ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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※三か月ぶりの更新なので十秒でわかる前回までのあらすじ

【艦娘視点】
 ――私達には、もはや、もはや――貴方の声しか届かない。

【元帥視点】
 ――彼女達には、もはや、もはや――彼の声しか届かない。

【提督視点】
 駄目だ、俺の声が届いてくれるビジョンが浮かばねェ……‼ 凹む。


第四章『迷子の駆逐艦編(前)』
044.『仮説』


「失礼します。森盛さんは……」

「あっ、山田秘書官! お疲れ様です!」

 

 休憩室に入室した私の姿を見るや否や、椅子に腰かけながら何やら書類に目を通していた青年はメリハリのある動きで立ち上がり、私に深く頭を下げた。

 デスクワーカーに似つかわしくないほど鍛え上げられた筋肉。

 しっかりアイロンもかけられている清潔感のある白い半袖シャツは、サイズが合っていないのかピチピチだ。

 そんな体格とは裏腹に、どこか幼さの残る顔立ちと、スポーツマンらしく爽やかに短く切り揃えられた髪。

 老若男女誰からも好かれ、可愛がられる雰囲気と、裏表の無い誠実さを持つと評判の好青年。

 

 五人目の若き提督候補――森盛(もりもり)松千代(まつちよ)さんだ。

 

 森盛さんを手で促して椅子に座らせ、私もテーブルを挟んで向かい側の椅子に腰かけた。

 

「横須賀鎮守府へ視察に向かわれていた佐藤元帥は、もう少しでこちらに到着するとの事でした。戻り次第、すぐに会議が開かれると思います」

「はい。先ほど鈴木元帥とも少し話しましたが……主眼となるのは僕が横須賀鎮守府に着任するか、新たに呉鎮守府を設置するかという事ですよね」

「えっ、す、鈴木元帥とお話しされたんですか⁉」

 

 私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 鈴木元帥は――艦娘兵器派と呼ばれている派閥のトップであり、佐藤元帥としばしば意見を対立されている御方だ。

 

 佐藤元帥が視察に向かっているのを好機だと判断したのだろうか。

 大方、艦娘兵器派に引き込もうと画策したのであろうが……私は少し警戒しながら、森盛さんに言葉を続けたのだった。

 

「す、すみません大きな声を」

「いえ、まぁ、佐藤元帥と同様にお忙しい方なのでほんの数分でしたが」

「その……艦娘兵器派への、スカウトとかでしょうか」

「あー、近いと言えば近いのですが……言うなれば、提督としての心構えの忠告、でしょうか」

 

 森盛さんは少し悩んでいるように顎に手を当てて、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「端的に言うならば、艦娘は兵器なのだから、時には人を護る為に犠牲になる事がある。彼女達自身にもその覚悟はある……だから、必要以上に慣れ合うな、あまり情を注ぐな、という事をお話しされました」

「艦娘兵器派の主張そのものですね」

「はい。ただ、初めてお話ししましたが……鈴木元帥は、僕が今まで抱いていた印象とは少し違いましたね。僕は今まで、艦娘兵器派のトップなのだから、もっと横暴な、艦娘を軽視するものだと思っていました」

 

 森盛さんの言葉に、私は小首を傾げながら訊ねた。

 

「違うのですか?」

「えぇ。艦娘達を軽視するというよりは、むしろ、諦め、いや、覚悟……でしょうか。鈴木元帥も、佐藤元帥と同じく、提督の資質を持たないにも関わらず、深海棲艦との戦いを率いてきた人です。お二人とも、その戦いの中で、大切にしていた艦娘を失った経験があると聞いています。その経験から鈴木元帥は、艦娘は兵器であるという思想を抱いたのではないでしょうか。娘のように可愛がれば可愛がるほど、危険な戦場に送り出す事が辛くなる……だから、その一線を引くために」

「……し、しかし、他の艦娘兵器派の動きを見ていると、とてもそうとは」

「艦娘兵器派も一枚岩では無いという事でしょうかね。野蛮で過激な人ほど声が大きい。鈴木元帥も多忙な方ですから、徐々に極端な言動、行動が目立つようになってきた艦娘兵器派を御せなくなってきたのではないでしょうか。少なくとも、あの横須賀の前提督と同じようには見えない……僕は鈴木元帥にはそのような印象を受けました」

 

 ――嘘を言っているようにも、惑わされているようにも見えない。

 そう考えてみれば、私自身も鈴木元帥とそのような話はした事がなかったし、艦娘兵器派という派閥の印象に踊らされていたのかもしれない。

 艦娘兵器派の本質とは、かつての軍艦の魂を持つ艦娘はやはり兵器であると認めた上で、情に流されぬよう運用する、という事だろうか。

 情を注ぎこめば注ぎ込むほどに、それを失った時に辛い思いをするから。

 戦いの中でやむを得ない犠牲が出る事は、どうしようも無いから。

 

 それは決して、艦娘に対して横暴な扱いをするという事には繋がらない。

 つまり、横須賀の前提督のような非道な扱いは、本来鈴木元帥が望んでいたものでは無いのだろうか。

 大和を轟沈させてしまってなお「儂は悪くない!」の一点張りだった横須賀の前提督――葛野(くずの)提督は人としてどうなのだろうと思うが、あれは艦娘に情を注がない事で轟沈しても心を痛めない究極系かも知れない……。

