装甲悪鬼村正 番外編 略奪騎   作:D'

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BLADE ARTS Ⅲ

 自身の劔冑(ツルギ)が告げる。あの劔冑は奇妙だと。

 快晴を翔る。

 まず有利を取った。敵は後方。このまま旋回し初手を打ち込む。高度的有利を確保したまま双輪懸(ふたわがかり)に持ち込むが理想。

 

 旋回。敵を正面に据え降下。太刀を右肩に背負い、打ち合いに備える。

 ふと劔冑の言葉を反芻する。奇妙、とは。

 ふむ、確かに。

 

 正面にある敵を見れば、その奇妙さは見て取れる。

 光沢を持った灰色の装甲。美しい流線型を中心とした飾りをした上半身。それとは逆に群青色、直線的な下半身。腰から肩に掛けて、その飾りは交差し伸びている。

 いや、奇妙なのは飾りではない。それよりも――背面。

 

合当理(がったり)が異様に小さい。あれでは十分な推力を得られるとは考えにくい。現に上昇すら苦しそうな様だ」

 自らの劔冑、村正と比べる。

 村正の合当理は背面いっぱいに背負う大きさ、熱量変換型単発火筒推進と呼ばれる一般的大きさの合当理である。

 

 だが相対する敵の劔冑はどうだ。見たところ分類は同じ。熱量変換型単発火筒推進。しかし、その大きさは村正のよりも二周り小さい。

 それは、そこから吐き出す推進力を大きく差を別ける。あの大きさならば双発式であるべき。

 見れば、母衣(ほろ)も同じく小さい。腰から伸びた二枚の羽は、分厚く、しかし短い。

 

 腿にも母衣のようなものが見えるが、どうにも違う。

 例えば、機動性に特化した形であるのなら、その翼幅は小さくあるべきである。

 翼は大きければ長時間の騎航に優れているが、機動性、旋回速度には大きく障害となる。

 

 転じて、翼が小さければ旋回速度に優れ、しかし効率的な揚力を得られぬが為に、必要以上に合当理を吹かす必要があり、非効率となる。

 母衣の大きさだけで言うのなら、旋回性に重きを置いた劔冑、というだけですむ。だが、それでは小さな合当理を使う理由とは一致しない。

 旋回で勝ったとしても、あれほど上昇に苦しむ速度では、その理を殺している。そも、その非効率な揚力を得る為に推力は増して必要なのだ。

 

 小さな合当理を使う理由は、熱量の温存。それに照らすと、大きな母衣を使い小さな合当理を使う。それがもっとも、長時間の騎航に適した形である。

 長所を重ねる。長所で短所を補う。そのような形ならばあるだろう。

 しかしあれでは、短所に短所を重ねている理に合わぬ歪な形だ。

 

 あれを打った刀鍛冶は何を思ったのだろうか。それを思えば、村正が奇妙と言った理由も当然である。

 村正の金打声が脳内に響く。

 

《違う。確かにあの母衣と合当理は奇妙だけど、それよりも、あの劔冑からは妙な感じがする。二人いるような……》

「? どういう事だ」

《分からない。一つの劔冑なのに、二つ、重なっている感覚がする》

 

 疑うべきは、感覚の欺瞞。脳裏に過ぎるは、苦戦を強いられた月山従三位の名を持つ劔冑。劔冑の目と耳を欺き、見えざる刺客となった強敵。

 つまりは――陰義。

「それはあの時の、ステルスと同じ感覚か?」

《それも違う。陰義ではない。目も耳も正常。それは保証する》

 

 ……保証。 

 劔冑の語るその言葉に意味があるか、考える必要もない。

「それは道具のお前が口にする言葉ではない」

 

 敵が迫る。

 太刀を握り直す。

 圧倒的有利。降下による加速に加え、敵の速度不足。打ち負ける可能性は限りなく無きに等しい。

 

 ここは最大限の力を当てる。相手の下に潜りこんでからの、振り下ろし。

 迎撃の構えを取る敵を見る。抜いた獲物は太刀。否、母衣も合当理も、獲物すらも一様に小さい。

 それは太刀よりも短く、脇差よりは長い。大脇差などとも呼ばれ、およそ実戦で使われる事がない代物。

 

「――小太刀か!」

 取り回しに特化した刀の形。威力を捨てた、およそ武者の主武装には適さない武器。

 わざわざそんな物を振り回すからには、それだけの理由がある。だろうが――。

 

