ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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040.『理解』【艦娘視点①】

 それは、佐藤元帥が横須賀鎮守府に到着する少し前の事――。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「イムヤ、何だかいつもより張り切ってるみたいなの」

 

 海中を縦一列になって進む途中。

 私のすぐ後ろを泳ぐイクにそう言われて、私は振り向いた。

 内心、ぎくりとしてしまったが、それを押し隠してイクに言葉を返す。

 

「そ、それは二人もでしょ。備蓄の回復とくれば、燃費の良い私達の出番なんだから」

「イクは提督のご褒美を期待しちゃうなのね!」

「ゴーヤはお休みをもらうでち! イムヤは何か考えてるの?」

 

 捕らぬ狸の皮算用ではあるが、目を輝かせている二人もやはり、いつもより張り切っているように見える。

 無論、イクに指摘されたように、きっと私もそうなのだと思うが……ご褒美目当てなどでは断じて無い。

 ゴーヤの問いかけに、私は胸を張ってこう答えた。

 

「私はご褒美なんて期待してないわよ。司令官の役に立てる……それだけで十分でしょ」

「イムヤは真面目すぎてつまんないのね」

「同感でち」

 

 イクとゴーヤに呆れたような視線を向けられたが、私は本当にそう思っているのだ。

 それを理解できたからこそ、イクもゴーヤもそれ以上茶化してこなかったのだろう。

 

 性能のほぼ全てにおいて劣るこの私を、潜水艦隊のリーダーに任命してくれた。

 こんな私でも、司令官の役に立てる……それを考えるだけで、本当に嬉しいのだ。

 言ってしまえば、それにより褒めてもらえる事を期待しているのかもしれないのは否定できないけれど、それは秘密だ。

 昨夜の歓迎会で、一部の駆逐艦達が司令官に頭を撫でられ、労をねぎらわれているのを遠目に見て、羨ましいと思った。

 私もあんな風に褒めてもらいたいと思ったとしても、誰が責められようか。

 イク達に茶化されたくないから、絶対に口には出せないけれど。

 

「ともかく、気を引き締めていくわよ! もうすぐパワースポットに到着する。敵艦隊との交戦が予測されるわ」

「いひひっ、言われなくてもわかってるのね!」

 

 少し進むと、海底から緑色に光るモヤが立ち上っているのが確認できた。

 緑色に淡く輝いて見えるエネルギー……燃料のパワースポットだ。

 私達潜水艦の利点は、燃費が良い事。

 例えば一回の出撃に必要な燃料を十として、百の燃料を回収できれば、九十の黒字となる。

 これを計画的に何度も繰り返せば、水雷戦隊による遠征よりも遥かに効率良く資源を回収できるのだ。

 

「わぁ~、怖いのいっぱい見ーつけちゃったぁ」

 

 ゴーヤの言う通り、そのモヤの立ち上る先――海上に不穏な気配を感じる。

 一、二……三つの敵影。駆逐二隻と軽巡一隻からなる水雷戦隊。

 タイミング悪く、近海を徘徊するはぐれ艦隊も補給に来ていたようだ。

 だが、そんな事は珍しい事では無い。

 無論、交戦しないに越した事は無いが、こういう場合はむしろ近海警備もこなせて一石二鳥と考える。

 私達は顔を見合わせると、目配せをしてこくりと頷く。

 そして気付かれない程度の射程距離まで接近し、身体に満たされた弾薬のエネルギーを使い、周囲に魚雷を具現化した。

 

「魚雷一番から四番まで装填! さぁ、戦果を上げてらっしゃい!」

「狙ってくれって、言ってるようなものなの! イクの魚雷攻撃、行きますなのね!」

「ゴーヤの魚雷さんはお利口さんなのでち! 当たってくだち!」

 

 私達は息を合わせて、一斉に魚雷を発射した。

 潜水艦の戦いは先手必勝一撃必殺。この先手にこそ全てが掛かっている。

 

 その性質上、私達潜水艦隊はほぼ確実に敵に先手を取る事ができる。

 だが、私達がエネルギーを練り上げて魚雷を具現化するには時間がかかり、連続して発射は出来ない。

 つまり一度発射した後は、次の魚雷を装填するまで無防備になってしまうのだ。

 一度魚雷を発射してしまえば、敵艦隊にその存在がバレてしまう。

 

 水雷戦隊相手だと、その後待っているのは爆雷の雨だ。

 装甲の薄い私達は、一撃でもまともに食らってしまえばそれが致命傷となる。

 撃ち漏らした敵艦が少なければ少ないほど、爆雷の密度は薄くなる。

 したがって、この先手こそが私達の戦闘の鍵を握るのだ。

 

 ――爆音、振動、そして静寂。

 いつでも潜航できるよう体勢を整えながら、海面を観察する。

 敵影は……えぇっ、か、確認できず!

