ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級
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045.『資格』【提督視点】

『ねー、サダオー。褒めて褒めてー。ねーねー』

『私達頑張ったので疲れました』

『褒めろー』

(いた)われー』

『甘味をよこせー』

『甘やかせー』

『甘えさせろー』

『撫でて撫でてー』

『わー』

『わぁぁー』

 

 えぇい、うるさい。それどころでは無いのだ。

 しかしこいつらがいなければイムヤは轟沈していたからな……それだけは確かだ。

 俺ではどうしようもなかった事をフォローしてくれた事は評価に値する。

 ここは素直に感謝せねば。さーんきゅっ! これからもご指導ご鞭撻、よろしゅうな!

 

『誠意が伝わりませんね』

『もっとドイツっぽくお願いします』

 

 ダーンケっ! 俺の感謝もマックス(MAX)・シュルツ! って何やらせんだ! 調子に乗るな! つーかドイツっぽくって何だ!

 俺は左の掌の上で騒ぐ応急修理要員さん達を右手でまとめて撫でながら、こそこそと足早に歩いていた。

 俺の命を狙っているアホ共から身を隠す為である。

 

 決してビビッているわけではない。

 ビビッているわけではないが、赤城や加賀と顔を合わせたが最後、間髪入れずに鎧袖一触三段式ビンタで張り倒されるであろうし、鹿島と顔を合わせれば絞り殺されかねん。

 決してビビッているわけではない。

 ビビッているわけではないが、やはりここは戦略的撤退がベストだろう。

 どこかに身を潜め、可及的速やかに艦娘達の信頼を取り戻す作戦を練り直す必要がある。

 

 一部の艦娘達からの信頼が地に墜ちたと思われるこの状況……何とかせねば。

 このままではハーレムどころか童貞卒業も夢のまた夢、童貞を拗らせたまま歳を重ねた俺はやがて最低最悪の魔王、自慰王(ジイオウ)となってしまうだろう。

 祝え、新たな王の誕生を……! いや全然めでたくねェ……!

 何とかして最悪の未来を変えねば……!

 

 くそっ、しかし一体どこに隠れれば……。

 自室や執務室に戻るわけにもいかないし……。

 すると、俺の頭の上にいたグレムリン達が目の前に舞い降りてふわふわと浮いた。

 

『ちょうどいいところを知ってるよー』

『こっちこっちー』

 

 魔女っ子っぽい恰好のグレムリンが矢印のついた棒で示す方向へと、とりあえず進む。

 辿り着いた先は工廠施設の裏であった。

 

『あったよ、倉庫が』

 

 よし、でかした! この倉庫超助かる!

 こそっと中を覗いてみれば、主砲や機銃、魚雷に艦載機、その他諸々の、数えきれないほどの装備が乱雑に押し込まれている。

 保管というよりも、適当に投げ入れただけのように見える。足の踏み場も無いくらいだ。

 アイツらは揃いも揃って整理整頓できないのだろうか……。

 それともすでに使わない装備を適当に押し込んでいるのかは定かではなかったが、なるほど、この陰に身を隠せば簡単には見つからないだろう。

 グレムリンもなかなかいい場所を知っているではないか。

 

 倉庫の中に足を踏み入れ、装備の山を潜り抜けて奥へと進む。

 まずは地に墜ちた信頼を回復するべく、今のうちに『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を読み込んで有能提督っぽい作戦を――……ん?

 適当に進んでいった倉庫の奥、その先に明らかに装備とは異なるものが膝を抱えていた。

 

「……」

 

 み、美智子ちゃん……じゃなかった。み、満潮……!

 お前、こんなところに隠れていたのか……。

 俺が気が付くと同時に、満潮もはっと顔を上げ、ばっちり目が合ってしまった。

 

 いかん……昨日もそうだったが、満潮は完全に塞ぎこんでしまっている。

 この場合、俺の勘では放っておくのが最善手だった。

 だが、先ほどの朝潮の報告によれば、満潮が何かをやらかしてしまったとの事……。

 そうだ、たしかイムヤの轟沈に関わっているとか言っていたような……。

 今目の前にいる満潮は、昨日とは比較にならないほどの落ち込みっぷりだ。

 俺を見てごしごしと目元を拭ったが、その表情はひどく憔悴している。

 こんな人気(ひとけ)の無い場所に一人で隠れるほどである。

 

 昨夜、満潮が塞ぎこんでいた理由は、俺の知識不足により満潮だけ仲間外れにするような事をしてしまったからだ。

 今回、爆睡していた俺に代わって鎮守府の頭脳大淀さんが編成した面子を見るに、朝潮、大潮、満潮、荒潮の四人がいわゆるひとつの駆逐隊なるグループであったのだろう。

 姉妹でありながら仲良しグループみたいな感じだろうか。

 ともあれ大淀さんが選んだ編成であるならばそれに間違いは無いはずだ。

 

 二日前に俺は練度の高い順に編成した為、満潮の代わりに霞が入る事になり、満潮だけハブられた。

 それにより満潮は落ち込んでしまっていたようだったが……美智子ちゃんによく似たコイツの悩みや迷いは、おそらく一日や二日で解消されるものではない。

 おそらく今日も引きずっていた事だろう。

 そうなると満潮のコンディションにも影響している事だろうし、今日の失態とやらにも俺が深く関わっているであろうことは明白だ。

 

 俺の妹の千鶴ちゃんや澄香ちゃんに似ている瑞鶴や霞と同様、どこか美智子ちゃんに似ている満潮も俺とは相性が絶望的に悪そうだ……。

 瑞鶴は俺が無能である事をすでに看破している風であったし、霞は俺がクズである事を初見で見抜いていた。

 更に、二人ともそれを他の艦娘のいる前で大声で意見するという厄介な性質を持っている。

 いや、まぁ俺が駄目すぎるせいなのだが……。

 

