ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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059.『最善手』【提督視点】

「あら、提督……! うふふ、どうされたのですか? まだお夕飯には早いと思うのですが」

 

 結婚したい。

 甘味処間宮に再び姿を現した俺の姿を見るやいなや、嬉しそうに駆け寄ってきた間宮さんに、俺は心の中で鼻の下を伸ばした。

 いや、今夜は金剛との一大決戦が待っているのだ。

 今だけは横須賀十傑衆第一席間宮さんよりも、第二席の金剛に俺の持てる全力を注がねば。

 順序の問題だ。まずは金剛による筆下ろし。大人の階段を昇る事……それが最優先だ。

 モテる男がモテるという、モテスパイラルなる法則があるらしいが、つまり男として自信をつけるという事はとても大事なのである。

 童貞を捨て、男として自信をつけた俺は、いずれは間宮さんとも……そして他の艦娘達の心も掴み、艦娘ハーレムを高速建造する……!

 その為の一手として、俺は再びここに足を運んだのだ。

 

「いや、夕飯を食べに来たのではない。実は、今から皆に出撃してもらうんだ。明日の朝までの予定だから、皆に戦闘糧食を準備してほしい」

「出撃ですか……了解しました。急いでご用意します」

「うむ。それで、まだ時雨、夕立、江風が出撃しているのだが、三人にもそのまま継続して戦ってもらうつもりでな。三人の分は私が握る」

 

 そう、大淀が俺の童貞喪失計画を許可してくれた時点ですっかり浮かれていた俺であったが、そこでひとつの穴に気が付いた。

 大淀の指示によりすでに出撃しており、まだ帰投していない時雨達の存在である。

 このままでは、他の艦娘達を出撃させたとしても入れ違いで戻ってきてしまう。

 出撃して疲れているのだ、ゆっくり休んでくれればいいのだが……オータムクラウド先生によれば、川内は夜になると騒がしくなる習性を持つ事で有名らしいが、時雨、夕立、江風の三人もそれによく絡んでいるらしい。

 あの雰囲気が犬みたいな三人組……特に、時雨は昔おばあちゃん家で飼っていたシベリアンハスキーのグレイに、夕立はゴールデンレトリバーのダッチに雰囲気がよく似ている。

 ダッチの方はたまに夜になると遠吠えしていたからな……。あれはうるさかった。

 

 想像してみろ。もしも俺と金剛がいいムードになり、いざ、事に及ぼうとした時に――。

 

「ぽーい! 夜っぽーい! ぽっぽーい! ぽーい!」

「そろそろ夜戦の時間か……騒がしくなるね」

「きひひっ、よーし夜戦突入だ! 魚雷戦用意! 突撃だ! 続けェェエエ‼」

「ぽーい! ぽっぽーい! ぽいぽいぽーい!」

 

 ムードがぶち壊しではないか。特に夕立の夜鳴きが致命的すぎる。

 まさに早漏者(ソロモン)に悪夢、見せてあげるってやかましいわ。

 こうなると恐らく、「今夜はそんな雰囲気じゃ……」という流れになり、また次の機会にとなるであろう。

 だが、策に策を重ねて得られた千載一遇のこの機会……もはや今夜を逃しては二度と訪れないと言っても過言では無いだろう。

 素敵な童貞喪失(パーティ)など夢のまた夢。

 念には念を入れて、何としても奴らを帰投させるわけにはいかん……!

 危ないところであった。オータムクラウド先生本当にありがとうございます。

 

 しかし、艦娘はその気になれば数日寝なくても大丈夫だとは聞いているが、俺の都合で一日中出撃させるのも悪い。

 時雨達に俺自ら戦闘糧食を握ろうというのは、俺なりの謝罪の印であった。

 特に夕立だが、あいつらは結構俺に対して友好的だったからな……。

 間宮さん達に用意してもらったものを手渡すだけというのは味気ないが、俺自ら心を込めて握った戦闘糧食で餌付けした方が、心証がいいような気がする。

 まぁ、心といっても下心満載の握り飯になってしまいそうだが……。

 無論、そんな事は時雨達には内緒である。

 股間の刃に下心ありと書いて忍び。時雨ェ! 俺は大人になるってばよ! 早く夜戦~!

