ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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036.『浴場』【元帥視点】

 神堂くんが今から風呂に入る予定だったというのを聞いて、瞬時にこの策を思いつく事ができたのは、私にしてはなかなかの機転だったかもしれない。

 彼女達も艦の魂を持つとは言え、年頃の少女だ。

 余程の覚悟が無ければ、男湯にまでは足を踏み入れられないだろう。

 それに、先ほど大淀くん達には、元帥である私の口から詮索も控えてもらえるようにと伝えたばかりだ。

 この状況でもしも詮索に動いたとするならば――あの一件以来、彼女達はもはや、艦隊司令部の手には負えなくなってしまったのかもしれない。

 

「それにしても、一晩であんなに書類を処理したんだね。無理はしていないかい?」

「い、いえ……」

「それにしては元気が無いが……疲れが溜まっているんじゃないのかい」

「い、いえ、全然……大淀がしっかり下準備していてくれましたし、鳳翔さんが徹夜で手伝ってくれたので」

「そうか、鳳翔くんが……懐かしいな。艦娘や深海棲艦についてまだわからない事だらけだった頃、彼女は私の秘書艦を務めていてくれたんだよ」

「そ、そうなんですね……」

 

 雑談を交えながら浴場に入り、洗い場に腰かける。

 私が身体を洗う必要も無いとは思ったが、そのまま湯船に浸かるのは落ち着かない。

 それにしても神堂くんはやけに元気が無いようだが……やはり疲れているのだろうか。

 いや、むしろ当然だろう。着任初日から、素人の彼の肩には重すぎる状況だったはずだ。

 艦隊司令部に不信感を持っていたであろう艦娘達、姫級率いる深海棲艦の精鋭による奇襲……。

 彼の心身に過度の負担がかかっていなければ良いのだが……。

 

 ちらり、と隣の洗い場に腰かける彼に目を向けると、彼は何とも言えない表情で剃刀を手に持っていた。

 

「あれっ、神堂くん。そこに剃刀なんて置いてなかったよね」

「え、えぇ。妖精さんが持ってきてくれたみたいで……」

「えぇっ⁉ き、君についてきているのかい?」

「は、はぁ……追い出しましょうか」

「い、いや。私には見えないから……」

 

 そう、私には見えないからわからない話だが……これまでの提督達の話では、妖精というのは仕事以外では滅多に顔を出さなかったはずだ。

 それこそ、提督の資質を持つ者以外の人間がいる場所には姿を現したがらないらしい。

 鎮守府内に提督以外の人間が配置されておらず、必要時のみ訪れるようになっているのは、それが原因である。

 鎮守府運営や艦娘達の戦闘には、妖精の存在が何よりも優先されるからだ。

 

 妖精にも色々な種類がある。種類というよりも能力というべきだろうか。

 艦載機の操縦や装備の操作などを担う、艦娘の乗組員としての性質を持つもの。

 艦娘への補給や入渠、何故か家具の製作など、主に工廠や鎮守府内での作業に勤しむもの。

『熟練見張員』や『応急修理要員』のように妖精自体が特殊な技能や能力を持ち、装備品のような性質を持つものなどだ。

 

 私が今まで提督達に聞き取り調査を行ったところ、皆口を揃えて「必要時以外には顔を出さない」というような事を言っていた。

 いわゆるビジネスライクな関係であるのだと、私は認識していた。

 内気で、臆病で、恥ずかしがり屋だと形容した提督もいるが、私もそういうものなのだと理解していた。

 世界には様々な妖精の伝説が残されているが、むやみに人前に姿を見せないという、そういった性質は共通しているようにも思える。

 

 だが、彼の話を聞けば何やら様子が違う。

 脱衣所にもついて来ていたと言うし、その後彼がいきなり何かを投げるような動作を繰り返したのも、妖精絡みである事だけは明白だ。

 そして今も、確かにそこに無かった剃刀を持ってきてくれたのだという。

 目を離した隙にリモコンや携帯電話がどこかに行ってしまうのは妖精の仕業だという噂もあるが……気付かぬ内に剃刀を持ってくるとは。

 どうやら、彼の近くに妖精が寄ってきているという話は本当なのだろう。

 

