ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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046.『資格』【艦娘視点】

 暗く静かな倉庫の奥で、私は一人、膝を抱えて泣いていた。

 真昼にも関わらず倉庫内の空気はひんやりと冷たい。

 倉庫の中には装備品の類が整理もされずに乱雑に押し込められており、足の踏み場も無いくらいだった。

 私はそれをかき分けて、誰にも見つからないようにその奥の空間に身を隠した。

 我武者羅に、無我夢中に走って、気が付いたらここにいた。

 こんなところに隠れるのは初めての事だ――自分から出て行かない限り、誰にも見つからないかもしれない。

 それでもいいと思った。

 その方が、これ以上皆に迷惑をかけないで済む、と思った。

 

 ――散々な結果だった。

 

 私のせいでイムヤは取り返しのつかない傷を負い――私の異変を見過ごせなかった朝潮達が陣形を崩した為、連携が上手くいかず、そして被弾を避けられずに中破した。

 疲労で石を背負っているかのごとく身体も動かず、放心状態になった私はもう何もできず、ただただ、朝潮達が必死に戦う姿を見ているしかできなかったのだ。

 格下の相手とは言え、私という足手纏いを抱えながら数の不利を跳ね返し、何とか敵を撃滅した朝潮達は、遠い存在に思えた。

 私は文字通りの足手纏い――朝潮の、大潮の、荒潮の足を引っ張っただけだった。

 

「……うぐっ……ひっぐ……! グスッ……!」

 

 自身のしでかしてしまった事の重大さに、私は今まで茫然自失していたが――今頃になって、悔し涙が溢れて止まらない。

 結果として、イムヤは轟沈を免れた。

 あの司令官が関わっているのであろう、応急修理要員によって一命を取り留めた。

 だからといって、私にイムヤの生還を喜び、嬉し涙を流す資格なんて無い。

 謝って償える事では無い。

 安堵など出来る訳が無い。

 一度はイムヤが沈んでしまったという事実は――無かった事になどならない。

 

 全ては私のエゴだった。

 皆と一緒に戦いたいという私のエゴに、皆を巻き込んでしまった。

 

 ――最悪だ。

 

 川内さんにあれだけ優しく諭されたのに、川内さんの顔に泥を塗るような真似をしてしまった。

 私を信じて編成を変更してくれた大淀さんにもだ。

 何も成長していなかった。

 頑張ったつもりになって、努力した気になって、実際は何も変われていなかった。

 

 練度だけの問題では無い。

 私のこういう最悪な所を、あの司令官は見透かしていたのかもしれない。

 自分でも捻くれた性格だと思う。

 遠征艦隊から私一人だけ外されてしまった時も、私は自分に落ち度があるなどと考えずに、真っ先に司令官を恨んだのだ。

 嫌な人だと思った。気に入らない人だと思った。

 司令官が人並外れた指揮能力の持ち主だとわかった後にも、前司令官のように悪い人では無いとわかった後にも、それは根強く私の中に残っていた。

 他の艦娘達はすぐに気持ちを切り替えて司令官の事を信頼し、その性能を大きく向上させていた。

 朝潮や大潮、荒潮、口では憎まれ口を叩いている霞も同様だ。

 きっとそれが心の強さのひとつでもあるのだと思う。

 それを私は、「すぐに掌を返して、恥ずかしくないのか」などと考えていたのだ。

 

 私は弱い。

 第一印象で司令官に抱いた印象――私だけを編成から外した、気に喰わない司令官だという逆恨みは、未だに私の中に残っている。

 

 ――私だけだろう。司令官への信頼による性能強化をろくに得られていなかったのは。

 

 そういう意味でも、私は今の横須賀鎮守府で一番お荷物な存在だ。

 そしてこのまま、置いて行かれるだけだろう。

 

 私は何でこんな性格なんだろう。

 何でこんなに心が狭いのだろう。

 何でこんなに度量が小さいのだろう。

 自分の事しか考えられないのだろう。

 司令官が私達の事をとても大切に思っているという事は、先ほどの奇跡的な光景で十分に伝わってきた。

 あの提督命令と共に流された涙に嘘は無い。

 司令官がとても優しい人だってよくわかってる。

 それをわかっていながら、何故私は素直になれないのだ。

 

 もう、嫌いだ。大嫌いだ。

 こんな性格が、こんな自分が大嫌いだ。

 私なんかが、出撃しなければよかった。

 口を出さなければよかった。

 手を上げなければよかった。

 皆と一緒にいたいと願わなければよかった。

 当初の予定通り、霞が出撃していれば、皆が負傷する事も無かった。

 皆を傷つけたのはこの私だ。

 

 もう、駄目だ。

 朝潮達にも、霞にも、川内さんにも、大淀さんにも、イムヤにも、司令官にも、合わせる顔が無い。

 私の為に入渠枠が一つ潰れるのも、入渠と補給の為の資材も、勿体ないと思った。

 

 私の周りを囲む、必要とされるわけでも、廃棄されるわけでもなく、存在を忘れ去られて放置されている装備品のように。

 このままずっと、誰にも見つからずに、ここにいれば――。

 

 瞬間。倉庫の中に、一つの足音が響き渡った。

 私は反射的に息を止める。

 こんな倉庫に用があるのは、夕張さんか、明石さんか――そう思っていた私の方へと、その足音は迷う事なく近づいてきた。

 顔を上げると、その先には司令官が立っており、私へ目を向けていたのだった。

 薄暗くてその表情は見え辛かったが、あちらも私の姿を見つけたのか、足を止めて何やら考え込んでいるようだった。

 

 ――なんで……こんなところに、迷い無く……。

 

 もしかして――私を……探しに……?

