ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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069.『秘密兵器』【提督視点②】

 提督キャノン改め提督パイルバンカーの一撃を急所に喰らい、俺はたまらず床に倒れ伏す。

 

 まだだ……! まだこの程度で、この無挿(ムサシ)は……沈まんぞ!

 そんな攻撃、蚊に刺されたようなものだ!

 た、たかが主砲(股間)魚雷管(股間)機関部(股間)がやられただけなんだから!

 アカン、強がって誤魔化せるレベルの痛みじゃねェ‼

 

「グォォォオオーーーーッ‼‼」

「し、司令⁉ 済まない! まさかすぐそこに立っているとは思わず……!」

 

 慌てて駆け寄る磯風に、俺は本能的に痛みを紛らわせるべく、四つん這いの状態で腹の底から叫び声を上げる。

 ノッキン! ダメージノッキン‼

 

「磯風ェェーーッ‼ 貴様ァーーッ‼ 待機命令はどうしたァァァーーッ‼‼」

「そ、それはわかっているが……」

「俺は待機しろと言ったァーーッ‼ (イッタ)ァァァアアアーーッ‼‼」

 

 頑張れサダオ頑張れ‼

 俺は今までよくやってきた‼

 俺はできる奴だ‼

 そして今日も‼ これからも‼ 股間が折れていても‼

 俺が(くじ)けることは絶対に無い‼

 応急修理要員(俺)、発動‼

 

「ハァ……ハァッ……!」

 

 ……よ、よし、叫びまくったおかげで何とか峠は越えた……!

 なんとか大破状態で食い止めた。

 童貞卒業(シャングリラ)に到達するまでは死んでも轟沈できん。

 もう演技する余裕すら残されていなかったが乗り切った自分を褒めてやりたい。

 

 己を鼓舞することで股間の猿柱(えんばしら)様が轟沈するのを防ぐ。

 この高等テクニックを痩せ我慢(ダメージコントロール)と言います。

 俺はもう本当にずっと我慢してた!

 明石にクレーンを叩きこまれた時も、金剛に朝立(あさだち)をへし折られた時も、すごい痛いのを我慢してた!

 俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった。

 

 四つん這いの状態で苦悶の表情を浮かべる俺を見下ろして、磯風が申し訳無さそうな表情で口を開く。

 

「し、司令、本当に済まなかった……しかし、何故扉の前に」

 

 それはこちらの台詞だ……!

 あまりの痛みで考える余裕もなかったが、磯風お前、こんなところで何をやっているんだ……!

 俺のプランではとっくに出撃しているはずではないか。

 ちょっと待て、最終的な編成は大淀に任せている。

 俺の意図を読んだ大淀さんなら邪魔者は全て出撃させてくれるはずだと思ったが……鎮守府の防衛に最低限の戦力を残すためとかだろうか。

 しまった、俺はそこまで考えていなかった……!

 

 いや、そうだとしても俺が先ほど無意識に叫んだ通り、直々に提督命令を出しているではないか。

 

『出撃しない艦は持ち場、もしくは自室に待機。提督命令だ。必要時には私が指示をする。これに背いた場合は……あとで大淀に報告する』

 

 これ以上の抑止力があるだろうか。

 あの赤鬼青鬼(一航戦)が恐れる鳳翔さんですら、大淀の名前を出したら引き下がってくれたんだぞ。

 俺は未だ回復していない状態で床に片膝をつき、痛みで震える声を磯風に向けた。

 

「ハァ、ハァ……先ほども言ったが、私が指示を出すまで待機しろと言っていただろうっ! 大淀に報告すると言ったのが聞こえなかったのかッ!」

 

 俺の言葉に、磯風は狼狽えながらも強がるように、腕組みをしながら堂々と答える。

 

「こ、この磯風を見くびるな……大淀が怖くて司令の片腕が務まるか」

 

 なんだコイツ、命令違反してるだけのくせに無駄にカッコいいぞ。

 しかし磯風、馬鹿だとは思っていたが、まさか大淀さんさえ恐れないとは……。

 まだレベルの違いに気付いていないのか。バ、バカの世界チャンピオンだ……。

 

 いや、待て。磯風だけが残っているというはずはない。

 まさか――。

 

「提督! 今の叫び声はなんですか⁉ って、あぁっ、提督っ⁉」

「おどりゃ磯風ぇッ‼ 提督に何さらしとんじゃあ!」

「こんにゃろォもう許さねぇ!」

 

 ドタドタと騒がしい足音が近づいてきたと思えば、執務室内を覗いた浦風たちの怒声が響き渡る。

 ウォォォオオアアアアーーーーッ‼

 脳内で絶叫し、錯乱した俺はもう白目を剥いた。

 浜風、浦風、谷風……やはりお前達まで……!

