天使がなくしたもの   作:かず21

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1ヶ月以上もおまたせしてすいません。もはや、何度目か。
いいわけをするなら車の免許習得にてこづったのと地の文がああああです

とりあえず、本当にこれで終わりです。
あとがきで少しこの作品について語ると思うのでよければ覗いてください


天使がなくしたもの

       エピローグ

 

 翌朝、無事退院を果たした赤奈は真っ白なキャンパスと化した並木道を歩いていた。

 残雪が目立つ冬半ばの空気はまだ切れるように冷たい。分厚いダウンを着ていなかったら、今頃ギブアップの声と共にタクシーを捕まえていたかもしれない。

 それならそもそも迎えの車なり何なり頼めばよかったではないか、と言う話だが、浅い訳があった。

 なぜなら、この見慣れぬ道が近所になるのだから道順を把握しとかないと不便だからだ。

 サクサクと音を鳴らしながら、坂道に足を掛ける。

 ここを登りきったら、懐かしの実家が見える。もう一踏ん張りだ、と自分に言い聞かせ四肢に力をこめる。

 あの田舎の病院からここまで来るのに数時間を要した。きっと家に着く頃にはお昼を回っているだろう。

 病院と言えば長年お世話になった院長の話をせなばなるまい。

 本来、この退院は一時帰宅だったが、それも無くなった。

 最後の検査で体の異常が消失したからだ。原因不明の病が突然行方を眩ませたことに彼は驚きを隠せ切れないまま、しどろもどろで退院を告げた。

 去り際に仁矢について探りを入れてみたが、彼は何一つ覚えていなかった。恐らく他の病院関係者も仁矢のことは覚えていない。記憶を操作する悪魔は自分の痕跡を残さず病院を去る予定だったのだろう。こちらとしては面倒ごとが無くなって助かった。

 ただ、取り壊し予定の旧棟に謎の血痕と小規模なクレーターができてしまったのでこのまま何事も無く取り壊されて欲しい。真相を知るのは自分たちだけで十分だ。

「また考え事ですか?」

 その美しい声に導かれ我に返る。もはや、この声が天聖術なのでは? と訝しむのもやむ得ない頻度で声に惹かれる自分がいる。

「いや、なんでもないよ。大したことじゃない」

 白い息を吐きながら横にいる結希に笑いかける。

 結希は不満そうに非難の声を上げ、上目遣いに睨んできた。

 それが堪らなく保護欲をそそり、愛おしさが胸を突く。頬の緩みがひどいことになった。

「……ものすごくニヤニヤしていますが何かいいことでもありましたか?」

 白いコートに包まれた結希は引き気味にそれを指摘し、小さなため息を吐いた。

「うん、可愛い妹彼女の可愛い姿を拝めたので頬の緩みもやむなしだと思うんだ。仕方ないよね」

「なんですかそれ」

 呆れた物言いでプレゼントしたマフラーに顔を埋める。それが照れ隠しだと隠し切れなかった頬から窺い知れる。

「も、もう! そんなに見ないでください。恥ずかしいですから」

「えー」

「しつこい男は嫌われますよ」

 若干低い声に悪寒が走ったのは気温だけのせいではないはずだ。

 悪ふざけが過ぎたことを反省しつつ、このあとに待っている説教を回避する手段を思案していると手頃な話題が見つかった。

「そういえばこのブレスレットありがとう。おかげで大助かりだよ」

 右手に嵌めた青い不思議な光が漂うブレスレットを掲げる。

「リミッターが効いてくれて幸いです。半分悪魔だから効かない可能性もありましたが上手くいったようで何よりです

 結希も同じようにブレスレットを掲げた。

 今、赤奈が付けている腕輪は結希の予備のリミッターである。

 堕天使へと覚醒した赤奈はリミッターなしでは意識的に力をコントロールすることを強いられる。ほんの少し気を抜いただけで黒い翼が出てきては面倒ごとにしかならない。そこで結希の予備のブレスレットで試したところ問題なく適用したのでマフラーのお返しもあって赤奈にプレゼントした。