 

 少し時間をおいて、司令官は足元に散らばる装備品の山を乗り越えながら、ゆっくりと私へと歩み寄ってきた。

 驚きのあまり逃げる事も声を上げる事もできず、私は膝を抱えたまま座り込んでいた。

 中破したままの私を見ていられなかったのか、司令官は着ていた軍服の上着を脱いで私に肩から羽織らせ、隣に腰かけながら言ったのだった。

 

「隣、いいか?」

「……もう座ってるじゃない……」

「そ、それもそうだな」

 

 司令官には目も合わせずに、抱えた膝に顔を埋めたまま、私はぶっきらぼうに答えた。

 情けないような頼りないような、妙に気の抜けた返事をした後、司令官は私の隣にただ座っていた。

 倉庫の中を再び沈黙が包む。

 

 言わねばならないと思っていたものの、いざ口に出そうとすると躊躇してしまう。

 私は膝に埋めていた顔を上げ、涙を拭って、司令官の方は見ずに小さく呟いた。

 

「……司令官、イムヤを救ってくれて、ありがと……」

「ん、あ、あぁ……あれは私じゃない。この応急修理妖精さん達が助けてくれたんだ。情けない事だが、あの時、私は何も出来なかった……」

 

 司令官がそう言うと共に、その近くにいたのであろう応急修理妖精さん達が私の膝の上に飛び乗って来た。

 そして私の顔の前で身振り手振りをしながら、何かを伝えようとしているようだった。

 私には何を言っているかわからないが、司令官には妖精さん達の声も聞こえているらしい。

 

「……励ましてくれてるの?」

「うむ。もう大丈夫だから泣くなと言ってるぞ。お前が精一杯頑張った事も、よくわかってるそうだ」

 

「――……ッ!」

 

 妖精さん達の励ましと司令官の言葉に、私の目に再び涙がこみ上げてきた。

 そしてもう堪え切れずに、私はまた膝に顔を埋め、ぼろぼろと涙を零す。

 

「いくら頑張ったって、こんなんじゃ何の意味も無い……! 私、自分の事しか考えてなくて……! 頑張った気になって……! そのせいで皆に迷惑かけて……! イムヤを救えなくて……‼ 何の役にも立てなかった! ただの足手纏いだった! 私、私っ、もう、自分の事が嫌い……! 大嫌い……‼」

 

 その後はもう言葉にならなかった。

 わぁぁ、と大声で泣き叫び、喚き散らした。

 司令官や妖精さん達の励ましの言葉が、何よりも不甲斐なかった。

 自責の念と自己嫌悪に押しつぶされてしまいそうだった。

 

 私の泣き声が少し落ち着いたところを見計らうように、司令官はぽんと私の背中に手をやりながら、言ったのだった。

 

「ま、まぁ落ち着け。とりあえず、何があったのか聞かせてくれないか」

「報告なら朝潮からもう聞いたでしょ……! 私がっ、私のせいでっ!」

「聞きたいのは報告じゃない。満潮から、何があったのかを聞きたいんだ」

 

 司令官のその言葉に、私は初めてこの目を司令官に向けた。

 私を気遣うような、困ったような、優しい目をして、何て厳しい事を言うのだろうと思ったからだ。

 私が醜態を晒した原因は、川内さんや朝潮、大淀さんなどに尋ねればおおよその推測はできるだろう。

 しかし、司令官はそれをせずに私を探し、私の口から直接話させようとしている。

 あんな事があったのだからそっとしておいてやろう、とは言わずに――この司令官は、優しいのか厳しいのかわからない。

 

 ……いや、司令官のそれは優しさ故の厳しさなのだと、先日の勝利に沸いた私達が結論づけていた事だ。

 おそらくこれも、私の事を思っての事なのだろう……。

 それを理解していながらも、反射的に文句を言ってしまいそうになった自分が本当に嫌いだ。

 

 感じたままに聞きたい、と司令官は言った。

 報告の(てい)を成していなくてもよい、という事だろう。

 私はもう難しい事は考えずに、司令官に促されるがままに、思うがままに言葉を紡いだ。

 

「……一昨日(おととい)の遠征で、私だけ第八駆逐隊の面子から外されて……凄く、悔しくてっ……!」

「……うん」

 

