ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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070.『戦況・A島』【艦娘視点①】

駆逐艦(バックダンサー)の皆ーっ、那珂ちゃんにしっかりついてきてねっ! ステップ間違えたら死んじゃうぞぉーっ?」

「りょっ、了解っ! 多分っ!」

「軽く致死レベルの指示がキタコレ! 流石に無茶振り……うっくぅ~っ、もう何も言えねぇぇ~っ!」

「が、頑張ります……! ひゃっ、ひゃあぁ~っ⁉」

 

 闇の奥に潜む潜水艦隊から放たれた雷撃に怯む様子もなく突撃する那珂に、七駆の三人は必死に食らいつく。

 右手にはマイクの代わりなのか探照灯を握り、那珂はまるで歌うように指示を出す。

 暗い戦場に場違いな明るい声であったが、その内容に嘘は無い。

 勘か経験か、紙一重で雷撃の隙間を縫い、回避する那珂にぴったりとついていかねば魚雷の直撃は免れないだろう。

 恐怖のあまり泣き虫の潮はもちろんの事、漣までもがヤケクソで半泣き状態だった。

 

「握手や写真はいいけどぉ、贈り物(攻撃)は鎮守府を通してねっ? よぉし皆っ、敵艦(ファン)の声援に応えてあげてっ! いっくよーっ! どっかぁーんっ!」

 

 全ての魚雷を回避し、速度を緩めぬ那珂の合図に合わせて一斉に爆雷を投射する。

 七駆の三人にはまったく敵の姿など視認できておらず、那珂の指示に従っただけだったが――やがて海中から次々に断末魔の叫びが響き渡った。

 低級の潜水艦のそれだけではなく、潜水艦隊を率いていた潜水新棲姫の焦りと困惑が入り混じった叫びが届く。

 

『グォォオオーーッ⁉ ナッ、何故ダッ! 闇ノ中デッ、コノ状況デッ、コンナニ容易(タヤス)ク位置ガ……!』

「どんなに暗くても、どんなに遠くても、息を潜めて後方彼氏面をしていても! 那珂ちゃんには聞こえる……潜水艦(みんな)の声が! いつもありがとーっ!」

『イッ、意味ガワカラ――……ギャアアアーーッ‼‼』

 

 海面に向けて手を振る那珂の正確な追撃が直撃したのか、一際大きな叫びと爆音と共に海面がうねる。

 しばらくきょろきょろと周囲を見回していた那珂であったが、潜水艦隊を撃滅したのを確認し、くるりと背後の七駆を振り向いて大きく伸びをした。

 

「お仕事終了ーっ。お疲れ様っ」

「し、死ぬかと思った……生きてる……多分……」

「いつも以上に那珂さんマジパネェ……」

「これが……これが横鎮の切り込み隊長……」

「あっ、潮ちゃん! その呼び方可愛くないからやめてっ! 漣ちゃんもさん付け禁止ーっ!」

 

 夜戦において潜水艦の存在は脅威。

 C島方面で龍田と大鷹がそれを食い止めたように、A島周囲では那珂と七駆がそれを引き付け、戦場を荒らされる前に撃滅したのだった。

 提督の指示により、那珂には龍田と同じようにソナーと爆雷、爆雷投射機と対潜装備が積まれており、それはつまり提督がこのような状況を想定できていたという事を示していた。

 夜間戦闘において潜水艦を撃滅する――あまりにも無茶な提督の指示を、龍田は本人の申告によればギリギリで改二が実装された事により、そして那珂はいとも容易く達成してみせたのだ。

 大鷹や七駆のリアクションは決して大袈裟なものではない。それほどに、今までの常識を壊すほどの能力を示したのだから。

 確かに那珂は川内三姉妹の中で最も対潜性能に長けていたとはいえ、ここまでではなかった事を七駆の三人も知っていた。

 

「いつの間にこれほどの対潜性能を……」

「ふふーん、アイドルは人前で努力を見せないもの……って言いたいところだけどぉ、今回は提督のプロデュースのおかげかなっ」

「プロデュース……あぁ、確かに対潜三点セットを夜戦に向かう艦に積ませるとは、流石はご主人様ですぞ!」

 

 ぽんと手を打った漣の声に、那珂は立てた人差し指を頬に当てて言葉を返す。

 

「それもあるけどぉ、信頼できるプロデューサーの存在はアイドルの魅力(性能)を更に引き立ててくれるんだよねー! 潜水艦の位置がここまで手に取るように掴めたのは初めて! 那珂ちゃん、ますます可愛くパワーアーップ!」

