ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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017.『掌の上』【提督視点】

 艦娘達が一人残らず出ていき、俺だけが残された執務室。

 俺はしばらく机に突っ伏して咽び泣いていた。

 

 明石のせいで股間は痛いし、艦娘達のせいで心も痛い。

 俺が一体何をしたと言うのだ。

 何で俺がこんな目に遭わねばならんのだ。

 

 嫌だ。まだ諦めたくない。

 今回、俺に提督の素質が見つかった事は、まさに千載一遇のチャンスだ。

 これを逃したら、俺はもう二度と艦娘ハーレムを築き上げる事はできないだろう。

 まだまだこれからが本番だ。

 

 俺の前の勤め先で、第一印象がお互い最悪で、絶対あんな奴ありえない、なんて言っていた奴らが結婚した事もある。リア充爆発しろ。

 よくよく考えてみれば、それは当然の事なのかもしれない。

 思えば、過去の経験上、そんな出来事は何度もあった。

 

 不良が雨に濡れる野良猫に傘を差している姿をたまたま見たとしよう。

 普段は嫌な奴だと思っているから、「意外といいところあるじゃん」と思ってしまうわけだ。

 一方で、品行方正な生徒会長がポイ捨てをしている姿をたまたま見たとしよう。

 普段は真面目な人だと思っているから、「見損なった」と思われてしまうわけである。

 たとえ不良が普段からポイ捨てをしていても、それは不良だから当たり前だと思われてしまう。

 生徒会長が普段から野良猫に優しくしていても、それはいつもの事だと思われてしまうだけなのだ。

 

 俺の今までの人生で学んだ事だ。

 真面目な奴は損をする。

 いや、そうじゃない。この経験から学んだ事は、第一印象が最悪なのは、決して悪い事ではないという事だ。

 第一印象が最高である事に比べれば何倍もマシではないか。

 

『あの提督、視線がマジでキモいよね』『でも仕事はできるんだよね』。

『あの提督、仕事ができるよね』『でも視線がマジでキモいよね』。

 

 二つとも同じものを比べているはずなのに、順序が違うだけで大きく意味が変わってくるのだ。

 そうだ。この状況は俺にとっては向かい風では無い。むしろ追い風だと言ってもいい。

 最初に俺が完璧な演技で本性を隠し、後々ボロが出るよりも、最初に感づかれておいて、後々演技でカバーしていく方が絶対に良いはずだ。

 むしろ、過去の同僚のように、第一印象最悪からの結婚ならぬ、ハーレムへと繋がるかもしれない。

 ポジティブに考えよう。

 

 そう考えれば、着任初日に俺の本性を感づかれたのは僥倖ではないか。

 万が一、今日で俺に対する好感度が最大になってみろ。その後は本性がバレるたびに好感度は下がる一方だ。そっちの方が最悪のパターンだ。

 好感度が最低スタートなのであれば、後は上がる可能性も十分にある。

 今日は俺に対する好感度が最低だから良いのだ。後々ミスをしても、あの人だからしょうがないとなるのではないか。

 

 よし、気持ちを切り替えよう。雨は……いつかやむさ。

 涙を拭いて、これからの事を考えねば。

 艦娘は今頃夜戦をしながら、俺の事を全く使えないスケベ提督だと嘲っているところだろう。

 つまり、ここから俺がしなければならない事は、汚名を返上し、名誉を挽回する事だ。

 

 しっかりと鎮守府運営の知識を勉強し、艦娘達に相応しい提督を演じる事。

 そうする事で提督としての威厳や権力も増し、艦娘達の警戒が解けたところでハーレムルート直行である。多分。

 今までは頭の中でふざけた事ばかり考えていたが、そういう部分が艦娘にも伝わってしまったのだろう。

 ここからは自重せねば。

 これ以降は金輪際、心の中だけでもはしゃぐのはやめよう。

 真剣に艦娘達と向き合い、演技ではなく有能な提督となるのだ。

 

 俺が決意を新たに顔を上げると、ちょうど執務室の扉がノックされた。

 全員出て行ったと思ったが、まだ鎮守府内に誰かいたのかと、少し驚いてしまう。

 涙を拭い、軽く咳払いをして、入れと伝えた。

 静かに扉が開かれると、そこには――

 

「失礼します。お疲れ様です。私、給糧艦、間宮と申します。以後、お見知りおきを」

 

 うっひょーーッ! 艦隊のアイドル間宮さん! マンマミーヤ!