 

「う、嘘っ⁉ や、やった! 敵艦三隻全て、仕留められたわ!」

「いひひっ! 大金星なのね!」

 

 一、二隻は撃ち漏らすかと気を張っていたが、予想外の結果に私達は高揚した。

 司令官への信頼の力だろうか、雷撃の威力も精度も格段に上がっている。

 そのまま緑色に輝くモヤまで泳ぎ、その光を浴びた。

 

「わぁお! 大漁大漁!」

「ご馳走様でち!」

 

 私達の身体と艤装にエネルギーが吸収され、満ちていくのを感じる。

 これで燃料の回収は成功だ。

 司令官は、褒めてくれるだろうか。

 喜んでくれるだろうか。

 もしもそうなら、私が力になれたのなら……嬉しいな。

 

 そもそも、私が力になれたのも、司令官が信頼させてくれたからなのだと思うけれど。

 性能の低いこんな私でも、今の力が常に出せれば戦力として期待されるかも。

 司令官の下に居れば、こんな私でも力になれる。

 もっともっと力になって、もっともっと褒めてもらいたいな――。

 

 いや、まだまだ任務は始まったばかり。

 これから何周もしなければならないパワースポット巡りの、最初の一か所目に辿り着いただけだ。

 皮算用をするにはまだまだ早い。

 後はこの調子で残りのパワースポットを周り、弾薬、鋼材、ボーキサイトを回収すれば――。

 

「――イムヤっ! 敵なのーッ!」

 

「――えっ」

 

 イクの叫びが耳に届き、続いてさらに深く潜航したイク、ゴーヤと目が合った。

 ――不意に、頭上に感じた不穏な気配。

 不吉な水音。

 顔を上げた時には、重力に従って迫り来る鉄の雨。

 私が状況を把握し、潜航の体勢を取るよりも僅かに早く、爆雷の弾けた衝撃と轟音が私を包み込んだ。

 

「きゃああーーっ⁉」

「くうっ、イムヤ! 急速潜航なの!」

「早くっ、早くーっ!」

 

 思うように動かない私の身体を、イクとゴーヤが引いて潜る。

 魚雷を再度装填するにはまだ時間がかかる。深く潜り、逃げ回るしか無い。

 しかし深海棲艦もソナーを装備している。すぐに捕捉され、爆雷が投げ込まれる。

 逃げて、逃げて、時が経つのを待つしか無かった。

 

 油断した――接近してきていたもう一隊の存在に気付かなかった。

 敵艦隊を攻撃する前に、周囲に他の艦隊がいないかを再度確認するべきだった。

 私達の強みは先手が取れる事――だが、目の前で味方の艦隊が雷撃されるのを目撃していた艦隊がいたとしたら。

 先手の有利は無くなり、敵は万全の状態、こちらは無防備な状態で爆雷の雨に晒される。

 立場は完全に逆転する。

 それくらいの事は知っていたのに、知っていたはずなのに!

 

 目的のパワースポットを前にして、そして三隻同時に仕留めた高揚感で、私達の目は眩んでいたのだ。

 しかも頭上にまで接近されてなお気付かなかったのは私だけだ。

 イクとゴーヤは咄嗟に気付き、いつもそうしていたように、反射的に急速潜航が出来ていた。

 リーダー気取りで二人に偉そうな事を言って、一番足を引っ張っているのは私だ。

 

「くっ! 私狙ってるの、アイツなの⁉」

「ま、まだ大丈夫でち!」

 

 私を左右から支えているせいでうまく動けず、イクとゴーヤも避け切れずに少しずつ被弾していく。

 私の……私のせいで!