「提督はプロデューサーではありませんけど、多分……」

「いいのいいの! 提督もプロデューサーもトレーナーも、本質的には似たようなものだって! 川内ちゃんの夜戦への情熱(パッション)に、神通ちゃんの冷静(クール)さ、そして那珂ちゃんの可愛(キュート)さ! ますます魅力的になっちゃったぁ、きゃはっ!」

「なんか神通さん、修羅とか呼ばれてましたけど……」

「はっ⁉ もしかして提督に新曲の作詞作曲までお願いしたら……那珂ちゃん世界進出も夢じゃないかも~⁉ 『華の二水戦』を超える名曲が生まれる予感が! 帰投したらさっそくお願いしなきゃ!」

 

 いつものようにスマイルと共に決めポーズを取りながら一人で喋り続ける那珂に、朧と漣はツッコミも諦めて苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 那珂の芸能界的な例えはなかなか理解し難かったが、つまり提督への信頼により艦娘の性能が向上する事を言っているらしい。

 無論、それは七駆の三人にも当てはまる。

 それがなければ三人は身体能力が追い付かずに魚雷を回避しきれず、損傷を免れなかったかもしれない。

 しかし、それにしても――。

 

「……提督は、なんで私を編成したのでしょうか」

 

 ぽつり、と潮が呟いた。

 表情に自信の無さが表れている。

 その疑問自体は、実は朧も漣も口には出さなかったが、自分に対して胸に抱いていたものであった。

 実のところ、練度や経験を別にすれば自分達の性能は決して高いとは思っていないからである。

 

「やっぱり出撃したがってた磯風ちゃんと代わった方が良かったんじゃ……」

 

 俯く潮に、那珂は普段のように飄々と答える。

 それは特に気を遣った言葉でもなく、ただ思った事をそのまま素直に口にしたものだった。

 

「うーん、別におかしな事じゃないと那珂ちゃんは思うけどなぁ。『最初の五人』の漣ちゃんは当然、潮ちゃん達も艦娘としては結構な古株だし、それなりに練度も高いし。現に今だって、なんだかんだで全力の那珂ちゃんにしっかりついてこれたじゃない? それって凄い事だよ」

「でも、私より磯風ちゃんの方が」

「那珂ちゃんから見ればあんまり変わってないって。磯風ちゃんは自信に満ち溢れてるから気後れする気持ちもわかるけどぉ、提督の采配(プロデュース)だもん。磯風ちゃんを残したのにも、潮ちゃんを編成したのも、きっと何か海よりも深い理由とか狙いがあるんじゃないかな」

「そうでしょうか……」

「うんうんっ、ちなみに那珂ちゃんが思うに、磯風ちゃん含む十七駆は四人とも武人肌で、あんまりアイドル適性高くないから那珂ちゃんの随伴艦(バックダンサー)に向いてないと判断したんじゃないかなぁ、って。艦娘の個性と適材適所をよく理解してるプロデュースだよね!」

「そ、それは違うと思いますけど……」

 

 やんわりと否定する潮に構わず、那珂はぐいぐいと押し込むように言葉を続ける。

 

「それに那珂ちゃん、七駆の皆はアイドル適性高いと思ってるんだけど、特に潮ちゃんが一番筋が良いって思ってるんだよね~! どう? 今夜だけじゃなくて一緒にユニット組まない? 羽黒さんも誘ってるんだけどなかなかいい返事が貰えなくて」

 

 那珂が早口で言葉を続ける中で、朧と漣が同時に「あっ」と声を漏らした。

 瞬間、潮はぷるぷると震え出し、みるみるうちに目に涙が浮かんでいく。

 

「そ、そんな事ないんです、そんな事、私は、私は本当にダメダメで……」

「えっ、えぇぇ~っ? ご、ごめんね、那珂ちゃん何か悪い事言っちゃった⁉」

「那珂ちゃんさん、ちょっと」

 

 漣に袖を引かれ、那珂はこそこそと潮に背を向ける。

 朧が潮を慰めているのを背後に、漣は声を潜めながら言葉を続けた。

 

「すみません。実は、潮に『一番』みたいな褒め言葉は禁句なんです」

「えっ、どうして」

「その……そのですね。ぼのぼのが……曙が轟沈した、あの時の事なんですが……曙が、潮に最後に遺した言葉が……その」

「……そうだったんだ。ごめん、悲しい事思い出させちゃって」

「いえ、那珂ちゃんさんが謝る事では……すみません」

 