 勿論、私としては決して認められたものではないが。

 

 しかし、たった数分の会話で、事前の悪評に惑わされる事なく鈴木元帥の本質を評価できるとは――やはり森盛さんは聡明な人のようだ。

 文武両道、鍛え抜かれた身体と明晰な頭脳を持つという評判に偽りはないのだろう。

 おまけに顔も性格も良く、人間も出来ている。まさに完璧超人だ。

 女性職員からの評判も良いが、彼女がいるというような浮いた話を聞かないのが不思議なくらいだ。

 私が心の中でそんな事を考えていると、森盛さんはこう言葉を続けた。

 

「僕も少し気になって、鈴木元帥の主張する艦隊運用についての資料に目を通してみたのですが……やはり艦娘達を人間として見るのならば過酷なものでした。しかしそれは深海棲艦に対して艦娘の数があまりにも少ない事によるやむを得ない対策であり、艦娘にもそれを納得してもらった上で運用する事が提案されていました。それにも関わらず、派閥内の過激派とでも呼ぶ方々はその表面だけを見て、艦娘を厳しく管理するべきだという声ばかりが大きくなってしまっているみたいですね」

「そうだったんですね……艦娘兵器派の思想とは、艦娘を人として扱わない事、故に鈴木元帥もそういう方なのだと思っていました」

「艦娘を失う覚悟と諦念から、彼女達は人ではなく兵器なのだと考えた鈴木元帥の下に、その覚悟や諦念とは無縁の性質を持つ人達が集まってしまったのは皮肉かもしれませんね」

「……森盛さんも、その覚悟は出来たのですか?」

「うーん……正直、まだ……もどかしい事ですが、結局、深海棲艦との戦場に僕たちは関与できません。誰も沈まない作戦を立てるなんて不可能でしょう……戦場では何があるかわからないのですから」

 

 どんなに身体を鍛えても、勉強しても、結局は彼女達に任せるしかない。

 僕達は海の上に立つ事はできない。

 無事に帰る事を祈るしかできない。

 それが悔しいと、森盛さんは唇を噛んだ。

 

「舞鶴の露里(つゆさと)提督は、艦娘達が帰投すると必ずお帰りのハグをしに駆けつけるようですね」

「え、えぇ。駆逐艦限定かつ全力で逃げられてるようですが……」

「そうなると、やはりそれだけ可愛がっている子が不慮の事故で轟沈した時に、露里提督のメンタルが心配ですよね。佐世保、大湊の提督も情に厚い方だと聞いています」

 

 森盛さんはそう言って、言葉を続けた。

 

「しかし、だからこそ彼らの艦隊は強いのでしょうし、生きている彼女達に愛着を持つなという方が不可能だと思います。僕にはそんな事できやしない」

「……えぇ。私もそう思います」

「鈴木元帥のように割り切る事も、すぐにできそうにはありません。しばらくは……悩みながらの付き合いになるでしょうね」

 

 複雑な表情の森盛さんを見て、私は提督という立場が孕んでいる、ある種の残酷さを感じた。

 艦娘達は、提督の指揮下になければその力を発揮できない。

 信頼関係により、その性能は更に底上げされる。

 故に、提督達は艦娘達の信頼を得るという事が第一の使命であり、その為に基礎的な艦隊運用や鎮守府運営についての知識を身に着けてから着任する事となるのだ。

 何故ならば、そんな基本的な事も知らない上官に信頼など出来るはずも無い――という事は、至極当然の事だからである。

 

 そして、それはただのスタートラインに過ぎないと私は思うのだ。

 結局は、信頼というのは人間関係の中で築かれる。

 彼女達を物や兵器として扱っていては、それは決して成し得ないものなのだろうと、私は思っている。

 大切な艦娘を失った経験から、艦娘は兵器なのだと考える事にした鈴木元帥の気持ちもわからないではないが……傷つく事を恐れていては、彼女達の性能も引き出せないと思う。

 

 舞鶴鎮守府の駆逐艦隊や水雷戦隊の勝率は、はっきり言って異常だ。

 露里提督が着任してから、目に見えて向上しており、それ故に彼は「駆逐艦運用のエキスパート」と呼ばれているのだが――。

 彼だって、提督の資質が判明し、艦隊司令部で教育を受けるまでは、艦隊運用に関しては全くの素人であった。

 つまり、「駆逐艦運用のエキスパート」が率いたから舞鶴の駆逐艦隊は強いのではない。

 彼が駆逐艦隊と信頼を育み、運用した結果、そう呼ばれるようになっただけの事なのだ。

 

 森盛さんが懸念したように、駆逐艦の誰か一人でも失ってしまったら――露里提督はどうなってしまうのか。

 考えれば怖い事だが、それはどの提督にも言える事だ。

 信頼を育めば育むほどに、艦娘達に情を注ぎ込むほどに、喪失した時の絶望も比例して巨大になる。

 それだけの信頼が無ければ、鬼、姫級の深海棲艦には太刀打ちできない。

 

