ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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055.『神の恵み』【提督視点②】

 ゴリラと狂犬と修羅と青鬼に攻め込まれ、俺は思わず白目を剥いた。

 長門の影に隠れていてよく見えなかったが、よく見たら良い奴の龍驤もいた。

 羽黒お前……よりによってなんという面子を見繕ってくれてんだ……!

 加賀に至っては改二が実装されていない。何故ここに居る。

 またしても俺の(よこしま)な目論見を監視しに来たというのだろうか……。

 俺が絶望に震えていると、廊下の方から更に騒がしい声が駆け込んでくる。

 

「ヘーイ! テートクゥーッ! 提督へのバーニングッ、ラァーブッ! で、改二が実装されたっ、金剛デース!」

「お姉様への想いと気合で改二に目覚めたっ、比叡ですっ! はぁいっ!」

「榛名もお姉様への想いで目覚めました!」

「この霧島もお姉様への想いで改二に目覚めたと分析しています。金剛お姉様、流石です」

「姉妹の中で一番早く改二が実装されたっ、那っ珂ちゃんだよーっ! きゃはっ!」

「提督なになに⁉ 改二実装艦を集めるって、何が始まるの⁉ 夜戦⁉ やったぁーっ! 待ちに待った夜戦だぁーっ!」

「何ですって⁉ 提督、本当なの⁉ よぉし、戦場が、勝利が私を呼んでいるわ! みなぎってきたわ!」

「改二と言えば、航空巡洋艦へと艦種が変わる我ら利根型を忘れてはなるまい。特に代わり映えの無い那智は帰ってよいぞ。なーっはっはっはっは!」

「貴様ァーーッ! 妙高型を愚弄するかッ!」

「ぐおぉォーーッ⁉ 筑摩ぁーっ! ちくまァーーッ⁉」

「な、那智さん! 謝りますから利根姉さんを放してあげて下さい!」

 

 ……アッ、これ見繕ってないな。

 これではもはや手当たり次第ではないか。

 羽黒が俺の目の前に駆け寄り、涙目でごめんなさいごめんなさいと頭を下げる。

 ま、まぁいいや。サンプルは多い方がいいしな。うん。

 これで構わない、大丈夫だと一応伝えたが、羽黒は妙高さんに頭を撫でられながら慰められていた。羨ましい。

 

 俺がそれに気を取られている内に、鹿島が集まった面子に説明を始めている。

 うぅむ、説明も簡潔かつ要点を押さえていて上手い。

 本当に優秀だ。優秀なのだが、もうその声と仕草を何とかしてくれ。

 執務机を挟んで俺の正面に立ち、艦娘達の方を向いて説明をしているものだから、尻と太ももが目の前にある。

「練習巡洋艦を甘く見ないで。装備と練度は、十分ですっ」とでも言いたげに主張されていた。

 甘く見ていない。装備(スタイル)練度(テクニック)も十分なのはよく理解できている。

 何なんだそのスカートは。あまりにも短すぎる。膝上何センチなんだ。

 いやそれを言ったら大淀や明石も同じだ。むしろ鹿島にはスケベスリットが実装されていない事を幸運に思うしかない。

 

 説明を続ける鹿島の動きに合わせてスカートの裾が揺れ、尻と太ももに視線がホーミングされそうになる。

 実はこれはお色気の術の一種なのではないだろうか。

 止めてくれ鹿島。その術は俺に効く。

 いかん、見てはいかん。あれは見てはいけない類のものだ。

 しかし俺の視界に嫌でも入る。説明をする声は嫌でも聞こえてくる。

 アカン。このままでは俺の股間から流精(四五五空)が誤発艦不可避。

 くそっ、私の前を遮る愚か者めっ! 沈めっ!(股間)

 

 この調子だと鹿島が聞き取りまで始めてしまいそうだったので、俺は鹿島に声をかけて壁際に控えてもらった。

 淫魔を視界から排除すると、こんどは目の前に鬼畜艦隊その他が現れて恐ろしかったが、背に腹は代えられない。

 暴発するよりはマシだ。むしろ縮こまらせてくれる事を期待する。

 ゴリラの後ろから龍驤が顔を出し、腕組みをしながら口を開いた。

 

「うちが目覚めたのは実戦形式での鍛錬の結果やね。そりゃあもう血の滲むような努力の結果や! 春日丸は一度も実戦を経験しないまま演習だけで目覚めたけど、特に何かを意識したっちゅーわけでは無いようや。才能かな、アハハ……」

「うむ。才能もあるだろうが、二人とも努力の結果というわけだな。実に素晴らしい。長門。お前が改二に目覚めた時はどうだったんだ」

「私の場合は……そう、激戦の最中(さなか)でな。敵艦隊に囲まれ、中破まで追い込まれ、燃料も弾薬も尽き……この拳で敵戦艦と殴り合っている時の事だった。身体が光りだしてな……」

 

 敵戦艦との殴り合いって比喩じゃないのか……。

 キャットファイトならぬゴリラファイト。俺の知ってる艦隊戦と違う。

 艤装に頼らずそんな真似が出来るのはおそらくこのゴリラだけだ。参考にならん。

 つーかイ級どころか戦艦と戦えるレベルの一撃を俺のケツに叩き込もうとしていたのかコイツは。

 オーバーキルにも程がある。

 大淀が傍に控えてくれているからこうやって安心して話せるが、そうでなければ俺はもう逃げ出したい気持ちだった。

 

「う、うむ。窮地で発動したという事だな」

「あぁ。そのおかげで中破した艤装も、燃料も弾薬も全て回復してな。命からがら窮地を脱する事ができたというわけだ」

「ほう。改二を発動すると損傷や資源も回復するのか?」

「いや、常時ではなく、最初の一回だけだった。奇跡のようなものだったのかもしれない……」

「へぇー、そんな効果があったんだ。なんだか勿体なかったなぁ」

 

 長門の言葉に川内が口を開いたので、俺はそちらに目を向けた。

 

「川内はどうだったんだ?」

「私は夜戦から帰ってきて、寝て、起きたらなんかこう、実装されてるのを理解したって感じで。入渠も補給も済ませてたから気付かなかったよ」

「あっ、私と同じ……」

 

 千代田が声を漏らした。

 別にピンチじゃなくても普通に目覚めるものなんだな……。

 単にタイミングの問題なのだろうか。

 

「そう言えば、私は帰投中に実装されましたが、確かに補給の必要はありませんでしたね……」

「那珂ちゃんはオフの時に目覚めましたぁ。きゃはっ!」

「私は戦闘中に力がみなぎってきて……きっと勝利が私を呼んでいたのよ! 自分が強くなるあの瞬間……最高だったわ!」

「フン。この那智は足柄と同じタイミングでの実装だったな。長門ほどではなかったが、苦しい戦いだった……」

「吾輩も敵艦隊との交戦中じゃったのう。ま、那智と違って特に苦戦はしておらんかったがな。なーっはっはっは!」

「流石です、利根姉さん。提督、私は……ってあぁっ、那智さんっ! 利根姉さんに悪気は無いんです!」

 

