装甲悪鬼村正 番外編 略奪騎   作:D'

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望郷

 こんな時の目覚めは悪い。

 空から墜ちた時は、古い夢を垣間見る。

 

 

 色は匂えど 散りぬるを

 我が世 誰れぞ 常ならん

 有為の奥山 今日越えて

 浅き夢見し 酔いもせず

 

 いつか、いつかもこうして、歌に起こされた。

 ――いつか、手に掛けた姉妹を思い出す。

 ああ、そうだ。

 あの時と同じ――。

 

 

 額に乗せられた濡れた布巾に心地よさを感じながら、目は覚めた。

「――起きんしたか」

 いまだ脳が正常に働かないまま、声に視線を向ける。

 幼い少女が、そこにいる。

「――大丈夫でありんすか?」

 幼い少女の、声がする。

 

 思い出す。否、脳裏を離れぬ、あのままの姿が浮かぶ。

「……ふき……ふな?」

「――ふき?」

 少女が返す。

 えもすれば、耳元に声が反芻する。

 

 にーや。

 にーや。

 お武家様。

 お武家様。

 

 ああ、ああ。

 ああ――――。

 

 ぱたりと、脳は覚醒した。

 目の前の少女は、蝦夷ではない。髪色こそ蝦夷の名残が見えるが、大和人。

 禿(かむろ)と呼ばれるまま、小鶴殿によく似た美しい金糸の髪を首元で揃えた、名を。

「……燕、殿」

 

 視界に映る人物を、正確に把握した。

「はい。しっかりしておくんなんし。湊斗様」

 見慣れぬ部屋だった。天井はいささか低く、周囲の調度も物少ない。

 いや、ここがどこなのかは、理解できている。

 ここは桜屋。

 燕殿がいるからして、そうなのだろう。

 

 そして、小鶴殿の部屋とは違う内装。

 恐らく、燕殿の自室。

 一度目を閉じ、己の肉体を知覚する。

 両肩を中心に包帯を巻かれている。手足の確認。胴体の損傷確認。

 骨折なし。内臓に損傷もない。肩の傷も、武者の治癒力ならばすぐに癒えるだろう。打撲が精々、出血に至らなかった事は幸運だった。

 

「燕殿……お見苦しい姿を晒しております。御迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」

「――いーえ。姉さまがお店の人と一緒に、湊斗様を負ぶって来たので、あちきは何も」

「――しかし、こうして面倒を掛けている事は事実。お礼を言わせてください。額の布巾も、心地よくありました」

「……はい」

 

 燕殿は水桶を持って、そのまま部屋の外へ向かった。

 俺が目覚めた事を、恐らくはあの方、小鶴殿に伝えにいったのだろう。

 今のうちに、状況を確認しておく。

(村正)

 口の中で言葉を転ばす。

 

《御堂。よかった。目が覚めたのね》

(あの時よりも外傷は軽い。二度目となれば、そう心配する事もないだろう)

月山(がっさん)に堕とされた時はあなた、三、四時間で目覚めたじゃない。

 あの時より外傷が軽い癖に、一日も寝ていれば変な心配もしちゃうのが道理でしょう?》

(……一日も寝ていたのか)

《ええ、堕ちたのは昨日の事。今はもう夜よ》

 

(村正、お前のほうはどうだ)

《幸い、合戦での甲鉄部分の損傷は少なかったから。どちらかと言うと、墜落した時のほうが酷い目にあったくらい。ほんの少し、機能不全になってたから。合当理も修復は完了。すぐに飛べるわ》

(そうか。俺の傷のほうはどうだ)

《明日の朝には完治している筈。今は、ゆっくり体を休めて》

(……そうさせてもらう。所で、お前は今どこにいるんだ)

 

《………………………………》

(――村正?)

《あなたと同じ建物の中に隠れてる。……至る所から変な声が聞こえてきて、全然落ち着かないのだけれど》

(……そうか)

 恐らく、天井裏かどこかに潜んでいるのだろう。村正の単騎形態は蜘蛛。隠密に優れた姿をしている。

 しかし、ここは遊女屋であるからして。致し方ない事である。その責を俺に求められても筋違いだ。

 

 村正との会話が止まると、丁度よく(ふすま)が開かれた。

「ああ、ああ、お目覚めになられたと聞きんしたが?」

 目を開ける。肩を出し、豪奢な着物を着おり引きずる、小鶴殿がそこにいる。

「はい。意識は回復しております。小鶴殿にも、ご迷惑の程をお掛けしまして」

「まさか出て行ってすぐ、襤褸(ぼろ)になって帰って来るとは思っていんせんでしたよ」

 くつくつと、小鶴殿は笑う。

 

