装甲悪鬼村正 番外編 略奪騎   作:D'

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前話ラスト加筆したのでまだの方はお先そちらどうぞ。


陵辱

 金の為に子を売った。

 吉原にいる人間にとって、珍しくもない事だった。

 周りを探せば似たような境遇の子はたくさんといる。

 だが、それでも。

 悲しくないといえば。

 嘘になる。

 憎くないかと問われれば。

 憎いのだ。

 

 娘は、母を駄目な人だと教わった。

 母はろくでなしであると教わった。

 娘は、そこに疑問はなかった。

 顔も見た事のない人間に、幻想を抱ける程、身を置いている環境は楽な場所ではない。

 

 

 顔も見た事のない人間に。

 

 

 生まれて初めて刀を突きつけられた夜の後、娘は一人、膝を抱えて震えていた。

 もはや物音は途絶えている。駆け込んだ警察官はどうなったのだろうか。

 板張りの廊下が冷たい。しかし、今はそれも気にならない。 

 刀を向けられた恐怖と、混乱。

 犯人、芹沢弥刑部に告げられた言葉が娘の脳裏を離れなかった。

 

 姉ではない。

 大好きな姉は、憎んでいた母だった。

 

 心では理解している筈だ。

 顔のない母を憎んでいても、姉と偽っていた母を憎む必要はないと。

 しかし。

 頭では、理解ができないでいた。

 

 

 そもそも、なぜ母である事を隠したのか。

 なぜ、忌み子であるのか。

 

 そう、忌み子。

 

「燕!」

 

 大好きな声が聞こえた。

 大好きな人に、抱きしめられた。

 

「弥刑部が来たって! あんた、無事かい? 怪我はどこにもありんせんか!?」

 

 嗅ぎ慣れた香炉と、煙管の匂いが香る。心の底が暖かくなる匂い。生まれた時から包まれていた匂い。

 

「……姉様」

「――よかった、どこも怪我はなさそう」

 

「姉様――」

 ぎゅっと、抱きしめる力が増した。

 

「良かった、本当に……」

「――姉様は、母様なんですか?」

 

 

 抱きしめた腕が、弱まった。

 

 

「あんた……弥刑部が言ったの?」

 

「……私が、姉様の子だって」

「……」

 

「私が……望まぬ忌み子だって」

「……」 

 

「……姉、様?」

 

「――そうよ。あんたは無理やり孕まされた、望まぬ子」

 

「――――ッ!」

 体を包むぬくもりが、消えていく。

 姉妹という間柄が親子に変わった瞬間に、何かが崩れた。

 娘はくしゃりと顔を歪ませ、母は何を思ったか、苦笑を浮かべる。

 

「わっちが水揚げのとき、中っちまった子。あんたも吉原にいるならわかるだろ。わっち等にとって、子が出来るのは価値を下げる事。だからあんたを、妹として育ててきた。

 でもね、それも明日で終わり。巫女を勤め上げた者は願いをひとつ言える。わっちはそれで、ここを出る。あんたともそれで――」

 

 娘が母を苦しめる。娘が母を縛り付ける。

 刀を持った、叔父と名乗った男の言葉がぶり返す。

 

 母の言葉が、脳を叩き揺らすたび、何が何だか分からなくなった。

 大好きな、姉様。

 ずっと一緒だった、姉様。

 この吉原で、ずっと自分を守ってくれていた筈の、姉様。

 

 分からない。

 今思えば、正に母のよう。

 

 やさしく見守り、時に厳しく。子にとって、なくてはならない人。

 

 知らず、涙が流れた。

 

 大好きな人に、裏切られた事。

 大好きな人を、苦しめていた事。

 

 どちらが涙の原因か。

 

「わっ、わっ、わっち、わっちは」

 

 言葉が、うまく出ない。嗚咽がこみ上げ、押さえ込むだけで必死だった。

 

「――おさらばえ、燕」

 

 それは、ただの別れの言葉ではなく。

 捨てられた、という意味の言葉。

 そして、娘の背中を押す言葉。

 

「っ、く、う、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁ!」

 

 力の限り、小鶴を突き飛ばし、燕は駆け出した。

 何が本当かも分からずに。

 

