ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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026.『歓迎会』【提督視点②】

 秘書艦任務をやんわりと断った香取姉と妙高さんは満足そうに俺の下を去っていった。凹む。

 代わりに俺の秘書艦を務める事になった羽黒は見るからに憂鬱そうな表情だ。申し訳無い。

 苦手な上司と二人きりの部署で仕事する事が決定された時のような顔だ。上司側としても非常に気を遣う……。

 羽黒とは対照的に、鹿島はとても嬉しそうに鼻歌と共に去っていった。可愛い。い、いや違う。

 あんなに嬉しそうなのは、俺の秘書艦となった事で俺の寝込みを襲う隙を窺いやすくなったからであろう。

 少しでも好感度を上げようと香取姉のお願いを聞いた俺の自業自得なのだが、童貞を、そして命を奪われないように何か手を打たねば……。

 

 妙高さん達が挨拶を終えて去っていったにも関わらず、まだ那智と足柄はそこに残っていた。

 那智はタイミングを窺っていたように距離を詰め、デカい洋風の酒瓶を座敷にどんと置く。

 その鈍器で俺を殴り殺そうとしていると誤解されてもおかしくないような鋭い眼光と共に、那智はこう言ったのだった。

 

「貴様、酒は呑めるか?」

「……う、うむ。まぁ、それなりにな」

「そうか……ポン酒もいいが、こいつもなかなか悪くないぞ」

 

 那智がそう言って酒瓶を持ち上げ、瓶の口を向けてきたので、俺は慌ててグラスの中の酒を飲み干し、空のグラスを差し出した。

 それを見て、那智は意外なものを見たかのように目を丸くした。

 

「ほう、貴様、いける口だな。わざわざ一息に飲み干すとは律儀な奴だ」

「敬意を払うべき者から酒を注がれる際には、杯を空にするのが礼儀だと教わってきたものでな」

 

 俺が以前勤めていた職場で教えられた、というより強要されていた事だった。上司に酒を勧められたら断るな、杯を空にしろ、そうでなければ失礼だ、と。

 正直もうそんな時代では無いと思うのだが、上司の中にはそういう妙な礼儀を強制してくる者もいる。

 いわば悪しき風習だと思うが、俺は今回、あえてそれを口にした。

 人に強要するのではなく、個人がそう思い、そうするのならばそれは人の勝手である。

 俺がそれを口にして、そしてグラスを空にする事で、俺は那智を敬っているのだ、と示す事になるのだ。

 そう言われて悪い気がする者はいないだろう。

 

 実際には、俺は史実にあまり詳しくないし、那智の戦歴も全然知らないので尊敬という感情は皆無なのだが。

 那智についての知識など、オータムクラウド先生の作品から得た、首筋が弱いという情報しか知らない。

 

 那智に酒を注がれ、今度は俺が酒瓶を持ち上げる。お、重ッ⁉

 察したように差し出されたグラスに酒を注ぐと、那智もまた一息に飲み干し、小さく笑いながら言ったのだった。

 

「フッ……そうか。それならば遠慮はいらんな。勝って兜の何とやらと言うが……今夜ばかりは呑ませてもらおう。どれ、呑み比べといこうじゃないか」

「呑み比べだと?」

「まぁ、明日の執務に支障が出るならば無理にとは言わんが……」

 

 那智の眼はそう言っていなかった。

 明らかに、何か意味があって上官である俺に勝負を挑んできている、そんな眼をしていた。

 見るからに武人肌の那智だ。勝負から逃げては、おそらく更に好感度が下がる。部下を相手に逃げ出したぞ、と笑いものにする気かもしれない。

 こんな勝負を挑むくらいだ。那智は酒の強さにそれなりに自信があるのだろう。

 さりげなく自分に有利な土俵で戦いを挑むとは、武人のような雰囲気にも関わらず、なんて卑劣な奴だ。恥を知れ、と言ってやりたい。

 だが、ここで逃げては男が廃る――。

 

 俺は那智の眼を見据えて、言ったのだった。

 

「勝負というからには、何か賭けなければつまらないな」

「ほう、言うではないか。そうだな……敗者は勝者の言う事を一つ聞く、これでどうだ」

「面白い。受けて立とう」

 

 馬鹿めが! この俺の土俵にまんまと上がりおったわ! この智将に酒で勝負を挑むとは笑止千万!

