【Alphys】
ガタガタと、急いで持ってきたキーボードを叩く。口裏合わせを頼んでいたMettatonによって閉じられてしまった扉は固く閉ざされ、うんともすんとも動かない。制御システムにハッキングをかけて、どうにか開けようとキーボードを叩き続ける。
「………あ」
ふと、打つ手が止まる。
此処を開ければ、きっと、あの人間達が居る。多分Mettatonによって、自分の計画はもうバラされていると思う。きっと、全ての元凶である善人ぶっていた私のことをもうあの子達は嫌っている。だったら、もういっそのことこのまま会わずに逃げてしまえば………
ガコン、と中から何かが嵌まるような音が聞こえた。その音にハッとし、頭を振る。また『逃げてしまおう』と考えちゃった、と安易な思考に走る自分に対する嫌気が増していく中、震える手で最後の工程をクリアし、扉を開いた。
「な、なんとか解除出来た! さ、三人とも……!!」
薄暗いエレベーターの中を見て、絶句する。中では、散乱する機械の四肢と、その四肢の持ち主であるMettatonが大きい方の人に俗に言う膝枕をされていた。私に気付いたのか、小さい人と大きい人は一斉に此方を見る。ただ疲れたような気怠そうな視線が刺さり、思わず体に震えが走る。だけど、今は。
「そんな。Mettaton! Mettaton、大丈夫?」
固く閉じた目を醒まさないMettatonに駆け寄る。あぁ、嫌だ、私の所為で、また、また誰かが
何をするか察したらしい大きい人からそっとMettatonの体を受け取り、バッテリーを入れるハッチや部品の損傷具合を見る。そしてバッテリーが空になっているのを見て、安堵した。
「………良かった、ただのバッテリー切れみたい。Mettaton、もしあなたが死んだりしたら、私は………私は………」
ふと、小さい人が心配そうな顔で近付いてくる。Mettatonの容態が心配なんだろうかと思い、私は目線を合わせないようにしながら説明を始めた。
「あ、あのね、え、えっと、だ、大丈夫、そうでしょ?」
説明しようとすると、声が震える。いつも以上に言葉が詰まって、何を言えばいいのか分からなくなる。
「ただのロボットだから、もし壊れてしまっても……あ、新しく作ればいいだけなので」
「ん、そう。なら良かった」
そう言えば、大きい人に発言を拾われてそう返される。その中性的な声に、また自分の体が凍る。
「ただのバッテリー切れなんだろう? 壊れているわけではないなら安心したよ。……まぁ、尤も、」
君が言っていることは大体嘘なんだろうけど。
言われた一言に、どっと嫌な汗が噴き出て、体の体温がさっと引いていく。
気付かれている?いやそんな訳がない、でももしかしたら気付かれているかもしれない。私の罪が、私の秘密が、この人には。計画にも感付いていたみたいだし、あぁ、恐い、怖い、こわい、こわい。この人が、恐い。
大きい人に計画が早々にバレていたという事実が、私の心を揺らがせて、恐怖で支配していく。
「じゃなきゃ、『死んだりしたら』、なんて言葉は出て来ないもんな」
クスクスと、小さく笑いながら大きな人は私の耳許で囁いた。その笑い声にさえ、私の背筋は泡立つ。
「まぁ、それはどうでもいいんだ。私にはもう関係無いし」
よいしょ、という声をかけて、ふらりと大きな人は立ち上がる。
「…………」
そして、私を軽蔑するように、Mettatonを抱える私を見下ろした。あの古い遺跡の前や道中に仕掛けておいた監視カメラに向かってふざけていた時の目線とは全く違う冷たい目線に、心が重たくなる。
嫌われてしまった、と確信した。
「…………先に進まないんです?」
その視線に堪えきれず、目線から逃げるように俯いた私の口は早口で先を急かす言葉を吐いていた。
「………行こうか」
「うん」
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、大きな人は小さい人に声をかけて、先に進んでいく。顔をあげて、去っていく背中を見る。私もよろよろと立ち上がり、重い脚を引き摺ってついていく。
