虹に導きを   作:てんぞー

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彼女の道は善意によって死へと導かれた

―――戦時下となるとジャミングの可能性が発生する為長距離転移は禁止され、行えないように対転移結界が張られる。だがこのジャミングを無視して転移をする方法は存在するが、凄まじいまでの金と、そして少人数で短時間という制限がつくのがこの時代であったらしい。ともあれ、オリヴィエのベルカへの帰還は決定され、設定された転移地点であるポートからオリヴィエはベルカへと帰還する事になった。流石にこの状況下で飛空艇を迎えに寄越す訳にはいかなく、転移で送るのが素早く、そして確実だと判断されたのだ。

 

 故にシュトゥラの転移ポート、広く何もない室内の中にはオリヴィエとヴィルフリッド、そしてベルカ側の従者が何人か存在していた。帰還の準備を終えたオリヴィエを迎えるようにポート中央の空白地帯が光り、そしてそこに魔法陣が出現した。魔力光と共にそこが光、出現するのは騎士と、そして黒い服装の男だった。その姿に反応したのはオリヴィエではなくヴィルフリッドだった。

 

「あ、父さん」

 

「久しぶりだな、放蕩娘。お前に許した放浪期限をぶっちぎっているのに気付いているのかお前……」

 

「あ、あはは、あはははは……」

 

 ヴィルフリッドが気まずそうな表情を浮かべながら父と呼んだ男から視線を外し、逃げるように口笛を吹き始めた。その姿を見てオリヴィエが苦笑しつつも、ヴィルフリッドの父へとまっすぐ視線を向け、挨拶をした。

 

「普段からリッドにはお世話になっています。あまり彼女を責めないでください。基本的に気に入って独占してしまった私が悪いので」

 

「いえいえ殿下、こいつ昔からサボり癖がひどいんですよ。自分の興味のない者はとことん関わろうとしないというか。まぁ、今回は不問にしますけど―――この戦争、ベルカ側に付きましたので」

 

「えっ、そうなの?」

 

 ヴィルフリッドの言葉におう、と男が答えた。

 

「聖王陛下が一族全員を揃って衣食住保障して雇ってくれたからな。俺達も戦場に出るならなるべく苛烈で勝てるところが良い。そうなってくると支払いも良いし一番国力があって勝てそうなベルカに付くのが常道だ。お前が顔を利かせていたおかげで交渉もスムーズに進んだしな……それはそれとして、お前には話があるから少し残って貰うけどな。あ、殿下。先にお帰りにどうぞ。言葉じゃ言っていませんでしたが聖王陛下が心配しなさっていました」

 

 その言葉を受けてオリヴィエは複雑そうな表情を浮かべていた。嬉しいような、悲しいような、どうしたか悩むような、そんな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐにそれを消し去り、頷いた。

 

「陛下、がですか……解りました。では一刻も早く戻りましょう」

 

「では……殿下、此方へとどうぞ。不満かもしれませんが、一時的に我々が護衛します」

 

「いえ、そんな事はありませんよ……じゃあリッド、先に戻って待っていますね」

 

「うん、父さんに説教されたらすぐに僕も向かうよ。ヴィヴィ様も寂しがらずに待っていてね」

 

「もう!」

 

 少しだけ頬を膨らませると気が紛れたのか、歩きながらポートの中央へと向かって歩いて行く。男の他にも護衛の騎士が数名居り、彼らがヴィルフリッドの代わりの護衛なのだろう。ヴィルフリッドには劣るが、それでも精鋭であるのは見れば解る。これなら安心できるのだろう、と、ヴィルフリッドも力を抜いているのが見えた。だがそんな中央へと向かうオリヴィエの横に並びながら、

 

―――ふと、嫌な予感を覚えた。

 

 それは二方向から感じた。一つはオリヴィエの行く先だった。或いは彼女の今後とも言えるものだった。超直感的な感覚はこの先の彼女の未来を感じ取っていた。まるでここからオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの未来は滅び始めるのだ、と言わんばかりに。事実、オリヴィエのこの先の未来はゆりかごへの騎乗から暴走による死亡だ。そこに彼女の明るい未来はもはや存在していないのだ。だからこの先へと進めばオリヴィエの未来は終わるのだろう。歴史が正しいのであれば。

