ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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071.『戦況・A島』【艦娘視点②】

 艦娘共の強襲により、港湾棲姫率いるA島守備隊壊滅せり――。

 貴様らはそのままA島に向かい、舐めた艦娘共に地獄を見せてやれ。

 前回、そして今回の横須賀鎮守府撃滅作戦を指揮する■■棲姫の指示に従い、戦艦タ級率いる艦隊は闇の中を進む。

 編成されているのは重巡ネ級、軽巡ツ級、駆逐ナ級など――本来鎮守府近海には見られない強力な深海棲艦。

 その性能だけでも脅威だというのに、それが十二隻――連合艦隊。

 長距離を航行し、本来はA島で補給する予定だったので燃料・弾薬等資源は万全では無いが、そんな事は些末な事。

 性能と物量で圧倒し、A島を奪還した事を後悔させてやる。

 我らの後にもまだ増援は控えているが、それを待つまでも無い。

 誰に言われるまでもなく、地獄を見せてやろう。

 

 そんな事を考えていたのかは誰にもわからない。

 戦艦タ級の視界に、突如閃光が飛び込んでくる。

 探照灯――⁉ こちらの位置が文字通り明るみに出た。

 しかしそれは諸刃の剣。少なくともその光の先に獲物がいる。

 鬼級未満に区分される深海棲艦は知性があまり高くないが、それ故に獣のごとき反応を見せる。

 もっとも、野生の獣はいきなり強力な閃光を浴びせられると硬直してしまうらしいが――深海棲艦達はほとんど反射に近い速度で砲を構え、闇を照らす光源に向けて次々に砲撃を放った。

 

「さぁ仕掛けるよ! よーいっ、てぇーっ!」

 

 何かが聞こえ――瞬間、右側面からの砲撃をもろに喰らった軽巡ツ級から爆炎が上がる。

 さらに、それに続いて左側方から声が上がった。

 

「今だ! 主砲一斉射ッ!」

「弾幕を張りなさいな! 撃て! 撃てーっ!」

「この時のために! カタパルトは整備したのじゃ!」

 

 次々に叩き込まれる砲弾の連撃。一隻、二隻。二撃目を耐える事すらできずに沈むものも少なくない。

 恐るべき火力――こちらが本命か。小癪な真似を。

 探照灯は囮。闇の中で光があれば、こちらは反射的にその存在を意識してしまう。

 そしてこちらの位置は正確に把握され、探照灯に気を取られている内に砲撃の的となる――。

 だが先ほどの砲撃から推測するに、艦娘側は右方向には軽巡一隻、本命の左方向には重巡三隻しかいない。

 囮の探照灯もせいぜい重巡以下が一隻であろう。

 苦肉の策だが、数の不利を覆すにはあまりにも脆弱な策と言わざるを得ない。

 

 旗艦・戦艦タ級の判断は早かった。

 残された深海棲艦の数は九隻。

 戦艦タ級、重巡ネ級三隻、軽巡ツ級二隻、駆逐ナ級三隻。

 本命の重巡三隻には重巡ネ級三隻と駆逐ナ級三隻を。

 闇に潜む軽巡一隻には軽巡ツ級二隻を。

 そして囮の探照灯を持つ艦娘は、戦艦タ級直々に沈める。

 そう指示を出そうとした瞬間――突如、重巡ネ級が爆散した。

 

『⁉』

 

 一撃⁉

 どこから、速い、いや、近い⁉

 着弾したのは、光の差す方向――?

 向かってきて、囮が、いや、囮じゃない――⁉

 先ほどの集中砲火をどうやって潜り抜けた⁉

 まさか――全て回避したのか⁉

 

 自らが放つ光でおぼろげにその姿が闇に浮かぶ。

 

「やはり、力が(みなぎ)る……これも、提督の御力(おちから)でしょうか……」

 

 そして鉢巻を強く締め直し、まるで海の底のごとく冷たい瞳で自らの敵を見据え、小さく唇を動かした。

 

「――神通、いきます」

 

 ……――‼

 先ほどまではまったく感じられなかったプレッシャー。

 息が詰まるほどに鬼気迫る威圧感。

 これは――()()()()()()

 

 探照灯の光と共に叩きつけられた殺気に、本命であろう重巡三隻の存在も忘れ、戦艦タ級は本能的に全ての戦力をその一隻に向けようとしたが――。

 

「夜戦!」

『⁉』

 

 無防備な背中に砲撃を受け、戦艦タ級は小破すると共に体勢を崩す。

 背後⁉ こいつも速い――!