 悔しさと、恥ずかしさと、情けなさがこみ上げる。

 それは自分への怒りとなって、ようやくエネルギーが満ち、魚雷を装填できたと共に体中から溢れ出てきた。

 

「……このぉっ! 船底に大穴開けてあげるからッ!」

「こんなんでイクを追い込んだつもりなの……⁉ 逆に燃えるのね!」

「魚雷さん、お願いします!」

 

 体勢を立て直し、敵艦隊に向けて魚雷を発射する。

 攻勢を続けていた敵艦隊は不意を突かれたのか避けるのも間に合わず、再び爆音が轟いた。

 再度訪れた静寂に、私達は用心深く周囲を索敵する。

 今度こそ、周囲に敵艦隊はいないようだ。

 大きく肩で息をしながら、私達は大きく息をついた。

 気が抜けたせいか、一気に身体が重くなる。

 

「ご、ごめん、本当にごめんね……私のせいで……」

「そんな事はどうだっていいの! イムヤ……大破しちゃってるの」

「これ以上は危険でち……母港に戻った方がいいでち」

 

 水着も破れ、艤装も身体もボロボロだ。

 中破とは違う、激しい息切れと、まるで全身で鉛を背負っているかのように身体全体が重いこの感じ――間違いなく、大破している。

 私を心配してくれるイクとゴーヤの言葉を聞いた時――私の脳裏に、前司令官の言葉がフラッシュバックした。

 

『資材を回収するだけという簡単な事も出来んのか、役立たず共め』

『何故被弾するのだ。愛国心さえあれば敵の攻撃など当たらぬはずだ。恥を知れ』

『貴様らが不甲斐ないせいで、儂の計画が台無しだ。どう責任を取るのだ』

『入渠もタダでは無いのだぞ。計算外の余計な資材を消費してしまうだろう』

『貴様らの尻拭いに余計な資材は使えんからな。入渠は許さん。入渠したければ、その分の資材は自分達で稼いでこい』

『疲れているなどと甘えた事は言うまいな。少し損傷したくらいで泣き事を言うな。根性無しめ』

 

 ――震えが止まらなかった。

 イクやゴーヤと私は違う。前司令官のそんな言葉なんて、従ってはいたものの心に響いてなどいない。

 そう思っていた。

 だが、それはトラウマとなり、深い爪痕を私の中に刻み込んでいたようだ。

 

 伊号潜水艦、私達が活躍できるはずだった資材回収。

 司令官は大淀さんに備蓄回復作戦を一任していたという事だったが、私はいきなり失敗してしまった。

 あれだけ出来る司令官だ。まさか私達が一か所目から失敗し、何の戦果も得られぬまま帰投するだなんて考えていないだろう。

 そうなると、司令官は私達の事を、私の事をどう思うだろうか――。

 

『ここだけの話だが、潜水艦の中では特にお前に期待しているのだ』

『お前にしか無い長所もあるんだ。潜水艦隊のリーダーとして、頑張ってくれ』

 

 そう言ってくれた司令官の期待を、私はいきなり裏切ってしまった。

 前司令官のあの眼が――失望、いや、最初から期待さえされていないような、あの視線が、司令官と重なった。

 さぁ、と血の気が引いていくのがわかる。

 嫌だった。怖かった。

 司令官が落胆する顔を見たくなかった。

 ――司令官に、嫌われたくなかった。

 

「ぜぇ……はぁ……ッ! ……先に、進むわ。予定通りのルートで資源を回収してから帰投しましょう」

「えっ……! そ、そんなの無理なの! 危ないのね!」

「今までだってそうやってきたじゃないっ!」

「駄目駄目、絶対駄目でち! こんなのイムヤらしく無いでち! どうして――」

「司令官に嫌われたくないのッ!」

 

 私が叫ぶと、イクとゴーヤは目を丸くして黙ってしまった。

 私はもう怒りと悲しみと悔しさと申し訳なさと、色んな感情が混ざり合って訳がわからなくなってしまった。

 ぽろぽろと涙を零しながら、イク達に思いを訴える。

 

「せっかく私に……こんな私に! 期待してるって言ってくれて! 潜水艦隊のリーダーとして頑張れって言ってくれて! だのに、だのに、油断して、こんな無様な結果じゃ……! 私、馬鹿みたいじゃない……っ!」