 先ほど、大淀くんから話を聞いた時にも、そんな事を言っていた。

 神堂くんが初めて工廠に足を踏み入れた瞬間、大量の妖精達が彼を取り囲んだのだと。

 その後、彼が遠征計画を考え込んでいる最中も、見た事の無い妖精が四人、くっついていたのだと。

 どうやら提督は、妖精さん達に好かれているようですと、そう言っていたのだ。

 

 彼には妖精の言う事は聞いておいた方がいいとは伝えていたが、まさかここまで状況が違うと、私もどうアドバイスをしていいのかわからなくなってきた。

 大袈裟かもしれないが、これもまた前代未聞の出来事だからだ。

 妖精に好かれるというのは悪い事では無いだろうが……何故、彼はここまで妖精に好かれているのだろうか。

 いや、それだけではなく、この短期間で艦娘達からも信頼されているように思える。

 一体何故……いや、とりあえずは順を追って話を聞いていかねば。

 

 私達は身体を洗い終え、肩を並べて湯船に浸かる。

 少しお湯の温度は熱めで、私にはちょうどいいくらいだ。

 年寄り臭い声を漏らし、大きく息を吐いて、私は彼に話を切り出したのだった。

 

「はは、しかしようやく気が抜けるよ。さっきまで油断が出来なかったものでね」

「は、はい……」

「報告書に目は通しているが……いやぁ、初日から大変だったね」

「はい」

 

 何だか、まだ元気が無いようだ。

 昨日も大量に酒を呑んだと言っていたし、長く寝たとは言え、これだけ大きく環境が変わったのだ。

 一体何が原因で……。

 心身の負担となるほどに疲れが溜まっていなければ良いのだが。

 

「提督印が押してあったから当然だろうが、君も報告書には目を通したんだよね?」 

「えっ――あっ、はい、と、当然です!」

 

 これはまぁ、当然の事だろう。

 彼も十八の時に就職してから、社会人を七年近く勤めていたのだ。

 初日から適当な仕事はしないであろう。

 そうなると、あの報告書に書いてあった事が事実であろうと虚偽であろうと、彼は理解しているという事であるが……。

 

「あの夜戦に関する一連の出撃については、君が指揮したのかい?」

「あ、いやぁ、そ、その、佐藤元帥に頂いた本のチュートリアルを参考に、自分なりに頑張ってみたのですが、その、金剛を建造できた以外は上手くいかず……最後には艦娘達だけで話し合って、出撃していきました……。夜戦の指揮をしたのは長門です……全ては私の力不足で……」

 

 ――やはり。大方、私が予想した通りだった。

 つまり、報告書に書かれていた事はほとんどが虚偽であるという事だ。

 大淀くんがそんな事をするはずが無いとは信じていたが……虚偽の報告を送られるほどに、艦隊司令部は彼女達からの信頼を損なってしまったという事だろう。

 覚悟していた事ではあるが、やはり我々の犯した過ちの大きさを悔いるばかりだ。

 しかしそうなると、一体何の為に、大淀くんはそのような虚偽の報告を作成し、神堂くんもそれを許可したのかという事になる。

 

「ふむ、やはりか。大淀くんの報告書には、あたかも君が全ての指揮をしたかのような記載がされていたんだが……それはどういう事だい?」

 

 神堂くんは少し考えこんだが、すぐに口を開いて言葉を返した。

 

「その、ここだけの話ですが。一応、私はまだ素人だという事はバラしていないんですが……多分察しのいい数人にはバレてると思うんです」

「ふむ。まぁ、仕方の無い事かもしれないな。今思えば君には無理を言ってしまったが……ん? 全員にはバレていないのかい?」

「おそらく……。少なくともすでに大淀や長門、それに瑞鶴などにはバレていると思うのですが……大淀は、混乱を避ける為に私のフォローをしてくれているのだと私は考えています」

 

 なるほど……確かに彼は、名前すらも隠していたくらいだ。

 彼の方から素人だという事は決してバラしてはいないというのは事実であろう。

 しかし、あれだけの窮地に際して、いくら固く口を閉ざしたといっても、行動が伴わなければ意味が無い。

 察しの良い数人とは言わず、全ての艦娘にバレたとしてもおかしな話では無い。

 しかし、いち早く事実に気付いた大淀くんや長門くんなどが混乱を避ける為に、裏で彼に協力をしたとすればどうだろうか。

 報告書に記載されていたように、まるで神堂くんが指揮をしたように、長門くんや大淀くんが指揮をしたとすれば――鎮守府は無用な混乱を避けられる。

 彼への信頼が損なわれなければ、性能も底上げされる事だろう。

 