 目を向けた時にはもうその姿は見えない。

 夜とはいえ今宵は満月。完全に姿を消すことなどできるはずがない。

 これではまるで影と、いや、闇と――いや、()()()()()と同化したかのような。

 闇夜の中にも確かに存在する影のような。

 放たれる光が強ければ強いほど影が色濃くなるような――。

 そうか、こいつは、こいつらは。

 どちらも囮で、どちらも本命なのだ。

 探照灯の光と共に、意識せざるを得ない強烈な殺気を放つ軽巡。

 音も無く闇を駆け、まったく殺気を感じさせずに意識の死角から確実に攻撃を繰り出す軽巡。

 どちらだ、どちらから――いや、どちらも、だ‼

 迷っている暇は――。

 

「我々を忘れてもらっては困るな……! 足柄、利根っ! この那智に続けッ!」

「みなぎってきたわ! 突撃よ! 突撃ー!」

「我が索敵機から逃げられるとでも思うたか!」

 

 二撃、四撃、六撃――降り注ぐ砲弾の雨が次々と叩き込まれ、戦艦タ級はその存在を思い出した。

 そうだ、この火力、本来はこいつらが本命だったはず……!

 僅か五隻。しかしその一人一人が脅威的な火力を有している。

 全員が主力。後回しにできる存在が一人もいない。

 何だ。一体何なんだこいつらは。

 いや、こいつらだけではない。

 A島が奪還された事も。その前の戦艦棲姫たちが負けた事も。

 横須賀の艦娘共に一体何が起きた⁉

 

 こんな、こんな戦い方など、こんな力など――有り得るはずが無い!

 

 ――三方向から放たれる砲撃。次々に爆煙を上げ、轟沈する僚艦。

 光に向けて放たれる砲撃は何故か紙一重で回避される。

 闇に向けて放っても、文字通り的外れ。

 たった五隻の艦娘に翻弄され――訳も分からぬままに探照灯の光の奥から無慈悲な連撃を叩き込まれた戦艦タ級も爆散した。

 地獄を見せてやろう。そう意気込んでいたが。

 ある意味で、艦娘たちの目の前に広がる地獄を見せられたのかもしれない。

 そんな事を考えていたのかは――誰にもわからない。

 

 

 

「なーっはっはっは! 吾輩は二隻仕留めたのじゃ! まだまだ筑摩の奴には負けんぞ! のぅ筑摩! あっ、筑摩おらんかった」

「私は二隻よ。那智姉さんは?」

「三隻だ。川内は二隻で神通が三隻だったな。全員油断するなよ。勝って兜のなんとやら、だ」

「あぁ~っ! 全っ然戦い足りないっ! 早く夜戦~!」

「川内姉さん、まだ夜は長いんですから。少し落ち着いて……」

 

 せわしなく足踏みする川内を、神通がいつものごとく(なだ)める。

 そんな神通に、足柄が苦笑しながら口を開いた。

 

「時雨達の安否がわかるまではそんな気分になれなかったのでしょうから、仕方ないわ。私もそうだったしね」

「フフフ、それだけじゃないじゃろ」

 

 自信ありげに腕組みをしながら、利根は言葉を続ける。

 

「横須賀鎮守府の目と称される吾輩の目は誤魔化せんぞ。川内お主、焦っていたとはいえ一瞬でも提督を疑ってしまった分、それに見合う戦果を挙げんと申し訳が立たんと思っとるじゃろ」

「うぐっ……い、いいじゃん別に。前に妙高も似たような事言ってたでしょ。提督を疑ってしまって合わせる顔が無いとか。こういうのは気持ちの問題なんだよ」

 

