ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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023.『夢』【提督視点】

 秘書とは何か。

 俺のベッドの下に隠してあるオータムクラウド先生の作品群の事である。いや、それは別の意味の秘書だった。

 

 秘書とは何か。

 俺の考えでは、偉い人の身の回りの世話やら書類仕事、スケジュール管理を行う仕事に就く人の事だ。

 

 それでは、秘書艦とは何か。

 文字通りに、提督の秘書としての役目を持つ艦である。

 

 秘書の仕事とは、果たして書類仕事や身の回りの世話だけなのか。答えはNOである。

 俺ほどの天才的頭脳となると、凡人では決して見つける事の出来ない真実に気づいてしまう。

 そう、秘書という言葉に隠されたアナグラム、密かに込められた意味。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 秘書 → Hisyo → H siyo → Hしよ!

 いいですとも! 提督ッ、気合ッ! 入れてッ! イキますッ!

 

 このように秘書艦とは、提督の性的なお世話をする役目を持つ艦でもあるのだ。

 オータムクラウド先生の作品にもそう書いてある。

 そうと決まれば話は早い。提督命令を発動! 秘書艦隊を編成する!

 俺の天才的頭脳は瞬く間に横須賀鎮守府の艦娘達の中から、秘書艦に適した者を選別する。

 

 俺の秘書艦を務めるに当たり重視される三大要素はこれだ。

 一つ、年上属性。

 一つ、包容力。

 一つ、巨乳(必須)。

 

 ――執務机に向かって大量の書類を捌く天才有能提督、俺の前には、十人の秘書艦。

 我が鎮守府の誇る、最新俺ランキング横須賀鎮守府版のトップランカー達だ。

 名付けて横須賀十ケツ衆、いや十傑衆。

 

 

 第一席:給糧艦・間宮さん。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 不動の第一位。俺のマンマ。結婚して下さい。

 

 第二席:戦艦・金剛。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 ニューフェイスにしていきなり二位へ。三大要素全てを兼ね備え、ハグという名のおっぱい押し付け開幕爆撃をされてしまっては、流石の俺も陥落不可避。

 

 第三席:練習巡洋艦・香取姉。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 トップスリー最後の一人。香取姉にはこれから俺専属女性経験練習巡洋艦として、手取り足取りナニ取り香取、厳しい躾をして頂きたい。

 

 第四席:水上機母艦・千歳お姉。(年上属性○、包容力◎、巨乳◎)

 提督七つ兵器の一つ『提督アイ』による目視によれば、おそらく横須賀十傑衆最胸。その圧倒的物量作戦の前では俺の股間の水上機基地もボカン不可避。

 

 第五席:正規空母・翔鶴姉。(年上属性○、包容力◎、巨乳◎)

 俺の天使。そのパンツは見るたびに俺の心を癒してくれる。ちょっとのお金と翔鶴姉のパンツがあれば俺は欲望とは無縁に生きていける気がする。

 

 第六席:重巡洋艦・妙高さん。(年上属性◎、包容力○、巨乳○)

 温和なお姉さんである妙高さんだが、オータムクラウド先生によると実は怒らせるとかなり怖いらしい。是非とも尻と眉毛を撫でてみたい。

 

 第七席:重巡洋艦・筑摩。(年上属性×、包容力○、巨乳◎)

 姉の利根を差し置いてランクイン。姉より優れた妹などいないと思っていた俺の常識を見事に壊してくれた。その清楚さと反比例するワガママボディは翔鶴姉に匹敵するだろう。

 

 第八席:軽巡洋艦・天龍。(年上属性×、包容力×、巨乳◎)

 凄く柔らかかったです。

 

 第九席:駆逐艦・浦風。(年上属性×、包容力◎、巨乳◎)

 駆逐艦にも関わらず十傑衆にランクイン。俺のマンマ候補。これはもう超弩級駆逐母艦とでも名付けるべきであろう。

 

 第十席:戦艦・長門。(年上属性○、包容力(物理)◎、巨乳◎)

 補ケツ、いや補欠としてランクイン。姉であり、ドラム缶を抱き潰せる程度の包容力はありそうで、間違い無く巨乳。一応三大要素は満たしている。

 戦闘力なら横須賀鎮守府最強だが、俺の秘書艦として評価される項目では無い。

 

