青葉の甲高い悲鳴に俺も声を上げてしまいそうになったが、何とか堪えた。
火にかけた
な、何なんだ一体……これは一体どういう事なのだ。つーかいつからいたのだ。
完璧に気配を感じなかった。グレムリンに言われなければ全く気付かなかったぞ。
すごーい! 青葉は潜入が得意なフレンズなんだね!
ちなみに俺には一人もフレンズいないんだよね! 凹む。
オータムクラウド先生によれば、青葉は取材と称して鎮守府のあちこちに監視カメラや盗聴器を仕掛けたり、現在のように盗撮を試みたりという筋金入りのパパラッチだ。
それ故に艦娘達から何度も成敗されているらしいが……つまりコイツがここにいる理由は一つしか無い。
青葉の前科から推理するに、目的は俺と佐藤さんの裸体の盗撮……!
お前……そんな事の為にコンナトコマデ……キタノ……?
バカナノ……? オロカナノ……ッ?
極端に男性の少ない、まるで女子高のような環境の鎮守府においては、男性の裸体というのは珍しいものなのかもしれん。
男子がグラビアを見て興奮するように、艦娘達も男性の裸体を見て喜ぶのだろうか。
脱ぐと意外とムキムキなオッサンと、身長だけは無駄に高いがヒョロヒョロのアスパラガスのごとき俺の裸体で果たして艦娘が喜ぶのかどうかは知らんが……。
青葉の存在に気付かず呑気に着替えている俺達をレンズ越しに見て、「よく見えますねぇ~」「敵はまだこちらに気付いてないよ」などとほくそ笑んでいたのだろうか。
くそっ、何て奴だ……い、いや、ちょっと待て。
コイツがどこから盗撮していたのかはしらんが、もしや俺と佐藤さんの主砲も激写しているのでは⁉
い、いかん! 佐藤さんの巨砲と並べられる事で目の錯覚が引き起こされ俺の主砲がますます小さく見えて――⁉
い、いや! むしろ佐藤さんが俺に迫りかけた時も傍観して――⁉
青葉ワレェ! おどりゃ提督の危機に何をしとるんじゃ!
混乱している俺と青葉のもとへ、佐藤さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あ、青葉くん⁉ これは……一体どういう事だね⁉」
「あ、あわわ……」
「神堂くん、どうして気付いたんだい」
「い、いえ、怪しい気配が……」
表情を見るに、佐藤さんも心底驚いている様子だ。
そりゃあそうだ。女湯ならまだしも、オッサンと俺しかいない男湯に、まさか忍び込む馬鹿がいるなどとは思ってもいなかったのだろう。
俺はオータムクラウド先生の作品のおかげで青葉がこういう奴だと知っていたから、混乱しつつも何とか頭の整理が出来ているのかもしれない。
少しばかり考え込んだ後、佐藤さんは動揺のせいか、珍しく大声かつ切羽詰まった声を発した。
「何て事だ……! 大淀くんに詮索はしないようにとつい先ほど伝えておいたはずだが……聞いていなかったのかい⁉」
「……ッ! はッ! はいッ! 何も聞いておりませんでした! この愚行は青葉の独断です! 大淀さん達はこの事を知りませんし、何も関係ありません! 好奇心が抑えきれず、このような愚行を犯してしまいました! 申し訳ございませんッ!」
青葉はそう言って、そのまま床に額を叩きつけて土下座した。
さ、佐藤さん……大淀達にそんな事を……ナイスサポートではないか。
俺が素人だとバレてしまわない為に、元帥という地位を活かして命令していたという事か。
まぁ、俺が駄目すぎるせいで初日からバレバレなので後の祭りなのだが……せめて俺が着任する前に命令しておいてくれないか。
『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』のタイトルといい、佐藤さんはどこかズレてるんだよな……。
いや、そもそも俺が素人だとバレてるのは詮索とかそういう以前の問題だった。完全に俺のせいだった。凹む。