 図星だったようで、川内は気まずそうにガシガシと頭を掻きながら、誤魔化すような言葉を返す。

 結局は、神通が説明した通りだったのだ。

 提督が指定したタイミングでの出撃は、ギリギリではあったそうだが間一髪で時雨達の救援に間に合った。

 さらには、わざわざ提督が握ったという戦闘糧食に込められた提督パワーとやらのおかげで時雨達三人は改二に目覚め、損傷も全快して暴れまわっているのだとか。

 おまけに朝潮型の四人にもほぼ同時に改二が実装されたらしい。朝潮曰く提督パワーのおかげに違いない、感服の一言だと。

 C島方面では羽黒に赤城、龍田に加えてなんとあの天龍にまで改二が実装されたらしい。その四人が声を揃えて言うには、提督のおかげに違いない、と。

 その事実は川内達の士気も大いに高揚させ、まさに一騎当千の活躍を見せるほどに性能を高めてくれたのだった。

 それだけに、一瞬とはいえ提督の判断に文句をつけてしまった川内は自らの発言を気にしているのだろう。

 

「……まぁ、時雨達が横須賀に配属されてからは、ほとんどお前達が面倒を見ていたからな。取り乱す気持ちはこの那智も……わからんでもない」

「おや? お主にしては随分甘いのう。ま、提督を締め上げようとしたお主が責められる立場でも無いが」

「そんなに締め上げられたいのか貴様」

 

 じろりと那智に睨まれるも、利根は小さく肩をすくめて言葉を続けた。

 

「冗談じゃ。じゃが、那智がおとなしくしていた事が内心意外だったのも事実じゃぞ。救援に間に合わんのは……向かった方としても辛いものじゃからな。あの時のお主は見ていられ……おっ」

「……フン、どうやらくだらない話は終わりのようだな。増援か」

 

 ぴくりと利根が反応したのに気付いた那智がそう言うと、利根は一方向に視線を向ける。

 

「むぅ、次から次へとせわしないのう」

「あの……利根さん、大丈夫ですか?」

「なんじゃ神通。まさか吾輩の心配か?」

「いえ、利根さんではなく提督の戦闘糧食が大丈夫かと……」

 

 提督が時雨たちの為に手ずから握った戦闘糧食。

 三人はB島方面で発見されたのだから当然余っているのだが、それらを入れた手提げ袋は利根が預かっていた。

「大切な荷物は吾輩が責任を持って預かろう! 筑摩の奴がいなくともお姉さんじゃからな!」との事だった。

 神通の言葉に、利根は呆れたようにジト目を向ける。

 

「お主……意外と食い意地が張っておるんじゃのう」

「ち、違いますよ⁉ ただ、その戦闘糧食には提督の御力が込められているとの事でしたから、その、食べたら更に強くなれるのではないかという事に興味があるだけです!」

「お主はそれ以上強くなる気なのか……」

「と、当然です。提督の求める強さには、私達はまだまだ届いていない……限界を超えるためなら私は恥を忍んで何だってするつもりです」

 

 取り乱した事を恥じるように赤面したまま、神通は表情を引き締め直す。

 それに助け船を出すかのように、足柄が朗らかな声を上げた。

 

「確かに時雨たちだけじゃなくて朝潮たちも改二実装したようだし……強くなれると聞いてしまっては聞き捨てならないわね!」

「神通……それ言っちゃうと、誰だって譲れるわけないじゃん。誰一人、提督の領域には届いてないんだからさ」

「そ、そうですね。すみません……気が()いてしまって」

 

 先ほど自分がたしなめた川内にまで呆れた声をかけられ、神通は赤面しながらしゅんと肩を落とす。

 那智と共に一方向を警戒しながら、利根も口を開いた。

 

「ふぅむ。神通の言う事にも一理ある。しかし六個しかないしのう」

「提督に追加で握って貰ってはどうかしら」

「大淀さんの話では、提督はこういった形での強化はあまりよろしくないように思っていたようでした」

「あ、そうだったわね。文月はテストのため、皐月は予定外の事故みたいなものだったし……」

「そういえば、戦闘糧食も時雨たちの分だけ握るつもりだったって言ってたしね」

 