 

 ……うむ。あっぱれ。

 壮観である。まさに俺のハーレム連合艦隊。

 高雄や陸奥などが横須賀鎮守府に所属していない以上、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 俺の理想とは少し違う形にはなるが、それでも十分すぎるほどに贅沢な光景だ。

 

 他の全ての艦娘達は俺の指示により近海の警備や遠征などに出ている。鎮守府には俺達しかいない。

 切りの良い所まで書類を処理したのを見計らうように、間宮さんが俺の傍に歩み寄り、囁いたのだった。

 

「提督、もう日が沈みますよ。ふふっ、お風呂にしますか? 間宮アイスにしますか? それとも私……なんて」

「フフフ、決まっているだろう。もちろんお風呂で間宮を愛す」

「まぁ、提督ったら欲張りなんだから」

 

 間宮さんが艶っぽく笑うと、浦風が腰に手を当ててジト目を向けてくる。

 

「こぉら、提督。うちらもおるんじゃよ?」

「テートクゥ、目を離さないでって言ったのにー! 何してるデース!」

「そうですよ。千代田も今は出撃しているし……ふふっ、千代田には黙っていて下さいね」

「私達を除け者にして間宮さんとお楽しみなんて、これは少し、厳しい躾が必要なようですね」

 

 浦風、金剛、千歳お姉、香取姉がそう言うので、俺は椅子から立ち上がり、安心させるように言ったのだった。

 

「フフフ、もちろんお前達全員も一緒に決まっているではないか。十倍の相手だって支えてみせます」

 

 俺がそう言うと、くっ、殺せとでも言いたげな、羞恥に染まった視線を向けてきた者がいた。

 視線の主である妙高さんの下へ俺は歩み寄り、指先で顎をクイッと持ち上げる。

 

「どうした妙高さん。随分と反抗的な目ではないか」

「くっ……もうやめて下さい! これ以上……私にどうしろと言うのですか!」

「いつも言っているが、嫌ならいつだって秘書艦を辞めてもいいんだぞ。その場合、お前の後釜は羽黒になるがな」

「は、羽黒には手を出さないで下さい!」

 

 妙高さんがそう言った瞬間、俺は妙高さんの尻を鷲掴みにした。ついでに眉毛を撫でた。

 反抗的な気高い目が、瞬く間に羞恥と快感に染まる。

 

「はぁっ……!」

「ククク、身体は正直だな。妙高さん、お前はやはり尻が弱いようだ。急に従順になりおって。重巡なだけにな」

「な、何を馬鹿な……ああぁっ!」

「フフフ、お前のその表情には欲情せざるを得ないな。浴場でたっぷりと可愛がってやろう。欲情なだけにな。筑摩、お前はわかっているよな?」

「は、はい。だから、利根姉さんには……」

「それはお前の態度次第だな。大人しくパンツを見せて下さい」

「……っ、は、はい」

 

 筑摩は顔を羞恥に染めてぎゅっと目を瞑り、その華奢な身体を震わせながら、ゆっくりとスカートをめくりあげた。ダンケ。

 お、おぉ……大人しそうな顔をして、何と言う過激なものを……! 

 筑摩の行動を皮切りに、俺の秘書艦隊のメンバーは恥ずかしそうに、次々にその装束を脱ぎ出した。

 衣擦れの音が、執務室に響く。

 

「ハハハ、これこれ。執務室は脱衣所では無いぞ。さぁ、風呂に行くぞ! 陣形はもちろん、俺を中心に輪形陣だ!」

『おー』

『おぉー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『はぁー、よいしょ』

『それそれそれー』

 

「…………」

 

 俺が足元に目をやると、四人の妖精さんが俺を囲んで童貞音頭を踊っていた。

 妖精さん達は俺を中心に輪形陣を作り、周りをくるくると回る。

 