 確かに傍目から見れば、さぞ奇妙な姿だろう。

「面目次第も御座いません」

「まだ動いちゃ……」

 体を起こし礼を、と思ったが、小鶴殿の背後に控えた燕殿に制されてしまった。

「そのままで構いんせん。寝てなさい」

「はっ」

「さて、ま。何があったか、聞いてもよろしいでありんしょうか」

 

「……はい。桜屋を出た後、犯人と思わしき人物と接触。交戦の折、お恥ずかしながら、敗北致しました」

 騎航して、という形は省略させてもらう。六波羅に属さない一介の警察が、武者である等と、広まってしまうと今後に関わる事となる。

 ぷかり、と煙が舞った。

「姉様、怪我人の前で煙草は……」

(えん)、そねえな事はどうでもよろし。ぬしよ、犯人とやらの事、お聞かせ願えんすか」

 

「それは――」

 しばし思考する。捜査上の事を話してもいいものか。

 ――。

 いや、むしろ話すべきだろう。警察の捜査はなるべく、市民に開示されるべきであると考える。それに、彼女は元より、この事件に関与している。

 この吉原で起こった今回の殺人事件。武者による殺人。その被害者は、彼女の旦那、お客である。つまり――。

 犯人、芹沢弥刑部は、彼女に何某かの関連性を持つと考えられる。

 

「犯人は名を、芹沢弥刑部と名乗りました。小鶴殿の、旦那を殺害した理由については不明。もし、この名に何か、思い至るものはありませんか」

 俺の発言に、まず最初に反応を示したのは、小鶴殿ではなく、燕殿であった。

「芹沢――弥刑部?」

「燕、ちょっと外へ出ていておくんなんし」

「――姉様?」

「ほうら、はやく」

「……はい」

 小鶴殿の後ろに控えていた燕殿が立ち上がり、そろそろと衾を開ける。その表情は、どこか暗い。

 

「ふう。さて、ぬしよ」

「はい」

「一つ、提案なんだけどね」

「なんでしょうか」

「――ぬし、このまま何もせずに、傷が癒えたら帰ってはもらえんせんか」

 

「――それは」

「警察のお方に、こんな事を言うのは怪しい事だとわかっていんす。でも――今の警察なら、それもおかしな事ではないでありんしょう」

「……小鶴殿、それは」

「もう、人死にも起こらないと思いんす。

 明後日の祭りが過ぎたら、その犯人も、二度と吉原に近づく事はないでありんしょう。

 ――どうか、聞いてはもらえないでありんすか」

 

「小鶴殿。自分は、警察の立場でここに居ります。しかし、武者を追っているのはまた、個人的な理由を多分に含んでおります。

 故に、放置して置く訳にはいきません」

「――そうですか」

「申し訳ありません。――その、お聞きしても?」

「こんな事を言った理由? まあ、別に構いんせん。

 芹沢鶴子。わっちの、本当の名前でありんす」

 

 ――芹沢、鶴子。

 小鶴、という名は源氏名であるのは理解していた事だった。しかし、芹沢――。

 思い出してみれば、芹沢弥刑部は小鶴殿とよく似ている。顔立ちも、金糸のような髪も。

「弟御で在られましたか」

「ふふ、燕の奴に聞いてありんしたか。そう、弥刑部はわっちの弟」

 

 苦いものを含んだ笑み。しかし、それは嫌悪や忌諱からのものではない。

 後悔、若しくは追慕。

 複雑な感情を絡ませたまま、小鶴殿は続ける。

「弥刑部はただ、わっちに会いに来ただけ、でありんしょう。事件はまあ、旦那たちには悪いけれども、言わばついで。

 わっちはもう、祭りまで旦那を取る事はありんせん。故に、もう事件は起こらない」

 

 小鶴殿は、殺害動機に心当たりがあるように、そういった。

 いや、正しく理解しているのだろう。

 姉弟。

 そこには、恐らく他者の介入できぬ過去があり、介入できぬ何かがある。

 湊斗景明(おれ)と、湊斗光(あいつ)のように。

 ぷかりと煙が漂った。

 

「お話難い事をお聞きしました。失礼を」

「構いんせん。――今のを聞いた後でもう一度お聞きしんすが、そのまま帰っては貰えんすか。ぬしは――

 ――弥刑部を殺すんでありんしょう?」

 

「っ!」

 