 自慢ではないが俺は元々酒に強い体質であり、更に以前勤めていた会社でやたら上司の酒に付き合わされてきたおかげで鍛えられたのか、酔いつぶれた事など過去に一度しか無い。

 少なくとも今までの人生で俺よりも酒に強い奴には会った事が無い。つまりこの勝負は貰ったも同然!

 俺も男だ。負けるとわかっている勝負からは迷わず逃げ出すが、勝てるとわかっている勝負から逃げた事は一度も無い!

 俺が勝ったら、本当に那智は首筋が弱いのか確かめさせてもらう事にしよう。フゥーハハハァー。

 い、いや、違う。調子に乗るな。勝ちを確信して慢心するのは馬鹿のする事だ。このチャンスは有効に使わねば。

 

 姉を射んとすば、まず妹を射よ。

 この那智は妙高さんの妹なのだ。コイツを敵に回しては、妙高さんの好感度アップなど夢のまた夢。

 逆に言えば、那智を味方につけさえすれば、妙高さんの好感度アップも狙えるし、羽黒もあそこまで怯えなくなるかもしれない。

 よ、よし。俺が勝った暁には、那智にその辺りを頼むことにしよう。

 

「もう、那智姉さんったら。提督にあまり無理をさせては駄目よ」

 

 そう言って俺と那智の間に割って入ったのは、妙高型三女の足柄だ。妙高型の中では、妙高さんの次に俺のタイプである。巨乳なのだ。

 足柄は那智とは比較にならない人懐っこい笑みと共に、俺を見て言ったのだった。

 

「提督のおかげで昨日は最高の戦いが、そして最高の勝利が得られたわ! 本当にありがとう!」

 

 う、うん。そうだね。

 俺というクソ提督の存在のおかげで皆も一致団結して、俺の歓迎会を無視して最高の戦いができたみたいで何よりです。

 だが俺も心が広いからな。足柄達が最高の戦いに出てくれたおかげで、俺もあの最高の景色を拝む事ができたのだ。

 俺の歓迎会に出席しなかった事はこれでチャラにしようではないか。

 

「私は何もしていない。昨夜の戦果は他ならぬお前達の頑張りが実を結んだに過ぎん」

「ふふっ、やっぱりそう言うのね。提督がそう言うのなら、そういう事にしておくわ。あ、それと、私の出していたロース肉と食用油の申請! あれもすぐに決裁してくれたって聞いたわ!」

 

 申請の決裁……あぁ、そう言えばあったな! 『カツの調理に使用する為のロース肉と食用油の申請』! 名前までは見ていなかったが、足柄の申請だったのか。

 たくさん適当に処理したから中身はよく見ていないが、まぁ鳳翔さんや大淀がOKを出していたのならそれでいいのだ。

 足柄は何がそんなに嬉しいのか、目を輝かせながら言葉を続ける。

 

「そんな提督に、私から手料理をプレゼントしたいの! 食べて頂けるかしら?」

「手料理……だと?」

「えぇ! この最高の勝利を祝う、勝利のカツカレーよ! 他にもカツサンドとかカツ丼とか考えたんだけど、やっぱりカレーは艦娘にとって神聖な料理! ここはカツカレーしか考えられなかったわ!」

 

 あ、足柄コイツ……いい奴だな!

 俺の慧眼にはよくわかる。コイツは天龍と同じタイプだ。つまり少し頭は残念な感じだが裏表の無い性格をしている!

 浦風や明石のように、裏で何を考えているかわからないタイプではない!

 そ、そうか、俺は少し勘違いをしていた。

 オータムクラウド先生の作品によれば、足柄は三度の飯よりカツと勝利と自分が強くなる瞬間が好きな、飢えた狼。弱点は耳だ。

 

 女子の交友関係は難しいものだ。皆と違う行動をすれば協調性が無いと思われ、上手く行かなくなる部分もある。

 学生生活や前の勤め先で、その辺りは嫌でも目についた。何より妹達からそういう話をよく聞かされる。

 つまり長門などのリーダー格が俺の歓迎会に不参加を決めた事で、じゃあ私も、といった感じで不参加を決めた艦娘も少なからずいるかもしれない!

