ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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031.『歓迎会』【提督視点⑥】

「そわそわ、そわそわ……あっ、司令官が帰ってきたわ! まったく、レディを待たせるなんて、ぷんすか!」

「ハラショー」

 

 駆逐艦の群れは相変わらずその場に待機していた。

 俺の席の周りにたむろしているのは、先ほどまでと同じく第六駆逐隊の四人に、夕雲型の十一人。そして浦風たちが加わっていた。

 俺の姿を見つけるなり、ぱあっ、と顔を明るく輝かせた浦風がひらひらと手を振ってくる。可愛い。い、いや、違う。

 そう言えばまだ浦風たちがいたな……磯風の姿が見えないが、すっかり忘れていた。

 腹痛に関しては足柄がうまく説明してくれたとは思うのだが……。

 

 駆逐艦達の爛々と輝く視線に囲まれながら俺が腰を下ろすと、さっそく第六駆逐隊の四人が俺を取り囲んだのだった。

 雷が背後に回って俺の背中をさすり、電が心配そうに声をかけてくる。

 

「司令官、お腹の調子が悪かったのね。言ってくれなきゃ駄目じゃない!」

「はわわ……司令官さん、もう大丈夫なのですか?」

「う、うむ。もう大丈夫だ……ん?」

 

 六駆の四人に囲まれている俺に向かって、なにやら匍匐前進でずるずると距離を詰めてくる奴がいる。

 よく見れば、いやよく見なくても明石であった。その目はひどく据わっていた。

 暁と響の間に割り込むように俺の眼の前で膝立ちになった明石は、俺の両肩をガシリと掴み、俺をジト目で睨みつける。

 

「……提督、どこに行ってたんれすかぁ⁉ 今まで不眠不休で頑張ってきたご褒美に私の枕になるって約束だったじゃないれふかぁ!」

 

 そ、そんな事言ってたっけ⁉ まったく身に覚えが無いんだが⁉

 考えるまでもなく、明石はひどく酔っていた。顔は紅潮し、呂律が回っていない。俺が便意と戦っている間に一体何があったと言うのだ。

 

「は、はわわ……い、雷ちゃん、明石さんはどうしたのですか」

「しっ、あまり見ちゃ駄目よ。皆、少し離れましょう」

「一人前のレディとは思えない姿だわ……」

「大人の女性だからこその姿とも言えるが……ハラショー。司令官、頑張って」

 

 雷に促され、駆逐艦たちは気の毒そうな、興味深そうな顔で早々と退避してしまった。

 至近距離で睨みつけられ、戸惑ってしまっている俺に、夕張が慌てた様子で近寄ってくる。

 

「て、提督ごめんなさいっ! 少し飲み過ぎてしまったみたいで、潰れて眠ってしまったと思ってたんだけど……こらっ、離れなさい明石っ、提督に失礼でしょ⁉」

「嫌ですぅー、提督は私の枕になるんれふぅー。大体れすねぇ、大淀ばっかりご褒美貰ってズルいんですよ! 私たちだって頑張ってきたのに! ずっとずっと頑張ってきたのに!」

「あ、あれはその、大きな声では言えないのだが、今回は大淀が自主的に提案してくれた事を評価してな……」

「あー、だったら私だって私だって! 提案します! 大淀が備蓄管理するならぁ、私と夕張はぁ、二人で工廠を担当しまーす!」

「ちょ、ちょっと明石っ」

 

 工廠……? いや、交渉か。勘違いするところだった。

 ここで何故交渉、と思ったが、思い当たる節は一つしか無い。

 大淀がビーチク管理をするなら、明石と夕張は交渉を担当すると……。

 まさか明石にも大淀との会話を聞かれていたとは……いや、大淀が話したのかもしれない。

 何しろ大淀、夕張、明石の三人娘はそれぞれ艦娘の胸部装甲の平坦、中間、豊満をそれぞれ担当しているらしいからな。

 俺が豊満な胸部装甲を持つ金剛のビーチクを所望しているとなれば、担当者は必然的に明石となるはず。今後ともよろしくお願いします。

 

 しかし交渉という事はまさか金剛に話すのか……?

 この裏工作艦、もしや強力な装備を優先的に載せる代わりにビーチクを見せて下さいとでも言うのだろうか。

 改装とか言って私の裸を見たいだけなんでしょ、このクソ提督! などと罵られてはたまったものではないのだが……。

 

「な、何勝手な事言ってんのよ、もぉ」

「だってぇ、この一年間で開発したはいいけど狙ったものじゃないからって埋もれてるのもあるしぃ、もう倉庫は足の踏み場も無いしぃ、そもそも今倉庫に何が詰まってるかもよく把握できてないしぃ、改修計画だって立てられてなかったしぃ」

「そ、それはそうだけど……装備管理や改修計画も提督の仕事で」

「バリぃ、そこを私達が担当して提督の負担を減らすんでしょぉ?」

「誰がバリよ、誰がっ」

 

 明石と夕張が何やらこそこそと話していたがよく聞こえなかった。

 腹痛も消えて冷静になった頭で考える。

 確かに装備改修と開発に長けた明石と夕張ならば、そのような交渉には向いている気がするが、それは果たして有りなのだろうか。

 いや、脱衣所で盗撮したり許可を得ずに艦娘乳型録に載せるよりも、許可を得た方がトラブルは少ないに決まっている。

 ただし、俺が所望していた事がバレたら、俺への信頼が地に落ちる可能性も……。

 つまり俺が関わっている事は上手く隠しつつ交渉してもらえば、本人の同意を得られた上で確実にビーチクを得られる事が期待される。

 横須賀鎮守府の黒幕として権謀術数に長けた大淀と連携してもらう事で、スムーズに事が進むかもしれん。

 

 それに明石は、俺が大淀だけに褒美を与えると言った事にこだわっているようだからな……。

 大淀、夕張、明石の三人は仲が良さそうだし、その辺りはデリケートに扱わねばならないのかもしれん。

 俺のせいで三人の友情にヒビが入ってしまうのはいたたまれない。平等に扱わねば。

 

