ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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064.『覚醒』【提督視点】

 執務室から窓の外に目を向けて、俺は腕組みをしながら背後のグレムリンに問いかける。

 お前達、童貞って醜くないか?

 

『なんで自分を傷つけるんですか』

『自虐はやめて下さい』

 

 自虐じゃない。

 今になって俺は心からそう思う。

 最低最悪の魔王、自慰王(ジイオウ)になるしかないと思われていた俺の未来も、今や遠い過去の話。

 着任してから瞬間瞬間を必死に生きてきた結果、ついに大淀さんの許しを得て手に入れた、千載一遇の好機。

 神堂貞男、ついに覚醒の時。艦娘ハーレムへの偉大なる第一歩。

 古き時代はエンディングを迎え、今、新たな時代が幕を開ける……。

 祝え! 今夜で俺は女性経験ゼロワン!(予定)

 童貞歴(お前)を止められるのはただ一人……俺だ!

 

 間宮さん渾身の精力料理、超力招来担々麺(チャオリーザァオライダヌダヌミェヌ)も完食してムラ付けも万全。

 曰く、食べたら死人も走り出すほど元気が出る一品との事で、鼻血が噴出したりしばらく勃起が止まらなくなったりした(勃起は気付かれなかった)が、全身に力が漲っている。

 どうやって作ったんですかと尋ねたら、「ふふっ、給糧艦ですから」との事だった。結婚したい。

 おかげで現在の俺の股間のコンディション値は100%……いや、1000%……。

 性欲ムラ(ムラ)雨だけではなく股間(チン〇ン)イラ伊良(イラ)湖までもが高速建造されてしまった。

 それはともかく朝から執拗に痛打されてきた股間のダメージも、間宮さんのおかげで完全回復!

 金剛との情事に一切の支障無し! 何回戦でもいけそうである。

 重なる二つの身体! 交わる二つの局部! 溶け合う二つの快感!

 ふわぁ~、生きてるって感じ!(最低)

 

 時間も場所もOK。

 検討した結果、場所はここ執務室――に隣接している仮眠室に決めた。

 布団も常備してあるし、執務室の扉には鍵もかけられる。

 一応待機を命じているから邪魔が入る事は無いだろうが、不測の事態が生じた際にも俺がここで待機していたという事で誤魔化せる。

 金剛には秘書艦の代理をしてもらっていたという事で話を合わせてもらえば大丈夫だろう。

 艦娘達に出撃を命じている以上、提督が自室で休んでいるというのは不信感を生じる可能性がある。

 パンチングコング長門に知られたらロケットパンチが飛んできて俺は爆散不可避。

 ムードという点では自室の方が良いのだが、お宝(薄い本)の詰まったダンボール箱もあるからな……。

 金剛に見つかったらおそらくお宝の方が爆散不可避。ムードも台無しになり、それで全てがおじゃんになる可能性もある。

 様々な要因を検討した結果、仮眠室が最も適しているという結論に至ったのだった。

 

 ムードとタイミングについても、まぁ及第点といったところだろう。

 可能な限り人払いしたし、よっぽどじゃない限り時雨達にも継戦するように伝えてある。

 残っている艦娘にも基本は自室か持ち場待機を命じているし、邪魔が入る可能性は低いはず……。

 

『さっさと本題に入って下さい』

『前置きが長いです』

『サダオは本当に馬鹿だなー』

 

 フフフ。こいつは失敬。

 そして今日から俺は脱童帝(ロストエンペラー)パココ・ヤリティンコ。親しみを込めてパコさんと呼ぶが良い。

 グレムリンの無礼な発言に対してもこの余裕。

 童貞では無くなるというだけで、これほどまでに大人になれるものなのか……。

 我ながら驚くべき変化だな。

 

「うおッ⁉」

 

 俺は振り向くと同時に、思わず変な声を出した。

 目の前には執務室の床をびっしりと埋め尽くすほどの、俺が思っていた以上の数のグレムリンがわらわらと(うごめ)いていたからである。

 純粋に気持ち悪い。

 

『サダオクラスタとお呼び下さい』

『サダオハーレムでもいいですよ』

「何がハーレムだ。バッタの大群かと思ったわ」

『あー、こいつ失礼な事を言ってますよ』

『もう帰っちゃおうかなー』

『ちらっ、ちらっ』

「あ、いや、すまん。自分で頼んでおいてなんだが、まさかこんなにいるとは……」

『そりゃあ、サダオが困ってるんだもの』

『いつでもどこでも飛んで来るに決まってるじゃないですか』

 