 神通は意外にも帰投中、那珂ちゃんはらしいと言えばらしいがオフの最中……。

 しかし那珂ちゃんが川内三姉妹の中では一番早く実装されたらしいし、よくわからん……。

 春日丸と同じように、才能なのだろうか……。

 戦闘大好きの足柄、そして那智、利根は敵艦隊との交戦中。利根はピンチというわけではなかったようだ。

 

「筑摩はどうなんだ」

「あっ、はい。私は今のように那智さんに締め上げられてる利根姉さんを助けようとしていた時に……」

 

 那智から守るために改二に目覚めたのか……。

 ある意味窮地で発動したタイプ。筑摩が強い理由は守りたい者がいるからなのだろう。

 少年漫画的な熱い展開だ。

 その守りたい姉に迫る脅威が同じ艦隊におり、しかも脅威が迫る原因がアホの利根の失言というのが情けないが……。

 このシスコンに関しても長門と同様、参考になる気がしない。

 いや、千代田もシスコンだから……いや駄目だな、千歳お姉は筑摩や千代田ほど筋金入りではない。

 

「えへへっ、テートクゥ。私が建造されてすぐに改二を発動できたのはっ、きっとバーニングッ、ラァーブッ! が起こした奇跡に違いないデースっ!」

 

 金剛が両頬に手の平を当て、くねくねと身体をよじらせながら言った。

 うむ、間違いない。入渠施設の前で抱き着かれた時にはっきりと確信できたが、コイツは間違い無く俺に惚れている……!

 何故か建造されていきなり好感度マックスな感じだったが、卵から生まれたばかりの雛鳥が初めてみたものを親だと思うという、いわゆる刷り込みみたいな現象が起きているのではないだろうか。

 他に思い当たる節が無い。そうとしか考えられん……。そうでなければ一目惚れにも程があるし、男を見る目が無さすぎる。

 

 事実、金剛にはいきなり改二が実装されている。

 先ほど大淀が語った通り、提督への信頼が艦娘の練度を底上げするのであれば、これだけラブラブな金剛が超強化されたとしてもおかしくはない。

 つまり、金剛に改二が実装されたという事実こそが、金剛が俺を本心から愛してくれているという証明になるのだ。

 

 彼氏の気を引くために俺を利用した、俺のトラウマになった子とは違う。

 金剛は口だけの女ではない。溢れる想いをただ口にしているだけなのだ。

 股間が戦闘体勢に入っていなければ今すぐ抱きしめにいきたいくらいだった。

 そしてそのままベッドインしたい。時間と場所とムードとタイミングさえ確保すれば、俺は今夜にでも童貞を捨てる事ができるだろう。

 金剛に影響されてか、シスコンぎみの妹達三人も俺に友好的に見えるし……うまくいけばマジで姉妹丼もいけるのでは――⁉

 よし、ちょっと本格的に策を――いかんいかん。今は想像するな。股間に響く。

 

 それに一人だけあからさまに贔屓するような態度はいかん。

 俺は金剛の言葉で緩みそうになった表情を引き締め、「そうか」とだけ答えておいた。

 比叡、榛名、霧島も改二が実装されたいきさつを熱く語ってくれたが、要は金剛への熱い想いとの事だ。

 まぁ比叡は金剛の夢を見て、目覚めたら実装されていたらしいから間違っていないのかもしれない。

 

「うぅむ、『気付き』……想い、気合、何らかのきっかけも関係ありそうだが、やはり個人差があるという事なのだろうか」

「そうみたいですね……必ずしもそれが必要というわけではなく、来るべき時が来たら自然と実装される、と考えるのが妥当でしょうか」

 

 結局ヒントは得られなかったが、大淀もそれに同意してくれた。

 俺が考えるに、新たな強化が実装されるには「自然に目覚める」パターンと「何かがきっかけとなり目覚める」パターンがあるのではないだろうか。

 川内や千代田、那珂ちゃんなどが前者、長門や足柄、筑摩などが後者である。

 おそらく基本的には前者なのだが、窮地に立たされるなど何かがきっかけとなり、本来自然に目覚めるはずだった強化が早まるという後者のパターンがあると考えればおかしくはない。

 金剛の場合は俺へのバーニングラブによって練度が底上げされ、改二が実装されたわけだ。Be the one(貴女と合体したい)

 

 前提として高い練度があれば、いつかは自然に目覚めると考えれば、やはり俺が瑞鶴に語った通り、新たな強化が実装されるかどうかは本人の頑張り次第なのだろう。

 ならばもはや俺にできる事は何もない。

 後は俺の仮説――更なる強化によって艦娘自身の魅力が増すという事について検証する必要がある。

 むしろ個人的にはそっちの方が興味があった。

 

「よし。あとは性能差を見ておきたい。まずは、そうだな……川内型。三人一緒に見せてくれ」

「了解! よぉし、神通、那珂、いくよっ」

 

 俺の言葉に、川内達が執務室の中央に集まり、執務机の前で一列に並んだ。

 

「川内! 『改二』っ!」

「……――『神通改二』……‼」

「那珂ちゃんっ! 『改二』っ! きゃはっ――ウゲェッ⁉」

 

 瞬間、俺の真正面にいた神通から強烈な閃光が放たれ、爆風が巻き起こり、俺は椅子に座ったままひっくり返り、後頭部を強打した。

 おごォォオッ⁉ 目がっ、目がァッ⁉

 強烈な閃光で目が眩んで前が見えない。

 

「あぁっ! て、提督っ! しっかりっ! 頭を打ってませんかっ⁉」

「し、司令官さんっ……!」

「提督さんっ、大丈夫ですか? 痛いところがあればさすりましょうか?」

「う、うむ、大丈夫だ。さすらなくていい……!」

 

 後頭部よりも股間の方が痛いくらいにパンパンなのだが、さすられたらおそらく一瞬で果てる。

 鹿島ンマの手にかかれば文字通り赤子の手を捻るよりも容易い事であろう。

 大淀達に支えられ、椅子に座ったままの姿勢で元の位置に戻してもらった。ダンケ。

 ようやく視力が戻ると、俺にぺこぺこと頭を下げている神通が他の艦娘達から辛辣な視線と罵声を浴びせられていた。

 新手のテロかと思ったが、どうやら神通が改二を発動しただけらしい。

 なんでお前だけそんな事になるんだ。普段は大和撫子といった感じで、穏やかで控えめな印象なのに……油断すると抑えきれない本心が出るのか。凹む。

 しかしこれはもはや改二どころの話ではない。

 穏やかな心を持ちながら俺への激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士、(スーパー)サイヤ神通(人2)と名付けよう。

 

 気を取り直して川内達に目を向ける。

 うーむ、この服装。今までと違って個性が出ているというか、川内は忍者、神通は侍、那珂ちゃんは……アイドルをモチーフにしているのか?