 

 俺の言葉を聞いて、間宮さんは僅かに驚いたように目を丸くしたが、すぐに顔の前で手を合わせて笑顔を浮かべる。

 

「それはいいですね! 時雨さん達もきっと喜ぶと思いますよ」

「そ、そうか? そうだと嬉しいのだが……」

「それではすぐに皆さんの分もご用意しないとですね。鳳翔さん、伊良湖ちゃん!」

 

 俺達の会話を聞いていた鳳翔さんと伊良湖も、こくりと頷いて手際よく準備を始めたのだった。

 途中で、鳳翔さんに大淀への伝言を頼む。

 戦闘糧食を握る時間を考慮して、出撃時刻をヒトナナマルマルに設定したのだ。

 その後、少し目を離した隙にいつの間にか大量の米が炊けていた。

 どういう事なのか間宮さんに訊ねたが、立てた人差し指を唇に当て、ウインクしながら「ふふっ、給糧艦ですから」としか答えてくれなかった。結婚したい。

 

 丹念に、下心を込めて戦闘糧食を握る。

 妹達の弁当を作っていた頃を思い出す。俺は結局、どんなに練習しても上手く三角に握る事ができなかったので俵型である。

 まぁこれも綺麗だとは言えないが……。

 一人に二個ずつ、つまり六個握って終わりにするつもりであったが、万が一のことを考えて更に十二個握った。

 A島方面の艦隊に持たせればいいかと思っていたが、必ず出会えるとは限らないからである。

 ルートによってはぐるっと回ってB島、C島方面から帰って来ることもあるかもしれない。

 そうなると、せっかく握ったのに渡す事ができず、飯抜きで一晩戦わねばならなくなるからだ。

 それは流石に可哀そうなので、どこで出会っても大丈夫なように、全ての艦隊に時雨達への戦闘糧食を持たせる事にしたのである。

 

 なんとか自分の仕事は終わり、間宮さん達の方に目を向けると、間宮さんと鳳翔さんが何故かいたずらっぽい視線で俺を見ていた。

 

「時雨さん達の分は終わったのですね。こちらはもう少し時間がかかりそうで……よろしければ手伝って頂けませんか?」

 

 鳳翔さんの言葉に、俺は反射的に断りの言葉を口にしていた。

 

「い、いやいや。時雨達はともかく、私が握ったとなると皆に悪い」

「まぁ、そんな……」

 

 鳳翔さんと間宮さんは揃って首を傾げていた。

 一体何を考えてそんな事を提案したのかはわからないが、鳳翔さん達三人が握ったものを見れば、俺のものとは比べ物にならないほど綺麗に握られている。

 まるで機械で握ったかのように大きさも揃っており、形も綺麗な三角形だ。

 それでいて、不思議と人が握ったという素朴な温かさのようなものが見るだけで伝わってくるほどだ。

 俺の握ったものは、三人が握ったものに比べれば大きさも不揃いで、形も(いびつ)だ。

 いや、俺のものも一般的には普通レベルだとは思うので、比較対象のレベルが高すぎるだけなのかもしれないが……。

 ともかく、鳳翔さん達が愛情を込めた握り飯に、俺が劣情を込めた握り飯を並べるなど恥ずかしすぎるし、それを食べる艦娘達にとってもロシアンルーレットのようなものではないか。

 完全に俺のものはハズレである。英気を養うどころか削ぎ落としてしまう可能性もある。

 それはあまりにも申し訳無さすぎる。

 

「大丈夫ですよ! ちょっとしたサプライズです。私達が握ったものよりも喜んでくれるかもしれないですよ?」

 

 結婚したい。

 俺に好意的なのはありがたいが、ひょっとして間宮さんは他の艦娘達の俺に対する評価を理解していないのではないだろうか?

 そりゃあ大天使間宮さんは俺なんぞが握った戦闘糧食でも笑顔で食べてくれるかもしれないが……。

 艦娘達にとっては悪い方向のサプライズにしかならないと思う。

 鳳翔さんも何を考えているんだ。あえて俺に恥をかかせるような真似を……。

 

「い、いや、三人の握ったものと一緒に並べるのは流石に恥ずかしい……」

「ふふっ、十分綺麗に握られてるじゃありませんか。それに、皆そんな事は気にしないですよ。特に赤城さんは何でも美味しそうに食べてくれますから」

 

 俺の下心満載の握り飯でもだろうか……そりゃあ、あの赤鬼を餌付けできるならそれに越した事は無いが……。

 着任初日もそうだったが、鳳翔さん俺に対して結構厳しいからな……。

 俺の評判の悪さを理解していなさそうな間宮さんはともかく、スパルタな鳳翔さんまでもがそう言うのであれば、何か理由があるのかも……。

 それこそ、時雨達だけではなく、他の艦娘も餌付けしろという事か……?