『見てるこっちが恥ずかしくなるねー』

『仕方が無い……童貞の妄想だから……』

『リアリティも全然ないもんねー』

『ねー』

『いやー、あの本のおかげで皆の体型なんかは正確だと思うよー』

『……チェリーにしては、頑張ってる方……』

『童貞さんは童貞さんだからこそ、妄想力が凄いんだよ』

『おぉー』

『なるほどー』

『嫌われたくないとか言いながら、なんで妙高さんと筑摩さんには鬼畜風なんだろうねー』

『あの本の影響から逃れられてないみたい』

『ヘタレなのにねー』

『ねー』

『何だかんだでチェリーは優しいから……絶対無理……』

『まーまー、夢の中くらい、夢を見させてあげようよ』

『妙高さんがお尻が弱いというのはどこ情報なんだろうねー』

『あの本からだと思うよー』

『多分、妙高さんが昔、艦尾を吹き飛ばされた事があるからかなー』

『おぉー』

『なるほどー』

 

「…………」

 

 

 目を開ければ、見慣れぬ天井が視界に広がる。

 むくりと身体を起こし、枕元に目を向けると、妖精さん達が踊りながらお喋りしていた。

 君達、人の夢の中でまで好き勝手するのやめてくれない? 俺の夢から何を考察してんの?

 夢の中でくらい、夢を見させてくれよ。頼むから。

 

『あっ、童……提督さんがお目覚めです』

『提督さん、おはようございます』

『ご気分はいかがですか』

 

 最悪だよ。未だかつてないくらい最悪の寝覚めだよ。元気なのは股間くらいだ。

 朝の光景のおかげか、過去最高に素晴らしい夢を見る事が出来ていたのに、台無しだ。このグレムリン共め。

 夢の中でお前らが一言たりとも提督扱いしてないのばっちり聞こえてたからな。

 

 時計を見れば、もうとっくに十六時を過ぎている。

 昨日は徹夜だったし、その後は妹達の教えも忘れてデイリー任務達成しちゃったし、それはもう爆睡だったようだ。

 

 俺が寝ていたのは、執務室の隣にある仮眠室だ。提督専用トイレもここに備え付けられている。

 畳張りの部屋には布団の他にちゃぶ台なんかもあり、休憩スペースのような感じだ。

 俺は今朝、デイリー任務を達成後、急激に襲ってきた眠気で意識が朦朧とする中で何とか布団を敷き、軍服を脱いでそのまま眠ってしまったのであった。

 

 昨日の記憶がだんだんと鮮明に蘇ってくる。

 俺は立ち上がり、カーテンと窓を開けた。暖かな日差しが室内に差し込み、爽やかな潮風が頬を撫でる。

 

 そうか……俺は一日も持たずにオ○ニーを……。

 認めたくないものだな……自分自身の若さ故の過ちというものを……。

 

『提督さんは言うほど若くはないのです』

『四捨五入したら三十歳です』

 

 うるさいよ君達。

 まだ二十代だから。世間一般で言えばまだまだ若造だから。

 記憶が鮮明に蘇ったおかげで、あの素晴らしい光景も鮮明に思い出せた。

 どうやら脳裏に焼き付ける事に成功したようだ。流石俺。あとはこれを短期記憶で終わらせない為に、毎日復習を欠かさないようにせねば。

 いや、これからオ○禁を頑張らねばならないというのに、果たしてあの光景を記憶に焼き付けても良いのだろうか。

 まぁ、覚えておくだけならばセーフだろう。オカズにするかどうかは別として。俺は決して、お前達の事を忘れない。

 

『提督さん、提督さん』

『私達……昨日は頑張った……』

『褒めて褒めてー』

 

 昨日、大淀達に押し付けた妖精さん三人が、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 このグレムリン共め……俺の夢の中で好き勝手しよってからに、何を言っておるのだ。窓の外に放り投げてやろうか。

 

 しかし俺も大人の端くれだ。これからは有能な提督になるのだと、あのケツに決意したではないか。

 結局、帰ってくるのがやたら遅かった大淀達だが、そのおかげでか、天龍のパイオツを堪能できた事だし……まぁ褒めてやらん事も無い。

 妖精さんとは仲良くしろと佐藤さんも言っていたしな。

 こいつらと違って俺は大人なので、ちょっとくらいの無礼は飲み込んでやるのだ。有り難く思うがよいぞ。

 俺は妖精さんの一人の頭をぐりぐりと撫でてやったのだった。

 

『わぁぁー』

『いいな、いいなー』

『……ぽっ』

『あぁー、こ奴、すっかりホの字になっていますぞ』

『撫でポです。これが噂の撫でポです』

『私も、私もー』

 

