守りたいもの   作:行方不明者X

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103.対面

【Lily】

 

部屋に入ると、ふんわりと花のいい香りが鼻を擽る。小鳥の囀ずる声が聞こえ、所々日が射す金色の花畑の中に、大きな影が此方に背を向けて佇んでいた。

 

「ダン ディ~ ダン……」

 

サク サク サク

 

聞こえる鼻歌とサーッという小雨が降るような音を聞きながら黙って芝生の上を少し歩くと、芝生を踏み締める音が聞こえたのか、鼻歌がやむ。

 

「うん? 誰か来たのかな? ちょっと待ってくれ、もうすぐで花の水やりが終わるからね」

 

低く優しい男性の声が、此方に投げ掛けられる。少ししてから小雨が振るような音が止んで、水やりが終わったらしいことが分かった。

 

「………よし、出来たぞ!」

 

そう言って、彼はゆっくりと振り向いた。青紫色のマントがふわりと翻り、彼の顔が見えた。

 

「やあ! 話を聞こう……………え?」

 

優しげな笑顔が浮かんでいた山羊に似た顔が、驚愕一色に染まる。私とフリスクを見て固まってしまった彼を、不躾であることは分かっていながら観察する。

私よりずっと大きい体格に、それに見合った大きな角。金色の髪と髭。体に纏われている金色の鎧、王であることの象徴である金色の冠が頭頂部に乗っている。どんな顔をしていても、『この人が王様だ』と分かる貫禄が見てとれる。

 

「………こんにちは。そして初めまして、地下世界の王様」

 

ただ此方を凝視する地下世界の王様――――アズゴアに、出来るだけ礼儀正しくお辞儀をする。

 

「………Chara……?」

 

そして信じられないといった様子で私に対して呟かれた一言に、思わず苦い笑みが浮かぶ。皆私とCharaちゃんが混ざりすぎじゃないか、と思っていると、唐突に体に衝撃が走る。

 

「いっ……!?」

「お姉ちゃん!?」

 

目の前が金色で覆われ、フリスクの姿が見えなくなる。鼻を擽る花の香りが強くなり、腰に暖かいものが回され、足が地面に着かなくなる。パサリ、と何かが花の上に落ちたような音が小さく聞こえた。

 

「あぁ、あぁ………!!! Chara!! 戻ってきてくれたのか、私の愛しの家族!!」

「!?」

 

頭上で声がして、やっと抱き締められていることに気付く。腰に回っている腕であろう暖かい物に力が入り、頬と鎧がくっつく。

間違われるだろうとは思っていたが、まさか抱き締められるとは思っていなかった私は、思わず固まってしまう。

 

「すまない、すまない!! 私、私は、君が重い病気にかかっていることに気付けず、君を殺してしまった!!! 救えなかった!!! どうかこんな不甲斐ない父親を」

「ちょ、ちょっと、何を言ってるんですか!? 私の名前はリリーです!! そのCharaって子じゃありません!」

「……え?」

 

彼の懺悔するような後悔の声が耳に聞こえ、ハッと我に返り、言葉を遮る。すると、驚いたような声が聞こえ、腕の力が緩む。その隙にくっついていた顔を上げて彼の顔を見ると、目が潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「……どうですか、私は本当にそのCharaって子ですか」

「……………あぁ、本当だ。君は、Charaではない……」

 

残念そうな、泣き出しそうな顔をして、アズゴア王は私を地面にそっと下ろして離し、ゆっくりと玉座の前まで戻る。

 

「……あの子達は、もう居ないんだ」

「!!」

 

回された腕が離れる間際、絶望を滲ませた声で小さく呟かれた言葉が耳に届いた。

 

「すまないね、突然こんなことをして……驚いただろう?」

「……いいえ、気にしないで下さい」

 

先程までいた場所辺りまで下がり、申し訳なさそうに力無く笑った彼に、首を緩く横に振る。

 