 最初からそれなりに友好的だった夕立達はともかく、俺がおむすび握っただけで喜ぶような、そんなに単純な者は多くないと思うのだが……。

 あの鬼畜艦隊がそんな単細胞生物みたいな奴らであれば、俺だって苦労はしない。

 しかし赤城や加賀ですら恐れるという鳳翔さんにこれ以上逆らうのもまずい。

 

「……わ、わかった。口にする皆には申し訳ないが、手伝わせてもらう事にするよ」

「うふふ、はい。よろしくお願いしますね」

 

 間宮さんと伊良湖の給糧艦の力とやらを使えば一瞬で準備できるような気もするが……間宮さんはニコニコと俺を見て、それ以上握ろうとしていない。

 伊良湖も間宮さんの顔色を(うかが)って、俺に申し訳なさそうに手を止めている。

 どうしても俺に握らせたいという力が働いているようだ……。

 こうなってしまっては仕方が無い。もはや俺にできるのは、文句を言わなそうな面子に配られる事を祈る事だけであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 下心を混ぜ込んだ握り飯も何とか作り終え、鳳翔さん達と共に倉庫に向かう。

 倉庫の中では、すでに大淀が準備を整えていてくれたようで、艦娘達が綺麗に整列していた。

 何人かの艦娘は俺の顔を見るなり何か言いたいのを堪えているような様子であったが、気付かない振りをして平静を装う。

 そんな事より早く金剛とヤリたい。早く大人になりたい。男として一皮剥けたい。

 今にも爆発しそうな衝動と感情を必死に抑え込む。

 

 鳳翔さんは艦娘達に向けて小さく微笑みながら、落ち着いた声で口を開いた。

 

「明日の夜明けまでの戦いになりそうだという事で、戦闘糧食を用意しました。ふふっ、今回は提督も手伝ってくれたんですよ」

「何……⁉」

 

 瞬間、艦娘達の表情が一瞬にしてこわばった。

 驚きや困惑など様々な感情が入り混じったものを何とか押しとどめているような、そんな印象を受ける。

 しかしほとんどの艦娘達はまるで獲物を狙うかのような鋭い瞳に変わり、鳳翔さん達がお盆の上に載せている戦闘糧食の包みを睨みつけている。

 旗艦として隊列の一番先頭にいたゴッさんが、鳳翔さんに小声で訊ねた。

 

「……参考までに訊ねるが、提督の握ったものはどれだ……?」

「ふふっ、秘密です。皆、平等にいきましょう」

「……やむを得んか……」

 

 凹む。

 そりゃあ俺の握ったものは食いたくないのだろうが、ここまで露骨に避けようとするとは……。

 しかも鳳翔さん、アンタ皆平等にって……やっぱりロシアンルーレット状態ではないか。

 話が違う。皆が喜ぶとは一体……!

 俺はあまりの悲しみに涙がこみあげてくるのを堪えるのに必死であった。

 なんとか小刻みに震える程度に留めた。

 

 いや、こんな事で凹んでいる場合ではない。

 気持ちを切り替えて、俺は大淀に歩み寄り、三つの手提げ袋を手渡した。

 

「これはまだ出撃中の時雨達の分だ。お前達は、まずは周囲を捜索して、見つけたら渡してやってくれ」

「はっ。三つあるのは……各連合艦隊でひとつずつ持っていくという事ですね」

「うむ。お前の計画通りならA島方面だとは思うが、まぁ念には念を入れてな。入れ違いで帰って来られては困るからな……」

「? どういう……意味でしょうか……?」

 

 珍しく、大淀も俺の意図を読み取れていないようであった。

 まぁ、夕立の夜鳴きによるムード破壊の可能性については、俺でなきゃ見逃しちゃうレベルに盲点だったからな……。

 オータムクラウド先生の情報が無ければ本当に危なかった。ダンケ。

 鎮守府近海は時雨達三人でも十分すぎるほど弱い敵しかいないはずなのだから、イムヤや満潮のような不測の事態が無い限りはおそらく危ない目にはあっていないだろう。

 連合艦隊と合流できれば、十分に戦い抜く事ができるはずだ。

 

「うむ、時雨達なのだが……合流できたらまず体調を確認してやってくれ。そして、もう戦えないようだったら帰投させて構わない。だが、本人達がまだ戦えると言うのであれば、お前達と一緒に行動させて翌朝帰投してほしいのだ。だが、決して無理はさせないでほしい」

「は、はっ。了解しました。……ちなみに、こちらは提督が?」

「あ、あぁ。一応な。元々は時雨達の分だけ握ろうと思っていたのだが、間宮達が皆の分も握るというから、そちらもいくつか手伝う事になってな……いや、私は断ったのだが、間宮と鳳翔さんが」

 

 俺の言い訳に大淀は興味も無さそうであったが、やはり俺が握ったという事は気になるのであろう。

 手渡された手提げ袋を、何とも言えない複雑な表情で見つめていた。

 ロシアンルーレットではなく俺の握り飯が確定している時雨達に、可哀そうに……とでも思っているのかもしれない。凹む。

 鳳翔さんが「鳳翔です」とでも言いたげな視線を俺に向けてきた。すみません、まだ呼び捨てに慣れなくて……。

 俺達の会話を聞いていたのであろう、赤城が真顔で手を挙げて、俺に向けて問いかけた。

 

