ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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067.『秘密兵器』【艦娘視点】

 日が沈んだら執務室に来るように、との提督からの指示に従い、金剛は自室を出て廊下を歩む。

 自分だけが指名された事による特別感、提督と二人きりになれる嬉しさ。

 待機中も妄想という名の自分の世界に浸り、「駄目だよテートクゥ、私は食後のデザートデース」などと奇声を発しては身体をくねらせ喜んでいた金剛であったが、廊下を歩む今は無言で緊張している面持ちだ。

 自分から迫る分には問題ないが、相手から迫られると急に生娘(きむすめ)のようになってしまうところが金剛にはあった。

 そもそも、そのような目的で呼び出されているわけではない事は金剛にもよく理解できてはいたのだが、それでもやはり年頃の娘として、提督のような魅力的な男性と二人きりというシチュエーション自体に期待をしてしまう。

 艦隊の頭脳・霧島による分析と推測、考察を聞いてなお、金剛の頭は完全に艦ではなく娘側に傾いていた。

 

 すぐに駆けていきたいような、それでいて辿り着きたくないような。

 複雑な思いと共に静かに歩みを進めていた金剛であったが、ついに執務室の扉の前に辿り着いてしまう。

 扉を開ければ、真実が明らかになる。

 きっと霧島が説明してくれたように、今夜の戦いに関する重要な任務説明か何かが始まるに決まっている。

 時雨たちの窮地だというのに提督と二人きりになれる事にときめいてしまう私は、提督に呆れられてしまうだろうか。

 金剛は何度も大きく深呼吸をして、それでも気持ちを切り替えられなかったので、諦めてそのまま扉を叩く。

 

「……テ、テートクゥ、金剛デース……」

「ドウゾ」

 

 何故か提督の声が裏返っていたのが気になったが、緊張の表れだろうか。

 つまり、それくらい今夜の戦いは厳しいものになる……。

 そう、提督はあの表情の起伏に乏しい鉄仮面の下で必死に足掻いているという事は、イムヤの件でよく理解できていた。

 人並み外れた知力と神に等しい特別な能力を持つ事は事実だろうが、それを駆使してなお死に物狂いで足掻いているのだ。

 私達を誰一人失わず、かつ我が国も完璧に護る――その夢を現実とするためだけに、提督は動いている。

 いけない、気を引き締めねば。

 

 金剛が扉を開くと、何故か執務室内の照明は消されていた。

 薄暗い室内。執務机の背後にある窓のカーテンは全開になっており、月の光だけが室内を照らしている。

 思ってもみなかった雰囲気の良さに、気を引き締めたはずの金剛の心は再びドキリとときめいてしまった。

 提督は窓の目の前に立っており、暗くて表情は読めないが、自身に向けて声をかける。

 

「よ、よく来てくれたな」

「ハ、ハイ……」

 

 何故かはわからないが、照明が落とされていて良かった。

 おそらく、今の私の顔は初心(うぶ)生娘(きむすめ)のように朱に染まっているだろう。

 金剛は恐る恐る、提督の隣へと歩を進める。

 ムードが良いからといって何を緊張しているのだ、作戦の説明があるだけだというのに……。

 そう自省していた金剛であったが、提督の顔を見上げると、まるで照れてしまったかのようにふいっと窓の外へと顔を逸らしてしまった。

 まるで恋する不器用な男性のような反応。

 

 バ、バーニング・ラァァァァブッ‼

 思わぬ提督の反応に胸を撃ち抜かれ、思わず叫び出しそうになった金剛であったが、自分も人の事は言えない。

 金剛もそそくさと窓の方へと身体ごと向け、二人並んで外を眺める。

 

 満月と星の光が照らす夜の海。

 静寂の中で波音のみが響き、心地よい沈黙と共に肩を並べる二人。

 これはまるで逢引、いわゆるデ、デート……いや、密会のようでは……?

 ほとんどの艦娘が出撃して、二人きりの執務室で、禁断の――。

 駄目だよテートク、鎮守府にはまだ妹たちが……。

 

 い、いやいや、脳内に乙女をプラグインしている場合ではない。

 危うくまた自分の世界にトリップしてしまうところであった。

 英国淑女はこんな事では動じないのだ。

 あまりの雰囲気の良さに酔ってしまった金剛は、無理やり思考を戦闘モードに切り替える。

 

 作戦説明でもあるかと思ったが、よく考えたら提督は艦娘の思考力を鍛えようとしている人だ。

 こちらから質問してはならないという事は、大淀からも口を酸っぱくして言われている。

 そう、自分の頭で考えなければならないのだ。私は提督を怒らせたくない。

 水平線の向こうでは、今頃何が起きているのか――。

 出撃した者から未だに報告のひとつも無い事は、明らかにおかしい。

 時雨たちは、皆は無事なのだろうか。

 

 ちらりと提督に視線を向ければ、そわそわと落ち着かない様子だ。

 そしてただひたすらに、無言で水平線の向こうを見つめている。

 やはり、提督も心配なのだ……ときめいている場合ではない。

 それにしても、意図しての事ではないと思うが、なんでこんなにもムードがいいのだろう……。

 私が生娘のように落ち着かないのはきっと提督のせいだ。

 端正な横顔に見惚れてしまって、まともに頭が回らない。

 うぅ、何か話さないと間が持たない……。

 

 金剛は夜空を見上げ、その目に映った優しく輝く満月を見て口を開いた。

 

「月が……綺麗デスネ……」

「ヘアッ」

 

 提督が妙な声を出した。

 くしゃみでも我慢したのだろうか……。

 いや、戦闘中だと言うのにあまりにも呑気な発言に呆れてしまったのかもしれない……。

 テ、テートク、こんな私を嫌わないで下サイ……!