それはともかくとして、佐藤さんを見れば青葉の言う事を疑っているようだが……この俺の慧眼によれば、青葉は嘘はついていないだろう。
オータムクラウド先生の作品によれば、むしろ大淀は青葉を止める立ち位置になるはずだ。
というか青葉の取材に協力する艦娘はいない。
ましてや佐藤さんと俺が風呂に入るからといって、「これは千載一遇のチャンスやで!」とか言い出す者がいるだろうか。
いたら救いようの無いアホだろう。
だがそのアホが青葉だ。新聞を作成する為のネタ集め、その為の取材、それがエスカレートしての盗撮、盗聴行為……。
コイツならば独断でやりかねん。
つまり佐藤さんは大淀その他の艦娘も一枚噛んでいるのではと疑っているようだが、それは有り得ない。
良識ある艦娘達が、青葉が脱衣所に侵入する背中を黙って見ているという事が有り得るだろうか。いや、無い。
提督という立場にありながらすでに威厳の欠片も無い俺だけを盗撮するのならばまだわかるが、元帥である佐藤さんを盗撮するとなれば、流石に誰か止めるだろう。
俺の信頼する同志大淀ならば、その辺りの判断を間違える事は無いであろう。
佐藤さんは信じられないと言ったような驚愕の表情で青葉を見つめていた。
青葉は土下座した後も顔を上げず、額を床に擦り付けている。
ぼろぼろと泣いているようで、震える肩と共に、押し殺すような声が漏れていた。
深刻な雰囲気が漂っていたが、俺はとりあえず佐藤さんに声をかけたのだった。
「ま、まぁ、佐藤元帥。青葉は嘘は言っていないでしょう。他の艦娘達はこの事を知らない、そうだろう?」
俺はそう言って青葉の隣で膝を曲げ、励ますようにぽんと背を叩いてやったのだった。
青葉はびくりと身体を震わせて、少し時間を置いてから顔を上げずに口を開いた。
「……ッ! は、はい……ッ!」
佐藤さんは難しい顔をして、腕組みをしながら俺と青葉を交互に見下ろした。
何やら悩んでいるようで、時折深く唸る。
「……青葉くん。ここに侵入していたという事は、私達の会話も聞いていたという事だね?」
「……はい」
佐藤さんは顔を片手で覆った。
そうか、どこから聞いていたかは知らんが、思いっきり俺が素人だって事も含めて話してたからな。
つまり俺の駄目さ加減から確定に近い推測をしていた事が、ここで完全に事実となったわけだ。
更に佐藤さんは元帥の立場から命令していたのだから、それを無視されたというのは大きな意味を持つのではないだろうか。
軍紀は知らんが、命令違反であるならば何か罰を与えねば示しがつかないような気もするし……。
佐藤さんは深刻そうな表情のままに、低い声で言葉を続けた。
「他の艦娘達が関わっていないという事は、この事実を知るのも君一人。そういう事かい」
「……は、はい」
「そうなると、知ってはならない事を知ってしまった君をこのまま横須賀鎮守府に置いておくわけにはいかなくなる」
「えっ……」
青葉が思わず顔を上げるが、佐藤さんは目を瞑り、自らを落ち着かせるように、ゆっくりと言葉を続ける。
「青葉くん。君と私は、君が艦娘として現れて以来の付き合いだ。短い間だったが、共に戦った事もある……。故に、君の個性、君の性分もそれなりに理解しているつもりだ」
「……はい」
「君の好奇心は、自分だけが事実を知れば良いというものでは無い。真実を知り、それを他者へ伝え、楽しませる事こそが、君が欲するものだ。私はそう思っている」
「……仰る通りです」
うむ。俺もそれはよく知っている。
コイツの最終目標は、青葉が執筆しているという艦隊新聞の記事を書く事だ。
つまりここで見聞きした事実が記載されるとなれば、俺が素人であるという事が鎮守府中に明らかにされ、一面には俺の股間の写真が掲載されるだろう。
おそらく見出しは『我らが司令塔、やはり素人! 股間には
警戒してはいたが、一番知られてはいけない奴に知られてしまったという事か……。