 しかし夕張は昨日のセクハラ以降、俺が他の艦娘に手を出さないか監視していると思っていたのだが……。

 この宴席で夕張からの視線をちらちらと感じていたのは、きっと俺の気のせいでは無いと思う。

 今にして思えば、やはり俺が他の艦娘に手を出さないか監視していたのだろう。

 天龍にセクハラしていた事は龍田以外にはバレていないと思うが……。

 

 俺は夕張に、こそっと声を潜めて訊ねたのだった。

 

「その……夕張はいいのか? 大淀と明石はともかく」

「あっ、はい。酔っぱらってはいますが明石も適当な事を言っているわけでは無いですし……これが鎮守府運営の助けとなるのであれば精一杯頑張ります。勿論、提督がよろしければですが」

 

 なるほどな……やはり大淀と同じく、俺の無能っぷりを危惧して、陰で鎮守府の支えとなろうと……。

 おそらく明石と夕張には大淀が上手く説明してくれたのだろう。

 金剛のビーチクが気になってあのクソ提督は執務どころではない、鎮守府の為に私達が何とかせねば、と。本当にすみません。

 ともかく、明石も夕張も納得の上での進言であるのならば、俺としては何も言う事は無い。全て任せようではないか。

 

「……よし。わかった。それでは明石と夕張には交渉の担当をお願いしよう。大淀と連携して、間違いの無いように事を進めてくれ」

「はぁい! 工作艦明石と兵装実験軽巡夕張にお任せ下さいっ!」

「も、もう、明石ってば……了解しました。工廠に関しては私と明石が責任を持って管理します」

 

 満面の笑みの明石と、それを見て呆れたような表情の夕張は、俺に向かって敬礼する。

 上手く話がまとまったかと俺が心の中で一息つく間もなく、明石は胡坐をかいている俺の足に座布団を置きながら言ったのだった。

 

「それじゃあお待ちかねのご褒美ですね! 提督の膝枕、お借りしまーす! キラキラ!」

 

 俺が返事をするのも待たずに、明石は座布団を枕にして顔を埋め、横になってしまった。

 う、うん……胡坐をかいた股間の辺りに思いっきり顔を埋めてるから、膝枕というよりフカフカキンタマクラになっている気がするのだが……。

 龍田のおかげで股間が縮こまっていたから良かったようなものの、ちょっと前だったら明石の頬に俺のクレーンが突き刺さっていたかもしれん。

 座布団越しとは言え、口搾艦の本能で股間に顔を埋める方が落ち着くのだろうか。

 他の艦娘達の視線が突き刺さって痛い。しかし交渉の褒美と言われてしまっては拒否するわけにもいかんからな……。

 

 そう言えば俺の二番目の妹の明乃ちゃんがまだ小学生だった頃、強制的に似たような事をやらされた事があった。

 友達と喧嘩をして帰ってきた後だったか、ソファーの上で膝枕をさせられながら、他の妹達が帰ってくるまで延々と愚痴を聞かされたものだった。

 その時の喧嘩の原因は、その友達に俺が本屋でエロ本の袋とじの中身を必死になって上下から覗き込んでいたのを目撃したと馬鹿にして笑われたのが原因だったらしい。

 最終的にそれは事実だと認めたら思いっきりぶん殴られたわけだが、それはともかく女の子はストレスが溜まったら膝枕を求めるものなのだろうか……多分違うと思うが、うぅむわからん。

 

 俺の独断と偏見によるイメージだが、明石はちょっと男子とも友情が成立すると思ってる女子っぽいな。なんとなく距離感が。

 男子の方はその子の事を好きになっちゃったりするタイプの。でも本人には恋愛感情とか全く無いという感じの。

 つまり明石にとっては昨日会ったばかりの男の膝枕程度、何も意識するほどの事でも無い。俺だけがドキドキして馬鹿みたいじゃないか。けしからん。

 

 俺の心労に構わぬように、やがて明石はすやすやと寝息を立ててしまった。早い。

 うーん、まぁ明石も酔ってるし、相当疲れてたみたいだし、何だかんだで明石も可愛いし、距離感が近いのは正直嬉しいし、あまり狼狽えても童貞臭いし……余裕を装い、平静を保たねば。

 

 酒で顔を赤くして気持ちよさそうに寝息を立てている明石を見て、対照的に顔を青くしてしまっている夕張に、俺は声をかける。

 

「ま、まぁ、相当疲れているらしいからな。眼の下にクマもあったし……ここはそっとしておいてやろう」

「申し訳ありません、本当に申し訳ありません、いくらなんでも無礼すぎます、すぐに起こしますから」

「これが褒美でいいと明石は言っていたからな。それに私が、今夜は無礼講だと言っただろう。明石を咎める理由など何も無い」

「……提督のお心遣いに頭が上がりません」

 

 深々と頭を下げる夕張に、俺は慌てて顔を上げさせながら言った。

 

「それよりも、その、なんだ。夕張は、褒美は何がいい。大淀のように思いついたらでもいいんだが」

「そ、そんな。ご褒美なんて……えぇと、その、じゃあ、そのぉ……」

 

 夕張はきょろきょろと周りを見渡してから、こそっ、と俺に耳打ちしたのだった。

 

「わ、私も普段通りに話してもいい……?」

「……ん、んん? どういう事だ」

「い、いえ、その、新しい提督の前で失礼の無いようにって思って敬語使ってたんだけど……その、仲良くしてる皆を見てたら何だか羨ましくなってしまって、ですね、はい……あっ、いえ、勿論、提督の事を敬っていないというわけではなくて……」

 

 可愛い。い、いやいかん。夕張は軽巡。軽巡は俺基準では高校生。高校生という事は妹達と同年代。巨乳以外は対象外だ。多分。

 

「も、勿論だ。普段通りでいいと言っただろう」

「や、やった。じゃあこれからは普段通りに話しますね! あっ、いえ、話す……ね? あ、あはは、何だか恥ずかしいね。自然に話せるように頑張りま……う、うぅん、頑張るね」

 