 舞鶴、佐世保、大湊の若き提督達がそれに気付いているのかは定かではないが、少なくとも森盛さんは十分に理解できているようだ。

 苦悩しているような表情を浮かべており、休憩室を包む空気も重くなってしまう。

 私は何とか空気を変えようと、森盛さんが机の上に広げていた書類に目を向けたのだった。

 

「あれっ、英語ですね。何かの資料ですか?」

「あ、あぁ……これは、英国の友人が面白い話を教えてくれて。ちょっとそれ関係で。妖精に関する考察なのですが、日本語に訳すなら、そうですね……『妖精さんグレムリン説』といったところでしょうか」

「『グレムリン』?」

 

 提督の資質を持たない私には妖精さんの姿は見えないが、ぬいぐるみのような、こけしのような、コロポックルのような、可愛らしい女の子の容姿をしているという事は知っている。

 一方で、森盛さんの口から出た言葉が示すものは、私の脳内にあるそれとはとてもかけ離れた姿をしており、私は首を傾げてしまったのだった。

 

「グレムリンって、私もあまり詳しくは無いんですが……小悪魔か何かですよね。毛むくじゃらな感じの……」

「日本のサブカルチャーにおける扱いはそんな感じですよね。ゲームにおいても敵キャラクターとして出てくる、悪魔のようなイメージでしょうか。しかし、そもそもグレムリンとは何なのか、御存知ですか?」

「い、いえ。何かの映画で見た事があるくらいで」

 

 森盛さんは机の上の書類を私の前に広げてから、言葉を続けた。

 

「グレムリンとは、二十世紀初頭、先の大戦において英国の空軍パイロットの間で噂となったのが起源であると言われています。戦闘機の燃料タンクに穴をあけたり、電波を妨害したり、機械を狂わせたりと戦闘機乗りを悩ませた、『最も新しい妖精』と言われているんです」

「へぇぇ……思ったよりも歴史の浅い……先の大戦で生まれた妖精なんですね」

「そう伝えられています。総じて機械に悪戯をする妖精とされており、先の大戦において、技術者たちの間では、『原因不明の機械の誤作動』をグレムリン効果と呼んでいたそうですよ」

「……自分達の点検不足をグレムリンに押し付けただけじゃないですか?」

 

 私の言葉に、森盛さんは軽快に笑ったのだった。

 重苦しい空気は払拭できたようで、私も内心、息をつく。

 

「ハハハ、正解だと思います。この国でもちょっと前に『妖怪のせい~』なんてフレーズが流行ってましたが、それと同様に『グレムリンのせい』と言われていたそうですね。それにも関わらず、いつしかグレムリンにはこんな伝承が出来上がっていました。『グレムリンとは、かつては人間に知恵を与え、人間を導き、益をもたらす能力を持っていた。しかし、人間達はグレムリンへの感謝を忘れ、ないがしろにした為、いつしか人間を嫌い、悪さをするようになった』と」

「な、なんだかそれっぽい伝承ですね。歴史は浅いのに……不思議です」

「伝承というより、都市伝説に近いかもしれませんね。ちなみに、今もなお北米では航空機部品の納入の際には飴玉を一つ同梱する習慣があるそうです。これは、グレムリンはチューイングガムや飴玉などの甘い物が好物であり、この飴玉で悪戯を止めてくれ、というお供え物であると考えられているそうですよ」

「へぇ、何だか面白いですね」

 

 私自身、実はこういった考察は大好物であるので、森盛さんの話は興味深い。

『艦娘』を艦とした場合、乗組員や整備員などの性質を持つものが妖精さんであると考えられているが、つまり先の大戦で誕生した妖精であるグレムリンが、その性質に近いのではないかという説だろうか。

 一理あるようにも聞こえるが、妖精さん達が悪戯好きなのかというと、疑問が残る。

 提督の資質を持つ者達の話では、彼女達はとても事務的で、無駄口も叩かずに提督や艦娘達の為によく働いているという。

 そんなお茶目な妖精さんがいるという話は聞いた事が無い。

 

「つまり、そういった経緯から、妖精さんの正体はグレムリンだという事ですか」

「まぁ、端的に言えばそうなりますね。しかし、話はこれで終わりではありません。この仮説は、むしろ警鐘を鳴らしているんです」

「警鐘……ですか?」

「はい。それは――」

 

「おぉっ、ここだったか。ごめんよ、少し遅れてしまった。薬局でどの胃薬を買うか悩んでしまって」

 

 森盛さんが言葉を続けようとしたところで、休憩室の扉が開いた。

 私と森盛さんは瞬時に立ち上がり、声の主――佐藤元帥へと向き直って敬礼をしたのだった。

 

「お帰りなさいませ、佐藤元帥。視察はいかがでしたか」

「うん……収穫はあったよ。かなりね……。今の横須賀鎮守府の提督は、もはや神堂くんでなければならない。そういう事になった……。やはり呉鎮守府を設置し、森盛くんにはそこへ着任してもらう方向にしたい」

「僕は構いませんが……鈴木元帥達が、いえ、それ以外の方々も何と言うでしょうか」

 

 森盛さんの言葉に、私も続く。

 