「でもっ、いつもみたいに塞ぎこんでる私を、川内さんが励ましてくれてっ! 少しでも、一歩ずつでも、頑張らなきゃって思ってっ! 川内さん達の演習にも参加させてもらってっ……! 凄く辛かったけど、頑張って……」

 

「今朝、大淀さんから編成が発表された時……また、私だけ外されてて……私、思わず声をあげてて……! 本当は、疲れてて、万全じゃなかった……! 出撃できる状態じゃなかったのに、皆に置いていかれたくないって、自分の事だけ考えて! 疲れも隠して……!」

 

「川内さんも、私の事を思って、推してくれて……大淀さんも、私を編成に入れ直してくれて……でも、私、呑気に喜んでて……!」

 

「制海権を取り戻した近海だからって、敵も格下しかいないって、甘く考えて……!」

 

「……イムヤ達を救援に向かった時、身体がうまく動かなくて……私のせいで、連携がうまくいかなくて……」

 

「最後の最後まで、自分の事しか考えられなくて……!」

 

「朝潮も、大潮も、荒潮も……! イムヤも! 皆、皆、私のせいで傷ついて‼」

 

「出撃しなきゃよかった……! あの時、声をあげなければよかった! 何もしない方がましだった! 私なんていなければよかった! 全部、全部、私のせいで……!」

 

「私、もう、皆に合わせる顔が無い……! 皆と一緒にいる資格なんて無い‼」

 

 そこまで言ったところで、私はもう我慢が出来なくて、再び泣き崩れてしまった。

 自分がしでかしてしまった事を改めて口にするという事が、こんなにも辛い事だとは思わなかった。

 咽び泣く私を気遣ってか、司令官は何も言わずにただ隣に寄り添っていたが、しばらく経ってから、私の肩にぽんと手が置かれる。

 

「今のお前に、よく似た子を知っているんだ」

「……?」

 

 いきなり何を言い出したのか意味がわからず、私は涙を拭って司令官に怪訝な目を向けた。

 

「その子は駅伝の選手でな……駅伝、知ってるか?」

「う、うん……」

「ひとつの(たすき)を繋いで走る競技だ。ひとりでも欠ければ襷は繋がらない……その子はチームのエースでな。仲のいい仲間達と共に頑張っていたよ。小さい頃から足が速くて、親にもそれを褒められてて……だからかな。いつしか、走る事がその子の全てになっていた」

「周りからの期待も大きかった。頼りにされてたんだ」

 

 ゆっくり、ゆっくりと、懐かしむように、司令官は言葉を紡いだ。

 私の脳裏に、私とよく似ているという女の子の姿が浮かぶ。

 外見まで似ているかはわからないが、何故かジャージを着ている自分自身の姿のように思えた。

 

「大会が近くなったある日、その子は足に違和感を覚えた。日に日に痛みは引かなくなった……だけどその子は、私にも、誰にも相談しなかった。病院にも行かなかった。ドクターストップがかかるのが怖かったんだな」

「その子は走ること以外は少し苦手で……自分に自信が持てない子でな。気付けば、走る事にしか自分の意味を見出せなくなっていた。皆の期待を裏切るのが、そして何よりも、共に走る仲間に置いていかれるのが怖かったんだ……」

「病院に行かないかぎりは、病名がつく事も無い。それを知る事が怖くて、休む事が怖くて……その子は周りにそれを隠して、無理をして大会に挑んだんだ」

 

 まるで自分の話をしているのではないかと思うほどに、その子の気持ちがよく理解できた。

 もしも私が人間で、その子と同じ立場にあったとしたら、きっと私もそうしただろうと思ったほどだ。

 何しろ、その子の行動は、つい先ほどの私とほとんど同じなのだ。

 

 その子は走る事しか自信が無くて。

 休むのが怖くて。

 仲間に置いて行かれたくなくて。

 周りに足の痛みを隠して、無理をして大会に挑んだ。

 

 その子と私が似ているのなら、その結果は――。

 

「そして大会当日――その子は襷を繋げなかった」

 

 私は思わず、目を見開いてしまった。

 予想通りでありながら、違っていてほしいと心の底で願っていたせいかもしれない。

 司令官はどこか思い出すのも辛そうに、言葉を続ける。

 

「次の走者は目の前にいた。あとたったの数十メートル。だがそれは、その子にとってはあまりにも遠かった……その子はもう痛みで走れる状態では無かった。余りの痛みに膝を折って、立ち上がる事さえ出来なかった」

「大勢の観客の前で、走るどころか無様に這いつくばって、泣きながら手を伸ばして必死に襷を繋ごうともがいたけれど、間に合わなかった」

「激痛を堪えて何とか立ち上がって、足を引きずりながら這う這うの体で進んだけれど……無情にも時は過ぎて、その子の目の前で、次の走者は強制的にスタートさせられた」

「あの時のその子の姿は、見ていられるものではなかったよ」

 