 ベースは似通っているが、那珂ちゃんだけフリフリの衣装だ。

 本人の嗜好も影響するのだろうか。那珂ちゃんは言うまでもないし、川内は夜が好きだし、神通は人斬り……ちょっと考えるのはやめておこう。

 しかし川内と神通はノースリーブになるのが高ポイント。

 特に神通は金剛型なみに脇にスリットが入り、サラシのような下布ががっつり見えている。

 むむっ。意外といいものを持っているな……提督アイによれば神通は確実にサイズアップしている。

 一方で川内と那珂ちゃんは微々たるものだ。

 なるほど、強化に伴う身体的な成長には個人差があるという事だろうな。

 神通は改二前の時点で姉妹で一番大きいようだったし……。

 ただ、三人ともやっぱり美人度が増しているのだけは確かだ。不思議だ……。

 

「あの、提督……そんなに見つめられると、私、混乱しちゃいます……」

「混乱のあまり修羅と化さなければいいんだけどね」

「せ、川内姉さん……! ど、どういう事でしょう……身体が、火照ってきてしまいました……」

「そろそろ修羅が目覚めつつあるのかもねー」

「な、那珂ちゃん……! なんで二人ともそんな意地悪を言うんですか……」

 

 少し見すぎたのだろう。神通が恥ずかしそうに目を伏せながら口を開いた。

 こうして見れば大人しくて気の弱い大和撫子なのに、なんで中身が修羅だったり侍だったり戦闘民族だったりするのだろう。

 鹿島といい、外面に比べて中身が残念すぎる……。

 

「いや。神通、流石だ。非常に参考になった」

「は、はい……こんな私でも、提督のお役に立てて……本当に嬉しいです……」

「ちょっとちょっと、神通だけ? 私達はー?」

「う、うむ。勿論、川内も那珂も参考になった。ありがとう」

 

 俺に促され、川内達は壁際に控えた。

 小さく息をつき、考えをまとめてみる。

 うむ、妙高さんと川内三姉妹だけで、艦娘達に更なる強化が実装される事により魅力も増すという仮説が十分に立証できた。

 千代田の胸が更にサイズアップしていたのもそれが原因なのであろう。

 ともあれ、もう十分に――ん?

 俺の股間のSKK(シココ)レーダーがピクピクと反応している。

 何だ……? 川内や神通の何が股間に響いて……――!

 

 瞬間、俺の頭脳が記憶の中から答えを導き出した。

 そう、あれは神通が改二を発動した瞬間。

 閃光に目が眩む僅か一瞬の事だったが、俺の提督アイはそれを確かに捉えていた。

 神通から巻き起こった爆風により、川内のスカートがめくれていたのだ。ウホッ()

どういう事でしょう……股間が、火照ってきてしまいました……。

 閃光と爆風のおかげで俺の視線には誰も気付いていない。

 

 ややっ。提督殿、この機を逃してはならないであります。

 俺の中の精神退行艦オギャる丸が意見具申を始めた。

 他の者は見なくてもいいと思っていたでありますが……うまく順番と立ち位置を調整すれば、筑摩改二の暖簾の中身を前から拝む事ができるであります!

 まずはとねちく姉妹に改二を発動してもらい、その流れで誰かに先ほどの神通殿のように爆風を巻き起こしてもらうのであります。

 間違いなくあの暖簾の装甲では耐えられないでしょう。

 いくら性能調査と言っても、暖簾を自ら持ち上げてもらうのは絶対に不可能。

 しかしハーレムを築くまで待つのはあまりにも気の長い作戦。

 大淀殿にチラ見を封じられ、真正面から立ち向かうしかない中で合法的に暖簾の中身を拝むには今しかないであります!

 

 なるほど、一理あるな……。つーかマンマ祭り四人衆だけではなく筑摩ンマにも反応するのかオギャる丸(コイツ)は。

 まぁ筑摩も横須賀十傑衆第八席の実力者だからな……。バブみも備えているし。

 しかし俺の股間の()号にこれ以上刺激を与えても良いものだろうか……。

 いや、だが確かにこの機を逃しては……。

 男の仕事の八割は決断……あとはおまけみたいなものだ。

 よし、採用! 改二発動時の閃光に紛れてアンタのお宝(パンツ)、頂くぜ!

 名付けて『偵察戦力緊急展開! 「光」作戦』! 発動‼

 

 作戦を遂行するためには、神通なみの戦闘力を持ち、なおかつ俺に対して遠慮のない奴が必要だ。

 俺がひっくり返ったのを見て遠慮してくれる者もいるだろう。足柄なんかはその辺に気を遣ってくれそうだ。ダンケ。

 やはり神通と同じ鬼畜艦隊の面子を利用するか……ならば那智が適しているだろう。

 とねちく姉妹と同じ重巡という艦種であり、那智と足柄も一緒に観察しても不自然ではない。

 誰が俺を処すかで鬼畜艦隊内でも揉めていた事だし、神通と張り合う気持ちも大きいと推測されるし、俺に対して遠慮も無いと考えられる。

 恐るべき狂犬さえも策に組み込み利用する……フハハ、これが智将の神算鬼謀よ。

 

「よし、次は利根と筑摩。それと足柄、那智も一緒に改二を見せてくれ」

「うむ! 参ろうか!」

 

 利根がアホのような自信満々の笑顔で足を踏み出し、筑摩、足柄、那智もそれに続く。

 おそらく那智も先ほど神通に好き放題罵倒していた手前、今のままでは本気は出さないだろう。

 故に、俺はあえて誘導するような言葉を選んで言ったのだった。

 

「先ほどの神通の改二発動は実に素晴らしかったな。あれほどの力を持つ者は他にいるか? いるなら見てみたいものだが……那智、お前はどうだ」

「むっ……」

 

 那智が俺に不愉快そうな視線を向けた。

 餌にかかったのだろう。結構単純な奴だ……。

 それとは対照的に、足柄は困ったような笑みを浮かべて口を開く。

 

「提督。あぁいうのは私もやろうと思ったらできるけれど、やめておいた方がいいわよ。怪我したら危ないじゃない。部屋も散らかっちゃうし」

「うむ。神通は確かに戦闘力の面では抜きんでておるが、あれは制御できとらんかっただけで、ただのアホじゃな」

「流石です、利根姉さん」

 

 利根も意外と中身は大人なんだな……だがアホの利根にアホ扱いされた神通が不憫である。

 壁際に控える神通に目をやると、顔を真っ赤にして俯いていた。ちょっと可愛い。

 筑摩も俺の挑発に乗る気は無いようだ。単純なのは那智だけか。

 

「フン……そうだな。見たいというなら見せてやるが、怪我をさせるわけにはいくまい」

 

 俺のケツを蹴り上げようと争っていた奴の台詞とは思えん。

 よく言えたものである。さっきは怪我で済ませるつもりなかっただろ。

 

「うむ。その点は問題ない……羽黒、こっちに来てくれ」

「えっ……あっ、はいっ! ごめんなさいっ!」

 