「あぁ。………『お茶でもいかが』と言えたらどんなにいいことか」

 

目を逸らしながら、アズゴアはゲーム通りの台詞を言い始める。

 

「でも……君は分かっているのだろう」

 

何処か悲しそうな、寂しそうな笑顔を浮かべて、アズゴアは私から見て左の方に歩を進める。

 

「………清々しい日だとは思わないかい? 鳥達は歌い、花は咲きほこっている……最高のキャッチボール日和だ」

「……そうですね」

 

サアッと、そこで風が通り抜ける。金色の花が風に揺れ、花の香りが一層濃くなった。

 

「………何をしなくちゃいけないか、もう分かってるよね……」

「えぇ」

 

アズゴアの言葉に頷けば、より一層、彼は悲しそうな顔をする。やはり彼は、私とCharaちゃんを重ねてみているのだろうか。

 

「準備が出来たら、隣の部屋に来なさい」

「……はい」

 

それだけを告げて、彼は奥の部屋へとゆっくり進んでいく。彼の姿が奥に完全に消えるや否や、フリスクがパーカーの裾を掴んでくる。

 

「大丈夫? お姉ちゃん」

「うん、大丈夫。抱き締められただけだからね」

「そう……」

 

心配そうに見上げるフリスクの頭を撫でて、大丈夫だと伝える。安心したような顔をしたフリスクはパーカーの裾を手放し、私の手を握る。

 

「……」

 

二人で花畑の中の玉座の傍を通り過ぎ、部屋の入り口前までくる。またセーブポイントを見つけたフリスクが私を引っ張って、近付いた。そしてセーブを行い始め、私はその場で待つ。

 

「終わったよ」

 

セーブを終えたフリスクがそう声をかけてくる。

 

「分かった。それじゃあ」

「あ、待って」

そこでフリスクが、私のパーカーの袖を掴む。

 

「…………」

 

フリスクは、袖を強く掴んだまま、私から目を逸らして考えるような素振りをする。一体何だろうと思いながらフリスクを見ていると、フリスクは真剣な顔をして私を見上げ、口を開こうとして、閉ざした。

 

「………何でもない」

「? そう」

 

若干違和感を覚えながらも、フリスクの手を繋いで部屋に、足を踏み入れた。

部屋に入ると、光のあたる広場のような所になっているらしいと気付く。アズゴアはその広場の右側辺りで待っていた。

 

「緊張しているね……この感じは……歯医者さんに行く時みたいだと思えばいい」

 

膠着状態のこの空気を和ませる為か、アズゴアが口を開く。何の言葉も返せずにいると、アズゴアはさっさと進んでいってしまった。それを見てから、私はフリスクの手を離して、光の中に立って上を見上げてみる。

 

「………あ」

 

見上げた穴から、まだ青みがかかって完全ではないオレンジ色と流れていく白色が見えた。空だ、と少し遅れてから気付く。

………ここは、バリアの目の前だ。そんな所で憧れの地上の空が見えて……歯痒くは無かったのだろうか?

そんなことを思いながら、待ってくれているらしいフリスクの所まで戻り、手を握り直す。そしてアズゴアが進んでいった道を辿り、突き当たりの所で彼が佇んでいる所までくる。

 

「………準備はいいかい? 出来ていないなら、大丈夫だよ。私も出来ていないんだ」

 

その一言に、フリスクの手を握っていない方の手に力が入る。思わず痛くなる程に握り締めているうちに、彼は重たそうな足取りで部屋へと入っていく。

 

「…………一応、もう一回セーブしときな、フリスク」

「………うん」

 

私の提案に乗ったフリスクは、指示通りセーブを行う。

 

「終わったよ。……ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」

 

少しするとセーブを終え、フリスクが話しかけてくる。だが、フリスクはそれから目を逸らして何も言わず考えるような素振りをする。その様子をどうしたのだろうと思いながら暫く眺めていると、意を決したようにフリスクは顔をあげ、真剣な顔で私を見上げる。

 

「ナイフ、どっちか片方、ぼくに貸して」

「……………えっ」

 

一瞬、言われたことが理解出来なかった。

………………ナイフ(武器)を? 貸せって?