 何が撫でポだ。どこでそんな言葉覚えてきたのだ。

 しかし妖精さんは脳みそが小さいからか、随分と単純なようだ。見た目通りのお子様だ。いや、妖精さんに脳みそがあるかはわからないが。

 俺に撫でられて、妖精さん達は気持ちよさそうに目を細めている。

 

『わぁー』

『わぁぁー』

『ニコポも、ニコポもお願いします』

『ほら提督さん、笑顔笑顔』

 

 妖精さんがそう言うので、気分を良くした俺はかっこよくニコッと微笑んでやった。

 

「フッ……仕方が無いな。どうだ」

『今回だけは目を瞑ります』

 

 うるせぇよ! もう二度と笑ってやんねーからな!

 急に真顔になった妖精さん達の上に俺の軍帽を被せる。『わぁぁー』などと言って騒いでいた。しばらくそこで反省するが良い。

 

 ふと、俺は自分の腋の辺りをすんすんと嗅いでみる。

 うぅむ、やはり一日も経てば少し臭うな。徹夜明けで風呂に入らず眠ってしまったせいで、臭いも染み付いているような気がするし……。

 妹の言いつけであるオ○禁は一日目にして守る事が出来なかったが、せめて清潔感くらいは守らねば。

 とりあえず風呂と、洗濯はしておきたい。できれば皺だらけになってしまった軍服にもアイロンをかけておきたい。

 そう言えば、先に鎮守府に送っていたはずの俺の私物はどこにあるのだろうか……。パンツとか、寝巻きとか。

 おそらく俺の私室が用意されているはずなのだが、何処にあるのか説明を受けていなかった。

 大淀か誰かに教えてもらわねば。

 

 軍帽を被り直した俺に、帽子の中から妖精さんが語りかけてくる。

 

『どこへ行かれるのですかー?』

「風呂を浴びたくてな。まずは自分の部屋を探さねば」

『輪形陣でいいですかー?』

 

 やかましいわ! お前ら風呂には絶対についてくるなよ!

 

『提督さんのお部屋なら知ってるよー』

『……案内……する……』

『提督さん、こっちこっちー』

 

 魔女っぽい恰好の妖精さんが、矢印のついた棒を持って俺の前にふわふわと浮く。

 とりあえず妖精さんの道案内に従って歩いていくと、何やらアパートというか、寮のような建物に辿り着いた。

 

『ここは艦娘寮です』

『艦娘の皆さんのお部屋があります』

『提督さんのお部屋は、ここの最上階だよー』

 

 何ッ、艦娘達と同じ建物の中で過ごすのか。

 憧れの艦娘達と一つ屋根の下、そう考えただけで、俺の一つ股間の下が元気になる。

 そうか、それならば色々とハプニングもありそうではないか。

 うっかりノックをせずに扉を開けた瞬間に、着替え中の艦娘に出くわす可能性もゼロでは無い。

 今までの生活ではゼロであった確率に、希望が見られるのだ。可能性がゼロで無いのならば、俺はそれに賭けたい。

 

 まぁ、今までの人生でそんなラッキースケベ体験など皆無であるのだが。

 ノックせずに扉を開けた妹にオ○ニーしている姿を見られた事なら何度かある。凹む。

 

 最上階まで階段で登ったが、全然艦娘と出くわさない。

 昨日は徹夜で出撃だったからか、まだ室内で休んでいるのだろう。俺もそのように指示を出したし。

 妖精さんが示した一室の扉の前に辿り着くと同時に、隣の部屋の扉が開く。

 すると、ちょうど出てきたのは大淀であった。

 

「あっ、て、提督。もう起きられたのですか」

「うむ。私の部屋はここで良かったか」

「はい。申し訳ありません。仮眠室でお休みになられているのを見て、こちらに案内しようかとも思ったのですが、起こすのが忍びなくて……」

「いや、それで構わん。おかげで良い夢を見る事が出来た」

 

 俺がそう言うと、大淀はほっと胸を撫で下ろしたような表情を見せた。

 俺達の会話に気が付いたのか、大淀の私室と思われる部屋の中から、ぞろぞろと艦娘達が姿を現し、敬礼する。

 赤城に加賀、翔鶴姉に瑞鶴、龍驤に春日丸。俺が出撃させ、見事に大失敗となった空母部隊のメンバーだ。

 

