ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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024.『歓迎会』【提督視点①】

「では提督、乾杯の音頭とご挨拶をお願いします」

「うむ」

 

 大淀の促しに、俺は小さく頷いた。

 甘味処や小料理屋にしてはそれなりに広い店内ではあるが、六十人近い艦娘が勢ぞろいとなると、流石に狭く感じてしまう。

 俺はカウンター席でいいと言ったのだが、大淀に却下されてしまった。

 やはり提督ともなると一番上座に座らなければならないらしい。威厳を保つ為にも必要なのだろう。

 

 しかしそうなると座敷席の一番隅っこなものだから、間宮さんには一番遠い位置だ。凹む。

 カウンター席ならば常に間宮さんの顔を眺めていられたと言うのに。 

 全く俺が歓迎されていない歓迎会というアウェイにおいて、たった一つのオアシスだった間宮さんが、遠い。遠すぎる。

 厨房の奥にいるから死角になってしまって顔も見えない。テンションサゲサゲである。大潮です。

 

 しかも俺の近くに陣取っているのは、俺が誰に手を出すか監視するつもりであろう大淀と夕張、俺の股間に多大なる被害を与えた裏工作艦の明石、この鎮守府の艦娘達のリーダー格らしい長門などだ。

 大淀と夕張により監視の目を光らせ、もしも俺が疑わしい行動に出たら明石のクレーンで俺の股間を迎撃するつもりだろう。完全に俺を押さえつける為の布陣ではないか。警戒されすぎていて凹む。

 

 だがここでポジティブシンキング。前向きに考えよう。

 壁を背にした隅っこに座る事で、俺は必然的に全艦娘の方を向く事になる。つまり店内の全ての光景を把握できるという事だ。

 カウンター席では間宮さんだけを眺める事になるが、おそらくそれでは見逃してしまうチラリポロリもあるだろう。

 横須賀鎮守府の頭脳と呼ばれているらしい大淀ではあるが、その策を逆手に取るコペルニクス的転回。

 大淀をも上回る智将、天才たる俺ゆえの発想の転換である。

 横須賀鎮守府全艦隊の皆さんに告げますっ! この店内の全ては! 提督の掌の上ですっ!

 

 期待に胸と股間を膨らませながら、俺は右手のグラスを軽く掲げたのだった。

 挨拶は短く済ませるのが人気の秘訣。

 

「手短に済ませよう。まずは皆に礼を言いたい。このような場に招いてもらい、本当に嬉しく思う」

 

 艦娘達は真剣な表情で俺に目を向けている。

 うぅむ、いかん。やはり上官である俺がいる事で、皆も警戒しているような気がする。もっと和やかな感じでいいのに。

 プライベートの飲み会では無く仕事場の飲み会となると、羽目を外しすぎてはならないと考える真面目な艦娘もいるだろう。

 当然、そうなると自制のある艦娘は飲み過ぎてはいけないと判断し、周りにもそれを呼びかける。チラリポロリなど夢のまた夢だ。

 なんとかせねば。

 

「皆、昨夜は本当によく頑張った。昨夜の勝利と、金剛という新たな仲間を迎え入れる事ができたこの日を、今日は存分に祝ってほしい。それに関して、今夜、一つだけ提督命令を下したい」

 

 姿勢を正して真剣な眼差しを向ける艦娘達に向かい、俺はグラスを掲げて、言葉を続けたのだった。

 

「今夜ばかりは無礼講だ。どうか私に気を遣わず、心から飲んで騒いで楽しんで、普段通りの姿を私に見せてくれ――乾杯」

 

 再び皆の艦パイを観パイしたい、第二回観艦式開催決定!

 あわよくばそのぬくもりを感じたい。間宮さんのアップルパイに埋もれパイ。

 そんな思いを込めた俺の言葉に、全員の表情がほぐれたような気がした。

 かんぱーい、と大きな声が店内を包み、一瞬にして賑わいが広がる。

 うむうむ。良い感じの空気ではないか。

 

「提督、お疲れ様です」

 

 大淀がそっとグラスを差し出してくる。かちん、とグラスを合わせると、大淀は嬉しそうにはにかんで、言葉を続けたのだった。

 

「混雑を避ける為に、皆には時間を決めて、順番で挨拶に伺うように前もって話してありますので」

 

 う、うむ。大淀はわかってないのかな。

 多分言わなければ、皆、俺の事いないものとして扱うと思うんだけど。

 大淀の言葉に従って、皆はしぶしぶ俺に挨拶に来るのだろう。凹む。

 