「イ、イムヤ……きっと、提督はそんなの気にしないの」

「そ、そうでち。ゴーヤは前の提督とは違うと思うでち」

「……せめて、補給と入渠分の弾薬、鋼材くらいは回収しないと、司令官に合わせる顔がないわよ……私は一人でも、行くから」

 

 無謀なのはわかっている。

 それでも私は本気だった。

 潜水艦で最弱の私が、大破した状態で、単艦で進むなんて自殺行為だ。

 だけどそれよりも、あの優しい司令官に嫌われる方が何倍も怖い――私は本気でそう思っていたし、イク達も私のその気持ちが理解できたようだった。

 

「そ、そんなの放っておけるわけないのね……イクも付き合うの」

「ゴーヤも一緒に行くでち……」

「……ごめん、私のワガママに付き合わせて……」

「お互い様なのね! 前提督の時は、被弾したイクをイムヤが何度も庇ってくれたから、何とか生還できたと思うの」

「ゴーヤもでち! あんな酷い毎日を生き抜けたのは、戦場でのイムヤの指示が正しかったからでち。今回もきっと……きっと帰れるよ!」

「ごめん……ありがとう……!」

 

 小破しているにも関わらず私を励ましてくれた二人に、私は泣きながら頭を下げた。

 

「お礼なんていいの。さ、早く終わらせて帰投するのね! いひひっ、帰ったらイムヤ、提督にぎゅっとしてもらって、撫で撫でしてもらうといいの!」

「な、何よそれ」

「昨日、イクの事だけじゃなくて、皆が撫でられてるの見ながら羨ましそうにしてたのも、知ってるのね~」

「べ、別に私は……そ、それに、今回は褒められるには程遠いし……」

「じゃあ次こそはちゃんと成功して、褒めてもらうといいでち! 」

 

 私を和ませる為にだろう。

 いつもの調子でからかってくるイクとゴーヤに、私もようやく小さく笑う事が出来た。

 

「……そうね、うん……この出撃から帰って、次こそはちゃんと役目を果たして、司令官に嫌われてなかったら……その時は、お願いしようかな」

「おぉっ? イムヤが珍しく素直なの! これは必ず帰投しなくちゃいけないのね~」

「そうと決まれば早く行くでち!」

 

 イクとゴーヤは私を励ますように明るく振舞いながら、左右から私の身体を支えてくれた。

 

 大破しながらも資材回収に向かわされる事は今までだって何度もあった。

 命からがら、何度も帰ってこれた。

 だから私達はここにいる。

 あと一度くらいは、きっと大丈夫なはずだ。

 今回も、無事に帰れる。そう、今回も、きっと――。

 

 そう自分達に言い聞かせながら、私達は先へと進んだのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――満潮? 満潮っ」

「えっ、あ……な、何よ、朝潮」

 

 ふと気づけば、先頭を進む朝潮が私を振り返り、心配そうな表情を浮かべていた。

 私のすぐ目の前を進む大潮に加えて、私の後ろの荒潮も、おそらく私に目を向けている事だろう。

 しまった、と思った。

 

「大丈夫? やっぱり、少し無理をしているんじゃないかしら」

「べ、別に、そんな事は無いわ。少し考え事をしてただけよ」

 

 嘘だった。

 何かあったらすぐに考え込んで、塞ぎこんでしまうのは私の悪い癖だと自覚できているが、今回ばかりはそれでは無い。

 おそらく、何も考えてなどいなかった。

 単に、不意に襲ってきた眠気と疲労感で、ぼーっとしていただけなのだろう。

 戦場においては有ってはならない事だ。私はぶんぶんと首を振り、ぱんと頬を叩いた。

 そんな私の姿を、朝潮と大潮は怪訝そうな目で見つめていたが、また前方に目を向けた。

 

 私は今度こそ、本当に考え込んだ。

 

 私は今朝もひとつ嘘をついた。

 昨夜の夜戦演習の疲労は、まだ残っている。

 あの大きな戦いで、自分だけ第八駆逐隊から外された悔しさから塞ぎ込んでいた私を、川内さんは優しく励ましてくれた。

 もっと、もっと強くならなければならない。そう思って、川内さんの夜戦演習に参加した。

 駆逐艦の誰もが恐れる川内さん達の演習は、事実、やはりとてつもなく厳しいものだった。

 私もそれなりに高い練度であるからか、夕雲達ほど疲労はしなかったが……それでも、万全には程遠いコンディションだ。

 自分でもそれは理解できていたが、今回の編成にまた霞が選ばれていたのを聞いて、反射的に声を上げてしまった。

 