 提督は満月を見上げながらしばらく何かを考え込んでいる様子であったが、やがて口を開いた。

 

「……そうだな。私も、そう思うよ。今夜の月は、とても綺麗だ……」

「ハ、ハイ……」

「……だが、お前の方が綺麗だよ……」

「ヘアッ」

 

 くしゃみを我慢したわけではないが、変な声が出た。

 思わず提督の顔を見上げれば、あえてこちらから目を逸らすかのように、水平線の向こうを見つめ続けている。

 戦闘待機中にもかかわらず間の抜けた発言をした私への皮肉を込めたお返しであろう。

 しかしそれでも流石にキザすぎる発言だったと自覚しているのだろう、非常に気恥ずかしそうな表情だ。

 うぅーっ……テ、テートクゥ、からかうにしてもそれは反則デース……!

 

 金剛はもう限界だった。

 提督の発言に照れてしまうあまりもう何も言葉を発せず、提督の顔すら見上げられない。

 提督もまた、落ち着かない様子のまま無言で外を見つめ続ける。

 そのまま数十分もの間、金剛と提督は並んで水平線の向こうを眺め続けたのだった。

 

 動きがあったのは、ようやく金剛の紅潮した顔が元に戻りかけた時であった。

 水平線の向こう、闇の中から、星の瞬きとは違う光が金剛の目に飛び込んできたのだ。

 あれは……発光信号⁉

 光は不規則な間隔で瞬き続け、それは金剛の脳内で文字として変換される。

 

 要約すると……B島正面海域で時雨たちを無事に保護。

 しかし深海棲艦主力艦隊が元々敵の資材集積地であったB島を占領。

 早急に支援求む……。

 

 ハッ、と金剛は息を呑む。

 まさか、無線が使えなくなるような何かしらの妨害があり、発光信号を……⁉

 その可能性も提督は予測済み……。

 提督が照明を落としていたのは当然ムードのためなどではなく、水平線の向こうを黙って見つめ続けていたのも、発光信号を確実に受け取るため――⁉

 

「て、提督! B島の艦隊からデス! 時雨たちは無事に保護できたと……」

 

 金剛が顔を見上げると、提督はしばしの沈黙の後に、眉ひとつ動かさずに「うむ」と小さく呟いた。

 やはり提督にも発光信号は視認できていた。いや、当たり前だ。これが提督の目的だったのだから。

 私の間の抜けた発言に皮肉で返したのも当然だ。

 呑気に月に見惚れている場合ではなかったのだから。

 私の顔を見ようとしなかったのもそうだ。

 その隙に発光信号が届いていたら、元も子もない。

 てっきり私は、提督も私のように照れ臭くて、私の方を見られないのかもしれないと、そんなハッピーな勘違いを……!

 金剛は先ほどとは別の羞恥心で顔が紅潮してしまいそうだった。

 

 瞬間、提督の傍らからニュッと妖精さんが姿を現した。

 可愛い妹、比叡や霧島に似たこの妖精さんは……96式150cm探照灯の装備妖精さん!

 そうか、提督に私達の装備は使えない。

 戦艦の私をここに呼んだ理由のひとつは、これを使って応答するため……。

 

「提督! 私が返答しておきマスネー! 支援を向かわせるという事で大丈夫デスカ?」

「え? あ、あぁ。よろしく頼む」

 

 探照灯を装備し、艤装としてその場に具現化する。

 了解、すぐに支援を向かわせる。

 そのように発光信号を返すと、向こうからも了解と返事が届く。

 これで支援が向かうという情報も戦場に伝わるだろう。

 

「そうか、ともかく時雨たちと無事合流できたか……良かった……」

 

 提督の言葉と表情からは、安堵の気持ちが感じられた。

 時雨たちの事を心の底から心配していたのだろう。

 張り詰めていた糸が切れたような、そんな雰囲気が感じられる。

 しかし、まだたったひとつ障害を乗り越えただけだ。

 むしろ、ここからが本番――。

 

「こ、金剛!」

「えっ、は、ハイ!」

 

 提督の真意を理解し、気を引き締め直した金剛に、提督が意を決したように声をかけた。

 霧島が予測していた通り、ついに私達の出番だ。

 提督に向き直り、姿勢を正して指令が下されるのを待つ。

 そして「了解!」と答え、退室する――そこまで金剛が考えていた瞬間だった。

 何故か言葉を言いよどんでいた提督が、恐る恐るといった風に口を開いたのだった。

 

「その……だ、抱きしめても……いいだろうか」

「⁉」

 

 ふぉぉぉぉぉおおおおッ⁉

 せっかく引き締めた金剛の思考は再びどこかへ吹き飛び、目を白黒させながら頭の中には疑問符ばかりが浮かぶ。

 ななな、何⁉ なんで⁉ 何事⁉ 一体何が起きているのか⁉

 私は夢でも見ているのだろうか。

 何故このタイミングで――⁉

 時雨たちは⁉ 時雨たちの救援はいいのデスカ⁉

 早急な支援を求めてますよ⁉

 

 普段は自分から飛びついて、しまいには提督に叱られてしまうほどの抱き着き魔である金剛であったが、提督から求められるとなるとすっかりパニックに陥ってしまう。

 金剛にはそういうところがあった。

 そんな金剛を見て提督も気恥ずかしそうな表情を浮かべ、だが真剣に視線を向け続ける。

 

 そ、そんな目で見つめないで提督……。

 ドキドキしてしまって、まったく頭が働かない。

 ときめきすぎて、なんでこうなっているのかがわからない。

 嬉しすぎてどういう状況なのかがわからない。

 もうこのままムードに流されてしまってもいいとすら思っている。

 助けてシスターズ! 比叡! 駄目だ、可愛いけれど頭を使うのには向いていない。

 榛名! 駄目だ、可愛いけれど比叡以上に色々と大丈夫じゃない子だ。

 霧島! そう、可愛くて頭も切れる金剛型のブレイン、艦隊の頭脳!

