ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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008.『遠征任務』【提督視点】

 次のチュートリアルに取り掛かる為に、俺は執務室へ戻った。

 

「そうだ。もしも提督のご都合がよろしければ、今夜、提督の歓迎会を開こうかと思っております。ささやかなもので申し訳ありませんが……」

 

 大淀がそう言ったので、俺は嬉しくなった。

 そうかそうか。歓迎会ともなれば、この鎮守府の艦娘全員と顔を合わせられるわけだ。

 提督が着任した初日なのだ。まさか参加しない者もいるまい。

 歓迎会と酒は、切っても切れない関係だ。酒と一晩の過ちは、切っても切れない関係だ。

 酒の勢いで、何やら期待できることもありそうではないか。今夜ばかりは呑ませてもらおう! あぁそうだ、悪くない! 過ちを犯しても俺は悪くない!

 

「そうなのか。いや、ありがたい。喜んで顔を出させてもらおう」

 

 俄然、夜が楽しみになってきた。

 夜はいいよね、夜はさ。こんな日は夜戦! そう、私と夜戦、しよ!

 

 心の中で鼻の下を伸ばしながら、俺は執務室に辿り着く。

 

「艦隊司令部からのデイリー任務は来ているか?」

 

 執務室の椅子に再び座り、手渡された資料に目を通す。

『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』によれば、各鎮守府には、艦隊司令部からノルマのような『任務』を与えられているらしい。

 毎日与えられる任務は通称デイリー任務と呼ばれており、他にもウィークリー、マンスリー任務などと呼ばれているものもある。

 任務をこなすことで、鎮守府には艦隊司令部から補助金のようなものが入るという事だ。

 現在の任務リストを見てみれば、『「遠征」を3回成功させよう!』というものがあった。文章のこのノリ、絶対佐藤さんだろ……。

 

 俺がこれから取り掛かるチュートリアルは、まず、艦隊の編成。

 艦娘たちを編成すればいいだけなので、まぁ難しく考える事も無いだろう。

 そしてもう一つが、任務を遂行する事。

 したがって、遠征三回分の艦隊を編成し、そのまま遠征を成功させれば無駄が無い。

 うむ。さすが俺、天才。子供の頃はおばあちゃんから神童と呼ばれていただけの事はある。今は神童貞。凹む。

 それではさっそく編成に取り掛からねば。

 依頼は遠征の内容まで指示していなかったから、簡単な遠征でもいいだろう。どこに遠征に行くかも考えねばならん。

 

「提督、私、艦隊司令部に報告をしておきますね」

「うむ。頼む」

 

 何か大淀が声をかけてきたので、適当に返事をしておいた。何か報告する事があったのだろう。

 わざわざ俺に伺いを取らなくてもいいのに。

 

 そんな事を考えながら『艦娘型録』を眺めていると、執務室の扉がノックされる。

 いつもの腹が冷えそうなセーラー服に着替えた夕張が入ってきた。

 わざわざ俺にそのまばゆいほどに白いお腹を見せに来てくれたというのだろうか。ダンケ。

 部屋の壁際に控えていた明石が、夕張に声をかける。

 

「あれっ、どうしたの夕張」

「い、いや、その……提督がこれから何に手を出すのか気になりましたので、見学させて頂いてもよろしいでしょうか!」

 

 夕張はそう言って、俺の前で姿勢を正す。

 背筋を伸ばすと、ますます柔らかそうなお腹が見えますね。ハラショー。こいつは力を感じる。

 

 などと言っている場合では無い。

 コイツ、俺が何に手を出すのか気になりましたと言ったか⁉

 俺がこれから誰に手を出すのか気になりましたと言う事か⁉

 

 い、いかん! さてはコイツ、俺が下心を持って手を握った事を感づいて――!