 その子の絶望が、私と重なった。

 襷が繋げなかった――それはつまり、チーム全体の命が自分のせいで途絶えてしまったようなものだ。

 私の立場に例えれば、自分のせいで艦隊全体が取り返しのつかない大きな被害を受けた事と同じ。

 どんなに頑張ったって、這いつくばったって、時間は待ってくれないし、現実は非情だ。

 私がどれだけ必死になっても身体が動いてくれなかったように、目の前でイムヤを救えなかったように――。

 

 目の前で遠ざかっていく走者を見送ったその子は、チームの命が途絶えた瞬間を目の当たりにしたその子の絶望は如何ばかりだっただろうか。

 

「その後、急いで病院に連れていかれて……走りたくても走れなくなっていて……その子は走るのをやめた」

「大きな舞台で皆の足を引っ張って、台無しにした。自分が無理しなければ、襷を繫げていた。仲間達に合わせる顔が無いと言って、退部して……テレビでも放送されてたから大恥をかいたと言って……一時期は部屋に引きこもって、学校にも行こうとしなかった」

「自暴自棄になって、杖をついて歩くのも嫌がって……もう走らないのだから意味は無いと言って、治療にもリハビリにも行こうとしなかった」

「走る事に全てを捧げてきたその子は、走れなくなった絶望と自己嫌悪で、もう生きる気力を無くしてしまったんだ」

「今の満潮を見ていると、あの時のその子の事を思い出すよ」

 

 そこまで話すと、司令官は一息ついた。

 どこか、その目には後悔の色が浮かんでいるように見えた。

 無理をした結果、取り返しのつかない事になった。

 自分の最も大切なものを失って、周りにも迷惑をかけて――その子が全てに絶望して、生きる気力を無くして引きこもってしまった気持ちはよく理解できた。

 今の自分と全く同じだからだ。

 

 今回は司令官のおかげでイムヤは助かったが、何かひとつ間違っていれば、イムヤだけではなく他の皆も、下手したら朝潮達さえも失ってしまっていたかもしれない。

 そうなってしまったら、私は一体どうなってしまっただろうか。

 そう考えれば、大切なほとんど全てを失ってしまったその子に比べれば、今の私は少しだけマシなように思えた。

 それと同時に、私よりも深い絶望に包まれたであろうその子の事が気になった。

 司令官が話している事は過去の話――ならば、私によく似た、私よりも深い絶望の底にあったその子は、今、どうしているのだろうか。

 

 司令官が再び口を開くのを待ちきれずに、私の方から問いかける。

 

「……その子は、その後、どうなったの?」

 

 小さく息をついて、司令官はそれに答える。

 

「しばらく走る事から離れていたけれどな。一年くらい前から、一人でまた走り出したよ。一歩一歩、リハビリから始めて……前のように走れるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。そして今までをひどく後悔しているよ」

「後悔……?」

「何もしなかった時間、リハビリに励んでいれば、今頃は元のように……また皆と共に走れるようになっていたかもしれないとな」

 

 再び走り出したという事に驚きつつも、その子が抱えたという後悔について私は考えた。

 それは至極当たり前の事だ。時間とはそういうもの。

 早く治療をすれば、早くリハビリに取り組めば、それだけ早く復帰できるだろう。

 逆にそうでなければ、それだけ復帰するのが遅れてしまう。

 それは私達に例えれば、入渠だろうか。

 私達が戦闘で負った損傷は、入渠しない限り、自然には決して治らない。

 こんなところに隠れて、引きこもっていても、決して治りはしないのだ。

 私がここに身を隠して、引きこもって、一体どれだけの時間が経っただろうか。

 これからどれだけの時間、私は入渠せずに逃げ回るつもりだろうか。

 その間、私は回復しない――それでいいと思っていたが、本当にそうだろうか。

 

 私は、その子のように……私によく似たその子のように、後悔しないだろうか。

 

「……その子は前と同じように走れるようになるの?」

「わからない。その子は今高校生だ。リハビリを続けても、卒業までに間に合わないかもしれない。完治しても、大会に出られるほど記録が伸びないかもしれない。何より、あの時の失態が消えるわけじゃないし、過去は決して変えられない。迷いと後悔は尽きないが、その子はそれでも、たった一人で歩き出す事を選んだんだ。何故だかわかるか?」

「……」

 

 私の問いに、司令官は迷わずにわからないと答えた。

 口先だけの希望的観測ではなくはっきりと事実を述べた事に、司令官の厳しさを改めて感じたが――捻くれた私の胸に、今はすんなりと沁み込んだ。

 言葉だけの優しさなど、この司令官には必要ないのだ。

 言葉にできない優しさを、この司令官は確かに持っているから。

 

 厳しい現実と、決して尽きない迷いと後悔。

 その中で、私によく似たその子は、何故再び一人で歩き出したのか――沈黙する私に、司令官は言葉を続けた。

 

「――未来は変えられるからだ。その子は同じ歴史を二度と繰り返さない事を選んだんだ。今度こそ間違わないように。そして、あの時あぁしていればと、もう二度と後悔しないように」

 

「……同じ、歴史を……」

 

 ――そう、それはきっと、私達艦娘にとって、とても大切な事。

 

 周期的に、まるで歴史をなぞるように、世界中のかつての戦場に現れる大型の深海棲艦達。

 史実反映型と呼ばれる大規模侵攻――。

 数年前、敵上陸部隊が集結しつつあったレイテ湾におけるそれも、そうだった。

 地獄の海、地獄の夜――。

 あの時、私は、私達は――西村艦隊は、過去を繰り返したか?