 今回はあくまでも時雨たちを救うための緊急的、例外的な措置。

 提督パワーなる謎の力を当てにしてしまう事は、艦娘自身の成長の妨げになる、と。

 そう考えているのなら、今後余程の事がない限りは提督パワーを手にする機会は訪れないだろう。

 鳳翔と間宮に促されて、時雨たちの分以外にも手ずから握ったという話だったが、それを引き当てる可能性は少ない。

 たまたま引き当てた朝潮たちは幸運だったのだろう。

 そうなると、時雨たちの為にと握った戦闘糧食が余っている今の状況は、確実に提督パワーを手に入れられる最後の機会なのかもしれない。

 そして食べるだけで良いのなら、おそらく正攻法なのであろう肉体的な接触、いわゆるハグをする必要もない。

 清楚で奥ゆかしい神通にとってはそれが何よりも重要なのかもしれないが――。

 

「よし、吾輩に名案があるぞ! 後腐れなく敵艦を沈めた数で決めるというのはどうじゃ」

『それは不公平ね』

「ぬわっ、お主聞いておったのか」

 

 不意に届いた加賀からの無線に、利根だけでなく全員が意表を突かれる。

 僅かに動揺した利根たちに構わず、淡々とした抑揚の声が続く。

 

『夜が明けるまで動けない空母が不利すぎます。頭にきました、と龍驤が言っているわ』

『いや言うてへんわ! それキミの口癖やないか!』

「う、うむ。強くなりたいのはお主らも同じじゃろうからな」

『ここは譲れません、と五航戦が言っているわ』

『いや言ってないよ⁉ それ加賀さんの口癖でしょ⁉』

「貴様ら、くだらない話は終わりだと言っただろう……! 龍驤らも気を抜くなッ! 来るぞ!」

 

 那智から飛んだ檄に全員の目つきが変わる。

 先ほどまでの朗らかな空気が一変し、即座に戦場の空気を纏った。

 敵艦隊はかろうじて目視できる程度の距離にあったが、歴戦の強者たちは()()を肌で感じていた。

 先ほどまでの戦艦タ級よりも小型でありながら、それ以上のプレッシャー。

 軽巡――いや、駆逐艦の鬼――いや、姫級のそれである事を。

 

 駆逐棲姫、防空棲姫、駆逐水姫、駆逐古姫――等、今まで複数の個体が確認されているが、そのどれもが強敵。

 いずれも駆逐艦というくくりで考える事が適当でない程の暴力的な性能を有し、それは時に並の戦艦をも凌駕する。

 故に艦種ではなく、鬼級、姫級というくくりで分類されているのだ。

 旗艦の姫級駆逐艦、その随伴艦が通常個体の戦艦や重巡である事も両者の力関係を証明しているかのようだった。

 

「……どうだ? 利根」

「満月の下とはいえ、吾輩の目をもってしてもこの暗さと距離では流石に細部まで確認はできんが……今まで戦ってきたどれとも違うように思うのう」

 

 那智の問いに、横須賀鎮守府の目と称される索敵性能を誇る利根は細めた目を凝らしながらそう言った。

 

「新しい個体かしら」

「だろうな。まぁ戦っているうちにわかるだろう」

 

 足柄の呟きに那智が答える。

 艦娘たちは何故か、戦っているうちに深海棲艦の名前を理解できた。

 あまりにも早く倒してしまい、わからないまま終わってしまう場合もあるが、鬼級、姫級であるならばまず戦っている内に理解できる。

 それは新しい事を知るというよりも、まるで今まで忘れていた事を思い出すかのような感覚だった。

 それが何故なのか――おそらくほとんどの艦娘は()()()()()()()()と思いつつも、きっと考えないようにしているのだろう。

 不自然なほどに、その事について誰も話題に上げないからだ。

 艦隊司令部に訊ねられた時も、「何故かわかる」と事実をあるがまま答えるだけだった。

 何故かわかる――それが答えであってほしいと願っているからかもしれない。

 

