともう少しで目的地ではあるが、進んでしまえば帰れなくなる。

 ここから引き返せば、母港に帰る事だけはできる。

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 それは提督を信頼するかしないかの瀬戸際でもあった。

 提督を信頼している私でもこうなのだ。

 他の皆の不安は計り知れないだろう。

 

 霞ちゃんが我慢できないと言った風に声を荒げた。

 

「あぁもうっ! だったら先に説明すればいいじゃないのよっ! 本当にっ!」

「お、落ち着いて霞ちゃん」

「大淀さんも大淀さんよっ! 着任していきなりこんな訳のわからない指示出されて、何とも思わないわけ⁉」

「そ、それは……」

「だってこんな状況で前に進めるわけないでしょ⁉ ここは遠征失敗してもいいから撤退して、司令官を問い詰める! それが正しいと思うわ!」

 

 霞ちゃんの言葉は、おそらく私を含めた全員が考えていた事だった。

 そうするべきだ、という雰囲気が辺りを包む。

 せめて、無線を提督に繋いでもらい、ここで意図を説明してもらうか?

 

 いや、それでは意味が無い。

 提督は何の為にあんな指示を出したのだ。

 提督の仰った高度の柔軟性とは、迷ったらすぐに提督に救いを求める事なのか。

 臨機応変な判断とは、すぐに提督を頼る事なのか。

 

 私達は、限界まで考えているだろうか。

 

「……撤退はしないわ」

「だったら、無線を司令官に繋いで!」

「それもしない。この状況は、私達を試しているのかもしれないから」

「はぁ⁉」

 

 霞ちゃんを宥める私に、皆の注目が集まる。

 私は顔を上げて、全員を見回しながら言った。

 不安を感じる艦娘達に、提督の意思を伝えるのが、私がここにいる意味だと思ったからだ。

 提督はそれを私に期待して、私をあえて提督から遠ざけたのだと思ったからだ。

 

 この艦隊には、提督という存在自体に不信感を抱く者も編成されている。

 荒潮、霞ちゃん、時雨、夕立、そして龍田さんがそれに当てはまるだろう。

 そしてそれ以外の艦娘たちも、現在の状況に不安を抱いている。

 彼女たちの感情はもっともだ。

 だからこそ、提督の事も、彼女たちの事も、どちらも理解できる私にしか、この役割は果たせない。

 

「皆、冷静になって提督の指示を思い出して下さい。神通さん」

「『各自、高度の柔軟性を維持しつつ目的地へ向かい、臨機応変な判断を忘れる事無く行動せよ』……との事でした」

「はい。おそらく提督は私達がこのように動揺する事すら予想済みです。それをわかっていてなお、私達をこの状況に放り込んだと考えた方が自然だと思います」

「こんな見た事も無い妖精さんに道案内させるくらいだものね~」

 

 龍田さんにつんつんとつつかれ、妖精さんは天龍の頭の上に逃げてしまう。

 

「つまり、私達がこの地点でここまで疲弊している事も予測できているはずです。ですが、ここで私達が諦めて帰投する事は予測していないかもしれません」

「この状況は提督も予測済み……今の私達みたいに狼狽えるような状況では無いって事?」

「はい。川内さんの言うとおり、この状況ごときで狼狽え、撤退するという事は、提督にとってはおそらく有り得ない事です」

「大淀さんの言ってる意味が全然わかんない! だったらせめて、それを説明してれば私達もここまで狼狽えずに済んでるのよ!」

「霞ちゃん。おそらくそれを考えろと提督は仰っているの」

「……ッ!」

 

 私の言葉に、霞ちゃんは悔しそうに言葉をつぐんだ。

 ここからは賭けだ。まだ私自身も確信を持てていないというのに、皆を説得するというのは、無責任なのかもしれない。

 しかし、あの提督の指示である。

 あの提督の言葉である。

 それだけで、私が賭けるには十分な理由になるような気がした。

 

「ここからは私の推測ですが……私達はこんなに敵の領海奥深くまで進んでいながら、未だ誰一人として小破すらしていません」

 