 違う。私は、時雨は、朝雲は、山雲は、最上さんは、山城さんは、扶桑さんは、志摩艦隊、栗田艦隊、皆、皆。

 全鎮守府の総力を持って、かつての歴史を繰り返さないように、まるでやり残した事を、もう一度やり直すかのようにして。

 

 進めたのだ。あの海峡の先へ――。

 まるで扶桑さんと山城さんの影のような深海棲艦との長い戦いにも、やがて朝は訪れて――暁の水平線に、勝利を刻めたのだ。

 

 未来は、変えられる。

 同じ歴史は、繰り返さない。

 

 私達艦娘がもう一度この海の上に立つ意味は――。

 

 ならば、今の私は――?

 入渠すら拒否して、逃げて隠れて、今、朝潮達に危機が訪れたら。

 私はそれからも逃げるのか。かつて後悔した事を、諦められるのか。

 それが歴史を変えるという事なのか――。

 

 司令官の手が私の頭に乗せられ、その指先がぽんぽんと毛先を撫でた。

 少しくすぐったいが、心地よかった。

 

「変わろうとしたんだな。だが、今回は少し焦りすぎだったな。変わるという事には物凄く大きな力と長い時間が必要なんだ。勉強だって運動だって、何だってそうだ。一日や二日では劇的に変わる事なんてできやしない……その気持ちは、私だってよくわかる。この数日間だけで、私も何度も挫折してるからな」

「……司令官も?」

「うむ。お前達に信頼されるような、立派な提督になろうと……そう考えてはいるんだがな。ついさっきも、情けないところを見せてしまってな……我ながら自分が嫌になるよ」

「……」

 

 嘘だとか、謙遜だとか、そういった色は一切見られない。

 司令官のこの言葉は、きっと本心からのものだろう。

 まるで欠点のない完璧超人のように見える司令官ですらも、まだ自分を変えようと悩んでいる。

 先ほど見せた泣き顔は、司令官にとってはきっと私達には見せたくなかったところなのだろう。

 上官としてはあまりにも頼りないあの姿だ。そう考えてもおかしくはない。

 

 変わろうともがいていたのは、私だけでは無い――司令官ですらそうなのだから、他の皆も、きっと何かしら、そうなのだろう。

 

 司令官は私の髪を指先で撫でながら、言葉を続ける。

 

「まぁ、それはともかくとして……たった一晩で生まれ変われるような魔法なんて、存在しないんだよ。潮が満ちるには時間がかかる。大事なのは当たり前の事を継続する事……たとえ一度上手くいかなくても、それでも続ける事だ。迷ったっていいし、転んだっていい。迷った時には引き返せばいいし、転んだ時には立ち上がればいい。何回凹んだって、すぐに立ち直ればいい。自分が諦めない限り、自分に負けは無いんだ。きっといつかは変われるさ」

「……うん……」

 

 司令官の言葉は、あまりにも当たり前の事だった。

 そんな事をわざわざ改めて言われる必要は無い、と、いつもの私であったなら突き返したくなるくらいだ。

 だが――それこそが、当たり前の事こそが、生まれ変わるためのたった一つの方法なのだろう。

 

 私達が敵棲地まで飛んでいけないように。

 苦難に満ちた航路を切り拓きながら一歩一歩進まねばならないように。

 

 自分を変えること。

 静かな青い海を取り戻すこと。

 きっと、どちらも本質は同じなのだろう――ならば、たった一度の間違いで挫折などしていられない。

 

「とりあえず、今満潮がやらなきゃいけない事は、補給と入渠だな。朝潮達が待ってるぞ? 満潮と一緒に入渠したいと言ってな」

「朝潮達が……?」

 

 司令官の言葉に私は一瞬嬉しくなってしまったが、すぐにそれを自省して、その感情を抑え込んだ。

 私のために入渠を待ってくれている朝潮達の優しさが身に沁みたが、それをこんな私が受け取っても良いものなのかと思ってしまったからだ。

 再び顔を伏せて、自らの感情を否定するように言葉を吐いた。

 

「で、でも、こんな私なんかが、皆と一緒に戦う資格なんて――」

 

 瞬間、私の髪を撫でていた司令官の手が離れ、私の肩をがしりと掴んだ。

 まるで抱き寄せられるような形になり、私は驚いて司令官の顔を見る。

 今まで私の方を見ないで、どこか遠くを見つめながら話していた司令官が、はっきりと私に目を向けていた。

 その真剣な瞳に射抜かれて、私は肩を抱かれた事に対する抗議や反抗のリアクションを取る事さえも出来なかった。

 息を呑んだ私に、司令官は優しく、しかし力強く、言ったのだった。

 