 そうとしか思えん。でなければ、何やら作業中だったらしいというのにわざわざ中断して、しっかり汚れまで落として着替えて、身だしなみを整えてまで執務室まで追っかけてくるはずが無いではないか。

 見学を装い、次に俺の毒牙にかかる者が現れぬよう、俺を間近で監視しようという事か。

 

 クソッ、迂闊だった。今すぐにでも執務室から追い出したいが、ちらちら見える綺麗なお腹は非常に魅力的だ。

 いいだろう。お前が俺を間近で監視するというのなら、俺はお前のお腹を間近で視姦、いや、監視すれば無駄が無い。うむ。さすが俺、変態。

 お前、お腹が見えてなかったら即行で執務室から追い出してたからな。覚えとけよ。

 

「うむ。別に構わん」

「わあっ、ありがとうございます!」

 

 夕張は嬉しそうに、顔の前で手を合わせた。可愛い。

 くそっ、コイツ、俺に負けず劣らずの演技派だな。かなり、いやちょっと可愛い顔してるからって図に乗るなよ。

 この俺の目は節穴では無い。俺の目は誤魔化せんからな。

 よく見れば明石も、夕張を不審なものを見るような目で見ていた。ほほう、明石は見どころがあるな。コイツは近くに置いておいても良さそうだ。

 

 大淀も戻ってきて、三人で何やら楽しそうに話している。

 君たち仲がいいのね。明石も大淀も、正門前で初めて見た時は死んだ魚のような目をしていたというのに、夕張と話している今では目に光が戻ったように見える。

 俺のお出迎え、そんなに嫌だったのかな……凹む。

 

 気を取り直して海図を見る。

 もちろん何度見ても、全然意味がわからない。

 適当でいいかとも思ったが、全然編成の組み方もわからない。

 どこかで隙を見つけて、佐藤さんに連絡を取るか……?

 いや、この鎮守府内には青葉の隠しカメラや盗聴器が至る所に設置されているという噂だ。念には念を入れねば。

 今回の遠征は任務の消化目的なのだから、近くの海に出てクルージング感覚で戻ってきてくれればいいのだ。俺の判断でもできるだろう。

 気分転換に、『艦娘型録』で翔鶴姉のパンツを眺めていると、妖精さんが四人、海図の上を歩き出した。

 工廠からついてきてたのか。

 

『童貞さん』

 

 提督さんな。次間違えたらひねり潰すぞお前。

 

『提督さん、提督さん。遠征先をお探しですか』

『私はここがおすすめです』

『……私は、ここ……』

『私はここが気になるよー』

 

 妖精さん達は、それぞれ海図の上で三つの地点を指し示した。

 どうしてだ?

 

『んあー……怪しい感じがする……』

 

 根拠がよくわからなかったが、まぁ鎮守府近海であれば、どこを目的地にしようが結果は変わらないだろう。

 佐藤さんも妖精さんには従った方がいいと言っていたし。

 それに、もしも悪い結果になったらこのグレムリン達のせいにできる。

 そもそもグレムリンという妖精は機械に悪戯をして兵士たちを悩ませる妖精という事で有名だしな。うん。

 大淀達の隙を見て佐藤さんに連絡するのも難しそうだし。

 自分でいくら悩んでも答えが出るように思えなかったし、その三地点に遠征する事にしよう。

 

『わー、意見が通ったよ』

『提督……さすが……』

『今度の提督さんは寛大だねー』

『ついてきて良かったです』

 

 つーかコイツら、マジでテレパシーでもできんの? 考えている事が筒抜けなんだが……。

 俺の考えている事、絶対に艦娘に言わないでくださいね。お願いします。

 

『編成は、三つとも水雷戦隊がいいと思うよー』

 

 水雷戦隊……何レンジャーだそれは。

 そうだ。オータムクラウド先生の作品によれば、水雷戦隊と言えばなんか軽巡洋艦と駆逐艦で編成されていたような。

 うろ覚えだが、それを参考にして編成すればいいだろう。オータムクラウド先生に間違いは無い。

 そうなると、軽巡と駆逐艦のページに目を通さねば。

 しかし軽巡と駆逐艦か……俺のハーレムにはほとんど縁の無さそうな艦隊になりそうだ。

 

 この鎮守府の軽巡洋艦は全部で七人。

 大淀、夕張、川内、神通、那珂ちゃん、天龍、龍田だ。

 三つの艦隊の旗艦を軽巡にして引率してもらい、残りは駆逐艦にすれば、水雷戦隊が三つ出来上がる。

 例えば川内、神通、那珂ちゃんにそれぞれ艦隊を率いてもらえばいい。

 オータムクラウド先生の作品にも出てきていた鬼の二水戦とやらである。

 しかし駆逐艦よりも軽巡洋艦の方が強いというのは周知の事実だ。

 そうなると、なるべく軽巡を入れた方が強い艦隊になりそうだな……。

 

 おぉっ。

 俺は閃いたのだった。俺は本当に天才かもしれない。

 