「ほう、なるほど……そういう事か……。大淀くんからそれを申し出たわけでは無いんだね?」

「はい。私からバラすわけにもいきませんし、おそらく大淀も気を遣ってくれているのだと……」

「そうか……そういう形になったか……」

 

 あくまでも、神堂くんは素人であるという事は明らかにしていない。

 大淀くんや長門くん達もそれを察しながらも、彼を問い詰めたりなどはしない。

 彼が自ら明らかにしない限りは、艦娘達が問い詰めない限りは――彼が素人であるという事実は確定しない。

 

 それこそ、先ほど長門くんや那智くんが私に無言で訴えていたように、『察して欲しい』という事だろう。

 彼と艦娘達は話し合わずともお互いに察し合い、このような形にまとまったという事か。

 神堂くんには身の憶えの無い報告書であっただろうが、彼は大淀くん達の意向を察して、それを許可した。

 

 彼一人が艦娘全員に正体を隠すのではなく、一部の艦娘が察した上で、彼の正体を隠す事に協力してくれている、という事か。

 私の考えていた形とは少し違うが……大淀くんや長門くんが味方になってくれているのならば、安心だろうか。

 

 ……いや、そうなると、艦隊司令部が素人を送り込んだという事は、大淀くんや長門くんにはバレているという事だ。

 少なくとも、出迎えに来てくれた七人は確実に真実を察していると考えていいだろう。

 これでは、艦隊司令部は信頼を回復するどころでは無いが……彼に対してはどうなのだろうか。

 口では神堂くんの事を褒め称えていたが、あれも何かの戦略なのか、それとも本心なのか……駄目だ、考えがまとまらない。

 とりあえず気分転換がてら一旦考えるのは止めて、私は大きく息を吐いた。

 

「いや、大体わかった。君がここの提督になってくれて、本当に助かったよ。ありがとう」

「い、いえ。私は何も」

「謙遜する事は無い。あの夜の大戦果は勲章ものだよ。おそらく近いうちに、君の功績を称えて勲章が与えられるだろう」

「えぇっ⁉」

 

 神堂くんは目を丸くして、素っ頓狂な声を上げた。

 着任して初日で勲章などと言われては、彼が驚くのも無理は無い。

 だが、今回の深海棲艦の襲撃は、明らかに横須賀鎮守府の陥落を狙ったものだった。

 この国の中枢に最も近い位置にある鎮守府が壊滅したとすれば、この国の終わりを意味していたと言っても過言では無いだろう。

 それを鎮守府側の被害は少なく、かつ完全に防いだという横須賀鎮守府の成した功績は、勲章が与えられるに相応しいものだ。

 これで艦娘達の士気が上がってくれると嬉しいのだが……。

 

 だが、彼は素直に喜ばず、何やら考え込んでしまい、そして何かを思いついたかのように顔を上げて、こう言ったのだった。

 

「いえ、佐藤元帥。身に余る光栄な事なのですが、辞退させて頂くというのは可能でしょうか」

「えぇっ⁉ ど、どうしてだい」

「あの戦いは、私は何もしておりません。頑張ったのは艦娘達です。私への勲章ではなく、彼女達の功績を称える形にして頂きたいのです」

 

 うぅむ、謙虚というか、律儀な青年だ。

 確かに、提督と艦娘が共に作戦を立案し、提督の指揮の下に艦娘が出撃し、戦果を上げ、褒賞を受けるという通常の流れとは異なっているかもしれない。

 彼にとっては、全て艦娘達が頑張ったのだから、何もしていない自分が勲章を貰うという事に納得がいかないのだろう。

 だが、彼は提督で、彼女達は(ふね)だ。

 自分達の提督が勲章を与えられるという事は、自分達の戦果が認められたという事なのだから、そこまで気にしないと思うのだが。

 

「君の言う事も理解はできるが……自分達の提督が勲章を貰うという事は、彼女達にとっても誇らしい事だと思うよ」

「そうかもしれませんが……今回は勲章を辞退する代わりに、私のお願いを聞いて頂けないかと」

「ほう。何だい?」

「彼女達の為に、何とか資材を融通して頂けないでしょうか」

 

