守りたいもの   作:行方不明者X

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※支離滅裂です


98.気付いたモノ

【Mettaton】

 

ガシャンッ、という音を立てて、僕の新しい体が床に叩き付けられる。大方、両腕に続いて両足も取れてしまったからだろうと思いながら、ステージの真ん中で、ぼんやりと天井を見つめる。コツコツ、と此方に向かってくる足音を聞きながら表示されている視聴率を見て、僕の心は驚愕で満たされた。

 

「Oh、この視聴率を見てよ! こんな高記録は初めてだ!!」

 

興奮のまま、僕がそう言えば、近付いてきていた大きいダーリンと小さいダーリンも天井を見上げる。大きいダーリンは直ぐに目線を僕に戻し、横腹を庇いつつ、僕の傍に座って僕の顔を覗き込んだ。あぁ、きっと殺されてしまうんだろうな、と覚悟して目を閉じる。

最後にもう一度だけ、遠目からでもいいから彼に会いたかったと後悔しながら、ダーリンが持っていたナイフが振り下ろされるのを待つ。尤も、もう声さえも忘れてしまった僕が、彼に会う資格なんて無いのだから、当然と言えば当然の終わりなんだろうな、と暗い視界の中でぼんやりと思う。

それにしても、ナイフが何時まで経っても僕の体を貫く感覚がせず、不信感が湧いてくる。

 

「………何してんの。番組の主役が番組の途中で寝るんじゃない」

 

少し間があってから、ナイフが空を切る音の代わりに呆れたような声が聞こえ、からん、という何かが落ちる音が響く。うっすらと目を開けようとすると、不意に重い体が起こされる感覚を覚えた。驚いて目を開けると、呆れた顔の大きいダーリンが結構近い距離で見えた。

 

「…………。…………僕を、殺さないのかい?」

 

少し混乱しながら、僕はナイフを床に落としてまで僕を抱き起こしたダーリンに訊ねる。

Alphysに協力していたとはいえ、最終的には自分の意思で僕はダーリンに殺されても可笑しくない事をしたのに。四肢を無くして逃げ場の無い今が、絶好のチャンスの筈なのに、どうして。

幾ら優秀な機械の頭で考えても、ダーリンのしていることの意味が分からなかった。

 

「………うん。この子が、そう望んだからね。私も自分の手を汚すつもりは毛頭無かったし」

 

僕の疑問に、大きいダーリンは同じ様に傍に座った小さいダーリンを見て、ただただ淡々とそう答えた。

 

「そんな事より、ほら。番組、進行しろよ」

 

お前の番組だろう、と話を変える様にダーリンに急かされ、僕はハッとする。そうだ、今はまだショーの途中だ。スターが倒れてちゃ、意味がない。

 

「こほん……新記録は記念して視聴者に電話で参加してもらおう!」

 

ステージ裏で待機していてくれているスタッフ達にも、視聴者にも聞こえるように、僕は声を張り上げる。

 

「たった一人の幸運な視聴者だけが僕とお話できるよ……僕が地下世界から永遠にいなくなる前にね!」

「お前、まだ諦めてなかったのか……」

「さあ、誰が一番に電話をくれるかな!」

 

さらに呆れた様な声を出すダーリンを無視して、僕は胸の部分に内蔵されたスピーカーから流れるコール音に耳を澄ます。

 

プルルルル………

 

沈黙の中でコール音が流れ、ぷつりと切れた。繋がったらしいと判断した僕は、繋がった視聴者に語りかける。

 

「やぁ、出演おめでとう! 僕たちの最終回、楽しんでくれたかな?」

 

『僕たち』と言った所で一括りにするなとでも言いたげな顔になった大きいダーリンからちょっと目線を逸らしつつ、スピーカー越しに繋がっている視聴者の返答を待つ。沈黙がまた流れ、これじゃあ放送事故だなぁと暢気に思っていると、

 

『……あっ……』

 

間が開きながら、やっと視聴者から返答が返ってきた。ふと、漏れ出るような小さな声に、僕は泣きたくなるほどの懐かしさを覚えた。そして、その声がやっと誰の声なのかを理解して、愕然とする。

 

あぁ、待って。嘘でしょ。なんで。

 

『やぁ……Mettaton………』

 

スピーカーから流れてきた、特徴的な声は。僕が、『Mettaton(ぼく)』になる決意を抱く切っ掛けになった、大切な彼の声だった。

 

『ぼく、君の番組が本当に大好きだったよ……』

 

記憶にある中の声と全く変わらない、自信無さげな、おどおどとした喋り方で、スピーカー越しの彼が、ショーの感想を静かに告げていく。

 

『ぼくの人生はとても退屈なものだったんだ……でも……テレビに映る君の姿を見てると……まるで自分のことみたいにワクワクしてきて……』

 

吃りながら、彼は続ける。

嬉しかった。僕の晴れ姿を一番傍で見ていてほしかった彼に、そう言ってもらえて。

 

『うまく言えないけど、えっと……これが最終回なんだよね……?』

 

そこで、スピーカー越しに、少し鼻を啜るような音が聞こえた。

 

『ぼく、寂しいよ……Mettaton………』

 

先程まで喜びに満ちていた心が、彼の震える声で、きっと、泣いている彼の声で、悲しみと寂しさで満たされていく。あぁ、お願いだよ、僕の為に泣かないでよ。そんなことされたら、僕まで泣きそうになってきちゃったじゃないか。