 ――それは。

 殺す。殺す事になるだろう。

 劔冑だけを鋳潰す事が出来たのなら、その限りではない。

 だが、それは夢想にすぎない。

 そも、劔冑と仕手は繋がっている。劔冑だけを仕手に知られず、しとめるなど不可能な事だろう。

 何より、弥刑部本人についても、何やら俺を害する目的を持っているよう。

 互いに装甲した状態での、武者合戦と相成るだろう。

 つまり、どうなっても殺す事となる。

 

 だが、それを。

 それを、弥刑部の姉御である小鶴殿に語るのは――。

 余りにも。

 ――悪徳。

 ――悪逆の所業。

 

「そう硬くならなくても。ぬしが武者で、弥刑部も武者なのは昨日、見ていんした故」

 煙草を咥えて、小鶴殿は言う。

「誰か。もし、誰かぬしの大事な人でも、弥刑部に殺められましたか?」

 

 違う。そうではない。

 俺が彼を追うのは、単に銀星号に関わるが故。

 銀星号の卵を植えられた武者であるが故。

 至極、手前勝手な行為からだ。

 そんな。その感情は、俺が弥刑部へ向けられるものではなく。

 俺が、名も知らぬ方々から向けられるべき感情。

 

「違います。そのような事は決して」

「ならえば、何故?」

「……一身上の都合により、としか」

 ぷわ、と煙と共に、そうか、と一言吐き出した。

「なら、今の話は忘れておくんなんし」

「はっ」

 

「それと、燕の奴に、弥刑部の事、あんま話してやらないでおくなんしね」

「それは如何様にして」

「あの子と弥刑部が会うのは、あまりよい事になりんせんからに」

「……はっ」

 弥刑部からしてみれば、燕殿は妹御となる筈だが。

 己が考えた所で詮無き事、か。

 

「所でぬしよ」

「はい」

「警察と聞きんしたが、どうして武者が警察なんてやっていんす?」

「自分の本来の形は正規の警察官ではなく、所謂パート警察官というべきものです」

「ほう、パート?」

「はい。自分の活動は、鎌倉警察署署長の私費によって賄われています。現在の警察は六波羅政府の指示なくして行動する事は出来ません。

 故に、本来存在しない形で、自分は動いています」

「へー。それは立派な事でありんすねえ。ふーん、署長。その署長はどんなお人? やっぱり、私費でそんな事をするという事は、それだけ出来た人なんでありんしょうか?」

 

「はい。立派な方と言って遜色はありません。自分も返しきれない恩を多分に受けている身です」

「なーるほどなあ。さて、腹は空いていんすか?」

「はい。それなりには」

「それじゃ、燕にでももって来させんすから」

「お気遣いの程、痛み入ります」

 重そうな着物を纏ったまま、彼女はそれを感じさせずに立ち上がると部屋の外へ向かった。

 

 

 

 

 

 男が男女の営みを初めて眼にしたのは、自身の情事ではなく、姉のそれであった。

 姉弟そろって吉原へ買われ、姉は遊女に。弟は下男となった。

 男にとって、姉はそれだけでなく、母とも呼べる存在であった。

 幼くして自らを売り飛ばした女など、母ではない。

 

 手を繋ぎ、愚図る幼かった自分をあやしてくれた姉こそが、母。

 そこに、男は確かな愛を感じていた。

 まだ幼かった姉は、しかし上客の希望によって常の歳より聊か早く水揚げされる事となった。

 水揚げの日。

 

 男は普段通り、下男としての仕事を勤めていた。

 その最中、一人の体の大きな坊主に声を掛けられる。

 その髪、おぬしはあれの弟御かな

 あれ、というのが姉であるとすぐに理解した。自分と、姉の髪は艶のある美しい、自慢の金糸。

 恐らく、生粋の大和人、という訳ではない。蝦夷の血が混じっていたのだろう。

 いつか父であった男も、母であった女も蝦夷ではない。遠い祖先の事だ。

 

 はい。

 男はそう答えると、坊主は続ける。

 

 おぬし、姉御は好きかな?

 はい。

 

 どんな所が好きなのだ?

 母のように優しく、僕の手を握ってくれる所が。

 

 坊主は豪快な笑いを上げた。

 そうかそうか! それは良い。仲睦まじきは真に美しきかな。

 うむ、良き事を思いついた! おぬし、姉が犯される様をとくと見ておれ!