 私の言葉に、全員がお互いの姿を見回した。

 

 そう、資材の消耗ばかりに気を取られていたが、私達は未だに、一つの損傷も無い状態だった。

 戦闘した相手は格下ばかり。

 一方でこちらは三艦隊合同で移動していた為、先手必勝で叩き潰す事ができていたのだ。

 渦潮を突破する際も、大きくエネルギーを消費はしてしまうものの、艤装が傷つくほどのものでは無い。

 

 ここまで敵の領海の奥に侵攻しながら、装甲の薄い私達水雷戦隊が傷の一つも負っていないという事は、これもまた、今まで有り得ない事だった。

 

「そう言えば、ここまで来るまでにいくつか小さなパワースポットを見つけられたよね。そこで少しは資材も補給できてた……」

「一度の出撃であんなに見つかる事って、そう言われれば今まで無かったような」

 

 川内さんと那珂さんが思い出したようにそう言った。

 そう、ここまでの道のりで、燃料と弾薬を補給できる小規模なパワースポットを発見していた。

 そのおかげで、私達の消耗はむしろ抑えられていたはずなのだ。

 

「偶然ではありません。かつてこの辺りが私達の領海であった頃にも、それらの位置がパワースポットであった記録が確か残っています。そして敵に奪われてからの、渦潮の発生した位置も」

「妙にジグザグした航路を指示してくると思っていたけれど、つまり提督はパワースポットの位置も渦潮の位置もわかっていて、私達を進ませたってわけ?」

「そう考えるのが妥当でしょう。そして何より……私達は敵の哨戒部隊とまだ一度も交戦していません」

「……なるほど。少しは知性のある哨戒部隊に見つかった場合、次々に敵の主力艦隊が迎撃して来るでしょうが、私達はそれらと無関係なはぐれ艦隊としか交戦していませんね。渦潮に近づかないのは深海棲艦も同じ……つまり渦潮を迂回せずにあえて強行突破したのは、敵の哨戒部隊とぶつからない為であるとも考えられますね」

 

 神通さんがそう言うと、皆が少しずつ、自分の中で理解しているような表情を浮かべた。

 燃料と弾薬は消耗したが、奇跡的に傷一つ負っていない私達。

 ここまで深部に侵入しながら、未だにその存在は敵には発見されてはいない。

 この状況が提督にとって予想できていたものであれば、当然、私達が引き返すという選択肢は有り得ない事となる。

 

「資材さえ補給できれば万全の状態。提督は、私達に何かを成して欲しいと思っています。目的地はもう目の前です。進めば帰りの燃料はありませんが……提督を信じてはくれませんか」

 

 私の言葉に、しばらく皆は考え込むように黙り込んでしまったが。

 

「お、大淀の言う通りよ! あの提督は、私には無責任な方には思えない! 意味も無く私達をこんな死地に送る人じゃない……と思うわ!」

 

 夕張が私に続いて声を上げたのだった。

 

「私はさっき、煤と油まみれの手で提督に触れてしまって、その軍服を汚してしまったわ。けれど、提督はそれを怒る事もせずに、素手で私の汚れた手を握り返してくれた。

「この汚れた手は、私の努力の結晶だって言ってくれて……すごく、すごく嬉しかった。

「そんな事だけで信用しちゃうなんて、我ながらチョロすぎると思うけど、馬鹿みたいだと思うけど……私は、あの提督を信じたい……です、ハイ……」

 

 夕張は顔を赤くして、自分の言葉が恥ずかしくなったのか、そのまま俯いてしまったのだった。

 すると、それに反応するように。

 

「フフフ、大淀に夕張。さっきから何を言っているのかよくわからなかったが、提督が意味無くこのオレを旗艦に」

「まぁ天龍はどうでもいいとして、まだ日も沈んでないしね! 私を出しておいて夜戦を考えていないわけないし、本番はこっからって訳だね!」

「そうですね。この指定された航路のおかげで哨戒部隊と接触していないのなら、感謝するならともかく疑うのは筋違いでしょう。むしろ姉さんの言うとおり、夜戦が本命なのだとすれば……」