「資格なんて働きながら取ってしまえばいいんだ。少なくとも私はそうやって生きてきたし……資格なんて無いのに働いているのは今も同じだ」

 

 ……資格という、曖昧な言葉。

 私が口にした資格とは、一体何だっただろうか。

 皆と一緒に戦う資格は、一体どうすれば得られるのだろうか。

 自分で口にしていながら、私は自分の問いに答える事が出来なかった。

 それはきっと私が皆から距離を置こうとしている口実に過ぎないという事を、司令官はよく理解できていたのだろう。

 

 司令官の言う資格とは、何だろうか。

 働きながら取ればいい、今は資格が無いのに働いている……おそらく、私達の司令官となる資格という事だろう。

 司令官は着任初日のあの戦いにおいても、皆を見送る事しかできない自分が悔しい、と、鳳翔さんに零したという。

 そして、自分は情けない、頼りない提督だと、私達に信頼されるような立派な提督であろうと、変わろうともがいているという。

 きっと、司令官はそういう意味で、まだ私達の司令官となる資格なんて無いと考えているのだろう。

 

 しかし、だからといって、資格を得るまで着任しない、なんて悠長な事はしない。

 着任して、働きながら、その資格を得ようと考えている。

 もしも司令官がその資格とやらを優先していたら――今頃横須賀鎮守府は壊滅していた。

 そして今――横須賀鎮守府の艦娘達に尋ねたならば、司令官の資格が無いなどと言える者は一人としていないと断言できる。

 

 資格なんて、結果なんて、きっと後からついてくる。

 それまでは、もがきながら、足掻きながら、転びながら、迷いながら、傷つきながら――それでも立ち上がりながら、進み続けるしかないのだろう。

 

 ……司令官もきっと、そうやって生きてきたのだ。

 

 少しだけ惜しいような気がしたのがどこか悔しかったが、私は無理やり身体に力を入れて重い腰を上げた。

 肩を抱いていた提督の手が、必然的に離れる。

 ボロボロのスカートの埃をぱっぱと払い、私は意を決して呟いた。

 

「……わかった。出てく」

「お、おぉ、そうか。よし、しっかり休むんだぞ」

「うん……」

 

 どこかほっとしたようにそう言った司令官に目を向けず、私は光の差す倉庫の出口へと歩を進めた。

 励ましてくれてありがとう、と言えなかった自分の小ささに、さっそく落ち込んでしまう。

 陰から再び光の下へと足を踏み出す事に少し躊躇してしまったが、まるでタイミングを計ったかのように、司令官が後を追ってきてくれた。

 何も言わずに、私の方を一瞥もせずに、先ほどまでと同じように、ただ私の隣に寄り添ってくれた。

 

 それが不思議と、心強かった。

 何故だろうか――この情けない、頼りない、まだ私達の上に立つ資格が無いらしい司令官は、私に何かを与えてくれる。

 一晩で生まれ変われる魔法なんて無いのだと理解しながらも、私の何かを変えてくれるような気がする――。

 

 そうして、私は先ほどまでの躊躇などまるで忘れてしまったかのように、いとも容易く、倉庫の外へと――光の下へと、再び足を踏み出したのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「そうだわ~、朝雲姉~。さっきの話、朝潮姉たちにも聞かせてあげなきゃ~」

「さっきの? 山雲、何の話かしら」

 

 朝潮達と合流し、入渠施設へと向かう途中、山雲が口にした言葉に、朝潮が問いかけた。

 朝雲と山雲、そして霞の話によれば、私達が出撃している最中に、佐藤元帥がいきなり視察に訪れたらしい。

 そしてそれを通して一悶着あったらしいが、司令官が私達の事をどれだけ大切に思っているか――それだけでなく、司令官が私達に隠していた、自身の病等の事情に関しても知る事になったのだとか。

 

 自らの勲章と引き換えに、資材を融通してもらえるよう頭を下げ――。

 手術をしても治らない病による激痛や流血を伴う発作に苦しみながら、それを私達には隠し――。

 元帥から異常に気を遣われ、明らかに只者では無い身分であり、それらの事情から横須賀鎮守府からの異動を提案されるも――。

 前指揮下で辛い思いをしていた私達の為に、死に場所はここだとすら言い切って、ここに残らせて下さいと元帥に頭を下げたという――。

 

 それを直接見聞きしたからだろうか。

 よく見れば朝雲も、山雲も、霞も、霰に至るまで、目の輝きが違うように感じられた。

 特に霞は、一番反抗的な態度を取っており、今も不貞腐れたような顔でありながら、何故か一番輝いているように見える。

 表面上の態度は変わらないが、いつも大人しい霰がやけに張り切っているようにも見えた。

 

「し、司令官が……そこまで……⁉ ……司令官っ! 了解しました‼ こ、この朝潮、これより片時も司令官の側を離れませんっ‼ か、感服、感服しまっ……‼」

「あらあらぁ、そんなに私達の事、大切に思ってくれているのねぇ……ふふっ、提督……私も、好きよ……?」

「朝潮姉さん! 司令官の思いに応えられるよう、アゲアゲで参りましょう! おーっ!」

 