 

 

 

 

「御堂」

「――なんだ」

 

 弥刑部が逃げた後、一応、と旅館を出て一体を回っている最中の事。

 

「ごめんなさい。私があの鳥に(かま)けていなかったら」

「済んだ事だ。装甲ならあの場でも出来た。それをせず、生身で戦ったのは俺の判断だ」

 

 そう。劔冑と仕手に、物理的な距離は意味を成さない。

 特別な処置をされた場合を除いて、どれだけ離れていても仕手が呼べば、劔冑は来る事が出来る。

 弥刑部自身が生身であった事。旅館の中であった事。燕殿が傍にいた事。

 要因は様々にあったが、それでも選択したのは自分だ。

 

「卵の様子はどうだった」

「……微妙な所ね。明日一日もつか持たないか、という所」

「……十分だ」

 

 明日、確実に決着がつく。

 それは弥刑部の様子から伺い知れる。

 明日の祭り。弥刑部には避け得ない何かがあり、そこで必ず、ぶつかる事となる。

 

「……あの子の傍にいなくていいの?」

「燕殿の事か? 小鶴殿がいる。俺の役割は護衛。今日はもうお役ごめんだろう。もっとも、危うい場面に遭わせしまったのだから、護衛役失格もいい所だったが」

「怪我がなければよかったじゃない」

「そういう問題ではない」

 

 危機に遭うというのなら、その場に居合わせなければ護衛として意味がないのだ。

 

 そのまま夜の吉原を回り旅館へ戻ると、慌てた人間が多く目に付いた。

 武者による襲撃があったのだから無理もない、と思ったが、どうにもそれだけではなさそうだ。

 

「お、おいあんた!」

 

 声を掛けてきたのは旅館の大旦那であった。

 

「燕を見なかったか?!」

「燕殿? 小鶴殿が傍にいた筈では?」

「出ていっちまったんだよ! 見たのか、見なかったのか?!」

「いえ、見ておりません」

「糞っ。明日は六波羅の連中が多く来るっていうのに……あいつ等に見つかっちまったら大変な事になるぞ……」

「自分もお手伝いします」

「頼んだ!」

(……小鶴さんと何かあったのかしら)

(分からない。だが、弥刑部と対面した事で何かあったのは間違いないだろうな)

 

 姉弟。血縁。家族。

 他人が踏み込むには無粋な所であり。

 本人たちにとっても繊細で複雑な部分。

 事情はどうあれ、まずは燕殿を探す事を優先する事にした。

 

 しかし、無常にも。

 その日、その夜のうちに燕殿を発見する事は、ついになかった。

 

 

 

 祭り当日。朝。

 

 

「――何で俺たちがこんな事する破目に遭うんだ。せっかくの祭りだぞ?」

「諦めろ藤高。大尉殿のご命令だ。俺等兵卒が逆らえる訳もない」

 

 祭りで賑わう吉原傍の山中に、草を踏み分け行進する二人の武者がいた。

 九〇式竜騎兵。六波羅陸軍主力の武者であった。

 鬱陶しげに草をけり払いながら、山中を進む。

 

 口の悪い男を藤高。諌めた男を高須といった。

 

「蔵持大尉殿はいいさ。専用の女を宛がわれるんだからよ。今日に限って女遊びもできないなんて何の懲罰だ」

「まったく。誰かに聞かれたらただでは済まないぞ。山中だからいいものの」

「このむっつり野郎。お前だって女抱きてえだろうが。女が死ぬまで遊び倒す大尉より俺等が遊んだほうが吉原の連中も喜ぶさ。去年の女郎、見たか? あそこが針山になってたぜ」

「大尉も困ったお方だからな。真に怖い人よ」

「ただの気違いっていうんだよあれは」

「おい。口を慎め。俺まで処罰されるだろうが」

「ハア。……吉原を騒がす武者の捜索なんてよ。どう思う」

「さて、な。蔵持大尉の失脚を狙う者か、GHQの差し金か。大穴で討幕派というのもあるな」

「見つけたらただじゃおかねえ。そいつのせいで女食い損ねたんだからな」

「女は関係なしに見つけたら処断するのが任務だ」

 