 俺ランキング堂々の第一位キタコレ! ウマー! 本命登場ですぞ!

『艦娘型録』に記載が無かったから所属していないと思っていたではないか! そうか、戦闘はせずに甘味処にいるからか。これは嬉しい誤算!

 間宮さんの後ろにはもう一人、地味な少女が付いてきている。確かイラコーとかいう小娘だ。

 オータムクラウド先生の『甘いものでもいかがですか?』は名作である。いつもお世話になっております。

 お世話になりすぎて、間宮さんを見ただけで俺の股間の疲労が回復し、戦意高揚状態になった。

 これがパブロフの犬で有名な、条件反射という現象です。

 

 駄目だ、艦娘でオ○ニーする事が俺のデイリー任務となってしまっていたせいで、心と身体が言う事を聞いてくれない。凹む。

 俺は諦めて、椅子に座ったまま、股間は立ったまま、改めて間宮さんに目を向けた。

 

「間宮に伊良湖か。どうした、こんな時間に」

「いえ、あの……ずっと部屋の明かりがついていたので、お腹がすいていないかと」

 

 ふと時計に目をやれば、すでに日が変わっていた。

 俺は一体何時間泣いていたんだ……。

 というか、まだ外から微かに砲撃音なんかが聞こえてくるという事は、アイツらまだ戦っているのか。

 敵艦隊が雑魚だという事はわかりきっているのに、歓迎会に参加したくないから引き延ばしているのだろう。

 アイツらどんだけ俺を歓迎したくないの?

 もう歓迎会は開催しないから、早く帰ってきてくれ。飯も食わずに何やってんだ。

 

 正直、艦娘にそれほどまでに嫌われているという事にショックが大きすぎて未だに食欲が無い。

 ハードルは低ければ低いほどいいとはわかっているし、俺を好いてくれる女性などいないとわかっていても、それでもやはり嫌われているという事実は傷つくのだ。

 

「あぁ、私は大丈夫だ。心配をかけてしまって、すまない」

「えっ、何も召し上がらないのですか」

「うむ。艦娘達も何も食べずに出撃し、今この時も命をかけて戦っているのだ。私だけが腹を満たすわけにはいくまい」

 

 適当に答えたが、少し嫌味に聞こえただろうか。

 アイツらがいつまでも戦闘を引き延ばして戦っているから、上官である俺も何も食えないのだ、と思われたかもしれない。

 失言だったかと思ったが、間宮さんは顔の前で両手を合わせ、優しく微笑んだのだった。

 

「まぁ……提督、艦娘思いの方なのですね」

 

 間宮さんは案外鈍いようだった。鈍感系お姉さんキタコレ! ウマー! 俺のマンマ、マミーヤ!

 いや、妹しかいなかった俺は確かにお姉さん属性に飢えた狼である事を自負しているのだが、間宮さんはかなりドストライクなのだ。

 包容力あるし、お姉さんだし、巨乳だし。甘えたい。間宮さんの甘味処を堪能したい。

 ハーレムに加えたいと思っている艦娘は多いが、結婚したいまでと思っている艦娘は今のところ間宮さんしかいない。

 ここからは真面目に頑張ろうと思った矢先に、まさか大本命の間宮さんが奇襲をかけてくるとは。正気を保っていられるかも危うい。

 ここに俺ランキング第二位の高雄がいたらヤバかった。俺の股間は異形と化し、二度と元の姿には戻れなかったであろう。

 

「提督、皆さんは戦闘糧食を口にしているはずです。同じものならば、提督が食べても大丈夫でしょう?」

 

 間宮さんはそう言って、お盆の上に乗せられたおにぎり三つを机の上に置いたのだった。結婚したい。那珂ちゃんのファン辞めます。

 腹は全く減っていないが、間宮さんが俺に気を使って握ってくれた特別なおにぎりだ。食べざるを得ないだろう。

 補給キタコレ! ウマー!