 私の練度は確かに霞より低いが、それでもこの鎮守府近海で後れを取るほど低くも無い。

 また置いてけぼりにされたくない。

 そんな思いから声を上げ、同時に「しまった」とも思ったが――その後、大淀さんに、川内さん自ら私を推してくれたのだ。

 大淀さんにも思うところがあったようで、私と川内さんの意見を取り入れてくれたが、やはり私の疲労を懸念しているようであった。

 そこが引き返す最後のチャンスだったのだろう。

 

 だが私は、もはや引き返す事などできなかった。

 もう二度と八駆の皆に置いていかれたくない、私を推してくれた川内さんの言葉を無下にしたくない。

 そんな思いから、ほとんど反射的に、大丈夫だと答えてしまったのだ。

 

 万全では無いものの、この鎮守府近海における警備であるならば、深海棲艦に後れを取る事は無い。

 そう自分を納得させた。

 

「――左舷、敵艦発見! 四隻編成、駆逐イ級、ロ級のはぐれ艦隊のようね」

 

 朝潮がいつもの堅苦しい真面目な声でそう言った。

 示された方角へと目を向けると、あちらも私達に気付いたようで、勢いよく迫って来る。

 ふぅー、と大きく息を吐いて、呼吸を整えた。

 艤装を構え、タイミングを見計らい、そして朝潮が檄を発した。

 

「――よし、突撃する! 一発必中! 肉薄するわ!」

「それっ、どーん!」

「撃つわッ!」

「仕方ないわねぇ~」

 

 敵艦はこちらと同数、一人一隻、確実に沈めれば良い。

 いつもよりも少し重く感じる艤装を構えつつ、敵の砲撃をすり抜ける。

 距離を詰め、敵の砲撃後の隙を狙い、構え、放つ。

 

「ウザいのよッ!」

 

 私の砲撃が横腹に直撃し、駆逐イ級は蝉のような断末魔と共に沈んでいった。

 よし、よし……いつも通りだ。

 身体が少し重く感じられるけれど、この程度の相手ならばやはり問題は無い。

 川内さんの推薦も、無下にせずに済みそうだ。

 内心、安堵の気持ちと共に、私は再度大きく息を吐いた。

 

「ふんっ! 手ごたえの無い子っ!」

「あらあらぁ、満潮ちゃん、気合入ってるわねぇ」

「べ、別に……私はいつもと変わらないわよ」

「ふぅん、そぉ? うふふっ、とにかく、今日は満潮ちゃんと一緒に戦えて、荒潮、嬉しいわぁ」

 

 荒潮はいつものように不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。

 私はその言葉に嬉しくなったが、表情には出さないように胸の奥でその感情を噛み殺す。

 

「ふん……私だって、もう置いていかれるのは二度と御免なんだから……」

「大潮も気分がアゲアゲです!」

「そうね。やっぱり第八駆逐隊、この四人が落ち着くわ」

 

 大潮と朝潮の言葉に、私はもう嬉しさが堪え切れずに小さく笑みが零れてしまった。

 皆もそう思ってくれているのなら、私がもっと頑張らなければならない。

 昨夜、川内さんが諭してくれた言葉が、頭の中で反芻された。

 

『だから、私達は強くならなきゃならないんだ。大切な仲間と共に強くならなきゃ、その内、隣に立つ事も出来なくなる……。大切な仲間が危険に晒されている時に、何も出来ないって事にもなるんだ』

『満潮は今回、悔しかったね。もうちょっとだったよね。だからこそ、頑張らなきゃ。いつか、朝潮達や時雨……大切な仲間に危機が迫っている時に、自分の手で助けに行けるように』

 

 そうだ。強く……もっと強くならなくてはならない。

 すでに少しだけ置いていかれているこの現状を、何とかして変えなきゃならない。

 その内、隣に立つ事も出来なくなる前に。

 いつか、大切な皆に危機が迫った時に、助けに行けるように――。

 