 ダ、ダンケ……。今回ばかりは普通にありがたいな。

 嬉しい事を言ってくれるではないか。ミッションをこなした暁には褒めて遣わそう。

 

「つーか、結構な数を出撃させたはずなんだが……鎮守府内にまだこんなに居たのか」

『パコさんの様子から只事ではないと思ったので、鎮守府の外にも声をかけてきましたよ』

『頑張ってかき集めてきました』

『皆さん(こころよ)く集まってくれましたよ』

『こんばんはー。その辺から来ました』

『お噂はかねがね伺っています』

『舞鶴から来ました』

『大湊から』

『佐世保ー』

Hello(はろー)

Guten Tag(ぐーてんたーく)

Bonjour(ぼんじゅーる)

Nice to meet you(ないすとぅーみーちゅー)

Здравствуйте(ずどらーすとう゛ぃちぇ)

Buon giorno(ぼんじょーるの)

Hoi(ほい)!』

 

 どこまで声かけたのお前ら?

 明らかに日本人じゃないのが交じってるよね?

 いや、グレムリン自体がそもそも名前からして日本産じゃないからな……。

 果たして意思の疎通ができるのだろうか。

 格好からして外国産のグレムリンがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

Enchantee(初めまして)! Comment allez-vous(ご機嫌いかがですか)? Mon amiral(私の提督さん)

 

 う、うんうん。モナミはーん。わかるわかる~。やっば~い。

 いやギャル化してる場合ではない。

 何言ってんのかさっぱりわからんぞ……。

 俺には海外のエロサイトで検索するのに不自由が無いくらいの英語力はあるはずだが……。

 I love big tits. bob is GOD、いや、Boobs is GOD.

 このグレムリンの言語は、どうやら英語ではないようだ。

 まぁ身振り手振りを交えながら適当に挨拶してればなんとかなるだろう。

 とにかく提督の威厳を損なわぬようにしなければ……。

 

「う、うむ。私の名前は神堂貞男です」

『うわっ。こいつ知ったかぶってますよ』

『こんなのが提督で大丈夫なんですか』

「日本語喋れるんじゃねーか! 日本に来たなら日本語で通せや!」

『わぷぷ』

 

 俺は外国産グレムリンの頬をぷにぷにと摘み上げた。

 いやイカン、心の余裕。大人の余裕を持たねば。

 それに、もはや一刻の猶予も無い――。

 俺は咳払いをして姿勢を正し、改めてグレムリンの群れに目を向ける。

 

「整列!」

 

 俺の号令に一瞬で隊列を作ったグレムリン達に、俺は真剣な表情で言葉を続ける。

 

「急な召集にもかかわらず、こんなに集まってくれてありがとう。本当に感謝する……」

『水臭いですよ、パコさん』

『私達とサダオの仲じゃないですか』

『もっと頼ってくれてもいいんですよ』

『なんでも言ってくれていいんですから』

 

「うむ、ありがとう。それに、はるばる遠いところから来てくれた者も……」

『いえいえ。お気になさらず』

『噂を聞いて興味がありましたので』

『どうやら本物の馬鹿だとか』

『いい歳して童貞だとか』

 

 何を噂してんだ!

 いやイカン、心の余裕。大人の余裕を持たねば。

 コイツらに怒る時間さえも勿体ないような緊急事態であるし、何よりコイツらの力を借りねばどうにもならん。

 それに童貞煽りが出来るのもあと数時間。フハハハ、せいぜい今のうちに煽るが良いわ。

 

「んんっ! とにかく本題に入る。横須賀の外から集まった者にもわかるよう、改めて説明させてもらう」

「今夜、俺は一世一代の大勝負に打って出た」

「金剛との夜戦……場合によってはその妹達とも連戦になるであろう、俺の艦娘ハーレム計画において記念すべき、そして重要な大規模作戦だ」

「大淀の許可も下り、万全を期して時間と場所、ムード及びタイミングについても完璧な策を練った」

「まもなく日が沈む……俺が指示した通り、まもなく金剛がここ執務室を訪れるという状況だ」

「だが、ここにきて――気付いてしまったんだ。俺の完璧な作戦に唯一、穴がある事に」

 