 大淀に俺の失態を愚痴っていたのだろうか……そうとしか思えなかった。凹む。

 

 翔鶴姉に目を向けると、ぱっと勢いよく目を伏せてしまった。

 ……エッ。

 ちらっ、と一瞬こちらを見たが、俺と目が合うと今度は顔ごと逸らしてしまった。

 ヴェァァアアーーーーッ‼‼

 目、目も、顔も合わせたくないという事カナ? 死ねる。俺に明日は無い。

 

 い……いや、わかりきっていた事では無いか。

 昨日の失態により、艦娘から俺への好感度は最低となってしまっている。

 それは横須賀十傑衆も例外では無い。

 昨日の態度を見るに、間宮さんは駄目な俺の味方だ。俺のお手伝いをすると言って励ましてくれた。結婚して下さい。

 天龍も裏表の無い奴だと思っているが、俺の事を嫌ってはいなさそうだった。凄く柔らかかったです。

 金剛は帰りが遅かったからな……比叡達から色々聞かされているだろう。こんな事なら伝言頼まなければ良かった。

 

 臥薪嘗胆。俺はこの痛みを忘れないように、艦娘達からの信頼を取り戻すのだ。

 この胸の痛みと、あの素晴らしい景色を忘れるな。

 俺がショックを表情に出さないよう、涙が零れてしまわないように必死に頑張っていると、部屋の中から更に二人の艦娘が姿を見せた。

 

「あっ、提督さんっ! うふふっ、お疲れ様ですっ。練習巡洋艦、鹿島ですっ」

「提督、お疲れ様です。昨日は慌ただしかったとは言え、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。練習巡洋艦、香取です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 うっひょーーッ! 横須賀十傑衆第三席、香取姉キタコレ!

 やっと会えた! 俺の股間にご指導ご鞭撻、よろしゅうな!

 

 香取姉の姿を見て、涙も引っ込んだ。

 提督権限ですでに演習は卒業させたが、教え子である春日丸繋がりなのであろうか。

 大淀に愚痴を言いに来たにしては、香取姉は優しい微笑みを、鹿島はニコニコと愛想のいい笑顔を、それぞれ俺に向けてくれている。

 俺の歓迎会を参加拒否したとは思えない笑顔だった。女心ってわからない……いや、浦風の例もあるからな。期待はせぬようにしなければ。

 

 そう。営業スマイル、もしくは大人の対応という奴だ。

 俺が今、涙を堪えていたのも同じようなものではないか。

 人はその表情の裏で、何を考えているかわかったものではない。

 いかんいかん。調子に乗るな。香取姉も鹿島も、俺への好感度はゼロであると思っていた方がいいだろう。

 

 俺は鹿島に目を向ける。提督七つ兵器、『提督アイ』発動!

 

「?」

 

 鹿島は微笑みながら小さく小首を傾げた。可愛い。

 い、いや、違った。うむ。間違いない。提督アイは節穴では無い。俺への好感度ゼロ! この笑顔は営業スマイル!

 

 そもそも鹿島とはどういう奴か。

 オータムクラウド先生によれば、こいつは非常に真面目で毎日演習の計画を立て、復習を欠かさないドスケベサキュバスだ。

 ……キャラが把握できない。一体どういう事なんだ。

 

 俺は頭の中を整理する。

 俺もたまにお世話になっているオータムクラウド先生の名作『お洋服とこの体、少し綺麗に……待っていて下さいね?』によれば、鹿島は昼はとても真面目な練習巡洋艦だ。

 駆逐艦達の為に演習計画を作成し、演習では上手くいかずに大破する事が多いものの決してめげず、演習の成果を次に活かす為の復習を欠かさない。

 

 ――しかしそれは仮の姿。

 夜になると豹変し、夜な夜な提督の寝床に侵入し、提督を襲う淫魔と化す。

 その姿は、昼間の可愛らしい姿とは似ても似つかない、妖艶なものに変わるという。

 

 うむ。俺の尊敬するオータムクラウド先生の言う事に間違いは無い。信じます。

 やはり今の笑顔は仮の姿なのだろう。香取姉も。凹む。

 それを踏まえた上で、俺は二人に向かって、改めて声をかけたのだった。

 