 瞬間――無線にノイズが響き、雑音と共に悲鳴にも似た声が耳に届いた。

 

『――ザザッ……誰かぁーーっ! 助けてなのーーっ!』

 

 朝潮が瞬時に耳に手を当て、応答する。

 この声は――。

 

「第八駆逐隊、朝潮ですっ! 潜水艦隊ですね⁉」

『……ザザッ――鎮守府南東方向、弾薬のパワースポット付近で敵に襲われてるのーーっ!』

『ザッ……――イムヤがぁっ、イムヤが大破してるんでちーーっ!』

『このままじゃ轟沈しちゃうのーーッ!』

『ザッ……ザザザッ――ガガガガガッ……ザァーー――……』

 

 悲鳴の合間にも爆音が轟き、やがて雑音と爆音で声はかき消されてしまった。

 私達は顔を見合わせ、四方を見渡した。

 それらしき敵影や戦闘の気配は見当たらない。

 荒潮の顔から笑みが消える。

 

「あらあらぁ……鎮守府南東方向……私達と同じ方向のはずよねぇ」

「鎮守府から南東にある弾薬のパワースポット……大潮、位置がわかりません!」

「私もです……くっ、時間が無いのに……このままでは……!」

「わっ、私、わかるかも!」

 

 私はポケットの中から一枚の紙を取り出し、広げた。

 人に見せるのは少し恥ずかしかったが、私がお守り代わりにいつも持っている手作りの海図だ。

 役に立つ事があるかもしれないと思い、鎮守府近海のパワースポットの位置も原本から模写してメモしてある。

 朝潮達は海図を覗き込んで、現在の私達の位置を推測する。

 

「えぇと、目的地のC島の方角と私達の航行速度からすると、おそらく現在地はこの付近……?」

「そうねぇ。そうなると、潜水艦隊が交戦しているのは……ここから南南西ねぇ」

「よし! 時間がありません! 第八駆逐隊、南南西へ進路を変更! 全速力で潜水艦隊の救援に向かいます!」

「了解! 行っきまっすよぉ~!」

 

 私達は全力で海上を駆けた。

 幸いにも、周囲に敵影は見られない。

 早く、一刻も早く見つけなければ――。

 

「満潮ちゃん?」

 

 わかってる、わかってる!

 縦一列に隊列を組み、私の後ろを進んでいた荒潮が私に追いついたのだ。

 逆に、前を行く朝潮と大潮はぐんぐんと離れていく。

 重い、脚が重い、身体が重い!

 全力で脚部艤装をフル稼働しているのに、思うように進まない!

 

「だいっ、じょうぶ……大丈夫だから! 私に構わず先に行って! すぐに追いつくからっ!」

 

 荒潮は一瞬、私を気遣うような眼をしたが――やがて優先順位をつけたのだろう。

 前方へと目をやり、朝潮達の背を追って先に進んだ。

 全力で航行するにつれて、先ほどまでの身体が羽のように感じられるほど、全身が重くなっていった。

 早く、早く……進めっ、進めっ! 私の脚っ!

 やがて、水平線の向こうから爆音が聞こえ、黒い影が視認できた。

 ――間違いない、あそこだ!

 

「あらぁ、随分と数が多いわねぇ」

「二、四……うわぁっ、十隻以上いますよぉ⁉」

「大潮、落ち着いて。数は多いけれど艦種は駆逐艦と軽巡のみ。運悪く、水雷戦隊二隊……いや、三隊同時に発見されたようね。でも、潜水艦隊には天敵だけれど、私達の練度なら問題ないわ」

 

 速度を落とさず、朝潮達はそのまま敵の背後へと突っ込んだ。

 私も少し遅れて、同じように突撃する。

 構えた主砲が、先ほどまでと比べて格段に重い。

 思わず腕が下がってしまいそうになったが、歯を食いしばり、もう片方の腕でなんとか支えた。

 

「この海域から出ていけ!」

「てぇーーっ!」

「こんなに大勢で囲んでくれて……あらあら、素敵な事するのねぇ」

「はぁっ、はぁっ……撃つわッ!」

 