 神堂くんの言葉は、私も予想していない事であった。

 報告書にしっかり目を通していたというのはどうやら嘘ではないようだし、素人なりに出来る事を考えてくれているようだ……。

 確かに、あの迎撃作戦では艦娘達は死力を尽くし、全力を出すしか無かった。

 前提督の無思慮な備蓄運用のおかげで余裕の無かった資材は、再び枯渇の危機に瀕している。

 ここでもし、もう一度同規模の奇襲が起きれば――どうしようもない。

 そう言えば先ほども、今も遠征艦隊を送っているところだ、と大淀くんが口にしていた。

 

 各拠点の資材の備蓄については、それも鎮守府運営の中のひとつとしてそれぞれの拠点に一任している。

 それ故に、鎮守府間での備蓄の量は差がある現状だ。

 一番余裕があるのは、主に駆逐艦を好んで運用する舞鶴鎮守府。

 今回敵棲地を攻略した事で、日本海側の制海権はほぼ奪取したと言っても過言では無い状況だ。

 一方で、現在太平洋側の守りを一身に担う横須賀鎮守府の備蓄が枯渇しているのは非常にまずい。

 今朝目を通した舞鶴からの報告書の事も考えれば……なるほど、舞鶴鎮守府から陸路で資材を横須賀鎮守府に輸送すれば、早ければ明日には何とかなりそうだ。

 おそらく舞鶴鎮守府からは文句を言われるだろうが……そこは私が引き受ければ良い。

 

 勲章を辞退するだけではなく、むしろそれと引き換えに艦娘達の為に資材を要求するとは……。

 名誉では喰えぬ、と現物支給を求める辺り、流石、神堂くんは数奇な人生を歩んできたおかげか、しっかりしているというか……意外と(したた)かだな。

 

 いや、それとも案外そこまで考えていないのかな?

 彼はいつだって、自分の事は二の次だ。

 報告書に書いてあったような神算鬼謀ではなく、おそらくこれは、単に艦娘達の事を考えて、出来る事をやろうと努めた彼の人柄なのだろう。

 資材が足りないので融通して下さい、などと、艦娘達が言えるはずもない。

 素人ではあるが提督である彼だからこそ、私に相談が出来る事なのだ。

 

「……ふむ、なるほど。報告書を見た限り、確かに備蓄に余裕は無かったね。ならば迅速に、という事か」

「はい。出来得る限り、大至急で」

「わかった。君への勲章の辞退が認められるかはともかく、艦娘達の功績を称える事と、資材に関しては私が何とかする事を約束しよう。」

「ほ、本当ですか⁉ ありがとうございます! 助かります!」

 

 神堂くんは嬉しそうに、大袈裟に頭を下げたのだった。

 

「何、他ならぬ君のお願いだからね。無下に断るわけにもいかないよ。それにしても、勲章よりも艦娘達への資材を優先するとは……」

「勲章なら、昨夜暁に貰いましたからね。何よりの宝物です」

 

 彼の言葉に、何だか私まで嬉しくなってしまった。

 幼い妹達を育ててきたからか、彼はどこか、駆逐艦受けがいい雰囲気がある。

 素人である事がバレているかは置いておいて、駆逐艦の子達が彼に懐いているという事にも納得がいく。

 だからこそ、こんなにも優しい彼にはあまり負担をかけたくは無い。

 艦娘達も、そして彼の妹達も悲しませてしまう事になる。

 

「ハハハ、そうか。その調子で、皆と仲良くしてもらえると嬉しいよ。ところで、身体の具合はどうだい?」

「……身体、ですか?」

「あぁ、君の身の上を簡単に調査したのだが……この一年間は、心身を病んで自宅療養中だったのだろう?」

 

 私の言葉に、彼は気まずそうな、微妙な表情を浮かべた。

 彼の妹達も言っていたが、彼の複雑な家庭事情にも絡む問題であり、あまり他人には話したがらない事のようだ。

 長女の千鶴くんの話では、燃え尽きたのではないか、との事であった。

 彼の身の上を思い浮かべれば、そうなったとしても無理は無い。

 