 ともかく、俺の勘では満潮も同じタイプに見える。

 触らぬ神に祟りなし。

 ここで空気を読んで「すまん、邪魔をしたな」とでも言って踵を返して見て見ぬふりをするのもアリかもしれん。

 むしろ引き返して朝潮達を呼んでくるのが正解のように思われる。

 し、しかし……クソッ、泣いてるじゃないか。放っておけん。

 俺が近づいたところで何も解決しないとは思うし、逆に痛い目を見るかもしれんが、元はと言えば俺のせいだし……。

 何とかして満潮をここから連れ出して朝潮達に合流させ、その後改めてここに身を隠し、作戦を練るのが最善手であろう。

 

 仕方が無い。満潮には何とかして元気を出してもらわねば。

 何かいい手は無いだろうか……まずは、失敗など気にするな(Don't mind)と励ます感じで明るく声をかけて……。

 

 こんにちは~! ドンマイ()風で~す! 暗い雰囲気は苦手で~す!

 あれ~? 元気無いぞぉ~? さぁ、華麗に踊りましょう! そぉれワン、ツー!

 

 よし、こんな感じで陽気にヒゲダンスでも踊りながら接近して……駄目だ、俺の慧眼にはぶん殴られる未来しか見えない。

 この案はやめておこう。ナイス判断! 提督ぅ!

 くそっ、わかっていた事ではあるが、俺に誰かを笑顔にできる才能は無い。凹む。

 まぁ天は二物を与えずと言うからな。

 俺はエンターテイナーでは無いし、ダンスを踊るセンスも無い。

 策士の才を与えられた俺にはコメディアンの才能など必要ないのだ。

 よし、ここは美智子ちゃんに接する感じで、いつも通りとりあえず話してみてから、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処しよう……。

 

『要するに行き当たりばったりという事ですね』

『無策士すごいですね』

 

 頭の上のグレムリンに構わず、俺は満潮に歩み寄る。

 朝潮達と同じく中破しており、服もボロボロの痛々しい恰好のままだった。

 他に羽織らせるものも無かったので、仕方なく俺は上着を脱いで満潮に肩から羽織らせ、隣に腰かけたのだった。

 

「隣、いいか?」

「……もう座ってるじゃない……」

「そ、それもそうだな」

 

 駄目だ、いきなりテンパってるのが隠しきれていない。

 満潮は俺と顔を合わそうともせず、ぐしぐしと袖で涙を拭った。

 どうしたものかと俺が考え込んでいると、満潮の方からか細い声をかけてきたのだった。

 

「……司令官、イムヤを救ってくれて、ありがと……」

 

 や、やはりめちゃくちゃ落ち込んでおる……。

 昨日の態度とは別物だ。すっかりしおらしくなってしまっているではないか。大潮です。

 ともあれ、これなら痛い目を見る事はなさそうで一安心ではあるが、逆に言えばそれだけ満潮は傷ついているという事だ。

 取り扱いには気をつけねば……。

 

「ん、あ、あぁ……あれは私じゃない。この応急修理妖精さん達が助けてくれたんだ。情けない事だが、あの時、私は何も出来なかった……」

 

 俺が正直にそう言うと、応急修理要員さん達が満潮の膝の上に飛び移った。

 

『もう大丈夫だよー』

『だから泣かないで』

『精一杯頑張ったの、わかってるよ』

『よしよし』

『ウホホイ、ウッホッホイ』

 

 いや長門以外にゴリラ語使うな。伝えたい気持ちはわかるが多分逆に伝わんねぇから。

 満潮は膝の上で身振り手振りをする応急修理要員さん達を見ながら、口を開いた。

 

「……励ましてくれてるの?」

「うむ。もう大丈夫だから泣くなと言ってるぞ。お前が精一杯頑張った事も、よくわかってるそうだ」

 

 俺がそう伝えると、満潮はまた目に涙を浮かべて、膝に顔を埋めてしまった。

 そして肩と声を震わせながら言ったのだった。

 

「いくら頑張ったって、こんなんじゃ何の意味も無い……! 私、自分の事しか考えてなくて……! 頑張った気になって……! そのせいで皆に迷惑かけて……! イムヤを救えなくて……‼ 何の役にも立てなかった! ただの足手纏いだった! 私、私っ、もう、自分の事が嫌い……! 大嫌い……‼」

 

 そう言って、満潮はわんわんと泣き出してしまった。

 ア、アカン……これは重症だ。策は思いつかんが、何とかせねば。

 ある程度泣き声が収まるのを待ってから、俺は満潮の背をぽんぽんと撫でて、何とか宥めながら言った。

 

「ま、まぁ落ち着け。とりあえず、何があったのか聞かせてくれないか」

「報告なら朝潮からもう聞いたでしょ……! 私がっ、私のせいでっ!」

「聞きたいのは報告じゃない。満潮から、何があったのかを聞きたいんだ」

 

 正直に言えば俺もあの時は放心状態で、朝潮の報告した内容もよく覚えていないのだ。

 それに、報告はあくまでも報告だ。

 満潮がここまで塞ぎこんでいる理由は、満潮しか分かり得ない事だろう。

 

 俺なんかにこんな事を言われて、逆に怒らせてしまう事にならないかとヒヤヒヤしていると、満潮は俺を横目に睨みつけた。

 そして、ぽつり、ぽつりと少しずつ言葉を紡いだのだった

 

「……一昨日(おととい)の遠征で、私だけ第八駆逐隊の面子から外されて……凄く、悔しくてっ……!」

「……うん」

 