「那珂ちゃんのステージは、夜が本番ってわけだね! よぉし、リハーサル頑張ろう!」

「私たちの対応能力を確かめてるって事かしら~、上等だわ~」

 

 軽巡洋艦の皆も、それに応じてくれたのだった。

 まとめ役の軽巡洋艦の意思さえ固まれば、この艦隊が今後乱れる事は無いだろう。

 

「霞ちゃんも、それでいい?」

「いいわけないでしょ⁉ 私はまだ、あの司令官を信用できない! でも……大淀さんの事は信じてるのよ」

「霞ちゃん……ありがとう」

「フンッ! これで帰れなくなったら、大淀さんでも許さないんだから!」

 

 霞ちゃんもまだ言いたいことはありそうだったが、ぐっと堪えてくれたようだ。

 夕張のナイスアシストだ。それも元を辿れば、夕張の汚れた手を包んでくれた提督の優しさに起因する。

 提督の思いは、霞ちゃんや不信感を抱く彼女たちにも、いつかきっと伝わるはずだ。

 

「さぁ、そろそろ分散する地点です。これより第二、第三、第四艦隊は各自、提督に指定された地点へ進行。近辺の偵察を行って下さい」

「了解っ。それじゃ大淀、天龍、また後でね。よーっし、川内! 水雷戦隊! 行くよっ!」

「よっしゃあ! 行くぜ龍田! 駆逐ども! このオレについてこい!」

 

 これからは、各艦隊六人での行動となる。

 敵艦隊に見つかった場合、逃げ切れる保証も無い。

 互いの武運を祈り、私達は三方向へと散開した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 辺りが少しずつ薄暗くなってきた頃に、私達は目的地の小島に上陸する。

 運が良かったのか、あれから敵艦隊との交戦は一度も無かった。

 上陸したはいいが、近辺の海には何も異常は無いように思える。

 朝潮達、駆逐艦の資材はすでにほぼ尽きてしまっていた。

 

「あらぁ~、うふふふふっ、あはははぁっ!」

 

 荒潮が何かを見つけたのか、いきなり笑い出した。

 この子、実力はあるのだけれど、底知れぬ何かがあって怖い。

 感情が高ぶると瞳孔が開くし、笑顔が怖いし、正直ちょっと苦手だ。朝潮、助けて。

 しかし私は旗艦だ。苦手意識を持って避けるわけにも行くまい。何よりも提督の為だ。

 

「どうしたの、荒潮」

「うふふっ、大淀さん。こっちこっち」

 

 荒潮が手招きするので、私たちはその後をついていく。

 岸壁から顔だけ覗かせて先を見る。

 荒潮に指し示された先にある入江には――緑、金、銀、銅色の、四色のモヤが立ち上っていた。

 これは……パワースポット⁉ それも、かなり大規模な……!

 燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト、四つのエネルギーが、あそこには豊富に埋蔵されているようだ。

 

「おおおー、大潮テンションアゲアゲです!」

 

 大潮だけではなく、私も思わず胸が高鳴ってしまった。

 これならば、補給して母港に帰投する事も可能だ。

 あれだけの資材があれば、鎮守府の備蓄状況にも相当な余裕ができる。 

 ドラム缶を持ってきていればよかっただろうか。

 提督の予測とはつまり――。

 

「まさか、司令官はあれを輸送しろと……」

「あははっ! いいえ、朝潮姉さん。違うと思うわよぉ? ほらぁ、あ・れ」

 

 朝潮の呟きに、荒潮は更にその先を指差した。

 資材のモヤに目を奪われていた私達は、それに気が付く事が出来なかったのだ。

 私は反射的に息を止めてしまった。

 

 あれは……敵の補給艦! 輸送ワ級!

 船体の表面を覆うオーラの色、巨大さから、どうやらflagship級のようだ。

 深海棲艦側の資源の輸送や補給が主な能力でありながら、重巡に匹敵する火力と装甲を持つ、深海棲艦側で最上位の輸送艦だ。

 それが三……いや四体! 護衛を務めているのは重巡リ級が二体。こちらもflagship級か。あれはもはやちょっとした戦艦だ。

 資材の消耗した今の私達では十割返り討ちに遭う。戦いにもならない。絶対に見つからないようにせねば。

 

 提督が予測したのはこれか!