 少なくとも、俺が無能とわかっていながら、足柄は俺に手料理を振舞ってくれると言う。

 歓迎していない相手にも愛想笑い程度なら出来るが、わざわざ手の込んだカツカレーまで振舞う奴はいない。

 飢えた狼と呼ばれる程に戦闘狂らしいし、歓迎会に出席しない事で俺が傷つくことまで頭が回らずに、戦える方が良いと参加したのかもしれない。

 

 そう考えれば、鳳翔さんの下手なフォローも、案外外れてないのかもしれない。

 足柄にとって、提督の歓迎会よりも戦闘の方が何よりも優先すべき事項だったのだ。

 軍艦の魂が人の形として現れた艦娘にとって、むしろそれは当たり前なのかもしれない。

 無能がバレた事で俺の信頼度は最低レベルだと思っていたが、足柄のように俺の無能をそこまで気にしていない艦娘もいるかもしれない!

 俺の味方は、間宮さんや鳳翔さん、大淀だけでは無かった!

 

 そう考えると、嬉しくて泣いてしまいそうだ。つーか危うく足柄の事を好きになってしまいそうだった。胃袋を掴まれるとはこの事か。

 何しろ、女性に手料理を振舞ってもらうなど、生まれて初めてだ。

 いや、よくよく考えたらその前に間宮さんにおにぎりを振舞ってもらっていたのだから、俺の手料理振舞われる童貞は間宮さんに無事捧げられていた。マンマミーヤ!

 すでに俺の胃袋は間宮さんに掴まれていたのだった。結婚したい。

 俺が就職してから妹達もようやく本格的に料理をするようになってくれたが、父さんを事故で亡くしてからはほとんど俺が作っていたからな。外食をする余裕も無かったし、人に料理を振舞われるという事に、俺はどうやら耐性が無いようだった。

 

 そう言えば秘書艦の仕事として提督の食事を用意するという事を鹿島が言っていたが……いや、あのドスケベサキュバスのする事だ。睡眠薬とか媚薬とか盛られかねない。

 鹿島は足柄とは違って全ての行動が俺の童貞を奪う事に直結している気がする。気をつけねば。

 

 うむ。良いではないか。カツカレーでもカツサンドでもカツ丼でも何でも来い!

 本音を言えばカツサンドならぬ妙高さんと足柄のケツサンドとか、カツ丼ならぬ寝転んだ俺の顔の上にケツ、ドーン! みたいな方が嬉しいのだが、贅沢は言えない。

 勝利のカツカレー、頂きますとも!

 足柄は本当にいい奴だ。巨乳だし、三女だから年上って感じではないが同級生くらいの感じがするから気が合いそうだし、考えてみれば一応羽黒の姉属性あるし、巨乳だし。こいつは是非とも味方につけねば!

 

「う、うむ! ありがたく頂こう!」

「あら! そこまで喜んで頂けるなんて!」

「いや、恥ずかしながら、間宮や鳳翔さん以外に手料理を振舞われるとは思わなくてな。正直に言えば、お前達の手料理を口に出来るという事がとても嬉しいのだ」

「ふふっ、意外と可愛い所があるのね。お口に合えばいいのだけれど」

「何、口の方を合わせるから心配はいらん。どんなものでも美味しく頂けるのが私の特技なんだ」

 

 いかん。テンションアゲアゲなのが思わず表に出てしまった。

 少し声が大きくなってしまったからか、何人かの艦娘の視線を感じる。くそっ、反応が童貞臭いと心の中で笑われているかもしれない。凹む。

 磯風が誰にも声をかけずに立ち上がり、さりげなくそのままどこかへと消えていくのがちょうど目に入った。トイレだろうか。

 

「まぁ、御上手ね。それじゃあ早速、カツを揚げる準備をしてくるわ! またタイミングを見てお持ちしますね!」

「あぁ、楽しみにしておこう」

 

 俺が頷くと足柄は嬉しそうに立ち上がり、その場を去っていった。

 

「他の奴らの挨拶の邪魔になりそうだから、私も少し離れる事にしよう。妙高姉さんに立ち会って貰えるよう、すでに頼んであるから不正の心配は無い。貴様が呑んだ分だけ、私も呑む事にするよ。先に酔い潰れた方が負けだ」

 

 そう言い残して、那智も足柄と共に元の席へと戻っていった。

 自分の土俵で勝負を挑んできた那智は信用ならんが、他ならぬ妙高さんならば信頼できる。いくら俺の事を嫌っているとは言え、妙高さんならば身内びいきはしないはずだ。

 つまりイカサマの出来る余地は無い。那智も自分に有利な勝負だからと、それ以上は策を練る事を徹底せず、慢心したのだろう。

 馬鹿めが! 勝ちを確信して慢心し、敵を舐めてかかるとは愚の骨頂!