「でもっ、いつもみたいに塞ぎこんでる私を、川内さんが励ましてくれてっ! 少しでも、一歩ずつでも、頑張らなきゃって思ってっ! 川内さん達の演習にも参加させてもらってっ……! 凄く辛かったけど、頑張って……」

 

「今朝、大淀さんから編成が発表された時……また、私だけ外されてて……私、思わず声をあげてて……! 本当は、疲れてて、万全じゃなかった……! 出撃できる状態じゃなかったのに、皆に置いていかれたくないって、自分の事だけ考えて! 疲れも隠して……!」

 

「川内さんも、私の事を思って、推してくれて……大淀さんも、私を編成に入れ直してくれて……でも、私、呑気に喜んでて……!」

 

「制海権を取り戻した近海だからって、敵も格下しかいないって、甘く考えて……!」

 

「……イムヤ達を救援に向かった時、身体がうまく動かなくて……私のせいで、連携がうまくいかなくて……」

 

「最後の最後まで、自分の事しか考えられなくて……!」

 

「朝潮も、大潮も、荒潮も……! イムヤも! 皆、皆、私のせいで傷ついて‼」

 

「出撃しなきゃよかった……! あの時、声をあげなければよかった! 何もしない方がましだった! 私なんていなければよかった! 全部、全部、私のせいで……!」

 

「私、もう、皆に合わせる顔が無い……! 皆と一緒にいる資格なんて無い‼」

 

 そこまで言って、満潮は泣き崩れてしまった。

 隣でそれを聞いていた俺も、満潮に感情移入してしまい、思わず泣いてしまいそうになる。

 そうか……そんな辛い思いを……焦りから無理をしてしまい、イムヤを助けられなかったという最悪の結果を招いてしまったという事か。

 大淀も最初は満潮を編成から外していたという事は、おそらく満潮の疲労を考慮しての事だったのだろう。

 だが、本人が大丈夫だと言い切り、一緒に演習した川内の太鼓判もあり、大淀も満潮を編成しなおしたという流れだろうか。

 うぅむ、そうなると、やはり疲労を隠したという満潮に非があるのは否めないが……。

 そもそもイムヤを助けられなかったのは満潮が疲労を隠して出撃した事が原因で……それは一昨日の遠征任務で満潮だけ編成から外されてしまったせいだから……つまり、そんな編成を指示した者のせい……はっ、全部私のせいだ! 大淀くん、全部私のせいだ! 

 満潮にも非があるかもしれないが、そもそもの諸悪の根源は完全に俺ではないか。

 

 ど、どうしたものか……俺のせいでイムヤも満潮も無理をしてしまった。

 イムヤが大破進軍をしたのは、俺がかけた言葉に応えようとしたからという事だし、満潮が無理をしたのは俺の適当な編成のせい……。

 罪悪感が半端ない。本当にすいません。

 とりあえず満潮には、応急修理要員さん達のおかげでイムヤが助かった今、そんな失敗は刹那で忘れちまえと励ましたいところだが、満潮がそんなに切り替えが早いタイプだとは思えん。

 しかし何とか元気を出してもらわねば。

 俺はどうやって立ち直ったんだったか……そうだ、イクの生パイオツ!

 よ、よし、早速イクを呼んで満潮にも酸素魚雷六発――いやこれで立ち直れるのは俺と俺の股間だけだ。馬鹿か俺は。満潮に喧嘩売ってんのか。

 

 イクのパイオツのおかげで気持ちも股間も即座に立ち直った俺とは違い、満潮は今後もこの失敗を引きずってしまうだろう。

 確かに、終わり良ければ全て良しとも言えん……結果だけ見れば運よくイムヤは助かったが、そうでなければ普通に轟沈していただろう。

 塞ぎこんでしまっても無理は無い。

 どうすればよいだろうかと考えながら、咽び泣く満潮を見ていると、ふと、俺の三番目の妹、美智子ちゃんが同じように泣き崩れていたあの時を思い出した。

 あの時、俺は何も力になってあげる事ができなかった。

 そして結果的に、その時間の事を、美智子ちゃんは今も後悔している。

 もし、あの時、あぁしていれば、と。

 

 ……。

 

 満潮に何と声をかければ良いのかまだ答えは出ていなかったが、俺は満潮の肩にぽんと手を置いて、声をかけたのだった。

 

「今のお前に、よく似た子を知っているんだ」

「……?」

「その子は駅伝の選手でな……駅伝、知ってるか?」

「う、うん……」

 

 怪訝な目を向ける満潮に、俺は言葉を続ける。

 

「ひとつの(たすき)を繋いで走る競技だ。ひとりでも欠ければ襷は繋がらない……その子はチームのエースでな。仲のいい仲間達と共に頑張っていたよ。小さい頃から足が速くて、親にもそれを褒められてて……だからかな。いつしか、走る事がその子の全てになっていた」

「周りからの期待も大きかった。頼りにされてたんだ」

 

「大会が近くなったある日、その子の足に痛みが走った。日に日に痛みは引かなくなった……だけどその子は、私にも、誰にも相談しなかった。病院にも行かなかった。ドクターストップがかかるのが怖かったんだな」

「その子は走ること以外は少し苦手で……自分に自信が持てない子でな。気付けば、走る事にしか自分の意味を見出せなくなっていた。皆の期待を裏切るのが、そして何よりも、共に走る仲間に置いていかれるのが怖かったんだ……」

 

「病院に行かないかぎりは、病名がつく事も無い。それを知る事が怖くて、休む事が怖くて……その子は周りにそれを隠して、無理をして大会に挑んだんだ」

 

 俺の話に、満潮も静かに聞き入っているようだった。

 

「そして大会当日――その子は襷を繋げなかった」

 

 俺がそう言うと、満潮は小さく目を見開いた。

 