 そういえば鳳翔さんも俺が無能である事を理解しつつ上官として支えてくれようとしてくれていたし、大淀もそうなのだろう。

 提督という存在が鎮守府にとって重要であるという事は、佐藤さんも言っていた。

 やはり提督として威厳を保つ事は必要なのだ。たとえ心の中で見下されていようとも、胸を張ってその仕事を全うせねば。

 歓迎されていない歓迎会に出席するのも、しぶしぶ挨拶に来られるのも、上司の仕事の一つという事だ。

 

 そう考えてみれば、俺が前の職場で働いていた時も似たようなものだったではないか。

 飲み会で嫌いな上司に挨拶に行くのは嫌だったが、それでも社交辞令で行かねばならなかった。

 では俺が嫌っていた上司は全員が全員楽しんでいたのかと言えば、そういうわけでもなく二種類に分かれる。

 一方は俺を捕まえて離さず、酒臭い息でつまらない説教をクドクドと続け、ますます嫌いになるタイプ。

 もう一方は手短に簡単な話だけをして、すぐに切り上げてくれるタイプだ。こちらはそこまで嫌いにはならなかった。

 今にして思えば、後者の上司は俺に嫌われている事を理解していて、俺がしぶしぶ挨拶に来ていた事も理解した上で、俺を気遣ってくれていたのかもしれない。

 

 つまり今度は俺が、嫌われている事を承知で、しぶしぶ挨拶に来る艦娘達を気遣う立場になるという事だ。

 その辺りに気を遣う事で、艦娘達の信頼も少しは取り戻せるかもしれない。

 うむ。ピンチはチャンス。大淀の作ってくれたこの機会で、上手く艦娘達の好感度を稼がねば。

 とりあえず目の前の大淀から褒めておこう。

 

「すまない。大淀は本当に気が利くな。昨日から世話になりっぱなしだ。とても助かる」

「と、とんでもないです。これが私の仕事ですから……これからもお助けできれば何よりです」

「大淀は随分とこういった仕事に慣れているようだが、やはり今までも秘書艦を務めていたのか?」

 

 俺の言葉に、大淀は一瞬考えるように間を置いて、口を開いた。

 やけに落ち着きなく、その指で眼鏡をクイッと上げる。

 

「そ、そうですね……提督を補佐する役目に就く事は多いです」

「大淀の艦隊指揮能力は、この横須賀鎮守府の艦娘の中では随一ですよ。提督、お疲れ様です」

「それに、それなりに腕っぷしも強いですからねー。秘書艦としてちょうどいいんですよ。私とも、はいっ、乾杯っ!」

 

 大淀に続いて、話を聞いていたらしい夕張と明石がグラスを差し出してきた。

 それぞれと乾杯をすると、大淀がジト目のような何とも言えない目を二人に向ける。

 

 夕張の言によれば、その見た目通りに艦隊指揮能力は随一。わかりきっている事であるが、俺よりは確実に上であろう。

 明石の言によれば、見た目によらずそれなりに腕っぷしも強いとの事。俺の秘書艦としては評価される項目では無いが、何故明石はそこをアピールしてきたのだろうか。

 

「夕張、明石……今私が提督と」

「い、いいじゃない。大体、何で大淀がちゃっかり一番近くに座ってるのよ! 仕切るんだったらもっと動きやすい席でいいでしょ」

「こ、これは私なりに色々考えた布陣です。連合艦隊旗艦を務めた私が提督の傍に控える事で……」

 

 大淀と夕張が何やら言い合っているのに構わないように、明石はすすっ、と俺の隣に近づいて、言ったのだった。

 

「大淀と夕張は置いておいて……それより提督、明日からの秘書艦はもう決めたんですか?」

「いや、まだ決めてはいないが」

「ふふふ。戦闘は不得手だけど、また私を指名してくれてもいいんですよ?」

 

 い、いや結構。

 明石を近くに置いておいては、股間がいくつあっても足りん。クレーンを攻撃に使うとは何処の重機人間だコイツは。

 これ以上のダメージを受けてしまっては、俺の股間は使い物にならなくなる。

 工作艦ならぬ口搾艦らしく、俺の股間のお口修理、いや泊地修理に着手してくれるというならば考えてやらんでもないが、とりあえずは候補外だ。

 

「う……うむ。明石にはこれから改修工廠や泊地修理を任せたいからな。これ以上頼るのも悪いから、候補からは外してある」

「うふふっ、ですよねー。お心遣いありがとうございます! 提督ならそう言うと思ってました。あっ、ちなみに、秘書艦候補ってのはどの子になるんですかぁ?」

 