 この地点は、深海棲艦側の資材集積地!

 天然のパワースポットではなく、あれは深海棲艦側が集めた大量の資材だ。

 艦娘も深海棲艦もその根源であるエネルギーは同じだ。

 私達艦娘も、港から敵の本拠地まで攻め込む際、決戦の時には道中の消耗で満身創痍になっている事は多々ある。

 つまり、深海棲艦の本拠地が移動していないのであれば、一度侵攻に成功したとはいえ、鎮守府近海まで再び攻め込むにはそれなりの資材が必要なのは深海棲艦側も同じ!

 ここ一か月の戦況報告から、敵哨戒部隊との接触地点が徐々に前進してきている傾向にあると判断、そこから敵の補給線が伸びている事を推測したという事か!

 提督は報告書から予測して、敵の資材集積地の候補を今回指定された三地点まで絞り込み、私達を送り込んだ。

 

――何という事だ。

 

 あの報告書を、あれだけの速さで目を通し、一瞬とも言える僅かな時間で、ここまで状況を読んでいたのか⁉

 

「大淀、ど、どうしようか? あの資材が無いと私達帰れないし……」

 

 夕張がそう私に声をかけた瞬間、無線が入る。

 

『こちら第三艦隊旗艦川内。大淀、天龍、無事?』

『第四艦隊旗艦天龍。敵には見つからなかった。拍子抜けだぜ』

「だ、第二艦隊旗艦、大淀です。皆さんも無事のようで何よりです。状況の報告を」

『どうやらあの提督はこの状況を読んでたみたい。こっちは敵の資材集積地になってる。敵の補給艦が今、資材を積み込んでるみたい』

『こっちもだ。敵さん、たんまりと資材を貯め込んでやがるなぁ。どうする、奪うか? オレはいつでも、痛ッ、何すんだ龍田、耳引っ張るな』

「今戦えるわけないでしょう……もう少し、様子を見てくれませんか。こちらも同じ状況です。何か変化があれば連絡を」

『了解。さぁて、そろそろ夜になるね』

『フフフ、夜といえばオレの時間だな。早くブッ放してぇなぁ、ウズウズするぜ』

『いやちょっと待って天龍。夜と言えば私でしょ』

『え? いやオレだろ。何言ってんだ川内』

『アンタが何言ってんの⁉ 私以上に夜戦を愛して――』

 

 うるさいので無線の音量を小さくした瞬間だった。

 敵運送船団が入江を発艦した。

 私は再び無線の音量を上げる。

 

「大淀です。こちら、敵運送船団、南西方向へ発艦しました」

『こっちもだね。西に向かって移動し始めた』

『同じく、北西方向に発艦しやがった。よっしゃ、とりあえず補給だな』

 

 天龍の提案に、私達は賛成する。

 というよりも、ここで補給をせねば帰る事ができない。これも提督の予測通りだったのだろう。

 しばらく警戒を続けたが、どうやら敵はもうこの近辺には残っていないようだった。

 

「ふぅ……九死に一生を得た気分ですね」

「はぁうぅ~、ぽかぽかしますねぇ。テンションアゲアゲです!」

「うふふっ……あはははぁっ……! 提督、好きよ」

「……フンッ、最初っから説明してくれればよかったのに」

 

 ようやく補給する事が出来て、帰投する事ができないという不安から解放されたからか、朝潮達の表情も少しほぐれたように思える。

 荒潮が何か怖い事を呟いていた気がするが、空耳だったと信じたい。

 

『天龍さん! 暁ちゃんがドラム缶を装備していたのです!』

『よっしゃ、でかした!』

『ま、まぁ一人前のレディの嗜みよね』

『ハラショー』

『え? 暁、前の遠征からドラム缶降ろし忘れてたの?』

『そ、そんな訳ないじゃない! ぷんすか!』

 