 俺に指名され、羽黒が慌てて駆け寄ってきた。

 そのまま俺の背後から椅子を支えるように指示をする。

 気弱そうに見えても一応重巡、那智の妹だ。頑張れば支えてくれるだろう。

 鹿島が「私も支えますっ」と笑顔で駆け寄ってきたが、羽黒だけで大丈夫だと断った。

 淫魔に背後を取られるなど考えただけで恐ろしい。

 筑摩の暖簾の中身を拝む前に暴発し、全てが台無しになる可能性も十分に考えられる。

 

「羽黒、一人で支えられるか?」

「え、えぇと……」

「大丈夫だ。お前ならできるよ」

「……は、はいっ! 頑張りますっ!」

「よし。那智、これで本気が出せるだろう」

「フン……いいだろう。そこまで言われてはな。羽黒、しっかり支えておけ! ゆくぞッ! 那智――『改二』ッ‼」

 

 あっ、馬鹿ッ、筑摩が先に改二にならないとオゴォォォオッ⁉

 羽黒がしっかり支えてくれたおかげでギリギリ吹き飛ばされはしなかったが、不意を突いて那智から放たれた閃光のせいで思いっきり目が眩んだ。

 作戦は失敗であった。改二を発動していない利根と筑摩は、丈は短いが身体にぴったりと沿ったタイトなスカートであり、ベルトでしっかり固定されている事もあり、風でめくりあがるようなものでは無い。

 先走りやがってクソがァ~……! 俺の股間かお前は……! 堪え性那智(無ち)

 とねちく姉妹と足柄も改二を発動し、眩んだ視力が戻るとそこには渋めのイケメンと化した那智がいた。

 確かに魅力は増しているが、お前だけなんか方向性違わない?

 利根は可愛い系、筑摩と足柄は美人系としての魅力が倍増しているのに……いや、これは中性的な顔立ちというのだろうか。

 おっぱいのついたイケメンとはこういうのを言うのだろうな……。

 

 利根と筑摩は先ほども見た通りの暖簾(のれん)装備になっていた。

 やはりパンツのあるべきところにパンツが存在しない。

 それにも関わらず恥じらう様子は無い。

 先ほどいたずらな風により俺が目撃した事実によれば、暖簾の中身はかなり際どい白のハイレグみたいな感じであった。

 つまりパンツというよりも競泳水着やレオタードに近く、その上から暖簾を装備していると考えれば、むしろ装備は厚い方なのではないだろうか。

 スク水の上からセーラー服を装備している潜水艦みたいな感じである。

 パンツじゃないから恥ずかしくないもん! というのであれば、ここまで堂々とできるのもおかしな話ではない。

 くそっ、だがこの距離で前から見てみたかった……!

 白かったし生地によってはもしかしたら透けていたかも……!

 

 足柄と那智は基本的には妙高さんと同じだ。

 だが足柄は筑摩と同じく、胸部装甲が更に増している。流石は妙高型で一番の巨乳。

 性格も良いし、優しいし……実に素晴らしい。みなぎってきたわ!

 那智は……男装とか似合いそうですね。新選組のコスプレとかどうでしょう。

 イケメンです。俺よりモテそう。凹む。

 まぁ、魅力といっても人それぞれという事だろう……。

 

「う、うむ。那智も神通に負けてはいないな……実に甲乙つけがたい。流石だ」

「フン、当然だ」

「利根、筑摩、足柄も参考になった。これからも頼りにしているぞ」

 

 作戦が失敗した事でテンションが下がり、適当に褒めて利根達を下がらせた。

 ん? なんか長門が金剛型を率いて前に……。

 

「提督のハートを掴むのは、私デース! 金剛っ! 『改二』!!」

「気合っ、入れてぇっ! 行きまぁすっ! 比叡! 『改二』!」

「いざ、全力で参ります! 榛名! 『改二』っ!」

「艦隊の頭脳と呼ばれるように頑張りますね。霧島っ! 『改二』っ!」

「改装されたビッグセブンの力、侮るなよ! 長門! 『改二』っ! ハァーーーーッ‼」

 

 オゴォォオッ⁉ お前ら呼んでないんだけど⁉

 五人全員から爆風が巻き起こり、羽黒に支えられているにも関わらず俺は椅子ごと吹き飛ばされて床を転がり、股間がキツツキのように壁に打ち付けられた。

 アーーーーッ‼ 痛いぞ! だが、悪くない……! ワカバダ。

 いや目覚めている場合ではない。

 支え切れずに俺と共に床を転がった羽黒が、這いつくばりながら涙目で俺に謝ってくる。

 羽黒は悪くない。相手が悪すぎた。戦艦相手に五対一は流石に無謀だ。

 長門(ゴリラ)! 金剛型(ダイヤモンド)! ベストマッチ! まさに輝きのデストロイヤーとでも呼ぶべき代物であった。

 光量が強すぎて誰のパンツを捉える事も出来ず、完全に吹き飛ばされ損だ。

 金剛型に悪気は無さそうだが、くそっ、どういうつもりだあのゴリラ……!

 

 平静を装い、羽黒に支えられながら何とか元の位置に戻り、椅子に座る。

 せっかくだから観察してみるが、金剛型はあんまり服装的な違いは大きくないようだ。

 スカートの色が若干変わったりしているくらいか。

 だがやはり明らかに美人度が増しているし、サラシで押さえつけられているから目立たないが胸部装甲も確かに増している。

 姉妹の中でもひときわ大きい金剛のそれがすでに俺の手の中にあるようなものだと考えただけで、股間が気合入れてイキそうになる。

 まだ待てっ! 勝手は、貞男が、許しませんっ!

 比叡も名前からしてHiei →H! イェイ! って感じだからな……金剛と一緒なら案外ノリノリで姉妹丼に応じてくれるのではあるまいか。

 残りの二人も「榛名は大丈夫です! 榛名でいいならお相手しましょう!」「ふむ、これはいいものですね。さ、早くご命令を。司令」って感じで……本当にいける気がしてきた。

 間宮さんの精力料理でブーストがかかっている今なら、四人が相手だろうが二十四時間寝なくても大丈夫。ワカバダ。

 具体的に想像しすぎてムラムラがヤバい。

 

 長門は……何だこのイケメン⁉

 相変わらず腹を出し、ミニスカートであるが、その上に半袖のロングコートという暑いのか寒いのかよくわからない装備になっている。

 か、カッコいい……‼ 露出が減って本格的にイケメンゴリラのナガートさんになってしまっている。

 その爆乳(ビッグセブン)も、露出されたくびれたお腹も太腿も気にならないほどにイケメンすぎる。

 加えて戦艦と殴り合える膂力、艦娘を率いるカリスマ性。

 男としての敗北感が凄かった。足柄のように俺に友好的な艦娘でさえ長門を優先するのも当然だ。

 俺だってあの銀色の背中についていきたい気持ちはわかる。凹む。

 

 しかし何と言う事だ。長門がここまでイケメンになるのなら、もしも陸奥(むっちゃん)に改二が実装されたらどこまで美しくなってしまうのだろう……。

 想像しただけで俺の股間の第三砲塔が火遊びの準備を始めた。

 長門、いい? イクわよ! 主砲イッ精射ッ! てーっ!