 

 だがそれと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直感的にこのまま彼女を放置していけない、と、ヒーローセンス的なセンサーがビンビンと反応を示していた。不吉な予感とでもいうべきだろうか、このまま放置していると取り返しのつかない事態になる様な、そんな気がする。そう考え、足を止めて片手で帽子を押さえながらふむむむ、と声を零しながら考える。

 

『とはいえ今の君はオリヴィエに憑依している様なものだ、無茶は出来ないぞ』

 

 そりゃあそうだ、とジェイルの言葉に答える。とはいえ、このセンサーをあまり軽視は出来ない。なぜなら戦闘者の第六感の類は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()とでもいうべきものなのだから。ネットワークは検索した単語を記録し、関連した項目からユーザーの欲しい情報を見出す。それと同じように危機感や直感も今までの経験が集積したところから危機を判断する。つまりそれなりに経験している奴がやばい、と感じた時は大抵本当にやばくなる前兆なのだ。

 

『それで?』

 

 気合と根性で……どうにかするしかないだろう!

 

『素晴らしいまでの科学的根拠ゼロ! 清々しい! 科学技術に頼ってるのに!!』

 

 褒めないで欲しい。

 

『相変わらずこの二人の友情は理解できない』

 

 現代へと向けて心の中でサムズアップを向けながら―――足を止めた。そのまま、オリヴィエが前へと進んで行くのを見ながらも、自分の意識を今の時間軸、空間、存在に固定するように捉え、自分という存在そのものの居場所を変える。かなり感覚的で専門外の作業だが、無理や無茶の二つや三つ、それを通して一流と呼べるのだという自負がある。オリヴィエとの距離は開いていくが、此方はオリヴィエに引き寄せられない。

 

 そしてそのまま、オリヴィエはポートの中央に到達した。

 

 それに合わせこちらも後ろへと軽く下がり、そしてヴィルフリッドの横に戻って並び、そのままポートを中心に発動した長距離転移魔法で一気にベルカへと送られるオリヴィエの姿を見送った―――直後、そのオリヴィエに引き寄せられる感触があったので、急いで自分の存在を空間に固定した。

 

 とはいえ、急場しのぎだし触媒が足りない。長時間はオリヴィエから離れる事が出来なさそうだった。とだが、本当に気合と根性で何とか出来てしまったので、やっぱ気合と根性は頼りになるな! と思った。現代からの通信は困惑の声と爆笑の声で使い物にならないので、無視する。

 

 そうするとこの場にはエレミア親子と、そして数人の従者が残る。ヴィルフリッドは自分が残ったことに対して少し驚いてから納得するような表情を浮かべ、そして警戒心を自身の父親へと向けていた。片手で帽子を押さえつつあまりいい気配じゃないな、と呟けば、それに続く様にヴィルフリッドが口を開いた。

 

「で、父さん。久しぶりに会った娘に対して流石に不意を撃てるように意識を隠すのは少し過激じゃないかな?」

 

「その程度察せないようであればそれまでの娘だったという事だ。お前も俺が見ていない間に成長しているようで一安心だ。それよりもここから先は仕事の話がある。だからお前をオリヴィエ殿下から引き離した」

 

「ふーん……まぁ、大体予測がつくけど? 父さんの口から言ってもらおうか」

 

 ヴィルフリッドの言葉にそうだな、エレミアの男は頷いた。

 

「ヴィルフリッド、お前はもうオリヴィエ殿下と接触するな。彼女をゆりかごに乗せて禁忌兵器を速やかに制圧する事を聖王家では考えている。付き合いの長さと今の話し方を見ていれば解る―――お前なら殿下を説得できる。だけどお前は乗る様に絶対に進言しないだろうな」

 

「当然でしょ? 誰が乗ったら死ぬクソ兵器なんかに親友を乗せるのさ」

 