 検討がつかない。

 ついに、敵が目の前に差し掛かる。

 仮に何をしてこようとも、この時点ではもう、構えを変える事などできない。

 

 否、そんな必要もない。有利は変わらず、不利は覆る事はない。

 予定通りに相手の下へ潜りこむ。敵に妙な動きなし。後は渾身の一撃を見舞うだけ。

 一刀。重力による加速を載せた理想的な振り下ろしは、しかし。

 

 ガチリ。刃金を打ち合う音を響かせ、妙なてごたえに終わった。

 敵の位置を確認する。

 後方。変わらず四苦八苦という様子で天に昇る様が見れる。

 

 妙だ。おかしい。

 あの威力ならば、受けた小太刀ごと断ち切る事ができたはず。しかし、敵の獲物は健在。

 仮に無事、受け太刀できたとしても、あの威力を受けたのならば、あの敵の鈍間な速度。武者ごと叩き落とす事すら可能だったはず。

 

 いや、それ以前に、獲物がぶつかる音を響かせながらも、てごたえがまるでなかった。

 空を斬るよう、とは言いすぎだ。だがしかし、暖簾を押した様である、というのはしっくりと来る。

 確かに何かを打った感触こそあるが、そこから先がまるでない。押した実感がまるでない。

 

 つまり、渾身の一撃は容易く、受け流されたという事。

 しかしどうだ。地に足つけての戦いと今は違う。これは武者同士の、騎航による双輪懸に他ならない。

 受け流すという行為は、腕を引くだけでは三流以下。体を引いてこそ十全な受け流し。

 

 だが、それを空中でするならば、そのまま体勢を崩しかねない危険な行為。

 当て推量で出来る業ではない。

 油断があったか、と己を恥じる。否、ここは相手の業に感服すべき所か。

 

 降下の勢いは上々。そのままの勢いに上昇する。敵を見れば、ゆっくりと速度を落としながらも、推力を得ようと下降する様が見れるだろう。

 これが双輪懸。∞を画きながら交差点で斬りあう、劔冑を纏う武者の戦い。

 一度取った有利は簡単に覆りはしない。次に打ち合う瞬間も、相手は下から突き上げ、自分は上から払い落とす。

 

 次こそ決める。敵の様子が変わらないのであれば、次で決める事ができる。

 下に潜った一撃を上に流れて受け流すならば、次は上から切り上げ、敵を下に泳がせる。

 そしてそのまま、体で叩き落とす。

 

「やれるな、村正」

《ええ、可能よ、御堂》

 敵の様は極めて薄い装甲。転じて村正は重圧なそれをしている。

 

 ぶつかり合いで負ける訳がない。

 不意に、金打声が脳を叩いた。

《さすがのさすが。赤い武者と呼ばれるからにはお強いことで。六波羅の数打とは訳が違う》

 

 敵の武者の声。名を芹沢弥刑部(せりざわ やぎょうぶ)。

《だがこちらも数打とは訳が違う。そも真打ならば。執らせてもらうぞ。悪鬼!》

 互いに上昇から下降へ切り替える。

 

 その時、敵の装甲が青く淡く光りを纏った。装甲に走る文様。あれは真打ならではの現象。

 

《御堂! 陰義が来る!》

「――諒解!」

 警戒。相手の動き全てを見る。

 

 陰義(シノギ)とは、数打にはない、真打だけに備わる力。この世の理を曲げる力。

 その力は千差万別。故に相手の手札を予測はできない。村正とて、磁力操作という陰義を持っている。

 相手の陰義を交わすか、防ぐか。こちらも陰義で迎え撃つか。

 

 しかし、陰義は多大な熱量、カロリーを消費する。劔冑を動かす事全てに熱量は関わる。

 劔冑の維持にも、傷の治癒にも、合当理を吹かすのにも。

 何をするにも熱量は居る。それが切れれば体は凍り、劔冑は落ちる。

 

 そのため莫大な熱量を仕手から奪う陰義は乱用ができない。最後の切り札。

「村正、相手の銘を鑑る事はできるか」

《……どことなく豊後の作に見えるけれど。もし豊後の作であるなら、千鳥。でも、あれは……》

 機体が加速する。重力に引かれ、合当理に押され、加速する。

 