 やがて深海棲艦側の戦艦の射程に入り――静寂の海に再び砲撃音が鳴り響いた。

 攻撃を開始したのは随伴の戦艦ル級二隻のみ。重巡リ級や軽巡ツ級と共に、姫級駆逐艦も攻撃態勢を取ってはいない。

 姫級とはいえ駆逐艦。今まで戦ってきた姫級駆逐艦もほとんどは短射程。

 軽巡や重巡並みの中射程、長射程の個体も確認されてはいるが、ほんの一部の例外だ。

 深海棲艦の艦隊は陣形の並びを変更し、旗艦の姫級が後ろに下がり、戦艦二隻が前方に出た。

 姫級が攻撃できる射程に近づくまで守る盾とするためであろう。

 中射程か短射程か。いずれにせよ、こちらの射程に入るまでは敵戦艦の攻撃を避け続けなければならない。

 

「速度を保ったまま接近するッ! 戦艦の砲撃に注意しろッ!」

「了解!」

 

 瞬間、深海棲艦の重巡リ級、軽巡ツ級も砲撃を開始した。

 もう射程内に――? 那智はそう逡巡したが、指示を出す前にすぐ後ろの利根が口を開く。

 

「那智よ、案ずるな! あれはまだ届かん! 目くらましじゃ!」

 

 判断を一瞬でも遅らせて戦艦の砲撃を回避できなくする狙いか。

 もしくは釣られて無駄に弾薬を消費させるためか。

 深海棲艦の放った火の塊は流星のごとく放物線を描き、襲い来る。

 なるほど。よく見れば確かに、脅威となる砲火は先に届いた戦艦の砲撃音と一致する。

 それ以外の光の放物線はこちらに届く前に水面に叩きつけられていく。

 利根の目は横須賀鎮守府随一の本物である事――それを皆よく理解していたからこそ、判断の遅れを最小限に留められた。

 

「よし、利根は目となり回避の指示を出せ! それに従って距離を詰めよう」

「無論! 皆の者、吾輩の指示に従うが良いぞ!」

「ただし調子に乗りすぎるなよ。貴様の悪い癖だ。いつもは筑摩がいるから安心して目が離せるが――」

「赤子扱いするでない! 筑摩の奴より少しお姉さんなんじゃぞ!」

「どうする⁉ また私と神通が切り込もうか⁉」

 

 川内の提案に、那智はしばし思考を巡らせる。

 陣形を崩して川内と神通が囮となり、敵艦隊を包囲、翻弄するハイリスクな作戦。

 現在の提督への信頼のおかげで、川内も神通も一騎当千の強さを誇っているからこそできる無茶な戦法だった。

 前提条件として敵艦の攻撃を回避できているからこそ成り立つ作戦であり、単艦で行動するというのは非常に危険を伴う行動だ。

 集中して狙い撃ちをされた場合は、それこそ物理的に避ける事が不可能になる場合もある。

 そうなれば形勢は一気に不利に傾くだろう。

 

「いや、僚艦はそれほどでもなさそうだが、姫級は知能が高い。混乱する事なく捨て身でお前達に攻撃を集中させてくる可能性がある。今は得策ではない」

「了解。それじゃこのまま単縦陣で。射程に入り次第、取り巻きから仕留めていこうか!」

 

 川内がそう言った瞬間、再び敵艦隊が砲撃を開始した。

 戦艦と共にその他の中射程の艦からも砲撃音が上がる。

 利根の指示に従い、迫り来る炎の矢の軌道から戦艦の放ったそれだけを見極め、回避するよう舵を取る。

 残りの砲撃は目くらましで届かない。

 弾道を完璧に見切った事を証明するかのごとく、利根は迫り来る砲撃の前でびしりと指を差し、大見得(おおみえ)を切った。

 

「なーっはっはっは! 深海棲艦共よ、吾輩が利根である! 吾輩がいる以上、もう索敵の心配は――ぐおぉぉおーーッ⁉」

「利根ーーっ⁉」

 

 複数の砲撃が利根に叩き込まれ、利根は海面をごろごろと転がった。

 戦艦の砲撃と見誤ったか⁉

 思わず叫んだ那智が駆け寄ると、直撃したにも関わらず意外にも損傷は少ない。

 