 

『………ああ………こんなに長話するつもりじゃなかったのに……ああ…………………』

 

ハッとして、彼が話や電話を切り上げようとする時の癖を聞いて思いだし、慌てて僕は彼を引き留めようと声をあげる。

 

「ま、待って! 切らないで、Bl………」

 

ぶつッ、と、僕の『まだ話していたい』という想いは彼には伝わらず、スピーカーから流れる声は、もう聞こえなくなった。

 

「…………………」

 

僕の心を、寂しさと虚しさが満たしていく。

 

「………Mettaton……」

 

そんな僕の心情を察したのか、大きいダーリンが僕に声をかけ、小さいダーリンが僕の頭を小さい手で撫でてくれた。合成繊維で出来た僕の髪を、柔らかくて暖かい物が優しく触れては離れる。その優しさにまた昔の彼を思い出して泣きそうになり、僕は頭を振って、ショーを続けようと思い至る。

…………ショーは、例えどんな状況でも、続けなくちゃ。

 

「じゃあ、もうひとり繋いでみよう!!」

 

泣きそうな気持ちを振り払って、僕は声を張り上げる。すると、またスピーカーからコール音がして、声が流れる。

 

『Mettaton、あなたの番組は私たちをハッピーにしてくれたわ!!』

 

先程の彼の電話を皮切りに、色々な声が僕のスピーカーから流れてくる。

 

『Mettaton、君がいなくなったらどの番組を見ればいいか分からないよ』

『Mettaton、私のMettaton型の心にMettaton型の穴が開いたみたいだわ』

『Mettaton!』

『Mettaton!』

『Mettaton!』

 

次々に流れてくる声に虚無感で一杯だった僕の心は、また暖かいもので満たされていく。

 

「ああ…………僕は………」

 

その暖かさに思わず、『Mettaton()』になる前の口癖が溢れる。

 

「わかったよ………」

 

そして、気付いた。

僕が本当に欲しくて堪らなかったモノ()は、ずっと前からもう、僕の手の中にあったんだ、と。

 

「みんな………本当にありがとう」

 

捻り出した声が震える。もし僕が機械の体じゃなかったら、泣き虫な彼みたいに泣きじゃくっていたかもしれないな。

 

「ダーリン」

「………何さ」

 

顔を上げて、黙って重い体を支え続けてくれていた大きいダーリンと、小さいダーリンを見る。今度は視線を逸らさず、しっかりと。

 

「どうやら……僕はもう少しここにいた方がいいのかもしれないね」

 

そして、僕を支えてくれている視聴者(みんな)の声を聞いて、決意した事を切り出した。

 

「人間の世界には大勢のスターやアイドルがいる。でもモンスターたちには……僕しかいないんだ。僕がいなくなったら……地下世界は輝きを失ってしまう。決して癒されることのない傷を残してしまうんだ」

「………そうだろうね」

 

僕の想いを茶化したり否定したりせず、ダーリンは相槌を打ってくれる。

 

「だから……僕の華々しいデビューは延期した方が良さそうだ」

 

黙って、ダーリンは僕をじっと見つめる。

 

「それに、君はその強さを十分に証明して見せた。おそらく……ASGORE王に勝つことも出来るだろう。君なら人類を守ることが出来るはずだ」

 

そこでやっと、大きいダーリンの顔がきょとんと驚いたような顔になる。まだ少し幼い子供のようなその顔が見れたことが、少し嬉しかった。

 

「は、は………」

 

そこまで言ったところで、急に体の重さが増し、眠たくなってくる。電源切れが近いのか、と何となく察した。

 

「いずれにしても、それが一番いい……正直に言うと、この形態のエネルギーの消費は……ひどく効率が悪くてね。もう直ぐにバッテリーが切れてしまうだろう、そして……ああ……」

 

そこで、小さいダーリンの顔が心配そうな顔になる。バッテリーが切れてしまうことが死に繋がると勘違いしたらしいと僕は見当付けて、僕は小さいダーリンに微笑みかける。

 

「僕は大丈夫だよ。頑張ってね、ダーリン。そして……ごめん、大きいダーリン。僕の体を、カメラに向けてくれるかい」

「……あぁ、いいよ」

 

僕は、大きいダーリンの力を借りてカメラに向かって、笑いかけた。

 

「みんな……ありがとう。君たちは最高の観客だったよ!」

 

僕がそう言うと、ショーの終わりを告げるBGMが流れて紙吹雪が舞い、エレベーターが降下を始める。今度こそ、フィナーレだ。

 

「ねぇ、大きいダーリン……」

「ん?」

 

降下する中、僕は最後大きいダーリンを見る。今にも途切れそうな意識の中、僕はダーリンに向かって、言葉を紡いだ。

 

「ごめん、なさい………僕は、絶対に許されないことを……」

「……いいや、私の方こそごめんなさい、理不尽に切れてしまって」

「謝らないでよ、もう………僕の立つ瀬がないじゃないか……」

 

傷付けたのに謝られると、こんなに気まずいんだなと思いながら、僕は最後の力を振り絞って、大きいダーリンに話しかけた。

 

「………ねぇ、もし………今度、出会えたら……その時は……」

 

 

『僕の友達になってよ』

 

 

そう伝えようとした瞬間、ぶつりと、テレビの電源を切るように、僕の意識は暗転した。


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