 そうだ。夕張も軽巡だ。この遠征を上手く利用すれば、俺を監視している夕張を俺から遠ざける事ができるではないか。

 先ほど夕張の手を握っている時に邪魔してきた大淀も、今後俺のセクハラ、いやスキンシップの障害となるかもしれない。

 オータムクラウド先生の作品では鎮守府を影で操る黒幕だ。俺よりも遥かに頭が切れそうだし、真面目そうではあるが裏では何を考えているかわからんし、なるべく離しておくことに越したことはないだろう。

 

 余計な口を挟まない明石は、俺の近くに置いておこう。まぁ、そもそも工作艦だから戦闘には向かないのだが。

 大淀と夕張は仲が良さそうだから、同じ艦隊に入れてやろう。川内型も姉妹だから一緒にする。

 そうなると、必然的に余り物の天龍と龍田は同じ艦隊になるわけだ。おお、なんか見た目も綺麗に収まったではないか。

 

 後は駆逐艦を適当に編成する。

『艦娘型録』を見ると、大淀が判断したのであろう大体の練度も記載されている。練度が高い=強いという事だろう。とりあえず練度の高い順にピックアップする。

 姉妹艦はバラバラにするのはかわいそうなので、なるべく同じ艦隊に編成してやろう。

 見た目は全く強いようには見えないが何故か練度が高いことになっている、この暁とか響とかいう姉妹は、世界水準を軽く超えた天龍の艦隊に組み込んでおく。

 天龍の足を引っ張らない事を祈るばかりだ。

 おぉ、なんかちょうどいい感じの編成になったのではないか。

 どうだろう、妖精さん。

 

『さすがはチェリー提督です』

 

 余計なもんがついてんぞ。握り潰されたいのかお前は。

 

『さすがはチェリーです』

 

 そっちじゃねぇよ。呼び捨てにすんな。いや、呼び捨てとかの問題じゃなかった。二度と言うなよ。長生きしたければ、人が気にしている事は口にしない事だ。

 ともかく、時間はかかってしまったが、ようやく遠征の準備が出来た。頭が疲れた。

 俺は顔を上げ、大淀に声をかけたのだった。

 

「遠征艦隊を編成する」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 何か凄い人数が集まっているのだが。大淀お前何してくれてんの?

 いや、放送は俺も聞いていた。大淀は確かに、俺が遠征部隊に組み込んだ艦娘を指名して執務室へ呼び出しをかけていたはずだが。

 一番早く入室した奴は「戦艦長門だ。貴方が新しい提督か、よろしく頼むぞ」とか言ってさも当然のごとく壁際に控えだしたし。

 呼んでねぇよ。引き締まったお腹が見えてなかったら追い出していたところだ。

 その後もぞろぞろと絶え間なく艦娘達は執務室に集まり、大淀がいうにはこの鎮守府の全ての艦娘が集まってしまったという。

 

 退室させましょうか、と大淀が気をきかせてくれたが、俺はあえて首を横に振った。

 これはいい機会ではないか。駆逐艦はともかくとして、俺の将来の艦娘ハーレムのメンバー達もここに集結したという事だ。

 せっかくなので、じっくりと鑑賞させてもらう。

 

 これが生の艦娘達か……胸が熱いな。

 今までオータムクラウド先生の作品でしかお世話になった事の無い艦娘達が、今俺の目の前にいるのだ。

 うむ。眼福眼福。良いではないか良いではないか。

 あまりガン見しすぎると、俺を監視している夕張に何か言われてしまいそうなので、適当な所で切り上げる。

 何か一部の艦娘達の視線に敵意を感じるし、敵意どころか明らかに睨みつけている奴までいる。夕張だけでなく勘のいい奴がいるのかもしれん。

 妹達が言っていたように、見られている側は視線に気づくというやつだろう。気をつけねば。

 

 とりあえず、挨拶だけはしておこう。

 挨拶はすべてのコミュニケーションの基本である。とても大事なのだ。

 俺は立ち上がり、艦娘達に頭を下げた。

 

「まずは挨拶が遅れてしまった非礼を詫びたい。本日より、私がこの艦隊の指揮を執る事になった。よろしく頼む」

 

 俺が顔を上げると、俺の目の前に整列している第二艦隊から第四艦隊の内、第四艦隊の先頭に立っている天龍が腕組みをしながら言ったのだった。

 

「なぁに、気にすんなって! それよりも提督よ、この世界水準を軽く超えた天龍様をいきなり旗艦にご指名とは、なかなかいい目してんな! やるな!」

 

 おおっ。

 腕組みをしたお陰で、天龍の胸が持ち上げられているではないか。

 腕にぶつかって生じた僅かな歪み、それだけで、それがどれだけの柔らかさ、そして大きさを有しているのかを推し量る事ができた。

 服の上からにも関わらず、あれほど高度の柔軟性を維持するとは……ま、まさかノーブラ……だと……! あの大きさで……!