 さっそく霧島に相談を――そんな空気じゃない!

 

「……ハ、ハイ……」

 

 もう訳が分からず、金剛は目を回しながら小さくそう答えるので精一杯だった。

 提督はごくりと喉を鳴らし、二、三回呼吸を整えてから腕を広げ、金剛の身体を優しく抱きしめた。

 

 そして気付いた――提督の腕が、身体が震えている事に。

 提督の鼓動が、ドキドキと高鳴る金剛のそれ以上に激しい音を奏でていた事に。

 もはや、命を削っているとすら思えるほどに――。

 

「こ、金剛……私は、私はな……」

 

 金剛を抱きしめながら、提督は震える声で弱弱しく言葉を続ける。

 

「……本当は、自信が無いんだ。不安なんだ。上手くできるかどうか……頭の中でどれだけイメージを積み重ねても、大丈夫だと思っても……お前達に幻滅されるんじゃないかと……上手くできないんじゃないか、失敗するんじゃないかと……そう思うと、怖くてな……」

 

 本心の吐露。

 鉄仮面の奥の奥。

 イムヤの一件で感じてはいたものの、提督が隠していた弱音を実際に聞かされて――。

 

 抱き着きたい、ではなく。

 抱きしめられたい、でもなく。

 金剛は初めて、提督を抱きしめてあげたいと思った。

 励ましてあげたいと思ったのだった。

 

 提督の言葉は、決して艦娘の前では言ってはならぬものだ。

 自信の無い作戦に出撃させるなど、あってはならない事だからだ。

 だから皆、そのような事を口にせずに、成功を信じて艦娘を送り出す。

 たとえ勝算の薄い戦いであってもだ。

 

 しかし提督は、それでも私に弱音を吐いた。

 本音を明かしてくれた。

 横須賀鎮守府の艦娘をまとめる長門でもなく、秘書艦統括の大淀でもなく、つい二日前に建造されたばかりの私にだ。

 この私だけに、特別に。

 こんな光栄な事があるだろうか――。

 

 金剛の頭の中のお花畑は、瞬く間にどこかへと吹き飛んだ。

 そして今まで混乱して見つけられなかった提督の意図にも、容易く辿り着く。

 

 そうか、突拍子もない発言と行動に思えた提督のハグも、提督パワーの充填のためと考えれば何らおかしくはない。

 むしろ、そうとしか考えられない。

 提督はその存在を否定したが、やはり間違いなく提督パワーはある。

 こうしている間にも、身体がぽかぽかして幸せな気分になるのは間違いなく提督パワーのせいだ。

 皆の前で否定したからこそ、こうやって私一人を執務室に呼んで、他の者に見られないように充填しているのだろう。

 

 提督は、本当は不安でたまらないのだ。

 だから、私が戦場に向かう前にこうして提督パワーを充填してくれる。

 提督がその存在を否定した理由も……考えたくはないが、大方の予想はつく。

 この鼓動の速さがそれを物語っている。

 生物が一生のうちに刻む鼓動の数はほとんど決まっていると言われているらしい。

 つまり、鼓動が速くなるというのは寿命を削っている事に他ならない。

 この尋常ではない鼓動の速さ……提督が女性慣れしていないだとか、そんな理由なわけがない。

 そんなレベルの動悸ではなかった。

 私の胸のときめきとは比べ物にならない。

 提督パワーは生命力に等しく、それを燃料や弾薬のように私達に捧げてくれているのだ――。

 

 ならば、今すぐにでもこの腕を振りほどいて提督から距離を取るのが正しいのではないか。

 できるわけがない。そんな事できるわけがない。

 何故なら提督は、すでに命を削ってここに着任しているからだ。

 骨を埋める覚悟で着任した提督と共に戦おうと、そう決めたのは私達だ。

 艦娘の為に命を削る提督と共にあろうと、共に生きようと、そう決めたのは私達ではないか。

 

 だから、私がするべき事はそれではない。

 私がしなければならない事は、提督を励ましてあげる事だ。

 

 金剛は提督の背に両手を回して抱きしめ返し、その右手で提督の後頭部を優しく撫でながら優しく語り掛けた。

 

「大丈夫、大丈夫デスよ提督……不安になるのは当然デス……でも、私達を信じて下サイ。もしも上手くできなくても、私がフォローしますから……」

「……ほ、本当か……?」

「えぇ。私の可愛い妹達……比叡、榛名、霧島も一緒デス」

「よ、四人でか……⁉ ほ、本当にいいのか……? 一緒で……」

「勿論デス……だから、提督は安心して、私達にお任せ下サイ」

 

 抱き寄せられ、頭を撫でられながらの金剛の言葉に、提督は「そうか……」と安堵したように息をついた。

 その声色には、どこか隠し切れない嬉しさのような感情が読み取れる。

 どうやら安心させる事が出来たようだ……。

 これが私の役目。長門にも大淀にも任せられない、私だけの役割――。

 

「ひっ、ひえぇ~~っ⁉ おおお、お姉様と司令がぁっ、ひっ、ひえぇ~~っ⁉」

 