 明石と話していると、一瞬、店内が静まり返ったような気がした。

 俺が辺りを見渡すと、先ほどまでと変わらない喧噪が広がっている。やはり気のせいだったのだろうか。

 

 候補というのは俺が夢に見た横須賀十傑衆の事なのだが、あれはあくまでも夢の話だ。

 夢と現実の区別がつかないほど俺も馬鹿では無い。

 現実ともなると、性的なお世話だけではなく様々な仕事がある。

 特に提督の俺が、全く仕事が出来ない現状だ。大淀や鳳翔さんのように、仕事ができる者でなければならないだろう。

 

 大淀と鳳翔さんはそもそも艦隊編成条件(巨乳)を満たしていないから外すとして、やはり十傑衆から選ぶのがベターであろう。

 

 長門は駄目だ。オータムクラウド先生によれば脳みそまで筋肉で出来ている肉弾戦艦。事務仕事は不向きであろう。ペンを握れば壊してしまうかもしれない。

 

 浦風も駄目だ。どんなに母性があろうとも、その見た目は少し発育のいい中学生くらいにしか見えない。中学生を秘書にしてはあまりにも情けなさすぎる。Hしよ! などと言った日には条例に引っかかる可能性大。

 

 天龍も駄目だ。いい奴ではあるが見るからに馬鹿だ。俺よりも仕事が出来ない可能性すらある。

 

 筑摩は仕事面では大丈夫であろうが、おそらく利根から離れたがらないだろう。資質はあるが筑摩を秘書艦にするには、今はまだ時期尚早だ。

 

 妙高さんは完璧だ。見た目も余裕で成人しているOLって感じだし、妹達もそこまでべったりでは無いだろう。仕事も出来そうだ。採用決定。コングラッチュレイション……! 

 

 翔鶴姉には頭を下げてお願いしたい所だが、俺は瑞鶴に警戒されている。ここで翔鶴姉を指名してしまっては、ますますマークされてしまうだろう。ここは少し距離を置こう。翔鶴姉は目も合わせてくれないし。凹む。

 

 千歳お姉も大丈夫だとは思うが、千代田がかなりのシスコンらしい。ここで敵に回してしまう可能性もある。安全策を取るなら、少し時間を置くべきだろう。

 

 香取姉はむしろ俺の秘書艦になるべくして存在している気すらしてくる。見た目的にも中身的にもバッチリだ。採用しない理由が存在しない。コングラッチュレイション……!

 

 金剛は昨日建造されたばかりなので論外だ。秘書艦の仕事など出来るはずがない。まずはこの鎮守府に慣れてもらうところから始めねば。

 

 間宮さんは非常に残念だが、艦娘達の食を支える大切な仕事がある。俺が独占してしまっては、ますます艦娘達を敵に回してしまう事だろう。

 

 以上の事から、俺の秘書艦候補としては妙高さんと香取姉が適任であると思われる。

 

「まぁ、まだ候補ではあるのだが……妙高か、香取に頼もうかとは思っているな」

 

 かちゃん、と音がした。

 見れば、大淀がグラスを落としてしまったようで、酒が零れてしまっている。

 ど、どうした大淀さん。顔が青いぞ。

 

「あぁっ、も、申し訳ありません! 夕張、ふ、布巾を頂戴!」

「う、うん。はい」

「大淀、大丈夫か?」

「て、提督っ! 申し訳ございません!」

「何、構わん」

 

 震える手で零れた酒を拭き取る大淀を、俺も近くに置いてあった布巾で手伝う。

 まぁ、酒の場でグラスを落としてしまう事など日常茶飯事なのだから、別に気にはしない。

 むむっ。俺が座敷を拭うという行動に伴い、必然的に視線は下に向き、自然に大淀と夕張の太ももを眺める事ができるではないか。大淀、ナイスアシスト!