 可愛い。ちょ、ちょっと待て。何だこのときめきは。

 まるで付き合い始めの後輩に敬語禁止を命じた時のような初々しさ……。

 頬を赤くして照れ笑いと共に頬を掻く夕張を見ていると、何故か胸が高鳴ってきた。

 俺が大人のお姉さん方に感じる、憧れと性欲の入り混じった感情とは違う。

 外見年齢的にも胸部装甲的にも俺のストライクゾーン外であったはずなのに、何故夕張にはこんなにもときめくのだ。

 

 ――そうか、これは俺が過去に置いてきてしまった甘酸っぱい青春の香り。アオハルかよ。

 改造制服と言ってもいい川内型や大淀、明石などとは違い、夕張は正統派のセーラー服だからか、俺の心に突き刺さるのだ。

 そう考えれば天龍も似たようなものではないか。アイツも艤装を除けばただの高校生にしか見えん。あんな幼馴染が欲しかった。そんな感じだ。早くぶっ放してぇなぁ。

 セーラー服から覗く白いお腹、スカートから覗く黒ストッキングに包まれた太もも……若かりし俺に縁の無かった等身大のチラリズムが夕張にはある。

 それは性欲とかではなく、何と例えればいいのか、青さというか、若さというか、ノスタルジーというか、まぁつまり青春だ。

 

 もしかして俺は年下も有りなのか……? ば、馬鹿な。そんなはずは無い。妹達と同年代だぞ。犯罪ではないか。

 違う、俺は夕張に、俺が味わう事の出来なかった青春というものを重ねてしまっているだけだ。年下が対象内になったわけではない。

 そ、そうか、発想の転換。これこそ天才の発想だ。今まで俺は年下はハーレム対象外だと思っていたが、俺が自ら精神年齢を退行させる事で夕張を同年代と見立てて、いや、下手したら年上の先輩に見立てる事でストライクゾーンに、いや俺は一体何を考えているんだ。馬鹿か俺は。

 流石に酔い過ぎだ。腹の中は空っぽだが酒の影響はまだ残っているようだ。

 いかんいかん。夕張はこの歓迎会の間も俺をちらちら監視していたくらいなのだ。気を引き締めろ。

 大淀のおかげで俺を陰から支えてくれるように動いてはくれるだろうが、だからと言って気を抜けるわけでは無い。

 

「ま、まぁそれくらいなら褒美にもならんと思うから、また何か思いついたら教えてくれ」

「い、いいの? それなら、うぅん……考えておきますね! あっ、いえ、考えておくね。えへへ」

 

 可愛い。い、いやいかん。

 照れ臭そうに笑う夕張を見ていると何だかこっちまで照れ臭くなってしまう。

 な、何だこの甘酸っぱい雰囲気は。俺も夕張も上手く言葉を出せずに、照れ笑いだけを浮かべ、時折目が合っては、また照れ臭そうに笑う。

 あぁ、そうか。これが青春の……。

 

「おっ、二人ともいい表情ですねぇ! 恐縮です! 青葉、見ちゃいました! ささっ、それでは続いて青葉の突撃インタビューを……」

 

 ふと気が付くと青葉が俺達を覗き込んで、パシャパシャとシャッターを切っていた。

 ペンとメモ帳を取り出したところで顔を真っ赤にした夕張に首根っこを掴まれ、そのままずるずると外まで引きずられていった。

 

「あぁーッ、バリさん何をするんですかぁ! せっかく明日の艦隊新聞のネタを」

「だから誰がバリよ、誰がっ! ほらっ! カメラ寄越しなさい!」

「ええっ、あっ、待って、カメラ返してぇーっ!」

 

 夕張と青葉の声が遠くなっていく。

 う、うむ。危ない危ない。酒と雰囲気に酔っていたようだ。

 

 せめてものセクハラとして明石の頭を撫でながら俺が一息ついていると、遠くから様子を窺っていた駆逐艦達が再びわらわらと集まってきたのだった。

 俺の胡坐の上で寝息を立てている明石を眺めて、四人それぞれ違った表情を見せる。

 

「はわわ……明石さん大胆なのです」

「一人前のレディには程遠いわね。はしたないわ」

「暁はお子様ねぇ。大人だって、誰かに甘えたい時くらいあるわよ。ねぇ司令官?」

「ハラショー」

 

 雷の意見には全力で同意であった。間宮さんに甘えパイ。アップルパイに埋もれパイ。

 それはともかくとして、腹痛の為に途中で切り上げてしまったコイツらの相手をしなくては。

 

「さぁ、仕切り直して、皆にお酌してもらおうかな。まずは響からだったか」

 

 俺がそう言うと、四人はえっ、と意外そうな顔をした。

 

「司令官……いいのかい?」

「無理はしないでいいのよ? 一人前のレディとして、気遣いくらいできるんだからねっ」

「フフフ、あいにく私はそれなりに酒豪でな。少し腹の調子は悪くなってしまったが、これくらいでは全然酔えないのだ」

 

 本当はもう限界が近かったが、コイツらもさっきはあんなにもお酌するのを楽しみにしていたからな。

 おそらく足柄に言われて自重しているのだろう。子供がいっちょ前に気を遣いおって。

 だが、好意を無碍にするのはもう足柄に対してだけでお腹いっぱいなのだ。

 股間も通常サイズに戻ったし、パンツも履いた。

 最後の難関は――そう、あの那智だ。

 

 いくら他の艦娘が俺に友好的だったとしても、那智がそうでなければ意味を成さない。

 那智のあの眼光……そして呑み比べ。明らかに俺を敵視している。

 この呑み比べに負けてしまったが最後、俺を見限った那智により鎮守府を去らねばならない可能性すら否定は出来ないのだ。

 提督ならば常に最悪のケースを考えるべし。「だろう」ではなく「かもしれない」で動くべきなのだ。

 つまり那智に呑み比べで勝つ事は、俺が横須賀鎮守府に残る為の必須条件であると言えよう。

 たとえ俺が正気を失うリスクを孕んでいるとしても……!