 

「気を使ってくれてすまないな。ありがたくいただこう」

「うふふっ、私は戦う事が出来ませんから、これくらいは」

「提督、お茶はいかがですか?」

「うむ。頂こう……んっ?」

 

 いつの間にか、鳳翔さんがいた。

 伊良湖の後ろについてきていたのか。

 俺はてっきり、鳳翔さんも加賀達と外に出ていったかと思っていたのだが……。

 執務机の上に湯呑みを置く鳳翔さんは、俺の顔を見て、気が付いたように言ったのだった。

 

「提督……泣いて、いらっしゃったのですか?」

 

 エッ。

 あっ、し、しまった。そうか、鏡を見る暇も無かったが、あれだけ泣いたのだ。目が赤くなっていてもおかしくはない。

 俺は慌てて、軍服の袖で目元をごしごしと拭った。

 

「な、何でもないんだ」

「何でもないという事はないでしょう。提督、よろしければこの鳳翔にお話だけでも……」

「い、いや……悔しくてな。艦娘達が出ていくのをただ見ているだけしか出来なかった自分が……」

 

 いかん。誤魔化そうと思ったのに、本心がそのまま出てしまった。

 俺を歓迎したくないと言い切った艦娘達に何を言う事も出来ず、引き留める事も出来ず、ただアイツらの望んでいたであろう指示を出す事しか出来なかった。

 何が提督の権力だ……情けない。

 なんだかまた思い出したら涙が出てきそうだった。

 

 そんな俺の心中を察してか、鳳翔さんは優しく微笑んで言ったのだった。

 

「まぁ、提督……お優しいのですね。ですが、そう心配なさらないで下さい」

「う、うむ……」

「私達艦娘にとって、戦場に立つ事こそが、何よりも優先すべき第一の使命なのですから」

 

 アンタ一体何のフォローしてんの?

 艦娘は戦う事が第一優先だから、貴方の歓迎会をしている暇はありませんでしたって事?

 雑魚五隻に鎮守府全体で戦いに行くのも使命か何か?

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすってやつ? 全力すぎるだろ。適度に手を抜けよ。

 流石に無理がありませんか。

 いいよ、もう! 無理にフォローしなくて!

 俺の人望の無さが引き起こした事だってのは理解できてるから!

 

 鳳翔さんの下手なフォローで更に傷ついた俺だったが、ふと気になった事を何気なく尋ねる。

 

「うむ、済まない……ところで鳳翔さんは――」

「で、ですから! 鳳翔とお呼び下さいっ」

「う、うむ。鳳翔は赤城達と一緒にいなくても良かったのか」

「私がついていなくても赤城さん達はもう一人前です。それに龍ちゃん……いえ、龍驤さんもついていますから」

「鳳翔さんは今、私と一緒にお店をやっているんですよ」

 

 間宮さんがそう言った。

 オータムクラウド先生の作品では、間宮さんは伊良湖と『甘味処間宮』を、鳳翔さんは『小料理屋鳳翔』を営んでいるとの事ではあったが……。

 

「鳳翔が前線から退いているという話は聞いてはいたが」

「間宮さんのお店を間借りして、夜は私がちょっとしたお料理なんかを提供しているんです。お昼は『甘味処間宮』、夜は『小料理屋鳳翔』と看板が変わります。一日を通して艦娘たちの食堂のようなもので、間宮さんと伊良湖さん、私の三人で切り盛りしています」

「那智さんや千歳さんみたいに、甘味よりもお酒の好きな大人の艦娘もいますからね。鳳翔さんの時間はそういった方々の憩いの場になっています。お料理もとても美味しいんですよ!」

「なるほど。是非一度、行ってみたいものだ」

「えぇ、是非。今はこの鎮守府の一大事ですので、お店どころではありませんが……」

 

 鳳翔さんはそう言って、窓の外を心配そうに見つめた。

 一大事……だと……。

 や、やはり俺が艦娘達の信頼を得る事が出来なかったのは、そんなにもまずい事なのか。

 佐藤さんも、俺の一番の仕事は艦娘達の信頼を得る事だと言っていたし。

 

 俺の引き起こした一大事のせいで、鳳翔さんはお店どころでは無くなってしまったと……。

 ま、まずい! オータムクラウド先生によれば、鳳翔さんはこの鎮守府で最も怒らせてはならない御方!

