守りたいもの   作:行方不明者X

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※短いです


101.審判

【Lily】

 

フリスクがセーブを終え、パーカーの裾を引っ張る。二人で顔を見合わせてからまた手を繋ぎ直し、夕陽が差し込む中を進んでいく。

 

コツ コツ コツ コツ

 

静かな空間に、ゆったりとした足音だけが響く。

 

コツ……

 

その足音も、サンズと話せる距離に来たことで止まる。

 

「………………」

 

しんと静まり返った空間の中、眩しい夏の終わりの夕陽に照らされる。

ゆっくりと、頭蓋では眼にあたる部分を閉じたまま、サンズ……いや、審判者が顔をあげる。

 

カーン………カーン………

 

何処からか、鐘の音が鳴り響く。

 

――――――――審判が、始まろうとしていた。

 

「………とうとうここまで来たな」

 

審判者が重く、そう口を開いた。

 

「お前の旅の終わりはもう目の前にきている」

「………そうだね」

 

審判者の言葉に、頷く。

 

「もうじき、お前は王と出会う。それと同時に……お前はこの世界の未来を決定するだろう」

 

そして、と審判者は言葉を続ける。

 

「これから。お前は審判を受ける」

 

遂に、か。

運命の瞬間が近付いてきていることを再確認し、心臓が跳ねる。

 

「お前のしてきた全ての行いの審判を受ける」

 

………今までフリスクは、誰も殺さずここまでやって来た。だからきっと、大丈夫。そう自分に言い聞かせて、心臓を宥める。

 

「お前が稼いできたすべての『EXP』の審判を受ける」

 

そこで、フリスクが不思議そうに少し首を傾げる。今更ながら、『EXP』が何か気になったらしい。

 

「『EXP』とは何か? とある略語だ。

EXPは『execution points』という意味。お前が他者に与えた痛みを数値化したものだ」

 

審判者の答えに、フリスクは信じられないといった様子で目を見開く。

 

「お前が誰かを殺せば、お前のEXPは増す。お前が十分にEXPを得たとき、お前のLOVEは増す。………LOVEもまた、ある略語だ」

 

そして、審判者の口から、『LOVE()』の本当の意味が語られる。

 

「LOVEは――――――『Level Of ViolencE』という意味。他者を傷つける能力を計測したものだ」

 

そこでフリスクは、絶句して顔をさっと青くする。

 

「お前が殺せば殺すほど、お前はより簡単にお前自身を遠ざけられるようになる。お前がお前を遠ざけるほど、お前はより傷つきにくくなる。お前はより簡単にお前自身に他者を傷つけさせる事ができるようになる」

「………つまりは心を喪って、本当の『怪物』になるってことか」

「あぁ、そうだ」

 

私が聞き返せば、審判者は頷く。沈黙が流れ、ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。

 

「…………だがお前は。お前さんは決してLOVEを得なかった」

 

暫くの沈黙の後、審判者は―――サンズは、眼を開けてそう静かに告げた。

 

「もちろん、だからってお前が完璧に純粋無垢だってわけじゃない。ただ、ある程度の優しさを心にとどめ続けただけの事さ」

 

少し茶化して、サンズは言葉を続ける。

 

「お前さんはどんな苦難に見舞われた時も……正しいことを成そうとした。誰も傷付けようとしなかった。逃げ出す時でさえ、お前さんは笑顔を忘れなかった」

 

静かに、フリスクとサンズの言葉を待つ。

 

「――――お前さんは『LOVE』を得ずに、『愛』を得たんだ」

 

真っ直ぐ此方を見て言い渡されたその判決に、すっと心が軽くなる。

 

 

―――……あぁ。よかった。やっと、その言葉が彼から聴けた。

 

 

思わずその場に崩れ落ちそうになるのをぐっと堪える。

 

《フリスクは、罰を下されなかった》。

 

その事実だけで泣きそうになってしまう。それだけ、これ以上無く嬉しかった。

 

「何の話かわかってるか? わからないかもな」

 

へへへ、と小さくサンズは笑う。

 

「………さてと」

 

すっと、サンズがまた真っ直ぐ私達を見る。

 

「お前さんはお前さんの旅の最大の試練に直面しようとしている。ここでの行動が……全世界の運命を決定するだろう」

 

その言葉に、フリスクは小さく息を飲む。

 

「お前さんが戦いを拒めば……アズゴアはお前さんのソウルを奪い、人類を滅ぼすだろうな」

「………だろうね」

 

サンズの言葉に頷く。

 

「だがもしお前さんがアズゴアを殺して家に帰れば……モンスターは地下に囚われたままだ」

 

………頷く。

 

「どうする?」

 

試すように、サンズはそう言った。

 

「…………ま、俺がお前さんなら、とっくに匙を投げてたぜ」

 

だろうな、と口に出さずにサンズに同意しておく。

今回の場合は約束で縛っているけど、この狂っていると言って良いほど優しい道を貫き通さないとならないというのなら……例えセーブやロードの力を持っていたとしてもきっと彼は私のように狂っていただろう。彼は、普通の心を持つ、普通のモンスターなのだから。

 

「でも諦めてたらこんなところまで辿り着いちゃいないだろ?」

「そうだね」

 

何しろ、この子の中には………

 

「ああ。お前さんの胸には『決意』ってもんがある」

 

そこで、フリスクがぎゅっと胸にかかったロケットペンダントを握る。

 

「諦めない限り……お前さんが自分の心に正直に生きる限り……正しい事ができるって信じてるぜ」

 

『信じてる』。

その言葉が彼の口からするりと出て、驚いてしまう。ゲーム通りとはいえ、人間不信である彼からその言葉が聴けるなんて、と、彼がフリスクを信じてくれたことに対して、驚きと喜びを感じずにはいられなかった。

 

「………さあ。皆お前に期待してるんだ」

 

頑張れよ。

 

そう言って彼はちらりと私に目線を寄越す。私が笑い返すと、彼は一瞬目付きを鋭くしてから、目を逸らした。そして瞼を閉じて開いた次の瞬間、彼の姿はもうとっくに無くなっていた。辺りには、変わらず暖かい光が満ちている。

 

 

「………行っちゃったね」

「そうだね」

 

フリスクがぽつりと溢した言葉に、頷く。

 

「行こうか。此処にはもう、何もないみたいだからね」

「………うん」

 

頷いたフリスクの手をしっかり繋ぎ、夕陽の中を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――審判は此処に下された。

 

フリスクは無罪、罰は下されず、愛を得たと告げられた。

 

あとは………私自身の、計画だけ。

 

守りきらなきゃ。

 

それが私の、誰にも譲れない『決意』なのだから。


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