 高度計がぐんぐんと目盛を減らしていく。太刀を右肩に背負う。

 千鳥。雷を斬ったとされる名物に数えられる一つ。その逸話より雷切と呼ばれる劔冑。しかし村正が口を濁した理由も分かる。

 折れず、曲がらず、よく斬れる。戦使いを主眼に置いたその作風こそが豊後の売り。

 

 しかし、敵の劔冑はどうだ。不釣合いな母衣と合当理。実践的とはいえない小太刀。まるで豊後の作には見えようもない。

(もし、逸話にあるままの千鳥、雷切であるのならば、やはり雷が関わる陰義となるか……)

 詮無き事。当たって見れば分かるという物。

 

 相手の顔が見えてきた。青白い光りを纏いながら昇りくる姿はやはり遅い。

 瞬間、身の毛が逆立った。首がすくむ。顔が冷える。心が凍る。

 光りが瞬いた。

 

《御堂――!》

 切羽詰った村正の金打声。しかし、その声を聞いたときには既に、斬られていた。

 今更と、ピシャリ、と雷が嘶いた。

 

 鼓膜を叩く震えに耐える。

「――損傷は!?」

《――左肩から背後甲鉄が大破、幸いにも合当理は無事!》

 

 言われて、左腕を見る。

 大丈夫。繋がっている。しかし、持ち上げられない。

「敵の位置は」

《午の上!》

 

「上だと?!」

 敵に視線を向ける。遥か上空。如何様にしてそこまで昇ったのか甚だ疑問であるが、確かに米粒ほどの大きさの武者が空を舞っている。大きな母衣を広げ、風に乗って舞っている。

「……母衣が大きくなった?」

 

《恐らく、折りたたんでいた、と考えていいでしょうね。でも、母衣よりも、あの劔冑、合当理が止まっているほうが大事じゃない?》

 言われて気づく。合当理が火を噴いていない。

「陰義による熱量不足か?」

 

《あり得ない、訳じゃないでしょうね。

 たぶん、相手の陰義は雷化、とでも言うべきか、ともかく音よりも速く加速する事が敵の陰義。

 そんな大技、ほとんど刹那に近い形でしか使えないでしょうけど、それでも熱量は相当喰らうと予想できる》

 

 音よりも速い加速。なるほど、それならば一瞬で斬られた事も、その後に雷の音が響いたのも納得できる。

 ならば、どうだ。熱量を騎航戦闘中に回復するなど不可能だ。

 熱量の回復には食事は欠かせず休憩も必要。あの一撃で仕留められなかった段階で、こちらの負けはなくなる事となる。

 

 ――だが、本当にそうだろうか。

「なぜ、あれは落ちない。熱量不足ならばコントロールを失うはずだ」

《恐らく、凧なんでしょうね。広げた大きな母衣で風を捕まえて、緩やかに滞空する。高度は次第に落ちていくでしょうけど、あれなら即墜落という事はなくなる》

 

「つまり、あれは合当理が止まる事を想定した作りをしている、という事か」

《そうなるわね》

 ……ならば、敵はまた息を吹き返す!

 

 それまでにこちらも取り戻さねばならない!

「高度を稼ぐ!」

《諒解》

 

 視界が回る。ゆっくりと、体がばらばらに飛散しないよう気を使いながら旋回。落ちてきた勢いを上昇へと変える。

《御堂、敵に動き有り。合当理が再点灯したわ》

「予想通りだ。敵も甘くはない」

 

《熱量不足というより、あの陰義自体に定められたリスクのようね》 

「あれだけの加速だ。いくら仕手といえど、無事ですむ筈がない」

《意識を失っていたと?》

 

「その可能性は大きい。あれだけの加速、急上昇。劔冑は無事でも血は無事ではすまない。その危険も、あれだけの高度で離されてしまってはすぐに追撃する事は出来ない」

《つまり、最初、高度の有利を私たちに渡したのは》

「それを餌にした罠だったという事だ。もしあの加速を使って、上手から攻撃したならば、打たれた側は重力に従って追撃すればいいだけの事。

 

 あの陰義は、下から突き上げる時でしか使えない。故に」

《今は相手のほうが高度は上。陰義が使われる事はない。でも――》

「分かっている。この一刺しは高くついた」

 

 先ほどは渾身の一撃を不意にされた。だのに右だけからの一撃は通るだろうか。

 敵の劔冑が――雷に似た陰義であったのだからやはり、千鳥だろう――まっすぐこちらへ向かって降下してくるのが見える。

 弥刑部は左手に小太刀を一本、逆手に構えている。

 

 逆手ならば、相手はこちらの上を取ろうと動くだろう。

 逆に、こちらが上を取れば往なす事も許さない。

 下段からの切り上げ。それが最良。

 

 ……いや、待て。先ほどの太刀打はともかく、あれはどうだ。さすがに露骨ではないだろうか。

 先ほどの受け流しは驚嘆に値する一合いだった。そこから力量も測れるというもの。

 ならば、あのような分かりやすい弱点を晒す構えがあるだろうか。

 

 もしあるとするならば――上を取らせる事こそが本命。

 何か返し技があるのか。逆手である意味は?

