ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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018.『掌の上』【艦娘視点③】

 絶望の色に染まっていた海は、照明弾の明かりに照らされる。

 その光に包まれて、戦艦棲姫達は何が起こっているのかわからない、といった風に固まってしまっていた。

 

『テイトクダト……! バカナ……ソンナハズハ……ッ!』

 

 無線を介せずとも戦場に響き渡った大淀の叫びは、深海棲艦の耳にも届いたようだった。

 そうか。奴らはやはり提督の不在を確信して侵攻してきている。

 こればかりは偶然だが、まさか今日着任し、そして――ここまで有能な人だったとは、想像だにしていなかった事だろう。

 無理も無い。つい先ほどまで、この私達ですら疑っていたくらいなのだから。

 

「お姉様、現在の状況は……」

「チッチッ、比叡。ドントウォーリィ。ミナまで言うなという奴デース! 皆の顔を見ればだいたいわかりマシタ!」

「お姉様……流石です!」

 

 比叡の言葉に、金剛が思い出したように、ぽんと手を叩く。

 

「そうそう、提督から、比叡達にメッセージを頼まれていたネ! 霧島、マイクプリーズ!」

「はいっ、こちらに!」

「榛名! 無線を皆さんに繋いでくだサーイ!」

「すでに準備しています!」

「オッケーイ! ナイストゥーミートゥー、エブリワン! 私、提督に建造されマシタ、金剛型戦艦一番艦、金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

 マイクで声が大きくなるわけではないが、気分の問題なのだろうか。

 金剛は榛名の無線を通じて、その場違いに明るい声を戦場に届けた。

 

 無線の向こう側からは、大きなざわめきが伝わってくる。

 この鎮守府の状況を把握した提督が、一番最初に着手した事が――建造であるという事。

 提督が何故、このタイミングで建造をしたのか。

 そして、その建造が成功したという事実。

 建造されたのが、強力な戦艦であり、比叡達が数年もの間待ち望んでいた、金剛型戦艦長女の金剛であるという事。

 大淀達の奇襲に合わせての、狙ったようなタイミングでの実戦投入。

 今まで白紙であった私達の頭に複数の点が生まれ、点と点が繋がって線となり、線が繋がり――提督の描いた絵図が一気に理解できた。

 その衝撃は……如何ばかりか!

 

「提督からメッセージを頼まれてイマース! 早く帰ってこい、との事デスネー!」

 

 提督は、今も私達を見てくれているのか。

 前提督からは、そんな言葉をかけられた事は無かった。

 刺し違えてでも敵を全滅させろ、ではなく、この戦いを終わらせて早く帰って来いと言ってくれるのか。

 つい先ほどまで諦めに沈んでいた心に、再び火が灯る。

 提督の存在は、声は、その言葉は、私達に勇気をくれる。

 

 大淀は叫んだ。

 この戦場の全ては提督の掌の上なのだと。

 ならば、私の判断も全て、提督には予測済みという事なのだろう。

 この状況も、この布陣も、全て。ならば――!

 

「総員、散開ッ! この機を逃すなっ! 各水雷戦隊と共に挟撃し、敵援軍を撃破しろッ!」

『了解!』

 

 その瞬間、確かに――確かに、艦娘の意識は一つになった。

 私は今、瞬間的に判断し、抽象的な言葉を叫んだだけで、具体的な指示はしなかったはずだ。

 だというのに――。

 

『羽黒は私と! 第二艦隊と挟撃します!』

『はいっ! 妙高姉さん!』

 

『足柄、貴様は私に付け! 第四艦隊を支援するぞ!』

『了解よ! さぁ、行きましょう!』

 

『筑摩! 吾輩達は正面じゃ! 第三艦隊と共闘するぞ!』

『はい、利根姉さん!』

 

『谷風はうちと一緒に! 一番近くの天龍姐さん達ん所じゃ!』

『合点! 燃えてきたじゃねぇか、ちっくしょーめ!』

 