 

 男は、一瞬何を言っているのか、と考えた。

 が、答えが出る前に男は坊主に手を引かれ、連れられた。

 向かう先は遊女の待つ座敷。

 坊主が衾を開いた先には、布団が一組敷かれ、そこには男の姉がいた。

 

 姉は男の姿をみるや、何事かと坊主に問うた。

 しかし、坊主は答えない。ごつごつとした坊主の手は、男の手を離し、開いたその手は姉の着物へと向かった。

 一息に、姉は裸に剥かれてしまった。

 男の目を嫌がり、姉が体を隠す。

 

 そも、男が姉の裸を見るのは初めてではない。共に風呂に入る事もあれば、もっと幼い頃、水川で遊んだ覚えもある。

 いまだ幼かった男は、姉を見るその目に情欲は存在しなかった。

 体を男の目から隠す姉を見て、思った事は一つ。

 姉が変わってしまった、という事。

 

 姉は嫌がった。

 しかし、体の大きな坊主はそれを容易く組み伏せ、潤滑油を手に姉を貫いた。

 姉の、悲鳴が響いた。

 叫び、泣いた。男の名を呼び、見るなと言った。

 

 男は、それを呆然と見る事しかできない。

 見るなと、目を閉じろと、出て行けと、涙ながらに姉は言う。

 男は動かない。

 坊主に犯される姉を前に、男は座り込んだまま動けない。

 

 どうして――。

 どうして、どうして。

 どうして姉は、助けてと言わないのか。

 

 坊主は笑う。

 その声を聞いて、男はようやく立ち上がった。

 男は坊主に立ち向かう。やめろ、姉を泣かすな。

 しかし、それは無謀だ。

 男は坊主に殴りかかるが、その幼子の拳は届かず、坊主の腕に叩き潰され、そのまま片腕で押さえつけられてしまった。

 

 姉がやめてと叫んだ。

 頬に、つめたい畳を張り付けて、尚も男は暴れる。

 坊主は笑う。

 

 姉が好きだと申したな。良い事よ。真お前は姉に愛されておる。

 しかし、どうだ。お前は姉に何をしてやれる。

 愛してくれる姉に、一体何をしてやれる。

 何も出来んだろう! ほうら、お前の姉が泣いておるぞ。

 

 この坊主めに処女を散らされ、泣いておるぞ!

 姉の愛はお前を確かに守っておるよ!

 一度もお前に助けを呼ばない健気な姉は、理不尽を一身に受け、尚もお前を守ると必死よ!

 どうだ! お前は姉に何をしてやれる。

 

 お前は姉が好きだと申したが、その好きで一体何が出来ようものか!

 ふはっ。そこで這い蹲って見ておるが良い。

 

 押さえつけられたまま、無我夢中で男は手を伸ばす。

 男の手が、姉の手に触れた。

 ぎゅっと握る。姉が、ぎゅっと握り返してくれる。

 

 まっこと、これはお前の母よ! どうだ、母のように手を握ってくれるのが好きだと申したな!

 手を握って満足か! お前はそれで満足か! だが姉は助からぬ! 手を握ろうともこのわしは消え去らぬ故!

 一体姉は何で満足すれば良いのだろうなあ!

 お前は姉の一体何を満足させてやれるのだろうなあ!

 

 目を瞑れば終わるだろうよ! ほうれ、もうすぐ子種をくれてやろうぞ。

 それで終わりよ。もうすぐ終わりよ!

 何も出来ぬまま、もはや終わりよ!

 そうれ孕めい孕めい。

 お前の母を本当の母としてくれようぞ!

 さすればこれは、お前の母ではなくなるな!

 これより生まれる子の為だけの母よ!

 

 ふあっはっはっはっはっはっはっはっは!

 

 

 そうして姉は、子を産んだ。

 

 あの時の笑い声は今も耳に張り付いたままであった。

 子を産んだ姉を見て、男は吉原を飛び出した。

 警備の牛太郎を張り倒し。

 壁を飛び越え山を掛けた。

 

 しかして今はあの時とは違う。

 今は力がある。

 あの時なかった姉を守れる力がある。

 そうであるのなら。

 

 姉は、己に助けを求めてくれるだろう。

 何も出来ないあの時とは、今は違うのだから。

 身に付けた武芸がある。

 劔冑がある。

 武者となった今ならば――。

 

 

 

「弥刑部、わっちはここを離れる気はありんせん」

「――何故……」

「わっちは巫女でありんす。祭りが終わるまで、わっちはここを離れんせん」

「――何故……」

 

「弥刑部こそ、ここを離れなんし。あの警察官が、あんたの命を狙ってる」

「――俺は……」

「わっちが離れれば、誰かが変わりに巫女になってしまう。それに――燕だっている」

「――姉様……」

「いいね、弥刑部? お行き」

 

 

 山の中で夜を明かしていると、そこに姉は現れて、そう言った。

 山の中をいくらか探したのか、姉の足は土にまみれている。

 吉原を出よう、そう告げた自分に、姉様はそう答えたのだ。

 