「次の走者は目の前にいた。あとたったの数十メートル。だがそれは、その子にとってはあまりにも遠かった……その子はもう痛みで走れる状態では無かった。余りの痛みに膝を折って、立ち上がる事さえ出来なかった」

「大勢の観客の前で、走るどころか無様に這いつくばって、泣きながら手を伸ばして必死に襷を繋ごうともがいたけれど、出来なかった」

「激痛を堪えて何とか立ち上がって、足を引きずりながら這う這うの体で進んだけれど……無情にも時は過ぎて、その子の目の前で、次の走者は強制的にスタートさせられた」

「あの時のその子の姿は、とても見ていられるものではなかったよ」

 

「その後、急いで病院に連れていかれて……走りたくても走れなくなっていて……その子は走るのをやめた」

「大きな舞台で皆の足を引っ張って、台無しにした。自分が無理しなければ、襷を繫げていた。仲間達に合わせる顔が無いと言って、退部して……テレビでも放送されてたから大恥をかいたと言って……一時期は部屋に引きこもって、学校にも行こうとしなかった」

「自暴自棄になって、杖をついて歩くのも嫌がって……もう走らないのだから意味は無いと言って、治療にもリハビリにも行こうとしなかった」

「走る事に全てを捧げてきたその子は、走れなくなった絶望と自己嫌悪で、もう生きる気力を無くしてしまったんだ」

「今の満潮を見ていると、あの時のその子の事を思い出すよ」

 

 俺の妹、美智子ちゃんの話だ。

 美智子ちゃんがまだ中学生だった時の頃の話。

 部活動に所属した事の無い俺には想像もつかないほどの、辛い経験だっただろうと思う。

 あの頃、美智子ちゃんは一時的に不登校になり、家の中でも荒れてしまって大変だった。

 俺もその時期は仕事を休むわけにもいかず、帰宅してから話そうとしても取り付く島もなく、千鶴ちゃんに任せっきりで……俺は何もしてあげる事が出来なかったのだ。

 

「……その子は、その後、どうなったの?」

 

 満潮が問いかけてきたので、俺は小さく息をついてから答えたのだった。

 

「しばらく走る事から離れていたけれどな。一年くらい前から、一人でまた走り出したよ。一歩一歩、リハビリから始めて……前のように走れるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。そして今までをひどく後悔しているよ」

「後悔……?」

「何もしなかった時間、リハビリに励んでいれば、今頃は元のように……また皆と共に走れるようになっていたかもしれないとな」

 

 一年程前、ちょうど俺が倒れてしまって退職し、無気力状態だった頃だろうか。美智子ちゃんが再び走り出すようになったのは。

 何で再び走り出そうと思ったのかは、おそらくデリケートな問題であろうから聞いてはいない。

 トラウマにも深く関わる話題であるし、そもそも美智子ちゃんの事だから、聞いても教えてくれなさそうだったというのもある。

 そして現在、再び走り出してから一年近くが経過したが、やはりブランクが大きく、まだ全盛期には程遠い。

 美智子ちゃんはその理想と現実の差にたびたび悩んでいるようだが、それでもまだ走り続けている。

 その姿に、俺も少なからず勇気を貰った。

 

 まぁそれでもなかなか無気力状態から立ち直れず、最終的にはオータムクラウド先生の作品によって立ち直れたわけだが……余談ではあるが、それを知った美智子ちゃんは何故か腰の入ったミドルキックを俺の脇腹に叩き込んだ。

 

「……その子は前と同じように走れるようになるの?」

「わからない。その子は今高校生だ。リハビリを続けても、卒業までに間に合わないかもしれない。完治しても、大会に出られるほど記録が伸びないかもしれない。何より、あの時の失態が消えるわけじゃないし、過去は決して変えられない。迷いと後悔は尽きないが、その子はそれでも、たった一人で歩き出す事を選んだんだ。何故だかわかるか?」

「……」

「――未来は変えられるからだ。その子は同じ歴史を二度と繰り返さない事を選んだんだ。今度こそ間違わないように。そして、あの時あぁしていればと、もう二度と後悔しないように」

 

「……同じ、歴史を……」

 

 満潮の口から、小さな声が漏れた。

 そう、未来は変えられる。俺が自慰王(ジイオウ)となる最悪の未来もきっと……。

 いわゆるPDCAサイクルとはそういう事だ。計画し、実行し、評価し、改善する。

 それを繰り返せば、成長するのは自明の理だ。

 まぁ頭では十分わかっていても実行できないのが俺の駄目なところなのだが。

 美智子ちゃんが頑張る姿にどんなに勇気づけられても、長続きしない意志の弱さが我ながら情けない。

 俺は無意識に、妹にやるように満潮の頭に掌を置いて、指先でぽんぽんと撫でるように叩く。

 

「変わろうとしたんだな。だが、今回は少し焦りすぎだったな。変わるという事には物凄く大きな力と長い時間が必要なんだ。勉強だって運動だって、何だってそうだ。一日や二日では劇的に変わる事なんてできやしない……その気持ちは、私だってよくわかる。この数日間だけで、私も何度も挫折してるからな」

「……司令官も?」

「うむ。お前達に信頼されるような、立派な提督であろうと……そう考えてはいるんだがな。ついさっきも、情けないところを見せてしまってな……我ながら自分が嫌になるよ」

「……」

 

 横須賀鎮守府に着任してから、俺はもう数えきれないほど挫折している。

 初日に決意していたオ○禁も一日すら持たなかったし、今から、次から、明日から、いつか頑張ろうと考えては即堕ちしている。

 すぐに変わりたいけど変われないという満潮の気持ちは痛いほどによく理解できるのだ。

 それでも少しずつ、変われているような気がしないでもない。

 現在、何とオ〇禁を一日継続できているのだ。スゲーイ! モノスゲーイ!