「親友、か」

 

「そうだよ。少なくとも僕は一度たりとも臣下としてヴィヴィ様に接したことはないつもりさ。それが何よりも彼女を孤独にするだろうしね」

 

 ちらり、とヴィルフリッドは此方へと視線を向けて来た。残念ながら現実への干渉能力は皆無なので、オリヴィエをどうこうと助ける事は出来ない。それに干渉の範囲も限られている為、ずっとオリヴィエと一緒に居られる訳でもない。それは自分の役割ではない。最も近しい友人であるヴィルフリッドの役割であるのだから。自分が出来るのは本当にやばいときに声をかけてあげる程度の事だ。

 

「まぁ、期待してた訳じゃないけどさー。もう少し頼りになって欲しかったなー……。という訳でクソ父上様、そこを速やかにお退きになってくださいませ? 今なら骨折だけで済まして差し上げますのよ?」

 

 ヴィルフリッドの挑発的な言葉を前に父は笑った。拳を握るとそれを覆う様に鉄腕が出現し、その姿からは一切の容赦を感じさせなかった。

 

「ふ……お前ならそう言うものだと思っていた。ならば俺もこうお前に返そう。ヴィルフリッド、今すぐ装備を解除して従え。そうすれば殿下の最期には俺がなんとか合わせよう。でなければお前を拘束し軟禁する」

 

「それが娘に対して向ける言葉か畜生め」

 

「娘じゃなければ既に叩きのめして四肢を千切ってる。お前には才能も時間もあるし、親としての情もある。そうでなければこうも悠長に話しているものか。ヴィルフリッド、もう一度言う。此方に従え」

 

 その言葉にヴィルフリッドは拳を作り、親と同じ鉄腕を作った。闘気を纏いながら魔力を体内で圧縮させ、一瞬で覚醒状態に入った。その圧倒的な気配に父親以外の者たちが後ろへと一歩、無意識的に下がった。それを感じ取り、父親が片手で他の者たちになるべく下がる様に指示を出し、それに他の者たちが従う。

 

「エレミアよりも大事なものを見つけたんだ。僕がここで折れる訳にはいかない。友に対する裏切りを働くなら死んだ方がマシだ。というか前々から言いたかったんだけど僕たちの一族頭おかしくない? 目標おかしくない? 大丈夫? 正気残ってる?」

 

「はっはっはっは、それは父さんも一度通った道だけど生きているうちになんやかんやで有耶無耶にされてまぁいいか! って考えだすから安心しろ……が、仕方がないか、やりたくはなかったんだがな」

 

 溜息を吐き、男は言った。

 

「娘の成長を見るか」

 

 背後から来るぞ、とヴィルフリッドに忠告した瞬間には男の姿がヴィルフリッドの背後にあった。それに反応し横へと体をズラしながら対応すれば拳が空間を穿つ。周辺の空間そのものを消し飛ばすような攻撃はその余波で足元を削り、消滅させている。横にズレたヴィルフリッドの動きは大きく、その余波を避ける様なものであり、しかし細かく、素早い。攻撃後の硬直を狙って放たれた拳は一瞬で男の姿に到達し、貫通した。

 

「分け身ッ!」

 

 言葉と共に男の姿が掠れるように消えた。分け身、つまりは囮の類。ヴィルフリッドの攻撃を狙い打った第三の撃が虚空から男の姿と共に出現し、その姿を捉えた。それを鉄腕で受け止めながらもヴィルフリッドの姿が跳んだ。魔力で強化しても男と女の体格の差と根本的な筋力の差は変わらない―――同じ魔法を使って殴り合う場合、より筋力をつけている方が有利になる。

 

 故に、男である父親の方が純粋な殴り合いは勝る。だがヴィルフリッドも受け慣れているようで跳ね飛ばされてから空中で回転し、着地する。その隙間を縫うように男が滑り込んできた。ヴィルフリッドも対応するように拳を構え、前へと踏み込む。超至近距離からの拳打が互いに連続で放たれる。消滅の効果を纏った拳は消滅と消滅を食い合う様にお互いを破壊し、その衝撃を周辺にまき散らし、床や壁に抉ったような痕跡を生み出す。