 モウ来ナクテイイノニ……何デ来ルノォォォ⁉

 (ハエ)ドモガ……ッ! シャングリラ……シャングリラァァア‼(混乱)

 反転(ハンテェン)! 反転(ハンテェン)! 反転シナヨォオ‼(混乱)

 雁首(がんくび)そろえて、いらっしゃいませ~!(混乱)

 

「くっ、もう感づかれたか……」

「その言い草はなんですか! トイレに行くだとか嘘を言って!」

「う、嘘では無い。途中で執務室に寄っただけだ」

「おどれのお陰でうちの組の面子(メンツ)が丸潰れじゃ! どうケジメつけるつもりじゃ、えぇ⁉」

「かぁ~っ! 御用だ御用だ! このすっとこどっこい、もう手足ふん縛っておくっきゃねぇぞ畜生め!」

 

 ガチ切れしている様子の浦風が磯風の胸倉を掴み上げてガクガクと揺さぶる。

 

 薄暗い執務室、月明かりの照明の下、心地よい静寂……。

 俺の作り上げた渾身のムードは、磯風、浦風、浜風、谷風という四人の塵旋風によって瞬く間に削がれてしまう。

 まるで台風、ツイスター、ハリケーン……全てを吹き飛ばし薙ぎ倒す、あまりにも無慈悲な天災。

 過ぎ去った後に残るのは無残な荒野。

 俺と金剛が先ほどまで抱きしめ合っていたロマンス空間が、主に浦風と谷風のせいで仁侠映画と時代劇の世界に塗り潰される。

 

 これではムードどころではない。

 こんな空間に金剛が帰ってきてみろ、夜戦どころではない。

「また別の機会に……」となり、そしてその機会は確実に近い内には訪れない。

 大淀さんからまた許可が出る保証も無いんだぞ。

 

 俺がこの一夜にどれだけの策を巡らせたと思っている。

 プライドを捨ててグレムリンに土下座までしたんだぞ……!

 俺の中に沸々と怒りが湧き上がり、股間に下りていた血が頭に上る。

 激痛と驚きのあまり忘れかけていたが、上官の股間に大ダメージを負わせた磯風の所業……許しがたい!

 明石や金剛からも深刻なダメージを負わされてはいるが、それは置いておく。

 俺の渾身のラストダンスに水を差してくれた罪はあまりにも重い。

 

 ――情状酌量の余地なし! 有罪(ギルティ)ーーッ!

 俺の股間の最低裁判所が判決を下した。異議なし!

 

 俺は智将だ。激しい怒りの中でも冷静さは失うな。

 俺がするべき事は何だ。

 まずは状況把握、そして迅速な十七駆の四人の排除。

 タイムリミットは金剛が戻って来るまでの間。

 俺の天才的頭脳が導き出した計算によれば、シャワーを浴びたり準備があるとなれば数十分、それさえしなければ残り数分。

 もはや一刻の猶予も無い。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、縛り上げようとする三人とそれに抵抗する磯風を睨みつけ、怒りを抑えつけながら静かに口を開く。

 (こうべ)を垂れて(つくば)え。平伏せよ。

 いやそれは流石にパワハラだな……。

 

「お前たち……少し黙れ」

 

 低く絞り出された俺の言葉に、もみ合いになっていた四人の動きがぴたりと止まる。

 そして俺の表情を見るや、さぁ、と血の気が引いたように表情が固まり、誰とも言わずに横並びとなって(うつむ)いた。

 抑えきれぬ俺の怒りを感じたのだろう。

 俺の九割は色欲で出来ているが、今は憤怒の方が大きいと言ってもいい。

 空気の読めない磯風でも流石にまずいと思ったのか、ばつの悪そうな表情で俺に向けて口を開いた。

 

「し、司令! 私は……」

「誰が喋って良いと言った」

「っ!」

 

 貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。

 私に聞かれた事にのみ答えよ。

 いやそれは流石にパワハラだな……。

 あまりにも怒りすぎてついつい感情のままに言葉が出そうになる。

 我慢我慢。俺は大人で、こいつらはせいぜい中学生くらいの子供なのだから。

 いかに相手に非があったとしても感情的に怒鳴り散らしてはいかん。

 ちゃんとこいつらの話も聞かねば。

 一人で勝手な行動を取った磯風はイカン。

 怒りすぎて仁侠映画の(カシラ)になっている浦風もアカン。

 同じく時代劇の岡っ引きになっている谷風も駄目だ。

 俺は比較的まともそうな浜風に目を向けて言葉を続ける。

 

「浜風。お前たちは何故鎮守府に残っている?」

「えっ……そ、それは、それは……」

「大淀からそのように指示が出たのだろう」

「は、はっ」

「司令っ! この磯風はそれを確かめるためにここに来たのだっ! 教えてくれっ! 我ら第十七駆逐隊が何故居残りなのだっ! 連合艦隊に編成された六駆にも、七駆、八駆にも劣っていない自負がある! 何故なんだっ!」

「磯風っ! しっ!」

 

 思わず口を開いてしまった様子の磯風を、浦風が小声で(たしな)める。

 なぜ私がお前の指図で答えを教えねばならんのだ。

 (はなは)だ図々しい、身の程を(わきま)えろ。

 いやそれは流石にパワハラだな……。

 磯風が口を開くたびに俺の中の鬼さんがブチ切れそうになる。

 頼むからもう本当に黙っていてくれ。

 

 なるほど、やはり大淀の指示で居残りになったようだが、その理由が説明されていないと。

 それで、磯風は我慢ならずに俺に直訴しにきたわけか。

 この俺に大淀の領域がわかるわけが無いだろ……!