 大淀や夕張と比較するに、軽巡洋艦の基準を遥かに上回る天龍の胸部装甲は、ブラという枠には収まらない、ブラという世界水準を軽く超えるという事か。

 素晴らしい光景だ。年功序列で適当に旗艦にしたが、天龍を先頭にしていて本当に良かった。

 

 もしも先頭が龍田であったのならばこう上手くはいかない。

 天龍のように腕組みはしないだろうし、無防備でもなくガードは固い。おまけに天龍は背後に隠れてしまい、この絶景を目にする事は出来なかったであろう。

 いやあ、天龍の世界水準を軽く超えた胸部装甲、しかと堪能させて頂いた。おかげで俺の股間のチン龍ちゃんが龍田。私の魚雷、うずうずしてる。

 あまりの幸福感に、俺は顔がにやけてしまうのを堪えられず、遂に笑みを浮かべてしまったのだった。

 この俺の演技装甲をこうも容易く貫通するとは、天龍の二つの一式徹甲弾は化け物か……!

 

「うむ。世界水準を軽く超えているという話は、どうやら事実のようだ。この目で確かに堪能させてもらった。お前を旗艦に据えたのは正解だった。龍田ともども、今後の活躍に期待している」

 

 いかん、感動のあまり、思わず本心がダダ漏れてしまった。

 笑顔がキモいから笑うなとは妹の弁であったが、遂にしくじったか。

 少しヒヤリとしたが、天龍は何故かテンションが上がっており、外に飛び出そうとして龍田に止められている。

 よかった。こいつ、バカだった。

 

「今から出撃ってことは、帰る頃には夜戦だね! やったぁ! 待ちに待った夜戦だー!」

「ね、姉さん……提督の前で、そんな」

「久しぶりに那珂ちゃんの見せ場だねっ! 提督ありがとー!」

「な、那珂ちゃんも……提督、すみません、姉と妹が、すみません」

 

 第三艦隊の川内達も何やら騒ぎ始めた。

 他の艦娘達も少しずつ何やらざわつき始めている。

 どうやら先ほどの天龍とのやり取りを見て、少し緊張感がほぐれたらしい。

 

 うむ。結構。

 だが引き締めるべき所は引き締めねば。

 メリハリが大事なのだ。

 さっさとチュートリアルも終わらせたいところだしな。

 早くノルマを終わらせなければ。なにしろ大淀によれば、今夜は俺の歓迎会が開かれる予定なのだ。お酒呑んで、上手く行けば酒の勢いで……やったぁ! 待ちに待った夜戦だー!

 そうとなれば早くこの遠征を終わらせねば。全員集まらないと、歓迎会も始められないではないか。

 艦娘諸君、余計なお喋りなどしている暇は無いのだ。

 

「――それではこれより、遠征任務を発令する!」

 

 俺がそう声を上げると、艦娘達は皆、一糸乱れず足並みを揃え、俺に向き直った。

 お、おぉ……流石軍隊。規律はきっちりしているようだな。うん。

 アッ、やべ。作戦概要とか、何を言うか考えてなかった。

 しかし俺が作ってしまったこのピリッと引き締まった空気、適当な事は言えない。

 仕方が無い。とりあえず真面目な雰囲気で可能な限りふわっとした具体的じゃない指示を出そう。

 

「作戦概要を説明する。第二、第三、第四艦隊は、各自、高度の柔軟性を維持しつつ目的地へ向かい、臨機応変な判断を忘れる事なく行動せよ!」

「了解!」

 

 了解しちゃった!

 元気の良い返事と共に、遠征部隊は敬礼する。

 要するに行き当たりばったりで頑張れという意味なのだが、アイツら本当に大丈夫なのだろうか……。

 まぁ、妖精さんがお勧めするくらいなのだからそんなに危ない場所じゃないであろう。

 後の判断は大淀、お前に任せた。


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