 大淀のハイソックスが作り出す絶対領域。夕張の白いお腹と対照的な黒ストッキングに包まれた太もも。俺のマイ枕にしたい。

 濡れてしまっているな、拭いてやろう、っていかんいかん。自制しろ。これ以上はアウトだ。

 早速、酒の席ならではのハプニング発生。幸先のいいスタートだ。これからも期待が持てるではないか。

 

 しかし大淀もいきなりグラスを落とすとは。何だか落ち着きが無いし、目は若干虚ろだし、元気も無いようだし、疲れが溜まっているのだろうか。

 うーむ、そう言えば、まだ目は通していないが結構な量の報告書を作成していたみたいだし……昨日は朝まで海の上にいたはずだ。やはり寝ていないのでは。

 

「本当に申し訳ありません。つい手が滑ってしまって……」

「気にするな。それよりも、やはり大淀、寝ていないのではないか」

「い、いえ、その……大丈夫です」

「正直に言ってくれ」

「……申し訳ありません。興奮のあまり、寝ずに報告書を作成しておりました」

「やはりか。しっかり休息を取れと、報告書は後で良いと、言っていただろう」

「はい。仰る通りです……申し訳ございません……」

 

 大淀はすっかり落ち込んでしまったように、目を伏せてしまった。

 い、いかん。これでは酒の席で説教して嫌われる上司の典型! 好感度アップどころでは無くなってしまう。

 俺がそんな事を思っていると、夕張と明石が声をかけてきたのだった。

 

「あ、あの! 私も妖精さんと一緒に、皆の艤装の修理を手伝ってましたので、寝てません! 大淀を叱るのでしたら私も……」

「私も泊地修理が終わったらそっちを手伝ってたので寝てませんね。提督、指示に背きまして申し訳ありませんでした」

 

 そう言って夕張と明石は頭を下げる。

 駄目だ。これは駄目な流れだ。

 よく考えてみろ。大淀が一体何をした。俺の指示に従わなかったが悪意があるわけでは無い。

 むしろ報告書は日報だ。急がねばならない理由があったのだろう。グースカ寝ているクソ提督に代わり、寝ずに報告書を作成していたという事か。

 夕張と明石も、寝ずに皆の艤装を修理していたというではないか。

 俺が一体何をした。朝一番にナニをした。そして夕方まで爆睡した。駄目人間すぎる。ただのクズではないか。

 

 俺が呑気にいびきをかいている間にも、コイツらは寝ずに働いていたのだ。

 説教などするつもりはなかったが、誤解は解かねば非常にマズい事になる。

 

「……そうか。いや、これは私が間違っていた。大淀、夕張、明石、本当にすまない。お前達が頑張っていたのだ、私も起きているべきだった。提督失格だ」

「なっ、何を仰いますか! 提督は昨夜も寝ていないと聞いています」

 

 俺が深く頭を下げると、大淀は慌ててそう言った。

 

「それはお前達も同じだろう」

「あぁ、提督。私達艦娘も毎日の睡眠は必要ですが、その気になれば二、三日は睡眠を取らなくても大丈夫なんですよ」

「何っ、そうなのか明石」

「任務によっては数日間海の上って事もありますからね。人間に比べれば睡眠不足にもそれなりに強いんです。ですから提督は私達に気を遣わず、お体第一でしっかり睡眠を取ってくださっていいんですよ。それが提督の仕事です」

 

 明石がそう言うのならば、間違いは無いだろう。

 確かに海の上を数日間移動する事もあるのならば、睡眠を取っているどころではないだろう。

 しかし大淀がうっかりグラスを落としてしまうくらいには疲労も溜まるようだし……やはりこまめに休息は取らせた方がいいようだ。

 

「……うむ、わかった。大淀、お前の気持ちも考えずに済まなかった。今後も、考えの足りない私を支えて欲しい」

「はっ……はいっ! こちらこそ、不束者ですがどうか末永くよろしくお願いします!」

 

 大淀は気を取り直したように、敬礼した。

 何とか最悪の事態は避けられたようだ。よ、よかった……。

 ここでいきなり説教してしまって好感度を下げてしまっては、もはやマイナスだ。バッドエンド一直線である。

 部下の体調への気遣いがいい上司の秘訣だ。コイツらにはしっかり休息を取ってもらわねば。

 

「ただし、大淀も、夕張も明石もだ。今夜は三人とも、しっかり睡眠を取るように。これは提督命令だ」

「はい。提督のお心遣いに感謝致します」

「了解です。しっかり休む事にしますね」

「安眠できるように、提督のお膝を貸してくれてもいいんですよ? キラキラ!」

「こ、こらっ、明石っ!」

 