 俺に質問をするな……!

 磯風にダサすぎる逆切れをしたい気持ちを堪えて、俺は浜風に問いかける。

 

「今、鎮守府に残っている艦娘を全て答えてみろ」

「は、はい。我ら以外には、鳳翔、間宮、伊良湖、明石、伊168、伊19、伊58が待機しています」

 

 ふむ……こいつら以外は俺の想定していた面子と同じだな。

 何故、大淀はこいつらを残したのか。

 鎮守府に最低限の戦力を残すためと考えるのが自然だろうが、大淀が説明していないのが気にかかる。

 ここで自信満々に説明してそれが間違っていたとなればダサすぎる……。

 そもそも俺ごときでは大淀の領域には到底辿り着けん。

 しかしそれでも、大淀のやる事に対して俺は絶対の信頼をしているのだ。

 

 全ての決定権は大淀に有り、大淀の言うことは絶対である。

 俺たちに拒否する権利はない。

 大淀が“正しい”と言った事が“正しい”のだ。

 俺の中の鬼さんも半ギレ状態でそう言っている。

 

 だが、今回ばかりは大淀の意図と異なる事をしなければならん。

 大淀は何らかの意図があってこいつらを待機させたのだろうが、俺としては念には念を入れて出撃させたい。

 すでに執務室のムードをめちゃくちゃにしてくれた前科がある。

 これでは俺も安心して金剛との夜戦に挑めない。

 またいつ奇襲を受けるかわからんというのに致せるわけがないだろう。

 

 それに、磯風自身も他の駆逐隊が出撃しているのに待機するというのが納得できていないのだ。

 出撃させればおとなしくなるはず……。

 それにより俺が大淀に処せられる事が無いかという懸念もあるが……目の前の金剛との夜戦のためだ。

 俺にまだ利用価値があるならば、命までは取られる事は無いと信じよう。

 大淀も欲望に忠実にと言ってくれたし……ならば大淀の意図よりも欲望最優先で良いではないか。

 たとえ俺の指示で策が狂ったとしても、大淀ならば何とかしてくれるだろう。

 

 そうと決まれば、早速この四人を出撃させねば。

 たしか時雨たちと合流した事で、B島方面が支援を必要としてるっぽかったな……。

 比叡、榛名、霧島もそこに向かう事になったし、こいつらもそこで良さそうだ。

 しかし、どのように説明するか――。

 俺は脳内で策を練りながら時間を稼ぐべく言葉を続けた。

 

「一応聞いておくが、大淀の意図については考えてみたのだな」

「は、はっ。しかし、どうにも……」

「そうだっ、だが皆納得のいく答えを得られなかった! 故に司令の片腕たるこの磯風が皆を代表して――」

 

 ――ブツン。

 磯風がもはや何度目になるかもわからない勝手な声を上げた瞬間――頭の中で何かが切れた。

 思考も策も理性も全て吹き飛び、俺はほとんど反射的に怒鳴りつける。

 

「この大馬鹿者ッ! いい加減にしないかっ! 忠誠心があれば何をしても許されるというわけでは無いっ!」

「っ……!」

「誰が喋って良いと言った! 何度言ったらわかるんだお前はっ! 大淀が怖くないと言ったな、だが待機命令を出したのは誰だっ! 私だろうっ! お前にとって提督命令とはその程度の事なのかっ!」

「そ、それは……」

「大淀に報告するまでも無い。そんなに出撃したければ出撃させてやるっ! 今すぐだっ! さっさと行けっ!」

「し、司令……」

 

 感情的にそこまで怒鳴ってから、目的地を指示していなかった事に気が付いた。

 そんなくだらないミスに対しても、自らへの恥ずかしさで怒りが湧いてくる。

 ほとんど八つ当たりに近い感情で、俺は浜風に目を向けて再び声を上げた。

 

「浜風っ! 磯風を止められなかったお前たちにも責任がある! 連帯責任だっ! 浦風、谷風も共に出撃し、B島方面の連合艦隊に合流! 後は大淀の指示に従えっ!」

「は、はっ……!」

「し、司令っ! 悪かった、済まなかった! この磯風が悪かった! 私一人が悪いのだっ! どうか三人は許してやってくれっ……!」

 

 慌てて深く頭を下げる磯風を睨みつけ、怒鳴りつける。

 

「お前は懲罰の内容にまで異議を唱えるのかっ! お前は本当に提督命令を何だと思っているんだっ!」

「頼む! 頼む……! この磯風一人で出撃する! 罰は私一人で受ける! 皆は悪くないのだ、だから、どうか、どうか……!」

「黙れっ! 今すぐ出撃しろと言っただろうっ! 時間が無いんだ! 浜風、浦風、谷風っ! 磯風を引きずってでも連れて行けっ!」

「は、はいっ!」

 