 アカン……! このままでは爆発事故が……!

 

 暴発の危険性が高まってきたので、戦艦達を適当に褒めて下がらせる。

 もはや観察する必要は無かったが、一人だけ見ないのもなんか悪い気がしたので、最後に残った余り物の龍驤にもついでに声をかけた。

「真打登場やね! 期待してや!」と意気揚々と改二を発動した龍驤であったが、もはやいきり立った俺の股間を鎮静化させる効果にしか期待していない。

 

 龍驤、キミ……これは……っ、甲板やないか!

 他の者と同じくあか抜けた感じはするが、悲しいほどに体型に変化が見られない。

 強いて言うなら靴下の色が白から黒に変わり、スカートに白の二重線が入り、首元の勾玉が一つから三つに増えている。以上だ。

 よく見たら靴下に小さくワンポイントで「弐」と刺繍が入っていた。どこで改二アピールしているんだコイツは。

 いくら個人差があると言っても、軽空母化した千代田の胸部装甲に比べてあまりにも格差が酷過ぎる。

 増設バルジをいくつ装備すれば追いつけるというのだろうか。

 無理やろ、あんなん……もうアカンわ。ドンマイ()風で~す。

 まぁ、龍驤は良い奴だからな……個人的には、俺はお前の事嫌いじゃないよ。

 これ以上ムラムラを増大させないという意味では確かに俺の期待にも応えてくれたし……。

 

 龍驤を下がらせ、俺は目を閉じて深く息を吐いた。

 いかんな……龍驤で現状維持はできたものの、すでに金剛型と陸奥(むっちゃん)の時点で臨界に達していたらしい。

 非常にまずい。やはりこの状態で観艦式を始めたのは失敗であった。

 端的に言うなれば、そう、そう、そう、この感じ! イキそう‼

 俺はなんとかムラムラを消し去ろうと深呼吸を続ける。

 

「提督さんっ? どうされたんですか?」

「済まない、少し黙っていてくれ。ちょっと、集中させてくれ……」

「は、はい」

 

 淫魔の囁きが耳に入ったが、俺は目を開かず一瞥もせずにその誘惑を断ち切った。

 耳も塞ぎたいくらいだったが、流石に不自然すぎる。

 もしも鹿島がもっと近づき、耳に吐息がかかっていたら俺は果てていた。

 いや、目を開けて艦娘達の姿が視界に入っただけで果ててしまうかもしれん。

 それくらい今の俺は追い込まれている。

 だって俺も若干慣れてきたけど、普通の格好でも十分エロいんですもの……!

 どいつもこいつも足を出しおって! 首から上しか露出してない妙高型を見習え!

 ともかく、艦娘達に囲まれているこの状況は何とかしなければならない……!

 

「――悪いが、一旦全員、部屋から出て行ってくれないか。長門達は倉庫の片付けに戻っていい」

「……了解した」

 

 俺が目を閉じたままそう言うと、長門が大人しく了解してくれた。

 ぞろぞろと足音が遠ざかり、執務室の扉が閉じる音が耳に届く。

 数秒経ち、室内に俺以外の気配が無い事を確かめてから、俺はゆっくりと目を開けた。

 

 もはや時間との勝負。すでにカウントダウンは始まっている。

 間宮さんの精力料理により俺を包み込むムラムラ世界。

 感覚的にあと数分で俺の我慢はブレイク限界、絶頂までマッハ全開!

 すでに策は考えてある。暴発するよりも先に致すのがズバリ正解!

 執務室のトイレが使えないというのなら、俺の部屋までダッシュ豪快!

 服に匂いがつく? ならば全裸で致せばいい。

 何故か俺の私室にも風呂があるから、そこでシャワーでも浴びれば万事解決スマイル満開!

 理由は後で考えて適当に考えればいい。

 

 前かがみに立ち上がり、よちよちと歩み出した瞬間、俺は気付いた。

 閉じられた執務室の扉の向こうに、いくつもの気配がある……!

 し、しまった……ッ! あ、アイツら……廊下で待機してやがる……!

 おそらく長門達も倉庫に戻っていない……!

 出口は扉一つ、必然的にアイツらと顔を合わせる事になる……!

 前かがみにしか歩けない今の姿は見せられん……!

 色んな意味で退路を断たれた……ど、どうすればいい……⁉

 か、神よお慈悲を――!

 

 ――神……そ、そうだ、これだ!

 抜くしか手はないと考えるのはまだ早計だった。

 このムラムラを根本的に消し去ればいい。

 これで駄目だったら、俺は自分を本当に軽蔑する。

 よし、そうと決まれば早速鹿島あたりに、いや危ない、手の込んだ自殺をするところだった。

 なるべくムラムラを刺激しないようにしなくては。

 

「羽黒、羽黒はいるか」

「はっ、はいっ! 失礼します!」

 

 再び椅子に腰かけた俺の呼びかけに応じて、すぐに羽黒が顔を見せた。

 露出が少なく俺の好みから遠い羽黒が地味に大活躍だな……本人は嫌かもしれんが、関わりの多い秘書艦としては逆にアリかもしれん。

 やはり他の者も廊下に控えているようだ。倉庫に戻っていいって言ったのにな……頼むから言う事聞いてくれ。

 ともかく、今は一刻一秒を争う。そんな事を考えている暇は無い。

 

「……大至急、文月を呼んできてくれないか」

「文月ちゃんですか? は、はいっ、すぐに!」

 

 俺の焦りを察したのか、羽黒は慌てて廊下に駆け出していった。

 急いでくれ……! 本当に時間が無い……!

 俺の股間は小学生型の艦娘には反応しない。というか反応したらロリコンなのだから、反応しないのが当たり前だ。

 駆逐艦を対象にした薄い本はいくつも存在するが、正直理解が出来ない。

 まぁ、人の性癖にとやかく言うつもりは無いが……ロリコンとだけは仲良くなれる気がしない。

 仲良くなれる以前にそもそも友達がいないのだが、いやそんな事はどうでもいい。

 

 横須賀鎮守府にも小学生型の駆逐艦は何人もいるが、その中でも文月は何故か祈りを捧げてしまう神秘性がある。

 我ながら意味がわからないが、とにかくそういうものなのだ。

 ストライクゾーン対象外というなら小学生型かつ男の艦娘、水無月も適しているかもしれないが、真っ先に思いついたのが文月だった。

 文月を前にしてなお暴発するというのなら、俺はそれまでの男だったという事だろう。

 天罰が下ったとしても俺はそれを受け入れよう。

 だから早く、早く来て下さい……!

 

「しれぇかぁん。なんですかなんですかっ? えへへっ」

 

 おぉ、神よ! さぁ、今こそ性欲を振り切るぜ!

 逸る気持ちを押さえて、俺は平静を装いつつ文月に手招きした。

 もうマジで時間が無い。

 体感的に残り9.8秒……それが俺の絶望までのタイムだ……!

