ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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057.『欲望』【提督視点】

 俺は齧りつくように報告書と海図を見つめ続ける。

 文月のおかげで股間の暴発を防ぐ事ができ、ようやく執務に取り掛かれる――という事にはならなかった。

 股間はまだ静けさを取り戻したままだが、せっかく浄化したはずのムラムラが再び蘇り、またもや俺を包み込み、非常に落ち着かない。

 間宮さんの精力料理恐るべしといったところだが、原因はそれだけではない。

 俺の頭の中はもう金剛の事でいっぱいだった。

 

 これはもはや恋なのではないか。

 恋は下心、愛は真心というなら間違いなく恋なのだろう。

 俺の燃える下心は金剛のバーニング・ラブにも負けない。

 

 童貞かつ彼女いない歴=年齢の俺でもわかる。

 時間と場所をわきまえずにハグをしてくる、俺への距離感の近さ……。

 わざわざ戻ってきてまで、提督パワーの充填を待ちきれないと、夜のお誘い……。

 そう、そう、そう! この感じ! ヤレそう‼

 

 もう執務どころではない。

 精力料理の効果と金剛のスキンシップがベストマッチした結果、ただでさえ救いようのない俺の頭はさらにパーになった。あばば~、ボクカワウソ。

 何とかして抜いてスッキリせねば、とはもう考えられない。

 オ〇ニーしようという考えは全く無かった。

 ヤリたい。金剛とヤリたい。なんとかしてヤリたい。ムラ村雨、ヤッちゃうからね!

 

 すでに好感度マックスな金剛に関しては、もはやこれ以上の段取りは不要。

 アダルトな動画の世界ではナンパされた相手と一晩の過ちを犯したり、出会って三秒で合体したりは日常茶飯事。

 ならば俺が金剛と出会って三日でBe the one(合体)したとしても何らおかしくはない。

 時間と場所とムードとタイミングさえ整えればあとはその場の雰囲気で……ひゃっはぁーッ! イケるイケるぅ!

 考えただけで股間に力が漲る! タマが燃える! 俺の白露(マグマ)が迸る! もう誰にも止められねェーーッ‼

 発令! 艦隊作戦第三法! セクロスロード作戦! 夜のベッド(ウェー)海戦!

 旗艦はスモールセブン、短門! イッ精射か、股間が熱いな……。

 いざ童貞卒業(シャングリラ)を目指し、渚を超えて――!

 

 時間は金剛の指定した通り、夜がいい。まぁそういう事を致すのであれば、普通は夜であろう。

 俺個人としては今すぐにでもおっ始めたいところだったが、色々と障害が多すぎる。

 場所は……鎮守府から出るわけにもいかないし、オーソドックスに俺の部屋だろうか。

 しかしそうなると隣が大淀の部屋なんだよな……そもそもこの建物の壁の薄さがわからない。

 金剛のアンアン(モト)ムサウンドが響き渡る可能性もある……。

 ところで金剛の喘ぎ声はカモン! オウ! イエス! 派なのだろうか。それともイク! イクの! 派なのだろうか……。

 個人的には後者の方が、いやそんな事はどうでもいい。

 ともあれ他にいい場所も思いつかないし……やはり俺の部屋しかないか。

 

 いや、まずムードとタイミングが一番難しいのではないか。

 夜は川内達が俺の護衛につくと言っていた。

 だがドスケベサキュバスの搾り殺す宣言をスルーしていた事から、あれはおそらく俺の護衛が目的なのではなく、俺を監視する事が目的だったのではないかという結論に至る。

 俺のような飢えた狼と一つ屋根の下で過ごすのだ。鹿島は艦娘達には害が無いようだから、警戒には値しないのだろう。

 艦娘達にとってむしろ俺の方がドスケベインキュバス。俺が夜這いをする事を警戒していたとするならば、夜に強いらしい川内型が俺を監視するとしてもおかしくはない。

 金剛を部屋に招き入れるのはともかく、川内型に監視されながら致すのは流石に……。

 下手をすれば不埒な雰囲気を嗅ぎつけた鹿島が乱入してくる可能性も無きにしも非ず。

 俺的には有りだが、そうなると、もはやいちゃラブなムードでは無くなる……。

 おそらく流石の金剛でも嫌だろうし、そのまま続行は不可能だろう。

 いや鹿島に乱入されたら俺は搾り殺されるんだった……やっぱ無しだ。

 鹿島でなくとも、他の誰かが扉をノックでもした瞬間、ムードはぶっ壊れる……。

 隣の部屋には大淀、扉の外には川内型、そして男を求めて夜な夜な徘徊する鹿島。

 いかんな……今すぐでなくとも、夜になっても障害が多すぎる。

 

「時間と場所は決まりか……あとはムードと、タイミングだな……」

 

 ついそこまで呟いてしまい、俺は慌てて口を噤んだ。

 いかん、つい口が滑って……!