佐藤さんが珍しく本気で深刻そうな表情を浮かべているのも納得だ。
俺が素人であるという事が暴露される恐れがあるだけではなく、我が国が誇るあの巨砲が艦隊新聞の一面に掲載される可能性もあるからな……。
世界水準を軽く超えるレベルのあの主砲は艦娘達には秘密兵器にしておいた方がいいだろう。
つーかあれが普通だと思われたら俺が困る。
艦娘達の認識が「魚雷って太いわよねぇ~」「おっきな魚雷、大好きです!」となってしまったら本当に困る。
俺の九三式酸素ラブアタックが効かなくなる。
たとえ俺の魚雷が戦闘体勢に入っても「こんなの全然強化のうちに入んないわよ! 見てらんないったら! 惨めよね!」とか言われ、ショックで俺は二度と立ち上がれなくなるだろう。
俺が青葉の危険性を再確認したのに構わず、佐藤さんは重苦しい表情で言葉を続けた。
「つまり、君をここに置いておくという事は、私にとっては見過ごせない事なんだ。神堂提督にここへ着任してもらったのには、私が深く関わっているからね。君がここへ侵入してまで知りたがっていたように、彼には只ならぬ事情がある。君達もうすうす感じていた事ではあるのかもしれないが……悪いが、この事実を公式に広められるわけにはいかない」
「……はい」
「私個人の気持ちとしては今まで同様に大目に見てあげたいのだが……今回ばかりは、流石に許容できる事では無いんだ。大淀くんに詮索しないようお願いした後の事だし、示しも付けなければならない」
「……は、はい……ッ!」
「私は今から艦隊司令部へ戻るが、とりあえず一緒に付いて来てもらおうか。君の今後の処遇については、後程決めよう。それまでは艦隊司令部で私が預かるよ。君の今回の行いについては艦娘兵器派の者達が大袈裟に騒ぎ立てるかもしれないが……そこは私が何とかする。わかってくれるかい?」
「……グスッ、は、はい……ッ! お心遣い、ありがとう、ございます……!」
お、おぉ……佐藤さん、厳しいな。
いや、本心では大目に見てあげたいのだろうが、やはり軍紀を乱した事に対して示しをつけなければならないという事だろう。
佐藤さんも元帥だしな。結構偉い立場なのだとすれば、なおさら規則を大目に見てはいけないはず。
たとえ青葉が普段は悪い奴ではなかったとしても、罪は罪。相応の罰を受けなければならない。
言ってしまえば不法侵入と盗聴、盗撮だからな……やむを得ない事情があるわけでも無く、好奇心と己の欲を満たす為に犯したわけで、情状酌量の余地は無い。
まぁ俺にとっては完全にストライクゾーン対象外だし、むしろ俺の身辺を嗅ぎまわらないか、厄介な奴だと思っていたからちょうどいいのかもしれん。
艦隊新聞の一面を俺達の局部が飾る事で猥褻物チン列罪となり、憲兵を呼ばれても困るしな。
さようなら青葉。君の事は忘れない。
……――いや、ちょっと待て。
冷静になって考えてみろ。青葉は本当に俺にとって厄介なだけの存在なのか?
そうだ、『艦娘型録』の編集者は大淀、明石、夕張、そして青葉の四人だったではないか。
そして青葉が撮ったという写真により俺は不審に思われずに艦娘達の体の隅々まで見る事ができたし、何より翔鶴姉のパンツを得る事ができた。
ほんの二日前に、あの写真を撮影したのが青葉だと聞いた俺が、あの時何を思ったのか。
――青葉か。君がこの鎮守府にいてくれて本当に良かった。今後もこの調子で頼みたい。
――翔鶴姉のパンツを仕留めたMVPだ。後で何かご褒美をあげよう。
そう思ったではないか。
そして青葉にはまだ何のご褒美も与えられていない。
――そうだ。人の悪い面だけでは無く、良い面に目を向けねば。
青葉が不法侵入や盗聴、盗撮を駆使して人のプライバシーを平気で侵害するクズだとして、それに何も考えずに罵声を浴びせるのはあまりにも簡単だ。
だが、青葉はそれだけの奴なのか? 否!