 ついには土下座し、額を床に叩きつけて懇願する磯風を三人がかりで無理やり立ち上がらせる。

 うわ言のように謝罪と懇願の言葉を続ける磯風を肩で支えながら、浦風がうっすらと涙を浮かべた目で何度も頭を下げながら言った。

 

「うちがついていながら……提督、本当にごめんなさい」

「申し訳ありませんでした」

 

 浜風、そして谷風も真剣な表情で深く頭を下げる。

 そして磯風を引きずりながらとぼとぼと歩いていく三人の背中を見て、俺の頭に上った血が瞬く間に引いていく。

 俺は……今、何を。

 なんて事を言ってしまったんだ。

 なんとか出撃させようとは思っていた。そう画策していた。

 だが、そんな表情をさせるつもりは……!

 傷つけるつもりはなかったのだ。

 

「は、浜風! ちょっと来なさい」

「はっ」

 

 扉を開けて廊下に駆け出し、思わず声をかけてしまい、それに応じて浜風だけが俺のもとにきびきびと駆けてくる。

 ふと、俺は龍田の言葉を思い出した。

 つい数時間前。イムヤの轟沈に気が動転してしまい、轟沈するなと感情的に叫んでしまったのを謝罪した時の事だ。

 頭を下げた俺に対して、龍田はこう言ったのだ。

 

『今更、提督命令を取り下げるつもりかしら~? 聞いたのが私と優しい天龍ちゃんだったから良かったけれど、男の二言、朝令暮改だなんて、他の皆が聞いたら信用を無くしちゃうわよ~? 優しい天龍ちゃんはともかく、私はちょっぴり、残念だわ~♪』

 

 この言葉が事実だとすれば、下手に訂正はできない。

 感情的になって出撃させる上官なんて最悪だ。

 だが、その時の機嫌でころころ指示を変える上官もどうなのだろう。

 どちらにせよ龍田の言うように、信用を無くすであろう。

 せっかく俺に友好的な四人に対して、それは嫌だ……。

 そうなると、怒りに任せた命令ではあったものの、今更引っ込める事もできん……。

 できるのは最低限のフォローだけだ。

 俺は浜風に目を向けて、言葉を選びながら口を開く。

 

「その……感情的になってしまい、すまなかったな」

「は……? は、はっ。いえ、当然の事です」

「磯風に目を配り続けるのも大変だろう。損な役目を押し付けてしまい、お前達には苦労をかける。本当に助かっている」

「い、いえ、そんな事は……」

「浦風と谷風にもそれとなく伝えといてくれ」

「は、はい」

 

 俺の言葉に目を丸くし、そして目を伏せる浜風に、言葉を続ける。

 

「B島方面の艦隊は現在、支援を求めている。すでに比叡たちには指示しているが、お前達も力になってくれ」

「支援を……? はっ。無論です。汚名返上のためにも全力を尽くします」

「それと、大淀に後は任せたと伝えてほしい」

「はっ」

「いいか。言うまでも無い事だと思うが一応言っておく。大淀は私の事を最も理解できている。心を読まれていると思うほどにな。故に、大淀の言葉は私の言葉だと思え」

「は、はっ!」

「最悪、私には逆らってもいいが大淀には逆らうなよ」

「は……? は、はぁ」

 

 俺の計画を危うく滅茶苦茶にしてくれそうになったこいつらだが、俺ならともかく大淀の前でそんな事をしたらただでは済まない。

 もしも磯風がまた予想外の行動に出て大淀の考えている計画をぶち壊しにでもしてみろ。監督責任で俺の首も物理的に飛びかねん。

 心配なので浜風にしっかり釘を刺しておく。

 俺の言葉に怪訝な表情で小さく首を傾げた浜風の頭をくしゃりと乱暴に撫でて、俺は言葉を続けた。

 

「汚名返上と言うなら、四人全員無事で帰ってくるんだ。それで今回の件は全て(ゆる)す。浦風たちにもそう伝えておいてくれ。いいな」

「……」

「浜風?」

 

 何故か呆けたように口を半開きにしていた浜風だったが、はっと気が付いたように背筋を伸ばし、慌てて敬礼する。

 

「……はっ! りょ、了解しました」

「ちゃんと聞いていたか?」

「は、はっ。問題ありません。この浜風、この程度で浮かれるほど素人ではありません」

「……何がだ?」

「い、いえ、何でもありません。それでは第十七駆逐隊、浜風。出撃します」

 

 浜風は先に行ってしまった浦風たちの姿が見えない事を確認するかのように慌てて振り返り、何故か胸を撫で下ろしたように見えた。

 そして後を追って駆けて行く浜風の姿を見送った後、俺は仮眠室に敷いた布団に倒れこみ、枕に顔を埋めて悶絶する。

 自己嫌悪と罪悪感に圧し潰されそうだったからだ。

 

「グオオオオ……!」

 

 できる限りのフォローはしたつもりだったが、浜風の心ここにあらずと言ったあの感じ……心は沈んだままだろう。

 最悪だ俺は。着任当初から友好的だった浦風や谷風にまで感情的に怒声を浴びせて……。

 見た目と艦種的にまだ中学生くらいだぞ。子供相手になんて大人げない真似を……!