 どうやら俺には考えに集中しすぎると独り言が出てしまう癖があるようだ。

 まずいな、大淀さん達に聞かれていなければ良いのだが……。

 俺が顔を上げて大淀の方を見ると、その隣の机に向かっていた羽黒の様子がおかしい。

 今にも泣きそうな表情で俯いたまま固まってしまってたので、俺は思わず声をかけてしまった。

 

「は、羽黒。どうした……」

 

 俺の言葉に、羽黒ははっと気が付いたかのように顔を上げる。

 

「ご、ごめんなさいっ、私、また司令官さんの邪魔をっ……」

 

 そして、何かの糸が切れてしまったかのように、ぼろぼろと涙を流し始めた。

 エッ、アァッ、エアァ? ま、また俺何かやっちゃいました……⁉

 どどど、どうすればいい。可愛い妹を泣かせたとなれば、妙高さんにお説教される可能性が。

 それはそれでアリだな……いや混乱している場合ではない。

 俺が何も出来ずにおろおろと狼狽えていると、大淀が見るに見かねた様子で口を開いた。

 

「提督。何かお考えだったのではないですか?」

「う、うむ。しかし……」

「提督は、今はそちらに集中して下さい。こちらは、この大淀にお任せ下さい。羽黒さん。それと、皆さんも。少し、外に出ましょう」

 

 な、何っ。か、考えに集中していいの⁉

 大淀ならば俺がしょうもない事を考えていた事くらいはお見通しのはず……。

 それを咎めるでもなく、むしろ集中させるべく人払いをするとは、コイツ一体何を考えて――?

 羽黒を泣き止ませるには俺の存在が邪魔だという事だろうか。その可能性が非常に高い。凹む。

 いや、先ほど肩ポンされながら言われたではないか。考える必要は無いと。

 俺の風船頭で何を考えても意味は無い。むしろ大淀さんの邪魔になる可能性もある。

 さぁ、今こそ雑念を振り切るぜ! あばば~、ボクカワウソ。

 俺は思考放棄して大淀の申し出を素直に喜び、受け入れたのだった。

 

「そ、そうか! 大淀がそう言うのなら、それに甘えるとしよう。実は、また少し考えに集中したかったところでな。悪いが皆、席を外してくれないか」

「了解しました」

 

 俺が答えた瞬間、大淀が密かに右拳を握りしめ、黒い笑みが浮かびそうになるのを堪えているような表情になっていたのを俺は見逃さなかった。

 俺を置いていく事で、何かの策が上手くいったという事だろうか。フフフ。怖い。

 

 それにしても、羽黒の様子を見るに、もしかしてこのまま秘書艦を辞めてしまうとか言い出すのではないだろうか。

 それは困る。非常に困る。

 この僅かな時間で実感できた事だが、羽黒は言うなればアンチ鹿島。

 俺の好みではなく露出も低く、大してエロくもない事から、鹿島により欲情が促されるのを僅かながら打ち消す効果があるのだ。

 事実、羽黒がいなければ先ほども文月を呼べずに詰んでいただろう。

 羽黒が秘書艦を辞めても鹿島は続けるわけで、そうなると非常にヤバい。

 ある程度成長してお目付け役の香取姉や大淀さんがいなくなれば、童貞と淫魔、密室、二人きり。何も起きないはずがなく……。

 次の日には無駄にキラキラしている鹿島と、テクノブレイクで死に至り、枯れ果ててミイラのようになった俺の(むくろ)が発見されるであろう。

 たとえ搾り殺されなくても、鹿島のせいでムラムラを抑えきれずに執務中に前主砲精射してしまい、社会的に死ぬ可能性もある。

 這い寄る死の予感に、俺は退室しようと席を立った羽黒に思わず声をかけてしまった。

 

「は、羽黒! その……気持ちはわかる。だが、できればもう少し頑張ってみないか」

「ふぇぇっ……⁉ で、でも、私っ、鹿島さんみたいにうまくできずに、司令官さんに迷惑をかけてばかりで……も、もう私はいらないんじゃないかって、やっぱり辞めた方がいいんじゃないかって」

 

 なるほど……俺を生理的に受け付けないというだけではなく、自分の失敗にもめげていたのか。

 それならば涙の理由にも納得がいく。

 自分が上手く仕事が出来なかったという事は、俺とは関係ないからな。

 しかしまだ一日どころか半日も経っていないし、失敗といっても大したことは無い。

 そんな事で自分の成長を見限られ、それが原因で俺が死ぬ事になってしまってはたまらない。

 俺は羽黒に歩み寄り、その隣の妙高さんに顔を向けた。

 

「妙高。お前が羽黒を秘書艦に推薦したのは、成長を促すため……そうだな?」

「は、はい。私は羽黒も、いずれは改二に至る素質を秘めていると思っております。そのきっかけになるのではと……申し訳ありません」

 

 やはりそういう事か……。

 最初は妙高さんが秘書艦になるのが嫌で妹に押し付けたのだと思っていたが、それは俺の被害妄想が過ぎたようだ。

 妙高さんは妹に対してそんなひどい事はしない。

 先ほどの改二の話で思いついた事だったが、明らかに俺の事を避けている羽黒をあえて秘書艦にするという事は、いわゆる試練のようなものではないか。

 那智から利根を助ける為に改二が実装された筑摩のように、困難に立ち向かう事で改二に至るケースはある。

 妙高さんもそれを期待して、俺という困難に立ち向かわせるべく秘書艦に推薦したのであろう。

 

「いや、いいんだ。責めているわけではないし、むしろ褒めたいくらいだ。確かに昨夜は妙高の名前を挙げたが、今は羽黒が改二に至ったとしても、秘書艦を続けてほしいと思っているくらいだしな」

「ほ、本当ですか⁉」

 

 妙高さんは俺の言葉が意外だったのか、そう声を上げた。

 羽黒が失敗続きだからなのか、それとも俺の好みではないという事を薄々感じていたからなのか……。

 