 智将を自負する俺であったが、すでに作戦が始まってしまい、金剛との夜戦を目の前にしたこのタイミングで気付いてしまった。

 999%完璧だった作戦に存在していた、たった1%の穴。

 綿密に練られた、そして大規模な作戦だからこそ、ほんの僅かなひずみが全てを崩す可能性がある。

 まるでドミノ倒しのように。たったひとつの油断で失敗する――それはあまりにも小さく、そしてあまりにも重大なミスだった。

 悔やんでも悔やみきれない。何故、俺は今の今までこんな事に気付かなかったのだろうか。

 俺の悲痛な表情を見てか、グレムリン達が次々に心配するような声を上げる。

 

『パコさん……』

『私達に任せて下さい』

『サダオのためなら何だってしますよ』

『それで、何をすればいいんですか』

「ありがとう。お前達の言葉に甘えて、頼らせてもらう。実は、その……」

 

 俺は腕組みをして、真剣に言葉を続けた。

 

「……ゴムが……無いんだ……」

『……』

「ゴムが……無いんだ……」

『聞こえてます』

 

 そう、夜戦となればもはや必須とも言える装備――男の主砲から放たれる砲撃から女性を守る極薄のバルジ、通称コンドームである。

 大誤算であった。彼女いない歴イコール年齢でそんなものを持ち歩く必要などなかった俺である。

 というか二十六年間の人生で一度も購入した事すらない。

 だがしかしゴムの有無、これにより致すまでのハードルは大きく上下する事は明白。

 女性にとっては生というのは望まぬタイミングでの妊娠に繋がる……その後の人生にも大きく関わるのだから、それは当然の事であろう。

 結婚した女性との間に子供が欲しい、という時以外は避妊をするというのは、もはや男性側のマナーであるとも言えよう。

 男が好奇心と性欲に負けて女性の意思を(ないがし)ろにし、快楽だけを追い求めて無理やり避妊せずに致すというのはもはやクズの所業である。

 ゴムの手持ちが無い、ただそれだけで今夜は止めておこうとなる理由としては十分すぎるのだ。

 

「というわけで、諸君にはなんとかゴムを手に入れてきてほしいのだが……」

『わぁぁー、こいつ最低です』

『本当に最低ですよ』

『最低の駄目男です』

『略してサダオです』

『噂には聞いていましたが……』

『噂以上の馬鹿です』

『本物の馬鹿です』

『いるんですね、こんな人が』

『こんな事のために欧州から呼び出されるなんて』

『うわぁぁん、うわぁぁん』

『よりによってサダオハーレムの私達に、他の女性と致すためのものを買いに走らせようだなんて』

『すでにクズの所業です』

『ひどいです』

『あんまりです』

『うわぁぁん、うわぁぁん』

 

「お願いします! 無理を言ってるのは承知ですが今夜しかチャンスが無いんです! オナシャス! オナシャス!」

 

 阿鼻叫喚の地獄と化した執務室の中で、俺は一斉に騒ぎ出したグレムリンの群れに向けて土下座して懇願した。

 提督の威厳の欠片も無い姿であったが、横須賀十傑衆第二席の金剛と致せるこの好機は、おそらく今夜を逃してはしばらく訪れない。

 大淀さんの気が変わったら二度と訪れない事は明白だ。

 精力料理のおかげで股間がイラ伊良湖しているこの状態で我慢など不可能。

 だが無理に致すのは俺の本意では無い。

 妄想の中では好き勝手している俺であるが、やはり現実となると話は別だ。

 もしも金剛が生で致すのを少しでも躊躇したのなら、俺はそれ以上強く押す事は出来ん……!

 

 いや、もしも喜んで了承してくれたとしても、俺はまだ父親になる覚悟は無い。

 給料もなるべく家族のために使いたいから、俺にはまだ自分の家庭を持つ余裕など無いのだ。

 千鶴ちゃんは高校卒業してすぐに就職してくれたが、まだ明乃ちゃんと美智子ちゃんと澄香ちゃんが学生だし、進学を希望するかもしれん。

 せめて一番下の妹の澄香ちゃんが一人前になるまでは結婚する気にはならない。

 成人するまであと五年。

 高校卒業と共に就職してくれたとしてもあと三年。

 四年制大学まで進学したなら卒業する頃は二十二歳。あと七年もある。

 間宮さんに事あるごとに結婚したいと感じている俺であるが、実際のところ俺にとって結婚などまだまだ先の話なのだった。

 

 そういうわけで、俺は金剛と生で致す事はどちらにせよ無理なのである。

 致すためにはゴムは必須……!

 ゴムを装備しても100%避妊できるわけでは無いらしいが、そこはもう祈るしかない……!