 

「………どうしてか、理由だけ聞いていい?」

「うん。………今までぼくは、ずっとお姉ちゃんに守られてきた。傷付かないように、誰も傷付けないように。メタトンの所でも、結局は守られちゃった。……でも」

 

じっと、フリスクは理解が追い付いていない私を見上げる。

 

「王様との戦いは、本当に命の奪い合いだと思うんだ。王様はぼくたちのソウルを狙って、本気で殺しにくる。ぼくたちも、ここから出る為に彼を殺してしまうかもしれない。本当の殺し合いだ。でもお姉ちゃんは、ぼくを守って、あの人をぼく自身(・・・・)の力で傷付けさせてはくれないつもりでしょう? 分かってるんだよ?」

 

言葉に、詰まる。

私がフリスクの『FIGHT』を請け負おうとしていたのが、バレている。

 

「あのね、お姉ちゃん。今までずっと甘えてきたぼくだけど……ぼくはお姉ちゃんに、自分がすべき(誰かを傷付ける)ことまでさせるつもりはないよ」

「………でも」

「『辛いことがあったら半分こ』って言ったのはお姉ちゃんでしょ?」

 

何とか考え直させようと口を開こうとした瞬間、あの時の約束を出されてまた何も言えなくなる。それでもどうにか言葉を探していると、フリスクが悲しそうな顔をする。

 

「………ねぇ、お姉ちゃん。お願いだから、お姉ちゃんだけで、ぼくの分の罪まで背負おうとしないでよ。ぼくの罪はぼく自身で抱えさせてよ。……それぐらいの覚悟は、とっくに出来てるんだよ……?」

 

………参ったな

懇願するようにフリスクにそう言われて、思わずそう思う。ここまでくると、フリスクは絶対引いてはくれない。変なとこで頑固なんだからなぁ、もう……。優しすぎるのも大概だな。

はぁ、と思わず一つ溜め息を溢す。そして、フリスクの目をじっと見つめ返した。

 

「本当にいいの?」

「うん」

「自分で背負っていける?」

「勿論」

「後悔しないね?」

「絶対に」

 

フリスクの意志が揺るがない固いものであることを再確認する。じっと私を見上げてくるフリスクに対して、思っていたよりもずっとこの子は大人なのだなと思いながら、私は、

 

「…………分かった」

 

仕方なく頷いた。

 

「!」

「………こっちでいい?」

 

ポケットを漁り、先程手に入れたばかりの園芸用ナイフを差し出す。フリスクは真面目な顔でナイフを受け取り、しげしげと眺める。

………本当は、フリスクの手を誰かを傷付けることで汚させたくは無かったんだけど。フリスクがそう望んで進むのなら……私は何も言えない。手を出しちゃいけない。フリスクにアズゴアを殺させる気はないけれどね。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。ありがとう」

「……ううん。フリスクがそう決めたから、私はその意思を尊重しただけだよ」

 

ナイフをしっかり握り締めたフリスクの謝罪と感謝に、私の中の色々な気持ちが混ぜこぜになって気持ち悪くなる。……それでも、フリスクには笑顔に見えるだろう表情を作った。

 

「………今度こそ、やり残したことはないね?」

「うん」

「よし、それじゃあ……行こうか」

 

お互いの手をしっかりと握り直し、部屋の奥へとゆっくり進んでいく。取り敢えず自分の中の気持ちを『絶対に誰にもフリスクを殺させない』という結論で一本に纏める。結局は、そこに行き着くから。

 

最後の部屋に、足を、踏み入れた。

 

―――――――――――――――――――

 

「………なんだ……? どうなってんだ、これ……?」

 