 これ以上失望させてはならん! これ以上ボロが出る前にご退出願おう。

 とりあえず一人になって、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を読み込むのだ。

 くそっ、何でさっきまで一人だったのに、泣いてばかりいたんだ俺は。勉強するかシコるかの絶好のチャンスだったというのに。

 

「そうだな。いや、間宮に伊良湖、そして鳳翔。気をかけてくれてありがとう。もう夜も遅い。私に構わず、戻って休んでくれ」

 

「まぁ……何をおっしゃいます。提督が起きていらっしゃるのに、私達だけが休むわけにはいきません」

「そうですね。私には差し入れくらいしかできませんが、小腹が空いたらおっしゃって下さい! 甘いものはお好きですか?」

「提督は先ほど、何も出来ない自分が悔しいと涙を流しておりましたが、提督にしかできない戦いもここにはあります。よろしければ、私には提督の戦いのお手伝いをさせて下さい。こう見えて、昔はよく秘書艦を務めていたんですよ? ふふっ」

 

 鳳翔さんはそう言って、微笑みながら俺を見据えた。

 

 ……こ、この人はこう言っている。

 お前のせいで鎮守府は一大事だ。お前に付き合って休む事ができないのだ。私が手伝うから、泣いてる暇は無いからさっさと提督らしい事をしろと。

 お前の敵は、目の前に山積みになっているだろうと。さっさと戦えと。

 間宮さんは俺の事を純粋に心配して、おにぎりを差し入れに来てくれていた。

 だが、鳳翔さんは違う。

 明石まで出て行って一人になった俺を、秘書艦として監視しに来たのだ。間違いない。

 オータムクラウド先生の作品によれば、空母のお艦と呼ばれる鳳翔さんにはあの赤鬼の赤城と青鬼の加賀も頭が上がらないとか。

 鳳翔さんが本気で怒ると、あの赤城や加賀も子供のように泣いてしまうという。想像がつかん。

 あの切れたナイフみたいな一航戦すら逆らえない鳳翔さんは、さながら鎮守府の大鬼。

 いかん、お艦、怒らせてはアカン。

 

 い、いや。ポジティブだ。ポジティブに考えよう。

 考え方によっては、鳳翔さんは俺の味方であるとも言えなくも無い。

 俺が春日丸を無理やり実戦配備した先ほども、おそらく俺の心中に気付いていながら大人の判断を下したではないか。

 つまり、鳳翔さんは俺が使い物にならないクソ提督だと理解してなお、あえて俺に提督の仕事を務めさせようとしているのだ。

 他の艦娘達は全員、俺を見捨てて外に出ていったが、この人は厳しくはあるが俺を見捨てていない。

 俺はまだ、見捨てられていない。

 いや、鎮守府を何とかする為に、俺にしっかりして貰わねばならないという事か。

 さながら俺は鳳翔さんの傀儡。

 俺が艦娘との信頼関係を築けるかは、鳳翔さんの掌の上……。

 

 監視をするのは、俺がこれ以上失態を犯さないようにだろう。

 まるで母親が、子供が転ばないようにすぐ近くで足元に注意するように。

 そうか、この人は逆に寛大だ。

 決して怒らせてはならないが、滅多な事では怒らないのだろう。

 だからこれ以上怒らせるような真似はできない――。

 怒らせた時は色んな意味で俺の死を意味する。

 

「ホ、鳳翔サン……!」

「もうっ! 鳳翔ですっ!」

「う、うむ。すまない、つい……鳳翔サン」

「訂正できていません!」

「わ、悪い……鳳翔、甘えてしまってもいいか」

「勿論です。とりあえずは、この山積みの書類の処理が先決でしょうか」

「そうだな。夜が明けるまでには終わらせてしまいたい」

 

 アイツらがいつ頃帰ってくるかはわからないが、徹夜でこの山積みの書類を処理したと知れば、少しは見直してくれるだろう。

 処理の仕方はよくわからないが、大体はすでに大淀が一度目を通しているらしく、サインがしてある。

 おそらくこれに印鑑を押し、どんどん決裁していけばいいのだ。

 内容に不備があれば、先によく目を通している大淀の責任である。

 上司の俺の責任を問われた場合、俺の更に上司である佐藤さんの責任である。

 とりあえず、数をこなす事が大事なのだ。

 俺は書類には適当に目を通し、大淀のサインがしてあるものにはどんどん印鑑を押していく。

 

「提督。こちらの書類は私が先に目を通しておきますね」

「うむ。よろしく頼む」

 

 大淀のサインが無いものなどは、鳳翔さんが率先して目を通してくれた。ありがたい。

 これならば俺の仕事はほとんど印鑑を押すだけだ。

 