「提督。時雨さん達と合流しなかった艦隊は、その分余る事になってしまいますが、いかがいたしましょう」

「え?」

 

 な、何だ……? 真顔すぎてなんかヤバい雰囲気を纏っている。

 そうか、時雨達と合流しなかった艦隊に持たせた分は余ってしまうな。

 普通に食べてもらいたいところだが、艦娘達にとっては罰ゲームだな……。

 つーか鳳翔さん、アンタ赤城は何でも美味しそうに食べるって言ってたのに……!

 率先して処分の方法を検討してんじゃねーか……!

 ともかく、食べ物を粗末にするのは駄目だ。押し付け合いになってしまうかもしれないが、誰かに食べてもらう事にしよう。

 

「そ、そうだな。食べ物を粗末にするのは良くない。できれば誰かに食べてほしいのだが……そこは皆で決めてくれ。……なるべく喧嘩しないようにな」

「了解しました。穏便にですね」

 

 赤城は真顔のままであった。何を考えているんだコイツは……!

 本当に穏便に決める気があるのであろうか……。

 後輩に無理やり押し付けるようなパワハラを働かない事を祈ろう。主に被害担当艦ことラブリーマイパンツ翔鶴姉とかに。

 相変わらず隙の無い赤城に空恐ろしさを感じつつ、俺は気を取り直して艦娘達を見渡した。

 

「あ、明石は工廠で待機しておいてほしい。もしも大破して帰投してきた艦がいた時には、対応してもらいたい」

「はいっ」

「鳳翔、間宮、伊良湖も基本的には明石と同様、何かあった時のために甘味処で待機。明石もだが、今夜は指示があるまで絶対に持ち場から離れないように」

 

 俺は間宮さん達に念を押すようにそう言った。

 着任当日、艦娘達に歓迎会への参加を拒否されて一人寂しく凹んでいた俺なんかの事を気にかけてくれた三人である。ダンケ。

 しかし、今夜だけは駄目だ。たとえ間宮さんといえども駄目だ。

 金剛と致しているところに鉢合わせでもしてしまえば、最悪の場合金剛とも間宮さんとも気まずくなってしまうかもしれん。

 鳳翔さんに見られたらただでは済まないだろう。

 

「はい。しかし提督、晩御飯は……まさかまたご無理をなさるつもりでは……」

「も、勿論、今から食べるつもりだぞ。無理もしない。今夜は長くなりそうだからな……精のつくものを頼もうか。昼と同じくらいな」

「は、はいっ! お任せ下さいっ!」

 

 間宮さんは嬉しそうにそう答えた。結婚したい。

 今夜は上手くいけば金剛型四姉妹を全員相手にする可能性があるのだ。

 まだ昼の精力料理の効果は十分に残ってはいるが、二重、いや三重にムラ付けしておく必要があるだろう。

 それに、一説によれば、緊張しすぎて本番で立たなくなり、それで気まずくなってしまう場合もあるという。

 せっかく時間も場所もムードもタイミングも整えたところで、立ち上がってくれなければ致せないのだ。

 常に荒ぶっている俺の長10cm砲ちゃんであるが、実戦となると今夜が初めてだ。

 意外と内弁慶かもしれんからな……打てる手は全て打っておくべきであろう。

 

 俺は艦娘達を見渡し、不安げに視線を落としている満潮の姿を見つけ出した。

 流石にあんな事があったばかりなのだ。少し気にかかってはいたのである。

 満潮のもとへと歩み寄り、膝を折って視線の高さを合わせる。

 

「満潮。しっかり身体は休めたか? 無理はしていないか?」

「……おかげさまで。それより、私を編成したのは、妙な気を遣ったんじゃないでしょうね」

 

 まるで妹の美智子ちゃんを思わせるような物言いであった。

 倉庫の中ではしおらしくなってしまっていたが、どうやらなんとか立ち直ってくれたようである。

 朝潮、大潮、荒潮などの姉妹達が力になってくれたのであろう。

 

 満潮は妙な勘ぐりをしているようであったが、あんな事があったばかりだというのに、また満潮を編成した理由はひとつしかない。

 ゴッさんが朝潮型を所望しているからである。

 いや、勿論それだけではない。智将たる俺にはちゃんと考えがあるのだ。

 まず、ここで満潮を気遣って、あえて満潮だけを編成から外したとすると、初日の失敗の二の舞だ。

 せっかく立ち直ってくれたというのに、またしても塞ぎこんでしまう可能性がある。

 