「はい。神堂く……神堂提督は佐藤元帥の強い希望で、教育を施す事なく横須賀鎮守府へ着任させましたが、それは新たな提督候補が現れるまでの一時しのぎのはずです」

「うん、私もそのつもりだったのだが……状況が大きく変わった。何と言えばいいのか……素人の若者を着任させてしまったせいで、彼女達に逆に火が付いたというか……詳しくは後の会議で説明するつもりだが、もう彼女達は、艦隊司令部の手には負えないよ。我々に逆らってでも、彼と共に戦うとはっきりと宣言したのだからね」

「えぇっ⁉ 彼って、あの神堂くんですよね? 何でそんな……」

「おや、彼の事を知っていたのかい?」

 

 思わず声を上げてしまった私に、佐藤元帥が興味深そうに尋ねてきた。

 何故か、しまったと思ってしまったが、別に隠すような事でも無いので、私は素直に答えたのだった。

 

「は、はい。佐藤元帥が視察に行かれて、改めて資料を見直していて気が付いたのですが……彼、神堂貞男くん、私が高校生の時に一年間だけ同じクラスメイトでした。特に仲良くはありませんでしたが」

「ほぉ! そうだったのか。世間は狭いね。素晴らしい青年だろう?」

「あ、その……正直に言いますと、私、今もあまり良い印象を持っていないんです。私の周囲の同級生達からも同様の評判で……」

「……何? どういう事だい」

 

 怪訝そうな佐藤元帥の問いに、私は少し言葉が詰まってしまった。

 逆に、私の方が佐藤元帥に、何故「素晴らしい青年」などという評価を付けたのか訊ねたいくらいだった。

 しかし、質問に質問で返すのは失礼なので、私は少し戸惑いながらも、正直に言葉を続ける。

 

「その……不良というわけでは無いのですが、学校もよくサボっていましたし、休み時間や授業中もよく居眠りをしてて……近所のデパートで女児ものの服飾品売り場をうろついてたという噂があって、俗に言うロリコンという疑惑も囁かれていて……友人もいないみたいでしたし……卒業後も、噂なんですが、小学校に殴りこんだとか、子供を誘拐しようとしたと騒ぎになって、取り押さえられてる姿を見たと言う友人もいまして……一番新しい噂だと、一年前くらいに勤めていた職場を辞める時に、腹いせにパソコンにウイルスを感染させて大損害を与えただとか……その、悪い意味で有名人というか、印象がですね……」

「えぇ……そんな人が提督なんですか? 露里提督が聞いたら殴り込みに行きそうですね……大丈夫なんですか」

 

 私の言葉に、森盛さんが若干引いたような感じでそう言った。

 そんな事を私に言われても困る。

 提督の資質は善人だろうと悪人だろうと関係なく宿る。

 横須賀の前提督がいい例だろう。

 故に、地元でも訳アリとして知られていた神堂くんが提督の資質に目覚めたとしてもおかしな事では無いが……。

 

 だが、心配そうな私達とは異なり、佐藤元帥は真剣な表情で息をついた。

 そして眉間に皺を寄せて言ったのだった。

 

「そういう事か……勘違いというのは実に恐ろしいな」

「えっ、どういう事でしょうか」

「私は彼の妹達から直接話を聞いたから知っているが……そもそも山田くん、そして君の周りの同級生達は、彼の家庭環境について詳しく知っているのかい?」

「い、いえ……詳しい事情は知りませんが、離婚か何かの諸事情で両親がいないとは噂で聞いていましたが、その」

「噂か……離婚なんて根も葉もない……千鶴くんが心配していた通りだな」

 

 佐藤元帥はそう呟くと、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「彼が学校を休みがちだったのは、亡くなった両親に代わって四人の妹達の父兄参観などの学校行事に参加する為だ。居眠りが多かったのは、幼い妹達の面倒を見ていた事もだが、それに加えて放課後、妹達と夕食を済ませてから、夜のシフトのアルバイトをこなしていた事……これは校則違反だったようだがね。そういう意味では、彼は不良と言っても間違いではない」

「妹さん達の……? えっ、ご、ご両親を亡くして……⁉」

「あぁ。彼は小学生の時に、病により母を亡くし、中学生の時には交通事故で父を亡くし……高校時代には祖母の家に引き取られていたようだが、その時には祖母も足が不自由だったらしく、日用品の買い物なども率先して彼が行っていたらしい。その時には長女の千鶴くんですらまだ小学生……四女の澄香くんは幼稚園児だ。女児ものの服飾品売り場というのも、歳の離れた妹達のものを買う為だろう……そのせいで妙な噂を流されるとは……彼の妹達からはそんな事は聞いていないから、彼は知らなかったのか、知っていたが妹達には知られないように伏せていたのか……何てことだ」

 

 佐藤元帥はまるで自分の事のように、悲愴な面持ちになった。

 私は少し罪悪感を感じてしまう。

 佐藤元帥が口にした事は、今回の彼の着任に際して、彼の妹達に聞きとり調査を行った結果によるものだろう。

 つまり、神堂くんの家庭環境に嘘偽りは無いという事。

 噂では、両親の離婚だとか、訳アリで親に捨てられただとか、そういう事を聞いていたが……もしもそれが彼の耳に入っていたのなら、流石に訂正くらいはするのではないだろうか。

 私はそんな思いを、つい口にしてしまった。

 