 クソッ、こんな事になったのも、負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くなどとなったせいだ。おのれ那智め。

 

 絶対に負けられない戦いがここにある。

 ちらりと那智を見れば、先ほどと同じく苦々しい顔で、湯呑の酒をちびちびと飲んでいる。

 明らかに飲むペースは遅くなり、そしてあの苦しそうな表情。やはり限界は近いようだ。

 ここで勝負を決めるしかねェ……!

 

 しかし第六駆逐隊の四人に一人ずつお酌をしてもらうのに、他の駆逐艦達からは遠慮するのは差別するようで悪いな……。

 そうなると、第六駆逐隊の四人で四杯、夕雲型で十一杯、磯風の姿が見えないが浦風達で四杯……じゅ、十九杯か……。

 ま、待てよ、その他にもまだ利根達や千歳お姉達、空母勢なんかも……お、おい、本当に大丈夫なのか……?

 すでに何度も正気を失いかけているというのに……い、いや、那智に勝てさえすれば、やんわりと断っても良いはずだ。

 ここからはデスマッチだ。俺が正気を失うのが先か、那智が酔いつぶれるのが先か……。

 

 つい先ほどまではイクや金剛や天龍のせいで頭がとろけてしまっていたが、今の俺は違う。

 今まで俺も本気を出していなかったが、ここからは本気を出させてもらおう。

 俺が気を緩める事はもう二度と無い! このフルティンコ、容赦せん!

 俺は目を覚ますように両頬をバチンと叩き、気合を入れる。ッシャア! かかってこいや駆逐共!

 

 覚悟を決めた俺を見てだろうか、困ったような微笑みと共に夕雲が俺の傍へと寄って来る。

 そして、膝立ちをして、まるで赤子をあやすかのように俺の頭をその胸に抱きしめたのだった。

 

「もう、駄目ですよ提督。お気持ちはわかりますけれど、貴方の身体はこの鎮守府の宝オブ宝……どうかご自愛下さい」

 

 マンマ~。

 い、いや、違う。俺は今一体何を。

 性欲とは別の意味で正気を失うところだった。

 何なんだこの夕雲の纏う人妻のような雰囲気は……駆逐艦ってレベルじゃねーぞ……。

 制服のせいでよくわかりにくいが、浜風や浦風ほどではないが駆逐艦にしては身長に対してそれなりのパイオツを持っているし……。

 まだ子供ではあるが数の多い夕雲型の長女だし……結構加点ポイントが多い。

 

 だが何故だ。先ほどの天龍のようにテンションが上がらない。

 胸が当たっているというのに、十傑衆にはランクインする気配も無い。

 むしろ心が豊かになるというか、安らかになるというか、何だかこのまま眠ってしまいたいような……。

 提督七つ兵器『提督ノーズ』発動……あぁ、いい匂いだ……ほっとする……例えるなら温かい蜂蜜ミルクのような……い、いかん、正気に戻れ。

 

 戸惑いを隠せないまま胸に抱かれている俺を夕雲から引きはがすように、今度は浦風が俺の頭を胸に包み込んだ。

 

「ふふっ、提督さんはお優しい御方じゃ。でも、無理はいかんよ? うちら、お冷やを用意しとるけぇ、それ飲んで、少し休んどって?」

 

 マンマ~。

 い、いかん……! また正気を……!

 どういう事だ。俺の股間の電探はまったく反応していないというのに……!

 たとえ駆逐艦だとはいえ、この浦風は横須賀十傑衆第九席の実力者。

 何故こんなにも豊かなパイオツに包まれながら今は性欲が湧かないのだ。

 天乳の時には手と脇腹に当たっていただけで痛いぐらいにビンビンだったというのに、頭に当たっている今は反応しないだと……⁉

 ま、まさか龍田の魔眼の恐怖によって立ち上がる事がインポッシブルに……⁉

 

 いや、違う……こ、これは……母性! これが噂のバブみというものか……!

 馬鹿な……! 俺のマンマは間宮さんしか存在しないと思っていたが、確かに浦風も俺のマンマ候補……!

 そうか……間宮さんは適齢かつ俺の好みドストライクだから股間の疲労も回復するが、コイツらは駆逐艦……。

 つまりストライクゾーン外でありながら強烈な母性を持つが故に、性欲が湧かずにバブみだけが俺に襲い掛かるという事か……!

 いや、流石に浦風とか浜風レベルになると生理現象として普通に股間も反応する事は昨日実証済みだが……な、何故だ、何故今はバブみだけが……!

 お、落ち着け……とりあえず俺の頭を優しく包み込むパイオツから離れねば……!

 

 俺が自ら離れようとする前に、浦風の胸に抱かれている俺を引きはがし、雷が後ろから抱き着きながら頭を撫でてくる。

 

「そうよ。無理しなくていいのよ司令官。私がいるじゃない! 明石さんが司令官に甘えたみたいに、司令官だってもっと私に頼ってくれてもいいのよ?」

 

 マンマ~。

 ウォォォオァァアーーッ‼ 正気に戻れァ‼

 母性の象徴たるパイオツを保有する夕雲と浦風はともかく、何故胸部装甲の欠片も無い雷に俺はバブみを……!

 な、何なんだコイツらは……! 雷はさっきまで小学生にしか見えなかったのに、今は聖母に見える。後光が差しているような気すらしてきた。

 尊い……。い、いや、待て。何で俺はさっきから文月だの雷だの駆逐艦に神秘性を見出しているのだ。正気に戻れ。

 

 気が付けば右には夕雲! 左には浦風! 背後には雷! いかん! 囲まれた! これぞまさしく鎮守府マンマ祭り、開催決定‼

 今なら特別ゲスト鹿島ンマによる大根おろしならぬ俺の男根筆おろしイベントも――⁉

 いや鹿島は呼んでない! お前はマンマじゃなくて淫魔じゃねーか! 殺す気か! カエレ!