「ご………ごめんなさいね! さ、先に進みましょう!」
私が声をかけると、小さい人がちらりと此方を見る。大きい人は……振り返ることもせず、何も言わずに、少しふらふらとした足取りで進んでいく。小さい人が慌ててその後を着いていく。
「………」
会話が一つも無い中、COREの作動音と足音だけが響く。
「そ、そのじゃあ今からASGOREに会いに行くのね?」
沈黙。
「その、あなたは……やらないといけないことが……」
言葉が、続かない。
「け……結構わくわくしちゃうよねそれって、ね?」
また、沈黙。
「だって、本当に、やっと……あなたはとうとう家に帰れるんだもの!」
沈黙。
小さい人は、ただ悲しそうに顔を歪めて私を見て、その後ろを着いていく。
あぁ、あぁ、私は、また………
沈黙が流れる中、二人は、ASGORE王の城に繋がっているエレベーターの前に辿り着く。ハッとして、私は慌てて乗り込もうとする二人を呼び止める。
「ま……待って!!」
二人は立ち止まり、私を見る。呼び止めたはいいものの、此処から何を話そうか考えていなかった私の頭は真っ白になった。
「その、つまり、ええと………だから………」
計画の台詞はもう意味がない。どうしよう、どうしよう、どうしよう………
「私は、ただつまり………その………」
自分が二人にしたことに対する言い訳を募ろうとする自分の口と思考が嫌になる。二人の目線から目を逸らしながら、私は考え続ける。
どうしよう? 何て言おう? どうすれば、どうすれば………
「さようならを言いたくて、あと………」
違う、そうじゃない。私が言いたい言葉はそれじゃない。
自分が言った言葉を即座に否定しながら、必死に考える。
「…………………」
長い沈黙が、その場に流れる。
「……それだけなら、もう行かせてもらうけど」
「ち、違うの! 少しだけ、本当に少しだけ待ってちょうだい!」
先を急ごうとする大きい人に叫び返し、私は覚悟を決める。
「………これ以上隠していられない」
意を決して、私は、二人に背を向けながら話し出す。本来、こんな話は目を見ながらするべきなんだろうけど………私には、もうそんな資格はない。
「その………私はあなたに嘘を吐いていたの」
「………HotlandやCOREで起きた事が全て自作自演だったってこと?」
「それも、そうだし………もう一つ」
大きい人の声を肯定し、私は隠していた事を伝える。
「一つの人間のソウルだけじゃ、結界をくぐるのに不十分なんです」
「………はぁ?」
低い声が、後ろから聞こえた。その怒りさえ孕んで聞こえるその声に、思わず心臓が跳ねた。
「必要なのは一つの人間のソウルと……一つのモンスターのソウル」
「えっ……」
小さい人の愕然としたような声が、その場に響いた。そこで私は、覚悟を決めて振り返り、二人を見る。
「………もしあなたが家に帰りたいのなら……あなたは彼のソウルを奪い取らないといけない。あなたは彼を、ASGOREを殺さないといけない」
この先の花が咲き乱れる玉座の間で優しく笑っている彼が、物言わぬ灰になってしまう光景を想像し、ぞっとする。
「……ちょっと待った。それは一人一つモンスターのソウルを持っていないといけないのかい」
大きい人が、そう訊ねてきた。気付いて欲しく無かったことに気付いてしまった。
「………ええ、そうよ。だから」
もし、この人達がASGOREを殺して、ソウルを手に入れたとしても。
「もしも、ソウルを手に入れたとしても、貴方達二人のどちらかは、きっと地上には戻れない」
「………そんな」
残酷な事実を突き付けられて、絶望の滲んだ声が、聞こえた。その声に、私は耳を塞ぎたくなってしまう。
「……そう、忠告有り難う」
事実確認を終えた大きい人は、そう言って頷いた。
「そうだ。ねぇ、Alphys」
「………何、かしら」
何かを思い出したように、大きい人は声をかけてくる。聞き返せば、その人はポケットを緩慢な動きで漁り、何かを此方に向かって投げた。
「わっ」