 それに、満潮がいないとなると、長門が満足してくれるかわからない。

 現在横須賀鎮守府に所属する朝潮型を全員編成したとなれば、長門は文句の言いようが無いであろう。

 だが、もしも長門が満潮とも仲良くしたいと思っていたとすれば、俺の編成に不満が残る……それでは意味が無い。

 

 先ほどは失態を犯してしまった満潮であるが、今度は連合艦隊で人数も多い。

 メンバーのほとんどは朝潮型の姉妹艦。

 出撃するのは、基本的には雑魚しかおらず、駆逐艦だけでも十分な鎮守府近海。

 引率者には横須賀鎮守府の頭脳大淀、横須賀のゴリスマ長門、俺の青春巡洋艦夕張、あとカメラマンの青葉だ。

 もはやピクニックではないか。戦闘になったとしても、危険な要素が思いつかない。

 長門は言うに及ばず、明石(いわ)く大淀も腕っぷしは強いらしいからな……。

 装備はグレムリンに言われるがままに積ませたが、それでも何とかなるだろう。

 満潮が汚名返上し、自信を取り戻すにはいいリハビリになるはずだ。

 

「いいや。私が必要だと思ったからだ。今夜の編成には、お前の存在が必要不可欠だとも言える……嫌か?」

「っ……! そこまで言われたのなら……私が出なきゃ話にならないじゃない!」

「うむ。気負い過ぎないようにな。今のお前ならきっと大丈夫だ」

「ふ、ふんっ! どうかしらね! ……でも、力は尽くすわ」

 

 うむ、いい感じだ。これならきっと大丈夫であろう。

 満潮の頭をぽんと軽く撫でて立ち上がろうとすると、隣の第二艦隊の方から間の抜けた声がかけられる。

 

「ねーねー、司令さ~ん? ちょっといいかしら~?」

「なんだ?」

 

 こいつは確か……山雲だ。

 常に朝雲にべったりしていて、一見穏やかな感じだが、朝雲に対しての愛が深すぎてちょっと闇が深そうな印象を受ける。

 朝潮型のこの独特な癖の強さはなんなんだ……。

 山雲の前に並んでいた朝雲が、おずおずと言葉を続けた。

 

「あ、あの、司令? 自分で言うのもなんだけど、私と山雲は皆と比べてちょっと練度低いんだけど……大丈夫かな?」

「私と朝雲姉は~、艦娘として現れるのが遅かったのよー。ねー?」

 

 ふむ。そう言えば確かに、『艦娘型録』によれば、この二人だけは他の朝潮型の面子と比べて練度が低かったな……。

 高い順で言えば朝潮、大潮、荒潮、霞。それより僅かに劣っていたのが満潮と霰。朝雲と山雲は一回りくらい低かった。

 艦娘として戦う経験がまだ浅いというのであれば、不安が大きいのも理解はできる。

 だが、この二人も貴重な朝潮型のメンバー。長門のご機嫌を取るためには一人たりとも欠ける事は許されないのだ。

 幸いにも今回の出撃は心強い引率者の方々と一緒のピクニック程度のものだ。

 気楽に実戦経験を積み、今後の糧として頂きたい。

 俺は二人の肩にぽんと手を置いて、励ましの言葉をかける。

 

「そうだな……だが、不安はあるとは思うが、今夜はあえてお前達にも出てもらいたいんだ。たとえ練度が低くても、今夜はお前達の力が必要なんだ」

「フッ、心配するな。お前達の連合艦隊旗艦はこの長門だ……文字通り大船に乗ったつもりでいればいいさ。お前達には傷一つつけさせやしないよ」

 

 俺の背後から、自信満々な長門の声が届く。

 なんかちょっといつもよりテンション高めだな……何故かすでに改二の格好してたし。相変わらず格好良すぎてムカつく。

 作戦通りとはいえ朝潮達は大丈夫だろうか。今更ながらゴリラの生贄に捧げた事が不安になってきた。

 まぁ、ゴリラは子供には優しいはずだから……きっと大丈夫であろう。

 

「う、うむ。そういう事だ。長門がついていればまず大丈夫だろう」

「フフフ……返せと言われても返さないぞ」

「頼もしいのと同じくらい、なんか不安なんだけど……」

「ねー?」

 

 朝雲がちょっと引いたような視線を長門に向けていた。

 すでに警戒されてんじゃねぇか。テンション上がるのはわかるが少し落ち着け。

 俺だって今夜の事を思えばテンションアゲアゲなのだが、何とか表には出さないようにしてるんだぞ。

 朝雲達も納得してくれたようなので、俺は立ち上がって元の位置へと戻ろうと踵を返した。

 俺達のやり取りを見ていたらしい朝潮が、瞳孔開きっぱなしの目で俺を見上げながら口を半開きにしてガクガクと痙攣している。

 俺は満潮や朝雲達よりもお前が一番心配だ。

 