 それはともかく、俺は羽黒に秘書艦を続けてほしいと思っているし、妙高さんもそうだろう。

 だが、あんなに泣いているというのに無理やりというのはどうも……成長の為とはいえ、罪悪感が凄い。

 故に俺はそれで話を終わらせずに、言葉を続けた。

 

「勿論だ。だが、ひとつだけ気掛かりな事がある……羽黒自身の意思はどうなのか、という事だ」

「羽黒自身の意思、ですか……?」

「うむ。その……鹿島も、香取に推薦されたというのは同じだが、鹿島自身も秘書艦をやりたい、と思ってくれていただろう」

「はいっ」

 

 俺の言葉に鹿島は微笑み、両腕をぎゅっとしながら元気よく答えた。可愛い。

 いちいち仕草が可愛いんだお前は。

 そして両腕をぎゅっとしたせいで胸が寄せられてエロい事になっている。

 だから止めてくれ鹿島。その術は俺に効く。

 

「だが、羽黒は妙高に推薦され、断れずに流され、無理をしているのではないかと……もしもそうなら、無理に頑張らせるのは悪いと思ってな」

「そっ、それはっ」

 

 羽黒は何かを言おうとしたが、そこで言葉に詰まってしまった。

 しばらく待ってみたが、しどろもどろとしながらべそをかき、上手く言葉に出来ない様子だ。

 その様子を見て、おそらく羽黒は色々と気を遣ってしまっているのだろうと俺は思った。

 空気を読んでいるというか、自分を後回しにしてしまっているというか、そんな感じがしたのだ。

 妙高さんに推薦され、俺にも続けて欲しいと言われたが、やはり望んでいない事ゆえに失敗も多く、本心では秘書艦を辞めたいと思っているのだろう。

 だが、妙高さんと俺に気を遣い、葛藤しているのだ。

 そんな羽黒を見ていて、俺は思わずこう口にしてしまったのだった。

 

「羽黒は鹿島の仕事ぶりと自分を比べてしまっていたが……そんな事よりも、むしろ別のところを見習ってほしいな」

「べ、別の……?」

「あぁ。鹿島の欲望に忠実なところをな」

「えぇっ⁉」

 

 鹿島が変な声を上げ、他の皆も目を丸くしてしまったので、俺はそれが失言であった事を瞬時に理解した。

 しまった、もう少し言葉を選ぶべきだったか……!

 いつでもどこでも俺を搾り殺す事しか考えていなさそうな鹿島と比べてしまい、つい口にしてしまった事であった。

 

「て、提督さんっ⁉ どういう意味ですかっ、どういう意味ですかっ⁉ わ、私が欲望に忠実って、そ、そんな、そんなまるで私が」

「あ、いや、早とちりするな!」

 

 勢いよく距離を詰めてきたエロスの権化に、俺は慌てて両手を突き出して動きを制止した。

 俺も合わせて下がったおかげで間に合ったが、下手をすればパイタッチしてしまう距離だった。

 コイツは本当に油断ならんな……欲望に忠実そのものではないか。

 そう言い返したいところであったが、他の皆の目もあったので上手く誤魔化す事にする。

 

「まったく……言葉の響きだけで判断するな。鹿島は今、なんで慌てたんだ」

「そ、それは……欲望に忠実だなんて言われちゃったら、誰だってそうなりますっ」

 

 鹿島は頬を膨らませながらそう言った。可愛い。

 

「それが早とちりだというんだ。欲望とは『(ほっ)』し、『(のぞ)』む事……確かにあまり良い意味では使われないが、それ自体に良いも悪いも無い。むしろ生きるためには必要不可欠なものなのだぞ」

 

 適当にそれらしい事を言って誤魔化したが、我ながら間違った事は言っていないと思う。

 少なくとも一度死んだように生きていた俺が息を吹き返したのは性欲のおかげだからだ。オータムクラウド先生ありがとうございます。

 それに、父さんが俺に教えてくれた事にも通じる。

 またしても父さんの遺してくれた言葉を汚してしまった気がするが、気にしない事にする。

 皆は少し考えていたが、やがて香取姉がぴしりと教鞭を掌に叩きつけながら口を開いた。

 

「なるほど……確かに鹿島は自らが成長したい、そして提督のお役に立ちたいという『欲望』に、まっすぐに行動していますね。それがたとえ提督の負担になると知りつつも、それを受け入れ、むしろそれを糧に早く成長せねばと、ただそれだけを考えています。欲望に忠実だなんて言われたので、私もどうしようかと思いましたが……お褒めの言葉だったのですね」

「う、うむ。流石は香取。私が言いたかったのはそういう事だ。鹿島はやりたい事をやっている……だからいつだって芯がぶれないし、揺るがない」

 

 香取姉、ナイスアシスト……!

 正直鹿島の欲望はそんなものじゃないと思うが、それを知りながらあえて誤魔化したのだろうか。

 鹿島の欲望とは、たとえ提督が死ぬとわかっていても快楽を貪りたいとかそういう感じだと思うのだが……まぁこの場を乗り切れれば何だっていい。

 ともかく言いたかったのは、その鹿島の姿勢を羽黒にも見習ってほしいという事なのだから。

 香取姉の配慮を汲み取ったのか、鹿島は可愛らしく小首を傾げながら敬礼した。だから仕草がいちいち可愛い。

 

「そういう事だったんですね! うふふっ、ありがとうございますっ、提督さんっ、まだまだ想像力が足りませんでしたっ。練習巡洋艦鹿島、欲望に忠実ですっ! うふふっ」

 

 むしろ鹿島はもう少し欲望を押さえてほしい……。

 そんなんだから淫魔像として崇められるんだぞお前は。

 