 まったく、鹿島という奴はちょっと隙を見せると忍び寄ってくるな。油断も隙も無いなアイツは。

 落ち着け。よし。とりあえず夕雲、浦風、雷の三人に間宮さんを含めて、マンマ祭り四人衆と名付けよう。

 って冷静に名付けてる場合では無ェ‼

 

 い、いかん! このままではいかん!

 性欲は湧かないが、このままでは俺は別の意味で正気を失ってしまう!

 このまま夕雲と浦風、雷の母性に包まれ甘やかされ続けたが最後、理性の糸が切れた俺はバブみ補給艦速吸と化して浦風のパイオツにむしゃぶりついてしまう可能性大!

 駆逐艦相手に赤ちゃんプレイを求めた変態クソ提督として、最悪の形での社会的な死は免れん。

 性欲の権化と化して暴れまわるのも恐ろしいが、いい大人が赤子と化して甘える姿など、考えただけで吐き気がする。

 クソッ、普段から甘やかしてくれる人がいないせいか、まさか甘やかされた俺がここまで駄目になるとは想定外だった……!

 

 夕雲も浦風も雷も、本心から俺を労わろうとしてくれているのが痛いほどに伝わってくる。

 その気持ちは嬉しいが何とかこの場を逃れねば――!

 し、しかし、いい匂いと優しさに包まれて、駄目だ、酒のせいか、いきなり物凄い睡魔が……瞼が、重く……。

 

「――し、司令。失礼する。この磯風、司令の為に初めて料理を作ってみたんだ。私なりの忠誠の証として、その……受け取ってはくれないか」

 

 サンマ~。

 思わず目を閉じてうとうとしてしまっていた俺であったが、磯風の声に、はっ、と正気に戻った。

 見れば、割烹着姿の磯風が、俺の前に皿に乗せられた真っ黒い炭の塊を差し出してきていたのだった。

 俺を包んでいた母性の甘い匂いも、一瞬にして焦げ臭さに上書きされてしまう。おかげで目が覚めた。

 ……料理? これは、料理なのか? いや、形を見れば秋刀魚であった事だけはわかるのだが……。

 磯風は真剣な、不安そうな表情で三つ指をついて、俺を見上げている。

 

「も、申し訳ありません、提督……。提督は手料理を大変喜ばれるというのを聞いていたようで、手伝おうと言ったのですが聞き入れられず、その……止めるのも、忍びなく……」

「トホホ、谷風は止めろって言ったんだけどねぇ……こうなったら聞きゃあしないんだ、磯風って奴ぁ。かぁ~っ」

「磯風がここまでしたがるなんて初めての事じゃったけぇ、うちらもどうしたらえぇのか……提督さんならわかってくれるじゃろうけど、磯風に悪気は無いんじゃ」

 

 浜風と谷風が寄ってきて、浦風と共に小声でそう教えてくれた。

 なるほど、俺と足柄との会話を聞いていたのか……それでわざわざ……な、何だこいつ、結果はともかく足柄に負けずいい奴じゃないか。

 この磯風は、最初は俺に疑いの目を向けていたが、よくよく考えたらそれは俺が無能だったからで、至極当たり前の反応だろう。

 それが、龍驤に何を言われたのかはわからんが俺に頭を下げ、今はこうして忠誠の証を示してくれているのだ。

 無碍にするわけにはいかん……いかんが……何だこの魚の形をした炭の塊は……。炭素魚雷ってか。

 い、いや、ポジティブに考えれば、母性の甘味で正気を失いかけていた俺の頭を、真逆の苦味で目覚めさせてくれるかもしれん。多分。

 ただの料理ならば流石に断るのも手ではあったが、忠誠の証とまで言われてしまっては……。

 

「う、うむ。忠誠の証か……わかった、ありがたく頂こう」

 

 俺がそう言うと、周りの駆逐艦達は、えぇっ、と目を丸くして声を上げた。

磯風は嬉しそうに顔を上げ、腕組みをしながら落ち着きなく言ったのだった。

 

「そ、そうか! いや、恥ずかしながら料理というものが初めてでな、味付けが好みでないかもしれないが……口に合わなかった時は遠慮なく、口の方を合わせてくれ」

 

 何言ってんだコイツは。バカナノ……? オロカナノ……ッ?

 磯風お前……笑ってる内にやめような……。

 おそらく秋刀魚の塩焼きか何かだったのであろうと推測される目の前の物体だが、味付けも何もあるものか。

 秋刀魚の炭火焼きならぬ秋刀魚の炭だ。

 ポン酢をかけようが醤油をかけようが大根おろしと一緒に頂こうが、炭は炭である。

 磯風コイツ、味見は……そうか、焼き魚を味見するわけにはいかないからな。見ればわかりそうなものだが……。

 

 ……そういえば、十年前の俺も、最初は料理なんてできなかったしな。

 今でも簡単な料理ばかりで凝ったものは作れないし、焼き魚だって、最初は焦がしてしまっていたではないか。

 ここまで酷くはなかったが、それでも妹達は文句を言いながらも食べてくれていた。

 ともかく、ここは初心を思い出し、あの反抗的だった磯風が俺に忠誠を誓う為に初めて料理を作ってくれたという事実のみを評価しようではないか。

 たとえ磯風が俺に匹敵するほど救いようのない馬鹿なのだとしても……。

 悪い奴ではなさそうだし、浦風浜風ほどではないが駆逐艦にしてはそれなりに巨乳だしな……。ボインボーナスで大目に見よう。

 

 俺は覚悟を決めて炭の塊に箸をつけ、口に運んだ。

 予想通りの味だ。炭である。どこまでいっても炭である。見た目通りである辺り、むしろゴーヤ酒よりインパクトは少ない。

 苦味に慣れ過ぎている俺が悲しい……。

 何で待ち望んでいた足柄のカツカレーを諦めて、こんなクソ不味い炭の塊を食べなければならんのだ……。

 だがちゃんと食べねば、犠牲になった秋刀魚さんが可哀そうだし……。

 

「んん~っ、美味しい♪ 本当、絶品ですねぇ」

「そうね、赤城さん。流石に気分が高揚します。瑞鶴、貴女もどう? ほら、口を開けなさい」

「えっ、じゃあ一口、あ~ん……んーっ、美味しい! ……うわっ、提督さん、アレ何食べてんの……? 正気……?」

 

 ちらりと見渡してみれば、俺が食べるはずだったカツカレーは赤城と加賀が美味そうに食べている。

 クソッ、赤城め……なんて美味そうに食べるんだアイツは……! まるで俺に見せつけるかのように……!