 彼の四人の妹達に、私は直々に頭を下げられたのだ。

 口下手で不器用で少しおかしな行動が目立つかもしれませんが、文句の一つも言わずに、今まで私達を育ててくれた、たった一人の大切な兄なんです、と。

 兄が提督になりたいというので私達も協力しましたが、本音を言えば命の危険がある場所には行ってほしくはないんです、と。

 どうか、兄に力を貸してあげて下さい、兄を守ってあげて下さい、と。

 

 勿論そのつもりではあるが――多くの提督が原因不明の失踪をしている事や、不審死が相次いでいる事。それに鎮守府運営の現状、提督の執務が激務である事は否定できない。

 一度心身を壊している彼がもう一度同じ事になってしまっては、私は彼の妹達に合わせる顔が無い。

 

「提督の仕事は激務だからね。せっかく調子が戻ってきていた君の体にまた負担が掛かったらと……」

「い、いえ……最悪の場合は手術を……」

「? 手術して治る病では無いだろう、君の病は」

「そ、そうですね……」

 

 彼に手術が必要な病気など無い事くらいは、調査で分かっている。

 長年積み重なった過度のストレスから来るメンタルの疲労と、そこから来る身体の異常がメインだ。

 むしろ手術で治ればどれだけ良い事か……。

 無理をしていないかと、思わず心配の目で見つめていると、神堂くんはおずおずと口を開いた。

 

「……あの、佐藤元帥。何故、私にここまで良くして下さるのでしょうか」

 

 彼のその言葉に、私は彼を励ますようににっこりと笑みを浮かべて、その肩をがしりと掴んだ。

 お湯が熱めなせいで、身体が火照る。

 私は彼のその目をしっかりと見据えながら、私の思いを伝えたのだった。

 

「何を言っているんだ。最初に話した通り、君を支えるのが私の仕事だ。だがそれとは別に……私はね、君の事が大好きなんだよ」

「えっ」

 

 神堂くんはびっくりしているような表情を浮かべていたが、そう、私はもう、すっかり彼という人間の大ファンになってしまったのだ。

 彼の妹達からの聞き取り調査と、身辺調査に目を通して、彼を守りたいという思いはより強まった。

 まだ子供の頃に病で母を亡くし、事故で父を亡くし、不幸続きの中で、親代わりとして、そして兄として、歳の離れた妹達を支え続けた。

 その青春の全てを家庭に捧げる為に、部活にも入らず、かけがえのない若い時間を犠牲に、友人も恋人も作らず……ただ一所懸命に妹達を支え続けた。

 一番上の妹、千鶴くんが就職したタイミングで、燃え尽きたように倒れてしまった彼を、同じ男として私は応援したいと思ったのだ。

 

「君の身の上を見て、私は男として君に惚れてしまったんだ。若い内に両親を亡くし、唯一の男手ひとつで妹四人を支える為に彼女も作らずに……感動したよ。そんな感心な若者を支えてあげたいと思ったんだ。君さえよければ、プライベートでも付き合っていきたいくらいだ」

 

 私の言葉に神堂くんは感極まってしまったのか、ふるふると小刻みに震えながら白目を剥いていた。

 言葉に宿る熱と共に、思わず彼の肩を掴む力が強まってしまう。

 

「いいかい。艦娘達への建前上、彼女達の前では元帥と提督として振舞ってもらう。しかし、君だけは提督の中でただ一人、事情が違う。君が望むなら私は君の手足となって、いつだって陰から全力で支えるつもりだ。決して遠慮しないでくれ」

「あ、ありがとうございます……あっ、さっきから携帯鳴ってますよ」

 

 彼の言葉で、私は脱衣所から聞き慣れた着信音が鳴り響いている事に気が付いた。

 あの着信音は、仕事関係のものだ。

 何か急ぎの要件でも発生したのだろうか……。

 

「ふむ、本当だね。山田くんかな……済まない、ちょっと出てくるよ」

「はい。ごゆっくり」

 

 私は脱衣所へ急ぎ、棚に置かれていた携帯電話を手に取った。

 画面には『山田くん』と表示されている。

 

「もしもし、ごめん。待たせてしまって」

『あっ! 佐藤元帥! もしかして何か取り込み中でしたか』

「あぁ、ようやく彼と二人きりになれてね。艦娘達には聞かれてはならない事だったから……それで、何かあったのかい?」

 