 漣は那珂に小さく頭を下げると、いつもの甲高い声で潮に大袈裟な声を上げる。

 

「こぉらっ! まだ戦闘中ですぞ! あんまり泣き止まないと、ぶっ飛ばすぞ☆ って那珂ちゃんさんが言ってますぞ」

「言ってないよ⁉ アイドルにそういうスキャンダル致命的なんだからやめてよ!」

「ひっ、ひっく、ご、ごめんなさい、私、また思い出しちゃって……も、もうぶたないで下さい」

「一回もぶった事ないよね⁉ たとえ失言しちゃっても、那珂ちゃんの事は嫌いにならないで下さい!」

 

「あの、那珂さん、皆。あれ……敵艦隊です、多分」

 

「もぉ~っ、ツッコミは那珂ちゃんの仕事じゃないのにぃ~っ!」と嘆く那珂に、朧が指差す先には、深海棲艦の一団が見える。

 水雷戦隊。敵本隊が鎮座するB島方面にほとんどの増援が集中しているのか、こちらはまだ今の戦力だけでもギリギリ何とかなりそうだ。

 だが、それはあくまでも欠員が出なければの話。

 もし一人でも大破した場合、提督命令に従って護衛退避を発動しなければならない。

 そうなると一気に二人の欠員が出てしまう。たった十二人しかいないこちらの戦力の六分の一が削られてしまうのだ。

 しかも今は夜間。戦闘能力を持たない空母の三人は海上にいてもただの案山子(かかし)も同然なので、奪還したA島に上陸させ避難している。

 日が昇っている内は頼れる戦力である加賀、瑞鶴、龍驤が現在は戦力外。

 つまり現在の戦力は僅か九人しかいないのだ。

 

「那智さん達は大丈夫でしょうか……こちらとは比にならない数を相手取っていますけど」

「大丈夫大丈夫! 五人とも那珂ちゃんよりずっと強いんだから! 普段はちょっとアレな利根さんですら、戦闘の時にはすっごく頼りになるんだよ!」

 

 心配そうに本隊が戦闘している方角を見つめる朧の言葉に、那珂がけらけらと笑いながら答える。

 そんな那珂ちゃんさんもまた、あの天才軍師・ご主人様の指揮下にある今は一騎当千、万夫不当の豪傑と呼ぶにふさわしい実力……。

 漣はそう言おうとしたが「その武将っぽい例えはアイドルっぽくないからやめて」と言われるのが見えていたので、口を開くのを止めた。

 

「それより人の心配してる暇なんてないよ! 三人とも、夜明けまで休まず歌って踊らなきゃいけないんだから! 気合入れていっくぞぉーっ! おーっ! ……ぜぇ、ぜぇ……」

「実は結構疲れてません⁉ 無駄な声出すの控えた方がよいのでは……」

「む、無駄な声⁉ 何言ってるの漣ちゃん! アイドルは常に笑顔で歌って踊って、ファン(敵艦)の皆に元気(攻撃)を届けるものなの! きゃはっ!」

「プロ意識が高すぎる……」

 

 無駄な声というのは失礼だったかもしれない。それが那珂の戦闘スタイルだからだ。

 その戦い方をしている時こそ那珂は最も輝き、最も強い。

 疲れているのはその戦闘スタイルも原因かもしれないが、この厳しい夜戦の中で七駆が大破しないよう集中力を割いているからかもしれない。

 七駆の三人も貴重な戦力。その重圧に、漣はごくりと唾を飲んだ。

 そんな漣の様子を見て、朧が力強く拳を握る。

 

「漣、大丈夫。皆は朧が、きっと守り抜けると思う。多分!」

「そこは絶対と言い切ってほしいのですが……」

「漣ちゃん、潮も頑張るから。できれば全員助けます! ……で、できれば」

「うっくぅ~、こいつらと磯風足して3で割りてぇ~……!」




大変お待たせ致しました。

活動報告の方にも書きましたが執筆の時間がかなり確保しづらくなっておりますので、普段はまとめて一話にしている艦娘視点を分割する事にしました。
一話が短くなってしまいますがご了承ください。

なんとか春イベも攻略し、幸運な事に宗谷も削り中にお迎えできました。
残念ながら涼波だけお迎えできませんでしたが、秋霜と共に今後の楽しみにしたいと思います。

次回も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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