 瑞鶴が可哀そうなものでも見るかのような目を俺に向けていた。凹む。

 正気に戻る為に食ってんだよ。そんな目で俺を見るな。つーか俺のカツカレー返せ。

 

 ええい、余所を羨ましがったって何も変わらない。魚の身らしき炭の塊を口に運び、大きめの骨は皿の角に避けていく。

 先ほどのトイレへの道のりと同じだ。どんなに辛くとも、一歩一歩先に進めば、いつかはゴールが見えるものなのだ。

 だから俺の箸……止まるんじゃねェぞ……。

 

「はぁ~っ……提督、魚の食べ方上手だねぇ……こりゃあ粋ってもんだよ」

「えぇ、お魚ってこんなに綺麗に食べられたんですね。浜風、感服です」

「ハラショー。暁も見て勉強するといい。暁の食べ方は、お魚が可哀そうになるから」

「な、何よ! 一人前のレディとしてあれくらい……が、頑張ればできる、かも……」

 

 俺が黙々と炭の塊を食べ進めるのを見て、数人の駆逐艦達は感心してくれていたようだったが、瑞鶴同様、他の駆逐艦達は若干引いているような気がした。凹む。

 クッソ不味いが、そのおかげで正気は取り戻せたような気がする。

 骨だけを残して俺はようやく炭の塊を完食した。

 うぅむ……今回は何とか食べたが、忠誠の証だからと言って何度もこんな真似をされては俺の身体が持たない。コイツの料理の腕は何とかせねば……。

 俺は改めて磯風に目を向けて言ったのだった。

 

「……うむ、ご馳走様。磯風の忠誠の証、確かに受け取った。だが、これに関して二つほど言いたい事がある」

「な、何だ……?」

「まず一つ。流石に火を通しすぎだ。熱い忠誠の現れだと受け取ったが、食べごろの焼き加減を覚えるように」

「そ、そうか……確かに私も、少し焼き過ぎたかとは思っていたんだ。め、面目ない……」

 

 少しどころじゃねぇよとツッコみたいのを我慢して、俺は言葉を続ける。

 

「そしてもう一つ。今後忠誠を示す際には、是非とも浦風ら、仲間と共に示してほしい」

 

 俺がそう言うと、数瞬の後に浜風達が、あっ、と気付いたような表情を浮かべた。

 

「そ、そうですね。提督へ忠誠を誓っているのは第十七駆逐隊全員です。提督、誤解の無きようお願いします」

「やいやい磯風っ、谷風達に声もかけずに一人だけ抜け駆けたぁ、どういう了見でいっ? かぁ~っ!」

「は、浜風、谷風……す、済まなかった。そ、そういうつもりは無かったんだが、そうだな……次に司令に料理を振舞う際には、皆にも声をかける事にするよ」

 

 よし、これで今後磯風が料理をする時は、浦風達がお目付け役となってくれるはずだ。

 流石にそれならば、それなりに食べられるものが運ばれてくる事であろう。

 面と向かって不味いというのは流石に悪いからな……少しずつ成長していってほしいものだ。

 磯風達が皿を片付けて去って行くのを眺めていると、俺の隣に控えていた浦風が、耳元でそっと囁いたのであった。

 

「ふふっ、やっぱりお優しい御方じゃ。磯風に気を遣ってくれたんじゃね……提督ぅ、素敵じゃねぇ……?」

 

 あぁ~。マンマ~。

 オァァァアアア‼ 目を覚ませァ! 炭食った効果全然感じられねェ‼

 やはり呑み過ぎたせいで理性のタガが外れやすくなっている――⁉

 もう今すぐにでも浦風の胸に埋もれて甘えてしまいたい衝動と必死に戦っている俺の苦労も知らずに、浦風は無邪気に笑いながら言葉を続けるのだった。

 

「お礼に今度はうちが美味しい茶碗蒸し、御馳走しちゃるけぇ、期待しとって? うふふっ、磯風の事も、うちに任しとき!」

 

 ボォォォオオンンノォォォォオオ‼‼

 い、いかん……間違いなく浦風もいい奴すぎる……! 裏風とか言ってスイマセンでした……!

 むしろ何でこんなに俺に好意的なのか謎なレベルの浦風まで夜戦を優先した辺り、やはり長門の影響力は大きいという事か……!

 あのゴリラのカリスマは計り知れんな……。陸奥と長門は日本の誇りというそうだし、世界のビッグセブンだし、俺とは比べ物にならんからな。凹む。

 

 と、ともかく浦風に実は嫌われてたという事がなくて良かった。本当に良かった。

 潮や羽黒みたいに態度に出してくれる方がまだダメージは少ない。

 表面的には好意的なのに実は、という方が立ち直れないからな。

 そう、大人だから態度には出さずに接してくれる妙高さんや香取姉のように……凹む。

 

「もう、浦風さんばかりずるいですよ。ほら、提督……夕雲にも甘えてくれてもいいんですよ?」

「そうそう、司令官、私もいるじゃない! もっともーっと、私に頼っていいのよ?」

「ま、まだ提督さんはうちと喋っとるんじゃ!」

 

 あぁ~。マンマ~……ァァァアアアアアーーッ‼

 だ、駄目だ。もう駄目だ。これ以上俺はここにいては駄目だ。

 夕雲、浦風、雷の三人が作り出す魔の海域バミューダ・トライアングルならぬ、マンマの海域バブミューダ・トライアングル!

 迷い込んだら二度と出られぬ三角地帯。

 俺の理性はもう完全に大破していた。単艦退避不可避。

 

 アッ、ヤバい。流石に龍田の魔眼の効果が切れた! 俺の股間に再び制御不能な熱い炎が――⁉

 股間がウェイクアップ! 理性の鎖を解き放て!