「う、うむ。つまり、羽黒。私はお前に秘書艦を務めてほしいと思っている。それは本心だ。だが、お前の『欲望』……本当にしたい事、やりたい事があるなら、それを優先してほしいという事なんだ。お前の『欲望』が『秘書艦を辞めたい』というのなら、それでいい」

「わ、私は……」

 

 どうしてもと嫌だというのなら、俺だって無理強いするつもりは無いのだ。

 俺の言葉に羽黒がまた俯いてしまうのを見かねてか、大淀が声をかけてくる。

 

「提督。とにかく、今は落ち着いて考えてもらいましょう。提督に面と向かってそう言われてしまっては、羽黒さんも落ち着けませんよ」

「う、うむ。そうだな。羽黒、命令では無いんだ。確かに常にやりたい事だけを優先する事はできない。だが、今回ばかりは私や周りに気を遣わず、よく考えて、羽黒自身のやりたい事をすればいい……大淀、後は任せてもいいか」

「はい。了解しました」

 

 大淀は羽黒達を引き連れて廊下に出る。

 羽黒の事も気になるが、せっかく大淀が気を利かせてくれたのだ。今夜の童貞喪失作戦に集中するべきであろう。ダンケダンケ。

 

 障害は、やはり他の艦娘達の存在。

 ムードとタイミングを考えるなら、やはり出撃などで鎮守府に不在の状況しかないか……。

 そう言えば川内型は昨夜も夜戦の演習を行っていたな……むしろ川内からお願いされたくらいだ。

 よく考えてみればアイツらはいきなり俺の護衛を投げ出していたわけか。

 鹿島の前でグースカと無防備な姿を晒していたと考えると恐ろしいが、他の艦娘達がいるから大丈夫だと判断したのだろうか。

 俺が寝ていたのは小料理屋鳳翔の座敷だったし……鳳翔さんのテリトリーならたとえ淫魔でも入り込めないような気がするな……。

 

 ともあれ、艦娘達がいない状況を自分で作り出すというのは良い案であろう。

 川内型だけではなく、淫魔も出撃させる事でこちらも安全安心に夜戦に励むことができる。

 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス、ではいかん。

 いいムードとタイミングが巡ってくるのを悠長に待っていては、機会を逃してしまう。

 鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギスだ。

 ムードとタイミングは自分で作らねば!

 

 普通の男女の付き合いだってそういうものだ。

 そういう雰囲気になるのを悠長に待つのでは無い。

 ムードのいい店に行く、二人きりになる、お酒の力を借りる……そういう雰囲気を創造(ビルド)してからのBe the one(合体)

 それが当たり前なのだ。

 うーむ、しかしなんと理由をつけて出撃させるか……。

 

『呼びましたか』

 

 呼んでねぇよ。帰れ。

 どこからかグレムリンがわらわらと机の上に集まってきた。

 今はお前らに構っている暇は無いの。ほら散った散った!

 

『えー、そんな事言っていいんですか』

『せっかく耳寄りな情報を持ってきてあげたのに』

『ちらっ、ちらっ』

 

 わざとらしくチラチラと俺を見るグレムリンがあまりにもウザかったので窓の外に放り投げてやろうかと思ったが、一応聞いてみる事にする。

 

『出撃と言えば、長門さんは朝潮型の皆と出撃するのが夢みたいです』

『水雷戦隊の皆が仲良さそうなのが羨ましいみたいですよ』

『天龍さんみたいに気軽に接してほしいようです』

『大淀さんにはなかなか出撃を許可してもらえてないみたいなので、きっと喜ぶと思います』

 

 ほう、群れの長だからと懐かれているわけではないのか……。

 いや、俺に対してさえ(かたく)なに固い態度を取るあの朝潮だからな。

 俺よりも更に格が上であろう長門に懐く姿が想像できん。きっと物凄くよそよそしい態度であろう。

 朝潮型というと、他には大潮、満潮、荒潮、えーと、朝雲、山雲、霞と……あの座敷童子みたいな……。

 

『霰ちゃんですね』

 

 アラレちゃん……霰って名前だったのか……んちゃ。存在感が薄くて全然覚えてなかった。

 他の面子も一癖ありそうだからな……仲良く話せそうとなると大潮くらいか。

 しかし何故、朝潮型……。

 

『他の駆逐艦の子たちもだと思いますけど、昨夜、朝潮型と連合艦隊で出撃したいと大淀さんに直訴していたのを聞いていました』

「ほう。それで、大淀は」

『ばっさり切り捨ててました』

 

 凄ぇな大淀さん……。流石は横須賀の黒幕。

 表のカリスマである長門ですら、大淀の許可を得なければ叶わぬ事もあるという事か。

 なるほど、つまり俺が大淀に代わってそれを許可すれば、人払いできると共に長門からの評価を稼げる可能性もある……有りだな。

 

 そういえば倉庫に隠れている時にも、連合艦隊の旗艦を務めさせればいいという案が出ていたな。

 連合艦隊を編成すれば十二人もの人数を一気に人払いできるし、数の暴力でこちらの被害を少なくする事もできるだろう。

 まぁ、大淀や香取姉、鹿島が言っていた通り、こんな近海で強敵が出るとも思えないが、事実イムヤ達は危うく轟沈するところであったし、状況が悪かったとはいえ朝潮達もボロボロだったからな……。

 転ばぬ先の杖。石橋を叩いて渡る。被害が出る前にあらかじめ敵を一掃しておくというのは……俺の精神衛生的にも非常にマッチしている。

 備蓄に余裕が無いという状況がネックだが、佐藤さんにお願いしてるし……今夜だけなら大丈夫ではないだろうか。

 

『出撃するんですか』

『聞き捨てならないです』

 

 更にグレムリンの数が増えた。持ち場に戻れ! 仕事しろ仕事!