「そ、そんな事、初めて知りましたよ。だって、彼はそんな事は一言も……言ってくれればよかったのに」

「そうだね。もしも彼がそれを知っていて、あえて何も言わなかったのなら、それは彼の怠慢かもしれない。だが、あの若さで両親に甘える事もできず、幼い妹達を支えてきた彼が、何を考えながら青春の欠片も無い学生生活を過ごしていたのか、それは私にもわからない。間違った噂を訂正する事なんかよりも、もっと大切な事で頭がいっぱいだったのかもしれない……多分、彼はそこまで器用な男ではないんだ。それでも必死に、彼なりに……頑張って生きていたんだ」

 

「不器用な……人なんですね……」

 

 佐藤元帥の言葉に、森盛さんが呟いた。

 そう言われてしまうと、私にはもう何も言う事ができない。

 学生の頃は、家に帰ればお母さんが料理を作ってくれていたし、掃除も洗濯も全てやってくれていた。

 勉強に部活、休日は親からお小遣いを貰って、友人と遊び回って――そう、そんな当たり前の日常を過ごしていた。

 彼にはそんな、ごく当たり前のものが無かったのだろう。

 

 そう言えば、休日に友人達と街を遊び歩いている時に、彼を目撃した事があった。

 あの時も、私は友人達と一緒に、遠くから変質者を見るような目を向けて、キモいとかダサいとか何とか話のタネにしたような記憶がある。

 確か前面に大きく「さんま」とプリントされた紺色のTシャツを着ていて、どんなセンスだと笑ったような。

 もしかしてあれも他に着る服が無くて仕方なく……そ、そうなのだろうか……?

 ともかく、よくよく思い出してみれば、彼はそう、あの日、食料品を沢山買っていたのを覚えている。

 しばらく遠くから眺めて、秋刀魚は買わないんだなどと言って笑った記憶があるからだ。

 その後、私達は服を物色したり、ゲームセンターで遊んだり、カラオケに行ったり……なんだか思い出すだけで自分が嫌になってきた。

 たとえそれがごく普通の学生の在り方だったのだとしても……。

 

 私が内心落ち込んでいるのに構わず、佐藤元帥は言葉を続ける。

 

「小学校に殴りこんだというのも少し違うな。私が知っているのは、四女の澄香くんが虐められているという問題に毅然と立ち向かったという事だ。誠意のない教師の態度に、思わず胸倉を掴み上げてしまい、少々大事(おおごと)になってしまったらしいがね」

「妹さんの虐めに……」

「冤罪ではあるが、警察の厄介になりかけたという話も聞いている。長女の千鶴くんも呆れていたよ。親とはぐれて泣いている子供を見れば、必ず声をかけるのだと」

「迷子の子供を……で、でも、警察って、まさか……」

 

 なんとなく察した私に、佐藤元帥は小さく頷いた。

 

「うん。親を見つけ出して感謝されて終わればいいが……最近は世知辛い世の中だね。ある時、迷子と一緒になって親を探していたところを、相手の親の方から見つかった事があったそうだ。その時、相手の親が自分の不注意は棚に上げて、彼の事を誘拐犯だと騒ぎ立てた事があったらしい。幼い子供は親と再会できた安堵感で泣いてしまって彼の事を擁護してくれない。事実を述べても言い逃れだと断じられ、彼もその不器用さ、口下手故に上手く説明できず、逆に挙動不審に狼狽えてしまうばかり。そうしている内に人が集まり、ひどい時には逃げようとも暴れようともしていないのに、事情も知らない通りすがりの正義漢にいきなり羽交い締めにされ、地べたに押さえつけられ、警察に連行され、連絡を受けた千鶴くんが迎えに行くのは一度や二度では無いと」

「……えぇ……?」

「誤解が解けた交番からの帰りに、こんな目にばかり遭うのなら人助けなんて馬鹿らしい、迷子を見つけても声をかけるな、こんな事もうやめればいいと千鶴くんが強く言ったそばから、一人で泣いている子供を見つけて駆け寄っていった時には、千鶴くんも目眩を覚えたそうだ」

 

「優しい……人なんですね……」

 

 佐藤元帥の言葉に、森盛さんが呟いた。

 それに対して、佐藤元帥も小さく頷く。

 

「うん。そんな彼だからこそ、艦娘達に選ばれたのだろう。葛野(くずの)提督の事がトラウマになっていないかと心配していた駆逐艦の皆も、どうやらたった三日で彼にすっかり懐いてしまっているようだ。人見知りの潮くんや、磯風くんのような気難しい子までね」

「……子供に、好かれているんですね……」

 

 森盛さんがそう呟き、佐藤元帥は更に言葉を続ける。

 神堂くんが前の職場を辞めた理由は、彼の不器用さ故に逃げる事の出来なかった、異常な勤務体制による心身の衰弱によるものだと。

 

「彼が前に勤めていた職場での騒動だが……それもウイルスなんかじゃない。そんな事を言い出したのは誰なんだろうね。確かにパソコン内の重要なデータが消えただとか、上手く動かないだとか、機械の不調が相次いで、業績にも大損害を受け、彼の前職場は予定外の出費を余儀なくされたようだが……エレベーターが動かなくなったり、電話がつながらなくなったり、電灯がつかなくなったりという事も同時に起きていたそうだ。それも、彼が退職して完全に職場に顔を出さなくなってからの話だ。その頃の神堂くんはまだ心身が回復しておらず、家から一歩も出られない状況だった。彼は関係なく、おそらくは耐用年数か何かの問題だろう」