 瞬間、甲高い叫び声が執務室内に響き渡る。

 抱きしめ合っていた腕をほどき、二人揃って慌ててそちらに目を向ければ、いつの間にか扉を開けていた比叡が腰を抜かしてへたり込んでいる。

 私の帰りが遅いから心配したのだろう。

 可愛い妹だが、いけない、絶対に勘違いしてしまっている。

 私としては勘違いでもないのだが、提督に迷惑をかけてはいけない。

 いや、そもそも私以外は指示があるまで自室待機を命じられている……叱られてしまうだろうか。

 金剛は提督を見上げて妹の行動を詫びた。

 

「提督、申し訳ありません。比叡は私を心配してくれたのデス……」

「う、うむ。いや、そうだな。今回は特別に許そう」

「ありがとうございマス……」

 

 妹への寛大な処遇に金剛が感謝していると、提督は比叡に目をやりながら何か考え込んでいる。

 そして、金剛の耳元に顔を近づけ、恐る恐る確かめるように囁いた。

 

「その……比叡も今、抱きしめたりしても、大丈夫なのだろうか……?」

「⁉」

 

 金剛は思わずその言葉の意味を理解できずに提督に顔ごと目を向け、それと同時に誤解に気付く。

 そ、そうだ。私と提督は別に愛し合ってハグしていたわけではない。

 幸せすぎて危うく勘違いしてしまうところだった。

 私的には完全にバーニング・ラブでハグしたりいちゃいちゃしたいのは山々なのだが、提督的にはあくまでも提督パワーを充填していただけ……。

 つまり、提督の言葉の意味は「比叡にも提督パワーを充填してもいいのか」という意味だ。

 本人ではなく私に確かめたのは、比叡が嫌がるのではないかというのがひとつ。

 そして何より、私自身が嫌がるのではないか、と配慮してくれたというのがひとつだろう。

 

 わずか二日あまりの付き合いだというのに、提督は私の事をよく理解してくれている……。

 私は「目を離しちゃNo! なんだからネ!」「Love letterは許さないからネ!」というタイプだ。

 正直に言えば、我ながらかなり嫉妬深い……。

 しかし、私の愛と提督の愛は違う。

 提督の愛は博愛、無償の愛――艦娘全員に平等に向けられたものだ。

 私に充填(ハグ)してくれたのも、比叡に充填(ハグ)しようとするのも、私達の事を心配するがゆえの事。

 それを理解していながら、正直ちょっと嫌だと思っている自分が悔しい……。

 

 金剛の視線に提督も物怖じしてしまったようで、「嫌ならいいんだが……」と言うが、金剛は首を横に振る。

 

「大丈夫デース……! 嫌だと言っても説得しマス。私にお任せ下サイ」

 

 そう言って、金剛は腰を抜かした比叡を引っ張って廊下へと連れ出した。

 そして提督に聞こえないように、小声で説得を開始する。

 

「比叡! 勘違いしてはいけマセン! あれは提督パワーの充填デース!」

「な、なぁんだ、そういう事ですか。いやぁ、わかっていてもびっくりしてしまいますよ」

 

 ほっと胸を撫で下ろした比叡に、金剛はひそひそと言葉を続ける。

 

「霧島の予想通り、ついに私達の出番デス。厳しい戦場に向かう私の事を心配して、提督は命を削って提督パワーを充填してくれたのデスヨ……!」

「えぇっ! い、命を削って……⁉」

「その辺りの詳しい説明は後デス。そして比叡、貴女にも充填しておきたいと提督が仰ってイマス……!」

「わっ、私もですかぁっ⁉ ひっ、ひえぇ~~っ!」

「恥ずかしがっている場合ではありマセン! 私的には身体がぽかぽかして幸せな気分でしたヨ!」

「そ、そうなんですね……お姉様とお揃いと考えれば……い、いやそれでも恥ずかしいですよぅ……」

「とにかく時間が無いんデス! 大淀たちが早急な支援を求めてるのデスヨ!」

「あぁっ、お姉様押さないで下さいぃっ! まだ心の準備がぁっ」

 

 比叡の背中をぐいぐい押しながら、金剛は再び執務室に足を踏み入れた。

 落ち着きが無い様子の提督の目の前にドンと比叡を突き放し、少し離れて二人を見守る。

 恨めしいような金剛の視線を見て覚悟を決めたのか、恥じらっている様子の比叡は勢いよく提督に向き直って声を張り上げた。

 

「わっ、わかりましたっ! 比叡っ! 気合っ、入れてっ、いきまぁすっ! 司令っ! どこからでもどうぞ! はいっ!」

「う、うむ」

 

 しばしの逡巡の後に、提督もまた比叡と同じく覚悟を決めたように、比叡の背中に腕を回して抱きしめた。

「ひぇぇぇ……」と思わず比叡も目を見開き、顔を真っ赤にして気の抜けた声を漏らす。

 理解はしている。理解はできているが、それでも金剛は愛する妹が妬ましくて仕方が無かった。

 そしてそんな自分を(かえり)みて自己嫌悪に陥る。

 

 改めて目を向ければ、比叡の両腕はだらりと下ろされ、緊張しているあまりかその指先はぴんと伸ばされ、手首が直角に曲がっているのが可愛らしかった。

 なんだかペンギンのようだと思いながらその表情を見れば、先ほどまでの羞恥に満ちた色は消えている。

 おそらく私のように、提督の鼓動からその異変に気付いたのだろう。

 何より、私と抱きしめ合っていた時よりも、明らかに提督の様子がおかしい。

 その息も荒く、直立する力さえも残っていないのか、前かがみになって腰も引けてしまっている。

 

「フーッ、フゥーッ……!」

「し、司令……?」

「ハァーッ、ホァァーッ……!」

 