 潜水艦隊を執拗に攻撃していた深海棲艦達は、着弾の寸前になってようやく私達に気付いたようだった。

 着弾と共に爆炎が昇り、四隻の敵艦が軋みながら海中へと崩れ落ちていく。

 まだまだ、十隻以上数は残っている。

 深海棲艦の数隻が無秩序な砲撃と共に私達へと向かってきたが、残りは私達に見向きもせずに潜水艦隊を追い続けている。

 深海の駆逐艦と軽巡は、まず潜水艦を優先して攻撃する習性がある。

 重巡や戦艦、空母では手が出せないからこそ、それが自分の役目であるのだと、知性も無いのに本能的にわかっているのかもしれない。

 

「くっ、時間稼ぎか……! 大潮、満潮、荒潮! 焦らず手早く掃討します! 一発必中っ!」

「潜水艦隊の皆ーっ! 大潮がついてるからね! 頑張ってーっ!」

 

 時間が無い。

 イムヤ達が被弾するのが先か、私達が殲滅するのが先か。

 そうだ、さっきの戦いとやる事は同じ。

 敵は数こそ多いが全て格下。

 敵の砲撃を避けて、接近し、狙いを定めて、引き金を引く――ただそれだけだ。

 少々の身体の重さが何だ!

 いつも通り、演習通り、さっきと同じようにこなせばいい!

 

 向かってくる駆逐艦は四隻、一対一で撃沈すればいい。

 敵艦が砲撃を放ち――私達はその軌道を見極め、水面を蹴り、回避して――。

 

 ――え。

 判断に身体が追い付かない。

 海面を蹴ったはずなのに、何故身体が動かない?

 目の前に、敵の放った砲弾が――。

 

「きゃあぁっ⁉」

「満潮っ⁉」

 

 防御する腕すらも重くて上がらず、私は正面からまともに被弾してしまった。

 ダメージは大した事無い。何しろ相手にしているのは圧倒的に格下だ。

 私の方が断然練度が高いが、防御も出来なかったせいで中破してしまった。

 朝潮達は想定通りに迎撃に成功し、勢いを止めぬままに前方へ進んでいた。

 予想外だったのだろう、私を振り返る朝潮達に、私は爆煙に咳き込みながら叫んだ。

 

「ゴホッ、ケホッ……私は大丈夫よっ! それより潜水艦隊をっ!」

 

 その言葉に、朝潮達もどちらを優先すべきかを瞬時に思い出したのだろう。

 潜水艦隊を追い回している残りの敵艦を追い始めた。

 喉の奥が痛い。呼吸するたびに肩が大きく上下する。

 腕も、脚も、瞼も、全てが重い。

 

「……ゴホッ、ゼェ、ハァ……面白い事してくれたじゃない……倍返しよ!」

 

 歯を食いしばって主砲を構え、私は距離を詰める。

 砲撃も避けられない、こちらの砲撃も狙いが定まらないのなら、密着して零距離で放つ!

 もう一度正面から食らったとしても、最初から艤装で防御すれば耐えられる!

 

 全力で一直線に距離を詰める私に対して、敵艦は再び砲撃を――しなかった。

 

「――え」

 

 敵艦は私に背を向けて、再び敵艦隊の方へと向かったのだった。

 その先には、当然――背を向けている、朝潮達。

 

「――まっ、待ちなさいっ! 待てぇーーっ!」

 

 私は主砲を構えて、砲撃した。

 普段ならば当然のように当てられる射程距離。

 だが、艤装の重みと砲撃の反動に身体が耐えられず、踏ん張りが効かず、私の放った砲撃はあらぬ方へと着弾した。

 私は駆けた。全力で、全速力で追いかけた。

 だが、ぐんぐんと距離は離れていく、そして――。

 

「うわぁぁっ⁉」

「大潮っ⁉」

 

 私が逃がした敵艦の砲撃が、大潮の背部へと命中した。

 格下とは言え想定していない方向からの一撃に、大潮は体勢を崩してしまう。

 

「うぅっ、大潮、まだ、大丈夫だから!」

 

 大潮はすぐさま体勢を立て直し、踵を返して構え、砲撃を放った。

 私とは違い、不意を突かれたにも関わらず姿勢もブレず、正面から放たれた一撃に、敵駆逐艦は崩れ落ちた。

 だが、今後は踵を返した大潮の背後に、敵の軽巡が襲い掛かる。

 それを迎撃する為に朝潮がその正面に立ち上がった瞬間――敵艦隊の軽巡一隻がその隙をついて、朝潮側の脇を抜けて私の方へと向かってきた。

 

 ――え?