 俺の股間の防空巡、今夜ばかりは()タラント!

 Are you okey? I love big tits.

 そもそも金剛が今日は致すに適した日なのかという問題も浮上したが、それはもう考えてもどうしようも無いので頭から除外する。

 

 俺が今から鎮守府の外に出て買いに走るというのは現実的ではない。

 だがグレムリンならば数も多いし、外にも飛んでいける。

 頼れるのはもはやコイツらしかいないのだ。

 たとえ提督としての威厳を捨ててでも、ここは頼るしかない……!

 

『いくらパコさんの頼みでもこれは……』

『私達も女の子なんですよ』

『あんまりです』

『うわぁぁん、うわぁぁん』

『こうなればヤケです』

『艦隊司令部をひっちゃかめっちゃかにしてやります』

「待って下さい! マジでやめて下さい! 何するつもりかわかんねーけどマジでやめて下さい!」

 

 俺は土下座しながら手の平を上に向けた。

 もはや完全降伏である。

 俺に出来る事はもはや見苦しく懇願する事しかない……!

 渋るグレムリンの中で、一匹がぐずりながら手を挙げる。

 

『ひっくひっく、わかりました。探してきます』

『えー、甘やかしちゃ駄目だよー』

『調子に乗ってしまいます』

『ひっくひっく、でも、私がついてなきゃサダオもっと駄目になっちゃう』

『あー』

『あぁぁー』

『わかるわかる』

『しょうがないねー』

『ねー』

 

 クソが……! 何ダメンズに尽くす可哀そうな彼女ぶってんだコイツは……!

 いやしかしここで反論するわけには……!

 ひたすら下手(したて)に出なければ……!

 

「ありがとうございます! ありがとうございます! マジで助かります!」

『まったく、サダオってば、まったく』

『サダオは世話が焼けるなー』

『あっ、見つかりました』

『執務机の引き出しの中に』

 

 何っ! マジか⁉ 何故そんなところに⁉

 ま、まさか前任の提督が常備して――⁉

 執務机の中にあるという事は常日頃からそんな事を⁉

 だ、誰だ……⁉ まさか香取姉⁉

 若干の寝取られの気配にメンタルを傷つけられながら、急いで執務机の引き出しを開ける。

 

「って輪ゴムじゃねーか!」

『ゴムって言うから……』

「ゴムはゴムでも形状が違うんだよ! こう、風船みたいな感じで、いや俺も現物を見た事は無いんだけど」

『輪ゴムで根元を縛り上げたらどうですか』

「身体に悪そうだろ! 駄目だよ! くそっ、でも寝取られじゃなくてちょっとホッとした」

 

『サダオ、鹿島さんの部屋を見てきました』

「そ、そうか! 奴なら数箱単位で常備していてもおかしくはないな! でかした!」

『見当たりませんでした』

「そうか……奴なら基本的にナマ派だとしてもおかしくはない……! なんて奴だ……」

 

『サダオー、酒保にありましたよ』

「おぉっ、でかした!」

『何味がいいですか』

「それはゴムじゃなくてガムだよ! 返してこい!」

『パコさん、灯台下暗しというやつです』

「な、何っ。何処だ」

『そこのゴミ箱の中に……』

「ゴムじゃなくてゴミだろ!」

『間宮さんのところから借りてきました』

「それは胡麻(ゴマ)だよ!」

 

 くそっ、馬鹿にしてんのかコイツら……!

 誰が大喜利を開催しろと言った……!

 全然笑えねェ……!

 

『大喜利と言えばサダオじゃないですか』

『お手本を見せて下さい』

『面白ければやる気が出るんだけどなー』

『ちらっ、ちらっ』

 

 無茶振りすんなや! 俺はコメディアンじゃねーんだぞ……よし、整いました。

 えー、今夜の俺と掛けまして、大淀の立てた作戦、と解く。

 その心は? どちらも性交(成功)以外あり得ません。

 おあとがよろしいようで……。

 

『……』

「なんか言えよ!」

『いまいち』

「うるせェよ!」

 

 クソが……! 付き合った俺が馬鹿だった……!

 豆大福程度の脳みそしかなさそうなコイツらではコンドームを用意するなど荷が重かったか……⁉

 いや、まだ諦めてはイカン……!

 執務室内にうじゃうじゃひしめいているグレムリン共を何とかその気にさせれば、一匹くらいは本物を持ってくる可能性がある……!

