執務室へ案内され、俺は執務机の椅子に腰かけた。
目の前には書類の山だ。軽く目眩がする。
これ全部俺一人で処理しなきゃいけないの? 俺素人なんだけど。
適当にひとつふたつ、書類を手に取ってみる。
『定期備蓄状況調査について。月末時点での燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトの収支を前月と比較した上で――』俺は途中で読むのを諦めて書類を元の位置に戻した。
『カツの調理に使用する為のロース肉と食用油の申請』何でカツ限定なんだ。もっと調理用途があるのではないか。カレーが特別視されているのは聞いているが、カツカレーにするのだろうか。
そもそも書類の処理の仕方など教えてもらっていない。
『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』のどこかに記載されていればいいのだが。後で見つからないように調べておこう。
こんな書類などどうだっていいのだ。
初心忘れるべからず。
俺がこの鎮守府に着任した目的は、俺の為の艦娘ハーレムを形成する事だ。
その為には、この鎮守府にどんな艦娘がいるのかを把握する事が最優先なのである。
これで見た目の幼い駆逐艦や中学生レベルの軽巡洋艦ばかりだったらどうすればいいのだろうか。俺のハーレム計画が崩れ去る。
俺の運命がここで決まると言ってもいい。
手にした書類を元の位置に戻した俺は、大淀に声をかけた。
「まずはこの鎮守府の現状を把握したい。現在所属している艦娘たちのリスト等資料はあるか」
大淀は俺の言葉に少し驚いたように、言葉を返す。
「えっ……よろしいのですか? 艦隊司令部への報告書などは期限が迫っていますが」
エッ。何それ聞いてない。
ま、まぁ着任して間もないし、最悪の場合佐藤さんに相談すれば何とかしてくれるだろう。佐藤さん偉い人のようだし。
大淀たちを安心させる為にも、俺がここで動揺するわけにはいかんのだ。
「構わん。この鎮守府の現状を知る事が最優先事項だ。とりあえず艦娘たちの顔と名前を覚えたい」
「はっ……はい! 資料はこちらに用意してあります!」
大淀は何故か嬉しそうに、執務机の上に置いてある資料の一つを差し出してきた。
『艦娘型録』と表紙に記載されている、オータムクラウド先生の薄い本五冊分ほどの厚みを持つそのファイルを開くと、艦娘の全身写真が目に飛び込んできた。
おおっ。
俺は思わず声を出しそうになるのを堪えた。
艦種ごとに順序よくファイリングされており、その性能が数値化されている事で非常によくまとめられている。
艦娘の全身を前後左右から映した写真と、艤装の解説もわかりやすい。
特にこの写真がいい。胸も足も見放題ではないか。これならば視線を気にすることなく隅から隅までガン見できる。ダンケ。
駆逐艦のページは軽く流し見をした。とにかく数が多い。オータムクラウド先生の作品に描かれていない娘も多かった。
やはり数が多すぎて、オータムクラウド先生でも把握できていない部分があるのだろう。
オータムクラウド先生は駆逐艦が主役の作品を決して描かないし。まぁ描いたら条例とかに引っかかりそうな気がしないでもないし、俺も流石に駆逐艦では夜戦連撃できない。
どうやらこの鎮守府には、いろんな種類の駆逐艦がまばらに所属しているようだったが、それにしても数が多すぎないか。
俺のハーレム計画に若干の陰りが現れる。
軽巡洋艦は今ここにいる大淀に、夕張。夕張はメロンを連想する名前に反してあまり胸部装甲が厚くない事で有名な軽巡洋艦である。
オータムクラウド先生の作品では、常に大人の玩具を工廠で開発しているろくでもない奴だ。いつもお世話になっております。
それに、天龍型の天龍と龍田。世界水準を軽く超えたスタイルを持つ事で有名な軽巡洋艦である。
そして川内型の川内、神通、那珂ちゃんだ。川内は夜戦馬鹿、神通はおとなしくて気弱な大和撫子、那珂ちゃんは艦隊の自称アイドル。
オータムクラウド先生の作品では、この天龍型と川内型、五人が主役のものは全く見た事がないので、俺もこれ以上はあまり詳しくはない。
オータムクラウド先生の琴線に触れないのだろうか。
お待ちかねの重巡洋艦のページだ。
おぉ、末妹の羽黒以外はストライクゾーンに入っている妙高型四姉妹が揃っているではないか。
特に妙高さんは俺ランキング第六位にランクインしている。大当たりではないか。
オータムクラウド先生の『これ以上私にどうしろというのですか……!』は名作だ。いつもお世話になっております。
それに、青葉型の青葉。艦隊新聞を製作しているパパラッチ的な存在らしい。
正直、コイツはいない方がよかった。オータムクラウド先生の作品によれば、鎮守府の至る所にコイツの監視カメラが隠されているらしいからだ。
コイツのお陰で鎮守府内では下手な事はできんな。おちおちオ〇ニーもできん。いや、するなと釘を刺されてはいるが。
後は……ば、馬鹿な。俺の高雄型が一人もいない。古鷹型も、最上型もいない……だと……!