 私の問いに、山田くんは一呼吸置いて、急ぎつつも冷静な口調で、静かに言葉を続けた。

 

『速報です。つい先ほど、艦隊司令部の職員から提督の資質が発見されました』

「な、何だって⁉」

 

 何という事だ。まさか、こんなタイミングで――。

『提督の資質』は先天性のものではなく、後天性のものであると考えられている。

 昨日まで検査に通らなかった者に、その翌日に資質が発見される事もあるのだろう。

 その為、国民への検査は月に一度、艦隊司令部内では週に一度の頻度で検査を行っていたのだが……もう少し早く見つかっていれば、神堂くんが素人のまま着任する事も無かっただろうに。

 もしもの話を考えてもどうしようもないというのに、そんな事ばかり考えてしまう。

 そんな私の耳に、山田くんの声が続けて届いた。

 

『事務員の森盛(もりもり)さんです。あの筋肉が凄いと評判の』

 

 森盛くんなら私も知っている。

 まだ若いが人望も厚く、スポーツ万能、成績優秀な好青年だ。

 艦隊運用の知識も申し分無いし、何より艦娘兵器派には属していなかったはずだ。

 それならば一安心だが――話はそれだけでは終わらないだろう。

 

『森盛さんも、すぐにでも着任できると言ってくれています。そこで、現在、素人が着任している状態の横須賀鎮守府に森盛さんを着任させるべきではないかという意見と、これを機会に、以前から計画されていた呉鎮守府の設置を実行するべきではないかという意見が出まして……緊急会議が開かれる事になりました。すぐに戻ってきて頂きたいのですが』

 

 ――やはり、そういう事になるだろう。

 艦娘達が指揮を取ってくれるとはいえ、首都圏に最も近い横須賀鎮守府の提督を素人に任せるのは不安だという意見も多い。

 神堂くんの着任は、新たに『提督の資質』を持つ者が見つかり、十分な教育を施してから着任するまでの、あくまでも一時しのぎの予定であった。

 ここで、すでに艦隊運用の知識を持った森盛くんが提督の資質に目覚めた事で、いわば神堂くんはお役御免となる。

 

 しかし、呉鎮守府の設置も捨てがたい。

 大まかに分けて、この国は四つの拠点で周囲を守られている。

 北方は主に大湊警備府。

 南方は佐世保鎮守府。

 西方は舞鶴鎮守府。

 そして東方は横須賀鎮守府だ。

 だが、太平洋側は展開する海域が広く、横須賀鎮守府だけでは手が足りなくなる状況も幾度かあった。

 その為、東方を守るもう一つの拠点として、呉鎮守府を置くのはどうかという計画が進行していたのだ。

 今までは提督の数、そして何より艦娘の数が足りなかった為、実行には移せなかったが……現在、艦娘の数もそれなりに増え、今回、提督の数も五人に達した。

 舞鶴鎮守府近海がほぼ攻略でき、日本海側の制海権が安定している事も合わせれば、計画を実行に移すいい機会だ。

 

 折衷案として、神堂くんと入れ替わる形で森盛くんを着任させ、神堂くんには改めて艦隊運用の教育を受けてもらってから、再度着任してもらうのに合わせて呉鎮守府を置くのが最良だろうか……。

 やはり満足な知識も無いまま自らを偽り続けるというのは彼自身にも負担になるはずだ。

 いや、一刻も早く呉鎮守府を置きたがっている層の事も考えると、彼を舞鶴に異動させるという手もあるな……。

 舞鶴ならもうしばらくは大規模な侵攻も無いだろうし、制海権もほぼ奪い返している。

 それならば横須賀にいるよりは、心身への負担は少ないだろう。

 とりあえず、彼に相談してみるとしよう。

 

 しかし、もう少し彼に詳しく話を聞きたかったが……この状況では仕方が無い。

 大体理解できただけでも良しとしよう。

 

「わかった。すぐに戻るよ」

 

 私は携帯の通話を切ると、そのまま彼に急用が出来たと伝え、急いで身体を拭いて着替えた。

 神堂くんも慌てたように風呂から上がり、身体を拭き始める。

 私が着替え終え、彼が上半身裸のままにズボンを履いたところで、私は話を切り出した。

 ここは脱衣所であり、廊下と扉一枚で隔てられている。

 外で艦娘達が聞き耳を立てている事も考慮して、私は彼の耳元に口を寄せ、声を潜めて伝えたのだった。

 