百の罵声を浴びせるよりも好きなもん一つ胸張って言える方がずっとカッコいいだろ!
何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ‼
そういう事である。
俺は翔鶴姉のパンツが好きだ。
そういう事なのである。
つまり青葉にはまだ利用価値がある。
大淀も明石も夕張も、俺が金剛のビーチクの事で頭がいっぱいのクソ提督であると知りながら、健全な鎮守府運営の為に何とか協力してくれているではないか。おそらく。
あれだけ素晴らしい資料である『艦娘型録』を作り上げた四人だ。
大淀達三人に加えて青葉も俺の
『しりょう……だいじ……とても……だいじ……』と
青葉は艦娘に唯一のパパラッチ的性質を持ち、艦隊新聞作成を自主的に行うという事から、大淀同様に資料作成能力に長けているとするのならば、それを利用しない手は無い。
むしろ青葉がクズだと言うのならば、性格的にも俺と相性が良い可能性もある!
クソ提督! パパラッチ! ミラクルマッチでーす! ひゃっはぁー!
「……気になるんですかぁ? いい情報ありますよぉ?」などと言って山吹色のお菓子ならぬ桃色のオカズを差し入れてくれるかもしれん。
弁当箱の蓋を開ければ、うっひょー! まるで宝石箱や~!
パンチラも胸チラもビーチクも、青葉にお任せ!
――情状酌量の余地あり! よって被告人を無罪とする‼
俺の股間の最低裁判所が判決を下した。
俺は青葉の隣で膝と手をつき、佐藤さんを見上げて言ったのだった。
「――佐藤元帥! どうかここは私に免じて許して頂けないでしょうか!」
「な、なんだって⁉ 神堂提督、しかしこれは」
「いえ、これは私の監督不行届です。私からちゃんと言って聞かせるべきでした。青葉が罰を受けるのならば、私にも連帯責任があります!」
「そ、それは……うぅむ」
青葉が顔を上げ、目を丸くして俺を見た。
まさか盗撮、盗聴の被害者である俺が自分を庇うなどとは考えてもいなかったのであろう。
佐藤さんも同様に、驚いたような、困ったような表情を浮かべていた。
佐藤さんが危惧しているのは、青葉がここで聞いた事を艦隊新聞などで暴露する事。
だが、その辺りはおそらく横須賀鎮守府の黒幕大淀さんが裏から手を回してくれるだろう。
すでに察しの良い艦娘達にはバレている事ではあるが、俺が素人であるという事が確定し、他の艦娘達にも広まってしまうという事は、おそらく大淀の求める事では無い。
佐藤さんにここまで厳しく言われてしまった後であるし、そこに大淀の手が回れば、おそらく青葉はこの事を記事にはしないはずだ……多分!