 無線から間の抜けた声が聞こえてくる。

 あの人達は本当に緊張感が無い……。

 一歩間違えば全滅の危機もある死地だと言うことをわかっているのだろうか。

 

 敵の資材を少し拝借したが、私達の力が満タンになるまで補給しても、まだまだ減る気配を見せない。

 かなりの量を貯め込んでいるようだ。

 何とかしてこれだけの量の資材を鎮守府に運ぶ事ができたのならいいのだが。

 敵も先ほど補給艦に乗せた資材を、本拠地へ運んで――

 

「川内さん! 天龍!」

『うわっ! どうしたの大淀⁉』

 

 私は取り乱しながら、無線に声をかける。

 

「敵運送船団は全て西方向へ向かっています! それは敵本拠地方面ではなく……鎮守府方面です!」

『……うぇぇええっ⁉ ま、マジじゃん! えっ、嘘ォ! 何で⁉ どういう事⁉』

「提督が何を思ってこの水雷戦隊を三艦隊同時運用したのかがようやく理解できました……!」

 

 震えが止まらない。

 神算。

 報告書を流し読みしたあの僅かな時間で、ここまで先を読む事ができるというのか。

 

 あの人が今日着任していなければ――確実に横須賀鎮守府は終わっていた。

 

『あぁ? 何だ? どういう事だよ大淀』

『なるほどね~。鎮守府方面に補給艦が向かう理由なんて一つしかないものね~』

 

 天龍はまだ理解できていなかったようだったが、話を先に進める為か龍田さんが無線に入ってきた。

 もう本当に旗艦を交代した方がいいのではないか。

 

『つまり私達に課せられた使命とは、強行偵察や資材の輸送などでは無く、本日行われる敵主力部隊による夜間鎮守府強襲に合わせた、敵補給路の寸断というわけですね』

 

 流石は神通さんだ。

 それしか考えられない。

 深海棲艦の主力部隊は今頃、鎮守府に向けて進軍している。

 もちろん敵も主力部隊となれば、莫大な量の資材が必要になる。帰りの事も考えるのであればなおさらだ。

 今まではその資材面の問題もあり、鎮守府近海までは攻め込んでこなかったのだ。

 しかし今夜は違う。補給艦にたっぷりと資材を積んで、洋上補給をしながら確実に鎮守府近海まで攻め込み、最大火力で鎮守府を落とすつもりだろう。

 おそらくこの一か月で、私達に提督がいない事に気が付いたのかもしれない。

 戦艦が敵軽巡洋艦に負けるような戦況が続いたのだ。あちらから見ても、異常に弱すぎると考えたのだろう。

 つまり、この国でも最も大きく重要な拠点である横須賀鎮守府を落とす、絶好の好機だと判断した。

 

 それが、今夜。

 

 まだ、震えが止まらない。

 何という、何という事だ。

 提督が今日着任しなかったら。

 提督が即座にこの状況を予測できるほど聡明でなければ。

 洋上補給により衰える事の無い敵主力艦隊の猛攻に晒されていたら――。

 

『はっはぁん、なるほどな。つまり、あの補給艦どもを追っかけて、ぶっ潰せっちゅー事か。この天龍様に相応しい戦場じゃねぇか』

 

 ようやく状況が理解できたのか。天龍が普段と変わらぬようにそう言った。

 この人は本当に緊張感が無い……だが。

 

『流石は天龍ちゃんね~。頼もしいわ~』

『ハラショー』

 

 だが、こういうところを見込んで、提督は天龍を旗艦に指名したのかもしれない。

 私達も、負けてはいられない。

 天龍の声を聞いていると、そんな気持ちになってくるのだ。

 

『さぁて、大淀。高度の柔軟性と、臨機応変な判断と共に行動しなきゃね。提督を満足させるにはどうすればいい?』

 

 川内さんが、こんな窮地だというのに、どこか楽しそうにそう言った。

 