 ――ああ。

 また助けを求めてはくれないのか。

 もう姉様は、俺の姉様ではなくなったのか。

 あの坊主の言う儘に、俺の母ではなくなったのだ。

 あれは正しく、燕という忌み子の母となってしまった。

 あれが居る限り、俺の母は戻ってこないのだ。

 

「待て、姉様」

「なぁに弥刑部」

「それは嘘だ。貴方は想い違いをしている」

「なぁにが?」

 

「忌み子の為に貴方の命を散らそう等と、それは明らかな想い違いだ!」

「……忌み子、ね。わっちにとっちゃ大事な子よ。子を想うのは母として、当然の事でありんしょう?」

「違う、それは本当の幸せではなかろうが! 貴方は母であろうとしているだけだ!」

「わっちゃ、幸せよ。あの子が幸せになってくれるなら、それだけで」

 

「違う、違うだろうよ! 貴方はただ、母であるという義務を全うして、その義務を果たせる事に満足しているだけの事!

 それが想い違いと言わず何とするよ! 俺は――、俺は!」

「弥刑部……わっちゃ、あんたの姉よ。母ではない。

 でもね、わっちゃ燕の姉ではない。燕の母よ。

 水揚げで子をもうけたなんて、縁起の悪い話だから、妹として育ててきたけど、あれはまさしく、わっちの娘。

 弥刑部――始まりからして、違うのよ」

 

「俺が認めん! あれが貴方の娘である等、俺が認めん! あんな腐れ坊主の血をひいた奴等……まさしく忌み子であろうが!」

「でも、あの子を初めて抱き上げた時、わっちゃ幸せでありんしたよ?」

「――それが勘違いと言うに」

「まったく。あの子を身受けてくれると言った人を、あんたが片っ端から切っちまうお陰で、わっちの計画は台無しでありんす。

 弥刑部、わっちを母にしておくれ。母で在らせておくれ。お願いよ」

 

「姉様が死んで、あれが生きて、一体なんの意味があるというに……。そんなのは俺が認めん。絶対に認めん……」

「死ぬと決まった訳ではありんせん」

「死ぬだろうが。今の代官はそういう趣味よ。ここ近年生きて帰った巫女などいないのを知ってるだろうに」

「……」

 

「巫女になれば願いを一つ言える。そんな餌に釣られて、そんな餌で忌み子なんかを生かして。くだらないにも程があろうが!」

「――母なんて、そんなものよ、弥刑部」

「――頑固者がぁ……」

「あんたもね。折角うまく外へ逃げたんだから、わっちの事なんて忘れて、好きに生きればよかったのに」

「できる訳ないだろう……そんな事」

 

「ふふふ、弥刑部。そういう事よ」

「……は?」

「わっちも、できる訳ないだろうって、思ってるって事」

「……あ……」

「ほら、立派な武者様になったなら、涙なんて流すんじゃありんせん。もうすぐ見回りの牛太郎が来るよって。わっちは行くよ」

 

「……待って、くれ。姉様」

「ほら弥刑部。……おさらばえ」

「ああ……ああ……」

 

 姉様が行ってしまう。

 大好きな姉様が行かれてしまう。

 側に佇む甲鉄で出来た二羽の鳥を見る。

 劔冑はあるのに。

 

 このまま、姉を攫ってしまえれば話は簡単なのに。

 だが、それではダメだ。体は攫えても心は攫えない。

 あの二羽が、あの二羽が羨ましい。

 劔冑となっても姉弟で寄り添う。あの劔冑のようでありたかった。

 千鳥……雷切……。

 

《何、御堂》

《なぁに、御堂》

 

「お前たちは幸せか?」

 

《分からないよ御堂》

《分かりません御堂》

 

「……はは、そうさな。お前たちは劔冑だものなあ」

 

《でもね、御堂》

《僕たちはね、御堂》

 

 劔冑となった経緯はろくでもないものだったけれど。

 こうありたいと望んだのは覚えている。

 望んでこうなったのだから。

 望みを叶えられたなら、きっとそれは幸せなんだと思うよ。

 

 

 

 




ちょっと短いですが。
今回のお楽しみポイントはもう全部、いかにもッ! の登場シーン。
極力濁したんでR-15のまま。
されてる姉様の具体描写ないからどうかご寛恕の程を。

例えば童心坊に尻掘られたりとか考えたりもしたけども。
だってあの人坊主だし。吉清いるし。
例えば姉様の裸に反応した愚息に腹立てて自分で切り取っちゃう話とかも考えたけども。

カットカット。

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