「ぐぉぉぉ……! 馬鹿な、直撃だと……⁉」

「この馬鹿っ! 調子に乗りすぎるなと言っただろうがっ!」

「でも小破すらしてないわね。良かったわ」

 

 足柄はほっと胸を撫で下ろし、那智は利根の頭に拳骨(げんこつ)を振り下ろした。

 涙目で頭を押さえながら、利根は恨めしそうに敵艦隊を睨みつける。

 

「くっ、あの姫級駆逐艦め、小癪(こしゃく)な真似を……! 長射程、いやあの弾道、超長射程だと……⁉」

「届かない振りしてたってわけか。それにしても、姫級にしては火力が弱いね」

 

 川内の言葉に神通が続く。

 

「駆逐艦でありながら射程を伸ばす方に力を割いた分、火力が低下しているのでしょうか。それと、やはり鎮守府近海まで攻め込んできた分、万全では無いのでしょうね」

「本来はこのA島で補給する算段だったはずだしね。そう考えると危ないところだったか……提督への信頼で装甲が強化されてたのもあるだろうし、利根は運が良かったね」

「利根さんの目なら、調子に乗らなければ弾道の違和感にもしっかり気付けていたはずでしょう」

「ぬ、ぬぅ……面目ない」

「ところで利根さん、提督の戦闘糧食は大丈夫ですか?」

「えっ? ……あっ」

 

 神通の問いに、利根の表情から血の気が引いていく。

 利根の装甲ならば損傷は少なく済んだが、おにぎりはあくまでもただのおにぎりだ。

 そして姫級にしては低めの火力とはいえ砲撃は砲撃。

 探るまでもなく、利根が携えていた手提げ袋は砲弾の直撃を喰らい、海の藻屑と化して消えていた。

 

「…………」

「そ、そんな目で見るのはやめんか、これには訳があるんじゃ」

 

 那智、足柄、川内、そして神通。

 絶句する艦娘達の視線に突き刺され、利根は狼狽えながらなんとか言葉を紡ぐ。

 

「こ、これはじゃな、カタパルトが不調で」

「貴ッ様ァーーッ! カタパルトは整備したと言っていただろうッ! いやそもそもカタパルト関係ないだろうがッ! よくも貴重な戦闘糧食をっ!」

「ぐおぉぉーーッ⁉ 筑摩ーっ、ちくまぁーーっ⁉ あっ、筑摩おらんかった」

「な、那智姉さん落ち着いて! というより那智姉さんも食べたかったの⁉」

 

 利根の襟首を締め上げる那智を、筑摩の代わりに足柄が制止する。

 川内は呆れたように、神通は無表情で利根に視線を向けていた。

 その様子を見てか、姫級駆逐艦の愉快そうな声が辺りに響き渡った。

 

『アハハハハッ! 仲間割レ⁉ 何カ良クワカンナイケド、ザマァ見ロダッ!』

 

 ぴくり、と艦娘達の耳が動く。

 利根は涙ぐみながら、恥をかかされたと逆恨みと怒りの入り混じった様子で睨みつける。

 

「お、おのれ深海棲艦……! おかげで吾輩の面目丸つぶれじゃ! これは自らの手柄で面目躍如とするほか無し!」

「いや、奴はこの那智が引き受けよう。何故かわからんが奴の声を聞くと心が騒ぐ。何か因縁があるような気がする……!」

「因縁は今生まれたんじゃないかしら……まぁ食べ物の恨みはともかく、姫級を仕留めれば大戦果! これは誰にも譲れないわ!」

「いーやっ、夜戦と言えばこの私。今夜は特に戦果を挙げないといけないんだから」

 

 提督の戦闘糧食を吹き飛ばされてしまった事で、多かれ少なかれ思うところがあるのか。

 那智は射殺さんばかりの視線を姫級駆逐艦に向けていたが、川内と足柄は普段と同様に戦意の高揚を示すかのような明るい声を上げる。

 鉢巻を締め直すのは、神通が気合を入れ直す時のひとつの癖だ。

 無言のままに再度強く締め直す姿を背後から見て、利根が「ひっ」と声を漏らした。

 そんな神通を横目に見ながら、川内が利根をからかうように、こそっと囁く。

 