 

「おぉ、成長したなヴィルフリッド。昔のお前と来たら殴られたら星の様に飛んで行ったものなのにな……」

 

「それ、5年以上も前の話だよ! 鍛錬と技術は記憶に継承されてるから指導する人間が居なくても関係なく成長するって解ってるでしょ?」

 

「いやぁ、父親としては娘の成長が気になる訳でな―――ところで、男の気配を感じないが大丈夫か?」

 

「彼の男を殺さねばならない。僕はそれを確信した」

 

 足を一瞬たりとも止める事無くヴィルフリッドと父親が縦横無尽に拳を叩きつけ、ポートを破壊しながら戦闘を続行する。その戦いは一見、互角に見える。とはいえ、それはそう見えるだけだ。

 

『エレミア一族は記憶の中に技術と経験の全てを継承する一族らしいね。つまり父と子で技術や経験が一緒になるという訳だ……いや、父のそれを受け継いでいる以上、子世代の方が理論的には強くなっている。だけど現実はそうもいかない』

 

 成熟した大人の男の肉体と、未成熟の女の子供の体。どちらが体力を残し、そして純粋な打ち合いで有利を取れるかは簡単に理解できる。戦闘方法を変えたとしても同じエレミアの経験から引きずり出す場合、その対処方法が既に存在しているため、根本的な状況の改善には至らない。こうなってくると戦闘は純粋に肉体的に優れる者が優位に立つ事になる。

 

―――当然、それは男に傾く。

 

「ふむ、諦めを見せないか。殿下がよほど大切か」

 

「当然でしょ?」

 

 友達なんだから―――その言葉を拳打の音に紛らせてさらにヴィルフリッドが加速する。それに合わせて男の姿も加速し、一般人では視界にさえ捉えられない速度で戦闘を続行する。動きながら一瞬でも攻撃する事を辞めず、拳と蹴りを織り交ぜたコンビネーションの合間、死角に魔力弾に消滅の効果を発揮させながら配置し、放つ。だがそれを同じ経験から察している男が魔力弾に魔力弾をぶつけて相殺するように消滅の波動を撒き散らす。

 

 縦横無尽に移動しながら放たれる破壊の連続はポートという施設を破壊し、抉り、削って行く。エレミアの奥義の数々が殺す為に放たれる。その細かい動きはおそらく、武術に特化している訳ではない自分には一切理解の出来ない事だろう。だがその気迫、そして殺意は理解できる。動きの一つ一つに明確に殺すという意思が含まれているのは感じる。或いはそれは防御を抜いて蹴散らすのか、回避を許さずに殴り通すのか、そういう技術が混ぜられているのだ。先程から攻撃を攻撃で迎撃しながら打ち合い、ポートを破壊して行く。

 

 だが攻撃がヴィルフリッドの身を掠り始める。冷静に戦い続け、理性的に戦い続けている。だけどそれでも子供と大人。遠距離の砲撃戦による魔力勝負にでも入らない限り、大きな変更を持ち出すのは難しい。

 

 奇策、ギャンブル、奇跡―――というものは達人とも呼べる領域では発生しない。

 

 技術、鍛錬とはつまり不確定要素を排除する為の行いでもある。何十、何百、何千、何万回と繰り返す鍛錬は徹底してどんな状況、どんな状態でも鍛錬通りの結果と成果を生み出す為の者であり、一か八か、という運の要素を捻じ伏せて勝利する為の堅実な努力である。

 

 そしてその努力ととれる策を双方ともに完全に理解している。

 

 数百年間の間にわたって溜め込まれた知識と技術と戦闘スタイル。

 

 果たしてたった数年の間だけ積み上げた経験がそれに勝るのか?