 

『サダオにだけは言われたくないのですが』

 

 ごもっともであった。凹む。

 よく見れば集まって来たグレムリン達は先ほど工廠裏の倉庫でストライキを始めていた奴らのようだった。

 倉庫の片付けはどうした。

 

『おかげ様で、順調に進んでいます』

『もう少しで私達も日の目を浴びそうです』

『次は出撃したいです』

『ずっと倉庫で埃を被っていたので、海に出たいです』

『出撃するなら我々を連れていけー』

『我々の装備を積んでいくことを要求するー』

『わー』

『わぁぁー』

 

 こ、コイツら、一度要求を飲んだからと調子に乗りおって……!

 ここでビシッと断固拒否せねば提督の威厳に関わる。

 駄目だ駄目だ! 必要な時には呼ぶから今はおとなしくしてろ!

 

『えー、今日がいいです』

『今すぐがいいです』

『それに、連合艦隊というなら私達はお役に立てると思いますよ』

 

 そう言ったのは、先ほども倉庫にいた大淀似のグレムリンであった。

 たしか艦隊司令部施設とか言ってたな……。

 グレムリンが三人集まって俺を見上げる。どうやら三人一組の装備らしい。

 

『私達は護衛退避という能力を持っています』

『連合艦隊を編成した状態でしか使用できませんが』

『他の艦娘を一人付き添わせる事で、大破した艦を瞬時に母港に送る事ができるのです』

 

 な、何っ、そんな能力があるのか⁉

 つまり大破してから帰還するまで危険に晒されるのを防げるという事ではないか。

 それは素晴らしいな……連合艦隊を編成する事にこんなメリットがあったとは。

 ならばむしろ率先して積みたいくらいだ。

 大淀に似てるだけの事はあるな……こんな素晴らしい妖精さんがいたとは。

 応急修理要員と並んで丁重に扱わねば。

 

「お前達三人……装備はひとつ分しか無いのか?」

『あと二つ分はいますね』

『私達を含めて、連合艦隊三つ分です』

 

 そうか……なら連合艦隊を三つ編成して、それぞれに配置すればいいか。

 それならば万が一の事があっても大破艦は母港に送る事ができるし、他の艦は残って敵の掃討に励む事ができる。

 よし、そうと決まればさっそく連合艦隊の編成を考えてみよう。

 俺は『やさしい鎮守府運営』の該当ページを開き、執務机に置いてあった艦娘達の名札を手に取った。

 これを机に並べていくと編成しやすいわけだな……初日にも使えばよかった。

 

 本命の金剛、そして姉妹丼の可能性がある比叡、榛名、霧島は当然待機。

 色々あって疲れているであろうイムヤ達にも今日はゆっくりしてもらおう。

 

 まずご機嫌取りをしなければならない長門は旗艦。そしてさらにご機嫌取りにブーストをかけるべく、朝潮型を全員編成!

 このままだとパワー系のみで頭が足りなくなりそうなので、バランスを取るべく頭脳派かつ長門が唯一逆らえない大淀を第二艦隊旗艦に編成する。

 後は……俺の同志である青葉と夕張をねじ込んでおこう。俺に友好的な空気に当てられて、長門が少しでも丸くなってくれる効果を期待する。

 満潮の様子が不安だが……まぁ本人の様子を見てから考えよう。

 

 次に、うーむ、重巡と空母はバランス的に姉妹艦や仲良さそうな艦が別々になってしまうな。

 旗艦は重巡級に任せたいが、そうなると練度は高いがアホの利根では不安だ……。

 妙高さんと那智に任せよう。少し頼りない羽黒は妙高さんと同じ艦隊にして、俺に友好的な足柄は那智と同じ艦隊にする事で良い影響を及ぼしてほしい。

 そして航空巡洋艦、利根と筑摩もそれぞれ編成。筑摩には悪いが、利根は那智と同じ艦隊にする事で、俺への怒りの矛先を理不尽に向けられるサンドバッグとなってもらう。

 

 普通に考えれば一航戦・赤城、加賀と五航戦・翔鶴姉、瑞鶴は同じ艦隊の方が良いだろう。

 しかし赤城と加賀、翔鶴姉と瑞鶴などのコンビが同じ艦隊であるのに、シスコンの筑摩とアホの利根だけが別々になってしまうのも忍びない。

 龍驤と春日丸も仲良さそうだが、この感じだと別々になってしまうしな……ならば平等にするため、あえてバラバラに編成してみよう。

 パンツの事とはいえ、翔鶴姉は赤城を見習いたいという話になっていたし、瑞鶴も加賀の事をやけに意識しているようだしな。

 赤城と翔鶴姉、加賀と瑞鶴という組み合わせにすれば、ある意味バランスがいいかもしれない。

 うむ。悩んだが第一艦隊はこれでいいだろう。

 

 第二艦隊には軽巡を配置。川内、神通、那珂ちゃんと、天龍、龍田に率いてもらう。

 天龍ちゃん達は昨日も率いた暁、響、雷、電を、川内達は時雨、夕立、江風を……って、時雨達は遠征中だったか。

 そうなると、残り三人……誰にしようか。

 駆逐艦はある程度グループが出来ているみたいだからな……適当に編成したらまた満潮の二の舞になってしまいかねん。

 なるべく同じ駆逐隊、もしくは姉妹艦で組んだ方がいい事を俺は学んだのであった。

 本当に女子中学生の集まりみたいだな……多感な年頃なのだろう。

 

 と、ちょうどいい三人組を見つけた。

『艦娘型録』によれば三人とも綾波型駆逐艦の姉妹艦、そして第七駆逐隊という同じグループだったらしい。

 そう言えば昨夜も一緒に挨拶に来てくれてたな。潮と……「朧」? 「漣」? え? これなんて読むの……?