 目を輝かせてお茶目に笑う明石に、大淀と夕張が慌てて注意する。

 可愛い。い、いや、油断してはいかん。この明石のいい笑顔も、上官に対する接待である可能性があるのだ。

 この状況はキャバクラみたいなものだ。明石達も仕事として俺に構ってくれている。

ちやほやしてくれたからと言って、「この娘、俺の事好きなんじゃね?」と思うのは馬鹿のする事である。

 特に俺は駄目な上官だと見限られており、誰にも歓迎されていない事が明らかな状況だ。

 こんな状況で好感度があるなどと勘違いをするな。

 騙されんぞ。俺は騙されん。少し油断したら俺の股間にクレーンを叩き込むつもりに決まっている。

『提督アイ』発動! なるほど……上半身のガードが固くて分かりにくかったが明石は意外と有るな。い、いや違った。

 

「――提督よ、失礼するぞ」

 

 アッハイ。スイマセン。

 不意に声を掛けられ振り向くと、そこには仁王立ちをして俺を見下ろしている、眼光の鋭い女がいた。

 な、何だコイツは。全盛期の加賀並に凍てつく視線を向けている。加賀や瑞鶴の他に、まだこんな危険な奴がいたのか。

 知った顔だ。妙高型重巡洋艦二番艦の那智である。

 い、いかん。見るからに不信感を持たれている。ボロを出さぬよう大人しくせねば。

 

「こら、那智。提督に失礼でしょう。正座しなさい」

「……フン。わかっているとも」

 

 おぉっ、横須賀十傑衆第六席、妙高さん! たちまち元気がアゲアゲです!

 どうも、俺が提督です! 大きな体に小さな魚雷! お任せ下さい! 常に全力疾走です!

 

 妙高さんの言葉に、那智も大人しくその場で膝を折った。

 足柄と羽黒もすぐ後ろに控えている。どうやら妙高型四姉妹で挨拶に来たようだ。

 妙高さん達の姿を見て、大淀が慌てたように声をかける。

 

「妙高さん、まだ時間では」

「ごめんなさい、那智がどうしてもと言って聞かなくて。その代わりにすぐに戻りますから」

 

 えぇ……妙高さん、すぐに戻っちゃうのか。この那智め、何てことをしでかしてくれたのだ、この馬鹿め、と言って差し上げますわ。

 那智に目をやると、変わらず鋭い眼光で俺を睨みつけている。ゴ、ゴメンナサイ。

 妙高さんはそれを制するように横目を向けてから、俺を見つめてグラスを差し出してきたのだった。

 

「改めまして、妙高型重巡洋艦、妙高です。提督、最後の日まで、共に頑張り抜きましょう」

「……私は那智。よろしくお願いする」

「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの。ふふ、よろしくね」

「妙高型重巡洋艦、末っ子の羽黒です……あ、あの……ごめんなさいっ!」

「ふふっ、提督。お疲れ様です」

「提督さん、お疲れ様ですっ」

 

 それぞれと乾杯しつつ、俺は瞬間的に観パイする。

 香取姉≒足柄>鹿島≒妙高さん>那智>羽黒といったところか。しかし羽黒も無いわけでは無い。流石は重巡、バランス型である。

 ……ん? 何か多いと思ったら、妙高さん達に続いて香取姉と鹿島まで乾杯しに来ていた。

 おぉ、横須賀十傑衆第三席と第六席、しかも秘書艦候補が並ぶとは。ハラショー、股間に力を感じる。

 大淀がまた何か言おうとしていたが、それよりも先に香取姉が口を開いたのだった。

 

「予定では私達姉妹がご挨拶に伺う時間でしたから」

「香取さん、すみません……私達はすぐに戻りますので」

「いえいえ、逆にちょうどよかったです」

 

 妙高さんが頭を下げると、香取姉は気にしないように顔の前で手を振った。

 

「ついさっき、提督が興味深い事を仰っていたのが聞こえてきたので……秘書艦候補として私と妙高さんを考えていると」

「あら。そうなのですか? それは光栄ですね」

 

 香取姉と妙高さんは俺を見て、にこっ、と微笑んだ。二人の笑顔に俺はもう轟沈不可避。俺の愚息を厳しくしつけてくれまいか。

 一方で鹿島は何故か、拗ねてしまったように目を伏せて、小さく唇を尖らせてしまっていた。

 そんな鹿島をちらりと見て、香取姉は改めて俺を見て言ったのだった。

 

「提督、大淀さんの名が聞こえなかったようでしたが……」

「う、うむ。まぁ、私なりに考えがあってな」

「まぁ、そうでしたか……ちなみに、妹の鹿島はどうでしょう。やはり提督の秘書艦としては力不足でしょうか」

 