「うむ。香取に鹿島、二人とも優秀な練習巡洋艦だと聞いている。私もまだまだ至らぬ身だ、よろしく頼む」

 

 俺の言葉に、香取は嬉しそうに微笑み、鹿島は照れ臭そうに小さく笑った。

 

「あら……ふふっ、勿体ないお言葉です」

「えへへ、私は香取姉と違って、そんなに優秀では……いつも失敗ばかりで」

「鹿島は毎日の演習計画、復習を欠かさないだろう。失敗に腐らず糧とする勤勉なその姿勢、十分に優秀ではないか」

 

 俺が何も考えずにそう言うと、鹿島は驚いたように目を丸くしたのだった。

 

「えっ……な、何で知っているんですか?」

「……まぁ、お前の頑張りを見ている者はいるという事だ。反省を次に活かそうとする鹿島の姿勢は、私も常々見習いたいものだと思っているよ」

 

 いかんいかん。オータムクラウド先生が言ってました、など言えるはずもない。

 オータムクラウド先生の情報が正しいのであれば、鹿島の姿勢はPDCAサイクルそのものだ。

 計画し、実行し、反省し、次に活かす。俺も仕事に限らず日常生活にそれを活かしていきたいと思っているのだが、意思が弱くなかなか上手くいかない。

 故に、鹿島を見習いたいという俺の言葉は嘘ではないのだった。

 

 俺の言葉に、鹿島は目を輝かせて俺を見る。

 

「わぁぁ……! はいっ! 勿体ないお言葉です! 鹿島、これからも一生懸命頑張りますねっ! うふふっ、嬉しい!」

 

 よし、何とか誤魔化せた。流石はオータムクラウド先生。

 香取姉も嬉しそうに微笑んでいる。よ、よし、よくわからんが少しは好感度回復できたのかな。一、いや二ポイントくらい。

 勢いに乗って香取姉と仲良くしたい所だったが、不意に、何やら不穏な視線を感じた。

 見れば、大淀が焦っているような、怒っているような、悲しんでいるような、何とも言えないような表情で俺を見ていたのだった。

 

「……ど、どうした、大淀?」

「い、いえ……そ、それよりも、提督。昨日はあんな事があったので、今夜、改めて歓迎会をしようと思っているのですが」

 

 あんな事とは、俺が艦娘達の信頼を損なってしまった事だろうか。凹む。

 そうか、大淀のあの目は、俺の大失態に対して焦り、怒り、鎮守府の未来を思い悲しんでいる、そんな気持ちが混ざり合ったものか。

 大淀、そんな目で見ないでくれ。俺も何とかしたいと思っているんだ。

 

 それにしても、何故そこで歓迎会が出るのだ。

 昨日の今日だぞ、誰も参加してくれるはずがない。

 そう考えている俺に、大淀は言葉を続けた。

 

「提督が休まれている間に、艦娘全員にも話したんです。提督と、新しい仲間である金剛の歓迎会と、昨夜の勝利の祝勝会をしようと。すると、全員、快く参加すると答えてくれました」

「そうか、全員……エッ、ぜ、全員だと?」

「はい、私も正直、驚いています……」

 

 ……フーン、クルンダァ……ヘーエ、クルンダァ……。

 昨日と今日で一体何が違うのか。言うまでも無く金剛の存在と祝勝会である。

 俺の歓迎会は全員不参加で、新しい仲間である金剛の歓迎会と自分達の祝勝会も兼ねますよと提案したら全員参加って、それもう完全に俺いらねぇじゃねぇか!

 この仕打ちはあんまりだ。いくら何でもあんまりではないか。

 俺はもう泣くぞ。ヴェァァアアーーーーッ‼‼

 これは、何? 一応、俺も参加した方がいいの? 正直、流石に場違いすぎていたたまれないんだけど。

 もはや罰ゲームの域ではないか。参加しない方が艦娘達からの好感度も上がるような気さえしてきた。

 

「……う、うむ、しかし今回は私がいては邪魔かもしれんな。艦娘達だけで存分に楽しんでほしい」

「なっ、何をおっしゃるんですか! 主役が居なくては何も始まりませんよ⁉」

 