 名札にも『艦娘型録』にも振り仮名書かれてないし、挨拶の時の記憶は曖昧だし……。

 ちょ、ちょっと妖精さん達……。

 

『馬鹿が』

「この野郎! いいから教えろ!」

『わぷぷ』

 

 鼻で笑いやがったグレムリンの頬をぷにぷにしながら摘み上げる。

 

(おぼろ)ちゃんと(さざなみ)ちゃんですよ』

『それくらい読めないんですか』

『提督失格ですね』

『私達がついてないと本当にダメなんだから』

『まったく、サダオってば、まったく』

 

 くそっ、むかつく……!

 しかし、そうか、(おぼろ)は頑張れば読めたな。やけに記憶が朧気(おぼろげ)だと思っていたが、まさか名前がそのまま朧だったとは。

 (さざなみ)は普通読めねぇだろ。つーかあんなピンク色のメイドみたいな格好で(さざなみ)は無いだろ。渋すぎるわ。

 

『というよりなんで潮ちゃんだけしっかり覚えてるんですか』

『最低です』

『あんな子に手を出そうだなんて』

 

 いや手を出そうとは思ってねぇよ⁉ 完全にストライクゾーン外だよ!

 そもそも避けられすぎてて俺のメンタル的にもあまり近づきたくないくらいだ。

 何で覚えられていたのか俺にもよくわからんが、ちょっと身体の一部が特徴的だったから印象に残って覚えやすかっただけだと思う。うん。

 

『あぁ見えて朧ちゃんも意外とありますよ』

 

 どうでもいいわ。あの三人はどう見ても中学生型だから完全にストライクゾーン外だし。

 そんな事よりも、これで連合艦隊は完成か。

 後は残りの面子も適当に編成して出撃させるか……駆逐艦多すぎて考えるのも疲れたし、その辺はもう大淀にお願いしようかな。

 大淀が考えた方が、きっと俺が考えるよりも上手くいくだろう。

 よし、ではさっそく大淀に相談を……。

 

『ちょっと待ったー』

『まだ私達がいます』

『艦隊司令部施設さん達だけずるいです』

『我々も連れて行けー』

『わー』

『わぁぁー』

『連れて行かないと毎晩サダオの枕元で童貞音頭を踊ってやります』

『キてますキてます』

『童貞キてます』

 

 何が童貞キてますだ! つーかいつものとちょっと変わってんじゃねーか!

 机の上で輪になって踊るグレムリン共を見て、俺は頭を抱えた。

 くそっ、コイツらが一番厄介なのを忘れていた……!

 どこから入り込んでくるのかいつの間にか近くにいるし、小さいし数が多いし、力ずくでは完全に排除できん……!

 枕元でグレムリンが童貞音頭を踊っている中で童貞卒業なんて出来るわけがねー‼

 呪いの儀式じゃねーか! ムードが台無しすぎる‼

 

「わ、わかった。話を聞こうじゃないか」

『わー、流石です』

『話のわかる提督さんで嬉しいです』

『これからも仲良くしましょう』

『私達とサダオの仲じゃないですか』

『わぁぁー』

『わぁい』

 

 だからやり口がヤクザじみているのだが……。

 グレムリンのうち数人が前に出て、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

『私達はたっちゃんがいいです』

「……たっちゃんって誰だよ」

『龍田さんですが』

 

 殺されるぞお前⁉

 いや、グレムリンの声は艦娘には聞こえないらしいから好き放題言えるのか。

 後でチクってやろうかな……まぁいいや、わかった。次!

 

『はいはい、サダオー。私達はなっちゃんがいいです』

「……なっちゃんって誰だよ」

『那智さんですが』

 

 恐い物無しかお前ら⁉

 親しまれてんのか馬鹿にされてんのかわからんな……。

 まぁチクったところで何故か俺が張り倒されそうだからチクるつもりは無いが。次!

 

『我々はゴッさんを希望します』

 

 長門(ゴ級)か……物好きな奴らだ。次!

 その後も続々と現れるグレムリン共の要求を流れ作業で受け入れていく。

 出撃するだけでは飽き足らず、まさか装備の方から艦娘を逆指名するとは……コイツらフリーダムすぎんぞ。

 くそっ、おとなしく要求を飲むのは今夜だけだ。童貞卒業したら覚えてろよ。

 

 ともあれ、これでグレムリン共も艦娘達と共に海に向かわせる事ができた。

 大淀に相談するためにようやく立ち上がり、扉の前でふと足を止める。

 何やら大淀達の話し声が聞こえてきたからだ。

 

「貴女達はB島への先遣隊だったけれど、何か異常はありませんでしたか?」

「はわわ、と、特には何もなかったと思うのです。雷ちゃんは?」

「私も別に……響は?」

「右に同じだな――いや」

「何も確認できなかったから報告書には書かなかったが……向かっている途中に暁が言っていた。何か嫌な感じがする、と。そう言って、怯えていた。そうだろう」

「えぇっ? い、いえ、あの、その……た、確かに言ったかもしれないけれど、べ、別に怖がってたんじゃないからねっ⁉」

「暁は怖がりだものねぇ。未だに夜中に一人でトイレに行く事もできないし」

「い、雷っ! 今はそんな事関係ないでしょ⁉ もうっ!」

「ふ、二人とも喧嘩は駄目なのです!」

 

 あぁ、さっき遠征から帰って来た六駆の四人か。

 会話の内容から推測するに、どうやら先ほどの報告に来たらしい。

 ふむ、どうやら特に異常は無かったらしいが、暁だけが嫌な感じがする、と……。

 これは……出撃の理由として十分じゃないか?