俺ランキング二位の高雄が……愛宕が、古鷹が、もがみんが……クソが!
と、利根型の二人、利根と筑摩はいるな。利根はともかく、筑摩がいるではないか。
妹属性であるにも関わらず俺ランキングのランカーなのは愛宕と筑摩と陸奥ぐらいである。よし。良しとしよう。
おおっ、練習巡洋艦、香取姉と鹿島が二人ともこの鎮守府に!
鹿島はともかく、香取姉は俺ランキング第三位にランクインしている。大当たりではないか。
オータムクラウド先生の『これは少し厳しい躾が必要みたいですね』は名作だ。いつもお世話になっております。
この鎮守府に大量にいる駆逐艦たちを鍛える為であろうか。ハーレム対象外の駆逐艦たちも役に立つではないか。
将を射んとすば、まず馬を射よとはこの事か。海老で鯛を釣るとはこの事か。
俺の股間の駆逐艦も色々と優しく指導してくれまいか。
軽空母は、鳳翔さんと龍驤、それに春日丸だ。
……春日丸って誰だ。名前だけはどこかで聞いた事があるような無いような。艦娘というには女の子しかいないと思っていたが、男もいるのか。
そういえば名前しか知らないが、あきつ丸とか出雲丸とかいう艦もいるらしいし。艦娘ならぬ艦息とでも言えばいいのか。
ううむ、現地に来てみないとわからない事もあるものだ。
もしかすると男の子の艦は他にもいるが、オータムクラウド先生が描いていないだけかもしれない。
まぁ、男など当然ハーレム対象外なのでそれはどうでもいいのだ。
鳳翔さんは小料理屋を経営している事しか知らない。オータムクラウド先生の作品によれば、鎮守府でもっとも怒らせてはならない人らしい。気を付けよう。
龍驤はストライクゾーン外なのでよくわからない。多分いい奴だ。
水上機母艦に、千歳お姉と千代田。これは嬉しい。通称、水上機ボイン姉妹だ。
特に千歳お姉は俺ランキング第四位にランクインしている。大当たりではないか。
オータムクラウド先生の『千代田に怒られちゃうから、黙っていて下さいね』は名作だ。いつもお世話になっております。
正規空母は……おぉっ、赤城に加賀、翔鶴姉に瑞鶴まで。選り取り見取りである。
特に翔鶴姉は俺ランキング第五位にランクインしている。大当たりではないか。
オータムクラウド先生の『スカートはあまり触らないで』は名作だ。いつもお世話になっております。
というよりも、この鎮守府、結構重要な拠点なのだろうか。
思っているよりも戦力がかなり充実している気がするのだが。
な、何ッ! 翔鶴姉、袴のスリットから紐が見えてます! 紐が! パンツ! パンツです! お世話になります!