 これを積み重ねていけば、きっと俺も猿から進化できる事であろう。

 

「まぁ、それはともかくとして……たった一晩で生まれ変われるような魔法なんて、存在しないんだよ。潮が満ちるには時間がかかる。大事なのは当たり前の事を継続する事……疲れたら休む事、痛んだら立ち止まる事……。たとえ一度上手くいかなくても、それでも続ける事だ。迷ったっていいし、転んだっていい。迷った時には引き返せばいいし、転んだ時には立ち上がればいい。何回凹んだって、すぐに立ち直ればいい。自分が諦めない限り、自分に負けは無いんだ。きっといつかは変われるさ」

「……うん……」

「とりあえず、今満潮がやらなきゃいけない事は、補給と入渠だな。朝潮達が待ってるぞ? 満潮と一緒に入渠したいと言ってな」

「朝潮達が……?」

 

 満潮は朝潮達の名を聞いて目を見開いて俺を見たが、すぐに塞ぎこむように顔を背け、俯いてしまった。

 

「で、でも、やっぱりこんな私なんかが、皆と一緒に戦う資格なんて――」

 

 全てを言い終わる前に、俺は満潮の頭を撫でていた右手で、その肩をがしっと掴む。

 満潮が顔を上げ、俺はその双眸から目を逸らさずに、言葉を被せた。

 

「資格なんて働きながら取ってしまえばいいんだ。少なくとも私はそうやって生きてきたし……資格なんて無いのに働いているのは今も同じだ」

 

 まぁ、俺の場合は簿記とかの話なのだが……。

 前の職場で、上司が資格取れとうるさかったから取っただけの話だ。

 ただでさえ家の事と馬鹿みたいな量の業務に加えて試験勉強までやれと言われた日には、もう一日が二十四時間では足りなかった。

 受験料も自腹だったから一発で合格したかったしな。あの頃は地獄だった。

 死ぬ思いでようやく資格を手にしたはいいものの、その後、別に業務内容が変わるわけでもなく、給料に反映される事も無かった。凹む。

 おそらく上司的には、自分の部下がその資格を持っている事が重要だったのだろう。業務においてはほとんど何の役にも立たなかった。

 そして前職を辞めた事で、あんなに苦労して手にした資格は無意味となり、今はこうやってド素人なのに提督をやっている。

 結果として一部の艦娘達から現在命を狙われている俺に皆を率いる資格などあろうはずもない。

 資格職に就くならともかく、そうでないなら資格の有無なんて些細な問題なのだ。

 いや、提督がド素人のドスケベ野郎なのは全然些細では無いが……。

 

 うぅむ、何だか自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 何で美智子ちゃんの過去話をしたのかも、今思えばよくわからん。

 とりあえず自分なりに励ましの言葉を送ってはいるつもりなのだが、なんだか最後は説教臭くなってしまった。

 こんなクソ提督に説教されて、満潮がそれをどう捉えたか……。

 失言は無かっただろうかと俺が考え込んでいると、満潮は自ら立ち上がり、ぱっぱと尻の埃を祓った。

 

「……わかった。出てく」

「お、おぉ、そうか。よし、しっかり休むんだぞ」

「うん……」

 

 よ、よかった。とりあえずここから出て行く気にはなったようだ。

 俺の説教を聞くのが面倒臭くなったのだろうか……。

 しかし俺が何を言っても、結局元気を取り戻す事は出来なかったな……。凹む。

 自分なりに励ましたつもりだったが……まぁ、とりあえず今は出て行く気になっただけでも上出来だ。

 とぼとぼと歩いていく満潮の背中がどうも心配だったので、俺も付き添う事にする。

 赤城や鹿島に見つかったら死の危険性があるが、どうにも一人にしておけん……。

 まぁ子供の見ている前で処す事は無いと信じたい。

 朝潮達を見つけたら即座に満潮を引き渡して、再びここに身を隠そう……。

 

 そんな事を考えながら、満潮と一緒に倉庫から出た瞬間であった。

 

「天龍さん、本当にこんなところに満潮はいるのでしょうか……? いつもはこんな所には」

「フフフ、まぁ完全にオレの勘だが、アイツの事だから今回は普段と違う場所に……おぉ、いたぞ。ほれ」

「あっ、満潮! ……と、司令官っ⁉」

 

 ちょうど倉庫の角の辺りから現れた朝潮が、目を丸くして声を上げたのだった。

 一緒に現れたのは朝潮型の六人――大潮、荒潮、霞……えぇと、後は、確か朝雲と、山雲と、残り一人の座敷童みたいなのはなんだっけ……。忘れた。

 それらの駆逐艦達を率いていたのは、軽巡洋艦、天龍と龍田であった。

 な、何だこれは……満潮を捜索する為に水雷戦隊を編成したというのだろうか。

 天龍と龍田も先ほど長門達と一緒にいたが……しまった、早速見つかってしまったではないか。オワタ。

 

 朝潮達が満潮に向かって駆けてくる。

 先に出撃した朝潮、大潮、荒潮の三人は大きめのバスタオルを羽織っていた。

 どうやら俺が命じた通りに、雷たちが用意してくれたようだ。

 

「満潮っ、心配したのよ」

「……うん、ごめん……」

「もう……とにかく、今はゆっくり休みましょう」

 

 満潮を囲んで声をかける朝潮達だったが、霞だけが腰に手を当てながら俺にジト目を向けていた。

 

「ふんっ、何よ。私達には満潮の事はそっとしておけなんて言っておきながら、一人で探しに行ってたってわけ?」

「い、いや、そのな」

 

 何と言おうか迷っている俺に、朝潮がはっと気づいたように俺の顔を見上げ、驚愕の表情を浮かべたのだった。

 