 工廠の倉庫の方角を振り向いて、朝潮が感涙に咽び泣きながら敬礼した。

 朝潮だけは何だかもう引き返せないところまで行ってしまったような気がした。

 大潮と荒潮も元々友好的ではあったが、司令官の事を更に一段と見なおしたようだった。

 今までの自分の態度を顧みて恥ずかしい思いをしているのは、おそらく私と――あと霞くらいのものだろう。

 

 艦娘達の視線の無い浴場での言葉に、艦娘達への見栄は無い。

 つまり、司令官は心から、私達の事を思っているという事だ。

 自然に自分の心の狭さ、度量の小ささと比較してしまい、私は心中で一人恥じた。

 もともと司令官に好意的だった朝潮達は、司令官の事を一層見直しただけだろうが、反抗的な態度を取っていた私は合わせる顔が無い。

 何とも言えない表情をしていた霞と目が合った――何となく、シンパシーを感じる……。

 

 入渠施設の扉を開け、脱衣所に足を踏み入れると、休憩用のベンチに腰かけていた金剛さんがこちらに目を向け、気さくな笑顔で声をかけてきた。

 

「あっ、満潮も合流したのデスネ? 良かったデス」

「はい。司令官が一人で探して下さって……ご迷惑をおかけしました」

「提督が……フフッ、そうデシタか! 流石は私の提督デース!」

 

 朝潮の報告に、金剛さんがまるで自分の事のように嬉しそうな笑みを浮かべたところで、浴場と脱衣所を繋ぐガラス戸が開かれる。

 

「イムヤが元通りになって本当に良かったの!」

「う、うん、スク水も脱がしてくれてればもっと良かったんだけど」

「面倒だったでち」

 

 そこから姿を見せたのは、傷ひとつ無いスクール水着とセーラー服を纏ったイムヤと、逆に一糸纏わぬ姿のイクとゴーヤだ。

 おそらくイムヤの装束を脱がさないまま湯船に放り込んだのだろう。

 全身ずぶ濡れだったが、潜水艦であるからか、イムヤは案外不快そうなそぶりを見せなかった。

 私は言わねばならない事があるのだとわかってはいたが、胸が詰まって言葉にする事ができず――私達の姿を目にしたイムヤの方から、泣きそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。

 

「皆……! 助けに来てくれて本当にありがとう……‼ 私、なんてお礼を言ったらいいか……!」

 

 回復が早い潜水艦なだけあって、イムヤはすでに全快しているようだった。

 特にイムヤはその性能の低さ故にか、他の潜水艦と比べても格段に早い。

 先ほどまで消滅しかけていたとは思えないほどだ。

 大きく頭を下げたイムヤの姿を見て、私は安堵や後悔の感情を混ぜこぜにしたような熱いものが喉にこみ上げてきて、声を出す事が出来なかった。

 それでも謝らなければと、私は胸の奥から無理やりかすれた声を絞り出す。

 

「……ごめっ……ごめん……なさい……‼ わっ……私のせいで……っ!」

「み、満潮……泣かないで。満潮は悪くないよ、悪いのは全部、大破進軍した私なんだから……私のせいで、満潮にもこんな思いをさせちゃって……」

 

 気付けばまたぽろぽろと涙が零れてしまい、そんな私にイムヤは心から心配そうな声をかけてくれた。

 口先だけの慰めではなく、イムヤ自身もそうなのだと反省している事が伝わってくる。

 そもそもイムヤが大破進軍しなければ、こんな事にはならなかったのだと――。

 それでも、助けられたかもしれないところで足を引っ張り、イムヤを轟沈させてしまったのは他ならぬ私なのだ。

 私は頭を下げながら、首を振った。

 

「違う……私だったから、助けられなかった……! 私があの時、声を上げなければ、霞が出撃していれば――」

「……満潮。その事なんだけど」

 

 私の言葉に割り込むように背後から声をかけてきたのは、霞だった。

 振り向くと、霞は視線をどこかに逸らす。

 

「さっき、皆から聞いたわ。イク達からの救援要請があった時、あんたの私物の海図を参考にして救援に向かったのよね。その結果、潜水艦隊が襲われている現場まで迷わずに辿り着けたって」

「……?」

「胸を張って言える事じゃないけど……あんたの代わりに私がその場にいたら、場所の目星はつけられなかったわ。そうすると、六駆の皆がそうだったように、そもそも救援が間に合わなかったかもしれない。私達が辿り着いた時には、イムヤはもう沈んだ後だったかもしれない……」

「……え……?」

 

 霞が何を言っているのか意味がわからなかった。

 腕組みをして、どこか居心地が悪そうな表情で、霞は言葉を続ける。

 

「今回は応急修理要員(ダメコン)で何とか助かったけど、もしもそうなったとしたら、司令官でもどうしようもなかったと思う……そして、轟沈させてしまった事、あの司令官はきっと耐えられない、と思う……」