 軽口を交わしながら進んでいくと、二人は人を見かけた。

 木の幹に寄り添うように、少女が寝転んでいた。

 年頃は十歳前後。目を泣き腫らした様子だった。

 

「……」

「……」

 

 二人はしばし、それを見つめると、高須が零した。

 

「まさかあれが例の武者、なんて事は……ないよな」

「……ああ、ない」

 

 ならばこの娘は何ものなのか。

 この場が、吉原近くの山中という事が鍵であると二人は思い至った。

 

「脱走した禿(かぶろ)って所か」

「だろうな。着物からしてそうだろう」

 

 武者が見付かれば吉原に繰り出せるというのに、見つけたのが唯の脱走者とは。徒労だな。

 そう思ったのは藤高だけであった。

 

「丁度いい。これで我慢するか」

 

 そういって、高須は劔冑を除装した。武者姿から人の姿に戻った高須の傍らに、九四式が待騎形態であるモノバイクに変わり鎮座していた。

 

「お、おい高須。任務中だぞ?! それにまだ子どもだ」

 

「だからなんだ? 少しくらい遊んでたって誰もばれやしねえよ。別の隊の連中に見られたらそいつも混ぜてやればいいのさ。ここにいる連中はみんな非番組が羨ましくてしょうがないやつばかりさ。

 それに知らねえのか? 吉原で脱走は重いんだぜ? 仮に死んじまっても文句はでねえよ。ある意味、吉原の不手際を隠蔽してやろうってんだから感謝もされるさ」

 

「しかしな……」

 

「別にお前は見てるだけでも構わないさ。俺は勝手に楽しむからよ」

「ハア」

 

「何だよ、まだ文句あるのか?」

「……いいや、もう構わん。……その前に一ついいか?」

「何だ」

「……俺もいいか?」

 

「はん、むっつり野郎め。俺の後なら好きにしろ」

 高須が少女に近づいた。蝦夷に良く見るの金糸の髪が陽光を反射しているのが何とも惹かれた。

 手を伸ばすと、少女に触れるか、という時に、少女は目を覚ました。

「……ひッ!」

 

 目を見開き、一番に飛び込む六波羅武者が自身に手を伸ばす姿。体を起こし、後ずさるも、男たちは余裕を崩す事はない。どうあったとて逃げられない事を理解しているからだ。

 

「お嬢ちゃん。駄目だよねえ。勝手に吉原飛び出しちゃあ。脱走はいけない事だよねえ。いけない子はお仕置きしなくちゃあな」

「……高須、顔がゲスになってるぞ」

「うるせぇ! 何テメェは違うみたいな立場とってんだ!」

 

 そんなやり取りを隙と思ったのか、少女は立ち上がり駆け出そうとした。しかし。

 

「おっと、更に逃げようなんて駄目だ駄目だ。お仕置き追加だなこりゃ」

 

 俊敏に近づいた男に後ろから手首を掴まれ、捻り上げられた。

 

「いッ、いやッ、嫌アアァァアァア――」

 

 少女の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 その声は、男にもはっきりと聞こえていた。

 女の悲鳴。それも子ども。

 

 関係などない。関わるべきではない。

 

 しかし、それでも、そこに足を運んだのは、ただの気まぐれからであった。

 山の中、六波羅の装束を纏った男が、少女を組み伏せている。

 片手で頭を掴み、地面に押さえつけ、片手で衣服を引き千切りに掛かる。

 

 今の世の中、こんな光景は珍しくもない。

 ましてや、すぐ傍にある吉原はそれを売って飯を食う世界。

 

 珍しくもないのだ。

 

 手足をバタつかせ、必死に叫ぶ少女を見やる。

 男は、その少女を知っていた。

 その邂逅は、男にとって歓迎できるものではなかった。

 昨夜、自分の手で殺してしまおうと考えた少女。殺し損ねた少女。

 殺し損ねたものの、言いたい事は言ってやれた。

 自分の姪。

 

 それが今、目の前で犯されようとしている。

 良い様だ。忌み子には丁度よい。

 

 自分に良く似た金糸の髪を土に塗れさせながら、少女は言った。

 

 助けて。助けて。助けて。助けて。

 