 磯風も悪い奴ではない。仲間を罰に巻き込んでしまったとなったら土下座までして許しを乞うくらいだ。

 待機命令を無視したり俺の股間を痛打したのは悪いが、大淀を恐れず俺の片腕に立候補してくれるくらいだし、結果的に炭の塊だったとは言えこのクソ提督に手料理を振る舞ってくれるくらいだ。

 四人ともめっちゃいい奴なのに、俺は童貞を捨てたい一心で焦り、酷い言葉を……!

 

 いや、自己嫌悪に陥るのは後にしよう。そんな余裕は無い。

 四人には後で何か穴埋めをすればいい。

 俺には俺の夜戦があるのだ。そちらに集中せねば。

 気持ちを切り替えてパンパンと手を叩き、周囲にいるはずのグレムリンに呼びかける。

 

「よし。お前達、例の物を」

『提督さんが呼んでるよー』

『皆ー、集まれー』

『おー』

『わー』

『わぁぁー』

『わぁい』

 

 俺の呼びかけに、グレムリン共がぞろぞろと四方八方から現れる。

 まるでまっくろくろすけのようだ。純粋に気持ち悪い。

 一番先頭に立つグレムリンが、俺を見上げて口を開く。

 

『その件なのですが、市販のものを購入することはできませんでした』

「な、何っ。どういう事だ」

『だって、私達の姿は普通の人には見えませんし』

「そ、そうか……ちょっと商品を拝借する事はできなかったのか」

『できますけど、それじゃ万引きじゃないですか』

『犯罪はよくないです』

「そ、それもそうだな……いやしかし用意できたと聞いていたぞ」

『もちろんです』

 

 先頭のグレムリンが合図をすると、群れの中から数匹が先頭へと移動してきた。

 頭にねじり鉢巻き、のこぎりを片手に携えている。

 大工さんみてーだ。

 

『彼女たちは特注家具職人さんです』

『買えないのなら作ってしまえばいいのです』

「特注家具職人……昼に聞いたな。たしか鎮守府の施設管理してるとか……え? ゴム作ったの⁉」

『そりゃあサダオが困ってるんだもの』

『無理してでも作るに決まってるじゃないですか』

 

 お、お前達……! 見直したぞ!

 俺は信じてた。皆、優秀な子たちですから。

 特注家具職人さん、なんて素晴らしい妖精さんなんだ。

 家具だけではなく避妊具まで作れるとは。

 応急修理要員、艦隊司令部施設に続いて俺の中での有能グレムリンとして覚えておこう。

 

「ダンケ……! 実にハラショーだ。お前達には特別に、特注ゴム職人の称号を与えよう」

『いらないです』

『本当にいらないです』

「フハハ、そう遠慮するな。そうだ、商品名を決めねば。薄雲とサ(ウス)ダコタ、どっちがいいだろうか」

『どうでもいいです』

 

 そ、そうか。じゃあ今回はサ(ウス)ダコタにしておこう。

 霧島! これを見てくれ!(ボロン)

 いや落ち着け。今回は霧島いないんだった。

 

「まぁいい、それでは例の物を見せてくれ」

『はい』

 

 特注ゴム職人が飛んできて、俺の掌に求めていた秘宝を置く。

 薄い本やアダルトな動画で見た事はあるが、実物を見るのは初めてだ。

 ゴム……そう、ゴムだ。袋に入ってないんだな。

 俺が説明したように、主砲に被せる事ができるような形状。

 しかし思っていたより材質が厚く、形もしっかりしている。

 俺が思っていたのは透明で薄っぺらいイメージだったが、これはまるで透けて見えない。

 材質的にゴム手袋に近い。

 滑りも悪い。むしろヌメヌメするくらいじゃないと、致した時に女性側が痛いのではないだろうか。

 これはむしろ滑り止めの役割を果たしそうな程に滑りが悪い。

 しかもなんかイラストが描いてある。

 狂気を孕んだような目がこちらを見ている。茶色と白。動物の顔面? 動物なのかこれは。

 

『カワウソです』

『女の子は可愛いものが好きなので』

『英国から来た妖精さんがデザインしてくれました』

『日英合作です』

『うちのウォースパイトさんにはきっと大ウケです』

 

 カワウソなのか……。何故カワウソ……。

 いやウォースパイトじゃなくて金剛にウケがいいのをお願いしたかったのだが……。

 英国艦にウケがいいなら帰国子女の金剛にもウケたりするのか?

 そもそもウケは狙ってない。普通のでいい。

 しかしそうして見れば、カワウソの指人形のように見えなくもない。

 人差し指に装備してみる。

 うん……働いてた時に慣れ親しんだこの感じ……。

 

「……これ指サックじゃない?」

『…………』

 

 特注ゴム職人たちはしばらく無言で俺を見上げた後、何やら円陣を組んでひそひそと会議を始めた。

 そして改めて俺を見上げて口を開く。

 

『あの、まだ機能の説明をしていないのですが』

「続けてくれ」

『指が乾いてうまく紙がめくれない時とかに役立ちます』

「指サックじゃねーか!」

 

 俺は布団を殴りつけた。

 いや、まだ可能性は残っている。

 あくまでも指が乾いてうまく紙がめくれない時とかに役立つ機能つきのコンドームかもしれん。

 僅かでも可能性が残っているというのなら、俺はそれに賭ける!