 比叡が恥ずかしさも忘れてその顔を見上げ、心配してしまうほどだ。

 やがて提督は膝から崩れ落ち、がくりと床に片膝をついてしまう。

 

「テートクゥッ⁉」

「司令っ⁉」

 

 慌てて駆け寄った金剛と、提督の身体を支えようとする比叡に、提督は呼吸を乱しながら口を開く。

 

「ハァッ、ハァッ……! だ、大丈夫だ。比叡、お前は少し廊下に出ていてくれ」

「わ、わかりました……」

 

 比叡が席を外すと、提督は金剛に目を向けて、悔しそうに言葉を続ける。

 

「す、済まないな……私から言い出した事なのに……どうやら、今の私ではお前一人で限界だったようだ……」

「テートクゥ……」

「四人全員、いけると思っていたのだがな……ままならないものだ……この瞬間まで自分の力量も把握できずに……情けない提督を笑ってくれ」

 

 片膝をついたまま自嘲するようにそう言った提督を、金剛は再びその胸に抱きしめた。

 誰が笑えるものか。笑えるものがあるだろうか。

 

 比叡を抱きしめてからの、提督の異常な衰弱を見て気が付いた。

 おそらく、燃料や弾薬の補給量と同じように、駆逐艦と戦艦では必要な提督パワーの量が桁違いなのだ。

 駆逐艦の中でも燃費が良い方である睦月型の文月、皐月ならば、提督の負担にもならなかったのであろう。

 だが、戦艦の中では燃費が良い方とはいえ、金剛型も戦艦――駆逐艦数人分の提督パワーが必要なのだ。

 それでも提督は自らの限界も顧みず、我々の身を案じて提督パワーを分け与えようと……!

 

 私と、可愛い妹達全員の無事を祈り、命を削ってまで提督パワーを与えようとしてくれた提督(あなた)を。

 結局成し得なかったとはいえ、立つ事すら困難になるほど限界まで体力を振り絞ってくれた提督(あなた)を。

 この私が誰にだって笑わせるものか。

 

 もしも私の提督を見て、ただの一度でも笑った者がいたならば、名乗り出るがいい。

 私の41cm連装砲(バーニング・ラブ)で跡形も無く噴き飛ばしてみせる……!

 

「提督、十分デス。もう十分デスヨ……! 私が頑張りマス。比叡、榛名、霧島の分も私が頑張りマスから……!」

「……そう言って、くれるのか……」

「ハイ! おかげで提督パワーも満タンデース! この私に全てお任せ下サーイ!」

「そ、そうか……ありがとう……」

 

 安心した様子の提督を見て、名残惜しかったが金剛は提督を抱きしめていた腕をほどいて立ち上がった。

 いつまでもこうしている時間はない。

 こうしている今も、戦場では私達の助けを待っているのだ。

 提督も表情を引き締め直し、床に片膝をついたまま金剛を見上げて指示を出した。

 

「悪いが、少しだけ休ませてくれ……金剛。私の代わりに、比叡、榛名、霧島に出撃命令を。B島方面の連合艦隊に合流するように伝えてくれ」

「ハイッ!」

「私は隣の仮眠室で待っているから……終わったら、戻ってきてくれ」

 

 本当は提督自ら、私達に出撃命令を行う予定だったのだろう。

 しかし、予想以上の消耗で立ち上がる事すらままならない状態だ。

 致し方ない事であろう……。

 鳳翔の話によれば、先日は一晩中執務をこなしながら私達の帰りを待っていたとの事だが、提督の心身を蝕む不治の病の存在を知った今では、仮眠しながら少しでも身体を休めてほしい。

 

 前かがみでよろよろと仮眠室へと向かう提督の背を見つめてから、金剛は執務室を後にする。

 比叡を連れて、榛名たちと合流すべく自室へと向かっていると、何やら背後から駆けてくる足音が届く。

 振り返れば、提督であった。

 

「提督……一体どうしたんデース?」

 

 金剛の問いに、息を切らせた提督が押し付けるように何かを差し出してくる。

 その両手には、数人の妖精さんが握られていた。

 優しい提督にしては随分と手荒な持ち運び方で、妖精さん達も窮屈そうだ。

 

「ハァッ、ハァッ……金剛、ついでにこれらも出撃に付いて行かせてくれ」

「これは……? っ!」

 

 テートクゥ……!

 金剛は思わず涙ぐんでしまい、衝動のままに抱きつきたいのを何とか堪えた。

 歩くのもままならない状態で、必死に駆けてきて届けてくれた。

 自分の事をどれだけ大切に思っていてくれているのか――。

 

 一人は補強増設妖精さん。

 艦娘の艤装に、通常の装備スロットとは別に補強増設スロットを増設改修する事ができる貴重な妖精さんだ。

 これにより、装備スロットをひとつ潰さずに特定の装備を積む余裕ができるのだ。

 

 そして残りの数人は応急修理女神妖精さん。

 搭載した艦娘が轟沈した際に発動し、損傷を全回復して轟沈を防ぐだけではなく、燃料弾薬さえも完全に回復させる能力を持つ。

 イムヤに使用した応急修理要員よりも更に稀少で貴重な妖精さんだ。

 

 応急修理女神は補強増設スロットに搭載できる。

 これならば戦闘性能を削らずに、万が一の事があったとしても一度だけは確実に轟沈を免れる事ができるのだ。

 提督への信頼のおかげで練度が底上げされて改二にすら至った私であるが、基礎となる練度は鎮守府内で最も低い。

 そんな私を特別に心配して……!