 ……もし。

 

 もし脇差であるならば。

 まだ相手の業を予想できようものがある。流派によって変わるが、脇差による業もあるにはある。

 しかし、相手は小太刀。

 

 特殊だ。普通の流派では扱わない代物。

 相手にした事がない。

 業を学んだ事がない。

 

「――ぐっ――!」

 敵は構えを変える事無し。もはや交差も目前。

 右手に持った刀を真っ直ぐと敵へ向け構える。

 

 右手一本しかない事に思い至った。

 斬り上げはダメだ。

 斬り下ろしよりも筋力の必要な打ち込みを片腕で行うなど片腹痛い。

 

 力ではダメなのは先で証明されている。ならば――。

 

 交差。

 

 こちらが上。相手が下。相手の背筋に沿って刃を突き入れる。又は合当理を突く。それがこちらの狙い。

 だが、その試みも無駄に終わった。

「――何だと!」

 

 回転(ロール)。母衣が砕けるかという速度で急激な横回転。上を飛んだ俺に腹を見せる形となった相手は、しかし回転の勢いのまま左手一本で小太刀を振り、俺の突きを払った。

 だが、それでは終わらない。

 右手が襲う。右手が、二本目の小太刀を持った右手が襲う。

 小太刀二刀流。

 

 武者の武器としてこれほど利に沿わぬものがあるだろうか。

 武者の甲鉄は厚い。双輪懸は、そんな厚い甲鉄を割く為に必要な立ち回り。

 片手で振るう刃では早々、甲鉄を割く事など出来はしない。

 

 無論、現状のように怪我でそれを余儀なくされる事もあるだろう。

 しかし、初めからそれを選ぶとは何ぞ理あってのことか。

 そも二刀流とは防御の型。攻撃には向かぬ型。

 

 地に足つけたままならともかくも、騎航した武者にはあまりにも――。

 ――しかし。しかし、甲鉄を身に纏う武者としても弱い場所はある。

「はっ!――ぐっ――っ!!」

 

 ここは左手で払いたいところ。しかし、左手はあいにく先の一合いで動かなくなった。

 凶刃が首をめがけ振るわれる。

 首。甲鉄は関節周りこそが弱い。そこを突くのは当然。

 

 それが小太刀であるのなら、なおさら。

 体を翻し肩で刃を防ぐ。甲鉄を打つ音が響く。凌いだ!

 これで二度目の、いや、三度目の交差が終わる。

 

《左肩に目立った傷なし。力自体は弱いようよ》

「あんな無理な体勢から振ったのだ。太刀は払えても甲鉄を裂けるとは思っていない」

 しかし、肝は冷えた。

 

 慣れぬ武器相手に、やはりどこか侮りが抜けない。いわば一太刀一太刀が新鮮な心持。

 両腕で振るったのなら片腕の小太刀に刃を払わせはしなかった。

 ……知っていて、そう取ったのか。

 

 高度を得る。その一身で身を落とす。

《御堂、敵が!》

 視力を強化。敵を見やると、そこには未だ落ちている敵を見つけた。双輪懸の常識を照らせばあちらは上昇し、高度を得て、再び交差に向けて落ちる。

 

 しかし、相手に上昇の意思はない。

「――しまった! 馬鹿な、双輪懸において、より低い位置を取り合うなんて事が……!」

 今、現にあったのだ。

 

 常の双輪懸であるならば、敵よりも高く高度を取り合う。それこそが武者の騎航合戦の不文律。

 だが、今はどうだ。敵は低い位置を得んが為、上昇を放棄し下降を続けている。

 だがそれも当然。彼の陰義は相手よりも低い位置に居るときに真価を発揮する。

 

 ここはどうする。相手の思い通りにさせてやるか。それとも、チキンレースを始めるか――。

 

 

 

 