 その程度の策でこの智将に勝とうなどと片腹痛いわ!

 

 随分と余裕そうな表情で去っていった那智を見て、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 だ、駄目だ、まだ笑うな……こらえるんだ……し、しかし……。

 想像してしまう。どんなに呑んでも酔わない俺を見て、予想外だという表情を浮かべる那智の姿を。

 酩酊状態になり、立ち上がる事もままならない那智を、俺はしっかりと自分の二本の脚で立ちながら見下ろすのだ。那智も勝負を挑んだ相手との実力差を思い知るだろう。

 そんな俺に運ばれてくるのは、そう。勝利のカツカレーよ! カツ! カレー! ベストマッチ! よし! 勝利の法則は決まった!

 

 こうして那智は自分の言い出した賭けにより、俺の言う事を聞かなければならない。

 馬鹿な奴であれば那智の乳をネチネチ攻めたいなどとおかしな事を考えるかもしれないが、あいにく俺は頭が切れる。

 この機会を利用して、妙高さんとの仲を取り持ってもらうのだ。羽黒とも、せめて仕事に支障が出ない程度に態度を改めてもらえるよう説得して頂きたい。

 羽黒がしっかりと秘書艦をこなす事ができれば、妙高さんも俺を見直してくれるかもしれない。芋づる式ならぬ妹づる式に好感度を上げていく事もできそうだ。

 これで仕事もハーレム計画も上手くいきそうではないか。天才か俺は。

 

 俺は表情に出さぬように心の中でほくそ笑み、那智の手により注がれた勝利の美酒をゆっくりと味わったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「司令官、お疲れ様。伊168よ。イムヤでいいわ、よろしくねっ!」

「海の中からこんにちはー! 伊58です! ゴーヤって呼んでもいいよ!」

「いひひっ、伊19なの! そう、イクって呼んでもいいの!」

 

 俺は一瞬不健全なお店に迷い込んだのかと錯覚してしまった。

 伊号潜水艦のイムヤとゴーヤ、イクである。イムヤとゴーヤはスクール水着に何故かセーラー服の上だけ着用するという、見るからにアウトな恰好だ。

 スクール水着のみを着用しているイクよりも肌を覆う表面積は広いはずなのに、何故逆にいやらしくなってしまうのだろうか。これを着エロと言います。

 

 まぁ、セーラー服は元々船乗りの服だし、スクール水着は言わずもがな水着なわけで、海に潜るのであればおかしくは……いや、それなら何故セーラー服を上半身だけ……駄目だ、コイツらの装束はよくわからん。

 艦娘の装束について深く考えるのはやめよう。夕張の丈の短いセーラー服や、大淀と明石の袴みたいな構造のスカートも謎だが、そのおかげでお腹とか太ももとかを堪能できるのだ。ダンケダンケ。

 

 ダンケで思い出したが、オータムクラウド先生を通じて間接的に俺のドイツ語の師匠である伊8(はっちゃん)はいないのだった。別にハーレムに加えるつもりは無かったが、ちょっと残念である。

 俺は元々、潜水艦に関してはハーレム対象外だ。

 何しろ、その見た目からして幼い。イクなんかはちょっとヤバい部分があるが、全体的に中学生にも満たないというか、正直、俺の目には小学生くらいに見える。大目に見てもやはり中学生くらいだ。

 ましてやセーラー服にスク水だ。どちらも学生が身に纏うものではないか。

 学生と考えてしまうと、どうしても妹達の事が頭によぎる。大学生くらいなら大目に見るとしても、高校生以下は俺の中では完全にストライクゾーン外なのだ。

 

 そういうわけで、いくら不健全な恰好をしていたところで、俺が反応する事などないのだった。

 俺は自分でも驚くほどに冷めた頭で、それぞれと乾杯した。

 形式的な挨拶を簡単に交わす。

 うーむ、潜水艦達は俺への好感度は低いのか……? そんな風には見えないが……。

 

「てーとく! ゴーヤの持ってきたお酒を飲むでち!」

「イクがお酌してあげるの!」

「わ、わかったわかった……頂こう」

「あぁっ、司令官、それは」

 