「そ、それは流石に冤罪にも程がありますね……」

「ただ、彼が勤めていた課の一部の職員に至っては、何故か個人のスマホ内のデータが綺麗さっぱり消えていたという現象が相次いだらしくてね……まぁ仲間内で妙なサイトに接続してウイルスに感染しただとか、何かの偶然だろうが、それで神堂くんがウイルスを感染させただなんて噂が流れたのかもね。とんでもない逆恨みだ」

 

 確かに神堂くんがウイルスを感染させたという説は私も有り得ないとは思っていたが、それ以外の事は私も完全に事実だと信じていた事だ。

 何だか自分の中で常識だと思っていた事がひっくり返されて、訳が分からない。

 天動説を否定され地動説を展開された当時の人々は、こんな気持ちだったのだろうか。

 私の中では犯罪者一歩手前の危ない人だった神堂くんだったが、まさかそれが全て勘違いだったとは……。

 愕然としている私に、佐藤元帥は少し呆れたように声をかけた。

 

「それにしても、一度資料に目を通した時に気付かなかったのかい?」

「あ、あの時はすぐに着任させねばならなかったので、急いでいたという事と……ほとんど関わりが無かったというのもありますが、見た目があまりにも違い過ぎたんですよ! 私が知ってる神堂くんは、もっとこう、髪も眉毛もボサボサで、清潔感が無いというか。見た目に全く気を遣ってなくて、軍服着てるとわかりませんけど私服のセンスも独特で……あんな爽やかな感じじゃなかったんですって!」

 

 気付かなかったのは本当だ。

 決して適当に仕事をしていたわけではないし、資料を流し読みしたわけでもない。

 何か聞き覚えのある名前だなとは思っていたが、そもそも彼とはもう七、八年近く会っていないし、たった一年間同じクラスだっただけだし、直接話した事もたった一回しか無い。

 ゆえに、そもそも彼の顔だってうろ覚えだったのだ。

 適当な仕事をしたのではないかと佐藤元帥に幻滅されないかと心配だったが、佐藤元帥は特に気にしていないようだった。

 懐の大きい人だ……少し天然なところもあるが、そういうところもまた魅力的なのである。

 

 佐藤元帥に必死に言い訳をしていた私に、森盛さんが興味深そうに訊ねてくる。

 

「へぇ、そんなに変わっているなんて……今はどんな感じなんですか?」

「あぁ、私がちょうど顔写真入りの調査資料を持っているよ。ほら」

 

 佐藤元帥は鞄の中からファイルを取り出して、ぱらぱらとページをめくる。

 そして彼の写真が貼られたページを開いて、森盛さんに手渡したのだった。

 鎮守府に着任するにあたり、撮影した写真である。

 髪も眉毛も爽やかに整えられ、きっちりと軍服を着こなして背筋を伸ばす神堂提督のその姿は、髪も眉毛もボサボサで「さんま」Tシャツを身に纏い、死んだ魚のような目で猫背気味に食料品売り場を歩いていた、私の記憶の中の神堂くんの姿とはまったく似ても似つかない。

 まるで見惚れるかのように彼の写真を見つめていた森盛さんが、小さく声を漏らす。

 

「……美形……ですよね……」

「そうだろうそうだろう。身長も君より高くて、スラッとしててね。ふふふ、イケメンだろう」

「僕より……背が高いんですね……」

「でも、今時の若者らしいというか、前職の環境のせいか……身長に対して少し痩せすぎかな」

「痩せ型……なんですね……」

 

 何かを確かめるようにそう呟きながら写真を食い入るように見つめていた森盛さんであったが、やがて顔を上げて言ったのだった。

 

「話を聞けば、艦隊運用に関しては素人なのは間違いないようですが、凄く立派な方みたいですね」

「ふふふ、私が惚れた男だよ」

「いやぁ、話を聞いただけで僕も惚れてしまいそうでしたね」

「ふふふ、悪いが彼のファン第一号はこの私だ」

 

 森盛さんの隣で、何故か佐藤元帥が腕組みをしながら、うんうんと頷いた。

 ……何故佐藤元帥が自慢げなのだろうか……。

 まるで息子さんを自慢する父親のようであった。

 いや、話を聞くにとても良い人なのはよくわかったが……佐藤元帥にここまで言わせるとは。

 ……何故だろうか、微妙に悔しい……。

 

 佐藤元帥は私達の誤解が解けた事を感じたのか、改めて小さく息をつく。

 

「しかし全く、勘違いというのは本当に恐ろしいな……根も葉もないような噂に尾ひれがついてそんな事になっているとは」

「そ、それではもしかして、本屋で成人向け雑誌の袋とじの中身を上下から必死に覗き込んでいたという噂も……」

「完全な誤解だろう。そんな失礼な噂まで……まったくけしからん。神堂くんも可哀そうに……」

 

 そうか……彼の悪い噂はやはり全て、私達の勘違いだったという事か……。

 そうなると……やはり、あの事も……。

 