 ……ここは素直に有利をもらう。

 彼の劔冑は彼の理に乗っ取った作りをしていると見受けられる。

 つまり、それだけバランスを失いそうな瞬間からの復帰にも適した形をしているはず。

 

 チキンレースを行い、ぎりぎりまで粘った相手に置いていかれ、復帰できずにこちらが地に落とされるなど、笑い話にもなりはしない。

 例えば重量。例えば大きさ。例えば母衣の形状。

 又は仕手の力量によるだろうが、しかし特化した性能に汎用型が及ぶべくもない。

 

《……その思考は少し不愉快》

「黙っていろ」

 

 ならばここは、無理に付き合う必要もない。こちらはこちらの流儀を貫かせてもらうまで。

 兜角をあげる。上昇。こちらがしばらく昇ったと見れば、相手も上昇を始めるはず。

 来た。遥か下方。ようやくと重い腰を彼は上げた。

 

《掛かったよ》

《掛かったね》

 

 二つの金打声がした。

 一つは幼いころころとした少年の声。

 一つは幼い鈴のような少女の声。

 

《何? これは……つ、劔冑なの? まさか、あんな幼い……》

 

 村正の驚きが伝わる。

 劔冑とは刀鍛冶がその身を捧げ、作り上げる生涯にただ一つの、刀鍛冶における最終作品。

 それが幼い子どもであるなど、誰が思おう。

 それはつまり、幼い身で劔冑の鍛造を習得し終え、それを振るったという事。

 

 劔冑の鍛造は一夕のものではない。それを考えれば、村正の驚きも理解できる。

 だが、問題はなぜ、二つの声がするかという事。

《そんな、そんな劔冑があるなんて……》

 

 だが、今はどうでもいい。次の交差、相手は陰義を使ってくる。それだけを考えろ。あれとどう交わすか。それだけを。

 しかし答えなど決まっているようなものだ。相手が最強の一撃を振るうならば、こちらも最強の一撃を振るわねばならない。

《……捉えられるの?》

 

「やるしかあるまい! 磁気鍍装(エンチャント)――蒐窮(エンディング)!」

《ながれ――つどう》

 

 太刀を鞘に収める。左手を無理やりに鞘に当て、磁力によって固定。抜刀の構を取る。

 

 音を置き去りにした一撃。神速といって良い一撃だが、しかしその初動は陰義であるが故に容易く感知するところにある。

 そして、加速の間、相手は十分な認識を得られていないと推測される。もし、しっかりとした認識があるのならば、最初の一撃の折、その速度のまま無防備に固まった俺の首を落としていれば済む話。

 しかしそうならなかったのならば、首を落とす事が出来なかったと考えるが妥当。

 

 あの速度を知覚できないのは、相対する敵だけではない。振るう自身すら知覚できていないと考えられる。

 そこが、付け根。

 そこを、斬る!

 

 敵が迫る。

 二刀を両手に構え、昇り来る。敵の構は片手を逆手に、片手を正手に持った、二の構。

 

 後三百。後二百。後百――。

 

《陰義がこない!》

「――ならば好都合!」

 

 吉野御流合戦礼法「迅雷」が崩し――

 

 村正の陰義は磁力操作である。その力を一点に集中させた己最強の剣技。

 極限まで高めた磁力によりはじき出される剣速は誰の知覚に止まることもない。

 最速にして最強の抜刀術。

 

電磁抜刀(レールガン)――(マガツ)!!」

 

 交差の瞬間に必殺の一撃は放たれた。

 防ぐ事、かわす事、叶わず。

 

《――シャァアァアッァ!》

《その力》 

《断ち切る》

 

 必殺の抜刀は――

 

 ――小太刀一本にて、防がれた。

 

 それを呆然と仰ぎ見たのを、誰が責めることができると言うのか。

 太刀すら両断する一撃を、左手の、逆手にもった小太刀一本で太刀打した等と。

 無論、呆然としたのは自分だけではない。劔冑も、村正さえも思考を停止させただろう。

 

 だが、復帰は村正のほうが早かった。

《御堂! ――陰義よ!》

「――来るか!」

 

《違う!》

 途端、小太刀の刃先が目に映った。

「ぐっ――!」

 

 首の関節を狙った一撃は、大きく体をそらせ回避した。

 しかし、その刃先は止まらず、そのまま肩の関節から入り込み、肉を焼く。

「あっがあっ――!」

 

 右の肩を貫かれた。

 ――窮地。これでは太刀を振るえない!