 サインが無くても、艦娘からの簡単な物品の申請なんかは俺の判断で承認しちゃってもいいだろう。

 原稿用紙に筆ペン? お絵かきが好きな子がいるのだろうか。

 お絵かきの為に地味に高価なものを……生意気な。申請者は聞いたことの無い名前の駆逐艦だ。

 駆逐艦ならば画用紙とクレヨンで十分だと言いたい所だったが、俺は寛大なので承認してやる。ありがたく思うがよいぞ。

 

 中身がよくわからないものも、大淀と鳳翔さんがOKを出したのならば、それは承認した方が良いに決まっている。

 俺は心を無にして、ただひたすらに印鑑を押していったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 何時間経っただろうか。印鑑を押しすぎて指が痛い。

 おそらく最後であろう書類に押印し、俺は小さく息をついた。

 

「お疲れ様です、提督。残りの書類は急ぎでは無いので、後日の処理でも良いでしょう」

「うむ。本当に助かった。鳳翔さんには――」

「……」

「ほ、鳳翔には頭が上がらないな。感謝する」

「いえ、勿体ないお言葉です。それにしても、本当に一晩で終わらせてしまうなんて……」

 

 鳳翔さんはまったく疲れたそぶりを見せない。

 俺も前の勤め先での経験から徹夜には慣れているつもりだったが、この人凄いな。

 俺は無心で印鑑を押す機械と化していただけなので頭は使わなかったが、鳳翔さんはしっかり書類に目を通していたし。

 空母だから夜戦は得意ではなさそうなのに……小料理屋をしてるからか?

 

「提督、鳳翔さん、お疲れ様です。間宮自家製アイスクリームを召し上がって下さい。熱いお茶もありますよ」

「う、うむ。いただこう」

「ありがとうございます、間宮さん」

 

 間宮さんがアイスを持ってきてくれた。普通のアイスでは無く、間宮さんの固有能力で作ったものらしい。スプーンですくい、口に入れる。

 瞬間、疲れがブッ飛んだ。

 何これ、悪いものとか入ってないよね? 眠気もダルさも消えて、まるで数時間寝た後みたいに頭がスッキリしてるんだけど。

 身体が起床後と勘違いしたのか、食った瞬間、股間も元気になったんだけど。

 人間が食べていいものなのだろうか、これは。隠し味に資材入ってない? ボッ、あ、いや、ボーキとか。

 

「これは……凄いな。艦娘達はいつもこんなものを食べているのか」

「あっ、いえ、その……前提督の指揮下では……」

 

 間宮さんは言葉を選んでいるように、口ごもってしまった。

 それに代わるように、鳳翔さんが言ったのだった。

 

「前提督は、艦娘がこのような嗜好品を楽しむ必要は無いとのお考えでした。ですので、艦隊司令部に認められている私達のお店も、前提督下ではほぼ機能しておりませんでした」

「えぇと……鳳翔さんの言う通りです。食材の仕入れも最低限に抑えられていたので、お酒や甘味を出す余裕が無くて。お店を再び始められたのは、ここ一か月の話なんです」

 

 なんと勿体無い。

 甘くて美味しいだけでなく、こんなに疲れが吹き飛ぶのだったら、むしろ積極的に使えば良かったのに。

 そう言えば前提督がいなくなったから俺がここに着任できたんだったな。

 せっかく提督になれたのに、どうしたのだろうか。そう言えば佐藤さんが何か話していたような気がするが……話を聞いていなかった。

 

 甘味は大事だ。甘味処間宮には、俺のアイドル間宮さんがいる。ついでにイラコーもいる。

 酒も大事だ。酒に酔っ払い、身体が熱くなり服を脱ぎ、夜戦に繋がる可能性は高い。やっ、せっ、ん~! 行ってみ~ましょ~! やっ、せっ、ん! 進め~!

 甘味を禁じれば間宮さんに会う機会は減り、酒が無くなれば自然にセクハラできる機会が減る。

 嗜好品を禁じるなどとんでもない話ではないか。

 

「甘味も酒も、適度に取れば活力に繋がる。今後、私も二人には世話になるだろうからな。よろしく頼む」

「まぁ……ありがとうございます。この間宮、一生懸命頑張りますね!」

「ふふっ、是非提督も、いらっしゃって下さいね。無事にこの戦いが終わったら……」

 

 何か鳳翔さんが死亡フラグみたいな事を言い出したが、アイツらまだ戦っているのか。

 雑魚相手に何時間かけているのだ。いくら俺の歓迎会に参加したくないからとは言え……。

 