「提督~、ちょっと、ちょっと」

 

 今度はたっちゃん……いや、龍田に呼び止められた。

 な、何だ……? あの龍田がわざわざ俺に声をかけるとは。

 まさか俺の今夜の作戦について感づいたのだろうか。

 昨晩調子に乗って天乳を堪能しようとして危うく切り落とされそうになったのを思い出す。警戒せねば……。

 怪しみながら歩み寄ると、龍田は背伸びをして俺に耳打ちをするように囁いたのだった。

 

「うふふ……提督パワーって本当にあるのかしら~? もしもあるのなら、天龍ちゃんにもお願いしたいんだけれど~……」

 

 それを聞いて俺は驚き、次いで呆れと安堵の入り混じった溜め息を吐いた。

 警戒して損した、とは言わないが、それでもまさか、龍田がこんな事を言い出すと思わなかった。

 というよりも、なんで龍田が提督パワーなんて謎の言葉を知っているんだ。

 あの場ではそんなものは無いとはっきり否定したはずだが……考えられるのはひとつ。

 俺は辺りを見渡して皐月の姿を見つけると、指を差して叱りつけた。

 

「こらっ、皐月! さては言いふらして回ったな、こいつめ!」

「ボ、ボクは知らないよぉ~?」

 

 皐月は目を泳がせながら白々しく否定した。

 まぁ、文月と揃って俺のようなダメダメ司令官のために強くなろうと思ってくれた奴だから、悪い奴ではないのだが、やはり見た目通りの子供だ。

 困った奴め……仕方が無い。大淀さんに頼んで、改めて提督パワーなんてものは無いと周知してもらうか。

 

「まったく……大淀!」

「はっ。虚偽の情報の流布に対する懲罰についてですね」

「違う、そうじゃない!」

 

 発想が怖ェよ!

 まだ子供だよ⁉ なんで虚偽の情報の流布とか懲罰なんて単語が出るんだ! 大袈裟すぎるわ!

 お仕置きというレベルではない。この黒幕、平常運転なのだろうが顔色ひとつ変えずに何を考えているんだ。

 

「お前の方から改めて周知しておいてくれ。そんなものは存在しない、とな」

「りょ、了解しました……」

 

 俺の言葉に、大淀は少し気恥ずかしそうにそう言った。

 うん、俺はそこまで罰とかに厳しさを求めていないから、できれば俺のレベルに合わせてもらえると助かります。

 皐月が調子に乗ったことで無茶して危ない目にあったりしたら、その時は流石に俺も叱るから……。

 懲罰のレベルはお尻ペンペンくらいにしてやって下さい。

 俺は改めて龍田に向き直る。

 

「しかし、龍田ともあろうものがどうしたんだ……いつものお前なら逆にお触り禁止とか言うところだろう」

「提督の言う通りだぜ。龍田お前、なに馬鹿な事言ってんだよ」

 

 天龍も呆れたように俺に続いた。

 天龍は理解しているのかどうかはわからないが、皐月はおそらくハグをして提督パワーとやらを充填した事で改二に目覚めたと吹聴して回ったはずだ。

 そうなると、龍田は俺と天龍がハグをする事を許可したも同然である。

 ちょっと天乳ちゃんの感触を楽しんでいただけで刃を俺に向ける龍田が、気安くそんな事を許可するだろうか……。

 天龍の言葉に、龍田は少し寂しそうに視線を伏せた。

 

「……だって、強くなるに越した事は無いじゃない? 天龍ちゃんも、もっと強くなりたいでしょう?」

「ったく、わかってねぇな……オレは強くなりてぇなんて思った事は一度もねぇよ。フフフ……何故なら元々強いからだ」

 

 天龍は自信満々に不敵な笑みを浮かべた。

 世界水準を軽く超えていると自負するだけの事はある。その自信も自らの強さによるものであろう。

 まぁ俺が着任してからは毎日大破しているような気もするが……それはおそらく、天龍の戦闘スタイルというか、そういう姿勢によるところが大きいような気がする。

 初日に俺が大破した天龍を背負いながら話した時も、大破した事は全く気にしておらず、ただ純粋に戦いそのものを楽しんでいるような感想を述べていた。

 世界水準を軽く超える性能と強さを持つものの、被弾を恐れない戦闘スタイル故に大破が多い、とかそういう事であろう。

 

「うむ。その通りだ。天龍はすでに強いからな」

「おっ! 何だよ提督、わかってんじゃねぇか! 世界水準軽く超えてるからなぁ~! へへっ、今回も旗艦に選んでくれてありがとな!」

「あぁ、旗艦のお前が六駆の皆を守ってやってくれよ。特に暁は怖がっていたようだったから……」

「し、司令官っ! しーっ!」

 