放物線を描いて、何かが私の手の中に収まった。咄嗟に包み込んだ手を開くと、ハートがあしらわれている、少し錆び付いた古い鍵だった。その鍵に、私は見覚えを覚える。
「これって………」
確か、そう。MettatonがまだHappstablookだった時の……
「それ、多分Mettatonのだろ?」
確証は無いけど、と付け足しながら、大きい人はそう言った。
「MTTホテルの裏道の、BrattyとCattyってモンスター達の店にあったんだ。Mettatonのサインをもらってくるって約束して、やっと譲ってもらえたんだ。Mettatonに届けておいてくれないかな。『その鍵を預かっていてくれた二人にサインを渡しておいて』って」
知り合いのモンスターの名前が出て、ぎょっとする。あの結構がめつい二人に対して交渉したの、と思わず驚いた。
「………あと、それから」
すっと、大きな人は、私の目を見る。その真っ直ぐな目に絡め取られ、視線を逸らすことが出来なくなってしまう。
「Alphys。………私達はね、こんな皆を巻き込むような事をしなくても、たった一言『友達になってほしい』って言ってくれれば、君の友達になったよ……?」
その一言に、私の体は凍り付いた。そんな私をじっと見てから、大きい人は小さい人の手を引いて、エレベーターに乗り込んでいった。
その場には、ただ、道をまた間違えてしまった私だけが取り残された。
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【Lily】
城を目指して上昇していくエレベーターの中を沈黙が支配している。沈痛な表情で押し黙ってしまったフリスクを横目に、私は床に座り込んでリュックから取り出したナイスクリームを食べ進めていく。美味しい。
食べ進める毎に引いていく体の痛みを毎度のことながら不思議に思いつつ、最後の一口を食べきる。
「………お姉ちゃん」
私がアイスを食べ終わったのを見計らって、フリスクが話しかけてくる。
「なぁに」
十中八九フリスクとの約束を破ったことかさっきアルフィスが言ったことの話だろうなと見当付けて、私は応じる。
「…………どうしよう?」
そして、途方に暮れたように、そう言った。アルフィスの話らしいなと予想を変え、無言を貫く。
「今まで、モンスターを皆殺さなかったことを後悔はしていないけど………」
ぽつりと、弱々しい声で、フリスクは続ける。
「どうしよう、どうしよう……このままじゃ、二人でかえれないよぉ………」
そして、遂にぼろぼろと泣き出して、私に縋り付いてくる。
「やだ、やだやだ、もう嫌だよ、置いてかれるのは、独りになるのはやだよぅ………」
「………フリスク」
まずい、とフリスクを抱き締め返しながら思う。
「こんなことなら、ここに来るんじゃなかった」
「フリスク」
「やだ、やだ、やだ…………」
「フリスク」
『どちらかが出られない』という話のショックが大きすぎたのか、フリスクのトラウマを刺激してしまったらしい。何度呼び掛けても、フリスクはボロボロと涙を溢し続けて、譫言の様に『やだ』と拒絶する言葉を繰り返して縋り付いてくるだけだった。
「フリスク」
そっとフリスクを抱き締めて、背中を撫でる。
………私は、このルートの先を知っている。ゲームだった時はフラウィー戦の後、フリスクはモンスターのソウルを持っていないのに結界を通り抜けていた。だから多分、きっとどうにかなるとは思う。だから、アルフィスの話を聞いても別に何とも思わなかった。でも、フリスクは何も知らない。ただの優しい十歳の子供だ。そんな子供に、あの話は四年前のまだ癒えない傷を抉るナイフでしかない。
「独りにしないで、おいていかないでよ、お姉ちゃん……」
「……フリスク」
ぎゅうっと縋るフリスクに、私は、優しい声と口調を心掛けて話しかける。
「大丈夫。私は、君を置いていったりしないよ」
………我ながら嘘臭い言葉だな、と思う。ただでさえ、私は狂った計画を建ててる訳だしね。
エレベーターが到着して扉が開いても、暫く私達は抱き合っていた。