 

 感動のあまり声を絞り出す事すらできない金剛に、提督はどこか弱弱しい様子で、確かめるように口を開く。

 

「金剛……その、すぐに戻ってきて、くれるよな……?」

 

 提督の表情を目にして、その言葉を聞いた瞬間。

 金剛はもう我慢ならずに、またしても提督を抱きしめてしまった。

 私は悪くない。提督が悪いのだ。

 戦いに向かう私を、そんな不安げな表情で送り出そうとするのだから。

 駄目だよテートクゥ、いくら私の前だからって、弱いところを見せすぎデース……。

 

「ハイ……ハイ……! 必ず……! 私は絶対に、すぐに戻ってきます……! 提督に待ちぼうけなんてさせマセン……! 約束します……」

 

 背の高い提督の頭を無理やり抱き寄せて、後頭部を優しく撫でる。

 金剛の言葉を聞いて、提督も安心したように「そうか……」と小さく呟いた。

 そして金剛の腕から離れ、気持ちを切り替えたように凛とした真剣な表情に変わった提督は比叡に向けて口を開く。

 

「比叡。こんな時間の出撃になってしまって悪いが、榛名、霧島と共に一日中出撃している時雨たちをサポートしてやってくれ。頼んだぞ」

「はっ、はいっ! 了解!」

 

 敬礼した比叡の頬が朱に染まっていたのは、先ほどの事を意識してしまっての事であろう。

 妹にそんな表情をさせる提督が、金剛は妬ましくも愛おしかった。

 提督は金剛に向けて「待っているからな」と言い残し、再び執務室へと戻っていく。

 金剛が提督からの思わぬ贈り物を両手に乗せて微笑んでいると、それを比叡が恨めしそうに見ている事に気付いた。

 

「あっ……私ばかりゴメンナサイ」

「いいえ。私が羨ましいのは司令の方です。お姉様にあんなに優しくしてもらって……」

「ふふっ、ヤキモチさんデスネ! 本当に可愛い妹デース!」

 

 比叡の頭を撫でながら歩を進め、榛名と霧島の待つ自室の扉を勢いよく開ける。

 

「榛名! 霧島! 出撃の時間デス! 四十秒で支度(したく)するデース!」

「はい、榛名は大丈夫です!」

「無論、装備確認からマイクの音量チェックまで完了しています」

 

 榛名と霧島も、待ってましたとばかりに立ち上がる。

 そもそも、ときめきながら執務室に向かった金剛とは違い、自分達に課せられた任務について正確に推測していたのは霧島だ。

 恋愛脳の自分、気合で何でも乗り切ろうとする次女、結構大丈夫じゃない三女と、頭脳労働に向いていない金剛型の中で唯一の頭脳派。

 優秀な妹を持って幸せ者だと、金剛は感慨深く思いに(ふけ)った。

 

「あっ、金剛お姉様。少しお待ち下さい」

 

 一刻も早く出撃するべく外へ出たところで、霧島から待ったの声がかかる。

 金剛は首を傾げ、霧島に訊ねた。

 

「What? 霧島、一体どうしたんデース?」

「金剛お姉様と比叡姉さんが出ていかれてから、提督の意図についてもう少し詰めてみたんです。あくまでも予測ですが、数分お待ち頂けないでしょうか」

「数分……わかりマシタ。霧島の言う事に従いマース!」

「えぇっ、お姉様、本当にいいんですか? すぐに向かった方がいいのでは」

「榛名は大丈夫です!」

「そりゃ榛名はそうだろうけど……霧島、まずは説明してよ」

「勿論です」

 

 霧島の説明に、金剛と比叡は納得の息を漏らして首を縦に振った。

 なるほど、筋が通っている。

 むしろ、そうとしか思えないほどだ。

 霧島による説明が終わった頃には数分が経っており、そして――。

 

「あっ、ほら。来ましたよ」

 

 霧島が指差した先には、自分達に向かって駆けてくる浦風、浜風、磯風、谷風――第十七駆逐隊の四人の姿があった。

 その登場を待っていた金剛たちとは違い、こちらの姿を確認した十七駆の四人は目を丸くしている。

 

「金剛姐さん⁉ それに、比叡姐さん、榛名姐さん、霧島の姐御(アネゴ)まで」

「ちょっとすみません。浦風、何で私だけアネゴなんでしょうか」

「こ、言葉のアヤじゃ。それよりこんなところで何をしとるんじゃ?」

 

 眼鏡を光らせながら問う霧島から視線を逸らしつつ、浦風が金剛に訊ねる。

 

「浦風たちを待っていたのデスヨ。提督から出撃命令があったのデスよね?」

「えっ⁉ なんで知っとるんじゃ」

「何やら話が噛み合ってないねぇ……磯風っ、てめぇ一体全体どういうこったいこんちくしょうっ!」

「わ、私に訊くな……」

 

 見れば、何やら磯風の様子がおかしい。

 いつもの大胆不敵、不遜な態度はどこへやら、申し訳なさそうに縮こまってしまっている。

 十七駆の四人も出撃する予定だったようだが、金剛たちの存在は知らなかったようだ。

 

「……ふむ。この霧島の見たところ、何やら少し予想と違いますね。浜風、説明して下さい」

「はい。まず、磯風が待機するのに痺れを切らして、提督のいる執務室に単身乗り込んだんです。私達もすぐに気付いて追いかけたのですが、間に合わず……」

「今まで磯風は好き勝手に動きすぎていたけぇ、仏の顔も三度まで、ついに提督の雷が落ちたんじゃ」

「Oh……」

 

 金剛が気の毒そうな声を漏らす。

 大淀にあれだけ言われていたというのに……。

 思考放棄は提督が最も嫌う事だ。

 提督を怒らせる事はあの加賀でさえ恐れているというのに……磯風は怖いもの知らずにも程がある。

 