 天龍は嬉しそうに「へへっ、まぁオレに任せとけって!」と歯を見せて笑った。

 見るからにお子様な六駆の四人であるが、この鎮守府の中では練度はトップクラス。あの磯風よりも高いくらいだ。

 それに加えて、天龍と龍田が引率してくれれば、この鎮守府近海では大丈夫であろう。

 俺に頭を撫でられた暁がぷんすかぷんすか言っていたが、俺は構わず龍田に向けて言葉を続ける。

 

「まぁ、天龍は二日連続で大破したからな……お前が心配する気持ちもわかるよ。皐月の言ったでたらめに縋るほどだものな……」

「……」

 

 龍田は珍しくしおらしい様子で、俺の言葉を聞いていた。

 よくよく考えてみれば、これは龍田だけに限った話では無い。

 つい先ほども、俺が艦娘の性能を計る事ができるという大淀さんの誤魔化しを真に受けて、千歳お姉や瑞鶴が相談に来たではないか。

 龍田だって一応年頃の女の子だ。たとえ子供の戯言でも、提督パワーなるジンクスに縋りつきたくなる気持ちはわからんでもない。

 きっと龍田は、普段は許さない俺のお触りを許可してもいいと思うくらいには、天龍のことを大切に思っているのだから。

 

「だが、龍田。これは、その……あくまでも私の考えなのだが、欲し、望まない限り人は成長しない。何かを成す際に、モチベーションというのはとても大切なんだ。話を聞く限り、天龍は自分の強さにすでに満足しているだろう? 満ち足りているのにそれ以上を求める必要は無いし、求める事は出来ない……と、私は思っている。天龍が自分の強さに満足しているのなら、これ以上強くなる必要は無いんだ」

 

 これはまぁ、当たり前の事だと思う。

 モチベーション、いわゆるやる気が無ければ何事も続かないし、変わる事も無い。

 俺だってヤル気が出たからこそ、こんな大胆な作戦を発動したのだ。

 オ〇ニーだけで満足していたならば、リスクを負ってまでこんな作戦を行う必要など無い。

 知識をつけたいと欲するから机に向かう事ができる。力をつけたいと望むから辛いトレーニングを続けられるのだ。

 だが勉強する必要が無い環境にある人は無理やり机に向かう必要など無いし、アスリートのようになりたいと望んでいない人ならば無理して辛いトレーニングに励む必要は無い。

 それと同じで、天龍がすでに現状に満足しているのであれば、それ以上成長する必要も無いのだと思う。

 

「……でも、それじゃあ」

「なるほどっ! 強くなるにも『欲望』が必要という事ですねっ⁉」

 

 龍田が何か言いかけたところで、まるで食いつくかのような勢いで俺達の間に鹿島が割って入ってきた。

 欲望絡みの話題だからといって反応するな。目を輝かせるな。

 一応、先ほど鹿島達に話したことにも通じる事ではあるが……鹿島も性欲という欲望によってテクニックを磨き上げたのだろう。

 これ以上成長するのはやめて頂きたい。

 

「う、うむ。鹿島達には先ほど教えたな。そういう事だ。よく理解できているな」

「えへへっ、はいっ!」

「まぁ、龍田。つまり、天龍本人が満足しているのなら、お前がいくら急かしても意味が無いんだ。逆に天龍自ら、更に力を欲し、望んだのであれば、その時自然に成長するはずだと思う……焦らなくてもいいんじゃないか?」

 

 ここのところ大破が多かった天龍を心配するあまり、天龍に更に力を求めた龍田であったが、あいにく提督パワーなんてものは無い。

 更に、いくら言ったとしても、天龍が現状に満足している限り、これ以上成長する事は無いだろう。

 気を取り直してそう言うと、龍田も納得してくれたのか小さく笑う。

 

「……そうねぇ……ふふ、ごめんなさいね~、変な事を言ってしまって」

「へへっ、オレの事を気にする前に、自分の事を気にしろよな! まぁ、オレと龍田は今んとこ互角だから、お前も最強なわけだが」

「……そうね~……」

 

 ドヤ顔の天龍の言葉を、龍田はさらりと流していた。

 しかし天龍も龍田も強いには強いのだろうが、ここの軽巡には未だ実力の底知れぬヨド様と(スーパー)サイヤ神通がいるからな……。

 二人とも大人しそうな顔して、多分天龍より強いんじゃないかな。

 特にヨド様は普段は柔らかな言葉しか使わないが、心の中で天龍に「……あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」とか思っていそうな凄みがある。フフフ。怖い。

 

 龍田との話が終わったことで、鹿島も機嫌よく元の位置へと戻って行った。

 そういえばアイツは誰を引率して……朝霜、早霜、清霜だと?