 

「……ちなみに、お前達が商品名をつけるとしたらどう名付ける?」

『アナタモカワウソ指サックですね』

「指サックじゃねーか‼」

 

 俺は布団の上に崩れ落ちた。

 クソが……! コイツらを信用した俺が馬鹿だった……!

 誰が事務用品を作れと言った……!

 

『でもサダオの主砲にはぴったりですし……』

「はっ倒すぞ! これ主砲改修前のサイズだろ! 俺の膨張率ナメんな!」

 

 そこまで言ったところで、俺に笑いの神、いや普通の神からの天啓が降りてきた。

 そうだ。逆転の発想だ。ゴムはゴム。指サックでもコンドームの代わりになるかもしれん。

 これが指サックかどうかは俺が決める事にするよ。

 このクソみたいなカワウソの顔は電気消せばよく見えなくなるだろう。

 普通は戦闘体勢に入ってから装備するものだが、この指サックのサイズでは俺の股間(ポケットモンスター)でもさすがに無理だ。

 ならば戦闘体勢に入る前のシコザルに装備し、その後キョダイマックスを発動すればよい。

 俺の海綿体の膨張力でゴムが伸びてくれるかもしれん。

 もう金剛が来るまで時間がない。急いで試さねば!

 兵装実験軽巡、俺! 抜錨!

 

『きゃー』

『きゃああー』

『こいつ本物の馬鹿です』

 

 事態を察したグレムリン共が我先にと逃げていく。

 よし、邪魔者はいなくなった。

 さぁ、実験を始めようか。霧島! これを見てくれ!(ボロン)

 さっそくシコザルにカワウソの化けの皮を被せて……くそっ、滑りが悪くてうまく入らん。

 よし、なんとか入った。シコザルの本気を見せよう! キョダイマックスタイム!

 金剛との夜戦を妄想する事により股間が反応し、シコザルがみるみる膨張していたたたたた痛タタタタタタ

 

「孫悟空かよ!」

 

 俺は無理やり引っこ抜いた指サックを床に叩きつけ、股間を押さえながら布団に倒れ込んだ。

 クソが! 伸びるどころか煩悩に反応して逆に締め付けてくるとは……!

 三蔵法師にお仕置きされる孫悟空の気持ちが理解できた。

 駄目だ。指サックがコンドームの代わりを務められるはずがねェ……!

 磯風のアホのせいで大破した股間に更なるダメージが……!

 ふと気配を感じて見上げれば、窓枠や棚の上からグレムリン共が痛みで痙攣している俺を無表情で見下ろしている。

 

『あれが私達の提督さんです』

『この国は本当に大丈夫なのですか』

『さぁ……』

「うるせぇよ! もう金剛が来るからとっとと出てけ!」

 

 グレムリン共を追い出し、ようやく静かになった部屋の中で俺は考える。

 どうする。金剛とは100%致せる。

 だがゴムが無い。無論、ゴムが無くても致すのは可能だ。

 しかしそれをする覚悟は俺には……!

 

 いや待てよ。そもそもの話だが、艦娘との間に子供はできるのだろうか。

 どこからどう見ても人間なのだから、できても不思議ではない。

 しかし、元は艦船なのだからできなくてもおかしくはない。

 オータムクラウド先生の作品の内容を思い返せば……着けてない!

 どれもゴムなんて装着してないぞ!

 どっちだ。一体どっちなんだ。

 そもそも前例が無いから艦娘たち本人にも、誰にもわからない事なのだろう。

 こればかりはオータムクラウド先生すら知らない事だ。

 賭けるか……⁉ 一か八か……! 万が一当たったら……。

 いや、そんな出来ちゃった、みたいな感じで子供を授かりたくない。

 そういうのはちゃんとしたい……!

 

 理性と本能がせめぎ合う。

 股間の声を聞けば、そんなに滅多に子供が出来る事はないからさっさとヤれと叫んでいる。

 わかってる……お前がヤれって言うのなら、お前が本当にヤリたい事なんだよな……。

 俺だってそうだ。童貞卒業は俺の悲願だ。

 しかし、一時の欲望に流されて望まれぬ子を授かってしまうのは駄目だ。

 

 ちょっと待てサダオ!

 まるで子供が出来ちゃったらバッドエンドみたいじゃないか!

 そんな事はない。物語の結末は、俺が決める!

 文豪にして性豪、股間の性棒(セイバー)が俺を(たぶら)かしにかかる。

 

 逆に考えるんだ。「出来ちゃってもいいさ」と考えるんだ。

 いや、むしろ欲しい! 俺は金剛との間に子供が欲しい!

 子供最高! 子供最高! イェイイェイ!