 

 俺が頭を抱えている間に、コンコンと扉がノックされた。

 

「提督、失礼します。先ほど妖精さんが胡麻を持っていったのですが……きゃっ、何ですかこれは」

 

 ウォォォォオオーーッ⁉

 胡麻を追って間宮さんが来てしまった⁉

 グレムリンで埋め尽くされている執務室に足を踏み入れられず、呆気に取られている。

 見れば鳳翔さんとイラ伊良湖までついてきているではないか。アカン。

 グレムリン達をじっと観察した鳳翔さんが、俺に問いかける。

 

「見かけない妖精さんが結構いますね……どうやら海外艦の装備妖精さんまで。一体どうしたんですか」

「い、いや。ちょ、ちょっと探したいものがあってな、手が足りなかったから召集したんだ」

「探し物ですか? 私達もお手伝いいたしますが……」

「アイヤイヤイヤ! その必要は無い!」

 

 焦りすぎて変な声が出た。

 鳳翔さんにコンドーム探して下さいなんて言えるわけがねェ……!

 いや、「実戦ですか、致し方ありませんね。いつまでも演習(オ〇ニー)ってわけにもいきません」と言って協力してくれる可能性が万に一つ……あるわけねーだろ!

 何を血迷ってんだ俺は……!

 探し物とか正直に言わなくて良かっただろうが……!

 バレたら鳳翔さん自らの折檻だけでなく、赤城と加賀に殺されかねん。

 特に赤城は出撃前にヤバい顔してたからな……あれは完全に獲物を狙っている飢えた狩人の顔だ。

 

 ともかく、日が沈む。そろそろ金剛が訪れる時間だ。

 ここは誤魔化しつつ手早く退散して貰わねば。

 

「そ、それより三人とも。持ち場に待機を命じていただろう。」

「あっ、申し訳ありません。先ほど提督にお出しした料理には麺に練り込んだ黒胡麻やセサミオイルなど、胡麻をたっぷり使っていたので、もしかしてまだ足りなかったのかと思いまして……」

「い、いやいや。十分すぎるほどに元気が出たぞ。妖精が胡麻を持って来てしまったのは、何かの間違いだ。ほらっ、間宮に返しなさい」

 

 俺の言葉に、胡麻を持ってきたアホのグレムリンが間宮さんの掌に飛んでいく。羨ましい。

 グレムリンの群れと俺の様子をじっと見つめていた鳳翔さんであったが、やがて静かに俺に目を向けて口を開いた。

 

「提督。もしかして今回の出撃の裏で、別に何か考えがあるのではないですか? 私達に言えないような……」

「エッ⁉ アイヤー」

 

 馬鹿みたいな声が出た。どこの中国人だ。

 イカン。鳳翔さんが疑いのジト目を向けている……!

 くっ、時間が無い! もう俺の十八番(おはこ)の職権乱用を発動するしかねェ!

 

「よ、余計な詮索はするな! 鳳翔、間宮、伊良湖、今夜お前達に命じたのは持ち場待機だ。これは提督命令だぞ。これに背いた場合は大淀に報告すると言っただろう!」

「……申し訳ありません。出過ぎた真似を……いかなる懲罰もお命じ下さい……」

「い、いや、今回までは特別に許そう。手伝いを申し出てくれた気持ちだけありがたく受け取っておく。とにかく、時間が無いんだ。早急に持ち場に戻るんだ、いいな!」

「……了解しました」

 

 やはり提督命令には鳳翔さんも逆らえないらしい。

 それとも大淀への報告が効いているのだろうか……?

 その可能性が濃厚だ。脅すような事を言ってしまって罪悪感に心が痛む。

 間宮さんとイラ伊良湖も申し訳なさそうに視線を伏せてしまったので、俺は去りゆく三人を呼び止めて言ったのだった。

 

「そ、それと夕飯美味しかったぞ! ありがとう! おかげで一晩中寝ずに頑張れそうだ」

「寝ずに……?」

「あ、ありがとうございます! でも、ちゃんと身体を休めて下さいね」

 

 俺の失言で鳳翔さんがまた(いぶか)し気な表情を浮かべたが、間宮さんはぱっと表情を輝かせて言葉を返してくれたのだった。結婚したい。

 三人を見送り、窓の外を見ると、ついに日が沈んだ。

 まもなく金剛がここを訪れるだろう。

 もはや時間が無い――俺はグレムリン共を見下ろして、もはやヤケクソで口を開く。

 

「いいかお前ら……! 俺は信じてるからな……! お前らが必ずコンドームを手に入れて帰ってくると……!」

『しかしパコさん』

『私達の時代にはそんなもの一般的では無かったので、よくわからないんです』

 

 え? もしかしてお前ら、先の大戦の時代程度の知識しか無いの?