 イクは張り切ったように瓶を持って酒をなみなみと注ぎ出す。

 イムヤが俺に何かを言おうとしたが、勢いよく注がれ過ぎて危うく零れそうになったので、俺は咄嗟に唇をグラスにつけて酒を啜った。

 ――瞬間、俺の口内に広がるクッソ生臭い苦み! 例えるならば俺の学生時代の味だ。

 何というか、ニガウリをミキサーにかけたものを日本酒に混ぜたような、カクテルと呼ぶのもおこがましい何かだった。

 

 思わず顔をしかめて噴き出してしまいそうになったのを堪え、無表情を保った自分を褒めてやりたい。

 ある程度平静を装うスキルには自信があったが、こんな不意打ちがあるとは思ってもみなかった。

 俺が表情を固めて唇を噛み締めている姿を見て、イクはけらけらと笑ったのだった。

 

「いっひひひひ! ゴーヤ特製、ゴーヤ酒なの!」

「えぇ~、苦くなんかないよぉ。ねっ、てーとく?」

「あぁっ! 何て事するの! 司令官ごめんなさい、吐き出していいから」

 

 こ、こいつら……! 上官に向かってなんて真似を……馬鹿か!

 イクは言うまでも無く馬鹿だ。ゴーヤは味覚が馬鹿のようだ。

 俺の事を唯一心配してくれているのはイムヤだけだ。

 イムヤしかまともな奴がいないが、そんなイムヤも馬鹿みたいな服装だ。

 くそっ、潜水艦は馬鹿しかいないのか……。

 

 しかもこれはかなり高度な嫌がらせだ。

 小学生くらいにしか見えないゴーヤが普通に飲んでいる酒を、俺が苦くて飲めないなんて言って見ろ。あんなに偉そうにしておいて、股間だけじゃなくて味覚も子供なのねと笑い物になるのが目に見えている。

 

 ええい、那智といいイク達といい、どいつもこいつも俺を馬鹿にしおって。

 採用されたばかりの教師が歳の近い生徒に馬鹿にされる気分というのはこんな感じなのだろうか。イクもゴーヤもいい気になりおって!

 貴様らの目論見など、この智将の提督アイにはお見通しだ!

 この俺が貴様らの思い通りに踊り狂うと思うてか!

 この程度の苦味、学生時代に嫌と言うほど味わったわ!

 臥薪嘗胆と言うが、人生においてもう苦味は舐め飽きたわ! 故に甘味に飢えている俺が甘味処間宮さんに甘えパイと思うのも自然の摂理なのであった。

 

 俺は無表情を保ったまま、無心になって口の中の苦味の塊を飲み込んだ。

 ふぅ、と大きく息を吐くと、苦味が鼻や口の中を通り抜けて非常に気持ち悪い。

 イムヤは目を丸くして驚いていたが、イクとゴーヤは目を輝かせて「おぉー」などと言っていた。

 

 そんな潜水艦共に、俺は表情を変えぬままに言ってやったのだった。

 

「う、うむ……非常に個性的な味だな」

「いひひっ! 気に入ってくれたのね? それじゃあ張り切って、どんどんお酌しちゃうの! イクのお酒が飲めないっていうの~?」

「わぁ~、やったぁ! まだまだあるからいっぱい飲むでち!」

 

 も、もう、いっぱいでち……。

 くそっ、コイツら調子に乗りやがって!

 オータムクラウド先生の作品『イク、イクの!』はとりあえず買ってみたはいいものの、結局一度もオカズに出来なかった唯一の作品だ。

 オータムクラウド先生の描いたその見た目や性格が、どうしても俺の琴線に触れなかった為だが、どうやらそれは正解だったようだ。

 やはり俺は包容力のある大人の女性が好みだ。

 たとえ巨乳であろうとも、それだけでは俺の心には響かない。

 

 しかし俺も大人の端くれだ。ここでイクを無視したり軽くあしらう事は出来るが、それでは好感度が下がるだけだろう。

 ここは正々堂々と、イクの嫌がらせにも受けて立とうではないか。

 イクに注がれたゴーヤ酒を口に含む。ヴェァァァアアア――ッ! やっぱり不味い! もう一杯! つーかもういっぱいでち!