 いや解き放ったらイカン! ラストエンペラーフォームが開放されてしまう‼

 駆逐艦相手に股間おっ立てて赤ちゃんプレイとかもう完全に犯罪じゃねェか!

 俗に言う授乳手〇キは俺が謹んでお願いしたいプレイランキング第一位ではあるのだが、駆逐艦相手に許されるプレイでは到底無い。出来れば十傑衆第五席以上の方々にお願いしたい。

 

 さっきから俺の提督ノーズをくすぐる甘い香り、提督イヤーに届く電子ドラッグのごとき浦風の甘い声、提督スキンで感じる柔らかさと確かな温もり……。

 い、いかん、酒のせいか、バブみのせいか、なんだかあったかくて、ふわふわして、眠くなって……また、瞼が、重く、意識が……朦朧と……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

「提督ー、お楽しみのところ悪いんだけどぉ、失礼しまーすっ。筆ペンと原稿用紙の申請通してくれたってねー? いやぁ、ありがたいですなぁ~! うひひっ、お礼に一年ぶりのスペシャル薄い本の新作、一番にプレゼントしちゃうね~!」

「あら、もう、駄目ですよ秋雲さん。秋雲さんのイラストは刺激が強いものが多いから、提督には見せない約束ですよ」

「夕雲姉さんの言う通りです! 司令官様に変なもの見せちゃダメっ!」

「まったく夕雲も巻雲も固いんだからぁ。実は今朝からインスピレーションが止まらなくてぇ、もうラフは出来上がってんのよぉ! ひひっ! 提督見て見てぇ、まだ正式には決めてないんだけどぉ、タイトルは名付けて『私は食らいついたら放さないワ!』って感じで~」

 

「……――『神通改二』」

「ウゲェェェーーーーッ⁉ じ、神通さん⁉ な、何でここにっ⁉」

「……そういうものは個人で楽しむ分には自由ですが、絶対に提督にはお見せしないと、かつて約束したはずですが……お忘れですか?」

「やっ、やだなぁもう! じょじょじょ冗談ですよぉ! あっ、神通さんには刺激が強いと思うんですが、あ、あの~……」

「…………~~ッ! ふ、不埒者を発見しました……! 第十駆逐隊各艦は身支度完了後、直ちに夜演習抜錨準備……!」

「えっ? えっ⁉ うぇぇええっーー⁉」

「あぁーーっ、もうっ、秋雲のバカッ!」

「あらあら、秋雲さんったら、しょうがないわねぇ。仕方ない子」

「コラァーーッ! 秋雲ーーっ! な、何で私までぇ、もぉぉ~……やだぁ~……」

 

「川内参上! えっ、なになに? 呼んだ⁉ 演習⁉ 夜戦⁉ やったぁ、酔い覚ましに夜戦だぁ!」

「いや何も言ってないし呼んでないんですけどォ⁉」

「あ、あの……川内さん、私も参加していいですか」

「おっ、満潮やる気だねっ! よーし、皆で夜戦だー!」

「那珂ちゃんも夜のボイトレ始めるよー! さぁ一緒に! あ、え、い、う、え、お、あ、お!」

「一人でやってて下さいよ! あっ、待って、川内さん、ごめんなさい、引きずらないで、アイエェェェエーーーーッ⁉」

「わぁい、ちょっと違うけどアッキーいい声ー!」

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ……ハッ。

 い、いかんいかん。完全に眠ってしまっていた。

 何か今、断末魔の叫びが聞こえたような……アレッ、夕雲がいない……あっ、何か一人、川内に引きずられて外に出て行った。

 まだ名前を憶えられていない奴だ。き、君の名は――⁉

 今の奴は確か……巻……いや、秋……いや、沖……雲……いや、霜……沖霜? いや、それは現在の俺の股間か。オッキシモ、ってやかましいわ。

 夕雲だけじゃなく、何か数人いなくなっているな……夕雲型はまだ名前も憶えきれてないというのに、俺の意識が飛んでいる間に一体何が……。

 

 と、とにかく一瞬眠ってしまったが正気は保ててるよな。

 ここは何処? 俺は誰?

 ここは自分だけの艦娘ハーレム。自分の名前は精神退行艦オギャる丸であります。よし、至って正常であります。マンマ~。

 

 自分、クズ度を充実させてみたのであります。

 これはもう、救いようが無いであります!

 むしろ飛ばしていくであります!

 さて、人として退化したこのオギャる丸、本領発揮であります!

 

 ふふふ、夜目も利くのでありますよ。

 自分には、敵艦隊が見えるのであります。

 

「うぅぅ、ぐすっ、瑞鶴、何で私ばっかりあんな恥ずかしい目に……これから提督にどんな顔を合わせればいいの」

「ご、ごめん、確かに提督さんに報告に行く前に、私がパンツ見えてるの教えていればよかったね」

「わぁぁーっ!」

「あぁっ、泣かないで翔鶴姉! 今度からパンツ見えないように私も注意しておくから、ねっ?」

「哀れね」

 

 ややっ、泣き上戸状態の翔鶴姉が瑞鶴に絡んで抱き着いているであります。おぉっ、パンツ! パンツであります!

 据え膳食わぬは男の恥!

 もう少し近づいて乗り込むであります! あの海峡(パンツ)の先へ――!

 オギャる丸、性空権確保および童貞喪失を狙うであります!

 股間の震電改ならぬチンデッカイ! それっ、全機発艦!

 

 遠目に見えた翔鶴姉のパンツに、思わず我を忘れて股間と共に立ち上がった瞬間――。

 

「むにゃ……泊地修理ですね……お任せくらはい……ぐぅぅ……」

 

 俺の足から落ちた明石が寝ぼけたのか艤装が具現化され、勢いよく伸びてきたクレーンが俺の股間に再び叩き込まれた。

 おごォォオッ⁉ だからそこは俺のタマ改二おめでとうニャ!