 

―――現実は厳しく、答えは否である。

 

「くっ」

 

 ヴィルフリッドが大きく飛び退く。父親との間に距離を作る様に動き、踏み込もうとした父に対して大きく足を大地へと打ち込み、衝撃の壁を作ってその動きを牽制した。衝撃の壁は消える事無く消滅を纏い、そのまま滞空して空間を二つに分けた。もはやポート内に二人以外の人影は存在していなかった。他の者は全員、逃げ去っていた。ヴィルフリッドの頬には切り傷があり、先ほどの攻防からのダメージを証明していた。とろり、と流れ出す血を軽く拭ってから拳を握り直した。

 

「まだやるのか?」

 

 拳を油断する事無く構え直した父親がヴィルフリッドへと言葉を向けた。それにヴィルフリッドが答えた。

 

「当然だよ。特別な見返りを求めた訳でもないけど……それでも向けられた友情には応える。それが友人としての唯一の義務だ。僕はこの友情を裏切らないし、裏切りたくはない。ヴィヴィ様は愛に飢えている。誰か、一緒に居てあげないと死んじゃうほどにね」

 

「俺の娘も言う様になったなぁ……まぁ、成長は喜ばしいけど倒すがな」

 

 その言葉にヴィルフリッドが息を吸い直した。男とヴィルフリッドの間にそう大きな実力の差がある訳ではない。技量的にはエレミアの性質上、拮抗している。問題なのは経験と体格。技術や根本となる技が一緒である以上、才覚以上にそれが明暗を分けている。そもそもバトルセンスそのものでさえエレミアの中で蓄積されているのだから、超天才の個人が生まれたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()のだから今更一人増えたところで変化はそう大きくはない。

 

 負ける。

 

 このまま戦い続ければ順当に、ヴィルフリッドは敗北する。

 

 おそらくそれが歴史だったのだろうと判断する。オリヴィエはヴィルフリッドが側にいれば大丈夫だった。ヴィルフリッドはある意味オリヴィエの唯一の理解者である。何故ならそれはヴィルフリッドにはオリヴィエと共にベルカ王宮にいた時代が存在するからだ。ヴィルフリッドは知っているのだ、オリヴィエがどういう扱いを受け、どういう存在であったのかを。だからこそ彼女はオリヴィエの理解者となれた。

 

 それはクラウス・イングヴァルトとクロゼルグには絶対出来ない事だった。二人はオリヴィエの過去を知らない、それに触れていない。シュトゥラからの付き合いだからだ。故に、オリヴィエに対して忌憚のない意見を出せるヴィルフリッドがいなければ―――彼女を正しい方向へと説得できる人物はいなくなる。

 

 そうすれば責任感とプレッシャーでどうとでもなる。オリヴィエは動かしやすい女だ。

 

 だからここでヴィルフリッドが敗北すればすべてが終わる。その気配が如実に男の方から漏れ出している。このまま戦い続ければ負けるというのが見えてきている。だがその中で、ヴィルフリッドは負けるつもりはないというのが解っていた。その瞳には覚悟と闘志の光が宿っている。何があっても絶対に勝利するという執着が見える。

 

 諦める気なんて欠片もなかった。

 

「僕がやらずに誰がやるんだ……そう、僕だけがヴィヴィ様を助けられるんだ。手段を択ばず、何をしても僕は絶対にここで勝利する。そしてヴィヴィ様を助けに行く。今の話を聞いて解ったんだ。ヴィヴィ様はこの世界にいるべきじゃない。もっとどこか、誰の手も届かない遠くへと逃げるべきなんだ、って」

 

「まぁ、確かにそういう女だろうな。とはいえ、王族として生まれたのが運の尽きだ。生まれと血筋からは逃げられない。これに関しては俺とお前も一緒だな」

 

「そんなものはクソ食らえ、だ。僕は諦めない。そう、悪魔に魂を売ってでも絶対に勝利する―――!」

 