 香取姉の言葉に鹿島がぱっと顔を上げたので、思わず目と目が合う。可愛い。い、いや、そうじゃない。

『提督アイ』発動! 年上属性×、包容力◎、巨乳◎。うぅむ、流石は香取姉の妹。やはりポテンシャルはかなり高い。

 しかし、見た目は清楚だが、オータムクラウド先生曰く、中身がなぁ……。

 

 オータムクラウド先生からの情報をもとに、俺の天才的頭脳で検証してみよう。

『姦』という漢字がある。あまり良い意味では用いられない言葉だ。

 女三人寄れば(かしま)しい、という言葉で有名だが、ここからわかる事は、(かしま)と書いて鹿島(かしま)と読むという驚愕の事実である。

 俺の頭脳が導いた式が示す通り、鹿島は普通の女性の三倍に匹敵する性欲を持つと推測される。名は体を表すという奴だ。考えただけで恐ろしい。最低でも三発という事だ。

 

 このようにただでさえ危険な鹿島だが、秘書艦にしたら更に危ない事になる。

 凡人にはわかるまいが、俺ほどの天才的頭脳になると嫌でも気付いてしまうのだ。

 鹿島を秘書艦に据える危険性。

 水素と酸素が化学反応を起こして水になるように、鹿島が秘書艦となる事で起こる化学反応。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 鹿島 × 秘書艦 = Kashima × Hisyokan = Ka shima × H i syo kan = H shima syo × Ka i kan = Hしましょ? × 快感♪

 

 このドスケベサキュバスめ! 一体何を考えているんだコイツは!

 真面目そうな顔をして、四六時中エロい事を考えているに違いない。実にけしからん。

 まさに色欲を擬人化したような奴だ。えっちなのはいけないと思います。

 オータムクラウド先生の作品曰く、秘書艦になるという事は、四六時中一緒にいるという事だ。

 おそらく鹿島の前で眠りについたが最後、寝込みを襲われて俺が四半世紀守り続けた童貞は容易く奪われ、そのまま腹上死不可避。貞操の危機どころか命の危機だ。

 ハーレムが俺の夢だと言うのに、寝ている間に童貞を喪失し、経験人数一人のまま強制的に死に至る。最悪ではないか。

 童貞を捨てる事ができれば何でもいいというわけではない。夢を失った男は終わりだ。

 推薦してくれた香取姉と鹿島には悪いが、ここは丁重にお断りさせてもらおう。しかし何と言うべきか……。

 

 俺が悩んでいると、鹿島が正座したまま身を乗り出し、口を開く。

 

「あ、あの! 私、お忙しい提督さんのお手伝いがしたいんです。それに、秘書艦のお仕事は凄く勉強になるから、提督さんの近くで学べば、少しでも香取姉に近づけるかもって思ってて……駄目、でしょうか……?」

 

 可愛い。い、いや、いかん! くそっ、コイツ魅了系の能力でも持ってんのか⁉ 本当にサキュバスかコイツは。

 正座の状態で三つ指ついて前かがみで見上げてくるものだから、必然的に胸部装甲が強調される形になる。ダンケダンケ。

 違う! 正気に戻れ、俺! 『提督アイ』発動! 可愛い。違う、そうじゃない! 『提督アイ』再発動! おっぱい。だ、駄目だ、ブッ壊れてやがる⁉

 れ、冷静になるのだ。そう、鹿島は秘書艦としてまだ相応しくないという根拠を示せばいい。

 

「ち、ちなみに、鹿島。手伝いと言ったが、具体的には秘書艦とはどういった仕事をするのだ」

「えぇと……まずは、提督さんが執務に集中できるように、身の回りのお世話をします。お食事をご用意したりとか……」

 

 食事か……俺は三食間宮さんに作ってもらおうと考えているからな。俺に毎日味噌汁を作ってくれと頼むつもりだ。それは特に必要無い。

 

「お洗濯をしたりとか……」

 

 洗濯か。それはマズい。俺の部屋には現在、ヌメヌメがカピカピになったパンツを手洗いしたものが干してある。あんなものを見つかったら提督の威厳も台無しだ。

 ドスケベサキュバス鹿島は普通の女性の三倍は臭いにも敏感であろう。

 家でも妹達から一緒に洗濯しないでと言われていたし、今まで通り自分のものは自分で洗濯します。凹む。

 

「お部屋のお掃除をしたりとかしますね」

 

 部屋の掃除……だ、駄目だ! 俺の私物が入った段ボール、アレを見られたらヤバい!