 反射的に表情が渋くなってしまうのを必死に堪えていると、それを見てか、イクはいたずらっぽく笑って言ったのだった。

 

「提督、表情が固いのね! こういう楽しい場では笑わなきゃ駄目なの! こうやって、こうなの!」

 

 イクは俺の後ろに回りこむと、俺の背中にむぎゅっ、とくっついて、俺の口角を無理やり指で上げた。

 必然的に、イクの酸素魚雷二発が俺の背部に命中!

 思わず顔がにやけてしまったが、イクの指で口角をいじられている為、おそらく気付かれなかっただろう。柔らかくなった表情の代わりに今度は股間が固くなった。

 ち、違うのだ、これは何かの間違いだ。

 俺の頭はイクの事など何とも思っていないというのに、俺の下心が叫びたがっているんだ。

 

 おっきな魚雷、大好きです‼

 

 ふと、大淀と目が合った。

 目と目で通じ合うとはこの事だろうか。大淀はイクを注意しようと思っていたみたいだったので、俺は無言で首を振った。

 俺の意思が通じたのだろう。大淀は小さく頷いて、再び視線を外したのだった。

 うむ、流石は大淀。言葉にせずとも俺の心をよく理解できている……。

 

 そう、度重なるイクの無礼も許してやるのが大人ではないか。

 こうしている間にも絶え間なくイクの魚雷が俺の背中に叩き込まれている。

 まだだ……まだこの程度で、この私は……沈まんぞ!

 そんな攻撃、蚊に刺されたようなものだ!

 くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ! 偉いぞ!

 

 第十席:潜水艦・伊19。(年上属性×、包容力×、巨乳◎)←NEW()

 正直スク水のせいでよくわからなかったですが、凄く柔らかかったです。

 

 気づけば長門が横須賀十傑衆から転げ落ちていた。ランクインすらできないとなると、これでは長門はただのイケメンゴリラではないか。

 イクがまさかの第十席の座を獲得! なるほど、潜水艦に対して戦艦は手も足もでないと『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に書かれていたが、こういう事だったのか……。

 

 考えてみればスク水もセーラー服もそれだけで卑猥ではないか。俺には理解できないが、世の中にはスク水やセーラー服そのものに興奮を覚える変態もいる。それを女の子が身に纏うというのだから、オカズにならないわけがない。

 

 潜水艦もありだ。

 私はそう結論づけざるを得ないのだった。

 俺は食わず嫌いだったのだ。また真理の扉を開いてしまった。

 スク水! セーラー服! ベストマッチ! よし! 今夜のオカズは決まった!

 恐るべし潜水艦。後で部屋に戻ったら新たな視点でパンドラボックスに眠る『イク、イクの!』を拝読させて頂こう。

 っていかんいかん! オ〇ニー禁止! 一日目にして頓挫した計画だったが、明日から頑張ろうと決めたではないか。

 非常に名残惜しかったが、俺は背中の幸せに別れを告げる。

 

「こら、やめないか。せっかくお前に酌をしてもらった酒を味わえないだろう」

「あっ、それもそうなのね。いひひっ!」

 

 イクはそう言って、ぱっ、と俺の背中から離れたのだった。

 そのまま元の位置に戻るか――と思いきや、イクは再び俺の背中に覆いかぶさり、こう言ったのだった。

 

「……んふー、提督は何をしても怒らないから好きなのね。素敵な提督で嬉しいのね。ふふっ、イク、ご機嫌なの!」

 

 イクはそう言うと、今度はちゃんと離れて、ゴーヤを連れて元の席へと戻っていったのだった。

 イムヤだけがこそっ、と俺に近づき、頭を下げてくる。

 

「司令官、ごめんなさい。イクもゴーヤも悪気があったわけじゃなくて……ただ、嬉しくて、ついはしゃいじゃって……でも、やっぱり失礼だったよね。本当にごめんなさい。私が代わりに謝るから、イク達を責めないであげて」

「いや、あれでいいんだ。あぁやって距離感を気にせずに接してくれて、むしろ私は本当に嬉しい」

「えっ……」

 

 俺はこの短い時間で理解した。

 イクやゴーヤは好感度というより、尊敬度が低い。コイツらはやはり頭の中が小学生並なのだ。

 故に、小学生が担任に友達感覚で接するように、俺に対してもそんな感じで接してくる。つまり馬鹿にはされているが、好感度が低いわけでは無いのだ。

 頭が小学生並なので羞恥心も少ない。そうでないとあんな恰好で歩き回る事などできやしないだろうし、俺の背中にくっついてくる事もできないだろう。ご馳走様です。

 味方かどうかと言えば非常に頼りないが、嫌われているよりはマシだろう。

 

 まぁ、子供に好かれたところで何とも思わないのだが……とりあえず明石さん、すみません、俺の股間、治してくだち……。

 気を抜いたところでイクにトドメの一撃を刺され、俺の股間は元の姿にモドレナイノ。

 明石は夕張と談笑していて、俺の視線に気付いていないようだった。

 本当に役に立たんな、この口搾艦は!