 そうして、ヴィルフリッドはその視線を此方へと向けた。力を求めるように、助けを求めるように、藁に縋る様に視線を向けた。だが残念ながら自分とヴィルフリッドの相性は悪いとしか言えない。肉体を運用する事に特化したヴィルフリッド達エレミア一族と、召喚を特化させることにした自分ではここら辺はどうしようもない。ぶっちゃけた話、俺程度の動きであればこの娘は完璧に再現できるだろう。それに俺が直接時間に介入できるわけでもない。なので残念ながら俺自身が何かを出来るという訳ではない。

 

 その言葉にヴィルフリッドは唇を噛み締める。だが言葉を続ける。何もできないという訳でもない。

 

 そう、現代では契約したら最後社畜にさせるソロモンとか、絶望的に容赦のないマーリンとか、王子を引きずり出してシンデレラと踊らせる魔法使いとか、そんな異名ばかりを保有している自分である。こう、いい感じの奇跡の一つや二つ、絶望的に欲しくもない異名を捨ててでも達成してやろうではないか、と思いつつある。

 

『あるのかい? そんな方法が』

 

 そんな言葉をジェイルはお約束として投げて来た。ならば答えよう。残念ながらあるのだ。なにせ、()()()()()()()()()()()()のだから。そう、

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだから。故に物語に小さな奇跡を起こす魔法使いとしての言葉をヴィルフリッドに送る。俺はここに存在する魔法使いではあるが、決して良い魔法使いではない。違法契約を交わすし、騙して契約を結ぶことだってするし、それに相手が苦しい時に契約を持ち出そうとする。だけど、そう、自分は契約という事に関しては物凄く誠実であるつもりだ。少なくとも契約する時、その約束を果たすつもりではある。

 

 そしてヴィルフリッド・エレミアは勝利を欲している。故に、ここで自分が送る言葉はシンプルである。

 

 祈りたまえ―――と。

 

 もし、もし―――である。もし、ヴィルフリッド・エレミアが抱くその怒りが、友情が、義憤が、覚悟が本物であるならば―――それが怨念をさえも超える執念であるならば、それがどんな使命よりも強い想いであり、たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のであれば、

 

 その思いが300年を超えても残ると信じられるのであれば、祈ると良い。

 

 汝、祈りを捧げよ。さすれば救われん。

 

 だが祈るのは自分が信じられない神ではない。自分という存在が抱く覚悟、その信念、想いの強さに対する信仰である。それが本物であり、偽りではないのなら、必ず答えは出る。道は開ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に到達できる筈である。

 

 そう―――過去と未来は常に線によって繋がっているのだから。

 

 その祈りと共にヴィルフリッドは目を閉じた。その言葉を信じたのかどうかを判断する術はない。だが今のでどうやら、この空間に存在し続けられるだけの力を使い果たしたらしく、この空間からオリヴィエのいる空間へと自分の存在が引きずられるのを感じていた。やれやれ、最後まで見ていけないのか、と少しだけ残念に思う。

 

 そんな自分の視界の中で、小さな変化が現れた。

 

 ヴィルフリッドが顔を上げ、目を開け―――そして父親を見た。その視線に何らかの変化を感じ取った父親が少しだけ、構えを強める中、ヴィルフリッドが口を開いた。

 

「そう、だね。残念だけど()じゃ父さんを倒せないみたいだ―――」

 

 だから。

 

 ヴィルフリッドの髪が白く染まった。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()

 

 髪が完全に白く染まったヴィルフリッドが父親を睨んだ。直後、二つの姿が一瞬で喪失し、片方の姿が弾丸の如く壁を貫通して吹き飛ばされた。一瞬で人の姿が消え、崩壊を始めるポートから姿が喪失して行きながら、

 

 その戦いの終わりを眺められないことを残念に思いながらオリヴィエの元へと去り、戻る。




 今じゃ勝てない? じゃきん、同じ思いを抱いた未来の子孫に力を貸して貰いましょうねぇー。やり方は既に経験している。どこと契約を仲介すればいいのかは既にジェイルくんが一度発言している。ヒントと答えはあったのだ。

 汚い方のソロモン。マレフィセントを蹴り飛ばす妖精さん。王様を作らない方のマーリン。ブラックサモンカンパニーなアイツ。そんな異名を持つ帽子さん。

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