入った中の異質さに、思わずそんな声が出る。そこには、灰色と白が入り交じって絶えず動いているような、ずっと、手が届かないほど遠くに出口があるような錯覚に陥るような空間が広がっていた。今潜ってきた入り口を見ると、その部分だけ切り抜かれたように長方形の穴が開いていた。訳の分からない空間に来たことに若干寒気がしつつ、少し歩いた所にいるアズゴアへと近付く。

 

「これが結界だ。我々を地下へ捕らえている結界だよ」

 

静かに、アズゴアは口を開く。これが、とアズゴアの説明を聞いて納得する。

 

「………もし……」

 

アズゴアが言いにくそうに言葉を溢す。

 

「万が一何かやり残した事があるのなら……君がしなくてはならない事をしてきなさい」

 

………この言葉は、彼なりの慈悲なのだろうか。それとも……

そんなきっと答えは出ない思考が過る。回りそうになったその思考を切り上げ、フリスクと顔を見合わせる。そして、何も言わずにお互いの手を強く握り返し、頷き合う。

 

 

もう、このルートでやり残したことはない。

 

 

「…………いいえ。やり残した事は、ありません」

 

きっぱりと、背を向け続ける彼を見据えて告げる。

 

「………分かった……」

 

重々しく、私の言葉を聞いて、彼が頷いたのが見えた。

 

「遂に、この時がきたんだね」

 

そして、彼はゆっくりと、名残惜しそうに振り向いた。

 

「準備はいいかい?」

 

アズゴアがそう言うと、するりと、地面から七つの容器が現れる。一つを除いて全ての容器の中に、色とりどりのハート型のモノが入っている。―――ソウルだ、と気付くのに然程時間は掛からなかった。

その瞬間、世界が、白黒に反転する。

 

*(A strange light fills the room(不思議な光が部屋を満たす).)

 

いつもよりも厳かなアナウンスが、流れ始める。フリスクと繋いでいる手をもう一度握り締めてから離し、私はナイフを取り出し、フリスクは鞘に手をかける。

 

*(Twilight is shining through the barrier(黄昏の光が結界の向こうから照らされている).)

 

ナイフに巻き付かせていたハンカチを取り、ポケットに突っ込む。フリスクは鞘をゆっくりと外し、ベルトの部分に取り付ける。

 

*(It seems your journey is finally over(あなたの旅はついに終わるようだ).)

 

戦闘に邪魔なリュックを放り投げ、フリスクと一緒にナイフを構える。

 

*(You're filled with(あなたは胸に)

 

 

 

 

 

 

DETERMINATION(決意を抱いた).)

 

 

 

 

 

『人間よ………』

 

最後に、アズゴアが語りかけてくる。

 

『君に会えて本当に良かった』

 

―――――――さようなら

 

別れの言葉を彼が告げた瞬間、彼のマントの下が赤く光る。

 

「!!! フリスク、来るぞ!!」

「うん!」

 

ビュッ

 

という風を切る音が響き、先程まで握られていなかった筈の赤い三ツ又の槍が彼の左手に出現する。そして、此方に向かってそれを構え、勢い良くそれがフリスクに突き出される。

 

「避けろッ!!!!」

 

フリスクが咄嗟に左に飛び退き、槍の直撃は避ける。

―――だが。

 

バリンッ

 

硝子が砕けるような、そんな音を立てて、『MERCY』が槍で砕け散った。

 

――――もう、後戻りは出来ない。

 

地面に落ちたそれと、顔を伏せながら槍を構えたアズゴアを見て、そう肌で感じる。自分が死んでしまうかもしれないことを覚悟し直し、ナイフを構えた、その時だった。

 

不意に、アズゴアの姿がぶれる。

 

『………あぁ、どうか、誰も私を赦さないでくれ……』

 

そう涙ながらに懇願する、総てを背負おうとした悲しき王の姿が見えた気がした。


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