いかん。この場でお世話になれるわけがないではないか。思わず反射的に俺の股間の防空巡洋艦マラ様が対空砲火の準備をしそうになった。
大淀と明石の存在を忘れていた。あとで一人になれるタイミングを探そう。駄目だ。オナ〇―するなと妹たちに言われていたばかりだった。凹む。
戦艦は、金剛型の比叡、榛名、霧島、それに長門か。ランク外の長門達はともかく、陸奥や扶桑姉さまがいないのが非常に残念だ。非常に残念だ。
オータムクラウド先生の『あまり火遊びはしないでね』は名作だ。いつもお世話になっております。
しかし金剛型というからには、金剛という名の戦艦がいるはずなのだが、どの同人誌においてもその姿形を見た事がない。
未だに艦娘として発見されていないという事だろう。
名前からして筋肉モリモリの金剛力士像みたいな娘なのだろうか。うちには着任しなくてもいいかな……長門だけで十分だ。
潜水艦は
オータムクラウド先生の『イク、イクの!』は名作だと思うがお世話になった事は無い。
見た目からしてスク水だし、年齢が低めに見えるので、もちろん全員俺のハーレム対象外だ。
し、しまった。ついつい夢中になって読み込んでしまった。
俺が脳内でハーレム計画の編成をしている間も、大淀と明石は姿勢正しく待機しているのだった。このままではまた信頼を失ってしまう。
とりあえずこの『艦娘型録』は貴重なオカズとして、いや、貴重な資料として手元においておこう。
俺は大淀に声をかけたが、待たせすぎてボーッとしていたのか、反応が悪かった。
い、いかん。やはり放っておきすぎた。申し訳ない。少しでも機嫌を取っておかねば。
「これは大淀が作ったのか?」
「い、いえ、総括して編集したのは私ですが、性能評価は主に明石と夕張等と相談しながら作成しました」
「この写真は」
「重巡洋艦、青葉に協力してもらい、撮影しました」
青葉か。君がこの鎮守府にいてくれて本当に良かった。今後もこの調子で頼みたい。
翔鶴姉のパンツを仕留めたMVPだ。後で何かご褒美をあげよう。
「そうか。実に素晴らしい資料だ。写真や図面、表やグラフにより、非常にわかりやすくまとまっている。しばらく私の手元に置いておいてもいいか」
大淀は快く了承してくれた。うむ。いいオカズが、いや、いい資料が手に入った。
満足したところで、そろそろ次の仕事に入ろうと――席を立とうとした瞬間である。
俺が席を立つよりも早く、防空巡洋艦マラ様が立ち上がっていたのであった。
『あたし引っ込めて、艦隊は大丈夫か?』とでも言いたげである。俺の世間体が大丈夫じゃなくなるから、早く引っ込んでくれ。
このままでは立ち上がれないではないか。どんだけ翔鶴姉のパンチラに興奮してんだ自分。
チュートリアルを進めるには、この部屋から移動せねばならんのだ。
俺の股間よ、シズメシズメ。
駄目だ、モドラナイノ。
仕方が無い。適当に仕事しているふりでもしながら、マラ様が落ち着くのを待つとしよう。
そう言えば、佐藤さんが「前回の侵攻からこの一か月間の戦況の推移がわかる資料」があれば早めに目を通しておいた方がいいと言っていた。
俺は大淀に声をかける。
「前回の侵攻からこの一か月間の戦況の推移がわかる資料などは無いか。今のうちに目を通しておきたいのだが」
差し出してくれた資料に目を通す。
海図と共に、戦闘位置、敵味方の陣形、編成、戦闘の状況、結果などが記された報告書。それが一か月分。
何これ全然わからん。
しかしそれを悟られるわけにもいかん。
「ふむ……なるほど。そういう事か」
とりあえずわかっているような感じの言葉を呟いたのだった。
パラパラと適当に目を通してみたが、一向に理解できない。
しかしそれが功を奏したのか、俺の股間のマラ様は『こんなになるまでこき使いやがって、クソが!』といった感じで引っ込んだのだった。
いつもコキ使ってすみません。
俺の股間が収まるまで、結構時間を使ってしまった。
その間、俺の股間と同じくずっと立ちっぱなしだった大淀と明石には申し訳ない。
俺は資料の残りのページを流し読みすると、ようやく立ち上がる事ができた。
その謝罪とお礼の意味を込めて、大淀と明石にこう言ったのだった。
「長い時間待たせてしまい、すまなかった。お前たちのお陰で、ようやく立ち上がる事ができる」
大淀と明石は二人で顔を見合わせた後、また泣き出してしまった。
「……はいっ、この時を、本当に……お待ちしておりました……!」
泣くほどお待ちしてたの⁉
ご、ごめん。本当にごめん。俺の股間がお待たせしてしまって。
さっきから泣かせてばかりだが、大丈夫か俺への信頼。
「な、泣いている場合ではない。時間が無いのだ」
「も、申し訳ありません……こ、この後はいかがなさいますか?」
大淀がそう言ったので、ようやく先に進めそうだった。
もう書類をみるのはウンザリである。
これでようやく、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』のチュートリアル編、その一。『工廠で新しい艦娘を建造しよう!』へ進む事ができる。
俺は気を取り直すべく軽く咳払いをして、言ったのだった。
「工廠へ案内してくれ。艦娘の『建造』を行いたい」