 

「うむ。よく来てくれたな。ちょっとこっちに来てくれないか」

「はぁ~い」

 

 俺の傍らへと歩み寄ってきた文月の笑顔を見て、俺も思わず安堵の微笑みを浮かべてしまった。

 氷が解けるように、すでに性欲が消失しつつある事が実感できていたからだ。

 俺は文月の頭にぽんと手を置いて、目を閉じ、深呼吸しながら祈りを始めた。

 大いなる者(文月)が俺を見ている……性欲に負けるはずが無い……。

 世に文月のあらんことを……。

 そして俺の股間に平穏のあらんことを……。

 

 ――イイトコ、ミセヨウトシタノニ、ヤラレチャッタァ……

 エ……ソッカ……ソウ。ナラ、イッテキナサイ……

 アナタモ……カエルノ……

 ホラ……アタタカイ……ネ……アナタナラ……キット……

 

 おぉ、俺を包み込んでいたムラ村雨が浄化されていく……。

 無邪気な少女の笑顔により怒り狂った股間の一角獣もおとなしく……。

 まるで神話の1ページではないか。神だ、やっと神と……。

 何か閉じられた瞼の向こうが眩しい。

 

「ふぅー……」

 

 俺は大きく息をついてゆっくりと目を開けた。

 この逆境をアドリブで乗り切るとは、やはり天才じゃったか……ん?

 なんか文月の感じが……あれ? なんか成長してない?

 小学生から中学生くらいに……。

 

 鹿島が近くに駆け寄ってきて、文月の様子を眺め始めた。

 一瞬ビビッてしまったが、俺の股間に事故る気配は無い。

 淫魔の影響をかき消すほどの浄化の力……まさに神の恵み……。

 文月の観察を終えたらしい鹿島は、目を丸くして執務室の扉の方へと目を向けた。

 

「か、改二……ですよね……」

 

 ……エッ、改二?

 確かに成長はしているし、微妙に服装も変わっている……。

 当の本人は拳を作ったり開いたりしながら、目をぱちぱちさせていた。

 

「……すご~い……これならあたしも、活躍できそぉう」

 

 ……何故このタイミングで……。

 俺の存在を脅威に感じたとか……いや、文月にそんな感じはしない。

 そうなると俺は関係無い。つまりオフで目覚めた那珂ちゃんや川内、千代田のように、来るべき時が来て目覚めたパターンか……。

 しかしまた凄いタイミングで目覚めたな……。

 ともかく動揺を顔に出してしまってはカッコ悪い。

 俺はなるべく平静を装いながら、文月の頭をぽんぽんと撫でながら適当に言ったのだった。

 

「……うむ。なるほどな。改二……改二か。全ては文月の、今までの努力の結果だな。よく頑張った。これからも期待しているぞ」

「えへへっ、いい感じ、いい感じぃ~。改装された文月の力ぁ、思い知れぇ~。えぇ~い」

 

 あらんことを……。

 文月は満面の笑みで俺に抱き着き、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 何故かはわからんが、文月はむしろ俺に対して好意的だ。

 つい先ほども、凹んでいた俺に抱き着いて慰めてくれたしな……。

 いや、そうか、イムヤの一件で情けないところを見せたせいだった……。

 磯風を筆頭に、なんか駆逐艦ダメンズ好き多くないか……? 将来が心配だ。

 それはそれとして、今、何気に時代は文月……。

 

「あぁーっ! 文月ばっかりずるいや司令官! ボクも強くしてよ!」

 

 俺が心穏やかに文月の頭を撫でていると、不満そうな抗議の声と共にボクっ娘皐月が乱入してきた。

 

「さ、皐月。何でお前がいるんだ……」

「仲間外れは良くないよ! 何で文月ばっかり!」

 

 何を言っているんだコイツは……。

 ボクも強くしてって……そんな事ができればさっきまでの苦労は無い。

 俺の推測により、結局は本人の頑張り次第という結論に至ったのだ。

 文月も勿論、その例に漏れてはいないはず。

 それを俺のお陰だと思うとは……まぁ頭も小学生並なのだろう。残念な奴だ……。

 

「何かを勘違いしているようだが……私は何もしていないぞ。文月は今まで改二に至れるくらい頑張っていたから、その結果として目覚めただけだろう」

「ボクだって文月に負けないくらい頑張ってるよ! 練度だってあんまり変わらないんだから!」

「そ、そうか……ならば近い内に目覚めるかもしれんな」

「むっ、はぐらかすのはずるいよ! ほらっ、とにかく文月と同じようにしてみてよ! この手を、こう!」

 

 皐月は文月を撫でていた俺の手を無理やり取って、自分の頭にぐりぐりと押し付けた。

 だが、勿論そんな事をして改二になれるはずが無い。

 ここは大人として人生の厳しさを優しく諭してやらねばなるまい。

 

「ほ、ほらな。文月がこのタイミングで目覚めたのはたまたまだ。だが、来たるべき時が来ればお前も――」

「むぅ~……あっ、そうだ、これだぁ! えぇい!」

 

 まだ納得のいっていない様子の皐月は何を思ったのか、文月を押しのけて俺の胸に抱き着いてきた。

 全く、何を馬鹿な事を……うおッ眩しッ⁉

 いきなり至近距離で発光しやがった。一体何が……ん?

 なんか皐月も文月と同じくらい成長して……か、改二⁉ な、何故⁉

 

 自分でも変化に気付いた皐月は俺から離れ、腰に手を当てて満足気な笑みと共に言った。

 

「わぁ、やったぁ! へっへ~ん! ボクのこと、見直してくれた?」

「あ、あぁ……本当に頑張ってたんだな……」

「へへっ、強化してくれてありがとう! これで司令官……いや、皆を守ってみせるよ!」

「い、いや、だから私は何も……」

「またまたぁ。ピンと来たんだよね、入渠施設の前で、文月は司令官に抱き着いてたじゃない? あれで提督パワーを充填してたんじゃないかってね! ボク、名探偵になれるかもなぁ」

「そんなものは無い……」

 

 なんという迷推理だ。名探偵どころか探偵モノで言えば間違った推理で別人を逮捕しようとする無能な刑事ポジションだぞお前は……。

 推理というならこの俺を見習え。

 しかしこのタイミングで皐月にまで改二が実装されたのは偶然と言ってもいいものなのか……?

 いや、皐月刑事は頭小学生だからな……。

 本人の弁によれば文月と同じくらい頑張っていたそうだから、いつ改二が実装されたとしてもおかしくはない。

 加えて文月と同じく俺に対して結構好意的……金剛と同じく僅かに練度が底上げされていた可能性もある。

 名探偵サダオの名推理によれば、おそらく脅威がトリガーとなるパターンと似た感じで、提督パワーとやらで改二になれると思い込んだ挙句、本当に身体に影響を与えてしまったのだろう。

 これをプラシーボ効果と言います。スゴいね人体。いや、この場合は船体……?

 なんて思い込みの激しい奴だ。こんな勘違いするか普通……頭大丈夫か?