「神堂くん……急な事だが、状況が変わった。つい先ほど、新たな提督候補が現れたらしい」

「えっ」

「艦隊司令部の職員でね。私の印象では、君より年下だが、礼儀正しく、友人も多く、人望もある好青年だよ。背も高くて、男女問わず好かれる男だ。スポーツも万能、成績も優秀で、艦隊運用の知識も申し分ない」

 

 私がそう言うと、彼は愕然とした表情を浮かべた。

 何やら考えてから、恐る恐る口を開く。

 

「そ、それでは私はお役御免という事でしょうか……」

「いや。太平洋側の守りを強化すべく、新たに呉鎮守府を置く事が以前から検討されていてね。今までは艦娘の数と提督候補に余裕が無かった為、実現できなかったのだが……まだ確定ではないが、今後は横須賀、舞鶴、佐世保、大湊に呉を加えた五つの拠点に提督、艦娘達を再編成する事になるだろう。つまりまだ君には力を貸してもらう事になると思う」

 

 私の言葉に、彼はほっと胸を撫で下ろしたように見えた。

 やはり、彼の国を守りたいという愛国心は本物のようだ……。

 

「それに加えて、舞鶴鎮守府の周辺海域はほとんど攻略が完了していてね。舞鶴の提督……露里(つゆさと)くんというんだが、彼も、今後は舞鶴鎮守府を数が多く練度が十分では無い駆逐艦達の演習兼、近海警備の為の拠点にしてはどうかと意見具申をしてきているんだ」

「は、はぁ」

「佐世保と大湊に挟まれている地の利もあり、今後は舞鶴方面への大規模な侵攻も無いと推測される為、彼の意見にも一理ある。露里くんが提案しているように、運用するのが主に軽巡や駆逐艦、海防艦となれば、備蓄に頭を悩ませる事も少なくなる。そこで一つの提案なんだが、森盛くんをここに着任させ、代わりに君が舞鶴鎮守府への異動というのはどうだい? このまま横須賀鎮守府にいるよりは、君の心身への負担は各段に軽くなる。悪くない話だとは思うのだが……」

 

 人格と能力が伴う森盛くんならば、横須賀鎮守府の艦娘達とも上手くやっていけるだろう。

 そして、このまま露里くんを舞鶴に置いておくのは、宝の持ち腐れだ。

 露里くんは呉に異動してもらい、舞鶴近海の制海権を完全に奪い返したその手腕を活かしてもらう。

 今後は『駆逐艦運用のスペシャリスト』と呼ばれる彼が好まない、重い編成での出撃が主になるかもしれないが……。

 森盛くんとの二枚看板で、太平洋側の守りはより強固になるだろう。

 そして神堂くんは比較的安全な舞鶴鎮守府で、駆逐艦や海防艦の演習や海上護衛に励んでもらえばバランスが良い。

 神堂くんへの負担は軽くなるし、抱える責任も少なくなる。

 それに、多分彼は駆逐艦だけではなく海防艦とも相性が良いような気がする。

 露里くんと森盛くんの艦隊運用の実力も存分に発揮される布陣。

 今考え得る限りでは、これがベストだと思うのだが――。

 

 私の言葉に、彼はしばらく考え込んでしまったが――やがて勢いよく顔を上げ、私に向けて深く頭を下げ、大きく声を上げたのだった。

 

 

「佐藤元帥! どうか、私を横須賀鎮守府に残しては頂けないでしょうかっ!」

 

「確かに私はまだまだ至らない事ばかりです! それだけでなく、様々な事情を鑑みても、この横須賀鎮守府を任せるには不安が多いとは思います!」

 

「ですがっ! この横須賀鎮守府に着任し、艦娘達の顔を見て! 改めて思いましたっ! 私の居場所はここにしかありませんっ!」

 

「身体の調子も、もう大丈夫ですっ! 着任してからも何の症状も出ておりません! 少々の負担など、何の問題もありませんっ!」

 

「私に足りない部分は大淀を筆頭に、艦娘達が埋めてくれていますっ! 私自身もこれから更に精進していきますっ!」

 

「私はこの横須賀鎮守府に骨を埋める覚悟ですっ! 私の死に場所はここですっ! どうか、どうか、私を! 横須賀鎮守府に残して下さいッ‼ お願いしますっ! お願いしますっ!」