「どうか、どうか! お願いします!」
俺がそう言って額を床に擦り付けようとした瞬間――。
「わぁぁあーーっ! やめて下さいっ!」
「し、神堂くんっ! 頭を上げたまえ!」
青葉と佐藤さんが二人がかりで俺に手をかけたのだった。
佐藤さんは膝をつき、俺の肩を支えるように、そして青葉は俺の背中に縋りつくよう抱き着いてきた。
青葉にも一応パイオツはあるんだな……いや、自分でも驚くほど全然興奮しないのだが……。
「わぁぁあーーっ! ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいぃっ! あ、青葉が、青葉が悪いんです! グスッ、提督は関係無いんですぅっ! ひっく、ひっく、わぁぁあーーッ!」
青葉は俺の背中に縋りついたまま号泣している。
あぁ、自分のせいで全く悪くない他人が頭を下げるのを見るのは心に効くもんな……。
澄香ちゃんの虐めの件で担任の先生に掴みかかってしまった件でも、まだ学生だった千鶴ちゃんが俺の為に頭を下げている姿を見たのはかなり精神的にキツかった……。
しかし今回は俺にも青葉を庇う理由があるのだから、気にしなくても良いのだが……無論、青葉がそれを知る由も無い。
佐藤さんはふぅ、と小さく息をつき、何故か焦ったような表情で俺を見て言ったのだった。
「ま、まったく、肝が冷えるな……そんなに簡単に土下座なんてしないでくれ。心臓に悪い」
「しかし……」
「神堂くん、いや神堂提督、私の立場にもなってくれ……罪を犯し、それを反省している青葉くんならともかく、君にそこまでされてしまっては、私の立つ瀬が無いじゃないか」
佐藤さんはしばらく悩んでいたようだったが、やがてゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
「……わかった。当事者の君にそこまで言われてはな。もはや私に言える事など何も無い。今回の事は不問にするとしよう」
「ほっ、本当ですかっ⁉ ありがとうございますっ! よ、良かったな、青葉!」
「ふぇぇえ」
俺が振り向いて青葉の肩を掴みながらそう言うと、青葉は妙な声を出した。
泣きすぎて訳が分からなくなっているのかもしれん。
佐藤さんは青葉の隣へと歩み寄り、膝を折って青葉と目線を合わせ、口を開く。
「ただし、当然だが絶対に口外しないという事が条件だ。誓えるかい」
「はっ……はい……」
「良し。いいかい、青葉くん。今回ばかりは神堂提督の顔に免じて不問とするが、今回の君の行為は軍紀関係無く、鎮守府の外では立派な罪となる。それだけは覚えておいてくれ。親しき中にも礼儀あり、という言葉もね。もう二度と、神堂提督の信頼を裏切らないように」
「はっ……! はいっ……! 申し訳、ありませんでした……」
佐藤さんは俺に「先に外に出ているよ」と言い、そのまま脱衣所から出て行った。
よし、何とか漢ゲイ界からの脱出には成功したか……。
そして青葉に貸しを作る事にも成功した……俺は本当に天才なのではないだろうか。
こうなれば青葉はきっと俺の為に働いてくれるはず……また一歩、
何としても舞鶴行きは阻止せねばならんな。
青葉は腕でぐしぐしと涙を拭い、しゅんと
「あの、提督……ありがとうございました。そして、大変申し訳ありません……提督の顔に泥を塗るような真似を……」
「まぁ、今回の件は流石に擁護が出来ないが……私が頭を下げた事は気にしなくても良い。私にも下心が無かったと言えば嘘になるからな……青葉。お前はな、私の艦隊に必要な存在なのだ」
「えぇっ⁉」
青葉は素っ頓狂な声を出し、口を半開きにして俺を見つめる。
「な、何故青葉なんかを……ここの重巡では一番弱いですし、
「うむ。無論、戦力はあるに越した事は無いが……どちらかと言えば、青葉には唯一無二のその個性を活かして欲しいのだ」
「唯一無二の個性……ですか?」
よし、このタイミングで青葉を完全に俺の味方につける!