 まぁ小学生型相手に正論で言い負かすのも大人げないからこれ以上は言わない。

 本人が満足気だからもうそれでいいのだ。

 

「アッ! そう言えば、私も建造されてすぐに提督にハグしていましたネー! テートクゥー! 私も提督パワーの充填デース!」

 

 勢いよく執務室内に駆け込んできた金剛がそのまま執務机越しに俺に飛び掛かってきたので、俺はまたしてもひっくり返ってしまった。

 床に転がりながらも抱き着いてくるので、その豊満な胸が俺の薄い腹筋にむぎゅうと押し付けられる。

 アーーッ! せっかく鎮静化した股間に再び提督パワーが充填されて――⁉ サプラーイは大切ネー!

 か、神よー! ほっぺた膨らませて見てないでお助けを――!

「あぁーっ! 提督ばかりずるいずるい!」と声を上げながら比叡達が走ってきた。

 引き剥がそうとする妹達と、引き剥がされまいとする金剛が揉み合いになっている。俺も揉み合いたい。

 更には「うわぁぁぁーーっ!」と泣き声を上げながら千代田までもが乱入し、俺の両肩をがくがくと揺さぶる。

 

「駄目よ! 千歳お姉の強化の為とはいえ、ハグなんて絶対に許さないっ! いくら提督でも絶対に許さないんだからっ!」

「ま、待て待て待て! だから違うと言っているだろう‼」

 

 その手があったか! と一瞬考えたが、千歳お姉にプラシーボが効くとも思えない。

 性能調査の名目で視姦するだけでも危ういのに、確実に効果も無いのに抱き着いたりしては完全にアウトだ。

 流石に目先のハグの為にそこまで無謀な事を選ぶほど俺もアホではない。

 

「うぅぅーっ……! 本当よね……⁉ さっき千歳お姉が相談しに行った時も、指一本触れてないわよねっ⁉」

「えっ、あ、いや……」

「……えっ……い、いやぁぁぁーーっ‼ お姉ぇぇーーっ‼ 何をしたの! お姉に何をしたの‼」

「こ、こらっ! 落ち着け! 引き留める為に肩を掴んでしまっただけだ!」

「うわぁぁぁーーんっ! 提督のお姉に関する記憶を塗り替えるわ! さぁ、その手を差し出すのよ! 忘れてっ、お姉の感触を忘れてよぉっ!」

 

 千代田は俺の手を取って無理やり自分の二の腕を掴ませた。うわっ! ムッチムチやないか! 水偵(吸いてェ)

 いや落ち着け。と、とにかく、コイツ危ねェ!

 噂には聞いていたがマジでムチムチだよ、いやムチム千代田、ここまでシスコンだったとは……。

 千歳お姉の記憶を塗り替えるべく自分の身体を差し出す辺り、本当にオータムクラウド先生の作品と同じ流れになっているではないか。

 もしかして万が一俺が千歳お姉と致してしまったら姉妹丼もといメロンサンドも現実的なのでは……。

 いやイカンイカン! せっかく文月のお陰で難を逃れられたというのに、これではまた元の木阿弥ではないか。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、では駄目だ。

 先ほどの反省を活かさねば。金剛に抱き着かれるのも正直嬉しくて仕方が無いが、またしても股間が鬼になる前に今は心を鬼にする必要がある。

 

「あぁっ、もう、金剛も離れないか! 今日で何度目だと思ってる! こういう事は気軽にするなと何度言ったらわかるんだ! 比叡! 二人を早く引き剥がせっ!」

「了解っ! 比叡、行っきまぁすっ!」

「ぶぅー、提督はいけずデス」

 

 金剛がしぶしぶと自分から離れてくれたので、比叡は千代田を羽交い締めにして俺から引き離した。

 戦艦と水上機母艦では馬力が違うのだろう。千代田は泣きわめいて暴れようとしていたが、比叡、榛名、霧島に軽く押さえられているだけでまったく抵抗ができていない。

 気を取り直して、俺は大きく咳払いをしてから金剛と千代田に言い聞かせるように強めの口調で言ったのだった。

 

「んんっ! まったく、早とちりはするな! いいか、言っておくが私にそんな妙な力は無い! 文月と皐月に改二が実装されたのは、二人の頑張りが実った結果に過ぎん!」

「えぇー……、じゃあ、司令官は何で文月を呼び出したのさ」

「そ、それは私に考えがあっての事だ。お前達が知る必要は無い」

 

 皐月刑事、俺に質問をするな……!

 猛り狂っていた股間の一角獣(ユニコーン)をおとなしくさせる為だなんて言えるはずが無いだろ……!

 皐月は納得がいっていないようにジト目で向けてきたが、文月はそんな小さな事などどうでもいいようで、無邪気な笑顔と共に口を開いたのだった。

 

「えへへっ、しれぇかぁん。あたし、司令官の為に強くなりたいって思ってたところだったの~」

「何? わ、私の為にか……?」

「うんっ」

「あっ、ボクもだよ? さっき、泣き虫の可愛い司令官を見て、ボクが何とかしてあげなきゃダメだなぁって思ったからさぁ。ボク達がもっと強くならなきゃダメだもんね!」

 

 皐月も胸を張りながら、文月の言葉に割り込むようにそう言った。

 ふ、文月、皐月……! お前らって奴は……!

 

「そ、そうか……お前達、良い子だなぁ」

「えへへっ。あぁ~、いい感じぃ~。ありがとぉ~」

「ふわっ、わっ、わぁっ⁉ く、くすぐったいよぉっ」

 

 俺は感動のあまり二人を引き寄せ、くしゃくしゃとその頭を撫で回した。

 なんて良い奴らなんだ。(文月)だけでなく頭小学生の皐月刑事もこんなクソ提督を何とかしようと……。

 何が可愛い司令官だ、お前らの方が可愛いわ! こやつめ、ハハハこやつめ! 可愛い奴らめ!

 そうか、やはりイムヤの轟沈騒ぎでいい歳して泣いてしまった俺を見て、自分達がしっかりしなければと思ってくれたのか。

 変態クソ兄貴を反面教師にしてしっかり育ってくれた俺の妹達と同じパターンではないか。

 小学生型故に純粋、元々何故か高い好感度もあり、俺を軽蔑するよりも俺を支えようという気持ちが上回った……。

 もしかして提督パワーやプラシーボ効果ではなく、それがいわゆる『気付き』になった可能性もあるのでは……?

 

「文月、皐月。今日は遠征に向かう予定だったな。だが、ひとまずは大淀の指示通り、部屋で待機しておいてくれ」

「はぁいっ。えへへっ、本領発揮するよぉ~」

(まっか)せてよ、司令官! うんっ、いつものボクとは違うよ~!」

 

 俺は二人の肩をぽんと叩き、部屋に戻るように促した。

 とりあえず大淀さんの指示に従っておけば間違いはない。

 皐月達が部屋を後にすると、やがて大淀達が再び室内に戻ってきた。

「千代田さんと金剛さんも外に」との大淀の一言に、二人は比叡達に引きずられて扉の外へと連れ出されていった。

 俺も一歩間違えたらあんな風に追放されてしまうのだろうか……恐ろしい。

 

 ともかく、何とか危機を切り抜けたはいいものの、どっと疲れたな……。

 しかし思わぬ収穫もあった。

 金剛もそうだが、俺への好感度が高い文月や皐月が改二に目覚めたという事実である。

 ほとんどは本人の頑張りによるものであろうが、これにかこつけて艦娘達の信頼を取り戻す事ができるのでは――?