 俺の十八番、発想の転換だ。

 考えてみろ。金剛との間に子供を授かり、結婚する事になった場合、俺は不幸か?

 否! とんでもない幸せ者ではないか。

 艦娘ハーレムの夢は諦める他ないが、金剛のようなお嫁さんと家族を得られるなんて幸福以外の何物でもない。

 

 金銭の問題も、俺がもっと頑張ればいいじゃないか。

 妹達に使う分と、家族を養う分を稼げるようになればいいじゃないか。

 副業が認められるかは知らんが、寝る間を惜しんででも働けばいいじゃないか。

 仕事を辞めてから忘れかけていたが、今までだってそうやって生きてきたじゃないか。

 妹達と素敵な奥さんと子供のためなら俺は七十二時間寝ずに働ける。

 家族のためなら死んでもいい。

 

 それに恥ずかしい話だが、俺への好意を隠さない金剛の事を、少なからず俺も好いてしまっている。

 それこそ、もしも子供が出来てしまったのならば、ハーレムの夢を諦めてもいいと思ってしまうくらいには。

 たとえ間宮さんや他の皆と結ばれなくても、金剛とならきっと幸せになれるはずだから。

 いや、俺が必ず幸せにしてみせる。

 

 ヤリたいだけじゃない。

 ヤれる理由を探してるわけじゃない。マジで。

 

 俺の心の師、オータムクラウド先生もきっとこう言ってくれる。

 戦艦クラス……喰いたいなァ~!(結論)

 

 生殺与奪の権を完全に股間に握られた俺は覚悟を完了する。

 ゴムは無いがもうそんな事はどうでもいい。

 俺は金剛を抱く。俺の童貞の道程はここで終わる。

 それにしても金剛遅いな……。

 いや、我慢ができなくてがっついてしまうのは童貞臭い。

 ここは大人の余裕を見せねば。

 

 ――――

 

 ――

 

 気付けば金剛が出て行ってから三十分が経過した。

 う、うぅむ、遅い……。

 女の子ってこんなに時間かかるのか?

 いや、俺のために身体を隅々まで磨き上げているのかもしれない。

 俺もシャワー浴びるくらいした方が良かっただろうか。

 ちょっと様子を見に……いやイカンイカン、がっついちゃイカン。

 大人の余裕、大人の余裕。

 

 ――――

 

 ――

 

『第三次童貞祭り、始まるよー』

『皆ー、集まれー』

『おー』

『わー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『はぁーよいしょ』

『それそれそれー』

 

 一時間が経過した。

 ちょっと遅すぎやしないだろうか。

 そわそわしすぎて廊下に出たり戻ったりを繰り返している隙に、いつの間にかグレムリン共が童貞音頭を踊っていた。

 クソみたいな指サックとはいえ一応俺のために作ってくれた功績を評価し、金剛が来たら即出て行くという条件で祭りの開催を許可した。

 まもなく俺は童貞を捨てるのだ。今のうちに好きに踊ればいい。

 所詮、妖精の戯言。俺の心には響かない。

 

 うぅむ、それにしても遅すぎる……。

 ふと、俺がまだ働いていた頃にナンパな陽キャの同僚が仲間に語っていた失敗談を思い出す。

 ナンパで引っ掛けた女性と呑み、そのままホテルに直行。

 先にシャワー浴びててと促され、浴び終えて戻ると彼女の姿は消えており、財布と携帯を盗まれてまんまと逃げられてしまったとか。

 あの時はざまぁ見ろとしか思えなかったが……。

 まさか金剛、俺の心を盗んだまま逃げてないよな……?

 いやいや、金剛のハートを掴んだのは私デース。そんな事は有り得ない。

 

 ――――

 

 ――

 

『お疲れ様でしたー』

『盛り上がりましたね』

『これがこの国のお祭りなのですね』

『噂には聞いていましたが』

『たしかにこれは本物でしたね』

『本物の馬鹿です』

『面白いものが見られました』

『欧州から来た甲斐がありました』

『今度はうちの鎮守府にも遊びに来て下さい』

『もうすぐ呉にも鎮守府ができるらしいですよ』

『わー、おめでとうございます』

 

 二時間が経過した。

 第三次童貞祭りとやらは無事終了し、満足気なグレムリン共が握手を交わしている。

 布団の上に鎮座して瞑想する俺の周りで童貞音頭を踊られて非常に不快であった。

 これから打ち上げにでも向かうのだろうか。

 花火のように夜空に打ち上がってそのまま消えて頂きたい。

 すると、どこから持ってきたのか俺の枕元に妖精サイズの酒瓶やらおつまみやらを広げ出した。

 

「おい、枕元に広げるな。そこは今から使う神聖な場所なんだ。酒を零して枕が濡れたらどうする」

『えー』

『どうせ使わないんだからいいじゃないですか』

「お前話聞いてなかったのか。金剛が来たら片付けるって約束だっただろ。そうだ、踊り終わって気が済んだんなら、ちょっと金剛の様子を見てきてくれよ」

『金剛さんならとっくの昔に出撃していきましたけど……』

「ウェ?」

 

 変な声が出た。

 え? 金剛が出撃?