 イムヤ達が危険な目にあったことも含め、後顧の憂いを絶とうと思っていた俺だったが、暁も不安を感じていたと。

 実際は雷が言う通り、ただの怖がりの類である可能性が高いが、連合艦隊の数と火力で鎮守府近海の敵を掃討する事は、暁の不安を絶つ事にも繋がるであろう。

 

 艦娘達とグレムリン共を海に送り出し、ムードを作り出し、金剛とヤる。

 鎮守府近海の敵を一掃し、安全に遠征できる環境を整え、俺と暁の不安も解消する。

 一石二鳥の作戦ではないか。よし、あとは大淀さんの許可が下りれば――。

 

「こう見えて、暁の索敵能力は駆逐艦随一だ。私達に気付かない脅威を感じる力があるのかもしれない。案外、夜中に恐怖を感じるのも、私達にはわからない幽霊の存在を感じているのかも……」

「ひ、響⁉ 褒めてくれるのは嬉しいけど怖い事言わないでよね⁉ おおお、おばけとか信じてないんだから!」

 

 暁の怯える声が届く。

 おばけって……本当に大したこと無さそうだな……。

 まぁ大したこと無いに越したことはない。

 

「あ、あの、その……確かにそう感じたけれど、自信があるわけではなくて、なんとなくというか、ただの勘だから……」

「――いいや」

 

 俺は満を持して扉を開き、暁に歩み寄って膝を折り、頭を撫でる。

 ナイスアシストだ。間宮さんの勲章をくれた事といい、実に素晴らしい働きである。

 

「私は信じよう。フフフ、女の勘はな……当たるんだ」

「な、なんか一人前のレディっぽいわ! ……って、頭を撫で撫でしないでよ! もう子供じゃないって言ってるでしょ! ぷんすか!」

 

 頬を膨らませる暁に構わずに立ち上がり、大淀に目を向ける。

 どうやら天龍と龍田も報告に来ていたらしい。

 

「大淀。少し、相談がある。入ってくれ」

「は、はい」

 

 察してくれたのか、大淀はおとなしく俺についてきてくれた。

 俺達しかいない執務室で、机を挟んで向かい合う。

 

「済まないな。だが、お前以外には頼めないのだ」

「はい。なんなりとお命じ下さい」

「うむ。とりあえず、聞くだけ聞いてほしい。備蓄に余裕が無いのはわかっているが……倉庫の片付けが終わったら、すぐに出撃してほしいのだ。その為の編成はすでに考えてある」

 

 俺が机の上に広げた海図と名札を見て、大淀はその目を見開いた。

 

「……⁉ れ、連合艦隊……ですか……っ⁉」

 

 流石の大淀でも少し無理があるだろうか。

 この近海に連合艦隊を三つというのは……駆逐艦三隻とか四隻で十分らしいからな。

 だがそれには俺なりに考えた理由があるのだ。

 

「出撃の意図に関しては、暁の言っていた不安を拭い去るためと言っておこうか。皆にはお前の方から上手く説明しておいてくれ」

「は、はっ……!」

「できれば明日の夜明けまで粘ってほしい。完全に不安を拭い去るにはそれくらい必要だからな」

「はい……」

 

 もしも童貞卒業できたとしても、今のムラムラ状態では一発だけでは満足できるはずがない。

 きっと金剛も「届いて! もう少しだから!」いや違った、「これでフィニッシュ? なわけ無いデショ⁉ 私は食らいついたら離さないワ!」と言って二回戦、三回戦に突入するだろう。

 俺が夜通し戦うためにも、皆にも夜通し戦い抜いてほしいのだ。

 

「だが、無理はするなよ。特に、大破した艦がいればすぐに帰還させてほしい。そのために、お前達にはこれを積んでもらう」

「艦隊司令部施設ですか……!」

「うむ。有効に使ってくれ。それ以外にも、一部の者については私の方ですでに積む装備を決めている。何か言われるかもしれないが……その時はお前の方から上手く説明しておいてくれ」

「了解しました……」

 

 そのための艦隊司令部施設だ。大淀に言わせれば連合艦隊は明らかに過剰戦力。

 しかし夜通し戦うとなれば、数は多い方がいい。攻撃は最大の防御なり。それでも万が一、運悪く大破するような事になれば、通常艦隊では使用できない艦隊司令部施設で即座に帰投する事ができる。

 いわば資源消費を度外視して安全に戦い抜くための、そして一夜限りの編成だ。大目に見て頂きたい。

 ややこしくなりそうな事は全て大淀から上手く説明してもらう。丸投げであった。

 