 敵は補給艦と重巡とはいえflagship級。ちょっとした戦艦に匹敵する火力と装甲を持つ。

 昼戦では手も足も出ない。

 私はともかく提督との信頼が薄い他の皆ならば猶更だ。

 川内さん達の性能を底上げする事ができれば可能か。

 敵運送船団と私達は同数。数の有利は無い。

 私達の得意とする夜戦に持ち込んで、その差は覆せるか。

 闇に紛れて背後から奇襲すれば、その差は覆せるか。

 いいや、駄目だ。まだ足りない。

 一隻でも取り逃がしたら意味が無い。

 

 提督ならば、どのように動けば最善であると考えてくれるだろうか。

 提督の神算には遥か遠く及ばないとしても、少しでも少しでも先を考えるならば、私はどう動くべきだろうか。

 提督を満足させるには。

 鎮守府を救うには。

 この国を守るには。

 

 ――夜が近づいてきた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 闇に紛れ、見つからないように十分に距離を取り、敵運送船団の背後から尾行する。

 資材を大量に積んでいるからかその航行速度は遅く、鎮守府近海に辿り着いた頃には真夜中になってしまった。

 

 やがて砲撃音が耳に届き、ノイズを挟みながら届く無線の内容から判断するに――やはり、予想した通りだった。

 鎮守府正面に戦艦。

 重巡洋艦を敵後方。

 水上機母艦率いる駆逐艦隊を左右に配置したそれは。

 

 ――それは、私が『提督であればこのようにするだろう』と予想した編成と布陣そのままだったのだ。

 

 提督の思考に追いついたようで嬉しかったが、今はそれを喜んでいられる状況ではない。

 私の予想通りに配置されているのならば、私の立てた作戦とも噛み合うはず。

 川内さんから、小声で無線が届く。

 

『凄いね大淀……予想的中じゃん』

「いえ、私は提督の思考をなぞっただけにすぎません。恐るべきは提督です」

『へぇぇ、それじゃあこの後も、作戦通りでいいって事ね』

「はい。頃合いを見て一気に距離を詰め、敵主力艦隊と補給船団の上空へ照明弾をお願いします」

『了解!』

 

 敵主力艦隊も視認できるほどに接近した。

 洋上補給を食い止めるには――今しかない!

 

 前方へ急接近した川内さんが照明弾を敵上方に放ち、辺りは眩い光に包まれる。

 突然の事態に敵が混乱した――隙を逃さない!

 

「第二艦隊! 行きますっ!」

『第三艦隊! ついてきて!』

『第四艦隊! 行くぜぇぇっ!』

 

 私の号令に合わせて、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞ちゃんが艤装を構える。

 

『目標確認! 全艦、斉射! 始めッ!』

 

 私達は敵補給艦の一隻に集中攻撃し――砲撃を受けたそれは爆散した。

 爆煙は更に二つ。川内さん達と天龍達も上手くいったようだ。

 その爆煙が私達の反撃の狼煙となるように。

 戦場に立つ全ての艦娘に届くように、私達は声を上げる。

 

「第二艦隊! 敵補給艦一隻撃沈!」

『第三艦隊っ! 同じく補給艦一隻撃沈っ!』

『第四艦隊ッ! こっちも敵補給艦、一隻撃沈だぜぇっ!』

 おそらく、敵も味方も、この状況は理解できていないだろう。

 私であってもそうだ。

 まさか提督がこの夜間強襲だけではなく、敵の洋上補給を読んでいただなんて、誰が想像できただろうか。

 だが、この状況で隙だらけになるのは、敵だけでなければならない。

 

 私達はこの状況に、迅速に行動できなければならないのだ。

 私達がこの状況を巻き返す為には、提督への揺るぎない信頼を抱かなければならないのだ。

 

 私達艦娘の性能は、提督を信頼する事で飛躍的に上昇する。

 私の一声で皆に提督を信頼してもらう事で、更に性能を底上げする!

 

 故に私は、現在の私達がどのような状況に置かれているのかを最も簡潔に理解してもらえる言葉を探し、そして叫んだのだった。

 

「横須賀鎮守府全艦隊の皆さんに告げますっ! この戦場の全ては! 提督の掌の上ですっ!」

 








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