『浜風はこの磯風と共に、大淀の支援に向かおう――征くぞ!』

『えぇ。必ず護り抜きます!』

 

『千代田、私達は第三艦隊の正面で合流、敵艦隊を迎え撃つわよ!』

『了解よ! 千歳お姉には負けないから!』

 

「長門さん! 青葉は改二実装艦のいない第二艦隊の支援に向かいます! こちらはよろしく頼みます!」

「良し! 頼んだ!」

 

 私は高揚と共に、それ以上に驚愕していた。

 以心伝心。

 瞬間的に頭の中で思い描き、しかし具体的な言葉にはできなかった布陣。

 一つ一つの編成を詳細に指示している時間は無かった。

 しかし、私の指示を聞いたそれぞれ艦娘達がその場で判断し、最善と思われる形を作ったのであろうそれは、私の想定と寸分違わぬものだったのだ!

 

 大淀の言葉により、この戦場の全ては提督の掌の上だと、艦娘全てが認識した。

 提督の存在を、そして思考を意識した上での判断。

 様々な性格を持つ艦娘達全てが、提督の思考をなぞる事で、瞬間的に、無意識の内に、同様の最善手を導き出したという事か。

 これが――これが、提督の思考、提督の領域、提督の世界!

 そして、提督が私達に求めているレベル!

 

『……サセルカァァアッ!』

「第一艦隊! 全艦斉射!」

 

 再び動き出した戦艦棲姫達だったが、その隙はあまりにも大きかった。

 一斉に動き出した他の艦娘達を足止めしようとした瞬間、私達の砲撃をまともに食らってしまう。

 

『キャアアッ!? オ……オノレェッ! ヨクモ……ヨクモォォオッ!』

 

 もう滑稽に踊り狂うつもりは無かった。

 現在の戦況を思考する。

 

 北東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には妙高、羽黒、磯風、浜風、青葉。

 敵後方には第二艦隊。大淀、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞。

 

 東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には利根、筑摩、千歳、千代田。

 敵後方には第三艦隊。川内、神通、那珂、時雨、夕立、江風。

 

 南東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には那智、足柄、浦風、谷風。

 敵後方には第四艦隊。天龍、龍田、暁、響、雷、電。

 

 そして私達。

 敵艦隊は戦艦棲姫一隻、泊地棲鬼四隻。

 敵前方には私、金剛、比叡、榛名、霧島。

 

 敵援軍に対しては数の上ではほぼ五対十。敵の倍。

 そして水雷戦隊は圧倒的に有利な、敵の背後からの奇襲。

 敵艦隊は前後からの攻撃に対応しなければならない。

 提督の予測と策略により、再び地の利と数の利を得る事が出来た。

 

 私達は数の上では五対五。数も艦種も互角――タイマンでの、殴り合いになるか。こちらは若干不利と言える。

 真正面から相対するが、敵は背後が気になって仕方が無い様子だ。

 これも、提督の策というわけか。

 後は――個々の性能差さえ縮められれば、戦況は覆る。

 

『長門さんっ! 何としてもここで敵の補給線を断つ必要があります! ここで勝負が決まります! そして鎮守府の備蓄状況も――すでに提督は把握済みですっ! 資材の心配はありませんっ!』

 

 やはり、提督には全てお見通しという事か。

 大淀からの無線を受けて、私は声を上げる。

 

「全艦に告ぐ! 『ラストダンス』だっ! 各自、その全身全霊を持って敵艦隊を撃破せよ!」

 

『ラストダンス』とは、誰が言い出したのか、勝負を決める為に行う最後の全力攻撃の事だ。

 持てる戦力の全てを振り絞り、確実に敵を沈めよ、という意味を持つ暗号である。

 指示を出してから、ふと気が付いた。

 これは、この指示は、提督が私達を送り出す時に出した指示と同じではないか。

 私は何故、改二の発動を許可する、と具体的な指示を下さず、あえてこんな言葉を。

 