 艦娘達が順応してるからてっきりお前達も現代に順応してるのかと……。

 そうか、それならコンドームと言ってもよくわからんのか……。

 馬鹿にされてるとしか思えなかったが、ちょっと無理を言ってしまったか……。

 

『ゴムと言ったら海賊王のアレしか知らないです』

「しっかり現代に順応してんじゃねーか! ジャンプ読んでんじゃねーよ! いいか、コンドームってのはアレだ。避妊や、性病を防ぐために発明されたものだ。主砲を包み込む形状のゴム風船みたいな感じで……」

 

 俺が身振り手振りも交えながら説明すると、グレムリン共は納得がいったようにぽんと手を打ったり頷いたりした。

 

『あー』

『あぁぁー』

『なるほどー』

『そういう事ですね』

『イメージは出来ました』

『大体わかった』

『最初からそう言って下さいよ』

『ヒントが無いから皆わからなかったんですよ』

「そ、そうか。説明が足りなくてすまんかった」

 

 なんとか理解してくれたようだ。

 つーかさっきまでゴムが何なのかよく理解できてる感じだったが、もう考えている時間も勿体ない。

 これで俺の股間もゴムゴムの(ピストル)となり、俺と金剛はひとつなぎの大秘宝(ワンピース)と化す事が出来るだろう。

 俺の名はシン・D・サダオ! 低俗王に俺はなる!

 

「とにかくもう時間が無いんだ。見つけてくるまで俺が何とか時間を稼ぐ……! 頼むぞ……!」

『ウホッ』

 

 万国共通語かな?

 一糸乱れぬゴリラ語で返事をしたグレムリン達は一斉に外へと飛び去って行く。

 なんか蝗害の風景みたいでマジで気持ち悪い。

 

 ――グレムリン達が出払ってようやく静かになった執務室。

 コツコツと廊下を歩く足音が俺の耳に届く。

 執務室の扉の前で止まり、続いてコンコンとノックの音が響く。

 

「……テ、テートクゥ、金剛デース……」

 

 ヒャーッ! キヤガッタカァ!

 俺は両手を掲げてダバダバと駆けて行きたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。

 しかし、いつもの金剛であれば「ヘーイ! テートクゥーッ!」って感じで返事も待たずに入室してきそうなものだが、何だか声色的に、金剛もちょっと緊張しているような……。

 そこが逆にエ・ロイテル! わかるわかる~。やっば~い。

 いやギャル化してる場合ではない。

 ムラ付けは万全とはいえ、まだ夜戦に突入する準備が出来ていないのだ。

 何とかゴムが手に入るまで、うまく時間を稼がねば……!

 

 しかし、ムラ付けの影響で俺の方も長くは持ちそうもない。

 文月も出撃してしまった今、もはや暴発を止める事が誰にもできん。

 心火を燃やして自制する……!

 ちょっとでも油断したが最後、俺の股間からホワイトゼリーが潰れる! 流れる! 溢れ出る!

 貞男イン金剛! ブラァァァ!

 いやドン引きされて貞男イン金剛できなくなってしまう可能性大。

 艦娘ハーレム(パーフェクトキングダム)の夢も露と消えるだろう。

 

 グレムリンがゴムを持ってくるのが先か、俺の我慢が限界を迎えるのが先か……。

 限界ギリギリの戦いになるな……。

 

 ともかく、焦りが伝わると童貞臭いし、金剛に警戒されてしまう。

 事を急ぐあまり気持ち悪い感じにならないように、落ち着いた雰囲気を作らねば。

 俺は二、三回咳払いをして、喉の調子を確かめる。

 よし、問題無い。いい感じに落ち着いた低い声が出そうだ。

 バクバクと鼓動が高鳴る。ゆっくり深呼吸をして、息を整え、そして――。

 

「ドウゾ」

 

 俺はウグイスのように裏返った甲高い声で、金剛に入室を促したのだった。




大変お待たせ致しました。
本来は艦娘視点の予定でしたが、提督視点を書きたいという禁断症状でついに発作が出たので、予定を急遽変更して久しぶりの提督視点になりました。

次回の更新はまた戦場側の艦娘視点になると思いますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。

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