「ありゃあ凄い剣幕だったねぇ……イムヤん時よりも更に本気でキレてたのは間違いねぇな。かぁ~っ!」

「まさかあの提督をあそこまで怒らせる者がいるとは思いませんでしたね」

「怒髪天を衝くとはあの事じゃ。あんなに優しい提督さんに大声を出させて、うちの方が申し訳ないくらいじゃったけぇ」

 

 浜風、浦風、谷風にジト目で睨まれて、磯風も所在なさげに視線を伏せる。

 

「こ、この磯風も今回ばかりは流石に悪いと思っているのだ、そう睨むな……」

「磯風が待機命令を破ったのは理解できましたが、それと貴女達に出撃命令が出た事に何か関係が?」

「端的に言えば、懲罰という事です。磯風と、その連帯責任で私達三人。B島方面の連合艦隊に合流し、以後は大淀の指示に従えと」

「ははぁ、なるほど……司令は本当に意地が悪いですね。いや、お優しいというべきか……」

 

 納得したように霧島が頷くと、浦風が金剛に逆に問いかける。

 

「そういう事じゃったけぇ、うちらは四人だけで出撃するつもりだったんじゃ。なんで姐さんらはうちらを待っていたんじゃ?」

「フフフ、大体わかりマシタ。霧島! 解説をお願いシマース!」

「はい、金剛お姉様」

 

 金剛がパチンと指を鳴らすと、霧島が眼鏡をクイと上げて言葉を続ける。

 

「まずですね。司令は我ら金剛型と貴女達第十七駆逐隊を、元々このタイミングで出撃させるつもりだったんですよ」

「えっ?」

「戦場からの報告を受け取り、敵主力艦隊の確認された戦場へと臨機応変に急行する……我ら高速戦艦の機動力を活かした編成と配置です」

「決戦支援艦隊……という事ですか!」

 

 浜風の言葉に、霧島も小さく頷く。

 

「この配置の肝はですね、決戦支援艦隊は必ず敵の主力艦隊と会敵できるという点なんですよ。そもそも、貴女達十七駆が待機する事になった原因は何でしたか?」

「そりゃあ、あれじゃろ? 連合艦隊は提督が指定してたけぇ。大淀姐さんが、夜間演習を兼ねた艦隊にはそれを必要とする艦を配置して、余りものがうちらじゃ」

「アッ! さては浦風、そう考えこんで拗ねちゃってたのデスカ? 可愛いデスネー!」

「うぎぎ……からかわんでえぇから、早く答えを教えて欲しいんじゃ!」

 

 金剛に頬をつんつんとつつかれて、浦風は不機嫌そうに歯を食いしばる。

 なるほど、そう思い込んでいれば答えは出ないはずだ。

 霧島は微笑ましいものを見るような笑みで言葉を続ける。

 

「大淀さんの流石の読み通り、司令はあえて練度の高い貴女達が待機になるように指示していたんです。決戦支援艦隊は必ず敵の主力艦隊を相手取る事になる……言うなれば、私達はこの夜戦において秘密兵器といったところですね」

「ひ、秘密兵器!」

「または切り札と言い換えてもいいかもしれません」

「切り札……!」

 

 十七駆の四人は納得がいったように声を漏らす。

 少し考え込んで、浜風が口を開いた。

 

「しかし、提督は一言もそのような事を説明しませんでしたが」

「フフフ。本当は、時間が来れば司令の方から貴女達に出撃命令が下されたと思いますが、磯風が乗り込んできた事で話が変わったのでしょう。何しろ、司令は今回の出撃前にあれだけ厳しく自室待機を命じていましたからね。磯風に罰を与えなければ他の者に示しがつきません。しかし、司令はあれだけお優しい御方ですから……本来予定されていた出撃を懲罰とする事で、磯風の命令違反を手打ちにしてくれたのでしょう」

「なるほど、それで私達に連帯責任だと、あそこまで厳しく……確かに、後でフォローして下さったとはいえ、提督にしては違和感がある指示でした」

「そうでなければ、司令の事を恨んでいましたか?」

「いいえ。この浜風、そして第十七駆逐隊。この程度の事で逆恨みするほど素人ではありません。もとより我らは一蓮托生、そのつもりです」

 

 浜風に続き、浦風が複雑な表情で言葉を続けた。

 

「むしろ、うちは提督の事見直したくらいじゃったけぇ。締めるところはビッと締めんと示しがつかん! まぁ結局は甘すぎる仕置きだったわけじゃけど……あ~あ、やっぱり提督さんは甘い甘いさくらんぼじゃ!」

「言葉の割にはまんざらでもなさそうに見えますが……」

「しっ、知らんわいっ!」

 

 実は浦風も少し怯えてしまっていたのか、怒り狂っていたように見えた提督がやはり変わらず甘すぎるほど優しいままだった事を知り、安堵した様子だ。

 落ち込んでいた様子の磯風も、霧島の説明を理解してようやくいつもの尊大な笑みを浮かべる。

 

「フ、フハハハ! まったく、司令というやつは、まったく! それならそうと早く言えばいいものを!」

「てめぇ反省してねぇな! かぁ~っ、こいつはふてぇ野郎だ! 浦風! 浜風! とっちめちまえ!」

「ま、待て待て! 落ち着け谷風! この磯風も、今回ばかりは流石に効いた……まさかお前達を巻き込む事になるとは考えてもみなかったんだ」

 

 その言葉に嘘はなさそうだった。

 普段の自信満々、大胆不敵な態度の中に、どこか自らの行いを省みている色が見て取れる。

 それを感じて、谷風、浜風、浦風も口を閉じ、磯風の言葉に耳を傾けた。

 

「浜風、我ら第十七駆逐隊は一蓮托生と言ってくれたな。この磯風も同じ気持ちだ。だが、司令の片腕にこだわるあまり、お前達の事を(ないがし)ろにしていたかもしれん……本当に済まなかった」

 

 そうして姿勢正しく頭を下げた磯風に、浦風たちは衝撃を受けた。

 あの磯風が私達に頭を下げるとは……!