「あーあ、完全にキレてるよアレは。せっかくの提督パワーを無駄にしちゃったから……怒りの矛先はあの姫級に向けられるだろうけど、それでも鬱憤が晴れなかったらその次は利根だろうね」

「どどどどど、どうすればいいんじゃ。筑摩、ちくまぁ……あぁっ、なんでこんな時におらんのじゃ……姉の危機だというのに」

「知らないよ。あぁなったら姉の私の言葉ですら届かないんだから。筑摩に頼らず自分で何とかしなよ」

「よ、よし。今こそ吾輩の姉力を見せる時じゃな」

 

 しばし考え込んだ利根はごくりと唾を飲み込み、恐る恐る神通の背中に声をかける。

 

「じ、神通よ~。吾輩が言うのもなんじゃが、そう冷静さを欠くな。提督パワーの事なら気にするでない! 帰投したら提督に頼んで抱きしめてもらえばよかろう! お主、限界を超えるためなら恥を忍んで何でもすると言ったじゃろう? 言ったよな? 吾輩は確かに聞いておったぞ。なぁに、案ずるな! 提督にはこの吾輩自ら口添えしてやろう! 神通の奴を抱いてやれとな! 礼などいらぬぞ、それで万事解決じゃ、なっはっはっは――」

 

 瞬間、振り向かないままの神通から溢れ出す覇気が倍増し、ドンと音を立てて天が割れた。

 利根は脳内に疑問符を浮かべると共に口から泡を吹きながら白目を剥き、膝から崩れ落ちる。

 そんな利根の頭を川内がパシンと(はた)いた。

 

「馬鹿っ、なに煽ってんの⁉ それが恥ずかしくて出来ないからあの控えめな神通があれだけ戦闘糧食に執着してたんでしょ⁉」

「あ、煽ってなどおらぬぞ! 神通の奴は確かに、恥を忍んで何でもすると……」

「しかも抱くとか言ったら意味が……あぁもう、わかったからもう喋んない方がいいよ……このままじゃ冗談じゃなく姫級より先に利根に矛先が向きかねない」

 

 涙目の利根と、何故か照れたように頭を掻く川内にあえて構わぬように、神通は自らに冷静さを保つ事を強いるような声色で、静かに口を開く。

 

「……お名前を、教えていただけませんか?」

『ハァ?』

 

 訳がわからぬと小馬鹿にするような姫級駆逐艦の声に、神通は言葉を淡々と続ける。

 

「報告書に記載しなければならないんです。名前がわかる前に倒してしまうと、報告の際に提督にご迷惑をかけてしまうので。かと言って、私は手加減の仕方を知りませんから。今の私は、特に」

 

 要するに、瞬殺する――いや、()()()()()()()という宣言であった。

 自らを撃破した事を報告するために、名前を教えておけと。

 神通はただ今後予想される事態に対して効率的な対策を述べただけだったのであろうが、それは当然ながら最大級の侮辱であった。

 

『フ……フフフ……! アハハハハッ! ハハハハーーッ‼ ――……‼‼』

 

 闇夜に響き渡る姫級駆逐艦の笑い声。

 一笑に付されたわけもなく、明らかに怒りに震えている。

 挑発と取られても当然の言葉だ。無論、神通もそう捉えられることは想定済みであろう。

 しかし、貴重な提督パワーを海の藻屑とされ、(いか)っているのはこちらもまた同じであった。

 より正確に言うなれば、静かに怒り狂うたった一人を見て他の四人は冷静さを取り戻しているわけだが――。

 

「ったく……ちょっと神通、気持ちはわかるけど落ち着きなって。また二日前みたいに一人で突っ走るんじゃないよ」

「はい、川内姉さん」

「先ほども言ったが、陣形を崩すなよ。いいか、状況にもよるが独断専行は許さんからな」

「はい、那智さん」

「強敵だもの。普通に戦っていればそのうち名前もわかるわよ。……普通に戦えばね? わかってるわよね?」

「はい、足柄さん」

「よ、よし! 神通よ~、ここは吾輩が戦果を挙げて汚名返上といこうではないか! これで恨みっこ無し、実に名案! 筑摩もそう思わぬか? あっ、筑摩おらんかった」

「…………」

 

 穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた歴戦の戦士。

 その目にはもはや標的の姿しか映らず、その耳には戦いに無用な雑音は届かない。

 

 神通は左腿に装備されている探照灯に触れる。

 それは提督への信頼のおかげなのか――新たな力の発現。

 探照灯を照射すると同時に、まるで何かのスイッチを入れたかのように、その体中に限界を超えて力が漲る事に神通は気付いていた。

 ひとたびスイッチを入れてしまえば、高まる火力。

 その副作用的に(たかぶ)る心。血()き肉(おど)り、身体は火照(ほて)る。

 

 垣間見える可能性――これでも(なお)道半(みちなか)ば。

 身体に満ちるこの力さえ片鱗に過ぎず。

 自分は(いま)だ頼りない(つぼみ)に過ぎない。

 私はまだまだ強くなれる――。

 

 いけない、冷静にならねば。

 目の前の戦闘に集中しすぎて視野が狭くなるのは私の悪い癖だ。

 私としてはただ最善を尽くしているだけのつもりなのだが、また皆さんに鬼だ修羅だとからかわれてしまう。

 このままでは提督に誤解を与えかねない。

 やすやすと敵艦の挑発に乗らないようにしなくては……。

 

 浅く息を吸い、深く吐く。

 限界まで研ぎ澄まされた性能と感覚。

 張り詰めた堪忍袋の緒を緩め、冷静さを取り戻しつつあった神通の耳に、怒り狂った姫級駆逐艦の叫びが響き渡る。

 

『……舐メヤガッテェッ! ウッザインダヨォッ! ソンナニ知リタキャア教エテヤンヨッ! 海ノ底デ……冥土ノ土産(ミヤゲ)ニネェッ! 好キナダケ報告スルトイイサ……! スグニ送ッテヤルヨ……()()()()()()()()()()()()()! アハハハ――』

 

 売り言葉に買い言葉、とはいえ――。

 その迂闊な一言は虎の尾を踏み(にじ)り、龍の逆鱗を逆撫でし、全力で彼女のスイッチを押し込むに等しい行為であった。

 

 ()()()()が耳に届き、脳へ伝わり、その意味を理解した僅か0.013秒後。

 電気信号の伝達すら遥かに凌駕する速度で照射される探照灯。

 その光はまっすぐに、ただまっすぐに、最短距離で標的への道を示す。

 文字通りの光速で示された道標。

 征く道を照らし、暗闇を切り拓き――誰よりも速く――(はし)る。

 

 刹那――闇夜に一輪の鬼百合(おにゆり)が咲いた。

 戦場に狂い咲き、深い闇夜を切り裂く狂奔(きょうほん)の華。

 一度覚悟を決めたなら、二度と彼女は迷わない。

 その覚悟は不退転。決して後ろには下がらない。

 大切なその全てを守るため――戦火を開き、飛び込み、駆け抜ける。

 

 彼女に与えられた名が持つ意味は、一説によれば『計り知れない超人的な力』。

 もしくは文字通り『神の通る道』――。

 

 いずれにしても、名が体を現しており。

 いずれにしても、名に恥じぬ働きを成す。

 冷静を超えて至極冷徹に。

 熾烈(しれつ)をも超えて更に苛烈(かれつ)に。

 

『華の二水戦』第二水雷戦隊旗艦・神通――突撃開始。




大変お待たせ致しました。

ご感想への返信が出来ず申し訳ありません。
本当に時間が無いため執筆の方に集中させていただいております。
皆様から頂けるご感想は本当に楽しみにしております。

また、普段は書き上げてから数日推敲した後に投稿しているのですが、時間が無いので推敲も最低限にしようと思います。
おかしな点や誤字が見つかるかもしれませんが、その際はお手数ですがご指摘頂ければ幸いです。

投稿時間も特に意味なく19時に固定していましたが、少しでも早く投稿するため今後は自由にします。

これからも評価、感想にて応援頂けますととても嬉しいです。
次回も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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