「…………うわぁ、うわぁぁ、私、何と言う事を……」

 

 思わずそう口から漏らし、両手で顔を覆う私に、佐藤元帥が怪訝な目を向ける。

 

「どうしたんだい?」

「い、いえ、その……実は……高校時代、友人達が、神堂くんが私の事を好きかもしれないと騒ぎ立ててきた事があって……」

「ほぉ!」

 

 佐藤元帥は興味深そうに目を丸くした。

 ……何故だろうか、微妙に悔しい……。

 続きを聞きたそうに目を輝かせている佐藤元帥に少し傷つきながらも、私は今や思い出したくも無い過去を正直に話した。

 

「友人達曰く、誰とも関わろうとしない神堂くんが私の方をじっと見てたから間違いないなんて騒いでいたんですが……た、ただですね、私、一度も話した事が無かったですし、そもそもいい印象も無かったですし、当時は誰かと付き合うなんて考えてもいなかったので、その……友人達が騒ぐのも煩わしいというか面倒だったので、その……私からお断りを……ですね」

「……一度も話した事が無いのに振ったのかい?」

「は、はい……今思えば彼も状況がよく理解できていないような表情でして……その……」

 

 そう……そういう事なのである。

 私自身は、彼の視線とやらにまったく気付いていなかったが、友人達があまりにも騒ぎ立てるのが煩わしかった為、それを早く終わらせようと考えたのだ。

 そして私は、彼に対して単刀直入にゴメンナサイしたのである。

 勘違い故の事ではあるが、当時の彼の評判は最悪であったし、そもそも外見的な意味でも私の好みでは無かった事だけは事実だ。

 だがそれはそれとして、そもそも彼が私に気があったという事自体が勘違いだったのだとすれば……。

 

 佐藤元帥は事情を察して、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

 

「あー……彼は家庭の事で恋愛どころでは無かっただろうし……千鶴くんも言っていたが、彼は妹達が一人前になるまで自分の事を後回しに考えている節があるらしく……つまり、その、勘違いだろうね……」

「は、恥ずかしい……!」

 

 私はもう悶絶して転げ回りたい気分であった。

 当時の友人達と自分を今すぐ呼び出して張り倒してやりたいくらいだ。

 恥ずかしすぎる……!

 別に好きでも何でもない女子からいきなり呼び出され、何故か振られた神堂くんは何を思っただろうか。

 相手によってはそれを友人達や周りに話すなりして、私は稀代の勘違い女として学校で有名になっていたかもしれない。

 

 そう言えば、神堂くんはあの時も騒いだりしなかった。

 女子の間でも流石にドン引きされていた出来事だったが、バスケ部のキャプテンと付き合っていた女の子が、喧嘩した彼氏との仲直りの道具として神堂くんを利用した事があったのだ。

 あれは流石に酷いと思ったが、神堂くんは彼女が再び近づいて来なくなっても、別に何も変わらなかった。

 今にして思えば、彼は妹さん達の事で頭がいっぱいで、やはり恋愛の事なんて頭に無かったのだろう。

 

 そういう意味では、彼女が仲直りの道具として神堂くんに目をつけたのは正解だったのかもしれない。

 家庭の事を第一優先で考えているらしい彼ならば、たとえ彼女があからさまにベタベタと寄ってきたところで、「あれ? もしかしてこの子、俺の事好きなんじゃね?」などと簡単に勘違いする事は無いはずだからだ。

 いや、だからといって彼女が神堂くんにした行為は褒められたものでは無いのだが……。

 

 ともかく、そういう事を考えてみても、やはり彼が私に気があったという事は十割勘違い……‼

 し、死にたい……‼

 い、いや、恥を忍んで、別の意味でゴメンナサイをしなければ……‼

 今からでも謝罪しておかないと、罪悪感で私の身が持たない……!

 

「あ、謝らないとですね……」

「う、うん。それなら、私がいつかまた視察に向かう時にでも同行すればいいよ。今度は連れて行くから」

「佐藤元帥。僕も着任前に、一度は神堂提督と顔を合わせて挨拶しておきたいですね。呉鎮守府に着任するとなれば、共に太平洋側の守りを担うパートナー、相棒となるのですから」

「おおっ、それはいい。森盛くんも、山田くんも、これからは神堂くんと仲良くしてやってほしいんだ。彼の妹達が気にしていてね。神堂くんはあまり社交的な性格ではないようだが、それに加えて、妹達を優先するあまり自分の交友関係を大事に考えていないのではないかとね」

 

 佐藤元帥の言葉に、私は自身無さげに、森盛さんは目を輝かせて自信満々に答えたのだった。

 

「は、はい……合わせる顔がありませんが」

「勿論ですっ! そんな素晴らしい方と交友を深められるなんて光栄です。公私ともに仲良くしていきたいですね」

 

 佐藤元帥は満足そうに小さく頷き、私に目を向ける。

 

「それにしても、いい印象を持っていなかったとは言え彼ほどの男を振るとは……ちなみに山田くんはどんなタイプの男性が好みなんだい?」

「そ、それは、その……ってもう! 佐藤元帥!」

「ご、ごめん。あ、あぁっ、そろそろ会議が始まるね。私はちょっと胃薬を飲んでから向かうから、君達は直接会議室に向かってくれ」

 