 嫌。嫌。嫌。嫌。

 

 助けて。助けて。助けて。助けて。

 

 

 自分に良く似た少女が、助けを求める。

 

 

 ――姉に良く似た少女が、助けを求めている。

 

 

 そう考えたときには。

 衣服を脱ぎ捨てだらしなく逸物をぶら下げた男の首を、跳ね飛ばしていた。

 血花が舞い散る。

 

 

「――え?」

 

 間抜けな声を上げたのは、装甲したままの、もう一人の六波羅武者。振りぬいた小太刀を捨て、手を腰に引き戻す。そこには、もう一本の小太刀。

 

「て、敵!」

 

 果たして、何故もこんな事をしたのだろうか。

 

 

 ――この餓鬼は憎い忌み子で。

 

 ――この餓鬼のせいで姉は命を落とそうというに。

 

 ――この餓鬼を自らの手で殺めようともしたのというに。

 

 

 何も考えず、装甲もせずに飛び出した自分は、一体どれだけの大馬鹿者か。

 

 男が小太刀を抜くのと、武者が太刀を抜くのは、同時だった。

 凶刃の行く先は武者の首。刃は、滑るように厚い装甲の隙間に落ちていく。

 

「――がッ……」

 

 ドサリと、重い音を立てて武者が地に転がった。

 

 今日の夜には、祭りが始まる。

 大事な日だ。

 姉を救う、大事な日。 

 こんな危ない橋を渡る必要などなかったのだ。

 何故、自分はこの娘を助けたのだ。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 地に臥した武者から視線を離し、後ろを向くと、男を驚愕の視線で捉えた少女がいた。

 六波羅に剥かれたまま、全裸でこちらを見据える少女。

 先ほどまでの恐怖か。男を見た恐怖か。はたまた肌を曝す寒さからか。少女は体を震わせている。少女の視線は、男の顔と、血塗れの小太刀を往復していた。

 

 

「こんな所でお前、なぁにしてるよ」

 

 男が問うと、少女の恐怖に彩られた瞳から、涙が零れた。

 

「――捨てられた。小鶴姉様に、捨てられた」

「捨てられたぁン? ハッハ、そりゃ愉快よ、っと言いたい所だがな」

 

 違和感しかなかった。娘を捨てるという事に、嘘しか感じられない。

 それも当然。ほんの少し、姉の考えを予測してみれば分かる事だった。

 

「ふん。姉様は本当――往生際の悪いこって」

 

 その言葉に疑問符を浮かべる少女に、男は続けた。

 

「姉様の思惑なんぞ、何一つ守ってやるものか。大方、お前を捨てて、お前に嫌われ、憎まれておいて、後々悲しまないように、なんて考えてるに違いない。あの人はそういう馬鹿なお人よ。

 お前に良い事を教えてやる。あれはずぅっと、お前を身受けする人間を探していた。お前が、吉原の外に出た後の身寄りとしてな。今日の祭り、姉様は願いを一つ言うのさ。娘を外に、ってな」

「――外?」

「おうよ。金は取らない、娘を良しなに。その代償が自らの命であるとも厭わずにな」

「待って、待ってください。姉様が死ぬって、どういう事でありんすか!?」

「――だから、お前は忌み子なのよ。だが、そんな事は俺が! ――ガッ!?」

 

 血が舞った。

 男の背後、地に臥した武者が、刀を手にしていた。

 武者は死に体。否、たったまま死んでいる。男の腹に刀を突き立てたままに、死んでいた。

 

 馬鹿な。こんな馬鹿な事がありえようか。

 

「……あ、ああ……あ、兄様、兄様?」

「――ガ、アッ。なんと、いう」

 

 膝つき、地に臥せた。

 男はまだ死ぬ事の出来ない訳がある。

 死ぬ訳には、いかないのだ。

 それでも。瞼が落ちる。血は流れる。

 視界が狭まり、暗く落ちていく。

 

 どれだけ、時が過ぎたのか。

 

 男が目覚めると、そこには未だ、裸の少女がいた。

 

「――お目覚めになりんしたか」

「……お、前? ぐォ――!」

 