 私?

 万全では無いと感づいて、私を優先して狙いに――。

 

 声を出す間も無かった。

 朝潮、大潮、荒潮が私の方を向き、その隙を狙って背後の敵艦隊から砲撃が放たれた。

 被弾した三人は体勢を崩し、それでも瞬時に目配せをして判断を下し、朝潮と大潮は背後の敵を、荒潮は私に迫り来る軽巡を追った。

 格下とはいえ軽巡洋艦――艦種の差は残酷にも、時にいとも容易く練度の差を覆す。

 こんな状態でまともに攻撃を喰らってしまっては――。

 

 被弾。大破。轟沈。恐怖――。

 数瞬で体中を寒気が走った。

 

 嫌だ……嫌だ!

 皆と……また皆と離れ離れになりたくない!

 私も迎撃する為に――動かない、石のように、鉄屑のように、腕も脚も動かない。

 駄目だ、間に合わない。せめて、せめて防御を――。

 

「ひっ……あぁぁーーッ‼」

 

 身を護る為に必死で腕を持ち上げて盾を作り、私が反射的に目を瞑るよりも早く――敵軽巡は私の存在など見えていないかのように、私の横を通り過ぎていった。

 まるで私を嘲笑うかのように、跳ね上げられた水飛沫が私の顔を叩く。

 

 ――私は、馬鹿か。

 

 何故、敵の方から接近してくれた好機に撃たなかった⁉

 何故、至近距離からちゃんと当てれば沈められたはずなのに、自分の身を守った⁉

 

 深海の駆逐艦と軽巡は、まず潜水艦を優先して攻撃する習性がある。

 だというのに、わざわざ朝潮達を避けてまで私を狙いに来るだろうか。

 私を狙って来たのではなく、最初から標的は変わらず、それを追ってきたのではないか。

 

 今も必死に逃げている彼女達を。

 守りを固める事すらできない、駆逐艦の私なんかよりも装甲の薄い彼女達を。

 私よりも万全では無いのは、私が守らなければならなかったのは、助けを求めていたのは――。

 

 第八駆逐隊の皆に置いていかれたくない。

 万全では無いものの、この鎮守府近海における警備であるならば、深海棲艦に後れを取る事は無い。

 沈みたくない。

 皆と離れ離れになりたくない――。

 何故、私は最後まで自分の事しか考えられなかった⁉ 

 

 荒潮の砲撃音が轟いた。

 それが着弾するよりも早く、敵軽巡は周囲に爆雷を放つ。

 待って、待って。

 声にならない声を上げて、私は鉛の身体を翻し、手を伸ばした。

 届かない。届くはずもない。

 止められるわけもない。

 嘘、お願い、ちょっと、ねぇ。

 待って、待って、違うの。

 あの時、嘘をついたのは。

 そんなつもりじゃなかったの。

 私はただ、皆と離れたくなくて。

 私がここに来たのは。

 私が守りたかったのは。

 それだけは、嘘じゃないの。

 どぽん、どぽんと音を立てて、無慈悲にもそれは海中に消えて、そして――。

 

 ――私は、馬鹿だ。

 

 この瞬間になってようやく理解した。

 私は何を悠長に考えていたのだ。

 

 何が、その内、隣に立つ事も出来なくなる前に、だ。

 何が、いつか、大切な者に危機が迫った時に助けに行けるように、だ。

 

 皆の隣に並び立てない『その内』は。

 大切な者に危機が迫る『いつか』は――。

 

 

 ――『今』だ。

 

 

 荒潮の砲撃が背部に着弾し、敵軽巡は爆煙を上げて海中に崩れ落ち。

 数瞬の後に、海中からひときわ大きな爆音と衝撃が響いた。

 

「いやぁぁあーーっ‼ イムヤァーーーーッ‼」

 




お待たせいたしました。
当初は元帥視点の予定でしたが、構成のバランスを再考した結果、艦娘視点の前半を先に投稿する事にしました。
次回はおそらく第三章ラストの艦娘視点の予定です。
またしばらくお待たせしてしまいますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。







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