「大切にしてくださいね。もう予備は無いんですから」

「うん、もちろん。なんたって彼女からのプレゼントだからね。大切にしなきゃ」

「もう、調子いいんですから兄さんは」

 兄さん――結希は赤奈のことをそう呼ぶことになった。

 今の結希は天使としてのユウと人間だったころの結希の記憶が混濁している。そのため人格の統合によって新たな結希となった。表面上はユウだが、内面では結希としての人格が強い。もはや、第三の人格と言っても差し支えない。

 ゆえに従来の呼び方であった『赤奈さん』や『お兄ちゃん』に違和感を感じるらしい(後者は単に恥ずかしいだけらしいが)

 昨日の夜に折衷案として『兄さん』と決めた。

 ………………誓って言うが夕べはお楽しみでしたねの展開はなかった。そんな度胸は無い。一生生殺しだ。

「兄さん? なんだかげっそりとしてますよ。まだ体調がよくないんですか?」

「いや、違うよこれは。うん、あれだね。可愛い結希が可愛すぎて辛いだけだよ」

「?」

 小動物のように小首をかしげる結希の黄金の髪が尻尾のように揺れた。

 

      閑話休題

 

「そういえば、疑問に思うことが一つあります」

「疑問? 何かあったけ?」

 雪化粧の施された代わり映えのない坂道がようやく中腹に差し掛かった時、結希は思い出したかのように口を開く。

「ベヒモスとの戦いで最後、兄さんがまるで分かってたかのように剣を避けたじゃないですか? あれには何かタネがあるんですか?」

「ああ、あれね。別に大したことないよ。長い付き合いだったから分かっただけだよ。なんせ仁矢さんは左利きだったからね」

「左利き……? それが何か?」

 いまいち回答に辿りつけていない結希を導くため補足を加える。

「ほら、僕がベヒモスの左手を切り落としたでしょ。それでベヒモスは右手で応戦してきたけどさ、それがあまりにも自然だったんだよね。だから、本来、二刀流なんじゃないかなーと思って二本目の剣を警戒してたんだ」

 それに、と悪戯っぽい顔で

「どこかの誰かさんに似たような手をやられたからね。対応できたのはそれのおかげかな」

「うっ……すみませんでした。とても反省しています」

 バツの悪そうなその顔に余計、邪な心が湧き上がる。せいぜい顔を抑えて笑いを堪える。

 結希はプクーと頬を膨らませ、一気に足早に歩き出す。赤奈はそれを慌てて追いかける。

 雪を蹴散らす結希の背中に追いつき、たいして詫びれもせずに「冗談だよ」と笑いながら頭を下げた。

「悪かったよ。もう言わないからさ」

「……兄さんに壊された天旋弓の修理費あとで請求させていただきます」

「え、あれ壊れたまんまなの? 嘘!?」

 そんな二人のやり取りも頂上に近づくにつれ、息を潜めるように無くなっていった。

 気付けば足取りは鉛のように重く、ついには坂の頂上手前で足が止まった。

「兄さん行かないんですか?」

 同じように隣でピタリと停止した結希が尋ねる。

 赤奈は首肯もせずに「ん」と生返事。

 見かねた結希が大きなため息をこぼした。

「兄さんが何か隠し事をしているのはなんとなく分かります。言いたくないならあえて聞きません。でも、私達の仲なんですから隠し事はなしにしてほしいと思うのはわがままでしょうか?」