 俺のパンツなどを詰め込んだ段ボールと間違ったのか、何故かオータムクラウド先生の作品が詰め込まれた段ボールが届いていたのだ。

 そう言えば俺が鎮守府に送る荷物を急いで詰め込んでいる時に、妹が視界に入れたくないからと段ボールに詰めていたような気がする。

 おかげで着替えのパンツが無い為、やむを得ず俺は現在ノーパンである。

 

 あの段ボールはもはや俺の宝箱と言っても過言では無いが、その中には何が詰め込まれているのかというと。

 

『甘いものでもいかがですか?』(間宮本)

『これは少し厳しい躾が必要みたいですね』(香取本)

『お洋服とこの体、少し綺麗に……待っていて下さいね?』(鹿島本)

『千代田に怒られちゃうから、黙っていて下さいね』(千歳本)

『千歳お姉には内緒よ』(千代田本)

『スカートはあまり触らないで』(翔鶴本)

『これ以上私にどうしろというのですか……!』(妙高本)

『こんな無様な姿……姉さんには見せられません……』(筑摩本)

『イク、イクの!』(伊19本)

『口搾艦、明石! 参ります!』(明石本)

『結構兵装はデリケートなの。丁寧にね』(夕張本)

『一航戦の誇り……ここで失うわけには……』(赤城本)

『ヤりました』(加賀本)

 ……これでもまだ全部では無い。

 

 宝箱というかパンドラの箱である。中には俺の希望が詰め込まれているが、開けたら最後、鎮守府全体に厄災が広がるであろう。

 もしも艦娘にバレてしまったら俺の鎮守府生活は終わりを告げる。

 俺の部屋を勝手に掃除しちゃ駄目!

 

「う、うむ……その辺りの身の回りの事は、とりあえず自分で何とかするつもりだ。私の考えだが、秘書艦に必要な条件が三つある。私から見て、鹿島はその一つが足りていないようだな」

「そ、それは一体何なのでしょうか⁉」

「……う、うむ、そこは自分で考えてみるのだ」

 

 だ、駄目だ! 冷静どころか思いっきり俺の脳内が垂れ流しになってしまっている! くそっ、鹿島恐るべし。

 包容力と巨乳はともかく年上属性が足りないなどと言えるはずもない。ましてや性欲旺盛すぎるから身の危険を感じますなどと言った日には、セクハラ案件で鎮守府追放の危機だ。

 

「むむむ……」

 

 鹿島が腕組みをして唸っている。可愛い。だ、駄目だ、コイツが近くにいると本当に駄目になる。すでに駄目人間なのに、更に駄目になってしまう。

 これからはなるべく距離を置かねば、うっかり本性が出てしまうような気がする。

 思わず鹿島から顔を背けると、愕然とした表情の大淀が小刻みに震えている。ど、どうしたの大淀さん。

 見なかった事にする為、俺は反射的に目を背けた。

 

 い、いかんな。何となくだが、なんだかまたマズい流れになってしまっているような気がする。

 香取姉の提案、鹿島のお願いは、俺の貞操のピンチではあるが、好感度アップのチャンスでもある。

 ピンチをチャンスに変えてこその天才、俺ではないか。

 他ならぬ香取姉の提案だし、まぁ寝込みを襲われないように俺が気をつければいいんだし……そう考えて、俺は何も考えずに口を開いたのだった。

 

「……しかし、香取の言う事も一理あるな。実際にやってみねば学べぬ事もあるだろう。鹿島、私の秘書艦を頼めるか?」

「えっ、ええっ⁉ いいんですかっ⁉」

 

 まぁ、仕方が無い。香取姉と妙高さんの二人体制が三人体制になるだけだ。支障は無いだろう。

 不意に、ごとん、と音がした。見れば、大淀がまたグラスを落としてしまっている。

 グラスの中身は入っていないようだったが、やはり相当疲れているようだ……夕張に肩を揺すられているが、固まったまま反応していない。もう休ませた方がいいのかな……。

 

 すると妙高さんが、ぽんと手を叩いてこんな事を言うのだった。

 

「あら、それならうちの羽黒もお願いしては駄目でしょうか」

「えぇっ、み、妙高姉さんっ⁉」

「鹿島さんも言っていたように、秘書艦の仕事はとても勉強になるのよ。私や那智、足柄が改二になれたのも、その影響が大きかったように思うの。提督、いかがでしょうか」

 