 明石の艦艇修理施設カットインによりチンデッカイ全機撃墜……! 性空権喪失……! 引き続き童貞確保……! 凹む。

 このバカッ! 二日続けて上官の股間に甚大な被害を与える奴があるかッ‼

 チン(ポー)再打痛! 遥かなる据え膳‼

 俺は勢いよく膝から崩れ落ちた。

 

「はわわ⁉ 司令官さんがまるでいつもの天龍さんのように!」

「て、提督さん大丈夫け⁉ あ、明石姐さん、何を寝ぼけておるんじゃ!」

「司令官大丈夫? 雷がさすってあげましょうか?」

「い……いや、そこはさすらなくていい……そ、それより明石を隅の方に……」

「寝ぼけて艤装を具現化されては危ないからな……司令官、ハラショー」

 

 六駆の四人に明石を輸送させている間、俺は表情を崩さないように一人悶絶する。

 明石は相変わらずすやすやと幸せそうな寝顔を晒していた。

 こ、こンの裏工作艦がァ……! やけに膝枕をねだってくると思っていれば、俺の股間の狙撃に適した位置を確保する為の工作だったというのか……ッ⁉

 怒りのままに怒鳴り散らしたいところだったが、コイツは艦娘のパイオツ管理豊満担当者……。

 金剛のビーチク確保の為の交渉も担っている……!

 それに気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも忍びないし……寝顔も可愛いし……。

 クソッ! 今回だけは許すが、今度こそ次は無いからな。ホント覚えとけよ。

 

 股間を襲った激痛により、何とか正気を取り戻す事が出来た。

 さっきまでの俺はなんておぞましい事を考えていたんだ……。

 まさかこの土壇場で色欲童帝に続き新キャラが出てくるとは……!

 明石の迎撃が無ければ、間違いなく俺は加賀や瑞鶴に構わずに翔鶴姉のパンツに飛び込んでいたところだろう。

 そ、そうか、明石も大淀や夕張と目的は同じで、俺がこれ以上下手な事をしないようにと……いや、今回のはただ寝ぼけていただけだ。うん。

 

 ともかく九死に一生を得られたが、もはや考えている暇は無い。もう凄い勢いで絶望へのカウントダウンが始まっている気がする。

 少し遅れて酒が回ってきたとでもいうのか……! それともバブみという名の酒に酔っぱらってしまっているのか。

 と、とにかく、ついに完全に正気を失ってしまった辺り、俺はもうヤバい。

 これ以上酒を呑んで理性が完全に消去されたが最後、おそらく性欲とバブみを求める魔物が俺の中から飛び出すだろう。ヒャッハァーーッ! マンマァーーッ‼

 ア、アカン! 横須賀鎮守府史上最低の性犯罪者がここに生まれてしまう――⁉

 

 もう那智との勝負どころではない! 一旦休憩!

 そ、そうだ、とりあえず目を覚まそう! 顔を洗ってシャキッとしよう!

 それでも駄目なら壁に頭ぶつけて気絶しよう!

 せめて誰もいない場所へ行こう!

 いや、あの時妹達がやったように、両手両足を妖精さんに縛ってもらって部屋に閉じ込めてもらおう!

 時間が無い!

 とにかく被害を防ぐ為にも、急いでこの場を離れねば――!

 

「提督さん、何でさっきは急に立ち上がったんじゃ?」

「い、いや、少し眠くなってしまってな。か、顔を洗ってくる!」

 

 心配そうに声をかけてくれた浦風の言葉に俺はそう答え、返事も待たずに立ち上がった。

 足早に出口へ向かい、そして――急ぐあまりに、出口の前で足がもつれて、躓いてしまう。

 アッ、転んだ。一瞬の内に俺が悟り、地面に顔面をぶつける前に反射的に瞼が閉じられた――瞬間。

 

 ふにゅん、と俺の顔を包み込んだのは、固い地面ではなく、今まで感じた事の無いほどの柔らかい何かだった。

 目を開けるまでの数瞬で、思考が走る。

 な、何だこれは、浦風や夕雲のそれに似て非なるこの圧倒的な柔らかさと暖かさは……天龍さえも足元に及ばないほどのかつてないボリューム感は……。

 これはまさか、俺のフルコースのデザートにすると決めている幻の果実、パイパイパパイヤ⁉(捕獲レベル8181)

 な、何故こんなところに⁉ それもこんな上質の――⁉

 

 混乱している俺の耳に届いたのは――。

 

「きゃっ⁉ あらあら、大丈夫ですか? 呑み過ぎてしまったのかしら……伊良湖ちゃん、お水を持ってきてくれないかしら」

 

 エッ……⁉

 

 な……何……だと……ば、馬鹿な……この声は……もしかして、こ、これは――⁉

 俺はゆっくりと、ゆっくりと目を開ける。

 

 

 …………‼

 

 

 最初の座席から遠かった……。

 

 

 カウンターの前に来ても遠かった……。

 

 

 どんなに彷徨っても……決して会えなかった君が……!

 

 

 

 ――こんな……こんな近くに‼

 

 

 

 ……。

 

 

 

 私……ハ……マン ゾク ダ

 

 

 間宮さんの胸に包まれたショックにより俺の意識はそこで途切れた。

 




大変お待たせいたしました。

丙ですが何とか初めてイベントを完走する事が出来ました。
我が鎮守府は陸攻、水戦って何ですかというレベルの弱小鎮守府ですが、第一ゲージでは基地航空隊と合わせて瑞雲ガン積みで制空を優勢に持っていき、第二ゲージでは俳句を詠みながらゲージを破壊してくれたもがみんには頭が上がりません。
瑞雲が無ければ詰んでいました。
瑞雲祭りで日向と最上が並んでいた公式絵は丙提督への隠れたメッセージだったのでしょうか。

今回のイベントで感じた絶望感や臨場感などを今後このお話に活かす事ができればと思っています。
目的の艦の掘りはまだまだなので、これから最後まで粘ろうと思います。


そして今まで伏せていたのですが、ここまで読んで下さった皆様にお伝えせねばならない事があります。






実はオータムクラウド先生の正体は秋雲なのです。

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