「し、司令官……! 一人にしてくれと言ってどこかへ向かったとは聞いていましたが……満潮を探して下さる為だったのですか⁉」

「う、うむ、まぁ……そ、そういう事だな」

 

 まさか駆逐艦以外の艦が何してるか不安で偵察に向かい、今は身を潜めているとは言えん。

 上手い誤魔化しの言葉が思いつかなかったので、もう諦めて適当に返事をした。

 すると、朝潮だけでなく大潮と荒潮が一気に目を輝かせたのだった。

 

「わぁぁ……! 司令官! 大潮、気分がアゲアゲです!」

「うふふふっ……あはははぁっ……! あらあらぁ、素敵な事するのねぇ……そういうの、好きよ……? あははははぁっ!」

 

 怖い。大潮はいいけど相変わらず荒潮の目が怖い。

 めっちゃ瞳孔が開いているではないか。

 あ、朝潮! 長女としてコイツ何とかしなさい!

 

「司令官……! 朝潮は……朝潮は……っ! か、感服、感服……!」

 

 いや何でお前も瞳孔開いてんの⁉

 何故かガクガクと肩を震わせ、目を見開きながら感涙していた。

 駄目だ。よく考えたらコイツ荒潮の姉だった。第八駆逐隊の良心は大潮しかいねぇ。

 本当に大丈夫か朝潮型……。

 

 瞳孔が開いた目で俺を見つめていた荒潮であったが、その視線が満潮の方へと向けられる。

 そして俺と交互に見比べるように首を動かしてから、満潮にからかうような声で言ったのだった。

 

「あらぁ~……それにしても、満潮ちゃん、素敵なもの羽織ってるわねぇ~……せっかくバスタオル持ってきたけど、いらなかったかしらぁ……あははははぁっ!」

「えっ……あっ……! こ、これはっ」

 

 満潮も俺もすっかり忘れていたが、満潮は俺の軍服の上着を羽織っていたのだった。

 荒潮にからかわれたのが恥ずかしかったのだろう、満潮はそれを慌てて肩から剥ぎ、俺に突き出してくる。

 

「こっ、これ! 返すからっ! ふんっ、どうも! …………ありがと」

「あ、あぁ」

 

 満潮から突き返された上着を受け取り、袖を通す。

 満潮は荒潮から受け取ったバスタオルを羽織り、そっぽを向いてしまった。

 朝潮達が来たからか、満潮も少し元気を取り戻したように見える。

 うぅむ、やっぱり俺いらなかったな……。

 ノープランで挑んだ結果、美智子ちゃんの過去話と、いらん説教しかしていない。

 やはり最初っから引き返して朝潮達を呼んでくるのがベストだったか。

 まぁもう終わってしまった事はどうでもいい。

 

「と、とにかく、満潮も揃った事だし、イムヤ達の入渠が終わり次第、出撃した皆も入渠するように。補給もしっかり取って、今はゆっくり休むんだぞ」

「はっ! 了解しました! 約束は……司令官との大切な約束は、必ず守り通す覚悟です!」

「う、うむ……ちゃんと肩の力も抜いて休むようにな」

「はっ! 了解しました! 第八駆逐隊、入渠準備完了! これより休息に入ります! 大丈夫……次の作戦には間に合わせます!」

「だ、だから肩の力をな……」

 

 なんか満潮も心配だが、朝潮が一番心配だぞ……。クソ真面目すぎる。なんか瞳孔開きっぱなしだし……。

 少しは遊び心を覚えてもらいたいものだが、とりあえず俺にとって害は無さそうだし……まぁ、いいか、もうこのままで……。

 

 朝潮型の八人が揃って入渠施設へと歩いていくのを見送り、改めて倉庫の中に隠れ直そうとして気が付いた。

 まだその場には、天龍と龍田が残って俺の事を何だかにやにやと眺めていたのだ。

 うぐっ、な、何を考えているんだコイツらは。

 い、いや、天使の天龍ちゃんはともかく、一歩違えば悪魔の龍田に物理的に首を切られる可能性大!

 問題の早期解決には初動が大事! 先手必勝! 謝罪速ーい!

 俺は二人に向かって大きく頭を下げたのだった。

 

「ふ、二人とも! さっきは本当に済まなかった!」

「……はぁ? おいおい提督、いきなり何の事だよ?」

 

 本当によくわかっていなさそうな天龍に、俺は顔を上げて言葉を続けた。

 

「傷ついたイムヤを見て、気が動転していたんだ。後で冷静に考えてみて、大破もするな、轟沈するななどと、いつだって命を賭けて戦っているお前達に失礼な言葉だと思った……戦場に立てない私が簡単に口にしていい言葉では無かった。訂正させてくれ、本当に済まない!」

 

 そう言って再び俺が頭を下げたところで、ようやく二人は俺が言っている意味に気が付いたようだった。

 龍田がにっこりと怪しい笑みを浮かべて、俺に一歩距離を詰める。

 顔を上げた俺を息がかかるほどの至近距離から見上げながら、龍田は不敵な微笑みと共に口を開いた。

 

「……えぇ、そうね~。あんなに厳しい提督命令を出すなんて、酷い提督だわ~♪」

「あぁん? 何言ってんだ龍田。お前もあの時しっかり敬礼して、痛っ、コラっ、何すんだ、だから耳引っ張んな!」

 

 何かを言おうとした天龍の耳を引っ張りながら、龍田は笑顔のままに俺を見つめながら言葉を続けた。

 

「でも、今更、提督命令を取り下げるつもりかしら~? 聞いたのが私と優しい天龍ちゃんだったから良かったけれど、男の二言、朝令暮改だなんて、他の皆が聞いたら信用を無くしちゃうわよ~? 優しい天龍ちゃんはともかく、私はちょっぴり、がっかりだわ~♪」