 どうやら胸中の思惑など既に見抜かれているらしい。

 これはもう一生隠し事はできないな、と苦笑を漏らし、秘密を打ち明けた。

「ここに来る前、父さんに電話したんだ」

「お父さんにですか?」

「大事な話があるからお昼に会えるかって。了承してくれたよ。多分、なんの話か察したんだろうね」

 父との会話はごく短いものだった。

 忙しなく電話に出た父に無理を承知で頼んだ。

『大事な話がある。たくさんあるんだ。だから、真実が知りたい。父さんたちの口から聞きたい』と

 初めは驚いていたようだが、僅かな沈黙のあと、『昼ごろに母さんと家で待つ』とだけ言い残し、電話は切れた。

 決して厳格とは言い難い父があのような声で……というのが正直な感想だ。あれが父親というやつなのかもしれない。

「聞かなくちゃいけないよね。僕の本当の両親について。父さんたちとどんな関係でどんな人だったのか」

「兄さん……」

「それから全部話すよ。僕の体のことも仁矢さんのことも全部話す」

「私のこともですか?」

 赤奈は鷹揚に頷く。当然だ。だから、連れてきた。

「でも、信じてくれますかね? あれから5年の月日が流れてますし、髪の毛の色とかも違います」

「大丈夫だよ。親なんだから」

 それは全く根拠にならない言葉だった。だが、赤奈は親という単語を強調した。

 彼はまだ信じている。いつか母の病が治ることを。それはきっと結希が帰ってきた今だ。

「問題は母さんよりも父さんかな。きっと僕らの関係を反対するだろうな」

「そうですか? お父さんは私たちに甘々でしたから何とかなりそうなものですけど」

「だからこそ、お前に娘はやらん! とかありそう」

「あー……あっさり想像できました」

「もしかしたら、実は婚約者が、とかありそう」

「家が家だけにありえますね。というかありそうです」

「その時は駆け落ちでもしよう」

「いいですね。どうせなら遠くに行ってみたいです。ヨーロッパ辺りを所望します」

「いいね。楽しそうだ。」

 でも、と赤奈は呟き

「僕は簡単に諦めるつもりはないよ。また4人で暮らしたいから」

「はい、私もです」

 その時、強い風が鳴き、二人の額を叩いた。

「うっ、寒い」

 赤奈は首を竦め、結希もきゅっと目を瞑る。

 住宅街とはいえ、風が吹くと遮る物がないのだ。すぐに風も凪いだが、気付けば雲が日に覆い被さっていた。

 まるでさっさと行け、と促されてるみたいだった。

「そろそろ行こうか。待ってるだろうし」

 二人はようやく歩みだす。お互いの手を取って。まるでもう怖い物はないとでも言いたげな強い足取りで坂道を登り終える。

 遠くに見覚えのある家が見えた。屋敷と言うべき規模の実家に使用人の姿が微かに見える。父と母もきっとあそこで赤奈を待っているはずだ。

「絶対にこの手を離さない。もう無くしたくないから」

「はい。絶対に離さないでくださいね」

 二人は待つべき人達に会いに行くために再び歩き出す。

 

 天使(ふたり)がなくしたもの。

 それは記憶ではなく、隣にいるパートナーだった。

 もう二度とこの温もりを失わぬよう絡めた指先を強くする。

 ブレスレットの淡い光が二人の道を淡く照らした。




おつかれさまです。これにて「天使がなくしたもの」は完結します。
ここまでお読みいただいた読者の方々に感謝です! ありがとうございました。
以下一人語りのあとがきもどきです

この作品の下書きを始めたのが2013年の春。実際にパソコンで打ち込み、投稿し始めたのが同年7月。完結するのに1年半かかりました。ラノベ換算するなら310~330ページくらいの内容です。作家さんがたのすごさが身に染みました。

ここまで書ききった自分を褒めたいですが、穴だらけのストーリーにレベルの低い文省力。キャラも薄いかなーと改めて自分の実力の無さを痛感しました。次回作はそれを反省していきたいです。
でも、この作品、赤奈や結希が好きだ、と言ってくれた方もいるのでそれだけでもよかったと思います。

次回作はまだプロット段階で下書きすら完成してません。なので投稿はまださきになります。できたら4月中には……と思いますがうまくいかないだろなー。

次作はロボット物です。フルメタルパニックに影響されました笑
コンセプトは「エヴァの使途のような敵と戦うMSやAS。でも、スーパーロボットみたいなフシギパワーもあるよ」というリアルロボットかスーパーロボットか分からないヘンテコな感じです。

一年半以上も鍛えたんだから少しくらい文章力があがってることを祈りながら早速プロットに取り掛かります。

今まで応援ありがとうございました。
何かご質問や感想がありましたらドンドン言ってください。待ってます

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