 ――提督の領域に、私も足を踏み入れられたという事だろうか。

 

「こいつは……胸が熱いな……!」

 

『アァァアッ! ヤラセハ……シナイィッ!』

 

 戦艦棲姫達がその形相を変え、私達に背を向けた。補給部隊を支援に向かうつもりか。

 提督の神算の前に、先ほどまでの余裕は無くなってしまったようだ。

 それほどまでに、あの援軍、補給部隊は奴らの命綱であり、今回の奇襲の切り札であったのだろう。

 冷静さを失い――私達に背を向ける事がどれだけ愚かな事なのか、その判断すらもできないようであった。

 

 瞬間――背後に生まれた莫大なエネルギーを、奴らは無視できるはずも無かった。

 

「気合ッ……! いれっ……てぇェ……ッ! 征きまぁすッ! 比叡っ!――」

「全力で参ります! 榛名!――」

「マイクチェック、ワンツー……よぉしっ! 霧島ッ!――」

「提督のハートを掴むのは私デース! 金剛っ! レッツ!」

 

「――『改二』ッ‼」

 

 金剛型四姉妹が同時に改二を発動する。

 変わったのはその装束と艤装だけではない。全ての性能はもとより、先ほどまでとは比べ物にならないほどの圧倒的、驚異的な火力。

 これだけの火力を前に、無防備な背を向ければ、たとえ鬼と姫の強固な装甲でもどうなるか――。

 それくらいの判断はついたようで、奴らは再びその身を翻し、私達に相対した。

 悔しさと怒りに満ちた眼光が私を射抜いたが――もう恐れるものは何も無かった。

 

「……ちょっと待て。金剛、お前建造されたばかりだろう⁉ 何故いきなり改二が発動できる⁉」

「提督への抑えきれないバーニングッ、ラァーブッ! これこそが私の力デスネー!」

 

 馬鹿な。そんな事が有り得るものか。

 たとえ金剛が春日丸と同等の天才だとしても、艦娘として初めてその身体を手に入れた日に、いきなり改二が発動などできるはずがない。

 龍驤など、血ヘドを吐く思いで習得したと言っている。私だってそうだ。

 建造されたばかりの艦娘は、まだ艦娘としての身体に慣れておらず、本来の性能を発揮できない。

 幾度も演習や実戦を繰り返し、少しずつ練度を上げていく事で勘を取り戻し、また、その性能は強化されていくのだ。

 艦娘の強化には提督との信頼が必要不可欠だという事は理解していたが、流石に練度を凌駕するほどの信頼関係というものは前代未聞だ。

 何故、金剛は出会ったばかりのあの提督をそこまで信頼して、いや、これは信頼というよりも、まるで恋、いや、愛――

 

 ……いや。もう考えるのはやめておこう。

 あの規格外の提督に、今までの常識は通用しない。

 私達もすでに、提督の事を多かれ少なかれ信頼してしまっているではないか。

 むしろ、私達がもっと強くなる為には、この金剛を見習わなければならないのかもしれない。

 この長門には無縁であった、そんな感情を。

 

「金剛・比叡は戦艦棲姫から左側の泊地棲鬼を、榛名・霧島は右側の泊地棲鬼を各自一隻ずつ、狙えっ! 休みなく砲撃し、奴らを補給部隊に近づけるなっ! 改二の火力ならば奴らも無視できん!」

「イエス! 私の実力、見せてあげるネー!」

「いつでも準備、出来ています!」

「さぁ、砲撃戦、開始するわよ~っ!」

「はいっ、了解ですっ! 長門さんは、まさか一人であの戦艦棲姫を……⁉」

 

 気を使ったのであろう、榛名の言葉に、私は思わず、小さく微笑んでしまった。

 私も、もう金剛と何ら変わらないのかもしれない。

 金剛がバーニング・ラブと例えたのは、この胸に宿った熱の事なのだろう。

 先ほどまでとは比べ物にならない。湯水のごとく、どんどん力と勇気が湧き出てくる。

 私の背後に、こんなにも頼りになる提督がいる。私の背中を見ていてくれる。それを思うだけで、もう胸が熱くてたまらないのだ。

 あの方にいいところを見せたくて、あの方に褒めてもらいたくて、たまらなくなるのだ!