 未だにはっきりとしない脳を抱えて、体を起こそうと身じろぐと腹に激痛が走った。

 そこには男が着ていた服の上からきつく布が巻かれていた。目をやると、それは少女が着ていた六波羅武者に剥がされた衣服だと分かった。出血を抑える為にそうしたのだろう。

 

「――まだ。まだ兄様には。いえ、叔父様には聞かなければならない事が、たくさん、あるんでありんす」

 

 なんと情けない。

 忌み子に(かま)けて手傷を負って、その忌み子に助けられた。

 いつだって。結局、誰かに助けられる。

 

「……姉様は、昔。俺の前で糞坊主に犯されたよ。俺がまだ、情事なんて知らない時だった。そう、俺は目の前にいたんだ。

 それでも、姉様は助けてと、一言も言わなかった。そりゃ、言われた所で、あの時は何一つできなかったさ。だが……それでも、助けを求めてほしかった(・・・・・・・・・・・)

 俺は強い。今なら、助けてやれる。やれるんだ……」

 

 男の、誰にあてたものでもない独白。頭に霞が掛かっていたせいだろう。本来なら、そんな事をする筈もない。

 少女はそれを黙って聞き、男はただ話す。

 

「助けてくれと一言あればいい。それだけで俺は動ける。あの餓鬼を助ける為に命を差し出すなんて知った時にゃ腹がたった。あの人は俺の母だった。それを、あの餓鬼が奪ったんだ。俺は、母を取り戻す」

 

 情けない独白。男はぼんやりと夕焼けを眺めながら、己の不甲斐無さを呪った。

 

 

 

 ――――夕焼け(・・・)を眺めながら。

 

 

 

「――――――ッッッ――!」

 

 一瞬にして、霧掛かった頭がすっきりと晴れ渡った。

 うっかりと腰を浮かした。激痛が背筋を駆け回るが、そんなものは意にも返さない。

 

「まだ、動いちゃ――」

「――黙れェ! 今はお前と問答している暇などないッ!」

「きゃッ」

 

 少女を手で払いのけ、周囲を見渡す。木の上に自らの劔冑を見つけた。

 

「来い! 千鳥、雷切!」

 

 ふわりと、鋼鉄の鳥が二羽、現れる。

 

《御堂》

《ここに》

 

 幼い少女と、男児の声が、金打声(メタルエコー)と呼ばれる独特な音で響いた。

 

「そんな傷でどこへ向かうんでありんすか!」

「姉様を助けに。今度こそ。今度こそな」

「……叔父様」

「馴れ馴れしく叔父などと呼ぶんじゃねえ!」

 

 

「姉様を、お助けください」

 

 

「――あン?」

 

 

「姉様をお助けください!」

「――――」

 

 少女の言葉は、驚くほど、すとんと心に落ちた。

 無論、不満はある。

 言われるまでもない、という事と、お前に言われたい訳じゃない、という事。

 だが、それは瑣末な事ではないだろうか。

 

「――おう」

 

 男は一言返すと、少女から視線をはずし、自らの劔冑に向かった。

 

「千の声で喝采せよ。万雷の喝采を上げろ。絆を胸に、愛は胸に。一つで逝かず二つで歩み、二つで在らず一つとなりて。如何な愛もここに在り」

 

 装甲乃儀(ソウコウノギ)。身に纏うは世にも珍しい、姉弟劔冑。他の劔冑より体躯は少し小さく、しかし決して弱々しい訳ではなく、力強い。

 腹の傷は治って等いない。

 昨夜、警察官につけられた傷も治って等いない。

 疲労もある。

 顔は白く、唇は青い。指先やら足先が細かく震え、呼吸すらも不安定。

 

 

 しかし、絶好調(ベストコンディション)なのだ。

 

 

 体の中で、何かが燃えるように熱を発していた。

 ともすれば、体から湯気が立ち上りそうな程だ。

 抑えが利かない。気を抜けば内より弾けてしまいそう。

 

 折りたたまれた母衣(ほろ)を展開。合当理(がったり)に火を入れる。

 

 

 

 英雄はかくして出陣す。

 

 愛を纏った英雄は、かくして出陣す。

 

 如何な愛もここに在り。

 

 


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