 俺の言葉に、大淀が慌ててそう言った。

 大淀だけではなく、その場の全員が意外そうに目を丸くしている。まさか辞退するとは思っていなかったのだろうか。

 俺も流石にそこまで空気の読めない男では無い。

 おそらく大淀は最初に歓迎会を提案してくれていたし、本当に参加してくれるつもりなのだろう。ダンケ。

 大淀の気持ちはありがたいのだが、他の艦娘達の事を考えると……。

 

「て、提督。どうかご参加頂けませんか」

「うーむ、しかし……」

 

 腕を組んで考え込んでいる俺に、大淀がどう声をかけてよいかという風におろおろしていると、その後ろから加賀が足を踏み出してきた。

 

「提督。上官である提督がいては私達が楽しめないだろうとのお気遣いかと推察します。お心遣いありがとうございます」

 

 ド、ドウイタシマシテ。俺はもう泣いてしまいたい。

 要するに空気を読んでくれてありがとうと、こんなに堂々と言う奴があろうか。

 傷心の俺に追撃の矢を叩き込むとは、鬼かコイツは。加賀に慈悲の心は無いのか。

 

「しかし、今回の勝利、そして金剛を迎え入れる事が出来たのは、全て提督あっての事です。どうかお気遣い無く、ご参加頂けないでしょうか」

 

 加賀は表情を変えずに、淡々とそう言った。

 祝勝会に関しては、今回の夜戦での勝利を祝うものだ。その出撃命令を下したのは俺である。

 金剛に関しても、建造に成功したのは俺である。

 つまり、一応それらに関わっているのだから、上官として形だけでも顔を出しておいた方が良いという事だろうか。

 加賀の抑揚のない、淡々とした言葉に、参加して欲しいという感情が込められているようには一切思えない。

 これを社交辞令と言います。凹む。

 

 加賀に続いて、鹿島も足を踏み出して、至近距離で俺を見上げながら言ったのだった。

 

「そうですよっ! 皆、提督さんに参加してもらいたいと思っています! ねっ、香取姉?」

「うふふっ、勿論です」

「そうか……ならば、ありがたく参加させてもらおう」

 

 香取姉が言うんじゃあ、従わざるを得ない。

 たとえそれが社交辞令であろうとも、歓迎会が針のむしろであろうとも、男にはやらねばならぬ時がある。

 

 それに、ただそこに居るだけでも良いものが見られるかもしれないではないか。

 むしろ無礼講という事にすれば、艦娘達は俺に構わず勝手に酔いつぶれ、尻がチラリ、胸がポロリ。俺はそれを横目でチラリ、俺の股間も思わずポロリ。

 うむ。どうやら参加する価値は十分にあるようだ。

 

「うふふ、流石ですね、加賀さん」

「えぇ……これからも任せてくれていいわ」

 

 赤城と加賀が小声で何か言っていた。

 くそっ、至近距離から俺に必殺の矢を食らわせて、してやったりという事か。

 お前ら酔いつぶれたら見てろよ。介抱するふりしてあちこちガン見してやるからな。

 お前ら二人の胸当ての下に隠れている飛行甲板がかなりのものである事は、この提督アイにはお見通しなんだからな!

 

 ふと、またもや不穏な視線を感じた。

 見れば、大淀が先ほどよりも強烈な視線を俺に向けている。

 だから、その目はやめてくれ。焦っているのか怒っているのか哀しいのか悔しいのか、はっきりしてくれ。不安になるから。

 

「お、大淀……」

「はっ、あ、はいっ。そ、それでは正式に歓迎会を開く準備をしておきますので。そ、それと、これが今回の報告書です」

「う、うむ。目を通しておこう……ところで大淀、ちゃんと身体は休めたか?」

「はいっ! 問題ありませんっ! お心遣いありがとうございます!」

「う、うむ……」

 

 何でこんなに気合が入っているのだろうか……。よくわからん。

 と、とりあえずは、歓迎会が楽しみだな。うん。いやぁ、楽しみだ。

 なっ、大淀? ……大淀さん?

 

「……こ、こうしてはいられないわ、何とかして挽回しなきゃ私の立ち位置が」

 

 駄目だコイツ気付いてねぇ。

 よく聞こえないが、何やら考え込むように、早口に小声でブツブツと何かを呟いている。

 

 ……さ、さぁ、最っ高に素敵なパーティしましょ!




次回までまたしばらくお待たせしてしまいます。
気長にお待ち頂けますと幸いです。

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