「うぐっ……し、しかしあまりにも失礼な言葉だと思って……」

「大丈夫よ~。それが理想なのは事実だし……皆、逆に燃えちゃっているもの~♪ さっきも、長門ちゃんと大淀ちゃんが皆をまとめた所だったわ~。提督がこれからどんなに厳しい事を言っても、皆で力を合わせて立ち向かおう、って……ふふっ」

 

 ……ん? な、何だ? なんか、天龍も龍田も怒っていないな……。

 優しい天龍ちゃんはともかく、龍田は一体何を考えているんだ。

 龍田の言葉によると、俺の無茶な提督命令で、逆に一丸となって結束が深まったといった感じだろうか。

 

 つーか大淀ちゃんはともかく長門ちゃんって……。

 見た目で言えば長門に比べて天龍や龍田は断然若いわけだが、明らかに目上かつ年上であろう群れの長(シルバーバック)をちゃん付けするとは龍田恐るべし……。

 いやそもそも今まで見た目重視で判断していたが、艦娘の実年齢は考えた事なかったな。

 俺はどちらかといえば年上系の方が好みなのだが、横須賀鎮守府の年齢層は一体どうなっているのだろうか……。

 気持ち的に、さすがにお艦鳳翔さんより年上系はちょっと……いや今はそんな事はどうでもいい。そもそも鳳翔さんより年上っぽい艦娘なんて存在しなさそうだしな。知らんけど。

 

 それはともかく、そういえば前の職場でも似たような事があったな……。

 別のグループの話だが、あまりにも無茶なノルマを出してくる上司に対して、その部下の社員達がグループ一丸となり、上司に負けないように結果を出して見返してやろうぜと結束を強めた事が。

 つまり長門が言っていた「提督と戦う」という言葉は、俺を物理的にボコボコにするという意味では無くて、「ド素人クソ提督のどんな無茶な指示にも、艦娘の誇りに賭けて立ち向かう」という意味だろうか。

 確かによくよく考えてみれば上官抹殺宣言を佐藤さんにするのはどうかと思うしな。

 俺は改めて、奴らが口にしていた事を思い返す。

 

『フン……あの男、鉄仮面の下に随分と情けない本性を隠していたものだ……正直、見るに耐えん。ならば、我らが何とかするしかあるまい。奴の下からな……』

『そう……提督がどんな思惑でここに着任したのか……危うく、それを見逃すところだったわ……本当に、救いようが無いわね』

『佐藤元帥、もう……司令官……無理やろ、あんなん。もうアカンわ』

『提督の下にあれば、この神通が修羅と化す。先日の夜戦では提督の事を考えるあまり敵味方の見境が無くなり、吾輩まで沈めようとしたくらいじゃからな』

『私は今まで、何も理解できていませんでした……提督を張り倒してやりたいくらいです。どうか、これから提督と戦わせてくれないでしょうか』

『佐藤元帥っ! 鹿島からもお願いしますっ! 秘書艦としてっ、提督さんが少しでも楽に死ねるよう頑張りますっ! 本気でっ、死ぬまでっ、ヤりますっ! たとえ枯れ果ててもっ、最後まで絞ってっ、ヌきますっ!』

 

 駄目だ、那智や加賀、龍驤、修羅と化した神通に関しては、駄目すぎる俺への諦めと、それに負けないよう立ち向かう意志とも解釈できるが、どう好意的に解釈しても赤鬼(アカギ)淫魔(鹿島)だけは擁護できねェ……!

 アイツらだけは俺と殺り合う気満々じゃねェか……!

 とりあえず地獄の住人達の事は置いておこう。

 長門は「艦隊司令部に逆らう事になろうとも」とか言っていた気がするが……

 つまり逆らった結果として、俺の無茶な命令に立ち向かう事を選んだのだとすれば、艦隊司令部、つまり佐藤さんからの指示は俺に従わない事……そうか、俺の舞鶴への異動の話が進んでいたもんな。

 艦娘達も一度は俺の舞鶴流しに賛成していたが、それが何故、苦労をするとわかっていながら俺に立ち向かう道を……。

 長門ちゃんと大淀が皆をまとめたとの事だったが、何か上手く話をつけてくれたのだろうか。

 

 瞬間――俺の天才的頭脳が答えを導いた。

 そうか、前職での上司と同じ。

 俺の役割は艦娘達の結束を深める為の憎まれ役、仮想敵……。

 横須賀鎮守府の裏で暗躍する黒幕、大淀さんならば考えそうな策だ。

 無能な上司の部下がそれ故に成長し、有能に育つのはよくある話。

 たとえ提督が無能であろうとも、むしろそれ故に艦娘達が団結して結束を深め、個々の成長を促すというメリットを、大淀さんは画策したという事か。

 なるほどな……駄目すぎる俺にもこんな役割を見出すとは、大淀半端ないって! アイツ半端ないって!

 こんなクソ提督をめっちゃ利用するもん! そんなん出来ひんやん普通! 言うといてや、出来るんやったら!