神算鬼謀を操るこの智将の話術に嵌まるが良い。
俺は青葉と目線を合わせ、キリッと表情を引き締めながら言葉を続けたのだった。
「うむ。『艦娘型録』、実に素晴らしい資料だった。それに、私はまだ目を通した事は無いが、艦隊新聞とやらも作成しているそうじゃないか。取材、撮影、執筆……どれも本当に素晴らしい個性だ」
「は、はっ……きょ、恐縮です……」
「だが、その素晴らしい個性も使い方を誤れば罪を犯し、先ほどのような事になる。握れば拳、開けば
「い、いえ……」
青葉がきょとんとした表情になったので、俺はその顔の前で拳を握り、青葉の頭をゴンと小突いたのだった。
「あうっ⁉」
「これは私からの罰だ。何の御咎めも無しという訳にはいかんから、ついでにな」
「す、すみませんでした……」
「さて、手を握り固めれば、他者を傷つける拳となる。今のようにな」
そして今度は拳を解いて、その掌で先ほど小突いたところをぽんぽんと撫でてやりながら言葉を続ける。
相手が相手なら俺もセクハラめいた行動により心が浮ついていた所であろうが、年下の高校生系かつ完全にストライクゾーン外の青葉相手なら冷静でいられる。
「しかし拳を開けば、その掌で誰かを撫でて慈しみ、互いに手を取り合う事も出来るだろう。そういう事だ」
「へぇぁっ……⁉ な、なるほど……です、はい……拳にするか掌にするかが問われるという事ですね」
「うむ。だが、さらに言えば拳が悪いという事でも無い。握りしめた拳で大切な何かを守らなければならない時もあるだろう……逆に、広げた掌で誰かの大切な何かを奪い取る事だって出来る。結局は、扱う者の意思、それ一つで道具という物は善にも悪にも成り得るという事なのだ」
これは昔、父さんに教えられた諺だ。
日常生活には欠かせない便利なもの。
自動車のおかげで、ろくに歩けなくなった母さんを乗せて、昔好きだった景色をもう一度見せてあげる事ができた。
一方で、ニュースでは暴走運転に巻き込まれて罪も無い子供が亡くなっていた。
果物ナイフのおかげで、母さんの好きな林檎を剥いて食べさせてあげる事ができた。
一方で、ニュースでは果物ナイフを使って誰かが誰かを傷つけていた。
医療麻薬や睡眠薬のおかげで、母さんはなるべく痛みに苦しまずに最後まで過ごす事が出来た。
一方で、ニュースでは非合法に麻薬を使用して有名な芸能人が逮捕されていた。
間違った使い方は誰にだって出来る。
アクセルを僅か数センチ踏み込んで、ハンドルを僅か数センチ回せば、いとも容易く人を傷つける事ができる。
果物ナイフを手に持って振り回せば、いとも容易く人を傷つける事ができる。
薬も飲み過ぎれば毒になり、人の命を奪うだろう。
当たり前の事であるはずなのだが、カッとなるとそれがわからなくなる人は大勢いる。
一時的な衝動に負けてしまう、弱い心を持つからだ。
だから、自分の中の弱さに打ち勝てるような、強く、優しい男になれと――そう言われたのだ。
清く正しく節操を守り、どんな誘惑や困難にも負けない男――父さんと母さんに名付けられた、俺の名前の由来である。
ゴメン父さん。俺は貴方のように強い男にはなれませんでした。
拳は握らないものの、一時的な
ここに着任してからも、この掌で夕張の手の柔らかさを堪能したり天乳ちゃんの柔らかさを堪能したりとろくな事をしておりません。
拳を握っていては女体の柔らかさを堪能できないという事だけは理解しておりますので、今後も拳は握らない事でしょう。
貴方の教えすらも青葉を納得させる為に利用する立派なクズに成長しました。我ながら凹む。
青葉は俺の言葉を聞いて、ほぅ、と小さく息を漏らした。
「使い方一つで、善にも、悪にも……それは、私達も」
「うむ。それが心の強さという事だ……今後は、私の詮索はしないと約束してくれるな?」
「は、はっ! も、勿論です! ここで聞いた事は誰にも……うぅ、だ、誰にも言い、ません……うぅぅ~! あ、青葉は、青葉はどうすれば」
青葉は頭を抱えて苦しんでいた。
そんなに言いたいのだろうか……しかし俺がここまでして裏切ったら本物のクズだぞコイツは……。
とりあえず話を進めよう。
「そして、その個性を活かし、今後は私の為に働いてくれるか?」
「……はっ、はいッ! そ、それで一体何をすれば……」
「フッ、そこは自分で考えてみるのだな……楽しみにしているぞ」
「……わ、わかりましたっ! 青葉、これからは心を入れ替えて、強く……もっと強くなれるよう精一杯頑張ります!」
ッシャア!
これで『艦娘型録』の編集者四人を全て味方に付ける事が出来た……!