 

「私か? 私の相手は五隻全てだ! 改装されたビッグセブンの力、侮るなよ! 長門――『改二』ッ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 敵艦隊が迫って来る。そのすぐ背後には第四艦隊。

 敵の護衛艦である重巡リ級と交戦しながら、輸送ワ級を集中して狙っているようだ。

 

「ハッハァーーッ! 怖くて声も出ねぇかァ!? オラオラァ! 硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 砲撃音に混じり、天龍が調子に乗っている声が自分の耳にまで聞こえてくる。

 敵の背後から奇襲した事も含め、どうやら戦況は優勢なようだ。

 

「龍田! 駆逐ども! ビビってんじゃねぇぞぉ! オラオラ! 天龍様の攻撃――ぐわぁぁあーーーーッ⁉」

「はわわ、天龍さんがまた大破したのです!」

「雷ちゃん、悪いんだけど、天龍ちゃんを鎮守府まで運んでくれないかしら~?」

「はーい! もっと私に頼ってもいいのよ?」

「天龍さん、あとはこの一人前のレディに任せて!」

ダスビダーニャ(また会いましょう)

 

 早速、戦線を離脱したようだ。何であの圧倒的に有利な状況で攻撃を食らうのだ……。

 もはや随伴艦達も慣れすぎているのか、旗艦が大破したというのに誰も動じていない。

 あの水雷戦隊は、旗艦がやられても艦隊としての機能を失わないという、ある意味で優秀な艦隊なのかもしれない。

 

「改二発動の許可も出たし、やっちゃっていいわよ~。私も離脱した二人分、頑張っちゃうわ~」

 

 昼行燈、龍田。

 奴を例えるならば、性能に恵まれなかった神通というべきか。

 だが、その類稀なる戦闘センスを、奴はなるべく隠すように努めている。

 軽巡洋艦の中でもトップクラスの戦闘センスを持ちながら、駆逐艦を率いての遠征任務を好んでおり、正直考えが読めない奴だ。

 性能にも戦闘センスにも恵まれないくせに突っ走ってしまう天龍の影に隠れ、常にそれを支えている事を喜んでいるようにも見える。

 前提督に天龍と同等の能力だと断じられ、天龍や他の駆逐艦達と共にしばらく役割を与えられず、満足に飯も食えなかった時も、それで良いとすら考えていたような節があり――本当に心中が読めない。

 しかし、一度戦場に出撃すれば本性が抑えられないのか――。

 

「死にたい船はどこかしら~? 絶対逃がさないから~」

 

 前方で爆発音が鳴り響く。

 どうやら一隻、いや二隻。輸送ワ級――いや、あえて戦闘能力に長けた護衛艦の重巡リ級を撃沈したようだ。

 提督により有利に運ばれた布陣で、背後からの奇襲とは言え――戦艦に僅かに劣る程度の性能を誇る重巡リ級flagshipを、あの一瞬で、こうも容易く、二隻同時に。

 龍田一人では、こうはならない。

 戦場において、天龍がいなくなってから、龍田はようやくその本領を発揮する癖がある。

 前提督の指揮の下では決して発揮される事の無かった厄介な龍田の性能を、あの男は理解しているという事か。

 

「天龍さんの仇を取るわ! 暁! 『改二』っ!」

「さて、やりますか。信頼の名は伊達じゃない――『Верный(ヴェールヌイ)』」

 