 俺の股間の鉄骨番長は今にもドドンパしてしまいそうだってのによ! グングングルグル!

 ここは「元に戻らないんですか、提督も少し修理した方がいいみたいですね。お任せ下さい!」とかいって何とかしてくれる場面だろうが!

 お前がここ最近でやった事は俺の股間の狙撃くらいだぞ。可愛いから大抵の事は許すが、大目に見るのも限度があるからな。

 

 俺の言葉を聞いて、イムヤは一瞬戸惑っていたようだったが、やがて満面の笑みを浮かべて、俺に敬礼したのだった。

 

「ふふっ、それじゃあ私もそうする事にするね! 改めまして、海のスナイパー、イムヤです! 正規空母だって仕留めちゃうから! 近海警備も資材回収も、イムヤにお任せ!」

 

 う、うむ。イムヤがくっついてきてもちょっと物足りないかな……。

 とりあえず正規空母相手に自信があるらしいので、俺のメンタルを執拗に痛めつけてくる加賀を何とかしてくれないだろうか……。

 というよりもまずはイクとゴーヤの手綱をしっかり引いていて欲しい。潜水艦の中で唯一の服装以外常識人として。

 

「ここだけの話だが、潜水艦の中では特にお前に期待しているのだ」

「えっ、何でイムヤに……他の皆と比べてみて性能も劣ってるし、いい所なんて一つもないのに」

「お前にしか無い長所もあるんだ。潜水艦隊のリーダーとして、頑張ってくれ」

「……そっか、司令官がそう言ってくれるのなら、イムヤ、頑張るね!」

 

 イムヤが笑顔で去っていったところで、俺もようやく動き出せる。

 俺の股間の伊号潜水艦、伊072(ニオナ)を急速潜航させるべく、とりあえず俺の部屋に行こう。

 部屋でしばらく瞑想でもして心と股間を落ち着かせて、ついでにそろそろ乾いているであろうパンツを履こう。

 すっかり忘れていたが、今の俺はノーパンなのだ。もしも俺の股間が先走ってしまったら、パンツという名の内部装甲が無い今、ズボンに直接ダメージが届いてしまう。それはマズい。

 

 すでに俺の魚雷はうずうずしてるのだ。

 これ以上俺の股間に特効を持つ艦娘が現れる前に動かねば。

 

 俺が意を決して、前かがみに立ち上がろうとした瞬間――四つの影が高速回転しながら俺に向かって飛んできた。

 それは同時に俺の目の前に着地すると――次々にポーズを決めながら、声高々に名乗りを上げたのだった。

 

「ヘーイ、テートクゥ! 金剛型一番艦! 英国で生まれた帰国子女! 金剛デース!」

「同じく二番艦! 恋も戦いも負けません! 比叡です!」

「同じく三番艦! 榛名、全力で参ります!」

「同じく四番艦! 艦隊の頭脳、霧島!」

 

「我ら、金剛型四姉妹!」

「デース!」

「……と、長門だ。戦艦部隊、挨拶をさせて頂きたい」

 

 やったぁ! 巨乳出たっぴょん! 思わず俺の股間も疼き(ウヅキ)でぇ~っす!

 妹にはクズって呼ばれてまぁ~っす!

 

 いかん! 横須賀十傑衆第二席、超弩級巨乳姉妹艦隊とゴリラを率いて襲来!

 無駄に洗練された無駄のない無駄な高速戦艦の機動力に退路を絶たれた!

 だ、駄目だ! 逃げられん!

 




艦これアーケードのうーちゃんのモーションは本当に可愛いですね。
先日一念発起してバケツを50個近くつぎ込み、ついに5-3を攻略でき、続いた5-4で念願の瑞鶴、大型艦建造にて長門をお迎えできました。
これで瑞鶴と長門の描写にも更に力が入ると思います。

提督視点が想定以上に長くなってしまったので、悩みましたが分割する事にしました。
次回も提督視点になります。

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