 うーん……羽黒か……。『提督アイ』発動。年上属性×、包容力△、巨乳△……うーん……バランス型ではあるが……。

 羽黒はこう、甘えたくなるって感じじゃないんだよなぁ。それとは逆で守ってあげたくなるというか、後輩系というかそんな感じだ。

 ただ俺は誰かを守ってあげられるほど自分に余裕が無い。自分と妹達だけで精一杯だ。

 その妹達はどいつもこいつも俺に厳しいし、どいつもこいつも胸が貧しい。

 おそらくその反動で、俺は思いっきり巨乳のお姉さんに甘えたいと思ってしまうわけだ。俺の甘味処間宮さんとかに。甘えパイ。

 羽黒は可愛いとは思うが、俺のストライクゾーンからは大きく外れているわけで……うーん、しかし妙高さんからの頼みだからなぁ……少しでも好感度を稼がねば。

 

「う、うむ……私は構わないが」

「決まりですね! 羽黒、頑張って!」

「えぇぇ……そ、そんな、私まだ心の準備が……」

 

 まぁ、他ならぬ妙高さんの頼みだ。引き受けざるを得まい。香取姉と妙高さん、鹿島と羽黒の四人体制になったところで執務に支障は――。

 

「それでは私の代わりに鹿島、妙高さんの代わりに羽黒さんの二人が秘書艦を務めるという事で決まりですね」

「えぇ。提督から学び、二人とも成長できる、いい機会になる事でしょう」

「はいっ! 鹿島、提督さんの為に一生懸命頑張りますねっ! うふふっ、嬉しい!」

「よ、よろしくお願いします……ご、ごめんなさいっ」

 

 …………アレッ?

 お、おかしいな。横須賀十傑衆の第三席と第六席の姿が自然に秘書艦のメンバーから消えたような気がする。

 ま、まさか俺の秘書艦を務めるのが嫌で、うまく妹にその役目を押し付けて――⁉ 

 俺が二人に目をやると、香取姉と妙高さんはクスクスといたずらっぽく笑って、こう言うのだった。

 

「ふふっ、実は鹿島が秘書艦をやりたいと言い出した時から、お願いしようと思っていたんです」

「あら、香取さんも? 実は私も、この提督ならばと羽黒を推薦しようと思っていたのです」

 

 そ、そんな、香取姉! 俺の童貞を奪いたい鹿島との利害が一致したという事か! 俺には害しか無いというのに!

 妙高さんも、明らかに羽黒はやりたくなさそうなのに、何故推薦を⁉ やはり俺が無能提督だという噂を聞いて、自分が秘書艦になる事を避ける為に――⁉

 

 や、やはり俺への好感度は最低! あの笑顔は愛想笑い! もうやめて下さい! これ以上、私にどうしろというのですか!

 しかも羽黒は俺への嫌悪感を隠すつもりゼロ! 最初の挨拶からごめんなさいされちゃったよ!

 学生時代に俺に好かれているという噂が流れていたらしく、別に告るつもりも無い女子にごめんなさいされた記憶が蘇る。凹む。

 唯一俺に好意的そうなのはドスケベサキュバス鹿島のみ。お前が好意的なのは俺の下半身に対してのみだろ!

 

 ここは提督命令で無理やり秘書艦に引き留めるか……駄目だ、ますます好感度が下がってしまう。

 俺への不信感を隠すつもりすらない羽黒に、俺の寝込みを襲う隙を虎視眈々と窺っているであろう鹿島。

 何でこんなメンバーを近くに置かねばならんのだ。

 羽黒に怯えられるたびに俺はハートブレイクしそうだし、鹿島にはテクノブレイクさせられる可能性がある。

 常に死と隣り合わせ。これが俺の運命だとでもいうのか。

 

 いや、こんな所で死んでたまるか。俺は運命と戦う。そして勝ってみせる。

 とりあえず秘書艦の事は置いておいて、この場を上手く乗り切る事だけを考えよう。これを思考放棄と言います。

 当初の目的を忘れるな。まずは艦娘達の信頼を取り戻す事。次に、艦娘達のチラリポロリをこの目に焼き付ける事。

 まだ歓迎会は始まったばかり。挨拶に来る艦娘達はまだまだいる。

 まずは最低になってしまった艦娘達の好感度を上げる。ただそれだけを考えて行動するのだ。

 

 俺は何となく大淀に目をやった。

 

「……な、何とかして私の長所をアピールしなきゃ……そ、そうだ、明日からの備蓄計画を再検討して……」

 

 よく聞こえないが、空のグラスを見つめてブツブツと何かを呟いている。

 俺は再び反射的に顔を背けたのだった。

 








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