 いやいやいや、それはありえん。

 あの流れで出撃なんて、そんな馬鹿な。

 俺一言も金剛には出撃しろなんて命令してないよ? それなのに勝手に出撃したらある意味命令違反じゃん。

 俺との夜戦から逃げるために命令違反を犯してまで本物の夜戦に向かうなんて、まるで俺との一夜が危険な戦場よりも嫌みたいじゃないか。ハハハ。

 ……――私の事、好きって言ったのに……!

 

 いや唐突に病んでる場合ではない。

 もしかして緊張のあまり布団に潜って、そのまま寝ちゃったとか。

 むしろ俺が夜這いに来るのを布団の中で今か今かと待ってるのかもしれない。

 そうか、待たせてたのは俺の方か!

 しまった、十分前行動を原則とする俺が二時間遅刻とはなんたる失態!

 

「金剛の部屋まで案内してくれ」

『はぁ』

 

 グレムリンに先導させて、金剛の部屋の前に辿り着く。

 金剛と比叡の二人部屋らしい。

 コンコンとノックする。返事は無い。

 静かに扉を開けて中に入る。人の気配は無い。

 恐る恐る二段ベッドを覗き込むが誰もいない。

 たまたまトイレに行っているのかもしれない。

 数分待ったが物音ひとつ聞こえない。

 

「……」

 

 言葉が見つからず、ふらふらとおぼつかぬ足で執務室へと戻る。

 窓から海を眺めても、もはや金剛の影も見えない。

 ただ、満月だけが変わらず夜の海を照らしていた。

 

 今夜 童貞を捨てるって

 この空も この海も ずっと続くって

 初めての時 私 そう思ってた

 だけど全ては消えてゆくのね

 それでも月は共にあるの――

 

 気付けばBGM付家具妖精さんとやらが蓄音機の上で無駄に壮大な曲を演奏していた。

 曲名は月夜海というらしい。

 ()しくも俺の作り上げた渾身のムードと重なる。

 今宵の海にぴったりの名曲ですとの事だ。

 なんか余計なフレーズが交ざってた気がするが、歌唱力凄いですね。

 

「…………」

 

『金剛……その、すぐに戻ってきて、くれるよな……?』

『ハイ……ハイ……! 必ず……! 私は絶対に、すぐに戻ってきます……! 提督に待ちぼうけなんてさせマセン……! 約束します……』

 

「…………」

 

「……」

 

 金剛が……いない……。

 

 たとえ世界の全てが海色(みいろ)に溶けても……。

 

 貴女の声が……しない……。

 

 童貞卒業(シャングリラ)? ……そうね、どこかしら……。

 

 俺の作戦は……鎮守府全体を巻き込んだ壮大な計画は……。

 失敗……したのか……?

 それじゃあ俺はなんのために……磯風たちを怒鳴りつけて……浦風を涙目にさせて……。

 股間を痛打して……。

 一生懸命、大量のおにぎりを握って……。

 グレムリン共に土下座までして……。

 股間にクソみたいなカワウソ指サックを装備して……。

 醜態を晒して……。

 俺は一体、なんのために……?

 

 ぽん、と俺の肩が叩かれた。

 見れば、いつの間にか肩の上にグレムリンが一匹座っており、そいつはワイングラス片手に鼻で笑いながらこう言ったのだった。

 

『ご苦労様』

 

 ウォォォオオオオァァアアアーーーーッ‼‼

 俺は水平線に向けて縋りつくように心で叫ぶ。

 

 金剛待て! 待ってくれ頼む‼

 俺の初めてを、童貞を貰ってくれお前が‼

 お前にしかできない!

 お前は俺に選ばれし者だというのがわからないのか‼

 お前ならなれる! 完璧な……究極の俺の嫁に‼

 金剛! 金剛行くな!

 私を置いて行くなアアアア‼

 僕を連れて進めエエエエ‼

 

 俺は糸が切れたように布団の上に倒れ込んで泣いた。

 枕に顔を押し付けて涙で濡らし、声を押し殺して泣いた。

 毛布を頭から被って丸くなり、巻き貝のようになりながら(むせ)び泣いた。

 まさに貞男(サダオ)貝に(改二)ってやかましいわ。凹む。

 

 ――――

 

 ――

 

 心の叫びなど水平線の向こうの金剛に届くはずもなく――

 そのうち神堂貞男は待つ事と考える事をやめた。




母港執務室BGM ♪「月夜海(つきよみ)」

大変お待たせ致しました。
投稿が遅れてしまった理由については後程活動報告にでもあげておこうと思います。
今後も投稿ペースが遅れると思います、申し訳ありません。

オータムクラウド先生まさかの改二実装おめでとうございます。
実装されてほしいと地味に願っていたので個人的にものすごく嬉しいです。
これで第十駆逐隊が全員改二になりますね。
我が弱小鎮守府では育成を後回しにしていたので、現在演習で全力レベリング中です。

次回はおそらく艦娘視点となる予定ですが、気長にお待ち頂けますと幸いです。

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