 後退、の二文字がよぎる。

 

 敵が背後へ抜ける。四度目の交差が終わった。

 

 終わってから、先の一合いを検証する。なぜ、小太刀にて禍は防がれたのか。

《……陰義。敵の劔冑は、防ぐ瞬間、陰義を使っていたわ》

「だが、相手の陰義は音を置きさるあの加速。それをどう応用しようとも、防ぐことなど出来はしない。仮に小太刀のみを、腕のみをあの速度で振るったとしても、小太刀が持たん!」

 

《違う。加速の陰義ではない。いいえ、前提が違う。あの劔冑には、心鉄が二つある》

「心鉄が――二つ?」

 心鉄とは、劔冑の作成過程における最後の段階。刀鍛冶がその身魂を捧げ刀に打ち込む最後の仕上げ。真打劔冑は心鉄がなければ劔冑足りえない。

 

 だが、それは一つだ。

 劔冑を打った鍛冶師がその御霊を打ち込む。それがなぜ、どうすれば二つとなる。

《あれは、元々二つの劔冑なのよ。心鉄が二つ。陰義が二つ。されどその身は一つきり。二刀一対の劔冑。そんなものが……あるとは思っていなかったけど》

 

《お分かりかな。この劔冑の正体が。二刀一対。千鳥と雷切。姉弟劔冑がこの一領》

 こちらの話を聞いていたのか。否、気配を察して金打声が響いた。

《心鉄が二つ。陰義が二つ。つまり――》

 

《え? ――御堂! 午の上、敵機反転!》

「な、なに?!」

《刀が二つ。合当理が二つ! 母衣が二つ! それがこの劔冑、千鳥と雷切の本領よ! ッシャアアァァ!》

 

 急な旋回。歪な騎航。えもすれば母衣は砕け、その身は落ちる危険な旋回。

 腰から吹いた新たな合当理による急激な方向転換。母衣を一時折りたたみ、しかる後に広げ直す。

《あ、あんなのずるい!》

 

 二門の合当理に火を吹かせ敵はこちらへ追いすがる。その速度は先ほどまでとは雲泥の差。今の姿こそが本来の姿なのだろう。

 名物といえる力量が煌いている。

 しかし。関心している場合ではない。

 

 この状況は、あまりにもまずい!

 現状、こちらは降下中。そして相手もそれを追う形で降下している。

 しかし、それは。武者の斬りあいには本来ありえない形。

 

《さあさあさあさあ!、ドッグファイトの経験は有や、否や!》

「……っぐ……否!」

 

 ある訳がない。

 武者にとって、尻傷は切腹を持って雪ぐ恥辱。追われながら戦うなどありえる筈もない。

 しかし、しかし。

 

 現状こそがまさにそれ。こちらが逃げる訳でもなく。無理やりにこの形にされるとは夢にも思わなかった。

 

 

《――御堂!》

「――どの道、このままでは戦えない! ここは、退くぞ!」

《――諒解。悔しいけど。あんな子どもに負けるなんて……》

 

「まだ卵は問題ないな」

《大丈夫。孵化する気配すらない》

「……よし!」

 

《逃がすと思うてか!》

 

 

 敵が、追いつく。その一刀が、合当理を捉えた。

「村正ァ! 合当理を止めろ!」

《――諒解!》

 ガチリ、と甲鉄は引き裂かれた。

 突き。

 如何な小太刀といえども、こればかりは太刀と変わらぬ。降下の勢いそのままに、そのエネルギーを余すことなく突きへと変える。

 

 がくりと身が沈む。

 合当理を止めたおかげでそのまま爆散することこそなくなった。

 しかし。

 しかし――。

《落ちる! 御堂、どうする気!?》

「――歯を食いしばれ!」

《――い、嫌あああぁぁ! こ、この考え無しぃぃぃ!》

 

 目下は森林。運がよければ。

 いや、運が悪ければ死ぬかも知れない。

 両手をぶら下げたまま武者合戦するよりも勝機がある。

 

 

 

 そして森が。そして地面が、近づいた。

 

 その後の記憶はない。木々に触れた段階で、俺は意識を失った。




コンセプトは原作プレイした人間の耳にBLADE ARTS Ⅲが幻聴してくるような物を書く事。

やはり見切り発車。元より短編のつもりだから十万文字行く前に終わるかなーと言ったところ。
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