 そして、横須賀鎮守府の駆逐艦の中で最も早く改二に目覚めたあの二人。

 天龍の抜けた穴を防ぐ役割を果たしているあの二人を育てたのは、他ならぬ天龍であると私は考えている。

 奴に関して特筆すべきは、率いる才ではなく育てる才。過去に練習巡洋艦の手伝いをしてみてはどうだと提案したが、喧嘩を売っているのかと凄まれた事がある。

 本人さえも認めたがらぬその才に気づいている者は私の他には大淀くらいしかいないと思っていたが……まさかあの若い男が気付いているとは。

 

 ――いや、あの男の眼が正しく、この那智の眼は外れていた事を認めよう。

 

 育てる才では無く、奴の真骨頂は鼓舞する才。

 奴の本領は、演習や遠征では無く、戦場でこそ最大限に発揮される。あの男はそれを理解していたのだろう。

 そうでなければ、天龍をこの重要な任務の旗艦には据えないはずだ。

 旗艦に命じられた天龍の戦意の高揚は、随伴艦にも伝播し、鼓舞される。

 何しろ、ほんの僅かな時間、天龍の檄を聞いていただけでも、こんなにも身体が疼くほどなのだ。

 戦場に出ねば意味を成さない天龍の才能を最大限に引き出し、この絶望的な闘いにおいて、私達全員を鼓舞する事を目的としていたのならば。

 

「食えぬ男だ」

 

 私がそう呟くと、合流した浦風が私に声をかける。

 

「那智姐さん! あの提督さんは凄いお人じゃ。こんな恐ろしい戦いを掌で転がす頭を持っちょるのに、勉強熱心じゃったけぇ」

「ほう、浦風。貴様、随分と奴を高く買っているな」

「うふふっ……うち、嬉しかったんじゃ! 前の提督と違って、水雷戦隊や、うちらにも役割を与えてくれたけぇ。それに……」

「それに……何だ」

「うぅん、うちもようわからんのじゃけど、なんだか放っておけないんじゃ。ぶち男前だからじゃろうか……」

「下らん」

 

 やはり駆逐艦は子供だ。少し見た目が熟れていようが、そこだけは変わらない。

 少しばかり男前だったからといって、認める理由にはならない。

 提督として大事なのはやはりその資質。指揮能力は当然として、性格を言うならば剛毅さは必要不可欠であろう。

 

「まったく、子供ねぇ、浦風は」

「フン……足柄、貴様もそう思うか」

「素敵な男性に大事なのは顔ではなくカツ……そう、勝利に導いてくれるかどうかよ!」

 

 コイツはコイツで我が妹ながら心配だ……。

 実力だけは間違いなく一級品だが、時々頭が悪くなる。

 

 下らん話をしている暇は無い。

 第四艦隊に追い立てられ、敵艦隊は目の前にまで迫ってきていた。

 あの男は、後で私なりの方法で見極めてやろうではないか。

 私を認めさせた暁には、この那智も潔く、今後の忠誠を誓おう。

 

 後で、だと。

 馬鹿な。

 私は気付けば、口角が上がってしまっていた。

 

 ――まるでそれは、あの男の指揮の下、この戦いの勝利を確信しているようではないか。

 

「さぁ、食い止めるぞ! 怖じ気づく者は残っておれ! 那智! 『改二』ッ!」

「十門の主砲は伊達じゃないのよ! 足柄! 『改二』っ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さあっ、待ちに待った夜戦だぁッ! 川内っ! 『改』ッ! 『二』!」

「那珂ちゃんセンター! 一番の見せ場でぇすっ! 那珂ちゃんっ! 『改二』っ!」

「……――『神通改二』」

 

 力が漲る。

 久方ぶりに改二を発動し、最初に気が付いた事はそれだった。

 戦闘に特化した形態である改二を発動すれば、力が漲るのは当然だろう――もちろんそういう事では無い。

 一番最後に発動した改二は、現在と比べればあまりにも弱弱しい、形だけの改二と言っても過言では無いような代物だったのだ。

 