「それと、千歳、千代田、香取、鹿島にもそれぞれ駆逐艦を率いて鎮守府近海の警戒に当たってほしい。必要とあらば連合艦隊に合流してもいいが、これらは夜間演習の一環とでも考えてもらっていい。故に、演習が必要な駆逐艦の面子はお前達で決めてくれ」

「はい」

 

 とりあえず淫魔含むその他の面子は、とりあえず出撃する事だけ決めて大淀に任せる。

 ちとちよ姉妹はちょっと気まずい感じになりそうなので、今回はあえて別々に行動してお互いに頭を冷やした方がいいだろう。

 その後一通り説明していったが、大淀の方から俺になにか質問する事はなく、ただただ黙って聞き、考えている様子であった。

 問い詰められないのはありがたいが……マジでこの御方の底が見えない。

 

 説明を終えて、俺は恐る恐る大淀の顔を見上げて訊ねる。

 

「――それで……できるか? 無理を言っているのはわかる。もしもお前が無理だと言うのなら、私も、諦めるしかないが……」

 

 黙って聞いてはくれたものの、実際に出来るかどうかは話が別だ。

 大淀の許可が降りなければ、俺も童貞卒業を諦めるしかない。

 俺の童貞卒業、あわよくば姉妹丼という欲望のために、安全策を練ったとはいえ夜通し海に送り出すというのが許されるのかどうか……!

 備蓄の無駄遣いだとは思っていますが、もうムラムラが限界で辛抱たまらんのです……‼

 今夜、今夜だけ見逃して頂ければ、明日からはスッキリして真面目に執務に励みますから、何卒(なにとぞ)、何卒……‼

 

 俺の言葉に、大淀はしばらく考え込んでいる風であったが、いきなり人が変わったかのように机に両手を叩きつけ、俺に食い入るように叫んだ。

 

「やりますっ! 絶対にやり遂げてみせますっ! だからっ、だから諦めないで下さいッ! 提督の『欲望』をっ!」

 

 一瞬殺されたと思ったが、話をよくよく聞いてみると、なんと了承との事であった。

 しかも、やり遂げるというだけではなく、俺の欲望を諦めるなと――⁉

 宝くじで一等が当たった人というのはこんな気持ちなのかもしれない。

 俺は信じられずに、しかしこみ上げてくる嬉しさを堪え切れずに、確かめるかのように震える声を絞り出した。

 

「い、いいのか……? 本当に……?」

「はい。この任務、必ず成し遂げてみせます……! 提督、羽黒さんに仰った通り、提督こそ、どうぞ『欲望』に忠実に……」

 

 欲望に忠実になっていいの⁉

 俺の欲望がろくでもないという事は大淀もわかっているはず……!

 いや、大淀の頭脳ならば、このあからさまな編成を見て、俺が金剛型との夜戦狙いであるという事も推測できているはずだというのに……じ、自分で提案しておいてなんだが、い、いいの⁉

 これも何かの策なのか……⁉ 横須賀鎮守府にとってプラスになるような何かが……何かが……あばば~、ボクカワウソ。

 俺の頭が完全にパンクしたのにも興味が無いように、大淀は踵を返した。

 

「倉庫の片付けを急がせ、早急に出撃の概要を説明してきます。失礼します」

 

 そう言って、足早に執務室から出て行ってしまった。

 ……何か最後の声色が完全にキレてるのを必死に抑え込んでいる感じだったんだが……。

 

 ……。

 

 と、とにかく大淀さんへの意見具申が通ってしまったのだから、覚悟を決めよう、うん。

 俺は今夜は金剛と()ルソン! 俺の股間も()ッチ完了!

 千載一遇のこのチャンス! ()がさんぞ! シュゥゥーッ‼

 余は各艦がその責務を全うする事を期待する。続け!

 そうだ! 各々がその責務を尽くせば、勝てる!

 

 そして余は今夜限りで童貞を卒業し、色欲童帝(ラストエンペラー)の位を返上し、シココ・フルティンコから名を改める! 元号改正決定!

 祝え! 大淀さんの許しを得て、童貞を捨て、大人の階段を上り、エッチ()エロ(ERO)をしろしめす艦娘ハーレムの王者。

 その名も脱童帝(ロストエンペラー)、パココ・ヤリティンコ‼

 まさに生誕の瞬間である。

 親しみを込めてパコさんと呼ぶが良い‼

 

『はぁーよいしょ』

『それそれそれー』

『キてますキてます』

『童貞キてます』

 

 執務室の中で一人、天に拳を掲げた俺の周りでグレムリン共が童貞音頭を踊っていた。

 いや縁起悪いから帰れや! さっさと倉庫の片付けを手伝って出撃してこい!




お待たせ致しました。
平成最後の更新にて長かった第四章は終了となり、令和最初の更新となる次回から第五章に突入します。

艦これはついに六周年を迎え、いよいよ春イベ目前となりましたね。
その前のゴールデンウイーク限定で水母祭りとなっていますが、我が弱小鎮守府はイベ前にも関わらず備蓄がどんどん溶けていっております。
ようやく秋津洲をお迎えできて嬉しいのですが、一体いつになったら二人目の秋津洲をお迎えする事ができるのでしょうか。
提督の皆さんはお互い頑張りましょう。

第四章も終わり、区切りもいいので改めてお礼申し上げます。
いつもご感想、評価、誤字訂正をしていただける読者の皆様、いつも本当にありがとうございます。
このお話がここまで長く続けられたのは、他ならぬ皆様からの応援のお陰です。
仕事の都合上執筆の時間が取りにくくなってきておりますが、次回の更新も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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