 あのドスケベサキュバス、俺の股間みたいな名前の奴らだけで周りを固めてやがる……!

 あれではもはや4Pではないか。いや、三本のシモと女三人分の(かしま)で、むしろバランスは取れているのか……⁉

 そして今から夜の演習に繰り出すわけか……卑猥な意味にしか聞こえない。

 見なかった事にして、元の位置に戻る。

 大淀の隣に立った俺は、改めて艦娘達に向き直る。

 

「そろそろ時間だな……大淀、出撃準備は万全か」

「はっ」

「良し。では予定通り頼む。いいか、確認するが、大破した場合などの例外を除き、帰投するのは明日の朝だ」

「はい」

 

 大淀にしっかりと念を押し、俺は艦娘達に向けて言葉を続ける。

 

「出撃しない艦は持ち場、もしくは自室に待機。提督命令だ。必要時には私が指示をする。これに背いた場合は……あとで大淀に報告する」

「えっ? あ、はい。了解しました」

 

 大淀に言いつけられるとなれば、居残り組も好き放題動くことはできないだろう。

 まぁ見た所、大淀も大体は俺が考えた通りに編成してくれているようだ。

 これなら今夜金剛型以外で鎮守府に残るのは、イムヤ・イク・ゴーヤの潜水艦隊に、鳳翔さん・間宮さん・伊良湖、それに明石の七人だけになる。

 大淀さんを恐れず大人しくしないようなフリーダムな奴はいないはずだ。

 

 俺は艦娘達の隅の方に控えている金剛に目を向けて、小さく深呼吸した。

 よ、よし、言うぞ。勇気を振り絞って……!

 

「そ、それと……コ、コン、金剛は、日が沈んだら、執務室に来て下さい」

 

 この上なくキモくなった。凹む。なんで敬語……!

 しかし金剛はまったく気にしない様子で「ハァイっ! 了解デースっ!」と明るく了承してくれた。合体したい。

 

 つ、ついに言ってしまった……! もう後戻りはできない……!

 心臓がバクバクしてきたので、俺は目を瞑って深呼吸を繰り返し、息を整える。

 連合艦隊、鹿島達、時雨達の存在も忘れずに対処した……。

 間宮さん達に精力料理も用意してもらって、股間が不調になる可能性も減らした……!

 俺に考え得る限りの最善手を打ち、時間と場所、ムードとタイミング! 全ての準備は整えた!

 そうか……それなら……ヤルしかないわね!

 覚悟は完了してる! あとは……イクだけ! ヤルわ!

 

 俺はカッと目を見開いて、無駄にいい声で限りなく抽象的な指示を発したのだった。

 

「出撃だッ‼ 基本的には陣形を保ち、戦況に応じて高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に! 連合艦隊という形にこだわらなくても良い! 何でもいいから、明朝までに鎮守府近海の深海棲艦を全て撃滅するつもりで戦えッ! だが大破した者は無理せず帰投だ! いいなっ!」

「了解ッ‼」

 

 毎度のことだが返事だけはいいなお前達!

 倉庫から出て行き、各々の配置につきはじめた艦娘達の背を眺めながら、俺は湧き上がる笑みを抑え込むのに必死だった。

 準備は万端……いよいよ今夜は、フフフ……〇ックス!

 いい感じの流れになればその妹達ともくんずほぐれつ、フフフ……シュルツ!

 よっしゃあああッ! もう辛抱たまらん!

 俺の理性の石垣、決壊!

 股間の海防艦八丈ならぬ快棒感発情! いざ抜錨――!

 

「提督、すぐにお夕飯をご用意いたしますね。たんと元気をつけてもらいますよ! ふふっ、さ、早くこちらへ!」

「ウム」

 

 いかんいかん、抜錨するのはまだ早い。

 危うく無意識に股間に手が伸びてしむしゅしゅしゅしてしまうところだった。いつもの癖で。

 笑顔の間宮さんに促され、俺は今夜の夜戦に向けて更なるムラ付けを行うべく、甘味処間宮へ向かったのだった。

 




お待たせ致しました。
丁堀りでE-4に出撃すること101回、うち大破撤退9回、A勝利4回、S勝利88回目でようやくフレッチャーをお迎えする事ができました。
なんとか新艦を全てお迎えする事ができ、少し余裕ができたので執筆の時間が確保できました。
あとアイオワ、ガングート、朝風をお迎えしたいところですが、何やら次に改二が実装されるのは海風か山風の可能性が高そうとの事で、ついでに海風もお迎えできれば嬉しいです。

春イベも残り十日となりました。
提督の皆さんはお互いに頑張りましょう。

次回の更新も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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