 敵補給艦一隻撃沈。残り四隻。

 

 砲撃の火力、魚雷の速力、狙いの正確さ、破壊力。そして自身の身体能力。どれも比較にならない程だ。

 それはやはり、大淀さんの――いえ、提督の掌の上、と言うことだろう。

 私達艦娘がその性能を発揮するには、提督の存在が必要不可欠だ。

 提督の指揮下になければ、私達は本来の性能を発揮できない。

 そして何よりも――提督が信頼できると感じる事こそが、私達の力の源だ。

 

 前提督の指揮の下では、提督への信頼が低く、力を最大限に発揮する事ができなかった。

 提督不在のこの一か月間は、本来の性能すらも発揮できなかった。

 そして本日の提督の着任。普通であれば、せいぜい本来の性能を発揮するくらいが関の山であっただろう。

 

 そう、普通であれば。

 

 敵重巡洋艦一隻撃沈。残り三隻。

 

 今回の深海棲艦の奇襲は、普通に迎え撃っていただけでは絶対に防げないものであっただろう。

 地の利があろうとも、数の利があろうとも、いとも容易く蹴散らされていたはずだ。

 

 だが、あの提督は、この絶体絶命の危機を逆に利用したのだろう。

 事実、この私は――提督の事を、すっかり信じてしまっているからだ。

 

 あえて多くを語らず遠征に出撃させられた私達は、一瞬ではあるが提督の事を疑ってしまっていた。

 何しろ、前提督の禍根が未だに残っている中で、意図の読めぬ出撃だ。

 退くか進むか、生きるか死ぬかのあの瀬戸際。

 だが、徐々に状況が判明し、その真意を理解できた瞬間のあの衝撃――。

 

 あの人は、私達をもっと高みへと引き上げようとしている。

 

 理解できない者もいるだろう。

 意味がわからぬ、説明しろと声を上げた者もいただろう。

 だが、提督がこの鎮守府に着任し、行った全ての事は、私達を鍛える、ただその一点に通じているのだ。

 

 私達がそうであったように、おそらく他の艦隊も、具体的な説明が無いままに出撃させられていると予想できる。

 だが、私達と同じように、やがて提督の真意に気付く。

 提督の真意に気付いた者は――提督の事を信じるだろう。

 

 着任していきなり「私は有能だ。私の事を信じてくれ」と言っても信じる者などいないだろう。

 提督はあえて多くを語らず、その行動一つで私達の信頼を得たのだ。

 そうやって得られた信頼は――私達の性能を爆発的に強化する。

 信頼できる、と判断した提督の指揮の下でこそ、私達は強くなれる。

 

 敵補給艦一隻撃沈。残り二隻。

 

 提督は一体いつから、この策を思いついたのだろうか。

 大淀さんの話では、この一か月間の報告書も、読んでいるのか疑う程の速さで目を通したぐらいだという。

 そこから今夜の夜襲、敵の作戦、編成を予測し、それを迎え撃つ為の作戦、編成、布陣を導き、さらには建造さえも思いのままに成功させる事で、艦娘の信頼を得て、艦娘を強化する。

 常人では決して至る事の出来ない高みにあると言っても過言では無い、これ以上無い神算と、前代未聞、常識外れの指揮。

 

 この襲撃が読めた時点で、即座に艦隊司令部や他の鎮守府に援軍を求める事も出来ただろう。

 だが、提督はそれをせずに、この鎮守府にいる艦娘だけで応戦した。

 それは決して無謀な賭けでは無かった。

 提督の眼からすれば、私達には、それが出来るだけの、この国を守れるだけの、十分な練度があった。

 提督は、私達にこう言っているのだ。

 お前達ならば出来る。私はお前達ならば出来ると信じている。信頼しているのだと。

 

 ――それほどまでに熱い信頼を受けている事に気が付いてしまって、力が漲らない方がおかしいというものだった。

 