 俺は大淀に向かって真剣な表情で口を開いた。

 

「大淀。提督を信頼する事で練度が底上げされるという事だったが……文月と皐月はその例が当てはまるのかもしれん」

「え、えぇ、そうですね。あの二人の練度は決して低くはありませんが、飛び抜けて高いわけではありませんでしたし……」

「そうか、やはりな……うむ。そういう事か……」

 

 大淀も認めている……心が純粋な駆逐艦に関しては信頼による強化が認められる場合があるという事か。

 情けないクソ提督だからこそ何とかせねばと考えるダメンズ好きに対しては逆に有効……。

 しっかり者の提督では出来ない方向性のアプローチ。

こんなクズにもそんな使い道があったとはな……もしかして大淀はそれも考慮して俺を残していたり……。

 もしもそうならば、いっそのこと逆転の発想をしてみてはどうだろうか。

 

「ならば、もしも長門らが私に対して信頼を深めたとしたら、更に強くなれるという事だろうか」

「えっ。さ、更に……という事ですか?」

「うむ。それは実に良い事だ。そうは思わないか、大淀」

 

 どうでしょうか、大淀さん。

 確かに俺は情けない駄目人間であるが、更に強くなる為に今の俺を信頼するように仕向けてくれないだろうか。

 発想のコペルニクス的転回、今すぐ俺がまともになれないのなら、文月達のように艦娘達が今の俺を受け入れてくれればいい。

 名付けて横須賀鎮守府総ダメンズ化計画……!

我ながら最悪のプロジェクトだった。

 俺の成長には時間がかかるが、艦娘達の心のハードルを下げる事で今すぐにでも強化が可能……!

 すでに千歳お姉や翔鶴姉などのように、一部の艦娘は大淀の話術の影響下にあるようだが、頑張って長門達も支配下においてくれないでしょうか。

 悪い話じゃないと思うのですが……。

 

 少しばかり悩んだ様子の大淀が何かを言おうと唇が動いた瞬間、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 そこには艦娘達をその背に引き連れたドヤ顔の長門が威風堂々と立っており、俺の目を見ながらはっきりと言ったのだった。

 

「フッ……それは無理な相談というものだ。私だけではなく、我々にはこれ以上、上がる余地など存在しないからな。そうだろう、皆!」

 

 長門の声に、他の艦娘達も頷いたり苦笑したりしていた。

 那智が俺を一瞥して、吐き捨てるように言う。

 

「あぁ。一体何を言い出すかと思ったが……話にならんな」

「せやな。まさかわかっとらんかったとは……司令官、そりゃちょっちアカンで」

 

 龍驤が苦笑しながら、呆れたようにそう言った。

 

「提督。私達にも限界というものがありますから」

「えぇ……これ以上はとても……考えられません」

 

 加賀は表情ひとつ変えずに、神通は目を伏せたままに言葉を続けた。

 まるで無呼吸連打のごとく叩き込まれる言葉の暴力に、俺の心は完膚なきまでに叩き折られる。

 ……エェト、ソノ、アッハイ。

 信頼度が上がる余地は……存在しないと……。

 今の状態で、すでに限界……。

 俺は救いを求めて我が救世主、大淀さんに顔を向けた。

 大淀さんは何も言わず、ただ怖いほどに優しい微笑みと共に、ゆっくりと頷くだけであった。

 アイコンタクトだけで理解した。「察しろ」と大淀さんは言っている。

 どうやら大淀さんの話術を持ってしても、出来ない事はあるらしい。

 

 俺が察したのを見て満足したのか、長門は群れを引き連れて倉庫へと戻っていった。

 

「そ、そうか……」

 

 あまりの悲しみを耐え切れずに、俺は震えた。

 長門の後ろでクスクスと苦笑する艦娘達……。

 こんな俺でも友好的に接してくれる者もいると安心していた俺が馬鹿だった。

 大淀さんはすでに打てる策は打っているのだ。それでも無理なほど信頼度が低い長門達も同じようにと求めるのはあまりにも無知で強欲すぎた。

 これでは流石の大淀さんも堪忍袋の緒が――。

 

 ぽん、と俺の肩に手が置かれた。

 一瞬にして血の気が引いていく。

 あまりの恐怖に、俺はその手の主の顔を見上げる事ができなかった。

 

「――まったく……それくらい、自覚して下さい。考える必要は無いと言ったでしょう」

 

 その声はあまりにも優しかった。

 まるで子供に言い聞かせるかのように、厳しさの欠片も感じられなかった。

 それが何よりも恐ろしかった。

 悲しみと恐怖の入り混じった涙を堪えるのに必死で、身体の震えを止める事ができなかった。

 

「――以後、ちゃんと心に留めておいて下さいね……?」

「ハイ」

 

 短く答えるので精一杯であった。

 そうでした。俺が信頼を得る事についてはもう考える必要は無いほどに取り返しがつかないのでした。

 これは警告であるのは明らかだった。

 いい加減に己の無能さを自覚しろ。下手な事を考えるな。二度と言わせるな。覚えておけ、と。

 出過ぎた真似をしてしまいました。本当に申し訳ありません……!

 俺が白目を剥きながら我が魔王(大淀)への忠誠を誓っていると、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきて勢いよく扉が開かれた。

 

「テートクゥーッ! 言い忘れてましたが私のバーニング・ラブには限界はありませんからネー! あっ、ついでに提督パワーの充填を……比叡! 榛名、霧島っ! 何故邪魔するデースッ⁉」

「だって提督ばっかりずるいずるい!」

「お姉様! 時間と場所が大丈夫じゃないです!」

「この霧島の計算によると、ムードとタイミングも考えた方が良いかと……今は倉庫の片付けを優先しましょう」

「ムムム~……! わかりマシタ! 可愛い妹達の言う事デス……! テートクゥーッ! 提督パワーの充填はまた今度……イエ! 待ちきれないので今夜デース!」

 

 太陽のように眩しい笑顔と共にブンブンと大きく手を振りながら、金剛は姉妹達に引きずられて行った。

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………アッ、コイツだけは間違い無く俺の事好きだワ!

 




大変お待たせ致しました。
リアルの都合上執筆の時間が取り辛くなってきており、遅筆も加わり更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
ご感想への返信も滞っておりますが、ご容赦下さい。

プロットよりも何故か大幅に文字数が増えてしまいましたが、次回の艦娘視点、提督視点で第四章は終わる予定です。
第五章と前編後編になる予定ですので、次回で第四章の章タイトルも明らかになるかと思われます。

次回の更新も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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