 佐藤元帥はそそくさと逃げるように休憩室から出て行ってしまったのだった。

 時計を確かめてみれば、会議の予定時刻が近づいてきていた。

 森盛さんにもそろそろ行きましょうと伝え、私達は佐藤元帥の指示通り会議室に向かう。

 

 並んで歩いている中で、私はふと、佐藤元帥が帰って来る前に話していた事を思い出したのだった。

 

「そう言えば、森盛さん」

「はい」

「ちなみに、先ほどの話の続き……警鐘とは何なんですか?」

「警鐘……あぁ、そう言えばそうでしたね」

 

 森盛さんはすっかり忘れていたようで、少し考え込むような仕草をしてから、ゆっくりと口を開いたのだった。

 

「今、妖精さん達は無条件に僕達の味方をしてくれていますよね」

「え、えぇ」

「敵に回したらどうなると思います?」

「えっ?」

 

 急な問いに、私はすぐに言葉を返す事が出来なかった。

 そもそも私には、いや、提督の資質を持つ者以外には知覚できない存在なのだ。

 味方をしているのかどうかすら目に見えないのだから、あまり実感できる事ではない。

 ともかく、話によれば妖精さん達は艦娘達の整備をしたり艦載機を操縦したり、その能力自体で艦娘達を支援したりと――深海棲艦と戦う艦娘の味方なのだから、私達人間の味方なのだと考えている。

 そう言わざるを得ないのだ。

 敵に回る、だなんて考えた事も無い。

 

 何故だろうか――森盛さんの笑みが、やけに不気味に見えたのは。

 

 言葉に詰まった私が口を開くよりも先に、森盛さんは言葉を続けた。

 

 低い声と共に、それはまるで――脅かすような口調で。

 

「グレムリンがどんな妖精だったか覚えていますか? 人間に知恵を与え、導き、益をもたらすが――人間を嫌えば、機械に悪戯をする」

「あの仮説はこう続いています。グレムリンは味方に付ければ頼もしいが、敵に回せばこれほど恐ろしいものは無い」

「もしもグレムリンを本気で怒らせてしまったのならば、もはや機械無しでは成り立たない我々の世界は一体どうなってしまうのでしょうね」

 

「スマホ、自動車、テレビ、冷蔵庫、冷凍庫、エアコン、電灯、ラジオ、電話、パソコン、電子レンジ、洗濯機、飛行機、電車、船、エレベーター、ATM、人工衛星、医療機器、工場、発電所……マイクロチップのような小さなものから重機のような巨大なものまで、世界中のあらゆる機械がグレムリン達の掌の上にある」

 

「もしも、人間達がグレムリンの機嫌を損ねて、それらに悪戯をされたなら」

「それらがある日、一斉に使い物にならなくなった時の事を想像できるでしょうか」

「提督の資質を持つ者以外には知覚できない。それは決して防げない……」

 

「つまりこういう事です」

 

「もしも妖精さんの正体がグレムリンなのだとするならば――」

 

「我々が最も恐れなければならないのは、深海棲艦ではなく、提督の資質を持つ者以外ではその存在を知覚できず、一家に一人は存在するとすら伝えられているグレムリンなのだ。グレムリンのご機嫌を損ねてしまう事なのだ。グレムリンを敵に回してしまう事は、グレムリンの――妖精さんのご機嫌を損ねてしまう事は、世界の終焉に他ならない」

「え、えぇぇ……」

 

 私が思わず唾を飲み込むのを見て――森盛さんは再びいつもの爽やかな笑みを浮かべて、言ったのだった。

 

「だから妖精さん達のご機嫌を損ねないように、大好物の甘い物を常備しておこう、という事で、最後に製菓メーカーの広告が貼ってあります」

「ただのマーケティングじゃないですか! 驚かせないで下さいよ! もうっ!」




※どうでもいい裏設定
【佐藤元帥の秘書官】
山田(やまだ)千里(ちさと)(26)
・髪の長さは艦娘で言えば名取くらい
・真面目な黒髪眼鏡っ子
・体型は艦娘で言えば一番近いのは阿賀野
・彼氏無し。独身。年上好き
・隠れオタク


超大変お待たせ致しました。
リアルの事情に加えまして、今後の展開の再構想、オリジナル作品の執筆、世界樹の迷宮Xの発売、艦これ2期への移行による海域再攻略など様々な事が重なりまして、かなり間が空いてしまいましたが、これより第四章のスタートとなります。

艦これ2期になり画質が綺麗になって嬉しいですね。
資料として図鑑で艦娘の姿を眺めてますが、個人的には隼鷹改二が高級そうな下着をつけていたのが一番驚きました。
やっぱり飛鷹と隼鷹ってお嬢様ですよね。
羅針盤による運要素がほぼ無くなったのが嬉しいです。

気が付けばこの作品も一周年を迎えておりました。
ここまで長く続けられたのも、温かく応援して下さる皆様のお陰です。
これからもどうぞよろしくお願い致します。

早いもので来週から秋イベが始まりますね。
またしばらくお待たせしてしまいますが、なるべく早く更新できるよう頑張ります。

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