俺の両脇を艦娘への交渉担当、夕張と明石が固め、青葉が前に出て撮影を行う。
俺のバックには編集長大淀さんが立ち、何かあった時には即座にフォローしてくれるだろう。
完璧な布陣ではないか。この輪形陣を
流石に俺の口から素直に「艦娘達のあられもない姿を撮影せよ!」とは言えなかったが、青葉ならば
俺が何を求めているのか、何を差し出せば良いのかを……。
何が悪で、何が善なのかを。
やがて青葉は自分の意思でその答えに辿り着き、俺にお宝写真を差し出してくるだろう。
全ては俺の掌の上だという事も知らずに……。
そう、握れば拳、開けば掌……! 掌もまた使いよう!
善悪の区別? 知るか! これが俺にとっての最善手だ!
これぞまさに神の一手、神の才能……。
フッ……フフフハハハハハ。
本当に助かったよ青葉……お前ほど騙しやすい艦娘はいない……。
俺がお前を庇ったのは、全て計画の内……!
危うく佐藤さんに連れて行かれてしまうところだったが……
オータムクラウド先生の言っていた通り、実際お前はかなりの問題児だ……!
だが、その記者根性が生んだ
君は最高のパパラッチだァ‼
青葉の人生は全て、俺の、この手の上で……転がされているんだよ!
ダァーッハハハハッ! ハァーッハハハハッ! ブゥン‼
心の中で勝利の雄叫びを上げていたところで、気が付いた。
そうだ、一応俺達の写真は破棄してもらわねば。
「ところで青葉、私達の写真を撮っていたのならば、それは処分してほしいのだが」
「ふえっ⁉ ととと、撮ってないですよぉ⁉ えぇっ、ま、まさか青葉が佐藤元帥と提督の裸を撮影してるとでも疑ってたんですか⁉ がーん!」
「嘘はつくなよ。青葉にそのような前科がある事くらいは把握しているのだからな」
「あばばばば⁉ な、何故それを⁉ ど、どこ情報なのですか⁉ い、いや今回は流石に、絶対にっ! 撮影してませんよ! 提督の……て、提督の……」
慌てていた青葉は何かに気が付いたようにハッと目を見開き、そして見る見るうちに顔を紅潮させて叫んだのだった。
「そ、それよりも……は、早く服を着てくださぁいっ!」
青葉は真っ赤な顔でそう言うと、もう限界だとでも言うように顔を両手で覆い隠しながら、脱衣所から走り去ってしまった。
う、うむ。そう言えば、上半身裸だった。い、いかん、見苦しいものを……。
パンツとズボンだけでも履いててよかったぜ……もしもグレムリンがもう少し早く俺に声をかけていたら、俺はフルティンを青葉の前に晒していた事だろう。
「青葉、見ちゃいました!」となった場合、顔を両手で覆いながら脱衣所を走り去る事になっていたのは間違い無く俺だったであろう。危なかった……。
着替える為に棚へと歩み寄ると、四匹のグレムリンが倒れていた。
採用する気は無いが、俺のパートナー妖精とやらの座は決まったのだろうか。
俺がシャツに袖を通していると、グレムリンはむくりと起き上がって言ったのだった。
『今回は相打ちでした』
『次こそは負けないよー』
『今度は私達も参戦します』
『あっ、工廠の皆さん』
『私達を忘れては困ります』
『装備担当の……皆も……』
『いやいや、サダオのパートナーは私達シコ』
『家具職人の皆さんまで』
『決戦だー』
『童貞祭りだー』
『踊れー』
『おー』
『わぁぁー』
『わぁい』
『はぁーよいしょ』
『それそれそれー』
どこから入ってきたのか、さくらんぼ柄の
童貞祭りって何だ! 俺を囲んでサバトすんなや!
邪魔だからさっさと持ち場にカエレ!
大変お待たせいたしました。
前話の続きですが長くなり過ぎるので分割しました。
次回は視察編最後の元帥視点になる予定です。
お待たせしてしまいますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。