 何時間かけて……ん? なんか忘れている事があるような……。

 

 アッ。

 俺は心の中で呟いた。

 しまった。そういえば建造してから、もうとっくに四時間過ぎてしまっている。

 すっかり忘れてしまっていた。

 

 俺は間宮さんのアイスクリームを食べ終わると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「少し、工廠に行ってくる」

「まぁ、この時間にですか? 妖精さん達も休んでいるのでは」

「いや、そろそろ頃合いだと思ったのでな」

 

 忘れていたとは言えない。

 俺は一人で向かうつもりだったが、鳳翔さん達もついてきた。

 書類の処理も終わったし、もう本当に休んでくれていいのに。

 

 

 

 真っ暗な工廠の中は、昼間とは違って静かだった。

 妖精さん達の姿も見えない。

 建造ドッグの部分だけ、蒼く光っていた。

 鳳翔さん達を外で待たせて俺一人で近づいてみると、水槽の一つが煌々と輝いている。

 水槽から蒼い光の柱が立ち上っており、中に人影のようなものが微かに見える。

 

 ……アッ。

 よく見れば水槽の目の前に、膝に顔を埋めて体育座りをしている妖精さんが一人、いた。

 

「す、すまん。今、来たのだが、起きているか」

 

 妖精さんに顔を近づけて、小声で話しかける。

 妖精さんは顔を上げないまま言った。

 

『提督さんは女の子とお出かけした事はありますか』

「エッ」

 

 い、いや。それくらいの経験はある。

 

「う、うむ。勿論だ」

『妹さん以外で』

「エェェ」

 

 お前何で俺に妹がいるって知ってるんだ。

 しかしそれを除いてしまえば、勿論そんな経験など皆無である。

 

「な、無い……です」

『だから女の子をこんなに待たせられるのですね』

 

 うっくぅ~……何も言えねェ……。

 さりげなく女の子アピールをしてくるグレムリンに反論したいところではあるが、妖精さんを敵に回す事はできない。

 妖精さんはいまだに体育座りをしたまま顔を上げてくれない。

 

「わ、悪かった。悪かった。出撃が上手くいかなかったり、艦娘達に歓迎してもらえないのが悲しくて号泣したり、鳳翔さんの監視下で寝ずに残業したりと色々あって、抜け出す事ができなかったんだ」

『提督さんは間宮さんのアイスを食べて、鼻の下を伸ばしていたよー』

 

 俺の頭上から声がした。

 そういえば、大淀達に押し付けた三人以外にもう一人いたんだった……。

 帽子の中に隠れていたのかコイツ……!

 

『へー、提督さんは女の子を数時間待たせておいて、別の女性とお楽しみでしたか。へぇー』

「ち、違うんだ。これは偶然で」

『私たちはずっと待っていたのに。提督さんの為に頑張ったのに』

「悪かった、悪かったって」

『だったら、愛してると言ってほしいのです』

 

 バカップルか! 俺は心の中でツッコんだ。

 コイツ何様なの⁉ 俺の何を気取ってんの⁉

 妖精さんの考える事がわからん。一向にわからん……。

 

 しかも俺に告白の真似事をしろとか、コイツ俺のトラウマをわかって言ってんじゃないだろうな。

 俺が一番嫌がる事だと知っておいて。

 

 く、くだらん。ここで戸惑っていたら、まるで俺がこのグレムリンを女の子扱いしているみたいではないか。

 女の子扱いなどとんでもない。子ども扱いですらない。キノコか野菜みたいなものだ。

 シルエット的には人語を話すマッシュルームもしくはブロッコリーだと思えばいい。

 野菜に向かって愛を宣言した経験は無いが、まぁ大した事では無いだろう。

 仕方ない。妖精さんのご機嫌を取る為だ。思う存分、口先だけの愛を叫んでやろうではないか。

 ――妖精さん!

 

「私にはお前が必要なんだ。私はお前を――愛している」

「テートクゥーーッ!」

 

 瞬間。

 目の前の光の中から、いきなり何かが飛んできて、俺に直撃した。

 いや、覆いかぶさって、いや、抱き着いている⁉

 

「そんなに私を必要としてくれていたなんて! 私、感激デース!」

 

 な、何だコイツは。む、胸が当たっているではないか!

 やったぁーっ! やりましたっ! 私っ! 嬉しい! これからも頑張りますね!