 私は提督の事を理解できた、と思う。

 だが、提督は私の事を理解してくれるだろうか。

 駆逐艦の中には私を鬼だと言って怖がる子がいるという。

 影では鬼の二水戦と呼ばれているとの噂も聞く。

 だがそれも、全ては彼女達の為。

 

 提督のこのやり方にも、理解をしてくれない艦娘がいるはずだ。

 だが提督のこの丸投げのように見える指揮も、私達を鍛える為のもの。

 私と提督は――似ていると思った。

 少なくとも私の方は、提督に共感してしまっている。

 シンパシーを感じてしまっている。

 

 敵重巡洋艦一隻撃沈。残り一隻。

 

 提督にもっと私を知って欲しい。

 提督にもっと私を理解して欲しい。

 どういう事だろう。提督の事を考えると、身体が火照ってきてしまう。

 提督無しでは、私達はこの戦場にまで辿り着く事さえ出来なかっただろう。

 提督が今日着任していなければ、今頃姫と鬼、大量の輸送ワ級と重巡リ級に蹂躙され、海の底にいたかもしれない。

 提督は、私の手を取って、ひとつ高みに連れ出してくれたのだ。

 前の提督の下では有り得なかった、提督不在では見上げる事すら出来なかった、そんな高みに、容易く連れ出してくれたのだ。

 

 あの人の傍にいれば、もっと高みに連れて行ってくれるだろうか。

 私達は、もっともっと強くなれるだろうか。

 私は――

 

「ぬわーーーーッ⁉ 筑摩ーっ! 筑摩ァーーッ⁉」

「あぁっ⁉ と、利根姉さん危ないっ!」

 

「えっ?」

 

 気が付けば、私の目の前にはひっくり返って大股を広げ、私に怯えた目を向ける利根さんと、それを庇うように両手を広げた筑摩さんがいたのだった。

 私達の近くには、砲撃の音は聞こえない。

 

「あ、あらっ……? 敵艦が確かあと一隻……」

「ばばば馬鹿者っ! あれを見よ! とっくの昔に吾輩達が迎え撃ったわい! お主、何処を見ておるんじゃ! 恍惚の表情を浮かべながら敵艦を次々と……恐ろしいわ! 何なんじゃお主は!」

「ごっ、ごめんなさいっ! 少し、提督の事を考えていて……」

 

 涙目で叫ぶ利根さんに、私は慌てて頭を下げる。

 視線を感じて振り向けば、川内姉さんと那珂ちゃんが恨めしそうな目で私を睨んでいた。

 時雨さんと夕立さんは呆れたような目を向け、江風さんは何故か目を輝かせている。

 

「コラ神通……久しぶりの夜戦だったんだけど……全部……全部独り占めって……お前……」

「那珂ちゃんの出番は⁉ もう終わり⁉ せっかく衣装変えまでしたのにー!」

「ねっ、姉さん! 那珂ちゃんっ! すみません! 考え事をしながら戦っていたら、いつの間にか……」

 

 ひたすらに頭を下げるが、川内姉さんは腰に手を当てたまま、率いていた時雨さん達に目を向け、言ったのだった。

 

「へー、へぇぇー、考え事をしてたらいつの間にか無意識に格上の敵を一人で全滅させてたわけね。時雨、夕立、江風ー、皆はこんなアホな先輩の真似しちゃ駄目だからねー」

「普通は真似できないよ」

「有り得ないっぽい……」

「神通さん、流石ッス!」

「ち、違うの! これは! な、なんというか、提督への信頼のおかげか、思いのほか力加減が……」

 

「ねぇ千代田。私達、他の艦隊の支援に向かえば良かったわね」

「そうね、千歳お姉……助けがいると思ったんだけど、結局私達何もしてないわね。天龍のとこ行きましょうか」

「い、いえ! 助けに来てくれてありがとうございました! あぁっ、ま、待って下さい! 話を聞いて!」

 








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