 

 

 そう言って何度も何度も深く頭を下げ続ける彼の姿を見て、私は理解した。

 ――まさか、彼がここまでの覚悟を持っていたとは。

 そうか、彼はこの横須賀鎮守府の艦娘達の抱える事情を知って、彼女達の力になりたいと、彼女達だからこそ、共に戦いたいと思ったのではないか。

 

 護国の為に身を粉にして戦う彼女達が、あまりに杜撰(ずさん)な扱いに耐え兼ねて、そして大事な仲間を失って――たった一度歯向かった。

 それだけで、艦隊司令部や守るべき人間の一部から、人間に歯向かった兵器だと警戒されている現状。

 それは、心優しい神堂くんの目にはあまりにも不憫に映ったのではないか。

 そんな彼女達だからこそ、一緒に戦いたいと願ったのではないだろうか。

 

 神堂くんは気付いていないようであったが――おそらく彼の底抜けの優しさは、隠し切れるものでは無い。

 どんなに演技をしようとも、艦娘達にも伝わってしまっているのだろう。

 だからこそ、大淀くんや長門くんも、素人であると気付きながらも、気付かないふりをして支えてくれたのではないだろうか。

 

 神堂くんの熱意は買ってあげたいが……やはり彼自身への負担は見過ごせない。

 先ほどの言葉に嘘は無いであろうが、おそらく、彼は相当無理をしているはずだ。

 それに、彼を異動させるかどうかは深海棲艦からの国防上の問題にも関わって来る。

 艦隊運用の知識を持つ提督が現れたのに、なお素人に首都圏の護りを任せる理由など無い。

 彼がどう熱意を述べようと、私がどれだけそれを主張しようと――熱意だけでは神堂くんをここに置く根拠にはならないのだ。

 実質艦娘達が指揮を執るから大丈夫だ、などと理由にもならない。

 

「……そうか。いや、わかった。君の熱意はしかと受け取ったよ。だが、この件は私の一存で決められる事では無い。これに関しては、また連絡する事にするよ」

「はっ、はいっ! どうかよろしくお願いしますっ!」

 

 深々と頭を下げた神堂くんの姿を見て、私も少し心を痛めてしまった。

 新たな提督候補が現れた事で、先ほどまでとは状況は変わってしまったのだ。

 

 国の中枢に近く、この国にとって最も重要な拠点である横須賀鎮守府。

 そこに所属する艦娘達への警戒と、今後の処遇。

 神堂くんが紛う事無き素人であるという事。

 新たな提督候補は即戦力となる人物であるという事。

 呉鎮守府の設置と、それに伴う提督と艦娘達の再配置。

 

 彼の心身への負担を考えても。

 安定した深海棲艦対策の事を考えても。

 どれだけ考えても、彼を異動させない方が難しい――。

 

 もはや、熱意では何も変わらないところまで話が進んでしまった。

 緊急会議が終わった後で、彼をどのように慰めるべきかを考えながら、私は帽子を被り直したのだった。

 




大変お待たせ致しました。
丁作戦でしたが何とか冬イベ攻略に成功し、運良くタシュケントもお迎えできました。
他にも掘りたい艦がたくさんいるのですが、年度末の忙しさもあり現在色々と燃え尽きてしまっております。
提督の皆さん、残りのイベント期間頑張りましょう。


※どうでもいい裏設定
【舞鶴鎮守府提督】
露里(つゆさと)紺太郎(こんたろう)(26)
・身長172cm 体重55kg
・金髪とサングラスがトレードマークのヤンキーのような外見。
・目つきと態度と口が悪いが腕は確かな有能提督。
・通称『駆逐艦運用のスペシャリスト』

【新たに提督の資質に目覚めた人】
森盛(もりもり)松千代(まつちよ)(24)
・身長178cm 体重76kg
・事務員だが現場の人並みに体格が良いと評判の好青年。
・ゲイ。

【横須賀鎮守府提督】
神堂(しんどう)貞男(さだお)(26)
・身長187cm 体重69kg
・妹達により外見だけは高身長細マッチョイケメンに整えられたコミュ障。
・素材は良いがファッションセンスが絶望的に無い。
・自称『智将』
・童貞。







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