 霧島によってネタばらしされてしまったとはいえ、提督に雷を落とされ、反省した気持ちまでも無かった事にはならない。

 もしや、あの優しい提督にしては異常な程に怒り狂った様子さえも演技で、私達を連帯責任にする事も含めて、磯風に反省させるためのある種のショック療法だったのではないか。

 優しさが根底にあるとはいえ、このような搦手(からめて)さえも使いこなす提督の手腕に、浜風は感銘を受けた。

 

 顔を上げた磯風は、浦風、浜風、谷風に目を向けて、曇りなき瞳で言葉を続けた。

 

「第十七駆逐隊あっての私だ。だから、これからも至らぬ事ばかりの、この磯風と共に戦ってほしい」

「磯風……!」

「そう、司令の片腕にして切り札、秘密兵器たるこの磯風と共に!」

「てめぇやっぱり全然反省してねぇじゃねぇか! とっちめちまえ!」

「何をさりげなく秘密兵器の称号を独り占めしてるんですか!」

「おどりゃクソ風ええ加減にせぇよ!」

「オゴゴゴ! お、おい浦風! 誰がクソ風だ! やめろ! 出撃前だぞ!」

 

 磯風を袋叩きにしている三人を、金剛がぱんぱんと両手を叩いて制止する。

 

「じゃれ合っている時間はありマセン。そろそろ出撃するデスネー!」

「お姉様、二つに分かれますか?」

「OK比叡! 私は榛名、それと浦風、谷風を率いるデース!」

「了解でぇすっ! それじゃあ霧島と磯風、浜風は私についてきて!」

 

 金剛と比叡の声に従い、編成を組んだ八人は夜の海に出る。

 B島方面に向かう航路で、金剛は霧島に笑顔を向けた。

 

「しかし、流石は霧島デース! 提督の意図を見事に理解できていましたネー!」

「ありがとうございます、金剛お姉様。大淀さんの影に隠れがちですが、不肖霧島、艦隊の頭脳としては後れを取っていない自負があります!」

「勿論デース! この推理力、点を線で繋げる考察力、大淀にも全然負けてマセン! お姉ちゃんも鼻が高いデース!」

 

 最愛の姉に褒められて満足気な霧島の後ろで、浜風と浦風が顔を寄せ合ってひそひそと話す。

 

「正直、頭脳はともかく大淀とは似ても似つかないと思うのですが……」

「大淀姐さんは司令部が似合っちょるけど、霧島の姐御は完全に修羅場専門じゃけんのう……」

「浜風、浦風。何か言いました?」

「い、いえ、何も」

 

 キラリと眼鏡を光らせる霧島に、浜風と浦風はさっと顔を伏せる。

 そんな様子を笑顔で眺めながら、金剛は振り返り、遠ざかる鎮守府の明かりに目をやった。

 提督が待ってくれている。私達の帰りを待ってくれている。

 出撃したばかりだというのに、もう帰りたくてたまらない。

 

「霧島。戦いが終わって、鎮守府に戻れるのは何時ごろになるデスカー?」

「そうですね……この霧島の計算によると、提督の指示が明朝までという事でしたから、最低でも夜が明けてからになると思います」

「あまり遅くなると、提督を心配させてしまいマス……」

「ふふっ、大丈夫ですよ。任務をおろそかにする事もできません。提督の指示通り敵艦を全て撃滅するとなると、ヒトマルマルマルまでに帰投できれば上々かと」

「了解デース! それじゃあそれを目標に頑張りマース!」

 

 夜空を見上げれば、満月が煌々と闇夜を照らしてくれている。

 今も提督は、一人で私達の帰りを待っているのだろう。

 あの鉄仮面の下で、私の前でだけ見せてくれた頼りない表情で。

 その腕を、身体を震わせて。

 誰も帰らない、最悪の結末を恐れながら。

 その恐怖を、誰にも言えずに押し隠したままで。

 私にだけ教えてくれた弱音を飲み込んで。

 

 大丈夫、大丈夫だよ提督。

 

 私が護り抜くよ。

 提督(あなた)を独りにはしない――。

 

「さぁ! いよいよ提督の秘密兵器、私達の出番ネ! Follow me! 皆さぁん、ついて来て下さいネー!」

「了解っ!」

 

 揺るぎない固い誓いと共に金剛は拳を天に掲げて声を上げ、少しでも提督を待たせぬよう、全速力で戦場へと駆けたのだった。




大変お待たせ致しました。

このお話は金剛四姉妹の歌う名曲「提督(あなた)との絆」をエンドレスリピートしながら執筆しました。
本当に泣ける名曲なので、もしも聴いた事の無い方がいらっしゃったら是非聞いて頂きたいです。
ちゃんと金剛四姉妹の声で歌い分けてる声優さんの技量も素晴らしいです。
金剛四姉妹の戦歴等について調べてから聴くと、さらに四人を好きになれるかもしれません。

艦これのアニメを金剛達の描写の参考にしたりしましたが、実は金剛の母性凄いですね。

勢いで一気に執筆したので、書き忘れた描写が見つかったら提督視点に合わせて後々本文を修正するかもしれません。
次回は提督視点になりますが、気長にお待ち頂けますと幸いです。

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