「……」

「結果論かもしれないけれど……あの時、満潮が声を上げなければ、きっと――そうなってたわ。慰めとかじゃなくて、本当に。出撃したのが私だったら、救えなかった」

 

 わけがわからなかった。

 疲労を隠して私が霞の代わりに出撃したせいで、イムヤを助ける事が出来なかった。

 だけど、私が声を上げていなかったら――。

 朝潮も、大潮も、荒潮も、霞も、万全の状態。

 だが、救援要請を受け取った時に、そもそも場所の目星が付けられない。

 第六駆逐隊の皆も、場所を間違ってしまった結果、合流できたのはイムヤが取り返しのつかない被害を受けてからだった。

 朝潮達もそうなっていた可能性が――。

 

 霞の言葉を聞いていたイクとゴーヤが、バスタオルで髪を拭きながら声を上げる。

 

「あの時皆が来てくれなかったら、イク達も危なかったの!」

「イムヤだけじゃなくて、ゴーヤ達も一緒に沈んでたかもしれないでち……考えただけでも恐ろしいよぉ……!」

 

 私はあの時何もできなかったが、朝潮達が奮闘したおかげで、潜水艦隊を襲っていた敵水雷戦隊を撃滅する事が出来た。

 もしもあの場に私達が辿り付けなければ、少しでも遅れていたら。

 たった三隻の潜水艦達は、水雷戦隊三隊、十隻以上の敵艦から袋叩きだ。その結果がどうなるか――考えるまでも無い。

 

 私は足を引っ張っていた。

 ()()()では何もできなかった。

 だけど、私がいなければ、そもそも()()()に辿り着く事が出来なかった――?

 もっと、被害が広がっていた……のか?

 

 少しずつ理解ができつつも、まだ放心状態で固まってしまっている私の肩に、ぽんと手が置かれた。

 私達の様子を眺めていた金剛さんが、相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべている。

 

「話は大体わかりマシタ。満潮が無理を押して出撃した事で、確かに満潮はそれを救う事ができず、イムヤは轟沈してしまいマシタ……しかし、敵艦隊の撃滅に成功し、イムヤも提督に救われて……結果的にこうやって皆、無事に生きてマス。もしも満潮が出撃していなければ、おそらく救援が間に合わずに潜水艦隊は全滅……そうなると私の提督のハートもブレイクしてしまい、私が慰めても立ち直らせる事は出来なかったでしょう……つまり満潮は私の恩人でもあるわけデスネー! いや、満潮は横須賀鎮守府を救ったとも言えマスネー!」

「はっ、はぁ……っ? そ、そんなの、ただの偶然で……」

 

「難しく考える事は無いのデスよ。今回の結果は、確かに満潮が意図しなかった、神がかった偶然だったのかもしれマセン。しかし――救われた側からすれば、そんな事はどうだっていい事なのデスよ。たとえそれがただの偶然だったのだとしても、意図しない事だったのだとしても、何かの間違いだったのだとしても――救われた事には変わりないのデスから」

 

 金剛さんのその言葉に、イムヤ達三人が力強く頷いてくれた。

 ふわり、と柔らかな感触が私を包む。

 金剛さんが、その胸に私を優しく抱きしめてくれたのだ。

 感触は全く似ても似つかないものだったが、どこか司令官に肩を抱かれた感覚に似ているような気がした。

 そのまま、後頭部をそっと撫でられる。

 

「満潮、Thank you very much indeed(本当にありがとう)……」

 

 いいの、だろうか。

 皆……そう言って、くれるのか。

 自分の事しか考えていなかった私が。

 捻くれて、いじけてばかりの私が。

 私が、こんな私が――イムヤを救う事が出来たのだと。

 

 気付けば私はその場に崩れ落ちて、金剛さんの胸の中で、大きな声を上げて泣いていた。

 今日何度目になるかわからない涙だったが、それは今までのものとは違っていた。

 後悔でも自責でも無い、歓喜でも安堵でも無い――。

 

 気付き、決意、誓い――上手く形容する事が出来なかった。

 

 ただ、何となく――司令官が話してくれた私によく似た子も、再び走り出す前に、今の私と同じ涙を流しているような――不思議と、そんな気がしたのだった。

 




満潮+ジャージ+エプロン+三角巾=可愛い

大変お待たせ致しました。
勘違い要素が少ない為カットしようかとも思いましたが、満潮の描写をどうしても省略できなかった為、カットできませんでした。
タイミングよく鎮守府秋刀魚祭りで満潮に新たな限定グラが実装されましたね。可愛いです。

初秋イベも終わり、我が弱小鎮守府も多くのニューフェイスをお迎えできました。
ついに磯風をお迎えできたので、これからの作中での描写に活かす事ができればと思います。秋刀魚グラ中破のドヤ顔ほんと好きです。

秋刀魚漁支援任務の為、次回の更新までまたしばらくお待たせしてしまいますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。

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