 

 龍田の言う事が事実なのであれば、命の危機というのは少々大袈裟だったようだ。

 しかし、艦娘達からの信頼が地に墜ちている事に間違いは無いようだ。

 やはりすぐにでも信頼を取り戻す策を練る必要があるな……。

 龍田の言った通り、これ以上信用を無くさない為にも、口にしてしまった事を訂正するのはやめておいた方が良さそうだ。

 提督命令とまで言ってしまった事をすぐに改めては、それこそ朝令暮改、感情で物を言うクソ提督の事など誰も信頼しない。

 言ってしまった事はしょうがない。艦娘の皆さんには轟沈、大破は何とか回避して、できれば中破で留めていただきたい。

 俺のメンタルを保つ意味でも、オカズという意味でも……。

 

 俺は覚悟を決めて、龍田の目を見据えて言ったのだった。

 

「……わかった。お前達がそう言うのならば、私も腹を括る事にするよ。至らない私だが、これからも、どうかよろしく頼む」

「あはっ♪ えぇ、こちらこそ、天龍ちゃん共々、どうぞよろしくお願いしますね~」

「うむ。天龍も、これからはなるべく大破しないでくれよ」

「けっ、ンな事気にして気持ちよく戦えっかよ。……まぁ、提督がそう言うんなら、しゃーねぇけどな。提督命令だからな」

 

 まんざらでもなさそうにそう言った天龍を、龍田がニコニコしながら眺めている。

 コイツは本当に何を考えているのかわからんな……気が抜けん。

 ともかく、急いで信頼を取り戻すべく策を練らねば。

 艦娘達のいる前で堂々と『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を広げるわけにもいかんからな……。カッコ悪すぎる。

 努力している姿はなるべく人には見せたくないものだ。

 倉庫の陰に隠れてこっそり読もう。

 

 俺が再び倉庫の中へと戻ろうとしたところで、天龍が声をかけてきた。

 

「おいおい、どこ行くんだよ」

「い、いや、ちょっとな」

「あぁん? まさか、まだイムヤの事気にして落ち込んでんのかぁ?」

「う、うむ。まぁ、そんなところだ」

「マジかよ……情けねぇ提督だなぁオイ」

 

 天龍は腰に手を当てながら、若干引いたような、呆れたような目を向けた。

 いかん、さすがに天龍にも愛想を尽かされただろうか……。

 僅かにそう心配してしまった俺に、天龍はやれやれといった風に息をついたのだった。

 

「ったく仕方ねぇなぁ。元気出るまで一緒にいてやるよ! 仕方ねぇなぁ!」

 

 何故か嬉しそうに天龍はそう言って、俺の隣に寄ってきた。

 そして俺の首を無理やり引き寄せて、腕を回してヘッドロックをしてきたので、必然的にその身体が密着される。

 

「オラオラ! 放して欲しけりゃ早く元気出せ!」

 

 天龍にその気は無いのだろうが、世界水準を軽く超えるクイーンエリザベス(クラス)ウォースパイパイの艦首が俺の頬にむぎゅうと衝突した。

 図らずしもイクと同様、俺を元気にするには最善手であった。

 

 うっひょーーッ! こいつは思わぬラッキー・ジャーヴィス!

 私が出る! Force (エッチ)! 社会の窓が()ーク・ロイヤル! 出撃!

 早漏小魚(ソーロフィッシュ)! 相手(天龍)ゴール(谷間)シュウウウーーッ(shoooooot)

 超! エキサイティンティン‼

 

 思わず俺の股間(ソーフィッ)が格納庫を突き破り、戦艦級巨乳(ビスマルク)追撃戦に出撃しようとした瞬間、龍田の薙刀みたいな艤装が俺の股間の数センチ前方の地面に勢いよく突き刺さった。

 

「あら~、いけない。手が滑って落としてしまったわ~」

 

 俺の股間(ソーフィッ)は瞬時にヒュンと格納庫の中へと引き返した。

 手が滑ったっつーか、具現化してから思いっきり振りかぶって投げていた。

 同志ちっこいのはまるで水風呂に浸かったかのように縮こまってしまっている。

 ヘッドロックされたままの俺を、龍田は氷のような凍てつく視線で見下ろしてから、天龍に優しく声をかけた。

 

「天龍ちゃんも、ここに来る前に聞いてたでしょ~? 提督は、少し一人になりたいんですって」

「あぁ? いや、それは満潮を探す為の口実だろ?」

「……提督も、一人になりたいのよね~?」

「アッハイ」

 

 天龍ちゃんの柔らかヘッドロックが、今は断頭台のように思えた。

 龍田の手は薙刀の柄を握っている。

 首を縦に振らねば、龍田の薙刀がそのまま俺の首に振り下ろされかねん凄みがあった。やっぱり龍田怖いです。

 

「ほらぁ、提督もこう言ってるでしょう? 天龍ちゃんの気持ちもわかるけど、こういう時にそっとしてあげるのも、大切なのよ~」

「そういうもんか……? まぁ、提督がそう言うんなら、仕方ねぇな。ま、落ち込むのはほどほどにして、さっさと出てくるんだぜ!」

「それでは私達は失礼しますね~。ふふっ、早く元気出して下さいね~♪」

「ハイ」

 

 俺の頭は柔らかヘッドロックから解放される。

 ひらひらと手を振って、天龍と龍田は去って行った。

 倉庫ノ中ハネ……冷タクテ……ヒトリハ、サビシィィイイッ‼‼

 一人取り残された俺の心の叫びが、暗く静かな倉庫の中に響き渡ったのであった。

 ドンマイ()風で~す。凹む。




最近7-1で萩風をお迎えでき、ようやく第四駆逐隊を揃える事が出来ました。
そしてローソンコラボの皆可愛いですね。特に舞風が可愛いです。
限定グラとして実装されるのが楽しみです。

大変お待たせ致しました。
物凄く悩んだところなのですが、今回は提督視点から投稿します。
次回は満潮視点になるかと思われますが、もしかするとカットするかもしれません。

いよいよ初秋イベが始まりましたね。
我が弱小鎮守府は今回も完走と新たな艦娘のお迎えを目標に頑張りたいと思います。
欲しい艦はまだまだ沢山いますが、趣味で言うなら磯風と朝風をお迎えしたいところです。
しばらくは逸る気持ちを抑えて情報収集に励みたいと思います。

イベントという事で、次回の更新までしばらくお待たせすると思われますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。
提督の皆さん、お互いに頑張りましょう。





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