 いや、感激してる場合ではない。

 胸を押し付けられて、自動的に俺の股間に駆逐艦馬並が高速建造された。

 妖精さんに説明を求めようとしたが――。

 

『わー、かなり久しぶりに建造が成功しました』

『祝えー』

『おー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『素敵ですねー』

『嬉しいですねー』

『おめでとうございます』

『ありがとうございます』

 

 いつの間にか、どこからか大勢の妖精さんが出てきて、万歳していた。

 お前ら本当に何なの⁉

 

「ずっとずっと冷たい暗闇の中に沈んでいた私に、声が聞こえてきましたネー! 貴女を望んでいる人がいるって……そんな声が聞こえてきマシタ! そして、大丈夫、帰ろうって呼ぶ声が……貴方の声デース! 提督、テートクゥ!」

「ま、待て! な、名を名乗れ」

「オォウ! 失礼しましたネー! 目が覚めた瞬間、提督に愛を囁かれたので、つい……白雪姫はこんな気分だったに違いないネー! えへへっ!」

「わかった、わかったから早く名乗ってくれ」

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

 金剛と名乗ったそいつは俺から離れ、元気よく敬礼した。

 いざ離れてしまうと先ほどまでの柔らかさが名残惜しい。

 しかしあれだけの柔らかさの割に金剛とは、名前負けも甚だしいというか。

 金剛……エッ。

 

「こ、金剛だと……? お前が……?」

「イエーッス! 超弩級戦艦として建造技術導入を兼ねて英国ヴィッカース社で建造された、金剛デース!」

 

 昔の事はわからん。

 オータムクラウド先生の作品にも出演していなかったからな。

 改めて、目の前の金剛の全身をまじまじと眺めてみる。

 

 金剛型戦艦、長女。姉属性。ストライーック!

 活発で明るく人懐っこそうな性格。ストライィーック!

 巨乳。ドストライィィーーック! 俺の股間のバッターアウト!

 

 外国の芸人のような話し方を除けば俺の好みど真ん中ではないか。

 まさか妖精さん……い、いや、まさかな。

 

 そうだ。そう言えば金剛型と言えば。

 

「比叡、榛名、霧島は……」

「オー! それは私の可愛い妹達デスネー! まさか提督の下にいるデスカー?」

「う、うむ。今は諸事情で夜戦中だが……」

 

 俺を嫌うがあまり、まだ海の上である。

 ちょうどいい。顔合わせも兼ねて、連れて帰ってきてもらおう。

 

「金剛、建造されたばかりで悪いが、一つ頼みたい事があるのだが」

「オフコース! 提督の為なら、たとえインザファイヤー! インザウォーター! デスネー!」

「う、うむ……顔合わせのついでに、まだ戦っている比叡達に、早く帰ってこいと伝えてくれないか」

「伝言ついでに感動の再会という奴デスネー! お任せ下サーイ!」

 

「て、提督……? これは……!」

 

 金剛の騒がしい声に気が付いたのか、鳳翔さん達が建造ドッグに駆け寄ってきていた。

 

「うむ。建造は成功した」

「ヘーイ! 鳳翔! お久しぶりデース!」

「こ、金剛さん⁉ ま、まさか提督……この建造は……計画通りだったと言うのですか!」

 

 うぐっ。流石は鳳翔さん。

 俺がチュートリアルに従って建造した事を看破しおった。

 その通りである。必要だったから建造したわけではなく、チュートリアルの計画通りに行っただけなのだった。

 ほ、鳳翔さん怒らなければいいのだが。

 

「……まぁ、そうなるな」

 

 俺は諦めて認めたが、鳳翔さんは何ともいえない表情をしていた。

 怒っているのか、何なのか。

 怒りを通り越して、呆れているような、驚愕しているような。

 俺の考えの無さは、一周回って鳳翔さんの怒りを振り切ったという事だろうか。

 俺のアホさが俺を救う。芸は身を助けるとはこの事か。

 

「それでは提督! 比叡達に提督のメッセージを届けに行ってくるネー! うふふっ、提督と私の初めての共同作業ネー!」

「う、うむ。外はまだ暗いから気をつけてな」

 

 金剛は嬉しそうに敬礼し、工廠の外へと走って行ったのだった。

 まぁ、美人で可愛くて、明るくて巨乳でよくわからん奴だが、楽しそうだから、いいのかな……うん。

 








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